「みゆきちぃ!みゆきちぃやぁ~!!」
ああ…なんだろうこんな朝一番から嫌な予感しかしないよ…?
本当なら嬉しいはずの親友の声…なんだけど…こういう時って絶対厄介事持ってきてるからなぁ、しおりんは…
「どうしたの?」
「どうしたもこうしたもないよ!みゆきちの恋路の危機だよ?!」
「ちょっ…!」
しおりんが珍しく朝早くから登校してきたと言っても(私はいつもこれくらい)流石に教室のど真ん中でそんなことを大声で叫ばれると私の精神が……って…
「こ、恋路って?」
色んな要素が絡まって混乱しつつもとにかく人に聞かれないようしおりんの耳元に口を寄せる。
「おおう、美声…」
「もう、ちゃんと聞いて…!」
「ごめんごめん、えっと、話せば長くなるんだけど…かくかくしかじかで…」
今度はちゃんと周りに気を使ってくれたしおりんは同じように声を殺しながら初めの台詞に至った経緯を語ってくれた。
「な…んで…そんなことになってるの…」
あまりの展開に絶句する。
えっと…しおりんが余計なことをして誤解されてる…っていうのはよくあることだけど…でも、でもぉ…
「酷いよしおりん~…」
「ああああ!!な、泣かないでみゆきち!」
怒りとか悲しさとかが頭でかき混ぜられて思わず目の前が滲んでいく。
まだ好きになって間もなくて、周りから見ればそれは恋とも呼べないくらいの物だったかもしれないけど、それでも…初恋だったのに…
それが何か行動を起こすことも出来ない内に終わっちゃうなんて…
「無理だよ~…」
「み、みゆきち…」
胸が痛い。
体育祭の前、スランプに陥って皆の足を引っ張ったときとはまた違った辛さが駆け巡っていく。
初夏も終わりを迎えてようやく衣替えの移行期間が終わって、夏服で統一された今日この頃。
この季節、まだこの学校ではエアコンではなく天井に設置されたいくつもの扇風機を回して暑さをしのぐらしい。
それでも耐えられる気温ではある、だけどやはり汗は滴っていく。
そしてその汗と共に、みゆきちの目から水滴が1つ、2つと溢れていく。
それを見て私の背中にも、冷たい何かが伝っていくのが分かった。
「み、みゆきち…」
あたしは事がここに至って初めて自分のやったことの酷さを明確に認識した。
よかれと思ってやった。
それは間違いない。
それにやったことが間違いだとも思ってない。
実際大山先輩は明らかにみゆきちのことを意識してた。それがたまたまこういう形になってしまっただけで。
…でも、失敗だったんだ。
中学からずっと一緒にいたみゆきちのことは、なんでも知ってる。
あたしが何かバカなことをやって呆れることはあってもいつも困った顔で笑ってくれる優しいみゆきち。
……だったんだ、今までは。
今は、恋をしてるんだ。それも、初恋。
恋をすると女は変わる、なんて言葉がある。
まさに今のみゆきちはそれなんだ。
大山先輩を好きになって、始まったばかりのその気持ちを大事にしたかったんだ。
いつもなら困って笑うあたしの暴走で泣いちゃうくらいに。
そもそもみゆきちは大山先輩のこと好きなんだよねと訊いた時に、分からないからって嘘をついていた。
今までほとんどついたことがなかった嘘を。
その時点でこの恋を、どれだけ大事に思っているのかを察しなければいけなかった。
なのに…間違えた。
あたしに恋の経験がないから、みゆきちの真剣な気持ちを踏みにじっちゃったんだ。
じゃあそのお詫びとして恋をして、みゆきちに潰してもらおう!なんて、都合よくは出来ない。
「…みゆきち」
「…?」
だからやるしかない。
「ごめん…いくらなんでもやりすぎた…でもお願い!ここから先あたしの言う通り行動して!」
「え、ええ?!」
「今度は絶対間違えないから!」
大山先輩の気持ちは分かってるんだから、何がなんでもみゆきちの恋を、ここから成功まで持っていくんだ!
「はぁ…」
カンカンと照りつける太陽を受けながら僕は思わず溜め息をつく。
原因は暑さじゃなく先日の関根さんの言葉だ。
入江さんに好きな人がいる…らしい。
だからってなんで僕が落ち込むのかは、僕にもよく分からない。
「どーした大山?なんか元気ないな」
さっきまで何かの言い合いをしてた日向くんが僕の溜め息を聞いて、ひょいと顔を覗きこんでくる。
「ううん、ちょっと考え事してただけ」
「なんだよ水臭えな。悩みごとなら相談のるぜ、幼馴染みじゃん」
「その通りよ!」
日向くんの台詞に乗っかる形で入ってきたのは、さっきまで日向くんと口論していた相手のゆりっぺだ。
ゆりっぺが僕の悩みを気にしてくれるなんて…!
