チートな剣とダンジョンへ行こう   作:雪夜小路

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2020/1/12:後書きを追加


蛇足26話「選ばれない未来 後編」

4.儀礼派の白痴 キング

 

 さて、クイーンを去りキングにたどり着いた。

 私の目的はダンジョンだが、ジェスターの目的はさにあらず。

 

 エレティコスの聖遺物をキングが持っているのでそれを見せてもらいに行くらしい。

 あまり気乗りしていなかったが、クイーンの要求に負けてしまった。

 気持ち悪い翼を貸してやるから調べてきてくれとのことだ。

 でも、代わりにこいつは火炎虎を貸している。

 調べにいくだけ損じゃないか。

 

『わかってあげなよ。こいつらは信者同士で聖典を交換し合って、お互いの理解を深めようとしてるの。クイーンのその気持ちが嬉しくて、ジェスターは思わずオッケーしちゃたんだ』

「ウチの考えを分析しないでよっ」

『別に分析ってほどのものじゃないでしょ……』

 

 久々に喋ったが、なんだか落ち込み気味だ。

 どうしたんだ。キングに来てからずっとそんな感じだ。

 ここが生まれ故郷なんじゃないのか?

 

「ここだけどぉ……。なんで落ち込んでるか、分析してみなよ」

『分析ねぇ。――ジェスターの育ちは良い。親族にこの国で身分の高い人がいる。両親……母親じゃないな、早くに亡くしてるね。そうすると父親だ。ふむ、仲は良くなくないようだね。喧嘩中かな……、いや勘当されてる。なるほど、王の側近か。王の近くに行けば必然として会うことになる。それが嫌なんだね』

 

 途中途中でジェスターの反応を見ながら、シュウがジェスターの家庭環境を解説していく。

 彼女の驚く顔を見るに言ったことは正しいようだ。

 

「な、なんでわかるの? どういうこと?」

 

 こいつの得意技だぞ。

 なんだっけ? プロフィール?

 

『合ってるようで合ってない。プロファイル。さすがにこれだけ一緒にいると、言動や反応の観察からだいたいの事情は読み取れるようになる』

 

 ジェスターは口を震わせる。

 なかなか言葉が出てこないようだ。

 

「シュウ、キモい」

 

 ようやく出てきた言葉がこれだけだった。

 ほんとそれ。でも、かなり手心を加えていると思うぞ。

 

「これで?」

 

 本気で解説し出すと、とことん追い詰めるからな。

 本当はもっといろいろとわかってるんだろ。

 

『父親がどんな人で、なんで父親と喧嘩してるのかや、価値観の相違もだいたいわかる。それに父親をどう思ってるのか、なぜ嫌いなのかもね。確認してみようか?』

「分析禁止! 言ったら絶交だから」

 

 本気で怒っている様子だ。口調が軽くない。

 私もジッと見てきた。聞くなよということだろう。

 はいはいと軽くうなずいておく、他人の家庭事情に興味はない。

 

『自分も聞かれたくないからでしょ。家族を顧みず、ひたすらダンジョン行ってるもんね』

 

 うるせぇなぁ

 で、なんでいきなりあんなことを?

 ジェスターは不機嫌な様子で先に行ったからもう言えるだろ。

 

『牽制だよ。クイーンと仲良くなった後から、特殊カードへの抵抗がますますなくなってきてる。使ったことで、仲良くなるきっかけを手に入れたわけだからね』

 

 良いことじゃないか?

 使うくらいなら死ぬくらいだったんだぞ。

 

『今の状態なら、前の状態の方がいいくらいだ。あのカードはそのくらいの抵抗があって然るべきの効果だよ』

 

 大げさな。

 

『前に、あの効果は相手だけじゃなく、自分や周囲に跳ね返るって話したでしょ。俺がさっきジェスターの心を軽く暴いた。それだけであんだけ機嫌が悪くなる。しかも、さっきの話でメル姐さんの家庭事情まで飛び火した。あのカードはそれ以上のカードなの。安易に使うのを戒める必要があった』

 

 なるほど。

 蹴ってやろうと思ったが、信じられないほど真面目な話だからやめとくことにする。

 

『だが、あえて言おう。牽制はしたけど、おそらく、あいつはあのカードを父親に使うことになる。その結果、父親以上のダメージが自分に返る』

 

 駄目じゃん。

 いや、こんなことを話すって事は手があるんだろ。

 

『大きく三つ。一つ目は、あのカード以外の選択肢を与えること。二つ目は、使った後のリカバーに注力すること』

 

 最初の選択肢ってやつは、要するにあれ以外の切り札ってことだよな。

 

『翼が該当するかも』

 

 翼ってあの動くやつ?

 着けても意味もないでしょ。

 

『まだちゃんとした効果を引き出せてない。青き炎だか光とやらが出せる……はず。出し方はわからんけど』

 

 うーん。

 今後の活躍に期待だな。

 

 ヌルとかいうのからもらった虹色のカードはどうだ。

 たまに手札に出てるだろ。靄がかかってるからすぐにわかる。

 ジェスターもよく使ってる。虹色に光ってるから何か起きてるんだろ。

 

『あれは現実だと虹色に光るだけで効果がない。強いて言えば、神話にある虹色の光を見て、ジェスターが喜ぶだけ。さっさとデッキから外すべき』

 

 それじゃあ駄目だなぁ。

 他に何か良いものはないのか?

 

『エレティコスの切り札をあげてしまってもいいかもしれない』

 

 ……本気か?

 あれは使っちゃいけない気配を感じるぞ。

 

『予想どおりなら、使い手に大きく依存する効果だよ。ジェスターなら……やっぱりまだ早いな。ごめん、今のなしで』

 

 途中で意見が変わってしまった。いつになったら早くなくなるんだろうか。

 そもそもどんな効果だと予想してるんだ。

 

『結果を強制する力かな。下手に使うと世界が消し飛ぶ』

 

 お前……。

 そんな札をジェスターに渡そうとしてたの?

 

『よほど下手に使わないとそんなことにはならないよ。戦闘で使ったら勝負に勝つだけ。過程が問題になるんだ。今のジェスターはまだ駄目。カードに使われる、まだ使えない』

 

 ――チートに使われたいのか、チートを使いたいのか、どっちなの。

 冒険初期にお前が言ってたことだよな。

 

『へぇ、覚えてたんだ』

 

 印象的な台詞だったからな。

 どうせお前がいた世界から持ってきた言葉だろ。

 

『元はチートじゃなくて機械だった。ここだとカード。どっちも本質は同じ。制御ができてるかどうか。今のジェスターにはあの札を制御できない。振り回される』

 

 どうやったら制御できるんだ、世界が崩壊するかもしれないという札を。

 ……いや、いいや。恐ろしいから、聞きたくもない。

 とにかくまだ渡すべきじゃないな。

 

 ダンジョンで手に入れた他のカードとかはどうだ。

 今までかなりクリアしてきたぞ。

 

『駄目だね。そこそこ強いのもあるけど、ジェスターのデッキにはそぐわない。あの翼に期待するか、デッキを根本から組み替えるか。組み替えるなら切り札になりそうなものは揃ってきてる。まだ中身が足りないけど現時点でも十分強いはず』

 

 かなり馴染んできてるからデッキの大きな変更はちょっと厳しいだろ。

 とりあえず翼の様子見ということにしよう。

 

 それで二つ目の、もしも使った場合のリカバーは?

 

『さぁ? 少なくとも俺はしない』

 

 えぇ。

 そこまで言っといて何もしないって。

 

『自業自得。牽制はしたし、後でそれとなく言う。使う場面になったら声だってかける。それでも使うなら、俺からかける言葉はもう何もない。身の安全は保証するけど、心のケアまでは――。良い薬になるでしょう』

 

 こいつらしい考え方だった。私にもそうしている。

 普段が必要以上にうるさいから、何も言われないとかえって効くんだよな。

 

 ……最初に三つって言わなかったっけ?

 

『おおっ! 数が数えられるようになったか!』

 

 馬鹿にするなよ。

 五より少ないなら余裕だ。

 

『ん、んんっ? まぁいいや。三つ目はそもそも父親と戦わないようにすること』

 

 それが一番じゃないか。

 それなら問題は何も起こらないだろ。

『って思うじゃん?』

 

 何なの?

 何か起きるの?

 

『おそらく戦いは避けられないし、戦わないならそれはそれで問題になると思う。戦いを強いられているんだ』

 

 どうしようもないじゃねぇか。

 

 とりあえず翼のカードを見直してみよう。

 そろそろ何か変化があるかもしれない。

 

 

 いつものようにダンジョンを攻略していく。

 

 気分は良いが、やや物足りなさは残る。

 この世界に来てから、なんだろう、いまいちダンジョンを堪能できてない。

 確かにダンジョン攻略はとても良い。面倒な世界から解放された気分だ。だが、この気持ちはなんだろう?

 

『春に?』

 

 何? 春?

 

『いや、なんでもない。目に見えないダンジョンエネルギーが足の裏から伝播してるのは十分わかった』

 

 そうなんだよ。でも、満たされないんだ。

 あと一歩こう、ぐあぁああって叫びたくなるような気分にならないんだよな。

 

『真面目な話に戻ろう。これ以上は著作権に触れる』

 

 最初から真面目な話だっただろ。

 だいたい猪裂剣ってどんな剣なんだ。

 

『この世界のダンジョンは、元の世界のダンジョンで言うと若い。歴史が浅いと言うのかな。簡単なのが多い』

 

 そうだな。

 難しいって言われてたダンジョンもかなりあっさりクリアできる。

 それに、未攻略ダンジョンもそこまでじゃない。理不尽さが足りないというか。

 現に、竜や邪神様のスキルを攻略で使ったことがない気がする。

 

『良いところに気づいたね。やっと気づいたと言ってやりたいところだけど、それは言わないでおこう』

 

 もろに言ってるじゃん。

 

『ダンジョンの難易度――とりわけ自然的なダンジョンの格は、歴史の深さに比例する部分が大きい。この世界のダンジョンの歴史を見ると、古くても千年に届かない。元の世界は万年スケールだってあるのにね』

 

 そんなものなのか?

 もっと古いのが多いと思ってた。

 

『史実と照合もしたから間違いない。この世界は千年ほど前に何かがあった。それが何かを考えた。答えはあっさりすぎるほど簡単にわかったよ。エレティコス神話だ。奴が神扱いされた時期と一致する』

 

 つまり、どういうことだ?

 

『あいつが元の世界にいた理由は、この世界にダンジョンを輸入するためだ。あいつ自身が商社で、現地へ赴きダンジョン――より正しく言うならダンジョンの法則性をこの世界に流した』

 

 そんなことができるのか?

 

『できる。あんな見事な転移魔方陣を描けるんだ。ダンジョンの法則性を異世界に転移させることも不可能じゃない。実際に、この世界のダンジョンは元の世界のダンジョンに似すぎてる。カード基盤の世界らしさがダンジョンに現れてない。正直に言わせてもらえば、歪だ』

 

 そこはよくわからんな。

 とりあえず私にとっては嬉しい話だ。

 歪だろうとダンジョンはダンジョンに違いない。

 

『そうだろうね、ほぼ同じだから。それに認めてもいい。確かにあいつは、今のこの世界の実質的な神だ。でも、神が常に世のため人のために行動をしているとは限らない。そう、まさに考えるべき点はここなんだ。ダンジョンを送り込む方法でも、あいつが現人神だったかどうかなんかじゃない――まず知るべきは、奴がこの世界にダンジョンを送り込んでいる目的だ。それに奴は自分を倒した相手をこの世界に転移させようともしていた。この目的も、前の目的と地続きのはず』

 

 シュウは再び考え込んだ。

 どうも難しい問題みたいだね。私はダンジョンを楽しもう。

 

 

 ジェスターがようやく機嫌を戻し、モンスターを倒したよーと嬉しげに報告してくる。

 

 近くにいる熊は翼を生やしている。

 翼は上手に動かせるようになったが、動かせても特に効果はない。

 

「どう、すごいっしょ。めっちゃ動かせるようになったよ。かっこいいっしょー」

 

 ああ、すごいな。動きすぎてて気持ち悪い。

 もしかして相手の気持ちを萎えさせる効果なんじゃないのか。

 

「そんなことないよ! 元気が沸いてくるよ!」

 

 どうだろう。

 少なくとも私には沸かない。

 

『俺もちょっと……』

 

 多数決で二対一。これはちょっと厳しい。

 おっと、熊がジェスターの側で手を挙げているから同票か。

 

 火炎虎はクイーンが極秘裏に研究をしている。

 ちなみに彼女は自分で火炎虎を倒して、カード化にまで成功した。

 今のところ、外部に火炎虎の公開するつもりはないようだ。

 戦争になるのはやはり回避したいのだろう。

 

『隠せば隠すほど情報は漏れる。じきに他の国も知るでしょうな。もう知ってるかもしれない』

 

 じゃあ戦争になるのか。

 他の三カ国がクイーンを潰しにかかると。

 

『最初はそうだと思ってたんだけど、見て回った感じだとそうでもない。少なくともジャックは「ふーん」で済ませそう。それにクイーンはエレティコスのオタクだけど、彼への教えへの信仰は薄い。そもそも教えがないよね。キングは狙うかも。エースも狙ってるだろうけど、キングとは狙う理由が違う。彼らは同盟を組めないだろう』

 

 キングは私の世界と似ている気がする。

 兵士と庶民の違いが明確だ。役割がしっかりしてるというか。

 

『「儀礼派の白痴」ね。重要なのは形式で、カードを扱うのなら形式に則って扱うべしか』

 

 戦いの中にもルールありって連中だな。

 だいたいそういうことを言う輩に限って、他人にルールを押しつけ自分のルールを守らない。

 

『いや、最低限のルールは守るけど、ルール外での行動が下劣になるってのが正しい』

 

 欺瞞と策略の国か。

 あまり好みじゃないなぁ。

 そのキングがなんで火炎虎を狙うんだ?

 

『国としては一番わかりやすい。この儀礼派は役割が明確だ。王がいて、それを認めるその他大勢。王が神のカードを手に入れれば、王の正統性がよりはっきりと認められる』

 

 ご大層な話だね。

 エースとはどう違うの?

 

『聞いた感じだと彼らは、人の世は人の手によって整備・管理されるべきって考えてる。神が入りこむ余地はせいぜい過去にそんなのがいたらしいってくらいのシンボル程度。そのトップがエース、「象徴主義の監視者」だね。面白い奴らだ』

 

 そいつらがなんで札を狙うんだ?

 神を当てにしない連中だろ。要らないんじゃない?

 

『神の札が些末に過ぎないことを証明するためだ。皮肉なことに、彼らは自らの主義を認めさせるために神の札を必要とする。ある意味で一番神に執着してる、異世界とのパスを監視するくらいだし。哀れだねぇ』

 

 哀れと言いつつも笑いが漏れている。性格の悪い笑いだ。

 

『疑問は残る。異世界のパスを監視する理由だ。普通はしない。聞いてみたいなぁ』

 

 エース達を気に入ってるようだが、それは彼らにとって喜ぶことではあるまい。

 

 

 

 キングでのダンジョン攻略も順調で、着々とクリアを重ねている。今は王都付近にある上級並のダンジョンを攻略中だ。

 相変わらず熊の翼は発動しないが、妨害カードも増えてきて、かなり有利な戦闘ができるようになってきていた。

 

『相手を弱めて自分を強化する。スタンダードだけどシンプルに強い。まだ、じゃっかんメル姐さんを意識した戦いがあるなぁ』

 

 具体的にはどんなところがそうなんだ?

 

『全部の強化と弱体を使った後は力押し。途中は考えてるんだけど、終盤で思考が止まるから長期戦に弱い。耐えきった相手にはまず勝てない。ダンジョンだと途中でギブアップするタイプ』

 

 なるほどな。たしかに私っぽい。

 それでも上級クラスで、そこそこのところはいけてるじゃないか。

 今も上級のモンスターをまた一体撃破したところだ。

 

『中の上くらいにはなってるからね』

 

 ちなみにジャックやクイーンはどれくらい?

 

『上の中』

 

 その差はどれくらいのものなんだ?

 

『まず中の上と上の下では、並の工夫じゃ埋まらない差がある。異常な才能かカードのどっちかが必須。今のジェスターにはどっちもない。上の中ともなると、才能とカードの両方に恵まれた状態。努力じゃどうにも覆らない。つまり、ジェスターは行き詰まってる。今のデッキだと新たに異常なカードを入れるか、翼の真の力を出せない限り上に行けない。ジャックやクイーンには間違いなく手が届かない』

 

 あいつらは異常だろ。

 私の全力蹴りでも死なないし、詠唱なしでいろんな魔法を使ってくる。

 まともに戦って勝てる気がしない。ジェスターもせめて上の下にいけるといいんだがな。

 

『デッキの組み替えかなぁ』

 

 どんな感じのデッキを考えてるんだ?

 

『まず道中用と決戦用で分ける。道中は今のデッキを長期戦用に変えるだけ。新たな決戦用デッキは格上に対して使う。ジャックやクイーン並と戦うことを想定したデッキ。ボス戦とも言えるね』

 

 ふーむ。

 決戦用は今のデッキをより短期決戦向けに変えるってことか?

 

『違う。根本から変える。短期決戦仕様だ』

 

 そんなデッキあり得るのか?

 

『あるけど、まだ揃ってない』

 

 揃えると上の下に行くのか?

 

『届くね。もしくはそれ以上にも行くかも。……ただ、今よりは間違いなく強いけど、こんなデッキが果たして必要なのかと問われれば、否だね。相手が限られる。翼が真の力を発揮するならそれに越したことは無い』

 

 そんなものか。

 そうだ。エレティコスはどれくらいだ?

 

『切り札なしなら、限りなく上の中に近い上の下、カードの使い方と本人の使い方が上手いからね』

 

 実際に戦った感覚の割に評価は低いな。

 上の上くらいには行ってると思ってた。

 

『それはない。上の上なら瞬殺されてる。あれはおそらく対人デッキ。最初に戦ったのはお遊びデッキ。どちらもモンスターを相手にするときのデッキじゃない』

 

 ……じゃあ、対モンスター用ならどうなんだ?

 

『上の中、いや上の上にさえ届くかもしれない。そんなのと戦っちゃいけない。超越してる。格ゲーで格ゲーする気のない狂上位キャラというかな。常に無敵状態で戦う必要があるレベル。でも大丈夫、メル姐さんなら戦いにならず、逃げが発動するだろうから』

 

 ちょっと想像がつかないんだけど。

 

『想像を絶する次元だからね。エレティコスは英雄らしいけど、戦った感じだと修羅だね』

 

 修羅って何?

 

『戦うこと以外を捨てた奴ら。奴は強さを求めすぎてた。勝利への異常な執着も感じる。あの札を切り札にして、火炎虎をゴミと認識したのもそのあたりからきてるのかも』

 

 話しているとジェスターが助けを求めてきた。

 襲ってきたモンスターをシュウでなぎ払っていく。

 

「ここ、強すぎない!? シュウでも一撃で倒せてないのがいるよ」

 

 上級らしいからな。

 ここを普通にクリアできるレベルが、ジャックやクイーンだ。

 そうだろ?

