蒼紅の決意 Re:start   作:零っち

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「ホンマやで!もうめちゃくちゃdifficultやったわ」

テストも無事終わり(野田と藤巻とTKは赤点だったのだが)ようやく一息つけるかと思っていた矢先

 

「それでは今から体育祭の種目を決める」

 

これだ。

 

うちの学校は6月の初めに体育祭が行われるらしい。

 

出来れば暑くなってきているこの時期よりも普通に秋にやって欲しいんだけどな…

 

「蒼は何に出る?」

 

「あー?んー、そうだな…」

 

後ろから悠にそう訊かれ、先生が書き出していく種目に目をやる。

 

70mハードル

 

100m走

 

200m走

 

400mリレー(女子)

 

800mリレー(男子)

 

クラス対抗リレー(男女2名ずつ)

 

綱引き

 

騎馬戦

 

この8種目らしい。

 

「100mと綱引きかな」

 

一番楽そうだし。そもそも別に運動神経に自信があるわけじゃないし。

 

まあ体育祭は眼の力が使えないから気楽で良いけど。

 

「じゃあ僕もそれにしよ」

 

どうせ俺が他のにしててもお前はそれを選ぶだろ、と心の中で思っておく。

 

「ひさ子何に出る?」

 

「岩沢は?」

 

「あたしはひさ子が出るやつにするよ」

 

とりあえず悠との会話を終えると、前からそんな会話が聞こえてくる。

 

「でもあたしのキツいよ?騎馬戦に200にクラス対抗、400にも出たいし」

 

「…騎馬戦にするよ」

 

「いや騎馬戦が一番危ないだろ…」

 

口を突っ込むつもりは全く無かったのだが、つい心の声が漏れてしまった。

 

「でもあたしそんな長い距離走りたくないし」

 

「だったら100mかハードルで良いんじゃねえのか?」

 

「え?それひさ子出ないじゃん」

 

あくまでひさ子基準なんだなコイツは…

 

「まあまあ柴崎、岩沢が心配なのは分かったけどとりあえずここは引いとけって」

 

「別にそういうわけじゃねえよ…」

 

「柴崎が心配してくれてるのか?!」

 

「だから違う!!」

 

なんでコイツはこう人の話を聞かないんだ…?

 

「はぁ…じゃあもう好きにしとけよ」

 

「大丈夫大丈夫」

 

まだ心配してもらってるとでも思ってるのかニヤニヤと締まりのない顔をしている。

 

ったく、怪我しても知らねえぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、無事に各自希望していた種目に参加できることになり、つつがなくHRを終わらせることが出来た。

 

まあこれもひさ子が女子の嫌がるような種目のほとんどを希望してくれたことが大きかったのだが。

 

そしていつものように部活へと足を運ぶ。

 

今日はどうやら仲村が何かを思い付いたらしく、全員が揃うまで待つことになっていた。

 

具体的に言うと、補習のやつらを待っていた。

 

「柴崎、来週の土曜って暇か?」

 

「来週の土曜?」

 

来週の土曜っていうと、体育祭が終わった2日後か。

 

まあ土曜は部活もないし、特にやることはないか。

 

「まあ特に今のところ用事はないけど」

 

「じゃあデート!デートしよう!」

 

「はぁ?!何でだよ?!」

 

余りにも唐突な提案に思わず大声をあげてしまう。

 

コイツ今まで好きだ好きだとは言ってたけどデートだとかは1回も言ったことなかったのに…

 

「良いじゃん細かいことはさ」

 

「良いわけねえだろ!却下だ却下」

 

「ふっふーん、なるほどねぇ」

 

げっ…

 

「良いこと聞いたわ」

 

「仲村…?」

 

さっきまで遊佐と何か話していたはずの仲村が俺のすぐ後ろでゲスな笑みを浮かべて立っていた。

 

ここまで悪役顔を出来る女子がこの世に何人いるだろうか。

 

「岩沢さんはど~してもその日にデートをしたいのね?」

 

「ああ」

 

「柴崎くんはど~しても行きたくないと?」

 

「当たり前だろ」

 

俺だってこれでも初恋すらまだな男子高校生だ。

 