「…どうしたんだゆりっぺ…?なんか怪しいぞ?」
「なんでじゃあ!?!」
「ぐるふっ!」
日向くんの顎に強烈なアッパーカットが放たれる。
日向くんは一時的に重力から解き放たれ、空中を浮遊し地面に叩きつけられる。
「おおい!何もここまでやる必要なかっただろ?!」
「あるわよ!あたしが貶されたんだから!」
けどそんなことがなかったようにすぐに飛び起きて元気にまた口論を始める日向くん。
いつからかなのかはもう忘れたけど、こんな光景も日常茶飯事だ。
「んだとぉ?!」
「なによ?!」
「あはは…はぁ…」
そして僕のことが忘れられるのも…ね…
結局そのまま二人を宥めることに終始してなんとか遅刻せずに登校できた。
悩みごとがあると時間はあっという間に過ぎていくもので、気づけば放課後になっていた。
放課後…つまり部活…部活に行くということは、入江さんに会うわけで…ということは…
「応援しなきゃ…ダメなんだよね…」
「何をだ?」
「え…?あわわ!口に出てた?!」
「あ、ああ…」
やっちゃったぁ…すぐに考えてることが口に出ちゃう癖、早く直さないとなぁ…
「もしかして聞かれたくなかったのか?」
僕が頭を抱えているのを見て神妙な面持ちになる音無くん。
「う、うん…ちょっと悩んでて…結構デリケートなことっていうか」
「…そっか。悪いな、聞き耳立ててたわけじゃないんだけどさ」
「ううん!むしろ心配してくれてありがとうね」
聞かれたのが音無くんで良かったと心から思う。
もしこれがゆりっぺだったらと考えると………本当に良かったぁ!
ゆりっぺはすごく強くて格好いいし、本当は優しいのも分かってるけど…ちょっと強引だからなぁ。
「悩むのは悪いことじゃないけど、悩みすぎは良くないぞ」
「そうなの?」
「ああ、まあ分かりやすいことで言うと、隈出来てるぞ。考えすぎて眠れなかったんだろ?」
「あ…うん」
「1日2日の話なら良いんだけどな。もし長引くようなことなら、誰か頼った方がいいぞ。睡眠不足は思ってるより負担になるから。誰もいないなら俺も話聞くしな」
「そうなんだ。うん、わかったよ、ありがとうね!」
「いいって、それより部活に行こうぜ。ゆりにどやされるぞ」
「あはは、そうだね」
誰かに頼る…かぁ…
いつも通りに部活が始まる。
僕らマネージャー組はとにかくガルデモの演奏を聴くのが主な活動だ。
と言っても、音楽の知識なんて無いに等しい僕らに出来ることはほとんどないんだけど。
ゆりっぺが言うには同じ空間にいることが大事…らしい。
だからガルデモが演奏してる間は雑談したりすることが多いんだけど、僕は今皆とは少し離れて演奏を聴いている。
いや、入江さんを見ているって言う方が的を射てるかもしれない。
頭ではずっと入江さんが誰のことを好きなのか、これからどうするか、僕はなんて言ってあげればいいのか…そもそも僕はどうしたいのか。
そんなことばかり考えてしまっているから。
背中を押してあげて欲しい…と言われても、僕にも恋の経験なんてないし…
そもそもこんな人が大勢いる時にそんなデリケートな話なんて…
「おい、おーい、大山?」
「え?あ、ごめんなに?」
つい考え事の方に集中しすぎて柴崎くんの声が耳に入ってきていなかった。
まさか…口に出てないよね?さっきみたいに。
「もう下校時間だから帰るぞ。ていうかずっと思ってたけど寝不足なんだろお前?今日はさっさと帰って早く寝た方がいいぞ」
「あ、うん。ありがと。そうしようかな」
「おーっと大山先輩!寝不足なところ悪いのですがちょいと面貸してくだせぇ!」
音無くんに指摘された隈を柴崎くんにも指差され、そんなに酷いならとりあえず寝た方がいいかなと思ったところで関根さんが反復横跳びみたいなポーズで割り込んできた。
「はあ?なんだお前また良からぬこと考えてんじゃないだろうな?」