 

『そうなるね』

「……ウチ、もっかい挑んでくる」

 

 どうもクイーンとの戦闘で手を抜かれていたことを知り、必死で追いつこうとしている。

 うおぉりゃーと声をあげて、モンスターと戦っているのだが、戦っているのは熊でジェスターはほぼ見ているだけだ。

 

『迷走してる。とりあえず相談が来てから応じよう』

 

 がんばりではどうしようもない壁にぶつかっていることをまだ本人は知らない。

 

 

 上級ダンジョンをクリア後、いつもの反省会だ。

 

「ウチ、強くなってるのかなぁ」

 

 いきなり弱音で始まった。

 強くはなってるが、行き詰まってるな。

 

「やっぱりそう? なんだろう。どうやったらここからさらに強くなれるのかなぁ」

 

 おい。さっそく相談が来たぞ。

 ズバリ応えてやれよ。

 

『現状ではこれ以上、劇的に強くならない』

 

 ズバリ言いすぎじゃないか。

 

「……もう、強くなれないの?」

『実戦経験を積んで、負けないようにする段階に入った』

 

 ジェスターは首をひねっている。

 私もよくわからない。

 

『今のジェスターは調子が良いときと悪いときの差が激しい。強さの下振れを減らす。安定した強さを目指すってことだね』

 

 それはつまり――、

 

「もうこれ以上は上を目指せないってこと? クイーンの本気と戦えるようには?」

『まず無理』

 

 これは先ほど聞いていたのでわかる。

 次の段階へ進むには、異常なカードか才能が必要らしい。

 

『ジェスターに異常な才能はない。それでも翼のカードの本領が発揮できれば強くはなる。でも、おそらくあのカードを使っても及ばないだろう』

 

 きつい言葉だった。

 

「ウチ、もっと強くなりたい」

『なんで? もう強さは満ち足りてると思うよ。ジャックやクイーン級の強さがなぜ必要なの』

 

 ダンジョン攻略のためじゃないの?

 

「ウチ、悔しいよ」

 

 そうだな。わかるぞ。

 力が足りず、上位のダンジョンに挑めない悔しさは私も知っている。

 

「ダンジョンじゃなくて――」

 

 え?

 ダンジョンじゃないの?

 じゃあわからないな。

 

『仲良くなったクイーンに近づきたい。彼女と一緒に話すだけじゃなくて、隣で一緒に戦えるようになりたい』

「……うん。シュウ、キモい」

『それは俺にとって褒め言葉だ。でも、クイーンはそんなこと求めてるのかな? 彼女は、自分と一緒に話してくれて、意見が違っても彼女自身を認めてくれるジェスターを求めてる。ジェスターの強さは求めてない』

 

 わかってるとジェスターは口に出す。

 

「それでも、ウチは――」

「シーカーのメル! 道化師のジェスター! いるか!」

 

 ジェスターの言葉は男の大声で消されてしまった。

 店の入口を見ると、数人の男が立っている。服装はこの国の兵士だ。

 札を使って、治安維持だのかんだのやっている奴らだった。

 

「そこにいたか」

 

 兵士たちはジェスターの姿を見つけ、席の近くにやってきた。

 

「二人ともそろっているな。王宮へ来るようにとのお達しだ。来い」

 

 今、大切な話の最中だから後にしてくれ。

 それに飯の途中だ。

 

「飯? そんなものはどうでも良い。早くしろ!」

 

 怒鳴って私たちに席を立つよう促す。

 

 おい、良く聞けよ。一度だけしか言わないからな。

 後にしろ。話が終わって、飯を食うまで外で待ってろ。

 さもないと――、

 

「さもないと何だ! 儀礼に則り警告するぞ! これ以上は武力を持って対応する! 札を使い、貴様等を押さえつけて連行だ! よいな!」

 

 ……そう。

 よくわかった。そうしてくれ。できるならな。

 ちなみにお達しは誰からだ?

 

「パテンソン様だ」

 

 兵士は得意げな顔で告げた。

 ジェスターの肩がびくりと跳ねる。

 

 知ってるのか?

 

『父親でしょう』

 

 あ、そう。

 じゃあ、こいつらがいなくても顔はわかるし、どこにいるかもだいたいわかるな。別にわからなくても根こそぎ探せばいい。

 

 ジェスター。

 反省会は後だ。もう私は我慢ならん。

 この世界の食事中断野郎には、一発ぶちかまさないともう気が済まないのだ。

 

『父親までの案内をよろしく。とりま王宮でいい?』

 

 ジェスターは流れに任せ小さく頷いた。

 よし。王宮方向だな。

 

『それと、今からメル姐さんが暴れるから、見ておくと良い。こんな力が本当に必要かってね』

「えっ?」

 

 私は屈み、先ほどから怒鳴り散らしていた兵士の足を掴む。

 

「おい、何を――」

 

 私は兵士の足をそのまま持ち上げた。兵士は声を上げるが知ったことじゃない。

 他の兵士がカードを使うそぶりを見せたので、掴んだ男を武器にして払いのける。

 周りの三人はぶつかって壁まで飛んでいった。

 

『武器としてはなかなかいいね。嫉妬してしまいそうだ』

「今の音は何だ!」

 

 外から兵士が中に入ってくるので、彼らに向けて手に入れたばかりの武器を投げつけた。

 武器は声をあげ勢いよく飛んでいき、数人のお仲間を巻き込んだ。

 残った奴もまた武器にして、全ての兵士を使い捨てた。

 

 席に戻り、残っていたスープを飲み込み、食べかけのパンを掴む。

 ジェスター、早く喰え。私は行くぞ。留守番してるか。

 

「……ウチも行く!」

 

 ジェスターも飯をかき込み、席を立った。

 

「ねぇ、シュウ。ウチもあんな力が欲しい」

『今のは悪い例だから、もうちょっと考え直してみて』

 

 何ぶつぶつ言ってんだ。

 怒り心頭、怒髪天、青筋、鶏冠、腸、堪忍袋、なんでもいいがとにかく行くぞ。

 

『メルは激怒した。メルには何にもわからぬ。メルは異世界の冒険者である。だが必ず、これだけはやらねばと決意したのである』

 

 王宮の飯中断野郎をぶっ潰す!

 

 

 

 大通りをひたすらまっすぐ堂々と突き進んでいく。

 王宮の建物自体は低いが、高台の上にあるので位置はわかりやすい。

 

「止まれ! それ以上進めば、儀礼に則りカードによる鎮圧を――」

 

 道の真ん中でふざけたことを抜かす兵士めがけ、兵士を投げつけた。

 普段なら石を使うんだがな。素晴らしい。次から次へと投擲武器ができあがる。

 この方法は初めてだが、いいぞ、実にしっくりくる。元の世界でも使っていくことにしよう。

 

『マジかよ……。野蛮人スキルが追加解放されたぞ。解放条件がおかしいだろ』

 

 一人投げれば、回転して周囲の兵士をなぎ払ってくれる。

 攻撃札も掴んだ兵士を盾にすればまるで問題ない。

 相手もひるんでくれるし、一石二鳥だ。

 武器にもなるし三鳥か。

 

 高台前には大きな門があった。

 門の横にある城壁上から複数の兵士が札を構えてこっちに向いている。

 

「止まれ! 化け物め!」

 

 後ろからも兵士が迫ってきていた。

 別に大きな門だろうが関係ない。飛び越えてもいいし、壁を歩いてでも越えられる。

 

『壊してしまえば? 化け物らしさを見せてあげなよ』

 

 アレのことか。

 まぁ、驚かせるには最高だろうな。

 

「アレって何?」

『邪神様。黒竜は見せたけどこっちはまだだね。見とくと良い』

 

 別に見なくてもいいよ。

 

「止まらないぞ! もう良い! 放て!」

 

 周囲からの攻撃が始まるが無駄だ。

 シュウが黒く染まり始めている。

 

 全ての攻撃は一点に集まり消えた。

 

「何だ! 今のは何だ!」

「見ろ! あの姿を! モンスターだ!」

 

 失礼な奴らだが、もう知ったことじゃねぇ。

 徹底的にやってやる。

 

「なにそれ! かっこいい! めっちゃクール!」

『これが?』

 

 どうも周囲の反応を聞くに邪神様の姿になっているらしい。

 それならと、門の目の前に立って、シュウを門の外装に突きつける。

 キンッと硬い音だけが周囲に響く。兵士やジェスターも何が始まるのかと静観に移った。

 

 見せてやる。

 

 邪神様結晶――

『@劈開』

 

 ピキりと鋭い音が響いた。

 一瞬で門に小さく亀裂が入り、もう一瞬で門全体に亀裂が広がった。

 割れるのではなく塵のように崩れ落ちていき、上から見下ろしていた兵士達が落ちてくる。

 

「やっぱり、ウチもこういうのが欲しい」

『めっ、こんなの参考にしちゃいけません』

 

 尻餅をついている兵士の横を通る。

 彼らは悲鳴を上げて、立ち上がることもできず尻を引きずって逃げようとする。

 

『王宮と言うより要塞だな』

 

 門を越えればさらにその先にも門がある。

 さらに道は上へ上へと続いており、さすがに全て破壊するの面倒だ。

 ここは壁伝いに歩いて越えていくことにした。

 

 全ての門を通り過ぎ、高台を恐怖で包んだら、ようやく王宮だ。

 兵士が陣を為して待ち構えていたので、こちらも陣に向けて兵士を投げつけていく。

 一人投げれば一部が崩れ、二人投げれば穴ができる。その穴に突っ込みさらに穴を広げていけば陣は消える。

 

「ここはすでに宮闕の内。儀礼の禁忌となる場所だ。痴れ者の立ち入るところではない」

 

 奥へ進むと、ずいぶんと立派な銀鎧に包まれた兵士が待ち構えていた。

 手に持っていた武器を、今まで同様に投げつける。

 

「ふん」

『上手い』

 

 投げた勢いを殺しつつ、武器をキャッチして、そっと地面に下ろす。

 鎧男はゆっくりと私に歩み寄り、私も鎧男へ歩み寄る。

 

 鎧男の腹ど真ん中めがけて蹴りを入れる。

 何か大きな金属の塊を蹴ったような感触が足に伝わった。

 

「ぬぅ!」

『おおっ。防いだぞ』

 

 男は足を地面に擦らせ後退したが、すぐに持ち直した。

 手甲からカードを私に見せつける。数枚消えたのが見えた。

 

「恐ろしいほどの脚力よ。人ではあるまい」

 

 人ですけど。

 面倒になったのでシュウを取り出す。

 どうせなら一気に燃やし尽くしてしまおう。

 

『待った。ゲロゴンブレスはなし。安易に歴史的建造物を破壊しちゃ駄目。状態異常を付ければいい。ほら、足下』

 

 すぐに止められてしまった。

 言われたとおり、近くに転がっていた兵士を軽く斬りつけ、状態異常を付与する。

 そのまま鎧男へ蹴り上げた。

 

「無だ、ぐっあ」

 

 先ほどのようにキャッチはできなかった。

 麻痺か?

 

『そう』

 

 衛士長がやられた、という声があちらこちらから聞こえてくる。

 どうも最後の砦だったようだ。

 

 どこにいるんだ。飯中断野郎は?

 

『ん? 右から何か来たよ。……何だこれ』

 

 ……なんだあれ?

 

 右を見て、さすがの私も戸惑った。

 いい歳をしたひげ面のおっさんが、上から下まで真っ赤な衣装を着てこちらを見ている。

 

 服装がジェスターに似ている。

 真っ赤な帽子は角が三つで上と左右にぴょこりと伸びる。

 ぴっちりとした服に脚。どちらも赤一色でさらに靴までまっ赤だ。

 服はあまりにもふざけているのに、顔がいたって真面目なのが不気味すぎる。

 

 なんだろう。

 服のセンスが誰かに似ている。

 ジェスターを見つつ、謎の赤男を指さす。

 顔を逸らしたから間違いない。

 

 道化師の親は道化師だった。

 

『見た目はアレだけど、できるな』

 

 赤い変態は、カードを一枚使用した。

 生じた白い光と、男の服とのコントラストがすごい。

 

 男の前に、変な召喚獣が現れた。

 人型で、やや太った体型でぼさぼさの赤髪に、顔には白と赤のメイク、赤くて丸い着け鼻。

 服は紫、緑、赤、黄色と他にも様々な色が塗られており、首にはひらひらの飾りが付いている。

 両手で瓶に、短剣、玉、金槌と様々なものをジャグリングしている。

 

『クラウンか。全力で斬りに行こう。あれは何か不気味だ』

 

 同感。

 私は足を踏み込み、召喚獣との距離を詰め、斬りつけた。

 召喚獣は光に消えず、すぐに起き上がった。斬られたところがすぐに修復されていく。

 太り気味の召喚獣は馬鹿にするような笑い声を上げた。

 

『ふむ、影か。面倒だな……。ステルスで姿を消すから、変態を直接攻撃して』

 

 了解。

 

 実行はすぐにされた。

 召喚獣と後ろの変態男が私の姿を見失った。

 彼らの脇を通って後ろに回り、ステルス解除で変態男の背を蹴りつけた。

 変態はエビ反りになって飛んでいき、クラウンを巻き込み、一緒に地面に転がっていき光に消えた。

 

 これで飯中断野郎を蹴りつけるという目的は達成された。

 

「あれ? パテンソンやられちゃったの?」

 

 通路の先から若い男が出てくる。

 こいつも服装が独特だった。

 

 僧が着るような法衣を一枚羽織っており、下も長いスカートだ。

 

『あれは着物と袴』

 

 呼び方なんてどうでもいい。

 

「すごいね。一人で乗り込んで来るなんて」

 

 二人だ。後ろにいる。

 ジェスターが顔を見せてきた。

 

「あれ? ジェスターちゃん? おーい」

 

 親しげな様子で声をかける。

 歳の頃合いも近いし、知り合いなのだろう。

 

「おやぁ、クイーンやジャックあたりが攻めてきたと思ってたんだけど……。謀反って様子でもないね……。もしかして、ただの親子喧嘩だったりするのかな?」

 

 違う。

 ジェスターの父が、兵をよこして私の飯を中断したからちょっと蹴りを入れにきただけだ。

 

「……それだけ?」

 

 そうだな。

 私はもう帰る。

 

「僕には何かしないの?」

 

 何でお前にしないといけないんだよ。

 そもそもお前は誰だ?

 

「ジェスターちゃんから聞いてないの? キングだよ。『儀礼派の白痴』って呼んでくれてもいい」

 

 ……お前がそうなの?

 全然聞いてなかった。もっと渋いおじさんかと。

 

「いやぁ、まだ髭も満足に伸びなくてね」

 

 確かに若い。

 何だ、ジャックやクイーンも若かったが、若くないとトップはできない決まりでもあったのか?

 

「彼らを知ってるんだ。とにかく若さはまったくの偶然。儀礼派は完全世襲制でね。親父が早々にくたばったから僕がやってるだけさ」

 

 そうなのか。

 

「あれ、パテンソンは死んでないね。消えてるだけなのかな」

 

 まだ復活してないはずだが、キングはふと気づいたようにそんなことを言う。

 

 そのうち復活する。誰も死んでないはずだ。

 目的も果たしたから、私たちは帰る。

 

「待ちなよ。せっかく来たんだ。お茶でも飲んでいくと良い。特にジェスターちゃんは積もる話もあるだろ」

 

 キングは、近くの侍従にお茶を五つ持ってきてと伝え、私たちを奥へと案内した。

 なんだか足取りが楽しそうに見える。

 

「そりゃ楽しいさ。ずっとここに詰められてたからね。退屈で死にそうだったんだ。君たちは命の恩人と言ってもいいね」

 

 キングはふざけた調子で楽しげに話す。スキップまで出ているほどだ。

 一方、ジェスターは私の後ろを足取り重く付いてきている。

 

 

 謁見の間どころか、庭にテーブルを出させてそこでお茶を飲んでいる。

 

 私に、ジェスター、キング、ジェスター父、鎧のおっさんの五人だ。

 周囲の人々は、あまりにもうるさかったのでキングが追い払ってしまった。

 

 ジェスターとその父は互いに黙っているし、鎧男は鎧がガチャガチャうるさい。

 楽しそうなのはキングだけで、私もあまり楽しくない。

 

「パテンソン。家出娘が二年ぶりにカムバックだろ。何か話すことがあるんじゃないの」

「王よ。これとはもう親子の縁を切っております」

 

 ジェスター父はいたって真剣に返答した。

 服装と召喚獣はともかく、それ以外はすごい真面目だ。

 

「なぁんで勘当しちゃったんだっけ?」

「この衣装と召喚獣の意見相違です」

 

 淡々と答える。

 

「衣装とか好きにすればいいじゃないか」

「そうはまいりません。この衣装はエレティコス神による創世以来の伝統的装束。王宮道化師の歴史なのです。それをこれは――」

 

 父親がジェスターを睨む。

 睨まれた方は機嫌悪く目を背けている。

 

「僕はジェスターちゃんの衣装も良いと思うけどねぇ」

 

 そうかぁ?

 どっちもどっちだろ。

 

「何を言うか」

「何言ってんの」

 

 変な服装の二人に咎められてしまった。

 

「外の世界はどうだった?」

 

 漠然とした質問だな。

 

「楽しかったです。この国だけでは見られないこともたくさん見られたし、多くの人と知り合うことができました」

「それはジェスターちゃんの宝だ。大切にね」

 

 ……なんかすごい良い奴じゃないか。

 頭の硬い、偉そうぶってるおっさんを予想していただけにギャップがすごい。

 

「父はそうだったよ。僕は、どうもそういうのは苦手でねぇ。馬鹿らしいと思わない? 儀礼とか礼節ってさ」

「王」

「キング様」

 

 二人の家臣が両側から王を諫めた。

 キングはため息を吐くだけだ。

 

「アホくさい今までのやり方をやめていったら、『儀礼派の白痴』なんてあだ名で呼んでくれるようになった。ありがたいものだよ」

 

 キングの嫌味に二人の家臣がまたしても睨みを利かせた。

 

「それより話はまだ途中だろ、続けてくれよ。ジェスターちゃんが何を見て、何を感じたか、どうしてここにたどり着いたのかをね。おーい、お茶請けがなくなったよ。お茶もおかわり持ってきて」

 

 茶会が始まり、ジェスターは話をしていく。

 私も知らないころの旅話から始まり、次第に私の知っている話に移った。

 もちろんあまりにも世界の核心を突く部分は、意図的に隠して話を続けていった。

 

「パテンソン。君の娘は立派に育っているぞ。誇りに思うべきじゃないか」

「娘ではありません。すでに勘当しております」

 

 さらっと流されてしまった。

 

「それで、ここに戻ってきたのはエレティコス神の聖遺物を見るためだったね」

「……はい。見てみたいです」

 

 ジェスターが少しためらった後に、思いを告げる。

 

「どうしても見たい?」

「どうしても見たいです」

 

 キングとジェスターが見つめ合う。

 今更だけど、ジェスターに敬語は似合わないよな。

 

「いいよ。持ってきて」

 

 キングはあっさり許可した。

 

「王! それはなりません!」

「キング様! 聖遺物をこのような輩に易々と見せては」

 

 許可したキングを二人が諫めていく。

 

『こんなコントがあったな』

 

 それでどうなんだ、見せてくれるのかくれないのか。

 

「僕は見せてもいいんだけどね」

「王」

「キング様」

 

 キングは両手を挙げて、「斯くのようで」と示す。

 

「儀礼派らしく、儀礼に則り決闘で決めよう。ジェスターちゃんと二人が戦えばいい。ジェスターちゃんが勝ったら見せる。負けたらおとなしく諦めてもらう。何度でも挑戦して良いよ。退屈しないからね」

 

 付いてきて、とキングは席を立つ。

 スタスタと歩いていくが、重臣の二人は頭を抱えていた。

 一方のジェスターは、決意に満ちた顔をしている。やる気満々だ。

 

『まぁ、そうなるよな』

 

 本人がやる気なら私に止めることはできまい。

 私も好きにした。彼女も好きにすれば良い。フォローはしよう。

 

 

 場所は室内の闘技場に移った。

 

 見物客は少ない。

 おそらく私がぶち破ってきた門や、道中の現状把握と修復作業でここにいる余裕がない。

 

「じゃあ、審判は僕がしよう。最初はオーギュストだ。言わなくてもわかってると思うが、僕の裁定には従うこと」

 

 銀の鎧男が闘技場の中心に出てきた。

 

『あの鎧男、名前があったのか』

 

 そりゃあるだろ。

 別にそこ驚くところじゃないでしょ。

 

 ジェスターも闘技場の中心へと進んで行く。

 審判はキングって言ってたが、巻き込まれるんじゃないか。

 

『問題ない。ここにいる中だと、メル姐さんを除けば彼が一番強い』

 

 ……ほんとに?

