ぼっちと九人の女神たちの青春に、明日はあるか。   作:スパルヴィエロ大公

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今回、俺ガイル以外のラノベネタがあります。
ネタバレはしてないけど・・・。


第五話 こうして、物語はようやくスタートラインへ立つ。

【side:海未】

 

「・・・この人たちも、私たちと同じなんだ・・・」

 

海未は、一冊のライトノベルを手に取り読んでいる。

そのタイトルは、「アニソンの神様」。日本のアニメソングが大好きで留学してきたドイツ人の少女が、日本の高校生とたちとバンドを作って活躍する物語。

 

言うまでもなく、比企谷八幡から参考資料として受け取った品の中に入っていたものだ。

 

この本の主人公は、どこか穂乃果と似ている。

ちょっとおバカで、でも行動力があって、そしてどんな逆境にもめげない。

昔から見てきて、普段は素直に出せないけれど、どこか尊敬の念を抱いていた、幼馴染の姿と。

 

それだけではない。それまでどこか遠い世界のように感じていたサブカルチャー文化を、この本は海未に身近に感じさせてくれる。

今まで本と言ったら参考書とか辞書とか古典文学ばかりだった彼女は、勿論ライトノベルなど馴染みがなかった。文学の恥さらしという一部の世評を、真に受けている部分もあった。

でも、この本はそんなにひどい物とは思わない。いや、青春ものとしてきちんと物語が成り立っていると言っていい。

周囲の無理解や妨害にさらされながらも、少年少女がその苦難を乗り越えバンド活動に打ち込む、王道の青春物語。

 

そして知らず知らずのうちに、登場人物たちと自分たち4人の姿を重ね合わせ、その世界に取り付かれている自分がいる。

 

「比企谷くん・・・本当に、ありがとうございます」

 

海未は一旦本を閉じ、再びノートへと向かう。このまま波に乗れれば、今日の夜の間に歌詞が出来上がる、そんな気がする。

 

そんな彼女の耳には、カラフルなイヤホンが着けられている。

かすかに流れるメロディ。それは、「けいおん!」の「ふわふわ時間」だった。

 

 

【side:八幡】

 

「・・・は?もう完成した?曲が?」

 

「はい!比企谷くんの本とCDのお蔭です」

 

高坂と南が、揃ってすごーいとハもる。

・・・いや、もう絶句するレベルだぞこれ?ちょっとアニソン聞いてラノベ読んだら一晩で歌詞が思いつきましたって。

しかも歌詞を読む限りパクリの痕跡は微塵もない、完璧なオリジナルだ。

 

まあ要するに、脳がこちんこちんになったままでは折角の才能も隠れてしまうから、解きほぐす必要があるってことだ。

小学生の頃、プリキュア見てたら「勉強はどうしたー」と怒鳴りつけて俺を引っ叩いた親父に言ってやりたい。脳にもリラックスがいるんだってことを。

大体俺、その時ちゃんと勉強終わらしてたから。しかも後でちゃっかり自分はゴルフ見てるし。寝そべって。

 

「それじゃ・・・あとは西木野にこの歌詞持ってくわ。それで作曲と編曲を頼んでみる」

 

それで曲が完成して、ようやくμ'sはスタートラインに近づける、という訳だ。

どんな衣装がいいか、どんなダンスにするのか、曲のどの部分を誰のパートにするのか。

それらも、曲のイメージが固まらないことには何とも言えないのだから。

 

「あ!そういえばさ~、真姫ちゃんってどんな感じの子なの?」

 

「・・・ん、まあ大人しそうというか、一人でいるのが好きって印象はあるな」

 

意訳:あいつはお前とは馬が合わない。だから会いに行くのは止めとけ。

 

・・・直球でぶつけるのは躊躇われたので、遠回しに言ってみたがさてどうだろうか?

