ぼっちと九人の女神たちの青春に、明日はあるか。 作:スパルヴィエロ大公
暫く鬱屈した雰囲気になりそうですので、ご容赦ください。
第十九話 リーダーがくしゃみをすると、皆が風邪をひく。
嫌なことほど、なぜかよく覚えている。こんな経験は結構あるんじゃないだろうか。
特に俺のような生きた黒歴史製造機クラスになると、よく今まで生きてこれたなと同情されるレベル。
忘れようとしても、無駄に賢い脳みそを持っているとこれがなかなか難しい。しっかりとハードディスクに保存されてしまっているからだ。
・・・まあ、とにかく時間さえ経てば、いつの日か笑い話として受け流すこともできよう。それを語り合う相手なんざいないけど。
外へ出ると、世間はまだまだ年明けだなんだと盛り上がっている。
俺一人だけがそこから浮いているように見えた。ぼっちであることを前提にしても、これはひどい。
流石に高校生になってからは道行く人に避けられたことなんてそうそうなかった。今は最低でも、すれ違う人のひとりかふたりが変人を軽蔑する目で見てくる。
最低でもだ。
そりゃまあ、そうだろう。
鏡を覗いてみても、いつも以上に生気のない腐った目。そして無意識の内に猫背になって歩く癖がついてしまった。おまけに髪はボサボサときた。
そんな奴が道端を歩いていたら、そりゃ避ける。俺だって避ける。
・・・冬休み開けまでには何とかしないとな。そこだけは真剣に考えている。
今日も俺の頭には、ここ1、2週間に起きた出来事が蘇る。
こうして町をぶらついていても、イヤホンを付けて音楽を聞いていても。どうやっても誤魔化せない。
―――貴方抜きで、このまま次のステージへ進むこともできた。でも断念したわ、これはμ'sの総意。だから・・・受け入れてほしいの。
―――どうしても・・・言えなかったの。穂乃果ちゃんも、みんなも・・・あんなに頑張ってるのに、今さら・・・!
―――・・・μ'sは9人いてこそμ'sなんや。一人欠けてしもたら、もうそれは別のアイドルでしかない。・・・この意味、分かるやろ?
―――このままじゃ、ラブライブどころじゃない・・・μ'sは解散しちゃうのよ!?そんな、バカなこと、なんて・・・っ・・・。
―――私は、続けたいんです。穂乃果のためにも、それに自分を変えられた、μ'sのためにも・・・!
―――こんなこと、聞くなんて情けないよね。
―――でも、聞きたい。比企谷くんならどう思うか、聞かせてほしいの。
「穂乃果は、μ'sを続けてても、いいのかな?」「私が、μ'sを抜けて自分の夢を追いかけるのは、許されるのかな」
・・・いつもなら。
迷うことなく、そうするべきだと言っていたはずだった。
自分のやりたいことを犠牲にしてまで、共に居続ける。それは偽善であり、欺瞞でしかない。
そんなやり方が"本物"だとは、到底思えないからだ。
だが、言えなかった。その時は。
いつの間にか、俺も怖くなったのだろうか。
あいつらの関係が壊れてしまうことが。それを見てしまうことが。
つまり、俺は弱くなった。否、元からそうだったのかもしれない。
人は弱い。どれほどの金、力、頭脳を持っていたとしても、誤魔化しにしかならない。
否が応でも認めなければならないことだ。
だが、このままで終わらせてしまっていいわけがない。
この世に神と奇跡があるとしても、彼らが手を差し伸べてくれることはない。
天は自ら助くる者を助く、という。奇跡が欲しいなら、それこそ血反吐を吐くほどがむしゃらに挑むしかない。
ならばもう一度、今度こそ。
俺が、なんとしてでも―――
2週間前 音ノ木坂学院アイドル研究部 クリスマスイブまで残り5日
「―――よしっ!これで一通り動きも揃ったわね」
「歌もみんなしっかり声が出せるようになったし・・・完璧までもう一歩ねっ!