 見た目だけで判断すると、ひ弱そうだぞ。

 それに隙だらけだったじゃないか?

 

『余裕と油断を混同してる。彼には余裕こそあれど、油断は一切無い。ジャックやクイーンと同レベルと思っておいた方が良い』

 

 審判が開始の合図を下した。

 

 ジェスターはすぐさま熊を召喚する。

 鎧男は手甲から手札を取り、ジェスターに見せつける。

 黄色の光を放ち、自らを強化したとわかった。

 

『エレティコスの戦い方に似てるね』

 

 そうだな。

 相手に手札を見せるってのは、こっちに来て初めてだ。

 

 何というか戦闘は殴り合いだった。

 熊が鎧男を殴り、鎧男が熊を殴る。互いが互いを力で押していく。

 技で言えば鎧男に分がありそうだ。熊の攻撃を上手くいなして反撃している。

 単純な力なら熊がリードだ。さらにジェスターは妨害のカードで鎧男の行動を制限できる。

 まるでジャックでの戦闘みたいだな。

 

『ジャックでもここまで正面からぶつかってくる奴はいなかった。小細工なカードを一切弄さず正々堂々と、武術の型を演武のごとく包み隠さず、相手と見学者に示すよう戦ってる。儀礼派の表面(おもてめん)が彼って訳だ。そうなると――』

 

 互いに削り合い、カードを惜しみなく消費していく。

 やがて鎧のおっさんがデッキを使い果たした。

 

「そこまで。ジェスターちゃんの勝ちとする」

 

 審判(キング)が手を挙げて勝負を止め、ジェスターの勝利を認めた。

 ……まだ決着はついてないと思うんだが。

 

『ついてた。ジェスターの手札はまだ残ってるし、相手は全て出し切った。この状態で拮抗するなら、後はもうわかる』

 

 鎧男もキングの裁定を認め、カード効果をすぐに解除した。

 

「お見事。強くなりましたなジェスター殿」

 

 肩をポンと叩き、キングとジェスターに一礼する。

 周囲からはキングやパテンソンを初めとした人々から拍手で賞賛が送られた。

 私も手を叩き、それに倣う。

 

 なんかいいな。きれいだ。潔いというのかな。

 戦った二人も満足して、周囲も勝者・敗者の両者に惜しみなく賞賛が送れる。

 後にしこりが残らない。

 

『ちょっとジェスターを呼んで』

 

 言われたとおり、ジェスターに声をかけ近くに寄らせる。

 

「見た? ウチの雄姿!」

 

 はいはい。

 立派に戦ってたね。あの戦い方は私にはできない。

 

『次が問題だ。お父さんの戦闘スタイルはメル姐さんに近い。わかってるでしょ? わからん殺し、初見殺しのオンパレードだ』

「……うん」

 

 急にトーンが三段階くらい下がった。

 

『勝っても負けてもいいから。今から言う、二つのことに気をつけて』

 

 ジェスターは黙ってシュウの言葉を聞く体勢だ。

 いきなり勝敗にこだわるなってどうなの。

 

『一つ目は、よく観察すること。よく見て聞いて、何が起こっているのかを考える。負けてもいいって言ったのは、勝ちにこだわりすぎると視界が狭くなるから。審判はそれなりに優秀だし、やばそうなら俺たちも止める。相手を父親と意識しすぎない。ダンジョンのモンスターくらいに考えた方が良い』

 

 躊躇いつつもジェスターは首を縦に振った。

 

『もう一つは、例の特殊カードは使わないこと』

 

 そういやなんか言ってたな。

 

『もしも最後にあれが一枚残ったら、とっとと降参する。幸いなことに再挑戦オッケーと認めてくれてるんだから、相手の戦略に合わせてデッキを直して挑めば良い。相手はこちらの戦い方をさっき見たんだから、初戦は向こうがずっと有利だ。相手の手札をどんどん出させて効果の観察に注力する。二回目の再挑戦が本番だと考えよう。とにかくだ。――例のカードは使わないこと』

 

 これにはジェスターは頷かなかった。

 表情を硬くしたまま、闘技場の中心に戻っていってしまう。

 

『……駄目だなこりゃ』

 

 キングの開始とともに両者が互いの召喚獣を出した。

 ジェスターはいつもの熊で、父は小太りしたおっさんだ。

 

 さらにジェスターは熊にいつもの翼を着ける。

 

「もしかしてあれがアドミラシオンの竜の翼かな」

 

 審判(キング)が私の側に来て問いかける。

 

 そうだ。

 

「隠さないの?」

 

 嘘をつくとすぐバレる。

 開き直って正直に言うことにしてる。

 

「そう。じゃあ効果は?」

 

 不明だ。

 今のところ動くだけ。

 あと見た目が気持ち悪くて萎える。

 キングは黙って首肯した。

 

 何も知らない父にとっては翼に効果がないことなどわからない。

 警戒を見せていたが、それもすぐにバレてしまった。

 

 ジェスターの攻撃は基本的に物理攻撃だ。

 属性の付与もあるのだが、あまり効果が出ていない。

 小太り男に攻撃は当たっているのだが、すぐに立ち上がり笑って反撃してくる。

 

 攻撃方法も様々だ。

 ジャグリングの瓶が落ちて床を火の海にする。

 ナイフが自由自在に空を駆けて相手に襲いかかる。

 玉が相手の足下に転がり、踏んづけさせて転ばせるとか地味だがやりづらい。

 

『うーん、カードの使い方が巧みだ。特に対人戦だと、上の下には入るね』

 

 素人目から見てもはっきりわかる。

 完全にジェスターが翻弄され、何もさせてもらえない。

 熊がひたすら力尽くで暴れている。ジェスターもムキになり思考が止まっている。

 

『カードでも、人間でも相性が悪い。ジェスターの思考が完全に読まれて、先手を適切に打たれてる』

 

 あれはどういう手品なんだ。

 小太りの男はなぜ斬っても倒れない?

 

『本体じゃないから』

 

 じゃあ本体はどこにいるんだ?

 

『父親は戦闘開始から一歩も動いてない』

 

 そりゃ、互いに召喚獣の戦いだからそうだろ。

 

『明らかに危険でも動いてない。本体は父親の影の中にいる。派手な攻撃で視線や意識の誘導もされてるから、今のジェスターにはまず気づけない』

 

 よく見ると、父親の影がさざ波のように動いていた。

 ほんとだ。なんかいるな。

 

『鎧男が儀礼派の表面(おもてめん)なら、彼は裏面だ。決闘の範囲ぎりぎりを攻めてきてる。たぶん、もっと汚い手法もできるはず。影だって父親の中じゃなくて観客や物陰の中に設置もできただろうからね。気づくかどうか試されてるんだ』

 

 そんなことなど露知らず、ジェスターはひたすらに操り人形を攻撃している。

 わかってしまうとまるで人形遊びをしている子供のようである。

 意味もなく人形を攻撃する道化を演じさせられている。

 

『道化とは人を笑わせる存在にあらず、人に笑われる存在だ。今のジェスターは道化だね。観察もしてないし、考えても無い。誘導どころか、完全に感情を操作されてる。なんだ、わからずやの親父かと考えてたけど、善い父親じゃないか』

 

 娘の感情を操作する父が、良い親とは思えないが。

 

『きちんとわからないと操作なんてできない。ジェスターをちゃんと理解してるよ。それだからこその対応だ。嫌われるように振る舞ってるね。こりゃますますまずいな』

 

 結局、ジェスターのカードはラスト一枚になった。

 父親は途中からカードを使ってすらいない、ジェスターはそのことに気づいているだろうか。

 

『ジェスターに降参を薦めて。カードを使うなって』

 

 言われたとおり、私はジェスターに諦めるよう伝える。

 

「仲間の言うとおりだ。退け。お前には資格がない」

 

 父親がようやく喋った。

 ジェスターは唇を噛んでいる。

 

 おい、審判。

 もうジェスターは戦えない。止めろ。あいつの負けだ

 

 私だけでなく、ジェスター父もキングを見つめている。

 

「どうして? まだ一枚残ってるよ。それに彼女、まだ諦めてない」

 

 仕方ない。

 力尽くで止めるか。

 

『もう遅い』

 

 ジェスターの手札から橙色の光が生じた。

 久々の出番とばかりに、熊の中から影の人が登場した。

 影人は周囲の人々に手を振り、礼をしてようやくジェスター父に対峙する。

 

「おお、おお、王宮道化師よ。ご無沙汰しております」

 

 癇に障る声が耳朶に響く。

 父親は真面目な顔で影人を向いている。

 

「王宮道化師様は相変わらず真面目くさった顔をしておられる。顔だけではない。中身までもが真面目すぎていらっしゃる。悪いことに、考えたことをわずかにしか口にしておられない。それが誤解を生じ、誤解はさらなる誤解に繋がる。もっと話をするべきでしょうに」

 

 影人は自らの口を指さして、パクパクと開けたり閉じたりして見せる。

 言われている父親は何も言わない。ただ、今までの相手のように苛つきは見せていなかった。

 

「亡き妻を想っていたのならきちんと態度で示すべきでしょう。娘を心配しておられるのならきちんと言葉で伝えるべきでしょう。貴方はそれを怠った。自らの怠惰を把握しつつも、それを是としておられる」

 

 父は相変わらず、黙って言葉を受け入れている。

 黙っていなかったのはジェスターの方だ。

 

「そんなの嘘だよ。だって――」

 

 影人はジェスターの言葉など聞く耳を持たない。

 続きを口にしていく。

 

「王宮道化師様は国のため、まだ幼き国の後継のため、家庭に背を向けられた。わたくし、その姿勢に心動かされるものであります」

 

 ヒャハハハハと皮肉った笑いをあげていく。

 隣で聞いていたキングが、少しだけ目を俯かせたのは気のせいじゃないだろう。

 

「ですが、もう気づいておられましょう? 国は国、家庭は家庭。そんなものは言い訳に過ぎないと。さて、貴方は――」

 

 影人が言葉を止めた。

 父親が手を広げて見せ、影人に続きを言わせなかった。

 

「諫言に感謝する、我らが父祖の道化師よ。だが、その先は無用だ」

 

 父親は、影人の横を通りジェスターの前に歩いてきた。

 

「聞いていた通りだ。こんな父を許す必要はない。お前を呼んだのは――これをお前に渡しておかねばならないからだ」

 

 父親は手に札を取り、ジェスターに向ける。

 

「母さんのインヒラントカードだ。私には使う資格がない。お前が持っていろ。それと――済まなかった」

 

 後ろでジャグリングを楽しんでいた影人が地面に溶け込むようにして消えた。

 笑い声を残すことも無く、新たな問題だけを残して消えてしまう。

 

「どうして――、どうして今さらそんなこと言うの! なんでその言葉をもっと早く、お母さんが生きてるときにっ――」

 

 ジェスターは叫び、カードを受け取ることも無く闘技場から走って出て行ってしまう。

 

 追いかけるべきなのかもしれないが、かける言葉がわからない。

 おい、お前は何もしないんだろ。

 

『しない。警告はした。だいたい他人の家庭事情なんて、外部から見りゃどうだって良いことだ。当人達だって、外部からの干渉は余計なお世話ってやつになる。家族で話すなり、殺し合うなり、無視し合って自分たちで解消すべき』

 

 ちょっと見放しすぎてる気もするが、それもそうなので特に何も言えない。

 じゃあ、ほっとくってことだな。

 

『俺は家庭事情に立ち入らない。ただし、家族の外堀は別だ。母親のインヒラントカードは気になる。見せてもらおう。これは独り言だけど、父親から預かって本人にも渡してやった方がいいかもしれないなぁ』

 

 なんて言えばいい?

 

『何も言わなくていい。渡すだけ。まあ、話したいことがあるかもしれないから、黙ってぼんやりしてればいいんじゃない。得意でしょ。何も考えずぼぉーとするの』

 

 私にどうこう言えないくらい甘い奴だな。

 それに一言も二言も余計だ。

 

『俺は何もしない。メル姐さんがするんだ』

 

 はいはい。

 

 

 父親からカードを預かり、王宮の屋根へ登る。

 彼女は屋根に座って、ぼんやりと空を眺めていた。

 鳥も飛んでいないし、雲もなく快晴だ。それにちと肌寒い。

 

 後ろからこそこそ近づき、言われたとおり、何も言わず肩越しに札を差し出す。

 こちらを振り向かず、深呼吸がゆっくり三回はできるくらいしてからジェスターは札を手に取った。

 

「……お母さん」

 

 ぐすぐす泣き出して、ぽつりぽつりと家族の話を始めた。

 母親のところまでは聞いていたのだが、そこから先は飽きてきて、空を眺める。

 

「ねぇ、メル。聴いてる?」

 

 ああ、聞こえてる。

 

 ジェスターの話はまた始まった。

 聞こえてはいるが、内容はまるで入ってこない。ダンジョンに行きたい。

 

 人を腐らせていくのは、余計な人間関係じゃないだろうかと心にちらついたほどだ。

 誰かに執着し、それにこだわりを持つほど自らの意識が混濁する。

 本当に大切なものも濁り始めるんじゃないだろうか。

 ……ダンジョン攻略とか。

 

「よし。反省会しよ、反省会」

 

 ちょっと元気が出たようで、こんなことを言いだした。

 反省会ね。反省してどうするんだ?

 

「あいつばっかりスッキリしてずるい。私も一発ドカンと決めてやらなきゃ」

 

 ふんふんと鼻息も荒い、意気込みを感じられる。

 

『どうして攻撃が効かなかったと思う?』

 

 ここに来て初めてシュウが喋った。

 何もしないんじゃなかったのか。

 

『カードを使った後のフォローについては何もしない。でも、もう次のステージに進んでるみたいだからね』

 

 ジェスターは考えている。

 

「わからない。でも、何かカラクリがあるはず。あんなに攻撃したのに立ち上がれる訳がない」

『初めから思いだしていこう。奴の攻撃方法はなんだった?』

 

 シュウがジェスターとの戦いを思い出させ、徐々に情報を抜き出す。

 なるべく客観的に見ていき、彼の行動に不可解な部分があったかを彼女自身に考えさせている。

 

「――そっか、あれは囮で本体がどこか別のところにいたんだ」

 

 話を進めていき、とうとう小太り男のトリックに気づいたらしい。

 

「近くにいて私たちを見てた? でも、そんな姿はなかった。クラウンが戦闘の位置をずらしてた。私たちの視線を外すため。じゃあ、本体はあいつの側にいた?」

 

 ジェスターは着実に答えに近づいていっている。

 次こそは勝つんだという熱意を感じた。

 

 

 翌朝、またしても闘技場である。

 観客は昨日よりもさらに少なかった。

 

 キングに、銀鎧の男、そして闘技場の中心に立つジェスター父だけだ。

 もちろん私たちは二人だけである。

 

『昨日、キングはジェスター父が勝つと確信してた。その謎も暴かれずにね。今日は違う』

 

 つまり、今日はジェスターが勝つと考えている訳か。

 

『勝つかどうかはさておき、謎は暴かれると考えてるね。重臣のカードの秘密は知られないようにするべきだろう。特にあのカードはわからない点にこそ、なによりの価値があるからね』

 

 今日もまたキングが審判として二人の開始を宣言する。

 退屈というのは本当らしい。実に楽しそうだ。

 

「今日は良い勝負になりそうだね」

 

 またしても私の側にやってきて、こんなことを言い出す。

 

「もうネタは教えたんだろ」

 

 いや、私は教えてない。

 状況を振り返って、気づいた点はあるようだがな。

 

「ふーん」

 

 戦闘は慎重になるかと思っていたが、昨日よりも激しく進んだ。

 いつもは単体攻撃重視なのに、範囲を攻撃するものが多い。

 

 熊の爪に風属性を付与させ、闘技場を攻撃し尽くす。

 要するに、どこにいるかわからないから問答無用で攻撃をしてしまえという方針らしい。

 

「あっ! 見つけた!」

 

 ついにジェスターが小太り男の本体を見つけた。

 父親は人形に守られる形で、闘技場の端に移ったが、影が父親についていかなかった。

 

「おっとー、気づかれちゃったね。でも――」

『真の勝負はここからなんだ』

 

 熊が影を攻撃するもののまるで攻撃は効いていない。

 それどころか熊の影に入って、笑い続けている始末だ。

 

 さらに偽物の小太り男が他にも三体現れた。

 こちらも先ほどと同様に倒してもすぐに復活するし、攻撃も緩みなくおこなってくる。

 

 これ、勝てなくね?

 相手の攻撃は厳しいし、こちらの攻撃は通用しない。

 召喚獣同士だと本人への攻撃は極力避けるって暗黙のルールがあるから、二人はそれに従っている。

 もしもこれが破られたら、有利なのは自由に召喚獣を出せる父親だ。ジェスターの背後に呼び出して攻撃させるだけで終わる。

 

『難しいね。もしも戦いの前に、本体が影にいるって気づけたら対策が打てた。普通の攻撃じゃ影の中にいる相手へ攻撃は届かない』

 

 難しいってことは無理じゃないってことだよな。

 

『今のデッキだと方法は二つだけ。それに気づけるかどうか。気づけたとしてもこの苛烈な攻撃の中でそれができるのか。いや三つだ、翼がなんとかできるかもしれない』

 

 一つはなんとなくわかる。光属性の付与だろ。

 影っぽいモンスターにはこれが一番だ。

 あの翼は当てにできないな。

 

 熊の爪が光っていたのは印象的だから記憶に残ってる。

 まだ入っていればだが。

 

『入ってる。それが一つ』

 

 ジェスターもそれに気づいた。

 熊の爪がほんのり白く光り始める。

 

『うん、こりゃ無理だな』

 

 小太り人形の攻撃が極まり、影もあちこちに動く。

 本体がどこにいるのかもわからない。

 今、どこにいるんだ?

 

『ジェスターの影に入ってる』

 

 ほんとだ。

 ジェスターは気づかず、熊をあっちこっちに動かして影を探していた。

 

 もう一つは?

 

『影の中にいる敵を倒す方法はいくつかある。一つは影自体を削ること。光攻撃が効く理由はこれ』

 

 それはなんとなくわかる。

 

『スタンダードは光攻撃なんだけど、もっと言えばあまり良い手じゃないんだ。光は新たな影を生むからね。影を完全に消滅させるほどの光攻撃は周囲の人間まで害を及ぼすし、中途半端にすれば新たな影に逃げられる。あの召喚獣は逃げられる力がある』

 

 じゃあ、あの光付与は意味がないのか?

