蒼紅の決意 Re:start   作:零っち

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「いえ、これでいいです……これが、いいです」

「合宿をするわ!」

 

こんなことをいきなり言い出す奴はあえて明言するまでもないだろう。

 

しかし本当に…

 

「唐突だなおい…」

 

「まあゆりっぺだからしゃーねえよ」

 

○○だからしょうがないという言葉を使われてこれほどしっくりくるシチュエーションと人物を俺は他に知らない。

 

他の皆もうんうんと納得していた。

 

「しかしだゆりっぺ。俺たちの部にそんな合宿なんて必要あるのか?」

 

「はぁ…わかってないわね野田くん。あたしたちは何をするのが目的のクラブ?」

 

「せ、青春を満喫する…」

 

「まあ大体その通りよ。青春…それはすなわち学生生活におけるベタでかつリア充な時間。それを楽しむために合宿なんていうThe・青春な行事を見逃すはずがないでしょ!」

 

まあ言いたいことはわかった。

 

そして言ってることもあながち支離滅裂でもない。

 

だけど

 

「それ旅行って言い方じゃダメなのか?」

 

「合宿の方が青春っぽいじゃない!それに」

 

「それに?」

 

「合宿って名目じゃないと部費で行けないじゃない」

 

なんつー世知辛い理由だ……この人理事長の娘さんじゃなかったっけ?

 

「ていうかどう足掻いても強制的に連行なんだからもういいかしら?」

 

別に合宿自体は構わないけど今とても不穏な台詞が聞こえた気がした。

 

……気のせいってことにしておこう。

 

「じゃあ明後日の午前9時に校門前に集合ってことでよろしくー。4泊5日だからちゃんと必要なものは用意しといてね。あ、近くに海もあるから水着も用意しとくのよー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私水着持ってないんですよね」

 

思い出したかのように遊佐がそう呟いたのは、いつも通り3人で自転車を漕ぎながらの帰り道だった。

 

「いや持ってないってことはないだろ」

 

「もちろんあるにはありますが、それを着るには少し問題が」

 

「問題?」

 

「はい実は買った頃よりも」

「胸がきつくなったに決まってるじゃん。鈍感だなぁ蒼は。いくら幼馴染みだからって女子にそんなこと言わしちゃダメだよ」

 

「それをド直球で言葉にするのはいいのかよ」

 

デリカシーのないこの行為に案の定遊佐は不機嫌そうに悠を睨んでいる。

 

「こういう汚れ役は男がするものだよ。じゃあ僕静流に呼ばれてるからここらへんで~」

 

「あ、てめ…!」

 

遊佐を不機嫌にするだけしておいてしらっと角を曲がっていきやがった。

 

くそ、彼女を口実にしやがって…

 

「えっと、で?学校の水着じゃダメなのか?」

 

このまま黙っていると余計に機嫌を損ねそうなのでとりあえず話題を振ってみる。

 

「他の皆さんが恐らく普通の水着で来るだろうというのに私にスク水を着て泳げ、ということですか?」

 

「いや、別にそこまでは」

「もちろん柴崎さんがスク水に興奮を覚えると言うのならやぶさかではありませんが」

 

「人の話聞けよ!そこまで言ってねえっての!」

 

しかもやぶさかじゃないのかよ。

 

まあ俺にスク水どうこうの趣味はねえけど。

 

「とにかく水着がないのです」

 

「…さっきも聞いた」

 

「水着がありません」

 

「だから」

「スク水以外持っていません」

 

「あー!なんだよ?!なんか言いたいならはっきり言えよ!」

 

あまりにもしつこく同じことを繰り返すので仕方なくこちらが折れる。

 

「水着を買うのに着いてきてください」

 

「……なんで?」

 

「一人ではどれを選べばいいかわかりません」

 

いやそんなの俺のがわかんねえし…

 

「仲村とかと行けばいいじゃん」

 

「恥ずかしいです」

 

「女に見られるのが恥ずかしくて俺は大丈夫っておかしくね?」

 

「柴崎さんには既に裸も見られていますので」

 

「昔の話な!ほんっとーに昔の!」

 

やめて!こんな人通りのあるところで誤解を招くようなこと言わないで!