さっ、気合入れていくわよ!」
「「「「「おーーーっ!」」」」」
おー、暑苦しい。
絶対今気温30℃くらいまで上がっただろ。ここまでくると暖房代節約どころか温暖化に負の貢献をしてるまである。
もっと熱くならなくていいから。修造先生かお前らは。
グンマ―での地獄のような合宿―――ことに園田の提案による夜間ピクニック、10㎞も歩かせるなんてお前は俺を殺す気か?―――が終わった後。
今日の放課後も、変わらずμ'sは練習に励む日々。
合宿によってみんなとの絆が深まりました!最高の思い出でした!・・・ということは特になかったが、普段と違う場所で過ごしたことでリフレッシュできた効果は大きいようだ。
・・・夜は決まって格ゲーだの枕投げやってはしゃいでたからな、こいつら。そりゃ楽しかったろうよ。
それでもこうしてしっかりと練習に励み、差し迫ったライブへ向けて着実に実力をつけていっているならば、何も問題はない。
「・・・その、私今日も用事があるから、これで帰るね。穂乃果ちゃん、海未ちゃん、みんなお疲れ~♪」
「あ、お疲れさまー!」
「先輩、気を付けてにゃー」
―――そう、何も問題はない、はずなのだ。
「東京も群馬も、そんなに寒さって変わらないのね」
「夜は特にな。いくら晴れてても、都会のコンクリートがその熱を保持できないんだろ」
放射冷却現象の一種だっけか?日中と夜の寒暖差ってのは。
真夏は夜になってもクソ暑いのに冬はこれって、異常気象と認定してもいいレベルだろ。
「で・・・西木野さんはなんで俺と一緒に帰宅しているんでしょうか」
「・・・わざとらしい敬語使わなくていいわよ、ちょっと相談したいことがあるだけ」
本当に心臓に悪いからよ、頼むぜ?あと胃腸にもよくないし。
精神的ダメージはすぐに体の不調とリンクするからな。こいつは俺に気があるのかそれとも貶めようとしているのか、疑心暗鬼は大変健康によろしくない。
で、まあ、こいつの表情が曇ったことから察するに、その内容というのはおそらく。
「・・・相談ってのは、南のことだな」
「・・・そう。おかしいと思うでしょ?
いつも高坂さんや園田さんと一緒に帰ってたのに、先週からずっと一人で先に帰ってる。
何か知られたくないことでもあるのかと思って」
というか、明らかにそれだ。
女子という生き物は、良くも悪くも相手の感情を読み取るのが得意だ。
近くにいるだけで相手が何を考えているのか分かってしまう。生まれつきそういう能力を持っているとしか言いようがない。
だから胸の内を晒さないためには、極力近寄らない。これが最低限不可欠である。
それでもバレることもあるが。
南の場合、少なくとも以前のアルバイト問題については解決している。
高坂達に自分から打ち明けた。結果メイド服やら接客術やらのことで暫くの間いじられるようになったが、まあそれはあくまで"友達"同士のかわいいもの。
元より隠すようなことでもなし、今さら蒸し返す必要もないはずだ。
つまり、南はそれよりも深刻な問題を抱えている。
下手をすればμ'sの今後に影響するようかもしれない、巨大な時限爆弾を。
「・・・だが、高坂や園田にすら話せないことなんだろ、あの様子だと。こっちから探るのは難しいぞ」
「・・・そうね。あと、それともう一つ」
「なんだ?」
「高坂さんのこと。ここ最近、一人で自己練習してるみたい。・・・それも夜遅くにね」
・・・おい。
今までだって土日祝日返上で練習してきている。朝は朝練、放課後は下校時間ぎりぎりまでずっとだ。
なのに、まだ足りないというのか。
「この前、マm・・・お母さんに頼まれて買い物に行った帰りにばったり会ったの。
何時だと思う?夜9時過ぎよ。朝に放課後、あれだけの練習こなしてさらに自己練だなんて、いつか彼女倒れるわよ」
落ち着け、ママ呼びしたって別に俺は気にしないぞ。
それよりも。
西木野の言っていることが本当だとしたら。高坂のやっていることはもう、努力でもなんでもない。
ただの病気だ。
物事に―――ライブ、μ'sの活動に―――執着し過ぎるあまり、視野が狭まっている。そして暴走を始めた。
そう遠くないうちにオーバーヒートを起こすに違いない。
・・・やはり人生ってのは、上手くいかないもんだ。
「分かった、高坂のことは俺も何とかしてみる」
「・・・お願いするわ、園田さんとかも気づいてなかったみたいだし。
かと言って後輩の私からじゃ、はっきり止めろだなんて言いづらいしね・・・情けないわ」
西木野、それは別にお前の所為じゃないぞ。組織というものはどうしても上下関係なしでは成り立たない。目上の人間にはどうしても物申すのは難しい。
体育会系の部活だったらもっと凄まじいはずだ。俺なぞ絶対に意見など言えない、いやむしろ向こうが言わせないまである。
それに近くにいるから何でも分かる、という訳でもない。さっきの話とは矛盾するが。
常にお互いの距離が近い状態だと、自分で勝手に納得し安心し、油断してしまう。それはあいつらでも流石に防げなかったようだ。
