「なぁなぁ、ぶっちゃけさどんな感じなわけ?」
放課後、まるで図ったかのように女子が誰もいない空間と化した部室で唐突に日向がそう切り出してきた。
「何がだよ?」
「またまた、とぼけんなって」
そんな風に肘でぐいぐいと押されるのだが、まるで見当がつかない。
「いや悪い、本当にわかんねえんだけど」
「おいおい柴崎くん、女子のいないタイミングでわざわざ話振ったんだぜ?大体察するもんがあるだろ?」
「あ~…猥談か」
「ちっげえよ!いや確かに俺の言い方的にそうなるかもしんねえけどなんで健全な考えが出来ねぇの?!WHY!?」
「なるほど、猥談のわいとWHYのわいをかけたんだな」
「んなつまらねえツッコミしねえよ!」
コイツ本当律儀にツッコミいれてくれるな。
こういうところに人の良さが窺える。
「で、マジでなんだよ?女子がいないところでわざわざ俺に訊きたいことって」
「お前だけじゃなくて大山と藤巻、あと直井もだけどな」
それぞれ名指しされた3人が日向の方に視線を向ける。
この4人ってことは…
「ガルデモ関連か?」
「そう!それそれ!」
余程自分の質問が伝わったことが嬉しかったのか一気にテンションが倍増する日向。
「つってもガルデモのことなら俺たちに訊くより本人たちに訊く方がいいぞ」
「だーから、本人がいたら訊きづらいから今訊いてるんだろ?」
「焦らさないで早く言えよ。さっさとしないと女子が来ちまうぞ」
おっとそうだった、とやや慌てて仕切り直す。
「ぶっちゃけお前らガルデモの奴らとデキてんの?」
「「「ぶっっ!?」」」
俺と大山と藤巻が一斉に吹き出した。
「日向てめえ何言ってやがんだ?!」
「そ、そうだよ日向くん!僕らは純粋にマネージャーを任されてるだけなんだから!」
「そうだぞ日向!」
藤巻、大山、俺と順に泡を食って必死に否定する。
岩沢と付き合ってるだなんて勘違いされたら堪ったもんじゃない。
「いやでもお前らがマネージャーにされたのって確かそういう色恋沙汰を起こすためだったんじゃ?」
異様に詰め寄られている日向への助け船としてか、それまで端で聞いていた音無が会話に参加してくる。
「確かにそうだ…仲村が俺たちを付けたのは恋愛をさせるためだ。だがしかし!そんなこと俺たちには関係ない!俺たちには俺たちの意志があるんだ!」
そう、例え仲村の目的がリア充製造だとしても俺たちが乗り気でない限り奴の思う壺にはならない!
「なあ大山」
「え、あ、うん。そう…だね」
ん?
きっと激しく同意をしてくれるものだと思っていた大山の反応が芳しくない。
「な、藤巻」
「…あたりめえだろ」
んん?
藤巻も妙な間を空けての返事だ。
……いや、でも同意はしてくれてるし、きっとこれは入江やひさ子を出来る限り貶めないようにした配慮だな。
「つーことで俺たちに限って色恋沙汰なんてありえない」
「とりあえずお前が必死ってことだけは伝わったわ」
日向と音無が憐憫の視線を向けてくるけど気にしない。
「んじゃあ直井はどうなんだ?関根といい感じになってたりしねえの?」
とりあえず俺たちへの興味は薄れたようで、今の今まで我関せずという風だった直井に話題を振った。
「ふん、貴様のようなトイレットペーパーの芯にも劣る奴の質問に答える義理はない」
のだが、直井の返答は取りつく島もないものだった。
「お前…いい加減そういうのやめろよ」
「何故ですか?僕はあくまで音無さんと柴崎さんのお二人と親密になりたくてこの部に入ったのですから、このような輩の相手をしたくないのは当然ですよぉ」
「誰が輩だ誰が」
俺と音無以外への対応の酷さに音無が頭を抱えて呆れていた。
とりあえずコイツが関根とどうこうなってないであろうことは窺えるな。
「おっまえらなんで青春しねえの?!あんな綺麗どころが揃ってんだぞ?男として逃す手はねえだろう?」
「あんまりガツガツ来られるのはちょっとな」
「アイツとは合わねえ」
「僕じゃ釣り合わないし…」
「あんな間抜けに興味はない」
どんどんヒートアップしていく日向に反比例するかのように淡々と否定していく俺たち。
「あーもー!なんでお前らはそんなに冷めてんだよ?!WHY?!」
「むしろなんでお前はそんなにムキになってんだよ…」
なんだ?変わりたいのか?変わってくれるのか?