初デートは初めての彼女に取っておきたいという願望くらいある。

 

「ならゲームをしましょう」

 

「ゲーム?」

 

…嫌な予感しかしない。

 

「ええ、確か岩沢さんは騎馬戦に出るのよね?」

 

「そうだけど」

 

「じゃあこうしましょう。岩沢さんが騎馬戦で誰よりもハチマキを取ることが出来たらデートを決行!」

 

「おお!」

 

「はぁ?!なんで?!」

 

「面白いからよ」

 

「そんな理由で決められてたまるか!」

 

俺は絶対そんなのに乗らないからな!と宣言して腕を組み、ドカッと椅子に座る。

 

「ふーん、そういう態度を取るわけね?」

 

「な、なんだよ…」

 

さっきまでのテンションの高さから一転して静かに、しかし余裕がありありと窺える口調に変わる。

 

「あなたがそういうことを言うのなら仕方がないわ。今から先生達に急遽2年生にも借り物競争を追加してもらうわ」

 

「それがなんだってんだ?」

 

「それに岩沢さんを参加させてお題に『好きな人』を入れる。もちろん岩沢さんにそれが渡るように細工も施してね」

 

「そ、それってもしかして…?」

 

「そう!クラスどころか学校全体に告白される場面を晒すことになるわ!」

 

「んなっ!?この人でなしめ!」

 

学校全体にそんな恥ずかしい場面を晒すなんて出来るわけがない。

 

しかもそんな状況で告白を断ったら大ブーイングじゃねえか…

 

…いや、待てよ。

 

「まだ岩沢がやるなんて一言も言ってね…」

「やるやる!」

 

「食い気味?!」

 

「だってさ、そうすればあたしの愛がこの学校中に知れ渡るんだろ?最高じゃないか」

 

「無駄なポジティブさを発揮するな!」

 

ちくしょう…いや、こればっかりは岩沢がやらないって言うなんてことに期待した俺が馬鹿だったか…

 

「さあどうするのかしら?デキレースで全校生徒の目の前で告白されるか、正々堂々騎馬戦で岩沢がハチマキを一番取れた時だけデートするのか」

 

「ぐぅ…」

 

こんなの2択でもなんでもねえじゃねえかくそ…

 

「…ば戦」

 

「え?何?聞こえなーい」

 

うっぜぇ…!

 

「騎馬戦でお願いします!」

 

「はーい了解ー」

 

うふふ、と上機嫌になって離れていけ仲村を見て俺の心は敗北感に支配される。

 

あの暴君め…いつか目にもの見せてやる…

 

「柴崎とデート、柴崎とデート」

 

そんな俺を尻目に岩沢も上機嫌にそんな言葉をリズムに乗せて口ずさんでいる。

 

「まだ決まってねえし…」

 

「あたしが柴崎とのデートを目の前にして負けると思うか?」

 

「知るか!」

 

そんな状況今まで1度たりともなかったのに分かるわけあるか!

 

「答えはNOだ」

 

「いやだから知らねえよ!」

 

「む?何を騒いでる?」

 

「かぁ~、補習だっりぃわマジで」

 

「ホンマやで!もうめちゃめちゃdifficultやったわ」

 

無駄に自信満々な岩沢にツッコんでいたところでようやく補習組がやってきた。

 

「もう遅いわよあんたたち!」

 

「す、すまないゆりっぺ」

 

「まあおかげで良い暇潰しが出来たけどね」

 

「おい」

 

俺の初デートを賭けておいて暇潰し扱いするな。

 

「それじゃあ今日の本題に入るわよ!今日は目前に迫った体育祭での計画について話すわ」

 

「計画?」

 

体育祭に計画という教師や実行委員ならばともかく、ただ参加するだけの生徒には不似合いな言葉の並びに思わず疑問を口に出してしまう。

 

「そう。あたしたちは体育祭当日ライブをするわよ!」

 

「ら…」

「ライブ?!」

 

驚いて復唱してしまいそうになったところを、横から俺よりも更に早く食いついた奴によって防がれる。

 

岩沢だ。

 

「ライブ!ついにやるのか!?」

 

「そ、待たせてごめんなさいね岩沢さん」

 