「あまり気にするな、お前もゆっくり休め。・・・じゃ、俺はこれで」
「ありがと。それじゃあね」
人と別れるとき、こんなにももやもやした気分を味わったのは、かなり久しぶりだ。
昔ならまだよかった。いつものことだと慣れていたから。
だが、今は。俺にはそれが、非常に不快に思えて仕方がなかった。
冬の雨は冷たい。
浮浪者だってこんな日はおいそれと外をうろつきたくはないだろう。
西木野に依頼を受けてから数時間後、明日の夕食の買い物も兼ねて外へ出る。
本来なら学校帰りに済ませておくべきだったのだが。どうも億劫になって、夕食を食べてからにしようと思ったのが間違いだった。
家を出て5分後にはしとしとと雨が降り始め、ダッシュでスーパーへ向かう羽目になった。
楽あれば苦あり、次からは気を付けよう、うん。
さて、傘を持ち合わせていない以上、買い物が済んだからにはさっさと帰りたいのだが、そうもいかない。
高坂のことだ。いくらバカでも雨の日に外で走り込みをするほどバカではないと思いたかった。
だがそんな甘えが身を滅ぼすことを、俺は経験上嫌というほど知っている。
常に念には念を入れなくては駄目なのだ。
「・・・ほっ、ほっ・・・よしっ、あと1周!」
―――いた。
神田大明神の随神門の前。確か練習メニューでジョギングをする際、ここがスタート&ゴール地点になっていた。
既に何周か回ってきたのだろう、少し息を切らした状態で、びしょ濡れの高坂が立っている。
びしょ濡れなのは俺も同じなのだが。
「おい」
「?・・・あっ、比企谷くん!こんばん・・・」
「・・・今晩はじゃねえだろ、なんでこんな時に走ってる」
レインコートも着ず、手袋もつけず。
いつもの練習着姿で。
「あ、寒さとか雨のことならへっちゃらだよ?走ってればすぐあったまるから!」
それは感覚が麻痺しているだけだ。
すぐにまた寒さに気付いて凍える羽目になる。
「そうか、あったまったか。
ならすぐ家に帰れ。・・・西木野に聞いたが、このところずっとこの時間に練習してるそうだな。お前、いつか過労で死ぬぞ」
「だ、大丈夫だよ!これでも穂乃果、体丈夫だし・・・」
毎晩練習していたことは否定しないんだな。普通ならそっちの否定から始めると思うが。
「そう言ってる奴ほどあっさりインフルにやられて倒れたりするもんだ。
とにかく、こんな日までジョギングだなんて正気の沙汰じゃない。大人しく家で休め。
休むのも仕事のうちって教わらなかったのか?」
ついでに言えば、暗闇の中に佇む男女の姿もまともじゃない。
誘拐を疑われてもおかしくないのだ。できるだけ早く高坂を家に帰さなければ―――
「・・・分かんないよ」
高坂の顔から、笑みが消えている。
「・・・何がだ。何が分からないって?」
「比企谷くんには!大好きな学校が潰れちゃって、なくなっちゃうことがどれだけ悲しいことかなんて分かんないんだよ!
ちょっとぐらい病気したっていい!何したって、音ノ木坂を守ってみせる!」
「本気で言ってんのか。自分が倒れてでも死んでもやるつもりだってのか」
「なんで・・・なんでそんなに冷静なの?!おかしいよ!
比企谷くんも見たでしょ?!今の音ノ木坂が、どんどん人気無くして、よそに生徒が移っちゃってること!
ここで・・・ここで頑張らなかったら・・・もう、おしまいなんだよ・・・!」
・・・駄目だ。
今の高坂は、完全に頭に血が上っている。その目には、見るべきものが見えていない。
説得しても通じない。これはもう、否が応でも無理矢理連れ戻すしかないか。
「お前の言い分はもう結構。とにかく、嫌でも帰れ。
このままじゃ明日にでも肺炎になって死ぬぞ」
俺は、高坂の方へ手を伸ばす。
「・・・やめてっ!」
「おい!」
その手は、払われた。次の瞬間、高坂は逃げるように走っていく。
くそ、意外に速い。あっさりと距離が開いていく。
「いいか!真っ直ぐ家に帰れ!必ずだ!」
追いつけないと分かると、後ろ姿に向けて必死に叫ぶ。高坂に届いているのかは分からない。
せいぜいこの騒ぎを遠くから見た連中が、俺を誘拐犯だと通報する確率が低くなるぐらいの効果しかないだろう。
・・・くそ。
人間は脆い。ならば、人間が作ったものとて同じ。
機械、そして組織も。
たとえ雨がなくても、このままμ'sは土砂崩れの様に崩壊していくだろう。
その音が聞ける日は、そう遠くない。
心に穴が開く時の感触が、不快さを伴って蘇ってきていた。
終わりです。
最後穂乃果が暴走してますが、悪く書きたかったわけではないのでそこはご理解を。
アニメだと合宿編で、μ'sの皆がお互いを下の名前で呼び合ってますが、このssでは一期の分を消化して二期編突入してからにしようと思っています。
別に大した理由は無いんですが(´・ω・`)
あと真姫ちゃん優遇されすぎですね、ちょっと(ちょっとか?)
タグ入れたほうがいいでしょうか?「まきちゃん ゆうぐう やゐゆゑよ!」って。