蒼紅の決意 Re:start   作:零っち

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いきなり話飛びます。


「柴崎!今日も大好きだ!」

その出来事から1年経ち、2年生の始業式の日。

 

今俺には重大な悩みの種がある。

 

ガラガラッと勢いよく開け放たれた扉。

 

嫌な予感をこれでもかと感じながらその音の方を見ると、満面の笑みで彼女はこちらを見ていた。

 

「げっ…」

 

「柴崎!」

 

俺のこのげっ、という呻き声は聞こえていないのか、タタタッと心底嬉しそうに俺の座る席まで駆け寄ってくる。

 

来るな来るなっ!お前の席はここじゃないだろ!

 

「柴崎!今日も大好きだ!」

 

「「「…………………」」」

 

突然の告白に周りでさっきまで騒いでいた、これから1年間を共にするクラスメイトたちは沈黙してしまった。

 

中には白い目で俺の方を見てくるやつまでいる始末だ。

 

周りの視線に顔があげられず、机に視線を移す。

 

くそっ…やっぱりこうなるのか…

 

「あー…良いから自分の席に行ってくれ…」

 

シッシと手を振る。

 

「えぇ~…せっかく一緒のクラスになったのにか?」

 

「別になりたくなかったっての…」

 

「酷いな相変わらず。でも好きだ」

 

「そりゃどうも…もうチャイム鳴るから本当に席に戻ってくれ」

 

時計を指差してそう言うと、分かった!また後でな!と元気よく席に戻ってくれた。

 

後があってたまるか…

 

と、少々げんなりしていると、今まで黙っていやがった後ろの席のやつがぷっと吹き出す。

 

「蒼、彼女が噂の子?」

 

「見たら分かるだろうが…」

 

分かりきっていることをわざわざ訊いてくる相変わらずの性格の悪さに嫌気が差しながらも答える。

 

この性格の悪い童顔男が俺の幼馴染みの一人、千里 悠。

 

童顔なのに大人びた雰囲気を醸し出し、良いやつだが性格が悪いというなんだかよく分からない奴だ。

 

幼稚園からの付き合いだが、コイツは始めからこんな風に大人びていた。

 

ちなみに彼女持ちだ。

 

「なんで告白断ったのさ?かなり美人だと思うけど?」

 

「だから何回も言ってるだろうが…俺はああいうガツガツ来るタイプは苦手なんだよ」

 

「コミュ障の童貞野郎ですもんね」

 

「誰がだ!?…って遊佐かよ」

 

いきなり横からとんでもない台詞が飛んできて思わず噛みつくも、言ってるやつが言ってるやつなので納得してしまった。

 

…いや仮にも女子に向かってその言い草もどうかと思うけど。

 

このいきなり人の品位を貶めるような暴言を無感情で言ってきた金髪ツインテールの少女が、俺のもう一人の幼馴染みの遊佐 笑美だ。

 

鉄壁のポーカーフェイスで既に学園の有名人になっている。

 

故に自分の下の名前があまり好きではないという。

 

曰く、私には美しい笑みなんて似合いません。だそうだ。

 

「で、お二人は何の話を?」

 

「何の話してるか知らずにあんなこと言ってたのかよ…」

 

「本当の事でしょう」

 

本当だからと言ってそんなことを女の子が言うのはどうなのだろう?

 

「蒼に言い寄ってくる子が同じクラスになったって話だよ」

 

「…へぇ、どの人です?」

 

「あの紅い髪の子」

 

「………………」

 

「どした?」

 

千里の指の先にいる岩沢を見た瞬間、いつものポーカーフェイスが少し崩れていた。

 

目元が引き攣り、動揺しているのが丸わかりだ。

 

「どした?」

 

「…いえ、何でもありません。あんな美人を振った柴崎さんの神経が信じられなかっただけです」

 

「ほっとけ!」

 

「もうチャイムが鳴るので席に返ります」

 

「あ、おい…なんなんだアイツは?」

 

言うだけ言って本当に席に返ってしまった。

 

「本当、よく分からん奴だな…」

 

昔はよく笑って、俺の後ろを蒼ちゃん蒼ちゃんと言って付いてきていたというのに、今となってはついたあだ名が機械女だ。

 

それもこれも、中学である出来事が起きたせいなのだが…まさか、ここまで変わってしまうとは…

 

もちろん表情の変化が乏しいことが悪いと決めつけるわけではないが、それでアイツに友達がいないことも事実だ。

 