「いや良いさ、あたしはライブが出来るならなんでもな。それをこんな大きな舞台でやらせてくれるなら文句なんてとても言えないよ」

 

「いやいやちょっと待てよ。さらっとやるみたいな流れになってるけどおかしいだろ」

 

全く以て突拍子のない話が進んでいきそうなところに割ってはいる。

 

「体育祭だぞ?どこにバンドのライブをする要素があるんだよ?」

 

「いくらでもあるでしょ。午前の部終わりの昼食の時間とか、応援合戦に割り込むとか」

 

「そんなめちゃくちゃ出来るわけあるか!」

 

「あらぁ?あたしを誰だかお忘れかしら?停学寸前だった柴崎くん」

 

「ぐぅ」

 

そうだった。

 

コイツは無茶も無謀も無関係、どんな無鉄砲も無理矢理おさめられる無敵のお嬢様だった。

 

俺はそれに助けられたのだから余計にその権力の強さを知っている。

 

確かにコイツなら何をやろうと全て不問に出来てしまうだろう。

 

「で、でも別に体育祭である必要はないだろ?わざわざこんな悪目立ちする時じゃなくてもいいだろ?」

 

「あなたバカ?目立たなきゃ意味ないでしょ」

 

「だから目立つのが悪いんじゃなくて悪目立ちがまずいんだろうが。普通に文化祭でやっちゃダメなのかよ?」

 

「ダメではないわよ。でも悪目立ちでもなんでも利用しなきゃいけないの」

 

「利用?」

 

「岩沢さんたちの目標のためにはね」

 

岩沢たちの目標…

 

『あたしとひさ子はプロを目指してるんだ』

 

「プロ…?」

 

「そうよ。そのために今回の体育祭は打ってつけなのよ。昼食中にしても応援合戦に参加するにしても必ず大抵の生徒の家族の目にも止まるから」

 

確かに文化祭ではわざわざライブに来てくれる人の目にしか止まらないことになる。

 

それに対して体育祭なら、応援合戦はもちろん、昼食時だってグラウンドでやればその日見に来た人達のほとんどに聴いてもらえる。

 

しかもここでもし良い印象を与えておけば文化祭でもう一度見たいと思ってくれる人たちが出るかもしれない。

 

いや、きっと出る。

 

岩沢たちの音楽はそう断言出来るだけの力がある。

 

「それに今時はSNSなどの口コミで広まる可能性が極めて高いですから。そうして話題になればどこかの会社から目をつけてもらえるかもしれません」

 

俺が何を考えているのかを読み取ったのであろう遊佐が横からそう付け足す。

 

「そうでなくとも、どこかのテレビとかで取材でも来るかもしれない。なんでも良いのよ、とにかく少しでも確率を上げるためにはね。もし成果が出なければその時は文化祭にかければいいしね」

 

つまり体育祭ということが重要なんじゃなく、確実に大勢の目に晒される大きな舞台がより多く必要だったということか。

 

「でもよ、それもし失敗したら相当印象悪いんじゃねえの?」

 

「そうね。もし失敗に終わればたちまち逆効果。最悪の場合晒し者になる可能性もあるわ。さすがにプロになれなくなる…なんてことはないでしょうけどね」

 

日向が純粋な疑問を投げかけると、それをあっさりと肯定する。

 

「だからもし嫌なら無理にとは言わないわ。その時は普通に体育祭に参加する。どうする?」

 

そしてそのままそう問いかける。

 

「あたしはやるって言ってるじゃん」

 

「あたしもやるよ。それくらいのリスク当然だろ」

 

「もっちろんあたしもやりますよぉ!ね、みゆきちもやるよね?」

 

「え、あ…うん!が、頑張ります」

 

「ならやるわよ!オペレーション・ファーストライブ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

仲村の問いかけに入江以外は即答だった。

 

でもそれは入江の元々の性格上、一瞬弱気になってしまっただけかと思っていた。

 

いつもおどおどしていてもドラムを前にすればたちまちバンドを支える頼もしい存在に変わっていたから。

 

今回もそうなると思い込んでいた。

 

だけど

 