 

「とにかく柴崎さんがいいです」

 

「……わかったよ…いつ?」

 

「今からです」

 

「…金は?」

 

「持ってます」

 

コイツ…絶対水着必要なの前もって知ってただろ…明らかな計画的犯行じゃねえか。

 

なんでそんな回りくどいことして俺なんか誘ってんだよ…まあいいけど

 

「わかったよ…行くぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遊佐に連れられやって来たのは少し家から離れたショッピングモールだ。

 

5階建てで広さもかなりあるここは基本なんでも揃っているので何か買うときにはよく訪れる場所でもある。

 

エスカレーターで3階まで上がる。

 

この階は服飾品を扱う店舗が並んでいて、その中に水着を取り扱う店もあった。

 

「やはりかなり数がありますね」

 

「そりゃあな」

 

「つい目移りしてしまいます」

 

「ゆっくり見とけよ。俺はそこらへんぶらぶらしてるから…って、おい。なに掴んでんだよ?」

 

「なにって、ナニですが?」

 

「誰かに聞かれたらマズイような嘘つくなこのバカ」

 

実際に掴んでいるのは俺の服の裾だ。

 

「柴崎さんも一緒に選んでくださいよ」

 

「いやだからなんで俺に…」

 

「柴崎さんの好みに私を染め上げてくださいよ」

 

「だから誰かに聞かれたらマズイような冗談は慎めっての…」

 

「冗談じゃないですよ」

 

「………いや、なお悪いわ」

 

言いつつ裾を掴む手を払う。

 

一瞬意味を取り違えかけたが、そんなわけないしな。

 

いつもの変なノリってやつだろ。

 

「……もういいです。勝手にどこへでも行ってください」

 

「え?いやでもついさっきお前」

「ここに居たくないんでしょう。いいですから」

 

「…あっそ」

 

よくわからないけど一旦退散しよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

言われるがままにその場を離れぷらぷらと歩く。

 

目的なんてない。とりあえずの時間潰しだ。

 

ちら、と時間を確認する。

 

そろそろ別れてから10分か。

 

「よし」

 

そして丁度よく側にあった自販機で飲み物を2つ購入する。

 

ガコンガコンと落ちてきた飲み物を手にとって来た道を引き返す。

 

同じくらいの時間をかけてまたさっきの店へと入っていき、黙々と水着を見ている金髪ツインテールを発見。

 

相当集中してるようで背後に忍び寄っても気づく気配がない。

 

なのでさっき買ったばかりのつめた~い缶ジュースを遊佐の首もとに当てた。

 

「ひゃんっ」

 

いつになく甲高い声をあげ、ばっ、とすぐさま振り向いた。

 

「し、柴崎さん」

 

「ほい、オレンジジュース」

 

「……果汁は?」

 

「30%」

 

「…容量は?」

 

「250ml」

 

「………正解です」

 

「だろうな」

 

昔からこのオレンジジュースが好きだった。

 

間違えて果汁100%なんて渡すと激しく拗ねて後が大変だったのだ。忘れるわけがない。

 

「…すみませんでした。わざわざ着いてきてもらったのにあんな態度を取ってしまい…」

 

「謝るのはこっちだろ。なんか分からんうちに怒らせちまったんだし」

 

本当は理由も理解した上で謝りたいが、それに関しては考えてもよく分からなかった。

 

「ほら、選ぶんだろ。さっさと飲んじゃおうぜ」

 

「はい」

 

 

 

 

 

 

1度店の外に出てジュースを飲み干して水着選びを再開させる。

 

「これなんてどうでしょうか?」

 

「いいんじゃね」

 

初めに持ってきたのはワンピースタイプの水着だった。

 

淡い水色を基調としていて爽やかな感じだ。

 

「これもいいですよね」

 

「いいな」

 

次に持ってきたのはパレオ付きの水着だ。

 

さっきのとは打って変わってオレンジや赤や黄色がマーブル状に彩られていて少し派手だが華やかな感じだ。

 

「これは王道ですね」

 

「だな」

 

お次は鉄板のビキニだ。

 

黒一色という大人びたというか色っぽい雰囲気だ。

 

「趣向を凝らしてこんなのも」

 

「ああ…そうだな」

 

次はチューブトップタイプの水着だ。

 

さっき持ってきたビキニよりも少し布の面積が心配になる。

 

柄としては女子らしく花柄で可愛くはあったが。

 

「これも攻めてていいですよね」

 

「おう…って、んなわけあるか」

 

続いて持ち出してきたのはどこから探してきたんだよというような極細の紐ビキニだった。

 

こんなんじゃ大事な部分丸見えじゃねえか。

 

「ええー」

 

「分かっててやってんだろうが。真面目に選べっての」

 