「違うよ!今回は真剣なんだから!」
「た、確かにいつになく瞳孔が開いてるな」
「嘘?!それ乙女としては駄目な奴じゃ?!」
「それは今更だと思うなぁ」
この間も急ににやけたりしてたしね。
「ひどい!って、そんなことどうでもいいんです!とにかく行きましょう!」
「わ、分かったからまず鞄だけ録りに行かせて!」
何とか鞄だけは取らせてもらって、そのあとはされるがままに引きずられた。
今日何も言わなかったから怒ってるのかな?とか、もしかして今後どういう風に相談にのるつもりなのか問い詰められるのかな?とか考えてる内に校門まで連れていかれる。
そしてそこに一人の人影があった。
ていうか、入江さんだった。
「えええぇぇぇぇ?!」
「どうしたんすか?」
「な、何か悪いことしちゃいましたか?」
思わぬ展開に気が動転して叫んでしまった。
いやいや、でもよくよく考えたらそれくらい想定しとかなきゃだよね…
「い、いや全然問題ないよ」
「顔引きつってるっすよ?」
「あの…迷惑でしたか?」
「う…」
もちろん迷惑だなんて言うつもりはないけど、もし仮に迷惑だと思っていてもこんな顔をされるとそうとは言えないはずだ。
それくらい今の入江さんの表情は泣きそうだった。
だけどその姿がまた…なんというか…胸にくる…悪い感じではなくて、むしろ心地いい衝動で。
「全然!で、えっと…やっぱりあの話だよね?好きな人…とか」
好きな人、と言おうとした途端にさっきまでの心地いい衝動が止んで胸が苦しくなる。
さっきのが甘い衝動なら今度のは苦い衝動だ。
なんなんだろう…僕は…
「は、はい」
また、ズキンと今度はさっきよりももっと苦い痛みが走った。
誰かを想って頬を染める入江さんを見ることが引き金になっていることは分かる。
でも、だからなんなんだろう?
僕はどうしたらいいんだろう?
「じゃあ場所移そ。こんな知り合いが大勢いるとこじゃ話せないしね」
そんな苛立ちが僕の語気を少し強めさせた。
「…………………」
場所を近くのファーストフード店に移し、本題に入…りたかったんだけど何故かお互い黙ってしまっている。
入江さんはさっき僕の語気が強まったことに怯えてしまったのか中々切り出さなかった。
そして僕もさっき思わず強い口調になってしまったことが口を開くことを躊躇わせていた。
いや、でもここは僕から訊いてあげないと!
「「あ、あの!」」
「「あ、そ、そちらからどうぞ」」
互いに同じことを考えてたのか入江さんと僕の声が被り、遮ってしまった。
もしここに関根さんがいたら「ベタすぎでしょ!」とつっこまれていたいたかもしれない。
ちなみにその関根さんはと言うと、店の前で別れた。
なにか用事があるらしかった。
そうして僕ら二人きりになって、今に至る。
「…う、…なぁ」
「え?」
「あ、その、な、なんでもないです!早口言葉を、ちょっと!」
は、早口言葉…?
「か、滑舌の特訓を!」
「へ、へぇ~」
ド、ドラムにも滑舌って必要なのかな?
「え、えっとそんなことはどうでもよくて!あの、私のその…好きな人の話なんですけど…」
「あ、うん…」
「しおりんから大山先輩が応援してくれるって聞いたんですけど…?」
「うん、言ったよ?」
確かに言った。
関根さんに入江さんに好きな人がいる、だから応援してと言われて、確かに頷いた。
あのときもこんな風に胸が苦しいまま。
苦しくても、入江さんには幸せでいて欲しいなって思っちゃったから。
「あ、ありがとうございます…それで、あのぅ…大山先輩は、交際経験がありますか?」
「え?ないけど…」
「そ、そうですか!」
ん?なんでちょっと嬉しそうなんだろう?
というか、あんまり質問の意図が分からない。
「で、では片想いをしたことは?」
「それもない…けど」
「そ、そうなんですかー」
…なんでちょっとにやけてるんだろう?