 

『ほぼ無意味。上手くやれば効くけど、とても難しい』

 

 じゃあどうするんだ。

 

『今回の場合だと、こちらも影となって影の中に入って倒せば良い。影に宿るモンスターはその特性故に本体が極めて脆い。影から出た瞬間に消滅するくらいにはね』

 

 影になるってそんな……あっ。

 

『そう。いるでしょ。影そのものなのに外に出てきて、身軽に動いてる化け物みたいな奴が。デッキどころか、彼女の手札に最初から入ってる』

 

 今のところ彼女はそれに気づく様子がない。

 必死に影の本体を探している。

 

 しかし、あの札は話すだけだろ。

 影に入って影のモンスターを倒すなんて真似ができるのか。

 

『ある程度は動かせると思うよ。昨日は相手の父親ですら道化師の喋りを止められたんだ。使い手の意志が反映されないはずがない。問題は、彼女があのカードを信じられるかどうかだ』

 

 時間が経ち、熊の光付与が切れた。

 ジェスターは焦りながらも、なんとかカードを消費して時間を稼いでいる。

 こちらの様子を確認し、何かを確信したようにまた気合いを入れ直して戦いを始めた。

 

 なんだったんだ?

 

『メル姐さんの顔色を窺ってた』

 

 なぜ?

 

『顔に出やすいからだよ。俺と話してて、勝てないとわかってたら、早く降参しろよってうんざりした顔をする』

「その顔はずるいねぇ。まあ、正直者なだけだから何も言えないなぁ」

 

 どういうことだ。

 

『今のメル姐さんの顔はね』

「勝てる方法があると教えているからだよ」

 

 ぺたぺた触ってみるがよくわからない。

 

『ちなみに気づかなくても、もう一回戦えば確実に勝てる』

 

 どうやって?

 

『影の中にいても魔力は隠せない。俺みたいに魔力を直接攻撃すれば瞬殺できる。多分これが一番早いと思います、まるっ』

 

 そういやお前を使ってるときは普通に影のモンスターを倒せるな。

 苦戦をした記憶がまったくない。

 

『魔力による攻撃カードはいくつかある。でも、普通は弱すぎて使えないからデッキに入れない。あの影モンスターは初見殺しすぎる。ただ……、どちらかと言えば護衛よりもむしろ暗殺、諜報向きだ。父親があまり家庭にいなかったのは、実際にそういうことをしていて家族を巻き込みたくなかったという面が強いのかもしれないね』

 

 そうか。

 家庭事情はどうこう言うまい。

 

『ただ、出来ればもうここで勝って欲しい。それが彼女をまた一つ強くするだろうから』

 

 影を動かすことができると強くなるのか?

 他に使い道がない気がするんだが。

 

『そういう意味じゃない。影を動かせても、対影以外には使えない』

 

 呆れた声で返された。

 

『彼女を強くするのは、自分のカードに対する信頼だよ。それは、この世界でカードを操るのなら、一番重要な要素じゃないかな』

 

 ……そうかもしれないな。

 嘘だった。実はよくわからない。

 

 さて、状況は昨日と同じになった。

 打つ手が見えない中での、残り手札一枚。

 

 またしてもジェスターがこちらを見てくる。

 その顔は、「さすがにもう無理だよね」って感じの顔だ。

 

 しかし、私の顔を見て驚きを生じさせている。

 その顔のまま、残りの一枚のカードを見つめ始めた。

 

『気づいたね。影には影をって、でもまだ疑ってる』

 

 そりゃそうだろう。

 今まで碌な結果を導かなかった札だ。

 それに喋るだけだしな。

 

 彼女の逡巡は長い、状況は停止している。

 太った男も攻撃を止め、父親同様にただ彼女の姿を見守る。

 彼の表情を見て、ようやく服装以外で彼が彼女の父親なんだと実感が持てた。

 

 ジェスターは固く閉じた瞼を開いた。

 彼女の顔に戸惑いはない。ひとえに父のみを見てカードを切った。

 彼はそれを見て、初めて微笑みを浮かべた。あの服装であの笑みは正直不気味だ。

 

 昨日と同様に、熊の中から影人が現れる。

 両腕を大きく開き、キングや鎧男、それに私に向き直る。

 最後は父親に向いた。まるで刮目せよとでも言いたげな様子だ。

 

『違う。パフォーマンスをして相手の動きを見ただけ。本体を見つけたようだね』

 

 ジャグリングしていた影のナイフを一本だけ取り、ジェスターの影に向かって投げる。

 影は影に吸い込まれ、小さな悲鳴が上がった。

 

 周囲の小太りの男が崩れて消え去っていく。

 全て消えた後で、影人は父親とキングに大げさな一礼をして消え去った。

 

「うん、見事だ。ジェスターの勝ちとする」

 

 審判がジェスターに勝利を告げた。

 なんだろう。長い割に最後はあっけなかったな。

 

『……うーん。儀礼だねぇ。実戦なら父親の勝ちだよ。ジェスターに戦う術はもうなくて、父親はまだ攻撃札がいくつも残ってるからね』

 

 ジェスターはまだ勝利の実感が沸かないのかぼんやりとしている。

 徐々に顔が火照りはじめ、ぴょんぴょん跳び上がり勝利の喜びを体で示した。

 

「見た? ねぇ見た? ウチ勝ったよ! 勝ったんだよ!」

 

 こちらにも走り寄って、そのままジャンプして私に飛び込んできた。

 さっと避けて、おめでとうと軽く声をかけておく。

 

「なんで避けるの!」

 

 いや、なんでだろう?

 なんとなく?

 

「ひどいよ。この喜びを分かち合おうよ」

 

 そういうのは苦手だ。ダンジョン以外じゃちょっと……。

 さっさとエレティコスの聖遺物を見せてもらおう。

 

「よし、それじゃあ行こうか。部屋に置いてある」

 

 キング一行と彼の部屋に向かい、そこで紹介された。

 

「これだ」

 

 小さな箱を机に置いて開けた。

 

「……これ?」

 

 私もジェスターと同じ感想だ。

 

『本物だね。鑑定でもエレティコスの物って出てくる』

 

 そうなのか。

 でも、本物だからといってもな。

 

「布の切れ端かぁ」

 

 カードでは無く聖遺物と聞いていたから、こうなることも予想はできていた。

 しかし、実際に目の当たりにすると、がんばった甲斐を感じない。

 これで興奮できるのはクイーンだけじゃないだろうか。

 

『興奮するだろうね。ジェスターもすると思う』

「どういうこと?」

 

 がっかり気味だったジェスターがシュウの声に反応する。

 

『重要なのは、布の切れ端じゃない。切れ端に付いてる血だ。人間の血じゃない。血からあり得ないほどの魔力反応出てる。千年経ってるから薄れてるけど、当時は近寄ることも出来なかったはず』

「それってまさか――瘴気の原獣デザストル!」

 

 本当に興奮し始めた。

 落ち着け、落ち着け、どうどう。

 

「落ち着けないよ! 神話の第三章五節に出てくる瘴気の原獣が本当にいたってことだよ!」

 

 すごいな。

 すごいすごい。

 じゃあ、もう帰ろうか。

 

「僕も見たいのがあるんだけどいいかなぁ」

 

 どうぞ。

 聞くだけ聞こう。

 

「その剣の力が見たいんだ」

 

 ……どうもシュウの事はバレている。

 

『そりゃ、ジェスターの決闘中に近くであれだけ喋ればね』

 

 それもそうだ。

 ここに来るまでに見せたはずだが?

 

「ジャックやクイーンが破れた可能性有りって報告が来てるんだ。眉唾だったんだけど、どちらも冒険者を名乗る怪しい女と、変な服装の道化師がいたって情報が入っている」

 

 ジェスター父は服装のところで頷いた。

 お前は鏡でも見てろ。

 

「そこで昨日の侵入と先ほどの様子を見るとね。それにジェスターちゃんの話も報告と一致する。どうも本当のようだ。実際に、戦うところを見てみたかったんだ」

 

 まず誤解を解いておく。

 ジャックを私が切り捨てたのは本当だ。

 切り捨てたと言っても復活はしたがな、昨日のように。

 

「昨日見た消失現象だね。あれも立派に不思議だ。クイーンは?」

 

 クイーンは私じゃない。

 

「じゃあ――」

 

 全員の視線がジェスターに集まる。

 

「ウチじゃない」

 

 ジェスターが思い出して震えだした。

 クイーンは思い出すと泣き叫び始めるから、これはまだ良い方だろう。

 

 あれは何と説明すればいいのかな。

 ヤバイ奴らが出てきて叩きのめしたというか。

 

「君の友達?」

 

 友達ではない。

 記憶にもさほどないんだが、パーティーメンバーだとは思う。

 

「そう。それでどうかな。軽くお手並み拝見というのは?」

 

 どうだろう?

 

『昨日からやたらこっちを見てると思ってたけど、これが本当の目的みたいだね。まずジェスターと戦ってもらって。それで判断する』

「えっ?」

 

 私の前にジェスターと戦ってもらえるか。

 それで決めるってよ。

 

「かまわない。素晴らしい案だ。オーギュスト、審判を頼む」

 

 鎧男は軽く頭を下げた。

 御意のままに、ということだろう。

 

「なんでウチが?」

 

 さあ?

 

『戦ったことあるの?』

「昔だよ。まだキングが王の札を受け継ぐ前に何度か」

 

 すごいじゃん。

『じゃあよろしく』

 

 ジェスターが納得いかないと騒いだが、すぐに闘技場に連れて行かれた。

 

 

 闘技場の中心には二人の若い男女が変な服装で立っている。

 しかも、そこからわずかに離れて、全身鎧のおっさんまでいるときた。

 さらに私と反対側には全身ぴっちり赤のおっさん帽子付き。

 情報量が多すぎておかしくなりそうだ。

 

 二人が距離を開けた。

 

「――以上の儀礼に則り決闘を行う! 始めっ!」

 

 鎧のおっさんが何かすごく長い説明をした後、決闘はようやく始まった。

 

 ジェスターはいつもどおり熊だ。

 対するキングはといえば、灰色の光を生じ剣を手に出した。

 王の剣だ。やばい効果がついているんだろうな。

 

『いや、全然』

 

 さらに強化をかけて、熊に襲いかかる。

 なんか、思ってたよりもしょぼいな。私どころかジェスターとも勝負にならないんじゃないか。

 

『――何がしたいのかわかった。ちゃんと彼を見てやって』

 

 戸惑っているのは私だけではない。

 鎧のおっさんやジェスター父、それにジェスターも同様だった。

 

 罠のカードや妨害を駆使してキングは熊の猛攻をなんとか阻んでいる。

 そのたびに鎧のおっさんが止めようと慌てふためくのが見えた。

 

「どうしたジェスターちゃん。そんなものか!」

 

 明らかに追い詰められているのに、キングはジェスターを挑発する。

 ジェスターが躊躇いつつも強化カードを熊に使い、キングを攻撃した。

 壁が出てきて、キングを守るが、それさえも破られてキングが大きく吹き飛ぶ。

 

「キング様!」

 

 鎧男がとうとう叫び、駆け寄ろうとしたがキングが止めた。

 

「やれやれ。本当に強くなったんだね。ジェスターちゃん」

「キング様」

「昔は今の城壁カードで攻撃を防げてたんだけどな。それにこの剣で熊も倒せてた」

「覚えています」

 

 二人は思い出すように語り合っている。

 そうしてキングは立ち上がり、強化カードを使うだけ使って熊に突撃した。

 熊の振るった腕で、渾身の突撃はあっさりと一蹴されてしまう。

 

「『僕というキング』じゃ、もう手も足も出ないなぁ」

 

 キングの手札は残り一枚だけ。

 こんな状況は、ジェスターの専売特許だと思っていたがそんなことはなかったようだ。

 

「今のデッキって、あの頃の?」

「うん。僕の――キングのデッキだよ」

 

 ジェスターはどうしてと尋ねる。

 

「父が死んで、僕は王のカードを受け継いだ。それでもう『子供のキング』は消えざるをえなかったんだ。皆が知るのは『王というキング』だけ。オーギュストもパテンソンもきっと僕より早く死ぬ。そうすると誰も『僕というキング』という人物がどんなかを覚えていなくなる。それは嫌だなぁってね。だから、道化師ジェスター。僕のことを語り継いで欲しい。君もだ。冒険者メル。どうか――僕を忘れないでくれ」

 

 ジェスターは頷いた。私は頷かない。たぶん忘れる。

 キングはジェスターを見て、良かったと安堵を見せた。

 

「それじゃあ、本題が終わったところで茶番に移るとしようか」

 

 聞き間違えたかと思ったが、訂正は入らなかった。

 

「ここからは王のキングが相手をする。見るがいい。くだらない儀礼派の真髄を」

 

 彼に残った最後の一枚が切られた。

 色は灰色だ。

 

 灰色に光ったがカードは消えない。

 一枚のカードが宙に浮き、二枚に分裂した。

 二枚はさらに四枚に分裂し、八枚、十六枚と倍々に上へと増えていく。

 彼の周囲をぐるぐると回りながら浮いており、その中から数枚のカードが光に消えた。

 

「まずはこれらだ」

 

 王の前に数体の召喚獣が現れ、さらに強化がかかる。

 それどころか妨害が熊に発動し、トラップまで床や宙に設置された。

 

「次はこれにしようか」

 

 熊が召喚獣を一匹倒したが、キングは特殊に回復まで使ってくる。

 フィールドも追加され、滅多に見ない藍色の光も現れた。

 ついでに攻撃カードまでが熊を襲う。

 熊は為す術なく倒された。

 

「そこまで! 勝者――」

 

 鎧おじさんが試合の終了を示す。

 まだ説明が終わらず、なんかひたすら説明をしているが誰も聞いていない。

 

 ……完敗だったな。

 初めて見るカードだぞ。なんだあれ。

 

『おそらく他の人のカードが全部自由に使える』

 

 その後、キングが軽く説明をした。

 国民のインヒラントカードなら全て使えるそうだ。

 クイーンとも似ているが、全ての札を手札にするので補充なしで戦えるとか話していた。

 さらに、カードの種類も一切関係なく、使用できるとか。

 

『民を装備してる訳か。まさにキングだねぇ』

 

 小馬鹿にした声だった。

 それで戦っても大丈夫そうか?

 

『別にいいけど、勝負にならないよ。カードの発動を待たないからね。発動してから戦ってもいいけどやっぱりすぐに終わる。本人が強くなるわけじゃない。無理矢理突破して小突いて終了だ』

 

 シュウの言うとおり伝えたが、「それでも」と言うので戦ってみた。

 結局、その通りだった。

 

 一戦目はカードを切る前に、首にシュウをつけて終わらせた。

 続く二戦目は、カードを発動させてから始めたが、攻撃を避けて回り込んでからの接近で終了。

 三戦目をしようとは言わなかった。

 

『わかっててやってる。これは一対一で使うカードじゃない。そもそも戦闘で使うものですらない』

 

 いつ使うカードなんだ?

 

『儀式だよ。これがインヒラントなら奴は確かに儀礼派だ。形式を否定して作り出すのは、新たな形式に他ならない』

 

 意味がわからん。

 

『アホらしい。ジェスターの特殊カードから聞けば良い。何が「僕というキングを忘れないで欲しい」だ、真面目に聞いて損した』

 

 ちょっとご機嫌斜めだ。

 ゆるくキングに伝えたが、彼はジェスターのカード使用を明確に拒否した。

 

『そりゃそうだ。全部、茶番だからね。「儀礼派の脚本家」にでもなってろ』

 

 用事はだいたい済んだな。

 今度こそ帰ろう。

 

 平和的な解決も見たし、素晴らしい訪問だったな。

 

『そうだね。門を一つ粉にして、兵士を人間投石に変えたくらいで済んで良かった』

 

 ジェスターも乾いた笑いしか出てこない。

 

 

 すぐに帰ろうとしたが昼食を勧められ、一緒に食べた。

 おそらくキングなりに、ジェスターと父の間を取り持とうという意思だったのだろう。

 

『うん。そこだけは茶番じゃないね』

 

 他に何か用はあるか?

 

『……あっ、ちょうどいいや。キングに聞いてみてよ。カードの効果を引き出すカードはあるかって』

 

 そのまま尋ねると「ある」とのことだった。

 シュウは素直に喜び、依頼をし、キングも乗り気だった。

 

 ずばり「アドミラシオンの竜翼」稼働実験だ。

 

 ジェスターも興奮し、すぐさま闘技場に場所を移す。

 もしものために、防御カードと回復カードを上手く使える兵士も幾人か闘技場に来た。

 

 キングは念のため距離をとって、例のカードを発動させる。

 ジェスターの熊の背中には気持ちの悪い翼がバタバタと動く。

 

「――瀟洒な翼だな」

 

 ジェスターの近くに立っていた父が、彼女に話しかけた。

 

「……うん、格好いいっしょ」

 

 彼女も少し戸惑ったが返事をした。

 私の中で、瀟洒という言葉の定義が変わってしまいそうだ。

 

「それじゃ使うよ」

 

 キングの言葉に私たちは頷いた。

 彼の周囲で浮いていたカードの一枚が黄色に光った。

 熊に黄色の光がまとわりついた。熊が翼をさらに速くばたつかせる。

 

 熊の翼が――青い光を発した。

 

 透き通った湖のようで、周囲をすり抜けていくような涼しげな青だった。

 周囲からも「おぉ」とどよめきの声が上がっている。ジェスター父も真剣な顔で見ている。

 

『まさか――』

 

 シュウは何かに気づいた様子だ。

 絵にあったような派手な青色ではないが、穏やかでいい。私は好きだな。

 

「やったぁ! 見たメル?」

 

 ああ、見ているぞ。

 すごいな。本当に驚いた。だが――、

 

 周囲の人々もその光に驚いたが、特に何も起こらない。

 翼が薄い青光を明滅させるだけである。

 

『今すぐ熊とジェスターを、いやぁ、それだけじゃ駄目だな。ここにいる全員を……それでも足りないか。風上は……入口と逆側だな。――まず調査だ』

 

 何かシュウがぶつぶつ言いだした。先ほどから変である。

 それ以外の変化はない。翼の青い光は強まったり弱まったりしている。

 特に青い炎は出ていない。攻撃系じゃないのか? 動くだけの次は、光るだけなの?

 

「うるさいなっ! 一歩前進したの! すごいっしょ」

 

 ふふんと鼻を鳴らしている。

 たしかにそうだ。少しずつだが着実に強くなっているな。

 今は人のカードに頼っただけだが、そのうち使いこなせるようになるだろう。

 

 キングも予想外れと気を抜き、周囲の兵士達もほっとした様子だ。

 ジェスター父も熊の翼をじっと見ている。どうやら気に入ったらしい。

 当のジェスターは、熊の周囲を嬉しそうにぴょんぴょんと、はしゃぎ回っている。

 

『メル姐さん、――ギラックマ極限級。繰り返す、ギラックマ極限級』

 

 突如、シュウが私だけに伝わる暗号を言った。

 言葉の表面はかわいらしいのだが、中身は冗談が一切無い。

 次から発言する内容を、最大限の真剣さで聞いて実行に移せという意味だ。

 発言の実行内容は私の思いとは裏腹のことが大半で、抵抗が大だが今までに緊急じゃ無かったことはない。

 

 過去の例だと、いきなり街中、しかも衆人環視の中で人間を斬りつけろとかそういうことだ。

 そのとき斬った人間は異常な魔法使いで、街をまるごと吹き飛ばそうとしていた。演繹的思考だかで気づいて、理由も教えず私に斬らせた。

 だが、あのときも間一髪だった。もしも実行がわずかでも遅れていたら街が一つ消えていたのだから。

 

 この符丁はつまるところ、「今すぐ行動しなきゃ絶対に後悔するぞ」ということだ。

 

『もしも、この青い光が俺の考えているものなら、何もしないことが一番まずい。すぐさま実行を任せる』

 

 かつてここまで真剣だったことがあるだろうか。

 ものすごく静かな声で、私を諭すように話している。

 

 初めはジェスターの父だった。

 ぐばぁっと何かを吐いた。吐瀉物は赤、石畳を赤黒く染めている。

 

 血だ。

 

「……お、お父、さん?」

 

 久々に呼んだであろうその名を、彼は聞くことができただろうか。

 青く光る熊の近くにいたジェスター父はそのまま床に倒れて動かない。

 

 周囲の人たちはその光景をぼんやりと見つめる。

 彼らの中からも吐く者が現れた。

 床に倒れる者もいる。

 叫びも混じった。

 

「なに……? 何が起きてるの? どういうこと?」

『調査完了だけど、結果なんて見るまでもない』

 

 彼らは痛いと叫びながら地面を転がる。

 彼らの顔は真っ赤だ。火傷のように赤く腫れていた。

 ……なんだ? 服が赤く滲み、瞳もなんか白く濁ってないか?