「どこまでが許せる範囲なのか探りを入れてみようかと」

 

「意味の分からんことやってないでちゃんと選べよ」

 

「柴崎さんはどれがいいと思いますか?」

 

「いやだから俺にそういうセンスとかないって」

「構いませんから。選んでみてください」

 

「…変でも馬鹿にすんなよな」

 

渋々手に取ったのはさっき遊佐が持ってきていたうちの1つ、パレオ付きの水着の色違いだ。

 

さっきのオレンジや赤のとは真逆の青や群青色のものを遊佐に渡す。

 

「…これ」

 

「…試着、してみていいですか?」

 

「好きにしろよ」

 

まあ俺のセンスはあてになんないしした方がいいわな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どう…でしょう」

 

遊佐が試着室に入ってしばし待つとシャッ、と音が鳴って水着に着替えた遊佐が出てきた。

 

「ああ…まあ…似合ってる」

 

思った通り遊佐の綺麗な金色の髪にはオレンジや赤のような明るい色よりも青や群青のような落ち着いた色の方が映えていた。

 

というか、なんというか…想像以上に似合っていた。

 

俺のセンスも捨てたもんじゃないんじゃねえかな…?

 

「じゃあ、これにします」

 

「え?他のも試着しなくていいのか?」

 

これもすごく似合っているのは確かだが、他のものがもっと似合う可能性だって多いにあるのに。

 

「いえ、これでいいです……これが、いいです」

 

「そうなのか…?まあ似合ってるから気に入ったんなら良かったよ」

 

よくよく考えてみれば遊佐は昔から青系統の色を好んでいたし、趣味に合ったのかもしれないな。

 

そして遊佐は無表情ながらどこかうきうきした様子でレジに向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――2日後―――

 

「皆集まったわね」

 

集合時間の午前9時丁度に仲村が口を開いた。

 

「野田くんがいませーん」

 

「置いていきます」

 

大山がわざわざ指摘してくれたのにばっさりと切り捨てやがった…

 

ていうか間に合わなかったら置いていくほど遅刻厳禁なんだったらいちいち確認するなよ。

 

「はい乗り込んでー」

 

皆若干野田の不在に後ろ髪引かれながらぞろぞろとバスに乗り込んでいく。

 

「―――くれー!」

 

俺も少し段差のきついバスの入り口の階段を上がろうとした時、遠くから声が響いてきた。

 

何かと思い振り返ると

 

「待ってくれー!!」

 

「野田!」

 

そこには息を切らしながら全力で走ってこちらに向かってくる野田の姿があった。

 

よかった、間に合ったんだな。

 

「ったく、遅いわね…」

 

ほっと肩を撫で下ろした瞬間最後尾にいた仲村がぼそっと呟いた。

 

「あと5秒で来ないと問答無用で置いていくわよ!!」

 

「ええぇ?!」

 

重そうな荷物を抱え、明らかに既に体力を消耗している様相の野田になんて非常なことを言うんだコイツは。

 

しかも距離的には万全の状態でもギリギリという感じだ。

 

「5ー、4ー、3ー」

 

非情なカウントダウンが始まり、仲村以外の皆は固唾を飲んで野田を見守る。

 

「2ー、1ー…」

 

「う、うわぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

ずざざざー!と最終的には身体を投げ出すように滑り込む。

 

「0…まあギリギリセーフにしといてあげるわ」

 

「す、すまない…ゆりっぺ…」

 

ここに来るまでで体力を使い果たしたであろう野田はうつ伏せになりながらそれでも謝っていた。

 

「いいから立ちなさい。出発よ」

 

「わかってる…」

 

仲村に言われた通り、立ち上がる。

 

なんでそこまでされて言う通りにするんだろう…?

 

確かに遅刻したのは野田が悪いけど、それにしたってあまりに対応が冷たい。

 

でも野田は何も言わない。

 

それが不思議に感じた。

 

「柴崎くん早く乗ってくれない?」

 

「あ、ああ、悪い」

 

仲村に急かされて慌てて乗り込む。

 

 

 

 

 

 

 

 

全員が座席に着き、ようやくバスは発進した。

 

いよいよ合宿が始まる。

 

こんな経験がない俺は柄にもなく少しわくわくしていた。

 

「おおーい!野田が吐いちまったぞー!」

 

「うっ…おぇぇぇ」

 

「大山にまで伝染しやがったぁぁぁぁ!!!」

 

………先行きが不安だ。

 

 

 




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