「ちょ……て…!」
「あの…入江さん?」
「は、はい?!これは早口言葉ですよ?!」
「う、うん、そうじゃなくてね」
本当はその早口言葉も気になるけど…
「あの、なんでそんな質問を?」
「ええっとですね……大山先輩に、恋愛経験があれば、参考に出来るかな、と思いましてです」
「思いましてです?」
「す、すみませんちょっと噛んでしまいました!」
「そ、そうなんだ」
噛んだっていう感じじゃなかったんだけど…
しかもなんだかしゃべり方がぎこちない気も…
でもこれ以上問い詰めるともう既に目が回りそうなくらいテンパっている入江さんが再起不能になりそうだし…
ここはとりあえず話を進めとこう。
「あのーごめんね?僕、恋とかよく分からなくて…役に立たないよね、こんなんじゃ」
「そ、そんなことないです!私は大山先輩が背中を押してくれればその…すごく頑張れますし…」
「あはは、ありがとね」
「嘘じゃないです!体育祭の時だって大山先輩が応援してくれたから頑張れたんです!」
「う、うん…」
入江さんの勢いに飲まれてつい尻すぼみな言葉を返してしまう。
まさかこんな風に思ってくれていたとは夢にも思わなくて。
だって、入江さんは他の誰かが好きで…僕なんかのことは……
って、そんなこと関係ないじゃないか!
恋と信頼は全然別物!そんなことくらい僕でも分かる…なのに、なんでそんなこと思っちゃったんだろう…?
「だから…役に立たないとか言わないでください…」
「…うん。ごめんね、もう言わないから」
今にも泣きそうな入江さんを見ると、そう言う他なかった。
…なんだか僕、入江さんに弱いなぁ…
入江さんが泣きそうだったり、辛そうだと堪らなくなる。
僕がどうとかよりも入江さんを優先したくなる。
これって先輩として当たり前…なのかな?
「じゃあ僕はどんな風に応援したらいいかな?その好きな人に探りを入れるとか?」
「い、いえ、そこまでお世話になるわけにはいきませんから!その……大山先輩が、好きな人には、どんなことを、してあげたいと思うか、教えてください」
「え?でも僕、さっきも言ったけど片想いもしたことなくて…」
「想像で、大丈夫なので、もし好きな人がいたら、どうしてあげたいですか?」
「う、うーん…」
困ったなぁ…
もし好きな人がいたらかぁ。
あまりにも想像がつかなくて何も浮かんでこない。
「えっと…?例えば、私みたいに、ドラムとか、何かに夢中な女の子だったら、どうですかね?」
「何かに熱心な子…」
そこで僕は思い浮かべる。何かを必死に頑張っている、例えばそう、入江さんたちガルデモのメンバーのような子を。
きっと僕に構ってられない日も来ると思う。
失敗して心が折れそうな時もあると思う。
その逆に成功して嬉しい時もあると思う。
そんなとき僕は……
「寄り添いたい…かな…」
「寄り添う、ですか?」
「うん」
この時僕は不思議な感覚に陥っていた。
まるで起きながら夢を見ているみたいな感覚。
「何かに夢中なら、挫ける時も、成功するときもあると思うんだ」
そしてその夢は…あの夢だ。
広すぎるくらい広い学校で恋人と一緒に過ごしている、あの夢だ。
「もしね、スランプとか、ライブで失敗してたら僕が支えてあげたいんだ」
「…はい」
あの夢の子も、ドラムをしていた。
これは長年同じ夢を見てきて初めて知ったことだった。
でも何故かそれをあっさりと受け入れている自分もいた。
「逆に上手くいってその子が喜んでるなら、僕も一緒に喜びたいんだ」
「…はい」
そう、夢の子もそうやって一喜一憂していた。
僕はその時々で、励まして、悲しんで、喜んで、その子がまるで自分と一心同体みたいになっていた。
「それが好きな人にしてあげたいこと…かなぁ」
それは間違いなく愛情だった。
「………って、な、何語っちゃってるんだろうね僕?!あはははは!」
語り終わるとパタッとその白昼夢みたいなものは無くなって、ずっと起きていたのにたった今目を覚ましたように感じる。
我に帰ると、自分がいかに恥ずかしいことを口走っていたかが沸々と理解できた。
うわぁ~やっちゃったよぉ~!引かれてないかな…?