…いつかまた、昔みたいに戻ってくれたら良いな。

 

「蒼は本当に鈍いよねぇ…昔から」

 

「あ?何がだよ?」

 

「そういうところがだよ」

 

だから何がだと訊こうとした時、キーンコーンカーンコーンとチャイムが鳴ってしまった。

 

そしてそれとほぼ同時に担任の教師らしき人が入ってきた。

 

「時間だ。座れ」

 

その担任の姿を見た瞬間、教室にどよめきが走った。

 

おー!とえー!が入り交じった声が次々に起こる。

 

「あさはかなり」

 

その教師は、学園一の美人教師として有名な椎名枝里先生だった。

 

これでおー!という歓声の意味は分かっただろう。

 

しかし、実はこの椎名先生は寝ていたり態度の悪い生徒に対し、チョーク投げで攻撃してくるので有名でその手の生徒からは非常に恐れられている。

 

これがえー!の方の声の意味だ。

 

「始業式が始まる。行くぞ」

 

簡潔にそう言って生徒たちを先導しようとしたその時、教室に猛ダッシュで女子が滑り込んできた。

 

どうやら席が空いてるのを見ると、俺の前の席のようだ。

 

「セーフ!…ですよね?」

 

「…あさはかなり」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

始業式は別段問題もなく終わった。

 

強いて言うなら眠りこけていたクラスメイトの一人が椎名先生にチョークを当てられていたくらいだ。

 

…あの人はチョークを常備しているのだろうか?

 

と、それ以外は本当に滞りなく終了し、教室に戻った。

 

「では、一人ずつ自己紹介してもらう。出席番号一番から」

 

淡々と説明と指名を終えて自己紹介に移る。

 

一番の人が自己紹介を終えて、二番に回る…のだが…

 

「出席番号二番。岩沢雅美」

 

岩沢かよ…!頼むから変なことを言わないでくれ…!

 

「趣味はギターと歌うこと。好きな人は同じクラスの柴崎蒼!以上だ」

 

「「「…………………」」」

 

やめてくれって言ったのに…!(言ってない)

 

登校して早々に告白するという暴挙が始業式を挟んで薄まっていたところにまたこれだ。

 

当然前に貼られている座席表を見て、あ~、柴崎ってアイツか。なんであんなやつ?てかリア充死ねよ。的な視線が俺を襲ってくる。

 

「くっ…くく…最高…」

 

そして後ろで声を押し殺して笑っている悠は後でしばくとして。

 

「柴崎はあたしのものだから皆手を出すなよ」

 

「あさはかなり。着席しろ岩沢」

 

はいはい、と軽い調子で答えて着席する岩沢。

 

ナイスです椎名先生!出来ればチョーク投げてやって欲しかったけど!

 

「あんたが例の柴崎くんかい?」

 

と心の中で椎名先生に感謝していると、急に前の席の女子が振り向いて話かけてきた。

 

さっき始業式に向かうギリギリで教室に入ってきた子だ。

 

その子は茶髪にポニーテールで勝ち気そうなツリ目をしている、美少女と言ってなんら問題のない子だった。

 

「例のって何がだよ?」

 

「おいおい、そんな睨まないでくれよ」

 

聞き返すと困ったようにジェスチャーをつけて落ち着くように促してくる。

 

別に睨んでたわけじゃないんだが…

 

「あたしはひさ子。岩沢とバンドを組んでるもんだ。つってもまだあたしと岩沢だけなんだけどな。去年知り合ったばっかりだし」

 

「はぁ」

 

その話題に何と返せば良いのか分からず気のない返事をしてしまう。

 

強いて言うならアイツバンドとかやってたんだ。と思ったくらいだ。

 

それに気がついたのか、まあそれはいいや。と話を戻す。

 

「岩沢が柴崎が柴崎がって毎日うるさくってね。どんな奴か一目見てみたかったのさ」

 

「はぁ」

 

やっぱり返事に困ってしまってさっきと同じように返してしまう。

 

「なんだ?何か感想ないのかよ?」

 

「感想って…それ何て言うのが正解なんだよ…?」

 

「そりゃ確かにそうか」

 

ケラケラとおかしそうに笑うひさ子。

 

まあ悪いやつでは無さそうだ。

 

「そこ、静かに」

 

「はーい、すみませーん」

 

「すみません」

 

「あさはかなり」

 