「よぉし分かった!こうなりゃ腹わって話そうじゃねえか!俺が言いたいのはあんな美少女と一緒にいてムラムラしてこねえのかってことだ!」
「なに言ってんだ日向…」
突然何かのスイッチが入った日向に目に見えてドン引いている音無。
「Oh!Y談ですか?!」
「おうちょうどいいところに来たTK!お前もコイツらになんか言ってやれ!」
Y談についてはツッコまないのか?
「そうですねぇ…ズバリひさ子さんのおっぱいはどのくら……」
ドガッ!
「ああん?」
「な、なんでもないでぇ~。あ、そういえば今日法事やったわ!ほな失敬!」
藤巻のドスの利いた声と壁が凹むんじゃないかという程の勢いの蹴りを見てTKが来て早々に退散していった。
なんだったんだ…
「くそぉ…おい大山!お前はあの可憐な少女を前にして何も思わないのか?!男として滾るものはないのか?!」
「ええ…?確かに入江さんは可愛いけど…でも僕なんかじゃ高嶺の花すぎるからさ」
「んなことねえよ!考え直せ!そして抱けぃ!」
「なんでだよ」
励ますだけにしとけそこは。
「ちょっと落ち着けって日向…」
「いいやまだだ!柴崎、お前がこの中で一番怪しい!」
「はぁ?!」
いよいよ半狂乱状態になってきた日向がビシィッ!とこちらを指差してくる。
一体何がそこまで日向を駆り立てているのか不明だ。
「なんだんかんだでデートにも行ってるし?聞けば入部の時も岩沢が関係してるらしいし?嫌よ嫌よも好きの内ってやつなんじゃねえの?」
「んなわけねえだろ!俺はああいう肉食系な女子が一番苦手なんだよ!」
「ほ~う?ならどういう子が好きなんだよ」
「え…?」
どんな子…?
どんな子って、そりゃ岩沢じゃない感じの…ってこれじゃ岩沢ありきの基準になるし…
俺が求めるのは…そう、平穏だ。
一緒にいる時間が穏やかに過ぎていきそうというか、最低限騒がしくはなさそうなというか。
「身近で言うなら入江とか、椎名先生みたいな感じ…かな」
「ええ?!」
「なんだよ大山?今大事な話してんだよ」
「ご、ごめん!急に鼻くそがピーナッツに変わっちゃって!」
「それは一大事じゃないのか?!」
一大事っつーか、大発見って感じだが。
ていうか嘘下手くそすぎだろ大山…
何を隠そうとしたかは分からないけど、鼻くそがピーナッツって。
「ま、まあいい…今はそれどころじゃない。しかし入江と椎名先生って全然タイプ違うだろ」
確かに片や小動物、片や獲物を狙う狼のような雰囲気だ。
だが俺が重視してるのはあくまで穏やかな時間だ。
「入江は物腰が柔らかいし大人しくて静かにいられそうだし、椎名先生はあの通り基本無口だろ?俺はそういう騒がしくない雰囲気の人が好みなんだ」
「はぁ~ん。なるほどなるほど…ん?じゃあ遊佐はどうなんだ?アイツも基本静かだろ」
「遊佐は…一緒にいると俺がうるさくなる…」
「あ、ああ…なるほどな…」
ある意味あれほど静かに過ごせない相手というのも珍しい。
それに遊佐は兄妹みたいなもんだしな。
「でもよ、遊佐だって付き合ったりしたらしおらしくなるかもしれねえぜ?」
「ん…確かに…」
『柴崎さんの秘蔵のA……』
『素人童貞』
『でーてーの柴崎さん』
「………ないわ」
無理だ…しおらしい遊佐なんてもう想像すら出来ない…
「なんか…ごめんな」
ポン、と同情の籠った掌が肩を優しく叩いた。
涙が出そうだぜ…
「じゃあ気を取り直して…岩沢はこう言っちゃなんだがお前といない時は寡黙だぞ」
「まだ続けるのか…?」
「あったり前よ!」
いい加減仲村たちも部室に来るんじゃないかな?