ちらっと入江さんの顔を窺うと…
「?!」
僕の語りにドン引きして青ざめてるかと思っていた顔は、想像とは正反対に真っ赤にゆだっていて、目もうるうると潤んでいた。
「ど、どうしたの?!」
引かれている反応…ではないと思うけど、この反応がどういう意味なのか分からなくて必死に問いかけてしまう。
「い、いえ…あにょ…あの…じ、時間をください…」
「う、うん…」
そう言って入江さんは自分の胸に手を当てて深呼吸を始めた。
すぅ~はぁ~と2、3回繰り返して、ぐっと胸の前で手を握りしめて僕の方を見据えてくる。
「あの…」
「な、なに?」
「大山先輩は体育祭の時…私を、スランプで悩んでる私を、支えてくれましたよね?」
「ん?うん…そう、だね、多分」
自信はないけど、当の本人の入江さんがそう言ってたんだからきっとそうだと思う。
「あれは、マネージャーだからですか?」
「え?いや、多分そうじゃなくても入江さんが頑張ってるのに気づいたら同じことをしたと思うけど…?」
ゆりっぺから与えられた役割っていうのはもちろんあったけど、でも応援したくなったのは入江さんの努力を知ってたからで…そんなところを見たら僕がなんとかしてあげれないかなって思っちゃって…
「それは…さっき言ってた好きな人にしてあげたいことと、同じ…じゃないですかね?!」
「……………………」
その言葉が意味することを理解するのに数十秒時間がかかった。
確かに一緒かも…?
じゃあ好きな人にしてあげたいことを入江さんにしてたんだ。
ん?じゃあ僕は入江さんが好きってこと?
んんんん?
「…え、ええええぇぇぇぇ???!」
ちょ、ちょっと待って!落ち着いて僕!
確かにそうかもしれないけどもしかしたら後輩を思う先輩としての行動かもしれないじゃないか!?
「…大山先輩は、私に好きな人がいるって聞いて、どう思いましたか?」
「ど、どどどうって…なんだかモヤモヤ?したかも…ちょっと八つ当たりみたいなこともしちゃったし…」
「多分私も好きな人に他に好きな人がいたらそうなると思います!そんな風に嫉妬しちゃうと思います!」
相変わらず真っ赤なままで言い切る入江さんの言葉を、またも理解するのに時間がかかる。
嫉妬…?
嫉妬って漫画とかでよく見るあの?少女漫画とかでそれを見ては僕には関係なさそうだなと思ってたあの?
でも、そうなら辻褄が合う…かも…
いや…それ以外合わない…かも…
ゆりっぺの命令でマネージャーになって、初めて二人きりで話した時、入江さんが嬉しそうなのを見て胸が弾んだ。
寂しそうに笑ったのを見て胸が痛くなった。
この子は僕が守ってあげたいと思った。
体育祭の時はそれが少し形になった。
そっか、僕………
「入江さんのこと、いつの間にか好きになってた…」
「っ?!本当ですか?!」
「あ…!」
つい口をついて出た言葉は入江さんの耳にも届いてしまったみたいで、僕は激しく動揺する。
「ご、ごめん!入江さんには他に…好きな人がいるのにね!本当、忘れて!」
こんな気持ちは入江さんにとって迷惑にしかならないと分かってる。
自惚れじゃなければだけど僕は入江さんに少しだけ信頼してもらえている。その信頼を裏切ることもしたくなかった。
ううん、失望されたくなかっただけかもしれない。
初めから下心ありきで助けたんだと思われたくなくて、今必死になって否定しているのかもしれない。
でも、そんな考えは次の瞬間には吹き飛ばされていた。
「わ、私も大山先輩が、す、好きです!!」
「え…っと…?」
僕は今日またもやその言葉を理解するのに時間がかかっていた。
僕が好き…?
というか今回は本当に理解できなかった。
「で、でも入江さんには誰か好きな人がいるんじゃなかったけ?!どういうこと?!」
「そ、その好きな人が大山先輩なんです!」
「つ、つまりどういうこと?!」
「ええ?!これ以上説明出来ないですよぉ!」
「え、えっと…つまり…」
「ここで呼ばれてないのにジャジャジャジャーン!しおりんこと、関根・クリスティーヌ・しおり召喚!!」
「うわぁ?!せ、関根さん?!クリスティーヌ?!」
「そこには反応しても何も出ないですよ~?」
混乱してる頭でなんとか状況を整理しようとしてると、僕らの座っている席の後ろから関根さんが突然顔を出した。
これでさらに僕の頭は混乱していく。
もう僕の頭は戦乱の世のように荒ぶっていた。
「いやあ、乱世乱世!」
「…ま、とりあえず大山先輩のブレイクタイムに入ろうか」
僕のブレイクタイムと称して飲み物を注文してくれた関根さん。
その持ってきてくれた飲み物をグイッと一息に煽って頭を冷やす。
「プハァ!で、今回は一体全体どういうことなの?」
口の端を手で拭いながら説明を求める。
「そ、それはですね…」
「みゆきち、今回のことはあたしから説明させて」
入江さんが口を開こうとしたところを手で制す関根さん。
その表情はさっきまでのゆるい雰囲気とはまるで違っていた。
「まずは、本当にすみませんでした!」
「ちょ、ちょっと待って?まだ説明されてもないし、何を謝ってるのかも分からないよ?」
「謝っとかないと気が済まなくて。じゃあ説明させてもらいますね」
そうして関根さんは今回の経緯を説明してくれた。
「つまり…僕を煽ろうとして失敗して、事をこじらせちゃった…ってこと?」
「そうです、すみませんでした!」
「謝るようなことじゃないよ!僕こそその時に気づけなくてごめんね!」
「そんな、大山先輩が謝ることじゃ…」
「ううん、僕が悪いんだよ。僕がそこで自分の気持ちに気づいてれば良かったんだし…それに、関根さんはそのあときちんとこうやって責任を取ってくれてるんだし。本当にありがと」
「わ、私からも、ありがとうしおりん!」
「……う…」
う?