流石に喋りすぎたか注意されてしまったので謝っておく。

 

すると許してくれたようで、次。と自己紹介を進める。

 

「出席番号七番、音無結弦。趣味とかは特に無いですが、よろしくお願いします」

 

いつのまにか岩沢の自己紹介から何人か進んでしまっていたようで、今は橙色の髪の毛をした男子が名乗っていた。

 

コイツ確か入学式の時に新入生代表の挨拶してた奴だな。

 

なんていうか、すごい好青年って感じだ。

 

そしてその後も自己紹介が進んでいき、俺の前のひさ子の番に。

 

「出席番号十五番、早乙女ひさ子。趣味はギター。気軽にひさ子って呼んでくれ。1年間よろしく」

 

ハキハキと自己紹介を終えて着席すると、周りがざわざわと騒いでいた。

 

まあ見た目が美少女だし、サバサバしてる感じだから男女どっちにも人気が出そうだよな。

 

「次」

 

いよいよ俺の番か。

 

はい、と言って起立するとさっきまでざわついていた皆が一斉に黙りこんでシーンとなる。

 

あ、さっき好きとか言われてた人だ。みたいは空気がひしひしと伝わってくる。

 

そして後ろでまたも笑っている悠は絶対に後で殴る。

 

とりあえず自己紹介しないとな…

 

「えっと、出席番号十六番、柴崎蒼です。趣味って言うほどのものはありません。1年間よろしくお願いしましゅっ…」

 

壮絶に噛んだ。ベッタベタな噛み方をした。

 

周りからも噛んだ?噛んだよね。と小さいけど確実に話し声が聴こえてくる。

 

「大丈夫だ柴崎!可愛いぞ!あたしは好きだ!!」

 

「うるせえ!」

 

励ましのつもりかいきなり立ち上がって逆効果な言葉をかけてくる岩沢。

 

元はといえばお前が変な空気作るからだろうが!

 

周りからは更に冷たい視線が突き刺さってくる。

 

「静かに。次に行け」

 

「はい。出席番号十七番、千里悠です。僕も趣味という趣味はありません。1年間よろしくお願いします」

 

ニッコリと外面用の笑顔を貼り付けて無難に自己紹介を終える。

 

「ちっ、つまんねー自己紹介」

 

「ごめんね、僕あんな器用に噛めないからさ」

 

「ぐっ…」

 

憎まれ口を叩くと綺麗に反撃される。

 

やっぱ口でコイツに敵わねー…てか俺の幼馴染み口喧嘩強すぎ…どうして俺みたいに真っ直ぐ育たなかったのか…

 

「何言ってんの?殺人犯みたいな目付きしといて」

 

「てめえ!人が一番気にしてることを!!」

 

「あさはかなり」

 

「ぐほっ!?」

 

ついカッとなって大声を上げて悠の方を向いた瞬間後頭部に物凄い衝撃が。

 

椎名先生が何か言ってるってことはこれチョークなのか?なんかパチンコ玉でも思いきり投げつけられたみたいな痛みだったんだけど?

 

「次はない。次」

 

「はーい」

 

次はないんじゃねえのかよ…

 

と、少しひねくれたことを考えていると椎名先生にキッと睨まれる。

 

遊佐が心読むの得意なのは知ってるけど、椎名先生まで心読めるの?!

 

しかし特に罰を与えるつもりもないようで、すぐに目線を外してくれた。

 

怖ぇ…

 

「出席番号二十六番、仲村ゆりよ。まあ皆あたしのことは知ってるだろうからこれくらいで終わっとくわね」

 

うわ、コイツも居るのかよ…

 

この仲村ゆりという少女はこの学園の理事長の娘らしい。

 

なんでも百合ヶ丘学園という名前は娘を溺愛する父親が娘の名前を入れたいとの願いからつけられた名前らしい。

 

まあそれだけなら良いのだが、この仲村ゆりという奴はその溺愛している父親の権力にものを言わして傍若無人の限りを尽くしているらしいのだ。

 

去年同じクラスだった奴らはコイツが学級委員になったせいであるゆる行事でとんでもない目にあわされたとかなんとか。

 

とにかくこんな奴には関わらないのが一番ってことだ。

 

その仲村から少し進んで、やたらと軽そうな態度の奴の番に回ってきた。

 

「出席番号三十番、日向秀樹!趣味は野球だ!よろしくな!」

 

コイツ確か始業式で先生にチョーク当てられてた奴だな。

 

でも野球が趣味って、この学校野球部ないのに良いのかな?