 

『青い光は、チェレンコフ光だ。ジェスター父を斬って。その後は熊を確実に斬り殺す』

「えっ、なんで?」

 

 シュウの発言が始まった。

 私もジェスターと同じ気持ちだ。

 

『急いで! 一刻を争う!』

 

 一瞬、足が止まったが、シュウの激しい声に従い、倒れた父を斬りつける。

 続けて、青く光る翼ごと熊を斬りつけた。

 

『黒竜スキル発動。くそっ、やっぱり足りない』

 

 父や熊が光に消える前から、シュウは黒竜のスキルを勝手に発動させた。

 

『次だ。部屋の隅――入口側に移動し、振り返ってゲロゴンブレスを撃って。奴ら全員を巻き込むようにね。キングとジェスターもだ』

 

 大声では無く、自分自身を落ち着かせるかのように抑制しつつ喋っている。

 その声に従い、ジェスター達から離れ、彼らを巻き込むようにゲロゴンブレスを撃ち放つ。

 

「なんだ、この――」

「どうしてウチまで――」

 

 赤白い光が目の前を覆い、キングやジェスター、さらには建物も消し飛ばした。

 その赤い光を見た人はアイテム結晶となりはてた。

 なんかいつもより白っぽくないか。

 

『浄化効果を無理矢理付けた。回数は減るけど仕方ない。まだだ。全周囲を浄化ゲロゴンブレスで消し飛ばす』

 

 そこまでやるのか。

 

『急いで』

 

 ……わかったよ。

 体を回転させつつ、ゲロゴンブレスを撃っていく。

 付近は焼け野原。王宮の跡形もなくなり、周囲には数多のアイテム結晶が残った。

 最後は「自分自身に向けて撃て」と言われ、意味がわからないまま足場ごと消し去ってしまう。

 自分には効かないので熱くは無いが、心地よいものではない。

 

『これでいい。重要人物の結晶を拾っていこうか。早めに復活させる必要がある』

 

 ここまで荒唐無稽な言動は初めてだ。

 様子から察するに狂った訳ではないから理由があるんだろ。

 

『神話に出てたアドミラシオンの竜は、エセ竜ではあるけども、本当にとてつもない化け物だったんだ。あれは青い炎なんかじゃ無い』

 

 まあ、炎じゃなくただの光だったな。

 

『光はただの副次的効果。翼の真の効果は放射能だ。難しい話だから簡潔に言うね。攻撃はあの翼から実際に出てた、目に見えない形でね。それが周囲の人々や建物を貫いた。ジェスター父の症状は吐血に、出血、紅斑、白内障。全身を外側と内側から粉々に破壊されてる』

 

 なんと、あの吐血はそういう理由だったのか。

 生きてるうちに斬って、復活するようにしたわけだ。

 

『ジェスターが倒しても復活したけど、それでも親殺しはさせるものじゃない』

 

 そうだな。でも建物まで破壊したのはやりすぎじゃないか。全壊だぞ。

 歴史的建造物だから破壊はやめましょうとは、お前の口から出た言葉だと記憶しているが。

 

『歴史とか言ってる場合じゃない。詳しい波長はわからないけど、あの見えない攻撃は壁を透過する可能性が高い。もしも中性子線ならこんな王宮の壁ごときじゃ遮れない。どこまでの範囲が被爆したのかもわからない。さらに翼から、微細な放射性物質の放出まで確認できた。あれが飛ぶところに放射性物質――猛毒をまき散らすんだ。何にせよ、汚染された物質は除去か隔離しないと生物にとって極めて危険だ。だから周囲の被爆した人や汚染されたものを、最初に黒竜スキルで可能な限り吸収した後、浄化作用付きの炎でちり一つ残さず除染し尽くした』

 

 冗談だと笑い飛ばしたいところだが、冗談で黒竜スキルとゲロゴンブレスは使うまい。

 しかも変な効果まで盛り込むとかはさすがにない。一人を斬って感染させれば殲滅できる。

 

『初めての使用で扱い切れてなかったのが幸いした。効果範囲は狭そうだ。ほら、あれ』

 

 焼け跡の遙か先、高台の縁から人々が、腰を抜かし戦々恐々とこちらを見ている。

 

『うん。彼らの服を鑑定したけど被爆してない。周囲にも異常な濃度なし。これで一安心だ』

 

 お前は安心だろうが、私は何も安心できない。

 復活した彼らに、なんと言って説明すればわかってくれるだろうか。

 

『そんなことよりジェスターには、デッキから翼カードをすぐ抜かせて。渡す気がないなら奪い取る。とにかく俺たちが預かった方がいい。あれは誰かの手に渡しちゃいけない。封印が必須だよ。もしも耐性を付けてなかったらジェスターが真っ先に死んでた。世界にあってはいけないカードの代表格――最悪で災厄の類だ。何が「君は――青き光をもう見たか」だ。近くで見たら死ぬぞ』

 

 そんな解説もあったな。

 

『わかったこともある。俺はね。エレティコスが悪者、それに準ずる存在じゃないかと疑ってたんだ。世界に歪なダンジョンを作るなんてどう考えても怪しい。目的は、世の中を混沌に陥れるかそのへんだろうって』

 

 そりゃそうだな。

 私もそんなところかなって思ってた。

 

『俺が間違ってた。逆だったんだ。危険すぎるモンスターをダンジョンに封印してた。こんなイカれたモンスターが空を自由に飛んで跋扈する世界を、比較的安全な世界に作り変えた。奴は本当に英雄だ』

 

 すごい奴じゃないか。

 

『なぜ俺たちを転移させたのかもわかった。元の世界に戻れない自分に代わり、安全な社会になってるかを見させに行ったんだ。もしも危険なままでも自分に勝てるくらいの奴なら問題ないと考えたんだろう』

 

 そうかもしれないが、帰ってこれないんじゃないか?

 

『そこは彼の誤算だったね。自分に勝てるくらいの奴なら戻って来られるって思ってたんでしょう。元の世界に戻って彼に伝えないといけない。――安全な世界になっていたと。それに、彼を止める必要がある』

 

 伝えるのはわかるが、止めるって何を?

 

『あいつはまだダンジョンの法則を送り続けてる。エンコードしてない方法でね。そろそろ歪さが現象となって現れる可能性が高い』

 

 やばいじゃないか。

 

『とてもやばい。さらに、まだ問題が残ってる』

 

 それは?

 

『彼は英雄で間違いない。でも普通、英雄が神にはなることはまずない』

 

 そりゃそうだ。

 英雄が神になるなら、飲み屋の酔っ払い冒険者はみんな神様になってしまう。

 

『彼は修羅の如く強さを求め、行いも災厄の獣を倒すくらいに英雄的で、異世界に飛んで後に世界の救済さえ行なった。彼の目的はこれでクリアした。じゃあ、彼はいったいどうやってダンジョンが普通にある異世界をピンポイントで探して、法則の転移までできたんだろうか。詳しいだけじゃ説明できない。同世界ならまだしも、異世界間の転移はそんな簡単にできるもんじゃないんだ。例の切り札が関与してるのは間違いない。そう、今後の問題は英雄は何を倒して切り札を手に入れ、あまつさえ神にまでなってしまったかだ。――エースに行く必要がある』

 

 なんでいきなりエースの話になるんだ?

 

『あいつらは異世界間のパスを監視してた。エレティコスが異世界にいるって知らないとそんな監視はしない。何かを知ってる。聞き出そう。ついでに戻る術も彼らが持ってるだろうから』

 

 話はここで終わりらしい。

 タイミング良く人々も復活を始めた。

 ジェスター父も周囲を何事かと見回している。

 

『うん、被爆前に戻ってる。いやぁ、良かった良かった』

 

 そうだな。私もつられて笑う。

 焼け野原の中心で笑う私たちを彼らはどう見ているのだろうか。

 その彼らにどうやって事情を説明すればいいんだ?

 

 この後の対応を考えると笑うしかない。

 

 

 復活後、呆然としている彼らを集めた。

 キング、ジェスター父、鎧男、それと重鎮らしきおっさん数人に、ジェスターと私だ。

 

 殺風景の中心で、誰も盗み聞きできない距離に加え、用心でカードを使っての会談である。

 今回の事情をシュウの言うとおりに全てきちんと説明した。

 

 重鎮らしきおっさんはぶつぶつ何か言ったが、全てシュウの反論で黙った。

 癌の罹患率がどうとか、何万年も続く死の王都とか、王宮をホウ砂だかで全部埋めるかとかぶっそうな話が出ていたが、途中で私は考えるのをやめた。

 ジェスター父とジェスターは黙って話を聞いている。こんなときだけ仲良くするのはやめて欲しい。

 

 キングがジェスター父を見る。

 ジェスター父はただ頷くだけだった。

 

「――そうだったんだね。助けてもらって感謝するよ」

 

 キングはひくつきながら謝礼を述べた。

 ひくつきというか、ジェスターを含めた全員が私に戦慄している。

 ジェスターの放った、目に見えない恐ろしさもよくわからん現象を、目ではっきりわかる明らかにやばい現象で吹き飛ばしてしまった。

 

『こんな焼け野原にしちゃったらから仕方ないね。はぁっ! ダンジョンに来たみたいだぜぇ。テンション上がるなぁ。えぇ、メル姐さんよぉ!』

 

 何言ってんだこいつ。

 ジェスターどころか、さすがの私も引くぞ。

 

 キング達からは、もうどうでもいいから早く消えてくれという意志が隠しきれていない。

 関わり合いたくないのが明白だ。私も消え去りたい。

 

「シュウ……。ウチ、やっぱりこんな力、必要ないかも」

『でしょ! やっとわかってくれたかぁ! 持つべき者が持たなければ力は不幸しか呼ばないからね。もっと言えば、ないにこしたことはない』

 

 何か言ってる。

 説得力があるのかないのか、もう私にはわからない。

 

 寒空の下、風を遮る壁どころか床に天井まで削り取られてしまった。

 高台にある王宮は、王宮があった高台になったのだ。

 

 

 

 キングがくしゃみをし、場はお開きとなる。

 

 冷たい風はキングを越え、エースへ吹こうとしている。

 

 

 

5.象徴主義の監視者:エース

 

 王都を早々に離れ、エースへ向かう。

 

「ねぇ」

 

 ん?

 

「あの翼って――」

『駄目。死の大陸に変えたいの?』

 

 翼はジェスターから直ちに没収した。

 事情は説明したが、未練たらたらである。

 

「でも、持ってるだけなら。あれ、エレティコス様の――」

『彼が命を削って倒した魔物だ。真に彼を信仰するなら、意を汲んであのカードをこの世界から消し去るべきだ。ジェスターがこの世をあの絵の光景みたいにしたいなら別だけど』

 

 ジェスターが言い切る前に、シュウが発言を潰していく。

 うぅと下を向いて唸っている。

 

「……ウチの特訓が無駄になっちゃった。せっかくがんばったのに。炎虎、返してもらえるかなぁ」

『炎虎と言えば、あれの炎を聖炎と言ったけど、あれは大正解。おそらく有害物質の浄化作用か防護作用がある。そうでもないと、あの翼の獣や瘴気の獣とはまともに戦えない』

 

 何のなぐさめにもならない。

 その火炎虎もクイーンが持ってるじゃないか。

 ジェスターはがんばっていた。それをいきなり没収じゃあんまりだ。

 せめて他の解決策も提示してやれよ。

 

『エレティコスの切り札をあげちゃって良いよ』

「えっ?」

 

 いいのか?

 

『うん。翼よりもあっちの方が遙かに健全だ』

 

 世界を消し去るとか言ってなかった?

 

 ジェスターが、えぇっと私を見てくる。

 嘘みたいに聞こえるが本当らしい。

 

『俺も確認しておきたい。大丈夫、ちゃんと使い方を教えるから』

 

 どうして使ったこともないのに使い方がわかるんだろうか。

 そもそも本当の効果すら知らないだろ。

 

『彼が使ってるところを見たし、効果もある程度は確認してる』

 

 何も起きなかっただろ?

 

『そうだね。攻撃なら何らかの反応がある。つまり、あれは攻撃じゃない。思ったことを決定づけるカードだ。あのとき彼はカードに勝利を願った。メル姐さんという敵への勝利だ。でも、メル姐さんは無敵状態で、カードの敵対象から逃れてしまった。対象がないからカードは不発。だから何も起きなかった。もしも無敵じゃなかったら、あそこから彼にとって都合の良いことが起きて勝利してただろう』

 

 よくわからん。

 

『つまり、相手への勝利のみを願ってカードを切るだけで良い。それで勝利が舞い降りる。面白みの無いゴミカードだ』

 

 なんだか拍子抜けだな。

 それならもっと早くから渡せば良かったんだ。

 ジェスターもうんうんと私に同意を示している。翼よりだいぶマシだ。

 

『もしあのとき――ジェスターが父親と戦ったときだ。このカードが手札にあったとしよう。純粋な勝利だけを願えた? 死んじゃえばいいとか、ひどい目にあっちゃえばいいとか、わずかでも思わなかったと言える?』

 

 ジェスターは返答に窮した。

 

『だから渡さなかった。もう一度言うね。もしも使うときがきたらだ。相手への純粋な勝利のみを願ってね』

 

 純粋な勝利ってなんだ。

 勝利は勝利だろ。

 

『自分が勝って慎み深く喜び、相手が負けてそれなりに悔しがってる様子を思えってこと。わずかでもそれより他を考えれば悲惨なことが生じる。このカードは間違いなく過程を選ばない。相手が急に心臓発作で倒れたり、急に地震が起きて地割れに飲み込まれる、空から隕石が落ちてきてそれが当たるとかもあり得る。自分のささやかな勝利と相手が地団駄を踏む程度の敗北を切に願うんだ』

 

 ……そんなことできるの?

 

 ジェスターを見るが、彼女も首をひねっている。

 あっ、これたぶん無理だな。

 

『別に戦闘で使わなくてもいい。やばい状況に陥ったとき、みんな無事で助かりたいって思って切るだけでも効果はある。異世界召喚に「たまたま」巻き込まれることになるかもしれんけど』

 

 駄目じゃん。

 

『なんにせよ、持っとくといい。大好きなエレティコス様の切り札だ。今度こそ、より強くなるんだね。このカードが――選択されない未来のために』

 

 やっぱ使わない方針なのか。

 

『そりゃそうよ。使うくらいなら負けを認める。使わなきゃ確実に死ぬってときだけ切る』

 

 だいたいどうやってこれを使わずに強くなるんだ。

 もう伸びしろがないって言ってただろ。

 

『デッキの組み替えを考えよう。来たるべき戦いに備えて』

 

 その後、ジェスターはなんだかんだ言いつつもやっぱり受け取った。

 

 

 エースとキングの狭間には街がある。

 

 昔から小競り合いの多い地域でたくましく生き抜いた街だ。

 近くにダンジョンもあり、街にはシーカーを初め、怪しげな輩が多い。

 

 その中に、私たちも紛れ込んでいる。

 ここからエースに密入国し、エース本人と対面する予定だ。

 

 今はダンジョン攻略後の反省会をいつも通り飯を食べつつやっている。

 

『決戦用デッキはおもしろいでしょ』

 

 ……返事はない。

 聞かれたジェスターはテーブルに突っ伏している。

 シュウに提案された、短期決戦型のデッキを先ほどボスに試してみた。

 

「……ウチ、ほんとに強くなってるのかなぁ」

 

 試してはみたが、何も出来ないまま私と交代という結果になった。

 私も横から見ていたが、カードに振り回されていた。

 今までのデッキとあまりにも違いすぎる。

 でも、使いこなせれば――、

 

「あんなの使える気がしないよぉ」

 

 ジェスターから弱音が漏れている。

 まあ、そうだろうな。私でも難しいのがわかるくらいだし。

 

『今は振り回されてるけど、使いこなせばさらに上にいける。あと一枚揃えばデッキとしては完成を見るね。さらに難しくなるけど』

 

 デッキとしてはそうかもしれないが、扱えないなら意味がない。

 しかもさらに難しくなるって……。

 

「無理だよぉ……」

 

 これは重症だ。

 強くなってきたという自信が一戦で砕け散ってしまった。

 

『じゃあ、諦めよう。熊中心のデッキでも大半の敵とは戦えるからね。使うかどうかはさておき、切り札だってある。経験を積めば、切り札だって不要になる。彼らには追いつけなくたっていいじゃないか。ジャックやクイーン、キング、まだ会ってないけどおそらくエース達には、熊中心デッキじゃ手も足も出ない。それで何が悪いの? 彼らに追いついたところで、何になる? 国のトップになりたい?』

 

 返答はない。

 一度むくりと顔を上げたが、またすぐに伏せてしまった。

 むぅーと顔をテーブルに擦りつける。葛藤の意思表示なのかもしれない。

 

 ぴくりとして、また顔を上げた。

 周囲をちらちら見ている。

 

『どうしたのかな?』

「……なんだろう? 何か変じゃない? 上手く説明できないけど」

 

 私も周囲を見る。

 テーブルは全て埋まり、人々は酒やら肴、それにタバコを口にして話をしている。

 誰もこちらに気を留めない。同じ場所に居ながらもそれぞれのテーブルに各自の世界があり、隔離されている。

 

『強くなってるか心配してたけど、心配しなくていい。ちゃんと強くなってる。これになんとなくでも気づけたんだからね』

 

 これってなんだろう?

 

「ここ、いいか?」

 

 静かな声だった。

 声を追いかければ線の細い男がいた。

 私たち以外は、屈強な人間達が揃う場で明らかに浮いている。

 

『この声――』

 

 埃まみれの服に、破れたズボン。頭だってボサボサだ。

 顔も煤にまみれているのか、黒い汚れがべったりついていた。

 顔も影が落ちており、暗い・黒い・汚いの三拍子が揃っている。

 

 まぁ、他に席もないみたいだからな。

 椅子もちょうど三つある。

 

 ジェスターを見ると、彼女も頷いた。

 

「どうも」

 

 男は席に座るだけだ。

 食べるものも飲むものもない。乞食だろうか。

 

「そろそろいいか」

 

 席を立とうとしたら男が声を出した。

 

「メルに、ジェスター。それにシュウ。あなた方と話をしたかった」

 

 どうやら私たちの名前を知っているみたいだ。シュウすら知っているとはな。

 用があるのならもっと早く言えばよかっただろ。

 

「食事を邪魔すると怒る。それは避けたい」

 

 そんなことは……、あったかもしれない。

 実際にやらかしたからな。

 

 それでお前は何者だ。

 私達のことを知っているようだが。

 

『声に聞き覚えがない?』

 

 声?

