蒼紅の決意 Re:start   作:零っち

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「キス…」

「こんなもんかな」

 

いい色に焼けた豚のしょうが焼きをフライパンからお皿に移す。

 

2つの内1つにはラップをかけ、残る1つを持ってテーブルまで運んでいく。

 

「いただきます」

 

一人でするいただきますには一抹の寂しさを感じるけど、大事なことだ。

 

豚肉を一口齧り、ご飯を頬張る。

 

うん、いい味だ。

 

…あたしだってうどん以外のものを美味しいって感じるんだからな。

 

しかし、一人で食べるのはやっぱりちょっと味気ないかな…

 

柴崎と…また食べたいなぁ…

 

やはりここで頭に浮かんでくるのは柴崎で、思い出すのはデートのことだ。

 

楽しかったし、嬉しかった。

 

あのまま柴崎がまたあたしのことを好きになってくれればどれだけ嬉しかったことか…

 

まあ過ぎたことを考えてもしょうがないんだけど。

 

「でも、もう一学期も終わっちゃうな…」

 

今は6月の後半。

 

7月の頭には期末試験で、それが終われば夏休み。

 

どうにかして柴崎と距離を縮められないかな…

 

『今日のテーマズバリ!』

 

その時ふと耳に入ってきたのは適当に流していたテレビの声だった。

 

『――――です!』

 

「…これだ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「柴崎ぃ!!」

 

「またか…」

 

毎朝の恒例と言っても過言ではないだろうこの展開。

 

またつかつかと机の前まで勇んでやって来ては好きだと言って満足するんだろう。

 

「柴崎…」

 

「……なんだよ?」

 

と、思っていたのだが急にトーンダウンされこちらも拍子抜けする。

 

「目を閉じろ」

 

「はあ?!」

 

今までにないパターンに頭の中が激しく混乱する。

 

その上肩をガシッと掴まれて動きまで封じられる。

 

「いくぞ…」

 

まだ俺は目を閉じてないというのにゆっくりと顔をこちらに近づけてくる。

 

って問題はそこじゃないぞ俺!

 

「ちょ、ちょっと待てって!俺たちまだ付き合ってもないのにそんな、いきなり…!」

 

「大丈夫。愛さえあればそれはもう尊い行為なんだ」

 

「だからそれがねえんだっつー…」

 

ガツン!

 

「うっ?!」

 

「…………なんだいそれは?遊佐さんや」

 

「これは名付けて『とりあえず気絶させる棒~』です」

 

「そんな棒はねえよ遊佐えもん!それただの木の棒だろ?!死んだらどうするつもりだ?!」

 

「ちょっと待ってくださいよ。そんなことより私への感謝を先にするべきです」

 

「ああそうだったな…ありがとう遊佐、助かった…じゃねえよ!もっと穏便に助けろ!」

 

「え?ビンビン?」

 

「どんな聞き間違えだ?!」

 

そしてなんでいちいち聞き間違えるのが際どい言葉なんだよ?!

 

「冗談はさておき、岩沢さんは問題ありませんよ。ちゃんと峰打ちしてますから」

 

「峰も刃もねえだろ」

 

それただの木の棒だ。ドラ○エなら初期装備だぞ。いや、初期装備以下か?

 

「ほら、息もして…ないですね」

 

「殺っちゃったの?!」

 

初期装備以下なのに?!

 

「冗談ですよ。普通に眠っているだけです…今は」

 

「今後何か起こるのかよ…」

 

「何が起こるかは分かりませんが、とにかく起こしてあげないといけませんね」

 

「それなら方法は1つだよね」

 

いきなりひょっこりと会話に口を挟んでくる悠。

 

「1つ?」

 

「そう。女の子を起こすには方法は1つだよね?」

 

「お前まさか…」

 

「そ。キスしかないよね」

 

やたらと上機嫌にピンっと人差し指を立ててそんな馬鹿げたことを言いやがった。

 

「…はぁ…遊佐」

 

「はい」

 

「岩沢を席に運んでくれ」

 

「了解しました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

岩沢を机に座らせ、すぐに授業が始まった。

 

まあすぐに起きて状況を把握するだろうと思い待っていたんだが…

 

アイツ…起きねえ…

 

え?死んでるの?

 

普通椅子に座りながら机に突っ伏して寝たりしたら動きがあるはずなんだが…もぞもぞ動くような気配が微塵もない。

 

寝てるだけなんだよな?そうだよな?