 

「出席番号三十一、藤巻俊樹。たりぃから以上」

 

その次は俺よりもよっぽど柄の悪そうな奴だった。

 

「良かったね蒼。これで目付きの悪さが少しマシに見えるよ」

 

「お前後で覚えてろよ…」

 

まあ俺も同じこと考えてたけど…

 

そして更に順番は回っていき、ついに最後。

 

「出席番号四十番、遊佐です。下の名前は好きではないので遊佐と呼んでください」

 

といつも以上に淡々と、いっそ事務的と言ってもいいくらい愛想なく自己紹介を終えてしまう。

 

遊佐が着席すると、周りはあれが機械女か。とか、本当に無表情なのね。とか言ってる声が聴こえてくる。

 

こりゃまた友達は出来そうにないか…

 

「全員終わったな。それでは今日はこれで解散とする」

 

その言葉を聞いて皆はさっきの遊佐のことなど忘れたかのようにこのあとどうするかなどの話し合いに移っていた。

 

所詮、その程度の関心ということなのか。

 

まあいい。気にしたってしょうがないしな。

 

「じゃあ帰ろうぜ悠」

 

「あ、うん。そうだね」

 

「ちょっと待て柴崎!一緒に帰ろう!」

 

「はぁ…走るぞ!」

 

岩沢が居ることを失念していて教室から出るのを遅れた俺は、それでも迅速に逃げるため悠に声をかけて走り出す。

 

「あ、先帰ってて。彼女からメール来た」

 

「こんの…薄情者がぁ!!」

 

「あ、ちょっと待てって柴崎!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「柴崎ー?!」

 

「はぁ、はぁ…ったく、やっと撒けたか…」

 

路地裏に隠れて岩沢が通りすぎたのを確認してからそう呟く。

 

ていうか、ひさ子は良いのかアイツ…?バンド組んでるんじゃなかったのか?

 

しかもまだ息が切れてなかったし…化物か?

 

「ふぅ…とりあえずこれでやっと帰れるな…」

 

「ですね」

 

「ふぉう?!」

 

「何ですかその変な声は?」

 

「急に後ろから出てくるからだろうが!」

 

いつの間に俺の背後を取っていたのか、遊佐がすぐ後ろから声をかけてきて素っ頓狂な声をあげてしまった。

 

「それよりも、良いんですか?岩沢さん、探してましたよ?」

 

「知ってるよ。だから逃げてんだろうが」

 

「だから逃げて良いんですかって訊いてるんです」

 

「良いから逃げてんだろ」

 

「…そうですか」

 

当たり前のことを訊いてきたと思えば、次は訳ありみたいに考え込んだ表情を浮かべる。

 

まあ無表情でほとんど変化がないから見分けられるのは俺と悠くらいだろうけど。

 

「お前何?岩沢が嫌いなの?」

 

「何故ですか?」

 

「いや、何か教室で初めて見たとき反応が妙だったし」

 

あれは驚いていたのは確かだけど、どこか嫌悪感に近いものを帯びていた気がする。

 

「いえ、特別な感情は無いです」

 

「本当か?」

 

「本当です」

 

「ふーん、まあどっちでも良いけど」

 

長年の付き合いだ。嘘をついてるのは分かるけど、言いたくないなら無理に訊きはしない。

 

遊佐は必要なことは必ず話す奴だしな。

 

「柴崎さんこそ、岩沢さんが嫌いなんですか?」

 

「え?あー…いや、どうだろう?」

 

問い返されて、咄嗟に言葉が出てこない。

 

そういや岩沢は会ってすぐに告白してきて、その後も追いかけてくる岩沢から逃げ回るばっかりだったからまともに話したことも無かったな…

 

「嫌いってわけじゃないと思う…」

 

「…そうですか」

 

「あー、もう帰ろうぜ。今日はなんか色々疲れたわ」

 

「そうですね」

 

「もうこんな疲れるのはゴメンだ」

 

「…でも、明日からはもっと大変になるかも知れませんよ?」

 

「はは、冗談でもやめてくれっての」

 

「そうですか、まあやめておきましょう…すぐに分かることですしね」

 

だからやめろって言ってるのに、と俺はこの台詞を軽く流した。

 

まさか本当に今日なんかよりもっと大変で忙しない日々になっていくとは、この時の俺は微塵も考えていなかった。

 

 

 




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