 どっかで聞いたっけ?

 

「……見つけた」

 

 何を?

 

「あっ!」

 

 ジェスターは気づいた様子だ。

 何を見つけたの?

 

「今の遺跡で聞いた声だよ! ほら、ウチらが最初に出会った遺跡」

 

 ……ああ、そういえばなんか召喚獣が出てきたな。

 じゃあ、お前は敵ってわけだ。

 

「落ち着け。やり合う気はない」

 

 男は両手を軽く挙げて意思表示をする。

 

「あなた方がエースへ行く目的は、エースがエレティコスについて知っていることを聞くこと。そして、元の世界に戻ること」

 

 確認するように私を見てくる。

 頷くと男は続ける。

 

「頼みがある。達成されたなら、そのどちらも叶えよう」

 

 頼みね。

 そもそも、なぜお前がそれを知ってるんだ?

 

「聞いていたからだ」

 

 どうやって?

 

『そういうのが得意なんでしょう』

「そうだ」

 

 男はシュウの声にも自然に応えた。

 警戒の度合いがさらに上がっていく。シュウの声を聞ける奴にまともな奴はいない。

 

『違うんだ。メル姐さんが聞いてる俺の声を拾ってる。聞くだけじゃない。見るのも得意。違う?』

「ああ。旅の行程は全て見せてもらった」

 

 いやいや。

 見せてもらったってどうやって?

 

『情報の観測と干渉がこいつのカードだ。素晴らしい力だけど、一つだけとてつもなく大きな失敗をしでかした』

 

 男は何も言わず、シュウの言葉を認める。

 失敗って?

 

『俺を深くまで覗きこもうとした。技量があるのも考え物だね。低ければ弾かれるだけですんだのに――。俺の国の人間が大好きな言葉を贈ろう。「深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ」。行為はともかく、その精神力は褒めてやっても良い。よく、今まで堪えた』

 

 すごい上から目線だな。

 ……なんだ? 男の姿が霞み始めてないか。

 

「来て……良……た。もう限……。パ……コン中心……いる……頼……」

 

 男の姿どころか、声までもがかすれて聞き取れない。

 そもそもお前は何者なんだ。

 

「わた……エース……。……徴主……監視…………」

 

 そこで彼の声は途切れた。

 飲み屋には変わらぬ喧噪がまだ続いている。

 

 誰も先ほどの光景など見ていなかったかのように。

 

 

 今起きたことを整理しよう。

 

『エースが自爆して助けを求めてる。現状は非常にまずいと言わざるを得ない』

 

 自爆って?

 

『情報干渉を俺に使った。神の領域に足を踏み入れたけど、彼の精神が逆に侵食された。汚染されちゃったんだ。ねこです』

 

 ねこ?

 

『いや、気にしなくて良い。残る力で助けを求めてきたのがさっきのあれ。パで始まってコンで終わる場所は?』

「……あっ、パノプティコンだ!」

『ベンサムかよ。――そこに行こう。彼を斬ってやれば助かる。依頼達成だ。でも、依頼内容と報酬が不釣り合いだね』

 

 簡潔な話だ。素晴らしい。

 楽勝過ぎる。不釣り合いでも報酬が多いなら良いだろ。

 

『逆なんだ。付け加えることがある。時間制限があって、二日はもたないだろう』

 

 そうなのか。

 まぁ、急げばなんとかなるだろ。

 具体的な距離は知らないが、こぢんまりした国と聞いている。

 たぶん、防衛力もそれほどじゃないだろ。

 

『だろうね。彼の付近までは容易く行けると思う。むしろ、そこからが本番だ』

 

 なんで?

 倒れてるだろうから斬ってやるだけだろ。

 

『もたないって言ったのは彼の肉体じゃない。精神だ』

 

 ……どういうこと?

 

『彼の精神は侵されてる。神の座にいるナニカ恐ろしいモノにね』

「神ってエレティコス様?」

 

 違う。

 もっとやばいの。

 

『そう。エースの精神の大部分がやばい存在に支配されてる。もしも完全に支配されたら――彼を門として、この世界へと神に近しいナニカが降臨する。以前のように曲を弾いてサヨナラじゃまず済まない。世界がサヨナラもあり得る』

 

 まさかそんな大事とは。

 

「……じゃあさ、切り札を使おうよ。こんなときのための切り札でしょ」

『無駄。あれはせいぜい竜レベルのカード。神レベルには及ばない。世界の法則とか決定の埒外にいっちゃった連中なんだ』

 

 えっと、つまり?

 

『二日というのはエースの死の刻限じゃない。世界の破滅という刻限だ。――二日とは言ったけど、明日になったらたぶんもう手が着けられない。できれば今日中に奴を斬る必要がある。俺なら、討伐は無理でも、お帰り願うことができる。いつからここは週刊・世界の危機になってしまったのか』

 

 こんなとこに座ってる場合じゃ無い。

 

 私たちはすぐさま席を立つ。

 目的地は決まった。やることも決まった。

 

 ――で、あれば動くだけだ。

 

 

 普段はチートでの強化を好まないジェスターだが、今回は強制だった。

 

 もはや原型を失った召喚獣が空を飛び、一直線に首都パノプティコンへ向かう。

 異常な風圧を抑えてはいるがそれでも厳しいくらいだ。

 首都にはあっという間に着いた。

 

『首都の中心……あの一番高い塔だな。ちょうどいい。このまま突っ込んで』

「えっ?」

『突っ込んで、このまま塔にドカーンって』

 

 ジェスターが私を見てくる。

 

 突っ込んでくれ。

 

「直前で止まって、入口から――」

『もう一つ入口を作ると考えればいい。GO。GOGO、GO、GO!』

 

 実は楽しんでるんじゃないだろうか。

 

「い、行っちゃうよ!」

『その台詞は、夜のベッドの上で顔を紅潮させてから言って欲しかった。もちろん産まれたばかりの姿でね』

 

 突っ込んだ物音で、途中から聞こえなかったことにしておく。

 衝撃は思ったほどじゃない。思ったほどどころか衝撃も音もまったくない。

 だから、聞こえなかったことにできなかった。

 

『時空間耐性が効いてない。当然っちゃ当然か』

 

 召喚獣は確かに塔に突っ込んだ。

 外壁をすり抜けるように塔へめり込んでいき、そのまま塔の内部に入った。

 勢い余って外には出てない。つまり、ここは塔の中ということになる。

 

「夢? 頭を打ったのかな」

 

 ジェスターは頬をつねっていた。

 無理もない。

 

 塔の中には地平線があり、天井には黒雲が渦巻いている。

 さらにはポツポツと雨まで降っているときた。

 

『世界が改変されてる』

 

 地面に乱雑に置かれた数多のコップ。

 コップに貯まった水面へ落ちる雨滴が、小気味の良い音を鳴らす。

 一つや二つなら音だが、コップはここに無数にあって、リズムを作り、一つの曲が流れている。

 

『あぁ、こいつか……。超不幸中の幸いか、幸い中の超不幸か。どっちだろう』

 

 どっちみち不幸が勝ってないか、それ。

 

 コップが置き並ぶ中に彼は座っていた。

 姿形は知っている。朝に飯屋で見た彼だ。

 でも、表情はあのときよりもかなり子供っぽい。

 

「君か」

『やあ』

 

 挨拶は短い。

 

『曲を弾きに来たのかな』

「無論だよ。ここは座とは違う。聴くのも良いけど、たまには弾かないとね。頭の中にイメージが出来たんだ。それにこの力だ。今度は上手く弾けるよ。聴いていくと良い」

 

 なんだか穏やかな話になっている。

 

『止めとく。で、――弾いた後は?』

「――演奏の邪魔がなければ還るよ」

 

 男は柔らかな笑みを浮かべている。

 包み込まれる笑顔とはこういうものをいうのか。

 

『わかった。それじゃあ、心おきなく弾いてくれ』

「ありがとう。また、あの座で会おう。僕は、君の演奏を楽しみにしているよ」

 

 男は私とジェスターを一度も見てこない。

 雨音がぽつりとコップの水面に落ちる。音が鳴ると景色が変わっていた。

 

「えっ……」

 

 瞬きすらしていない。

 本当に一瞬で場所が変わった。

 丘の上に立っていることはわかる。

 ずっと先に首都があり、先ほどまでいた塔が見えた。

 

『神近傍クラスと情報操作の組み合わせは、ちょっと手の打ちようがないね。ここでおとなしく聴いておこう。それで還ってくれる』

「神? 全然、強そうに見えなかったよ」

 

 そうか?

 私たちなんて眼中にすらないって感じだったぞ。

 明らかにやばいはずなのに、敵意の欠片も何一つ感じなかった。

 たぶん私たちは背景かそこら程度にしか考えてない。

 

『神に近しい連中って、基本的に世俗の人間に興味のない奴らだから。あいつはちょっと違うけど――、おっと始まったか』

 

 都市の上に雨雲がかかっていた。

 不思議なことに雨雲は都市の真上だけにあり、動く様子はない。

 

 雲の下が黒く見えてきた。

 たぶん雨が降り始めたんだろう。

 

 なんだろう。特に何も起きてないぞ。

 以前だと、もっととてつもない気配を感じていたのに。

 

『あいつは近くに降る雨を自在に操れるんだ。コップが大量に置かれてたでしょ。人だった頃はそれで曲を演奏してた。その演奏が神に見初められて座に呼ばれた』

 

 思ったよりも地味だな。

 すごいんだろうけど地味。

 

『雨粒とコップはどちらが楽器かわかる?』

 

 雨粒じゃないの?

 あれ、でも音を出すにはコップが必要か。

 やっぱりコップで。

 

『両方だよ』

 

 どっちと尋ねて両方はずるいと思う。

 

『座ではコップ以外でも演奏もしてた。皿とか、花とかいろいろね。素晴らしい演奏だよ。でも、あそこでは手に入らないモノがあるんだ。奴がここに来た理由はそれだ。来ようと思えばそのまま来られるのに、わざわざ精神支配なんて面倒なことをしたのもこのためだね』

 

 前に来た奴は確かにそのまま来てたな。

 

『あいつは人を楽器としか見てない』

 

 ……すごい駄目な気がするんだけど、ほっといて大丈夫なのか?

 

『ほっとくしかない。端的に言えば、雨を降らせて人の反応を楽しんでるだけだから、大きな害も無い。これでおとなしく還ってくれるんなら安すぎるってもんだ』

 

 本当に帰ってくれるの?

 やっぱり気が変わって残るとか言い出さないか。

 

『二曲、三曲弾けば理解して還るよ。わからないようなら直接伝える。異世界最後に絶望級が来たと思ったけど、なんてことはない。戦闘無しのイベントシーンだ。長くなるからダンジョンでも行っとこう。モンスターが見える。ほら、後ろ』

 

 首都から目を逸らして後ろを見れば、草原地帯に点々と蠢くものが見える。

 

『……こんなイベントが偶然で起こるモノか?』

 

 雨の降る首都を見ていても何もおもしろくないので、ダンジョンへ行くことにした。

 

 

 ジェスターと一緒にいつもどおりダンジョンに挑む。

 前情報なしだが、問題はない。初級程度のモンスターが草むらから出てくるだけ。

 夕方になり、まもなく日も沈む。そろそろ引き上げようか。

 

『向こうも終わった』

 

 雨がポツポツと降り始めたと思ったら、周囲にはコップだらけ。

 例の痩せ男がぼんやり座っており、周囲の草やモンスターが消えていた。

 またしても謎の空間に移されてしまったようだ。

 

『予定調和だね。やっぱり失敗した』

 

 痩せ男は何も返答しない。

 爪をガジガジ噛んでおり、最初よりもかなり機嫌が悪く見える。

 ジロッとシュウを見て、何か言いたげだ。

 

『人を楽器としか見てない君が、人で演奏できるわけがないだろ。環境操作の力があろうが関係ない。それ以前の問題だ――人への理解が、研究が、熱意がまるで足りてない』

 

 そんなことを言って大丈夫かと思ったが、痩せ男は何も言わない。

 爪をかじり続け、いじけたように俯いている。

 

『斬ってやって』

 

 大丈夫だろうかと思いつつ、コップを避けて男の前に行く。

 そのまま何の抵抗もなく男は私に斬られた。

 

 アイテム結晶の光が残り、コップや雲も消えていく。

 ただの無機質な部屋が現れた。

 

 すぐにエースは復活したが、その場で崩れ落ちた。

 

『安静にさせる必要がある』

 

 その後も、駆けつけた兵士たちと一悶着があった。

 いつものように武力で解決してから、話し合いをおこなった。みんな納得してくれた。

 

『非常に平和的だね』

 

 うむ。

 

「そうかなぁ?」

 

 誰も死んでないし、エースも無事だった。

 

『無事じゃない。目が覚めたらラッキーくらいに考えた方が良い』

 

 ……そんなにやばいの。

 お前で斬ったのに?

 

『そりゃ、神に近しいモノに宿られちゃあねぇ。精神がぶっ飛んで、もうまともな状態には戻ら……んんっ?』

 

 シュウの声がおかしくなった。

 部屋の扉が開き、そこから見覚えのある痩せ男が歩いてやってくる。

 彼は空いている椅子を引き寄せ、私たちの側に座った。

 後ろには女性が一人ついてきている。

 

「助かった。――エース。象徴派の監視者だ」

 

 目覚めたらラッキーってはずだったんじゃ?

 

『人格のバックアップを取ってたんじゃないかな』

「そうだ。君への介入はまずいと判断し、事前に人格をカードに保存し部下に渡しておいた。そのカードが効かない状態になったのは想定外だったが、先ほど何とか状態を戻せた。ここまでの情報も補完している」

 

 よくわからんけど、話せるなら良かった。

 まともに戻らないかもってぐらいだったからな。

 

『人格をバックアップしておいて、リストアとリカバリした後をまともな状態っていうのは……。生身でやろうっていう考えが、もうまともじゃないなぁ』

 

 それよりさっさと話を聞かせてくれ。

 ……何を聞くんだっけ。

 

「我々がエレティコスに関して知っていること」

 

 隣のジェスターが俄然としてやる気を出し始めた。

 椅子から半分以上、身を乗り出している。落ちるぞ。

 

「ジェスター。神話については詳しいね。それでは神話前の世界についてはどれくらい知っている?」

「神話だと、女神プラセンタが世界を見守り、生命の種を蒔き、慈愛によって育んでいたってあった。あるとき、十二の獣が誕生し女神プラセンタを食い殺し、世界の生命を脅かした。そこでエレティコス様が――」

 

 そこからは何度も聞いた話だ。

 エレティコスが獣どもをバッタバッタと斬り倒し、世界に安寧をもたらしたんでしょ。

 私たちの世界にも似たような作り話がいくつもあったぞ。

 

「作り話じゃない。これは事実だよ」

「事実ではない。作り話だ」

 

 ジェスターがギロッと睨むが、エースは涼しい顔である。

 

「神話は作り話で、神は人――異端者だった」

「異端者は貴方たちでしょ!」

 

 話には聞いていたが、これが象徴派か。

 三カ国とはベースが違うな。そもそもエレティコスを神と認めてない。

 

『その話、俺はもっと早く知りたかった。話の流れがだいたい読めた。証拠があるんでしょ。異世界間のパスに注目してたのはそれでかな』

 

 エースは頷いた。

 

「どういうこと?」

『現状での、神話と事実とを整合してみよう。まずエレティコス――彼は実在した。異世界だ。ダンジョンでボスをしてる。さらに彼はダンジョンの法則をここへ送っている』

 

 そうだな。

 法則を送ってるのはよく知らないが。

 

『次に、十二の獣。これもいた。数は微妙だ。もっと多かったかもしれないし、少なかったかもしれない。アドミラシオンの竜もその一体だとすれば、一体一体が超上級のボスとみていいだろう』

「我々もそれらの存在に関してカードを二枚提示できる。キャトル」

 

 今まで影のようにエースの後ろに立っていた女性が一枚のカードを見せてきた。

 表面には、……砂時計? なんかそれっぽいものを抱えたあどけないモンスターが映っている。

 

「も、もしかして因果の刑獣デスタン……?」

 

 ジェスターの指先が震えながら札に向かう。

 よく見ると提示しているキャトルなる女性の指も震えている。

 

「私がこの国の代表になって、そのカードを発見した。そして、ここより遙か東にある、ブライデンの街の外れで使用をした。街の外壁は石に戻り、草木は種と粉に、人は産まれる前の形にまで戻された。街は壊滅だ。使用者も巻き込んだ。カードだけがそのままの形で残されていた」

 

 にわかには信じがたい話だ。

 

「……もう一枚は?」

「死別の理獣エテルネル。こちらは悪いが見せられない。表面に描かれた獣を見るだけで人が死ぬ。同士の命が十五も奪われた。利用せず封印している。キャトル。これに再度封印を」

 

 キャトルがカードを使うと、砂時計の札を何重にも帯が巻かれ、さらに文字が浮き出た。

 封印が終わり、彼女はようやく一息入れた。

 

『すごいね、本当の封印だ。超レア能力だよ。欲しいなぁ』

 

 封印は、私が持っていない数少ない状態異常付与だ。

 特に封印はシュウも狙っているが、なかなか取得条件がわからないらしい。

 

「我々はエレティコスが神だという世論を疑う立場だ」

『それなのに神話時代のカードを見つければ見つけるほど、彼の所業を認めざるを得なくなってきたと。獣はカードの形で見つかった。何者かに倒されていたことになる。こんな獣を倒せるのはの神しかいないのではと、考えざるを得なかったわけだ。それで隠してた。使わなかったのは賢明だね』

 

 エースは長く息を吐く。

 

『エレティコスなんてそもそも存在しなきゃいいとも考えたけど、残念ながらいた――いたどころか、まだいることまで実証された。これはまずいってことでそもそも神じゃないよねって話に持っていきたい訳だ』

「それで異端者なの! こんなこと神様じゃないとできないよ!」

 

 ジェスターが納得いかないとエースを睨んでいる。

 

『それだけなら神じゃなく英雄でも良い。異端者って呼ぶくらいだ。俺たちが来た理由もまさにそれ。エレティコスがやらかしたであろうことの一つがまだ残ってる』

 

 それは?