 

と、とりあえず様子を見よう…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キーンコーンカーンコーン

 

昼休みを告げるチャイムの音が校内に鳴り響き、生徒たちは一斉に昼食気分へとシフトしていく。

 

しかし俺はそんな気が一向に起きやしない。

 

むしろじっとりと嫌な汗が背中を伝ってきた。

 

まだ起きない…

 

あのあと授業そっちのけで岩沢の様子を観察してたのだが…起きない!

 

しかもやはり身動き1つない。

 

やっぱり木の棒の打ち所が悪かったのか?

 

ていうか先生たちもなんで岩沢を放置してるんだ?寝てたら起こすんじゃないの?それともアイツがステルスモードでも使ってんの?

 

「おーい岩沢~起きなよ」

 

徐々にまともに考えることを放棄し始めたところでひさ子が岩沢の下に寄っていった。

 

恐らく昼食の誘いだろう。

 

よしよし、これで起きるよな。

 

「岩沢~岩沢…?おい岩沢ってば!」

 

そう安心したのも束の間だった。

 

どうにも不穏な空気が漂っている。

 

血相を変えてひさ子が岩沢の体を揺するが反応がない。

 

う、嘘だろ…まさか本当に…?

 

「……こ……い」

 

「岩沢?!な、なんて言ったんだよ?!岩沢!」

 

ひさ子の必死の呼び掛けがようやく届いたのか、かすかに言葉を発した。

 

しかしそれは本当に消え入るような大きさで、ひさ子はより必死の形相になり呼び掛けている。

 

「…さこ……たい…」

 

「やだよ…岩沢…!あんたがいないとあたし…!」

 

「痛い!」

 

もうひさ子が諦めかけたその時、ぐるっと首だけを回し顔を表した岩沢がそう叫んだ。

 

「……へ?」

 

「起きたら手も足も痺れてて…身体も固まっちゃって動くと痛いんだよ…なのにひさ子ががんがん揺するから…」

 

「………」

 

ひさ子の顔はこっちから見えないが、とりあえず分かったことがある。

 

「い~わ~さ~わ~」

 

「え?なんだよ?ちょ、ちょっとひさ子?いた、痛いって!」

 

「うるさい!いくら岩沢でもやっていいことと悪いことがあるわー!」

 

「う、うわぁぁぁぁ!?」

 

今日は静かに昼飯にありつけそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

って思ってたのに…

 

「どーしてこんなことに…?」

 

「ひさ子が…ひさ子が…鬼に…」

 

こんなこと、とは全身の痺れやら痛みやらでまともに歩けないらしい岩沢に肩を貸しているこの状況のことだ。

 

「自業自得だよ…」

 

ちなみに岩沢はひさ子が怒ってると思ってるみたいだが、傍目から見ればあれはただ心配が杞憂で済んで安心したひさ子が少し力加減を誤っていただけだった。

 

その拍子に固まっていた身体を無理矢理動かすことになって…まあそれなりの痛みがあったみたいだ。

 

「自業自得って…遊佐があたしを気絶させたことが原因なんだけど」

 

「そのまた更に元凶はお前の意味のわからん行動だけどな」

 

「意味のわからん行動…?」

 

覚えてないのかコイツ?

 

「あ」

 

少しの間考えた末にそんな間の抜けた声を出した。

 

「な、なんのことだ?」

 

いやあなたさっき「あ」って言ったじゃないですか…

 

なんで隠したいのかも、なんでそんなことしようとしたのかも分からないけど、コイツ誤魔化すの下手くそだな…

 

「…はぁ、忘れたんならいいわ。ほら、保健室着いたぞ」

 

「ありがと柴崎愛してる。お礼はキスでいいか?」

 

覚えてるじゃねえか。

 

…いや、知ってたけど。

 

つい数秒前に隠そうとしてたのんじゃないのか?

 

「いいからさっさと湿布でもなんでもしてもらおうぜ…このままじゃ昼飯食いっぱぐれるわ」

 

「あ、本当だ」

 

…今日のコイツ本当に大丈夫か?いつにもまして変…つーか、おかしい?いやこれじゃほとんど一緒か。

 

あー、いやいや…考えすぎるな…岩沢に対して頭使っても意味ねえって。

 

それよりもさっさと済まして飯だ飯。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

保健室に入り症状を伝えると「そんなのちょっと動いてれば治るわよー」と言われ追い返された。

 

くそ…マジで無駄骨だ…

 

ちなみにまだ痛むとのことで肩を貸すのは継続中だ。

 

「ごめん柴崎…」

 

「全くだ」

 

「ごめんな…」

 

いつになくしおらしくなっているなっている岩沢。

 