「どんな感じ~」の下りで瞬時にこいつが西木野に会う気満々なのは分かった。俺の観察眼を舐めてはいけない。

 

同類扱いするのは西木野に失礼だし、というかその時点で俺は無意識の内に彼女を下に見ている傲慢な屑ということになる。

確かにどこか人を避けているような印象はあった。どうも俺は例外だったらしいが。

しかし、それは俺のように単に他者を嫌い、人付き合いを怖がり逃げているのとは違うと思う。

その上、容姿端麗で優れた音楽の才を持ちながら、それを誇り偉ぶるようなところは微塵も見せない。

しかもこちらが抱えている問題を察し、汲み取り、自分から助力を申し出る。

かなり人間としてできた奴なんだと、この前会った時にそう感じていた。

 

だからこそ、高坂に悪意がないと分かっていても、いきなり二人をくっつけるのは早すぎる。

もう少し丁寧に、時間を掛けていく必要がある・・・

 

「じゃ、今から会いに行ってこよーっと!」

 

「あっ穂乃果!?あと10分で授業ですよ!」

 

「って穂乃果ちゃん、海未ちゃんの歌詞カード忘れちゃってるよぉ?!」

 

「・・・あのバカ・・・」

 

ドイツのゼークト将軍曰く、"無能な働き者は即刻銃殺しなければいけない"。

銃殺はオーバーとはいえ、馬鹿の行動力が変な方向で発揮されると碌なことにならないという点ではあながち間違っていないようだ。

お前のその行動力がいつも役に立つとは限らないんだぞ・・・高坂よ。

 

 

「・・・で、貴方が朝、クラスで私のことを聞きまわってたって言うのは事実?」

 

「ハイ・・・スミマセンデシタ」

 

昼休みの音楽室。

女3人寄れば姦しい、という諺は今回は間違っているようである。だって4人いるのにこんなしんみりしてるんだもの。

 

しかし俺が高坂の真後ろに居なくてよかった。

何せ今、ちょっとご機嫌ななめな西木野に高坂が土下座中なのだ。もう2分間ずっとその姿勢。

おっ園田、顔が赤いってことは気づいてるんだろうが、後で教えたりとかするなよ?クスクス笑ってる南、お前もな。

男だって家族以外に下着晒すのは勇気がいるもんである。女子は言わずもがな。

 

「別に、責めてるわけじゃないわ・・・あの時は今みたいに音楽室に居たから知らなかったし。

・・・それに、騒がれるのは慣れてるから」

 

「・・・騒がれる?それはどういうことなのですか」

 

「私の両親が、総合病院を経営してるのよ。昔っからやれ金持ちだのお嬢様ぶってるだの、みんな囃し立ててくるから、もう慣れっこよ」

 

・・・家柄に、周囲の環境。

まるで雪ノ下・・・いや、あいつほど世間を斜めに見ているようには見えない。

それでも、その一歩手前ってところか。少々危うい位置に、西木野は立っている。

 

「今朝も、穂乃果のせいで何か言われ・・・たの・・・?」

 

顔を上げた高坂が、震える声で西木野に問う。

西木野はため息をつきながらも、落ち着いた表情で答える。

 

「・・・2年のアイドルの人が来て西木野さん探しに来たってことで、男子が私のアイドル姿が見れるだなんてはしゃいじゃって。

それ見た女子の人たちから睨まれたけど・・・別に、大したことじゃないから」

 

淡々と話す西木野を見て、園田と南は過去のトラウマに苛まれるかのような、苦虫を噛み潰した表情をしている。

まあ、決しておかしくはない。

そんな黒歴史とは無縁の明るい青春を過ごしているのだと思いそうになるが、こいつらだって血の通った人間だ。

夢と希望に満ちたラブコメディな世界の住人ではないし、ましてディスティニーなお伽噺の住人でもない。そんな経験のひとつやふたつあったって当たり前だろう。

 

「・・・ぐすっ」

 

ん?高坂さん?今なんか聞こえちゃいけない音が聞こえたけど?