 

『最後の整合になる。まだ登場人物が一つ足りてないよね。――女神プラセンタだ』

「我々は調べた。彼女がどこで獣たちに食い破られたのかを。僥倖にも、断片的な史料をつなぎあわせ女神プラセンタの情報をまとめることができた」

 

 後ろの女性が資料を取り出して、スッと私に渡す。

 

 ふむ……読めんな。

 任せた。

 

「まっかせておいてよ!」

 

 ジェスターが私の手から資料を奪い取り、食い入るように資料を読んでいく。

 

 目を蘭々に光らせ、口も開きながら読んでいたが様子が変わってくる。

 瞬きを忘れ、口も閉じて、食い入るように目が文字を追う。

 大丈夫かと呼びかけたが聞こえていない様子だ。

 

「……あの遺跡がそうなの?」

 

 ジェスターが言うには、女神プラセンタのいたらしき場所が最初に私たちが出会った神殿。

 その神殿からは魔力の反応が極めてわずかしか確認できなかった。

 さらに、意味がわからない情報が流れ込んでいた。

 その先が異世界と解析できたのは数年前。

 とりあえず監視をしていたらしい。

 

『俺たちがエレティコスを倒して、異世界との太いパスを発現させた。そこから先は知ってのとおり』

 

 別にどうってことはない話じゃないか。

 

『女神プラセンタが殺されたであろう場所には、異世界への通路があって、その先にはエレティコスがいたってこと』

「それって、女神プラセンタ様に代わって、エレティコス様が神になったってことだよね!」

 

 信者大興奮。

 耳元で騒ぐのはやめてくれ。

 

『でも、象徴派でその考え方はしない。エース達はもっとひねくれて考えただろう』

 

 エースはまたしても頷いた。

 

『俺もエースを支持する。魔物に食い殺された女神に代わって、奴は神になったんじゃない』

「じゃあ、なんなの?」

『あの遺跡は何もなかったけど、魔力反応もほぼなかった。あのときは、こっちの世界の特徴かと思ったけど、違うってわかった。むしろ魔力はこっちの世界のが濃い。メル姐さんはわかるでしょ。魔力の異常な減少は竜の扉付近の特徴だ。さらに言えば、あの遺跡の広間には扉が二つあった。片方は開いてたけど、片方は閉じていた』

 

 今まで話にまったくついて行けなかったが、一気に話が見えてきた。

 あそこにいたのは竜の可能性が高い。それなら異世界をつなぐ扉があって通路もあった。

 奥の部屋に、竜がいたんだな。

 

「奥の部屋……。ウチ、最初にそっち行ったよ」

『何があった?』

 

 シュウがすかさず尋ねた。

 

「何もなかった。行き止まりだった」

「私も確認済みだ。あの部屋には何もない」

 

 あれま。

 予想外だな。竜でもいたのかと思った。

 いや、倒した後だから何もなかっただけかもしれない。

 エレティコスが竜を倒して、異世界に行った。

 

「やはり彼が女神を殺していたか」

 

 そこはどうでもいいな。

 神だろうが異端者だろうがどっちでもいい。

 気になるのはそこじゃない。

 

「順序がおかしいよ。女神様はもう獣に食い殺されてて、その後で彼はそこに行ったんでしょ」

 

 神話を信じるならジェスターが正しい。

 私もそっちのほうがすっきりして好きだ。

 でも、女神が死んでたらエレティコスは異世界に行ってないぞ。

 

「ぐぬぬ。じゃあさ、どうしてエレティコス様が女神様を殺すの?」

 

 そこだ。

 私もエースの話にはそこが足りていないと感じた。

 女神は竜だったのかもしれないが、エレティコスが殺す理由がわからない。

 ダンジョンを送り込んだのは知っているが、倒す前に、「この竜を倒せばダンジョンが作れる」なんてわからないだろ。

 

 私にしては良い疑問だったようでエースは回答に窮した。

 これ以上は水掛け論になりそうだからやめよう。

 

『エースが答えられないなら俺が答えよう。エレティコスは修羅であり英雄だ。ここはエースも認めてくれるだろう』

 

 エースの代わりにジェスターが首を振る。

 

『彼はヤバすぎる獣を次々に狩り殺していった。実際には彼一人じゃないだろう。多くの仲間と一緒に戦っただろうね。たくさんの戦友を見送った。救えない罪のない命もあっただろう』

 

 ジェスターは目にあふれる涙を手で拭っている。

 今の泣くところあった?

 

『しかし、狩れども狩れども獣はなかなか減らない。そこで彼は獣がどこから現れるのか、その根源を調べた。元を根絶させようとしたんだ。俺でもそうする』

 

 私もその案に賛成だな。

 ダンジョンがなくなればモンスターはいなくなる。

 私はやらないけど、モンスターをなくすには根源のダンジョンを壊すのが確実だ。

 

『敬虔なるエレティコスの信者ジェスター。女神プラセンタはどんな神だったかな? もう一度教えてくれる』

 

 シュウから突如、話を振られたがジェスターを落ち着いて答える。

 

「女神プラセンタは世界を見守り、生命の種を蒔き、慈愛によって育んでた。でも、十二の獣が誕生し――」

『そこまででいい』

 

 話に熱が乗ってきたところで打ち切られる。

 打ち切られた側は非常に不満そうだ。

 

『つまり、そういうことなんだ』

 

 どういうこと?

 

『女神が獣を生み出してた。女神なんて言い方はやめよう、どこかに居るかもしれない女神に失礼だ。――竜が獣を生んでた。獣の種を蒔き、悪意によって育み、災いの成長を見守った。その結果が十二の獣とやら』

 

 女神だと抵抗があるが、竜に変えるだけであり得ると思うから不思議だ。

 あいつら碌な事をしないからな。

 

『エレティコスがそれに気づいたから戦った。彼はこの戦いかその後で負傷した。彼は手に入れたカードに祈った。「自分のことはどうなってもいいから、この世界を魔物の闊歩しないようにしてくれ。世界の人々に安寧を」ってね』

 

 それで世界がこうなってると。

 

『世界がこうなっている、ねぇ――まぁ、そうなるかな。俺も、もう一度だけ言っておこう。彼をなんて呼ぶかは各自の勝手だし、主義や派閥とか本当にどうでもいい。神話の真偽もこの際は脇に置こう。ただ、この世界の今を生きる者としてやるべきことは、彼にきちんと伝えることだと俺は思う。「平和な世界になっている、ありがとう」ってね』

 

 誰も何も言わない。

 一日にいろいろありすぎて、もうパニックだ。

 今日は休み、明日になってから落ち着いて考えることとなった。

 

 

 それぞれ分かれて部屋に行く。

 部屋につき、ベッドに腰掛け一息ついた。

 

 ちょっといいか。

 

『どうぞ。エースの盗聴は偽情報を流してるから心配しなくて良い』

 

 よくわからんけど、それなら遠慮なく――お前、何か隠してないか。

 

『メル姐さんにあっては、なぜ――そのようにお考えですか?』

 

 その口調がもう何か隠してる感がすごい。

 いや、一周回って別に何も隠してないけど、単に馬鹿にされてる気もしてくる。

 

 エレティコスに伝えるべきことは、本当だと感じた。

 彼が苦難の末に獣やらを倒したところも、そうだったんだろうと思った。

 ただ、エレティコスが竜を倒したから、世界がこうなったって言ったところで、お前が煮え切らない返答をしたのが気になった。

 

『あら、俺のせいか……。それは単に誤解だね』

 

 誤解?

 

『俺が質問をひねくれて受け取った。あのときメル姐さんは世界が「こう」なってると尋ねたけど、「こう」ってどんなの?』

 

 いや、だから、そのなんて言うんだ。

 お前が言ってただろ。

 

『エレティコスが元の世界にいて、ダンジョン法則をこっちの世界に送っているから、この世界がダンジョンにあふれている。魔物もダンジョンに封じられている。そんな状態のこと』

 

 まさにそれ。

 

『ああ、やっぱり誤解。その部分は間違いないと思う。気に留めることはない』

 

 あら、そうなのか。

 気にしすぎてたみたいだな。

 

 今日はもう疲れた。睡魔が襲ってきている。

 さっさと寝ることにしよう。

 

 意識が落ちていくことを感じながら、ふと思った。

 

 その部分は間違いないと思う……、と奴は言った。

 それなら――、どの部分は間違っているかもしれないのか?

 

『その話はもう終わってる。後は世界の中心としてただ見つめるだけ――』

 

 

 

 すでに意識は途切れつつあり、疑問もシュウの言葉の意味も意識の底に沈んでしまった。

 

 きっともう、浮かんでこない。

 

 

 

6.未来の道化師:ジェスター

 

 エースの件から一ヶ月が経った。

 特に世界は変化がないのだが、大きなイベントが行われることになった。

 初の四カ国首脳会談だ。秘密裏で行われることになり、今は現地へ向かっている。

 

 ジェスターにとっては長い一ヶ月だった。

 そもそもこの会談は、彼女のこの一言から始まったのだ。

 

 

 ――エースと話をした翌日。

 

「ウチ、エレティコス様にお礼言いに行きたい」

 

 どこにいるのか理解しているのだろうか。

 異世界だぞ。長旅なんてレベルの話じゃない。

 

『転移魔法ですぐと考えたら、むしろ隣国よりも近いと言えるけどね』

 

 屁理屈だ。

 だいたいダンジョンのボスだから話も聞かないぞ

 

『過去に人の話を聞くボスもいたよ』

 

 ……いたっけ。

 

『いた』

「それなら! ウチも話せるよね!」

 

 わざわざ来なくても私が伝えておくぞ。

 

「それじゃ駄目なの!」

 

 なぜだ?

 異世界転移されたのは私だ。

 私が伝えるべきだと思う。きちんと伝えておくぞ。

 ダンジョンに溢れた良い世界だったと。

 

「メルのは、ダンジョンがあればどこだって良い世界ってなるでしょ。ウチのは違うの!」

 

 違うらしい。

 それなら来てみるか。

 

「ほんと! いいの?!」

 

 でも、言葉が通じるのか。

 なんか変なことになってなかったか。

 

『そこだね。話は聞いてくれるけど通じない。これはメル姐さんでも同じ。チートではバグを直せない。余計おかしなことになる』

 

 駄目じゃん。

 どうやって伝える予定だったの?

 

『文字で伝える予定だった。手紙だね。きちんと心を込めて書けば伝わるでしょ。よし、ジェスターに書く権利をあげよう』

「文字じゃ駄目だよ! こういうのは直接、顔を見て言うべきでしょ」

 

 お前はただエレティコスに会いたいだけだろ。

 もう手紙でいいじゃないか。

 

「やだよー。期待させてそれはひどいよー」

 

 腕をつかんでぐらぐら揺らすのやめてくれる。

 異世界転移みたいで気持ち悪い。

 

「なんか考えてよー」

 

 ほら、さっさと考えろ。

 

『どうしても言葉で伝えたいの?』

「うん!」

 

 元気な返事だ。

 たぶん何も考えてない。

 

『――最後の結末に責任を持てる?』

「持てる!」

 

 意味のわからない質問にさらっと答える。

 今の尋ね方はわりと真面目だったはずだが、ジェスターは気にしてない。

 

『ほぉ。じゃあ、エレティコスにダンジョン法則の送信を止めるよう伝えてもらえる?』

「伝えるよ!」

 

 そんな話もあったな。

 お礼とダンジョンの法則を止めることを伝えなきゃ駄目とか話してた。

 

『ふむふむ。エレティコスと戦える?』

「もちろん戦えるよ! ……え?」

 

 戦うの?

 

『最後の質問。エレティコスに勝つまで挑み続けられる?』

 

 ジェスターの返答がやっと止まった。

 

「エレティコス様と戦うの?」

『あいつは向こうでボスをしてるけど挑戦者が死なない。あれはおかしい。絶対、死ぬような攻撃がいくつもあったのにね』

 

 そういえばそうだな。

 ハンドボウでも、岩落としでも普通に死ぬ。

 でも、挑戦者が死なないから有名なダンジョンでもある。

 

『あいつがあっちの世界で人を殺したら、人がカード化してその後で復活するんでしょう』

 

 こっちの私みたいなもんか。

 

『そうそう。それでジェスターにはエレティコスを倒してもらう。彼をカード化してもらうんだ』

「ウチが、神様を?」

 

 そうなるな。

 

『エレティコスのデッキで報酬が変わるはずなんだけど、メル姐さんじゃお遊びと対人しか引き出せない。対獣デッキを引き出して欲しい。例の翼もそのときだけ返そう。着けるだけで力は発揮しなくて良い。万が一、発揮したらメル姐さんに斬らせる』

 

 むごい。

 それはともかく負けたら死ぬんじゃない?

 

『あっちで戦えば、カード化されて元に戻してもらえるはず。それにジェスターが勝てば彼をカード化できる。チートでエンコして使えば、ちゃんと話せる状態で復活させられるはず。その後で話したいだけ話してどうぞ』

 

 ふーん。

 

「ウチが神様と戦って、しかも勝って、さらにカード化して、とどめに復活させる?」

 

 そうだな。

 そこまでいって、ようやく本題の話をする。

 

『順序はたぶん違うね』

 

 あっそう。

 負けても再挑戦は可能らしいぞ。

 

『行くなら中途半端は許さない。全部やりきってもらう。もしかしたらそれでも話はできないかもしれない。どうする。それでも本当に行きたい?』

「――行く」

 

 今度はちゃんと考えて返答した。

 シュウは認めた。それなら私も認めざるを得ない。

 

 その後、ジェスターはエースに自分も異世界に送って欲しいと伝えた。

 

「ウチも異世界に行くから送って」

「断る」

 

 こんな身も蓋もない会話だったが、シュウが口添えしたらあっさりOKされた。

 

『ジェスターがこの世界にいたら象徴派としては面倒なことになる。向こうの世界に送りつけて帰らぬ人にした方が良い。よしんば帰ってきても、行かないよりは行かせたほうが好都合になる』

 

 あ、そう。

 なんか物騒な話の気がしたがどうでもいい。

 

 それじゃあさっそく戻るとするか。

 

『今、行っても絶対に勝てない。エレティコスの対人デッキですら勝負にならない』

 

 じゃあ、どうするの?

 

『修行あるのみ。決戦用デッキを使いこなせるようにして、その後は四カ国のトップを集めて話をするくらいかな。もちろん彼らと戦えるくらいには鍛える』

「……マジで?」

『無理そうなら来なくていいよ』

「シュウ、ひどい!」

 

 それでも彼女はがんばった。

 シュウの修行はいつになくスパルタだ。

 その結果、ジェスターは決戦用デッキを扱えるようになった。

 

『まだ足りない。使えてはいるけど、使いこなせてはない』

 

 そりゃそうだろ。

 今の状態でも十分すごいと思うぞ。

 

『上の下じゃ上の中以上にはよほど相性が良くないと勝てない。ぶっちゃけ運だ。最低限の勝負ができるようにはしたい』

 

 後は何が必要なんだ。

 上の中は異常なカードと才能が必要なんだろ。

 才能がないジェスターがどうやったら上の中に行けるんだ。

 

『強くなろうと自らを鍛え抜く努力。自分の使うカードに対する厚い信頼。それに、ここまで来た自分を支えてきた人との友情や繋がり』

 

 努力、信頼、友情ねぇ。

 それだけで奴に勝てるのか。

 

『難しい。でも、ここにあと一つ隠し味を加えると勝てるようになるんだ』

 

 ほう、それは?

 

『もちろんチートだよ。タイトル忘れたの?』

 

 それ隠し味じゃないよな。

 チートが入ったら最初の三つが要らなくなるぞ。

 ジェスターはチートを使わないって言ってただろ。あとタイトルって何。

 

『デッキのカードがチートありきなんだから、今さらチートは使わないとか五十歩百歩なことを言ったところで笑うしかない。まあ、最初の一戦か二戦くらいは好きに挑ませてやろう』

 

 ジェスターにとっての本当の敵はこいつなのかもしれない。

 どうにか初戦か二戦目で倒して欲しいと祈るしかない。

 

 

 ついに会談の開催地にたどり着いた。

 場所は私とジェスターが出会った謎の遺跡である。

 中はシュウが調べており、わずかな魔力以外は語ることもないらしい。

 奴が言うには、もう全てが終わっているとのことだ。

 後は見守るだけとか。

 

 四カ国のトップが広間に揃い、彼らのお供も付き従う。

 

 ジャックには、老人のオジェにもう一人の使い手。

 クイーンには、彼女の車を出す奴ともう一人の使い手。

 キングには、ジェスター父と鎧のおっさん。

 エースには、封印術式の使い手の女性と戦闘専門の奴だ。

 あと私にジェスターだ。

 

 一番目立っているのは四カ国の首脳ではなく、ジェスターの父だった。

 あの服装でここまで来たということに敬意を表する。もはや畏怖だ。

 

 話す内容はすでに手紙で通知している。ぶっちゃけ話すというよりも、見に来てねという類いのものだ。

 

「――知っているかどうかわからないが、彼女は異世界から来た」

 

 エースが、開催国のジャックに慎ましすぎる謝辞を述べた後、私を紹介する。

 みんな驚かない。なんか納得してる様子だ。

 

「彼女は、彼女のいた世界であるダンジョンのとあるボスを倒し、ボスの転移魔法陣によりこちらの世界へとやってきたのだ。そして、この遺跡は彼女の世界と繋がっている」

 

 わずかにざわついた。

 ジャックやキングは話をしている。

 クイーンは何か納得している様子だった。

 

「本題は異世界との繋がりではない。彼女が倒したボスだ。ボスの名は――エレティコス」

「それはまことかっ?」

 

 クイーンが席を蹴って立ち上がる。

 キングも驚いているが、ジャックはふーんというくらいだ。

 

 本当だぞ。

 証拠品はお前がもう持ってるだろ。

 ボスとのドロップアイテムがあの火炎虎だ。

 私がジェスターに渡して、ジェスターがお前に渡した。

 

「……もう、隠し通すことはできんか」

 

 クイーンが手にカードを取り、白く光らせる。

 

 彼女の脇に炎に包まれた虎が現れた。

 虎はクイーンの側を離れ、人の居ない方へ歩いて行く。

 しばらく見ない間にすごい人間不審になっているような気がする。

 一体何をされてしまったのか。

 

 キングは驚く様子がない。知っていたのだろう。

 ジャックは驚き、不適に笑っている。戦ってみたいのかもしれない。

 

 エースは淡々と事のあらましを述べていく。

 

 エレティコスが実在したこと。

 彼が神話で出てきたようなモンスターを倒したこと。

 さらに、彼が獣を生み出す女神――竜を倒して異世界に行ったこと。

 彼が異世界からダンジョン法則をこの世界に送り続け、世界が安全となったこと。

 

 いくつか質問も出たが、エースとシュウ、あと私で答えられることは答えた。

 

「エレティコスに礼を言いに行く。本来はメルだけが行く予定だったが……」

「ウチが異世界に行って、直接エレティコス様にお礼を言ってきます」

 

 エースと私以外の全員がざわついた。

 

「なんであの道化師が?」

「なぜジェスターが?」

「どうしてジェスターちゃんが?」

 

 彼らの疑問がはっきりと聞こえてくる。

 

「我ら四カ国の誰かが行けば後で角が立つ。彼女が適任だろう」

 

 即答で却下した人間の台詞とは思えない。

 

「行って礼を言うだけなのか?」

 

 ジャックが尋ねた。

 誰に尋ねたのかはわからない。

 エースが答えようとしたところでジャックは続ける。

 

「違うよな。戦うつもりだろ。俺も行かせろ。戦ってみてぇ」

 

 戦闘大好きな脳筋らしい発言だ。

 

「余、余もエレティコス神の顔を拝みたい。なんなら握手やサインも……」

 

 神オタクが落ち着かない様子で一人語りを始める。

 誰も話を真面目に聞いていない。

 

「ジェスターちゃんが行って、エレティコス神と戦うってことはわかった。戦う理由があるんでしょ。それを聞かせて」

 

 キングがまともに話を進められる質問をしてくれた。

 

 エースが淡々と解説をしてくれる。

 

「つまり、俺でも良いってことだよな」

「良くはない。誰か一人が行けば角が立つ。話を聞いてなかったのか」

「じゃあ、全員で行けばいいじゃねぇか」

「異世界の転移ができるのは私だけ。魔力を大量に喰うため二人が限界だ。メルは確定として、残りは一人だけになる。」

 

 その後、クイーンが余も余もと言いだし、キングも僕もとか言い始め収拾がつかなくなった。

 最終的にどうなったかと言えば、実力勝負である。

 

『予想通りだね』

 

 エースは残りの三人にあきれ果てている。

 決まったら教えてくれと、さっさと広間から出て行ってしまった。

 

「ウチが行きたいって言ったんだから、他の三人と戦うよ」

 

 ジェスターが声を出す。

 他の三人はかまわないと頷いた。

 

 誰もが彼女を篩としてしか考えていないだろう。

 この三人はかつてジェスターに余裕で勝った奴らだ。

 まさか彼女に負けるとは露ほどにも思っていない。

 