いつももっと迷惑なことしてるのに…はぁ…

 

「いいよ。本人からしたら痛いもんは痛いんだから。そんな経験もなかったんだろ?ならしょうがない。はい終わり」

 

「柴崎…ありがとう」

 

一気に目を輝かせる岩沢を見て、現金なやつだなぁと思う。

 

けどまあ、落ち込まれるよりはマシか。

 

「お礼はキスでいいか?」

 

「置いていっていいか?」

 

前言撤回。

 

1日中落ち込んどけ。

 

「つれないな……あ」

 

「今度はなんだ?」

 

「いや、何もない。気にしないでくれ」

 

何もないわけないだろうが、深く追求したところで本当のことは言わないだろうな。

 

…放っとこう。

 

そう心で決めて無心で岩沢を教室まで運んでいく。

 

「わぁー、足が痺れて躓いてしまったー」

 

語尾に(棒)と付け足したくなるような間延びした声が聴こえたのはもうそろそろ教室に着くという頃だった。

 

もちろん声だけでなく俺もろとも倒れこもうとバランスを崩す動作と共にだ。

 

「おっと」

 

「え?」

 

とは言ってもそのモーションがバレバレでは意味がない。

 

既に忘れられてるかもしれないが俺の眼は異常に性能がいい。

 

本当に咄嗟にバランスを崩していたとしても見抜けるこの眼の前であからさまに倒れこもうとしてもすぐに見抜けてしまう。

 

「元気そうだな…?」

 

「い、いやこれは事故…」

 

「問答無用だ!自分で歩け馬鹿!」

 

そのまま俺は岩沢から手を離して先に教室に…行きたかったんだけど、その場にへたりこんで動けなくなっている岩沢の姿が目に入ってしまい、仕方なくもう一度肩を貸してやった。

 

眼が良すぎるのも困りものだ。

 

一応反省はしてるらしく今度は大人しく教室まで運ばれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「来週には期末試験が始まる。各自勉強に励むように。以上、解散」

 

椎名先生の淡々としたSHRが終わり放課後になる。

 

しかしもう期末試験か。

 

俺たちのクラブはテスト期間だからって休みないんだよなぁ…

 

また遊佐に勉強見てもらうか…

 

「柴崎くん」

 

そう考えていたところで声をかけられる。

 

「なんだ仲村?」

 

「ちょっと岩沢さんがまだ一人で動けないみたいだから治るまであなたがついてあげて。あの状態で来てもバンドの練習に支障が出るだけだから」

 

「なんで俺が…」

 

「愚問中の愚問ね。答える必要性すら感じられないわ。むしろあなたが答えなさいよ」

 

どんな論理だよ…

 

「…マネージャーだから」

 

「分かってるなら訊かないでよね。じゃあ後から来てくれればいいから、頼んだわよ」

 

「へーへー」

 

最低限の反発を表すために気のない返事をする。

 

まあ意にも介されなかったけど。

 

はぁ、と1つため息を吐いて岩沢の席に近づく。

 

「大丈夫か?」

 

一応これは本心から出た言葉だ。

 

こんな長時間動くのが辛いほど痛むというのは流石に俺でも心配になる。

 

「ああ、大丈夫大丈夫。まだちょっと動くのが辛いだけだから。すぐ行けると思うし」

 

「動くことすら辛いのが、だけってことはねえだろ。別にゆっくりでいいから。練習もどうせここで出来ない分家でやるんだろ?」

 

「はは、完全に見抜かれてるな」

 

「これでも眼はいいからな」

 

そりゃもう良すぎるくらい。

 

具体的に言うと、自業自得でへたりこんでる奴がつい視界に入っちゃうくらいに。

 

「じゃあお言葉に甘えて少しゆっくりさせてもらおうかな」

 

「おう」

 

「ちなみにさ」

 

「ん?」

 

「柴崎ってキスしたことある?」

 

「ぶはっ!」

 

唐突な質問に思いきり吹き出してしまう。

 

「なんだいきなり?!」

 

つい大声出してしまうと教室に残っているクラスメイトたちが一斉に俺に視線を向けてくる。

 

「落ち着きなよ」

 

「誰のせいだと思ってやがる…」

 

とにかく皆には何もないとジェスチャーで伝えなんとか注目から解放される。

 

「で、キスしたことあるの?」

 

「え、まだ続けるのかその話」

 

「もちろん」

 

もちろんなんだ…

 

「…あるわけねえだろ、彼女も出来たことないのに」

 

「ふーん、そっか」

 