「ストップ!入江、何回おんなじ所ミスってんだ!」

 

「す、すみません!」

 

そんな考えは間違っていた。

 

仲村からの宣言を聞いたそのすぐ後、早速練習だと言って防音室で練習を始めたのだが、一向に入江は精彩を欠いたままだった。

 

「…今日はもうやめよう」

 

「岩沢」

 

「で、でももう体育祭まで時間が…」

 

「そうだけど、今のままじゃやってもあんまり意味がない」

 

「それは…」

 

唐突な岩沢の提案に食い下がろうとした入江だが、あっさりとそれを却下される。

 

それも岩沢はただ淡々と真実を述べているという風で、取りつく島もない。

 

今のお前が頑張ったってどうにもならない。

 

そんな事実をこれ以上なく突きつけられている。

 

これならまだ何度も怒鳴られながら練習させてくれる方がマシなんじゃないかと思う。

 

特に嫌みのない岩沢に言われるなら尚更だ。

 

「今日はもう終わり、でいいよなひさ子?」

 

「お前がリーダーなんだからお前で決めな」

 

「なら今日はこれで終わりだ。解散」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

岩沢の号令で皆テキパキと帰り支度を始める。

 

「良かったのか?」

 

そこで俺はタイミングを見計らって岩沢に耳打ちする。

 

少し離れた場所で関根と話している入江に聞こえないように注意を払いながら。

 

「なにが?」

 

「なにがって…入江だよ。気が済むまで練習した方が吹っ切れるんじゃないのか?」

 

「かもね」

 

「お前な、ちょっと軽すぎないか?」

 

この状況をまるで重く捉えてなさそうな岩沢の調子を見て少し心配になる。

 

コイツはもしかしたらプレッシャーとか緊張ってものを知らないんじゃないだろうか。

 

音楽なんて何もしらない俺でもコイツが才能ってやつに恵まれているのが分かる。

 

そんな天才の岩沢には、今何故入江がこうなっているのか分かっていない、もしくは理屈としては分かっていても一時的な軽いものだと考えてしまっているんじゃないだろうか。

 

「入江はお前とは違うんだぞ。もう少し気にかけてやってもいいんじゃないのか?」

 

もしそうなんだとしたら、天才のコイツが分かってやれないところを俺がカバーしてやらないといけない。

 

これが俺のマネージャーとしての役目でもあるはずだ。

 

「うん。たしかに柴崎の言う通りなんだと思う。入江はきっとあたしよりもか弱いだろうし、緊張しちゃうんだと思う」

 

「だったら…」

 

「でもあたしは何もするつもりはない」

 

「…っ、なんでだよ?」

 

言っている意味が分からず声を荒げそうになったが、入江に聞こえてはいけないと思い止まり声を押し殺す。

 

「あたしじゃダメなんだ。あたしじゃ余計にプレッシャーになっちゃうかもしれない」

 

「…そうか」

 

そう言われて合点がいった。

 

分かっていないだなんてとんでもなかった。コイツは自分がどう見られているのか、どう思われているのかはっきりと理解している。

 

入江にとって岩沢は同じバンドのメンバーであり、追いかけるべき憧れの先輩なのだ。

 

それは端から見ていても伝わってくる。

 

岩沢のカリスマ性に惹かれ、いつか肩を並べたい、そういう意思が、入江と、もちろん関根からも発せられていることがわかる。

 

そんな人からの言葉は励みになると同時に激しい重圧に変わる。

 

だからあえて何も言わない、言えない。

 

「…でも、無言がプレッシャーになる場合もあるだろ?」

 

「だから無言じゃないさ。ちゃんと今のままじゃダメだってことは伝えてる。それ以上は…あたしの仕事じゃないな」

 

「じゃあ誰の仕事なんだよ?関根か?」

 

「いや、入江を支えるのはあたしでも関根でもなく大山の仕事」

 

「…大山」

 

入江のマネージャー。

 

俺が岩沢のカバーをしようとしたのと同じく、入江のカバーは大山の仕事。

 

そういうわけか。

 

でも…

 

「…大丈夫なのか?知り合って間もないのに」

 

「…わからない」

 

…不安だ。

 

 

 

 




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