 

「ごっごっ、本当にごめんねぇっ真姫ちゃぁんっ!」

 

「ちょ!?いきなり抱き着かないでよ!それになんで泣き出すのよ意味わかんない!」

 

・・・あーあ。

純粋なのって時に罪だよな。自虐とか卑下っていう、形を変えた冗談が通じないんだから。

 

「おい高坂、落ち着け・・・もうお前の謝罪は十分西木野に伝わってるから」

 

「うぅ・・・でも穂乃果のせいで」

 

「別にあなたが悪いんじゃないわよ。勝手に勘違いして騒いでるウチのクラスの連中がいけないんだから」

 

キリっ、という効果音が聞こえそうな位落ち着き払った、この態度。

反省の証として西木野の爪の垢を高坂は煎じて飲む、ということにしたらいかがでしょうか。・・・高坂さん本当にやりそうで怖いです。

 

「それで?・・・歌詞が完成したから、見て欲しいんでしょ?」

 

「あ、はい・・・こちらなんですが」

 

やっと本題に入った・・・やっぱり俺が一人で行った方が良かったんじゃないか?

流石の西木野お嬢様でも、騒ぎの原因となった人物がいきなりテリトリーに侵入してきたときは顔色変わったしな。

時は金なり、まさに金言である。

 

「ふーん・・・『START:DASH!』・・・なるほどね。

タイトルもそうだけど、デビュー一発目から気合の入った曲ね・・・」

 

「・・・その、ダメでしょうか」

 

「いいえ、むしろやってやるぞ、って意気込みがすごく伝わってくる。いいと思うわよ。

・・・2日間時間をくれる?貴方たちの期待に応えられるよう頑張ってみる」

 

・・・交渉成立。

いや、交渉なんてしてないけど。なら商談成立って言った方がいいか。

 

「真姫ちゃん・・・本当にありがとね!」

 

「その、申し訳ありません、急に押しかけて頼む形になってしまって」

 

「お礼はいいわよ、それよりライブの準備、ちゃんとしておきなさいよ」

 

下級生に言われちゃ立場ないな、実際結構切羽詰ってるんだが。

まあ色々課題はあったし歩みも遅いとはいえ、着実に準備は進んでいる。

あとはなるようになる、と信じる・・・しかない。

 

「それじゃ西木野さん、引き受けてくれてありがとう♪後はよろしくね?」

 

「まったね~!」

 

「それでは、本当にありがとうございました」

 

「じゃ、もし出来上がったら連絡してくれ」

 

「そうね・・・それと、比企谷さんは残ってくれる?」

 

「はい?」

 

え、これはもしかして・・・きっと責められるんだろうな。

お前のせいで高坂に酷い目に遭ったっていびられて・・・泣くぞ。

 

その後さっきの泣きっぷりが嘘の様にワイワイとはしゃぐ高坂、そしてそれを見て微笑む園田と南が音楽室を出ていく。

ああ・・・止めてくれ、俺と西木野を二人にしないでくれ・・・!

なんて心の叫びは聞こえることなく、ドアは閉ざされた。

 

ああ、神よ助けたまえ。

 

「・・・あの、園田さんが歌詞と一緒に持ってた本のことなんだけど。

あれ、もしかして貴方が貸したんじゃない?」

 

・・・ん。

 

「ああ・・・『アニソンの神様』な。・・・なんで分かった?」

 

「彼女、結構普段は堅い本とか読んでるんじゃない?こないだ図書館で見かけたときも、坂口安吾の『堕落論』読んでたし。

自分からライトノベルなんて読むような人種には見えないわ」

 

「・・・で、俺か。いや短絡的過ぎないかその結論?」

 

「実際当たってるでしょ?私、あの本中学生の時に読んで好きになったから知ってるのよ。

・・・まさか、園田さんのスランプ解消に役立つとまでは思わなかったけど。すごく大切そうに持ってたわよ」

 

あ、スランプって分かったのね。

まあ分かりやすいくらい目に隈できてたしな・・・。高坂は1時間目終わるころにやっと気付いて心配してたが。

 

実を言うと、俺もあの本が好きだ。

まだ高校に入ったばかりの頃、僅かばかりに"青春"の残骸を信じていた頃に出会って、読んで、こんな高校生活が過ごせたらと妄想に耽ったものだ。

結局すぐそんなことある訳ない、と分かって不貞腐れていたわけだが。

 