いきなり訳の分からない質問をしてきたわりにそっけのない返事だった。

 

しかもそのまま顎に手をやり、何かぶつぶつ言いながら考え込んでいる。

 

完全に今俺の存在忘れてるな。まあいいけど。

 

そういえばいつの間にか人いなくなってるな。まあテスト前だし早く帰って勉強したいやつもいるよな。

 

部活勢は久しぶりのオフを楽しみたいだろうし。

 

そんな風にクラスメイトたちに思いを馳せていたら岩沢が急に、よしと声を出して顔をあげた。

 

「…柴崎、あたしやっぱり早く部活行きたい」

 

「はぁ?なんだよまたいきなり。さっきまでゆっくりするって…」

「急にあたしのロック魂が迸り始めたんだ」

 

そのアホらしい理由無駄に説得力あるからやめてほしい。

 

「そうは言っても痛いんだろ?」

 

「うん。だから1つ方法を考えた」

 

「方法?」

 

「ああ、痛みを止めるにはこれしかない」

 

「なんだよ?」

 

「その…」

 

「?」

 

えらくもったいぶるな。

 

いや、もったいぶると言うより何かそわそわしてるようにも見える。

 

…やたらと身体ももじもじと動かしてるしな。

 

「…キスしてくれたら治る」

 

「……はぁ?」

 

「キスしてくれたらなんかドーパミンとか出て治る!」

 

「いや出ねえよ!そんな特殊能力俺にはねえわ!」

 

真面目に聞いて損したわ!

 

あとちょっと恥ずかしがるなら言わなきゃいいんじゃないですかね?

 

朝っぱらは平気で無理矢理しようとしたくせに…

 

「とにかくキスしたら動けるようになるから頼む!」

 

だんっ!と机に手をついて頭を下げる。

 

「だからならねえって…つーかさ、お前…」

 

俺はさっきから少しずつ膨らんできていた疑念を1つぶつけた。

 

「本当はもう動けるだろ?」

 

「……………な、なんのこと…だ?」

 

目が泳ぎに泳いでいた。

 

うわぁ、なにこの子、嘘下手ぁ…

 

「はい、行くぞー」

 

「ちょ、ちょっと待ってってば」

 

部室に向かおうと歩き始めた俺の服の裾をきゅっと掴んでくる。

 

「…はぁ、何?」

 

「キス…」

 

まだ言うかコイツ…

 

なんでそこまでキスに拘るのか考えた時、ある1つの記憶が頭を過った。

 

「お前さ、まさか昨日あの番組の恋愛特集見たか?」

 

「え?柴崎も見たのか?」

 

「やっぱりか…」

 

考えが的中し、呆れて額に手を当てる。

 

その恋愛特集の中に気になる相手に効果的なアプローチの方法、というものがあったのだ。

 

いくつか専門家が方法と理論を説明していた中にこんなものがあった。

 

『キスすると相手のことが綺麗に見える!』

 

細かい理論なんかは覚えてないが、とにかくこの見出し通りの内容だったのは確かだ。

 

しかしこんなの鵜呑みにするなんてな…

 

本気でコイツの将来が心配だ。

 

「お前さ、これ見ておかしいと思わなかったのか?」

 

「何が?キスしたら綺麗に見える…んだろ?」

 

「そもそもキスする間柄になってるんならもうお互い多少は相手に好意があるだろ?その時点でちょっとは相手が綺麗に見えてんだろ」

 

「…?」

 

「あー、だからだな。少なからず好意があるなら、もうその時にはキス云々関係なく美化されて見えてるはずなんだよ」

 

「そうなのか?」

 

「多分な」

 

経験はないけど。

 

「第一気になる相手の落とし方なのにキスの時点で眉唾だろ。キス拒まないならもう告れば付き合えるじゃん」

 

「…!確かにそうかも…!」

 

気づくの遅っ。

 

「納得したなら行くぞ。ていうかお前、そんなくだらないことかんがえてる暇あったら勉強しろよな…成績悪くてもしらねえぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時は流れてテスト返却日兼終業式。

 

終業式は既に終わりあとはテストや通知表を受けとるのみだ。

 

今回はそれなりにきっちり勉強したから自信があった。

 

あったのに……

 

「なんで岩沢の方が点数いいんだよ?!」

 

「簡単だったし」

 

苦手な理数系だけでなく全教科で一回り以上上回られていた。

 

コイツが練習してる間も勉強してたのに…

 

「くそ!理不尽だー!がはっ!」

 

「あさはかなり」

 

一学期最後の思い出は後ろからチョーク直撃だった。

 

 




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