「うう…」
「し、しおりん?」
俯いてふるふると肩を震わす姿を見て入江さんは心配そうに関根さんの顔を下から覗きこもうとする。
その瞬間、関根さんはがばっと顔を上げて立ち上がった。
「うわーっはっはぁー!!でしょ!?でしょ!?しおりんすごくないですか?!まさに有言実行!やっぱりあたしは流石だよねぇ!」
「「………………………」」
まさに開いた口が塞がらないっていう感じだった。
は、反省しないなぁ…まあしなくてもいいんだけど…
「じゃああたし帰るね!あとは若い二人でどーぞ!」
「ちょっと待ってしおりん!」
「色んなネタばらしはみゆきちに頼んだ!あ、あと、店出た方がいいよー」
「え?」
「ま・わ・り・めーっちゃくちゃ見られてるよん?」
ウィンクしながらのその言葉を聞いて周りを見渡すと、にやにやとした人たちで埋め尽くされていた。
「~~~~?!」
急いで二人で店を飛び出てその勢いのまま人気のいない空き地に行き着いた。
関根さんは僕たちが動揺している間に既にいなくなっていた。まるで忍者の末裔なのかと思うくらい見事な逃げ足の早さだった。
「……………」
人気のないところに落ち着いて、何かを言わなければいけないんだけど何を言えばいいのか分からない。
もうお互い告白を終わらしている状態で、でもまだ関係は恋人じゃない。
そんな不思議な状態で何から話始めたらいいのか…と考えたところで関根さんが去り際に言っていたことを思い出す。
「あ、あの…ネタばらしって?まだ何か驚くようなことがあったりするのかな?」
「あ、それは…これです」
そう言って耳元の髪を耳にかける。
そこにはイアホンのようなものがついていた。
「これで後ろで話を聞いているしおりんから何を言うか指示されてたんです」
「あ!だからちょっと話し方が変だったんだ!」
「はい、すごく難しくて…」
「そうなんだ」
「あの!でもちゃんと自分の言葉で喋ってたところもあるですよ!例えば…その…応援されて嬉しかったこととか…す、好き…とか…」
「う、うん…」
自覚すると途端に赤くなって俯く姿がより一層にたまらなく可愛く見えてきた。
それはさらに入江さんへの好きっていう感情を強くしていく。
や、やっぱり、こういうことは男の僕から言うべきだよね!
「あの…」
「大山先輩!わ、私と付き合ってくれませんか?!」
「え…」
僕が決心して切り出そうとしたところで先を越されてしまった。
ぼ、僕って本当ダメだなぁ…
「嫌…ですか…」
先を越されたショックで項垂れてるのを見て断られるのかと今にも泣きそうな顔をする入江さん。
「ち、違うよ?!すごく嬉しい!…でも、僕からもう一回言わせてもらっても…いいかな?」
「あ…はい…!」
「ぼ、僕は…」
答えは分かってるのに口にしようとすると胸がバクバクと鳴って口の中が乾いていく。
告白するってことがこんなに緊張するものだって、初めて知った。
それでも入江さんに似合う男になるためにも口にしなきゃいけない。
「僕は入江さんが好きです!付き合ってください!」
「…はい…!こちらこそよろしくお願いします…!」
「やっ…?!」
「?!」
やったぁ!と喜ぼうとした瞬間、頭に大量な何かが流れ込んできた。
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