・・・でも、今は。

形は少々違えども、もしかしたらそれは実現に近づいているのかもしれない。

 

西木野と俺は、二人して微笑む。ニヤケ面と言った方が正しいか。

こいつもこんな笑い方をするなんて、な。でも不快には思わない。

 

「いい仕事、したわね。後は私に任せておいて」

 

「どうも。・・・あいつらのためにも、よろしく頼む」

 

「そんなお父さんみたいな頼み方しないでよ、私を信じて頂戴」

 

自信満々ならぬ、自信満面。

そんな彼女を見て、俺も明日への希望を―――

 

 

・・・ぐぅ~・・・。

 

 

げ。

いかん腹の虫が・・・!

 

「・・・あはっ」

 

西木野お嬢様が、意地悪そうに笑っていやがる・・・!

 

神様、やっぱりアンタは意地が悪いぜ。

 

 

【side:凛】

 

「・・・やっちゃったにゃ」

 

今日は帰宅してからずっと、凛は部屋のベッドに蹲っている。

後悔、そして戸惑い。

昨日、打ち明けてしまえば楽だったかもしれない、でもやっぱり恥ずかしくて言いだせない。

 

・・・ああ、よく考えてみれば最初から部活になんて入らず、放課後は花陽とアキバで遊んでいればよかったのかも。

そもそも仮入部もろくにしないで入部してしまったのが、大きな間違いだったんだ。

あの時、花陽は先輩などに部の状況をよく確かめてからにすればと、そう忠告してくれていたのに。

 

4月、新入生気分で浮かれていた凛は、入部期間中に陸上部に入部届を提出した。

何の迷いもなく。

中学時代と同じように、みんなで一緒に汗を流して、記録を更新して、大会で入賞して―――そんな未来を、漠然と考えていたのだ。

 

甘かった。

 

音ノ木坂の生徒数はかなり少ない。そうなれば部活も必然的に小規模になる。

そして、凛の入部した陸上部は、部員は少なくその質も低く、顧問もやる気がなく、そして予算もない、ないないづくしの最悪の環境だったのだ。

 

それでも、何とか自分だけでも頑張って、部に貢献したい。

中学の陸上部での練習メニューを元に自己練に励み、地区大会にエントリーし、失敗すれば計画を立て直し。

そんな地道な努力を続けてきた。

 

・・・それが続いたのも、7月頃までの話。

 

相変わらずみんなはやる気がなく、ただダベりに来ているようなもの。顧問は碌に顔を出さない。

生徒会にはそこを指摘され、元より少ない予算はさらに減らされた。

 

極めつけは、部員が自分の陰口を言っているのを、こっそり聞いてしまったこと。

 

―――1年の星空さんだっけ?部活なんてゆるーくやってりゃいいのに、何故にあすこまで必死こいてやるかなぁ~?

 

―――スポーツは青春!とかマジに思ってんじゃん?あーいうのいるとさ、ホンっとウザいわー・・・こっちまで気ィ抜けないっつーの。

 

そこで、やる気も何もかも、ぽっきり折れた。

 

以来だんだんと足は遠のいていき、夏休みからは一度も顔を出していない。向こうも当人たちの言うように"ゆるい"部だから、全く気にしてこなかった。

日課のランニングは続けていたけど、もう仲間たちと練習で汗を流し、大会で優勝して皆で喜びを分かち合うとか、そんな夢は遠い彼方に消え去った。

 

過ぎ去ったことは、仕方ない。

でもせめて、花陽という親友に知られたくはなかった。

 

母に八つ当たりしても意味がない。花陽を責めることはできない。

それでも、凛は自棄になる寸前だった。

 

「もう・・・凛、やだよぉ・・・」

 

その時。

ノックと同時に、母の声がする。

 

 

「凛ー?花陽ちゃんからお電話よ、なんかスクールアイドルのことでお話があるって・・・」

 

 

 




紹介した「アニソンの神様」、個人的にはラノベ版「ビート・キッズ(中学生の時読んだ)」みたいでオススメの一作です。

・・・編集部の回し者じゃないですよ?!

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