「お前といる時は確かに妙に張り切ってるけど、普段は…つーか、お前が入部するまで普段はずーっと曲作りしててほとんど喋らない感じだったぞ」
「アイツが?まさか」
「本当だって。なあ音無?」
「ん、確かに基本的にはひさ子とくらいしか会話してなかったな。ある話題以外は」
「…ある話題?」
なんとなくオチまで素通りな気もするけど一応訊いてみる。
「柴崎のことを話す時だけはやたらと饒舌だったな」
「だよなぁ…」
まあ分かってたけどさ…ていうかアイツは俺のこと知らないやつ相手に何を話してんだよ。
「ま、まあだがしかし基本は寡黙だ。これならお前の条件にも合うだろ」
「俺の前でうるさいなら変わらねえだろ」
「う…しかしだな、岩沢はお前好みだと思うぞ?」
「はぁ?」
この期に及んで何を言い出してるのか。
「何せアイツはスレンダー美人だ!お前の好みそのものだろ?」
「………」
「美脚だし、何より胸も程よい!お前の好みドンピシャだろ?」
「………なあ」
「ん?」
「お前、なんで俺の好みなんて知ってんだ?」
「遊佐から聞いた」
遊佐ぁぁぁぁぁ………!!
アイツ岩沢以上に何話しちゃってくれてんだぁ…?!
「お前巨乳はそんなに好きじゃないんだってな。まあ確かに分からなくもねえぜ?男としては憧れるけども自信ねえよな」
「………」
なんで俺はこんな公衆の面前で性癖を暴露されてるんだろう…
「なんつーの?やっぱ控えめには控えめの良さってのがあるよな?すっぽり収まるっつーかさ」
なんかもうどうでも良くなってきた…
「その点で言うとひさ子、遊佐、ゆりっぺ辺りは大きいから除外だな」
「ゆ、ゆりっぺが……大きい…ぐはっ!」
……………あ。
「となると残りは岩沢、入江、関根だろ?この3人で真ん中は多分岩沢だろ?なら岩沢でいいだろ?」
日向は自分に命の危機が訪れていることに気づいていない。
あと誰か鼻血を出して倒れた野田を助けてやってくれよ。
「それにお前脚フェチだって聞いたし、なら岩沢はオススメだぜ?アイツの脚組んでるところ見てみろよ~いい脚してんぜ~」
ぐぇっへっへ~と話が下世話になったところで奇妙な笑い声を出し始める日向。
彼の命はもう長くはないだろう。
何せ……
「まあ俺は断然胸派だから…」
「ほーう」
「ゆ、ゆゆゆゆゆゆゆゆゆりっぺぇぇ?!」
後ろには満面の笑み(邪悪)の仲村がいるからだ。
ガシッ、と後ろから頭を鷲掴みされる。
さあ握りつぶされるか、はたまたさながら西部劇にでも出てくるような引きずり回しの刑に処されるのか。
「ずーいぶん楽しそうねえ?」
「ゆ、ゆりっぺいつの間に…」
「あんたが巨乳云々の話をしてた頃には部室の外にいたわよ?」
まるで語尾に音符マークでも付きそうなくらい声が弾んでいる。
仲村はどうも怒れば怒るほどに楽しそうな表情を浮かべるようだ。
つまり今は激おこ。
「いや、これはその…」
「さぁて、どうしてくれようかしら。ね、皆」
仲村が笑顔のまま後ろを振り返ると他の女子陣も揃っていて、全員が日向をゴミでも見るような目で見ていた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ話を……」
「問・答・無・用」
ザッ、ザッ、と日向の周りを囲いこみゆっくりと近づいていく。
……アーメン。
「ひ、ひぎゃぁぁぁぁぁぁ???!!」
その悲鳴は校内中に響き渡ったそうな。
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