 彼らが知っているのは昔のジェスターだ。

 熊や他の召喚獣をぽこぽこ出して適当に強化するだけの地味な戦法。

 地味故に堅固な強さがあったのだが、今の彼女はその先に踏み込んでしまった。

 彼らの誰もそのことにまだ気づいていない。

 

 だから、彼らは――今のジェスターに勝てない。

 

 死に物狂いの努力で強さを得た狂剣士は、自らのカードに怒りをもち、戦士とは一人で戦い抜く者だと信じた。

 自らのカードを絶対的に信仰する夢魔は、ただ夢見るのみで敵を蹴散らし、自分の世界をひたすらに広げていった。

 他者の繋がりを基盤に生きる白痴は、自らが鍛えるまでもない。ただ繋がりのみでその地位を守っている。

 

 彼らには努力、信頼、友情あるいは繋がりのどれか一つしかない。

 その三つを手にしたジェスターは才能こそないが、彼らにとって向こうずねを蹴られるような存在だ。

 彼らに何が足りていないのかを戦闘において明白に示してしまう。

 

 生死を問う勝負なら彼らが勝つだろう。才能にあふれ、カードにも恵まれた彼らだ。

 カードに恵まれただけのジェスターが及ぶことはない。

 

 しかし、これは誰がエレティコスに会いに行くかを決める勝負である。

 自らが彼らの神と会う資格がないことを、その恵まれた才能と才覚が気づいてしまう。

 

 彼らは、ジェスターにその権利を譲った。

 譲られた側は、謹んで権利をその手に受け取った。

 

 ちなみに、行く気がないようだがエースはどうなのかとシュウに尋ねた。

 

『奴は努力、信頼、友情の三拍子が揃ってる。力と資格だけなら彼が最有力だろう。でも、彼にはもっと根本的なモノが欠けてるんだ。――信仰心。自分と周囲を信頼しきって、自らの及ばない領域を信じていない。外側への興味が欠ける。このレースのスタート地点にすら立ってない』

 

 辛辣な意見だが、この勝負から立ち去った様子を見るに正しかったと言える。

 それでも神に近いモノに宿られ、そのうち見解も変わってくるだろうとは話していた。

 

 ともかく、こうしてジェスターが私と一緒に元の世界へ行くことになった。

 

「やっぱウチが、エレティコス様に伝えないといけないってことだよね。ね、ね」

 

 どやぁと私に言ってくるが、がんばったのは本当なので言わせておくことにした。

 

 

 さて、広間にエースも戻ってきて、さっそく元の世界に戻ることとなった。

 

「用意はいいか?」

「大丈夫」

 

 私もかまわない。

 

「発動する」

 

 エースのカードが橙色に輝き、世界が歪み始めた。

 

 以前の転移とはだいぶ違う。

 かなり緩やかな変化だ。前回が崖から飛び降りる感じなら、今回はロープで吊り下げられてる感じ。

 元の世界に戻ったとわかっても違和感がほとんどなく本当に転移をしたのか疑うほどである。

 

「ここが異世界?」

 

 見覚えのあるボス部屋だった。

 どうやら入口の扉近くに送られたらしい。

 

 奥にはこれまた見覚えのあるボスが仁王立ちしている。

 

「ねえ……、ううん、わかる。あの人がそうなんだよね」

 

 そうだ。

 

「思ってたとおりの人だ」

 

 初めて戦ったときは背の高い逞しい男くらいだったが今は印象が少し違う。

 異世界でいろいろと見てきて、その印象はだいぶ変わった。

 

 その精悍な顔つきは戦いの中にいたからだ。常に戦場だったのだろう。

 赤く焼き付いた顔も、日に射されつつも世界中を渡り歩いた証だと考えられる。

 体のところどころに見える火傷や怪我の跡も、獣たちとの長い戦いをくぐってきた道を示す。

 

「神話に出てくるとおりよな!」

 

 何か声が聞こえた。

 

「えっ、クイーン? どこから?」

「今、エースにお主の視界情報をこちらに送ってもらっておる。壁に映して皆で見ておるぞ」

 

 そんなことできるのか。

 

「これすごいねぇ、もしかして他の国にもこういうことしてるの?」

「おい、もっと奴を映せねぇのか。よく見えねぇぞ!」

「……うるさいなぁ」

 

 他三人のトップ達の声も聞こえてくる。

 

 それでどうするの?

 

「話は後。まずはこのカードを返す」

 

 ジェスターがエレティコスへと歩いて行き、彼の前に立って二枚のカードを差し出した。

 一枚は奴の切り札で、もう一枚はクイーンから返してもらった虎だ。

 彼は組んでいた腕を解き、そのカードを手に取る。

 

「お返しします」

 

 今はそれだけである。

 彼女はこちらへと歩いて戻り、また彼と対峙した。

 

「それじゃあ、話をするため――神様、あなたに勝つ!」

 

 気合いを入れつつ宣言し、ジェスターがいつもの初手を出した。

 ぬいぐるみの熊である。

 

 エレティコスがそれを見て、懐かしそうに目を細めた。

 彼の手に札が現れたが、ジェスターはさらに熊に装備を着ける。

 藍色の光が発せられ、ジェスターの背に気持ち悪い翼が生えてきた。

 

 エレティコスの表情から懐かしさが失われた。

 顔を硬直させ、自らの手札を消した。すぐにまた手札が現れる。

 

『思ったとおりデッキを変えたね。お遊びデッキから対獣デッキだ。覚悟を決めて戦ってね』

「もちろん!」

 

 エレティコスが自らの手札を示す。

 カードには見覚えのある火炎虎が描かれていた。

 

「ずいぶんと儀礼的だね。出すカードを相手に見せるなんて」

 

 彼の前に、ジェスターが返したばかりの火炎虎が現れた。

 火炎虎は主人の側に付き、そっと頭を彼に寄せ、彼もまた虎の頭を撫でる。

 手が燃えてものすごく熱そうなのだが、特に問題ないようだ。

 

「見よ! エレティコス神が炎虎マルスを出したぞ!」

 

 「撫でておる! 撫でておるぞ!」と神オタクが叫んでいる。

 ジェスターの顔は緊張と喜びが入り交じり、どうしていいのかわからないといった様子だ。

 

「最初はこれだ!」

 

 ジェスターの手札から白い光が輝いた。

 熊の脇に黒の剣を持った影の剣士が召喚される。

 

 これが彼女の決戦用デッキである。

 私があちらの世界で斬った人たちのドロップアイテムを、ジェスターがカードに変換してデッキに組み込んだ。

 チートというか異世界人ありきのデッキだ。

 

「初っぱなから俺かよ。よっしゃ! 斬ってやれ!」

 

 ずばり影の剣士はジャックだ。

 効果もほぼ同じ。徐々に鎧をまとって強くなっていく。

 逆に言うと最初は驚くほど弱い。もちろんジェスターが扱い切れてないだけである

 

『相手を油断させるのにはちょうど良いよね』

 

 エレティコスも、何が出るかと思えばただの影人だったので手が止まっている。

 

 やや悩みつつもカードを一枚、こちらに見せつけてくる。

 描かれているのは、手や足、首に枷を着けられた多くの魔物達だ。

 

「おい爺、あれってまさか――」

「そうじゃな、あの絵じゃ」

 

 カードは白に輝いて、周囲からは様々な魔物が湧き出てくる。

 どの魔物も体のどこかに枷が填められており、枷を引きずるように寄ってくる。

 

「壁画に描かれてた獣だ。十二の獣の一体。罪禍の使獣オルドル」

 

 ジャックの洞窟で見た記憶があるようなないような、記憶にはほぼないな。

 それよりも一体という割に少なくとも十体はいるんだが。

 強くはないが数がどんどん増えていってる。

 熊と剣士では相性が悪い。

 

「奴らは群体。その全てがオルドル。一体一体を倒しても意味がない。まとめてやれ。わかるな、ジェスター」

「うん! 力を借りるね! クイーン!」

 

 クイーンからアドバイスを受け、ジェスターはカードを選んだ。

 まとめて潰すならやはり彼女を置いて他にいない。

 

 エレティコスの真似をしているつもりなのだろうか。

 彼女も自分のカードを彼に見せつけてから、カードを使う。

 

 すぐに影の女王が現れた。

 女王は色とりどりの光に包まれ、周囲の獣を殲滅していく。

 ときどき黒の鎧の剣士も巻き込んで、獣たちをどんどん一掃していった。

 

「すごいねぇ、あっという間だ」

「おい、お前の影が俺も攻撃してたぞ!」

 

 なんだか向こうも楽しそうだ

 

 エレティコスがカードをこちらに見せている。

 そこに映っているのは、無数のトカゲに似たモンスターだ。

 

「大悪の喰獣レザールか。神話では聖炎に燃やし尽くされていただけだが……」

 

 すっかり解説役になってしまった。

 召喚系かと思ったが、紫に光って消えた。紫ってなんだっけ?

 

「妨害系。周囲八方に反応あり」

 

 オルドルを攻撃していた女王の攻撃が消えていく。

 攻撃は出るが、魔物に接触する前にどこかへ飛んで消えてしまう。

 

「八方の空間が攻撃を食べてるんじゃないかな」

 

 キングが予想を述べるが、対応策がない。

 魔法攻撃を吸い取って食べるなんてどうやって防げばいいのか。

 

『簡単だよ。数には数を。食べきれない量の攻撃をすればいい。場に女王がいるなら、フィールドは夢だ』

 

 それなら……。

 ジェスターの手札には、靄に包まれた札があった。

 彼女は札をエレティコスに見せる。表面は靄が覆われ何も読み取れない。

 

 光は虹色。

 

「虹色……すごいねぇ。初めて見たよ」

「あ……、あっ……」

 

 周囲が靄に覆われていく。

 どこかから戦士やよくわからないモノが軍靴を鳴らしてやってくる。

 

「やだ、こないで……」

 

 攻撃が始まった。

 周囲のオルドルに加え、攻撃の吸収も発動しているが、それを上回る量の攻撃が飛び交っている。

 妨害効果も徐々になくなっていき、ついにオルドルへも攻撃が通るようになった。

 

「や! ご機嫌麗しゅうですな!」

「ああああああ! いやああああああ!」

 

 クイーンの叫び声が周囲に響く。

 他の人たちに押さえつけられたようで、しばらく向こうから慌ただしい音が聞こえてきた。

 

『あぁ、せっかくの解説役が……』

 

 オルドルも残り数体になり、エレティコスが新たな札を見せる。

 絵には私たちとエレティコスが映し出されている。札はそのまま青い光を生じた。

 

「ややや! ひどい! せっかく――」

 

 声が消え、靄の戦士達も全て消えてしまった。

 さらに影クイーンの攻撃が一気にしょぼくれてしまう。

 

『フィールドのリセット。強制的に現実に戻すか。これは天敵だね。完全な幻想じゃなきゃ問答無用でさよならだ』

「現実ってまさか実存の現獣アクチュエルだったの?」

 

 さらにエレティコスは札を見せてくる。

 絵には何も描かれていない。真っ黒ではなく、真っ白になっている。

 

「何も映らない。……空虚の零獣リヤン?」

 

 それがどんなものなのかの解説はない。

 解説役が脱落したのが惜しまれる。

 

 札は緑色の光を発した。

 トラップだが伏せてない。

 時間稼ぎが目的の何かだろう。

 

 視界が消えた。

 視界どころか音すらも消えてなくなった。

 地面に立っている感覚もなくなっていく、もしかして無敵状態かとも思ったが違う。

 

『おもしろいカードだね。自己の確立を強制させるなんて。物理攻撃が効きづらい奴でも、ある程度の時間稼ぎができる。自己概念が薄い奴ならこれだけで封印ができる』

 

 お前の声だけは聞こえるんだな。

 

『俺には何の変化もない。ジェスターの声や姿だって今もちゃんと映ってるよ。早く戻ってきた方が良い。メル姐さんはダンジョンを攻略する自分だけを考えればすぐ戻れる』

 

 ダンジョンを楽しく駆け回ってる自分を想像する。

 視界がまた大広間に戻った。召喚獣による戦闘はまだ続いているがジェスターは突っ立っている。

 彼女の召喚獣たちは果敢に戦っているが、夢のフィールドがなくなって厳しい戦況だ。

 数匹だったオルドルがまた増え始め、時間が経つほど不利になっていく。

 

 ジェスターはまだあの中にいるのか。

 早く戻らないと、数で潰されてしまうぞ。

 

『そうなんだけどね。なかなか難しいみたい。自己中で単純すぎるのも考え物だけど、信仰深いのも考え物だ。神の存在を世界の中心にしてしまう傾向がある。自分が何なのか見つめ直す良い機会だね。助言はしたからそのうち戻ってくるよ』

 

 悠長なことを言ってる場合か。

 このままじゃ為す術なく負けてしまうぞ。

 

『相手が、信仰する神その人だからね。初回でこれを脱するのは難しい。…………おっと、思ったよりも早かった』

 

 ジェスターは、はっとした様子で周囲を見渡し、戦況が一変していることに気づいた。

 こちらが殲滅する側から、殲滅される側に移っていると理解はした。

 影ジャックが鎧を着け強くなっているが、基本的に単体攻撃だ。

 範囲攻撃の影クイーンが弱くなったのは厳しい。

 

 手札ではどうしようもないようで、諦めそうな表情になりつつも彼女は相手を見る。

 奴は相変わらず、戦況を見守っている。このまま圧殺するつもりだろう。

 ジェスターは、彼女の神から目を逸らし、自らの熊を見た。

 

 ――熊の翼が青く光ったのはこのときである。

 

 おい、あのときの光が出たぞ。

 どうする? 斬るか。

 

『待った。奴が動いた』

 

 先ほどまで動きなく戦いを見守っていたエレティコスが手札を使った。

 手札をこちらに見せてくる余裕はないようで、一気に三枚を連続で光に変えた。

 色は黄、銀、それに藍色だ。

 

 火炎虎に黄色の光が纏わり付き一回り体格が大きくなった。

 銀色の光が大広間全体に広がったが、その後は全体がぼんやりと光るだけだ。

 

『場全体の状態異常防護だね。微回復もおまけ程度にある。当時はこれで周囲を守ってたんだろう。範囲は強力だけど相手にも効果が出るのは欠点……いや、それが狙いだな。防護の膜を相手に付着させることで効果を格段に落としてるのか』

 

 なるほど、オルドルどもが急激に倒れていったが、新たに出てくる奴は効果を受けてない。

 それでもあの光で、かなりの数を減らすことができた。

 

『最後の効果が発揮されたね』

 

 藍色の光が、巨大化した火炎虎に纏わり付いた。

 火炎虎の実体が融けていき、炎の色も赤から白へと変わっていく。

 白き炎は、エレティコスを燃やし、さらに炎は大広間全体へとみるみるうちに延焼する。

 

 影ジャックや影クイーン、それにオルドル達も炎で包まれる。私やジェスターもだ。

 特に効果はないのかと思っていたが、一体だけはっきり効果があった。

 熊の翼だけが異様に白く燃え、青き翼を焼き落としていっている。

 

「格好いい翼が……」

 

 気持ち悪い翼が全て融け落ちるまで、白き炎は燃え続けた。

 熊は翼を燃やされる痛みでのたうち回っていたが、今はうつ伏せのまま倒れている。

 

「すっきりしたねぇ。翼はない方がいいよ」

 

 キングがさらっと言った。

 ジェスターがぴくりと反応したが、私もキングに大賛成である。

 

『実体消失型の条件付きカードだね。召喚獣の本質だけを抽出してる。やっぱり火炎虎の炎は害のあるモノを燃やす効果なんだ。獣たちとの戦いで必須だったんだろうね。ただ、獣たちとの戦いが終わったら使い道がほぼない』

 

 それで神になってからはゴミ札か。

 

『特に異世界のボスになってからはそうだろうね。両方が万全な状態で復活したり、させたりできるから。ただ、強力だけど、これは自らのカードも制限する。生命に甚大な害を為すカードは使えない。翼や砂時計、死といった異常な獣カードが向こうの世界に残ってたのはそのためでしょう。……使う気もなかっただろうがね』

 

 白い炎が揺らめく大広間で、戦いはまだ続いている。

 再びオルドルが復活を始めたので戦況は不利だ。熊もまだ起き上がれない。

 

 ジェスターは手札からカードを取ってエレティコスに示す。

 そのカードに映っているのはキング。椅子に座り、冠を頭に乗せ、不適な笑みが浮かんでいる。

 

 影のキングが現れた。

 キングは彼に与えられたインヒラントカードを使用する。

 一枚のカードが二枚に、二枚が四枚にと増えながら、彼の周囲を回る。

 

 周囲を回ってはいるが、本人のカードよりもその数は圧倒的に少ない。

 カードの使い方も本人より未熟と言わざるを得ないだろう。

 それでもなんとかオルドル達と拮抗し始めている。

 

『とても良く効いてるね』

 

 そうでもないだろ。

 ジェスターが不得意なカードの一つだ。

 戦闘ができるようになっただけでもマシな方だろう。

 

『このカードの本質はそこじゃない。戦闘はおまけ。ほら、効いてる効いてるぅ』

 

 修行中もそんなことを言っていた気がする。

 オルドル達に効果があるように見えない。活躍は夢なしの影クイーンにも劣る。

 

『どこ見てるの。このカードはオルドルじゃない。エレティコスに効くんだ』

 

 視線を変えて、エレティコスに向けると、彼は両手をだらりと下ろしていた。

 翼を使ったときの緊張も顔からは消え去り、キングの姿を眺めている。

 

『エレティコスはジェスターが使ってくる影人の札を正しく理解してる。元はあちらの世界に生きる人で、それをカードにして使ってるってね。そして、ジェスターが未熟で札を扱い切れてないのもわかってる。ただ、弱くてもその人のあり方は伝わるんだ――ひいては、今の世界がどうなっているかも彼らが示してる』

 

 ジャックとクイーンは全然なのに、キングで効果があるのはなぜだ。

 私から見ると、ただの弱っちい影人だぞ。

 

『ジャックは、個人の弱さとそれを克服する努力を示した。クイーンは、カードによる圧倒的な個人の力と、ひとたび崩れたときの脆弱性を示した。ここまでは個人だ。キングは集団性を示した。本人は弱っちいが、それを束ねられる可能性があること。その力の可能性をね。この三つを示したなら、世界は再び人々が手に手を取り合い再建しているとわかる』

 

 そうかもしれないな。だが――、

 

『そう、実際はばらばら。でも、彼はまだそこを理解してない。ここまでならエレティコスの生き抜いた時代でもあり得たことだ。彼は待っている、次の手をね』

 

 ジェスターはさらにカードを、彼に示す。

 そこにはエースが描かれ、やる気のない様子で立っている。

 

 橙色の光が輝き、カードは消え去った。

 使いこなしたら一番強いカードなのらしいが、ジェスターが一番苦手なカードだ。

 効果はシンプルで、ジェスターができるのは味方の強化と相手の解析くらいしか使えない。

 おまけで連携が上手く取れるようになるくらいだろう。

 

『おまけこそ重要なんだ。人々が協力し獣たちを打ち倒していく様子を示す。もっと言えば、相手は獣ではなくエレティコスだ。当時、彼は一人で女神に挑んだんだろう。だが、今は違う。人々が協力して神に挑んでいる。人々が神の存在を否定する時代になったと示しているんだ』

 

 伝わるのだろうかと思っていたが、伝わっていた様子である。

 彼はうなずき、表情も柔らかくなりジェスターとその召喚獣を見つめている。

 オルドルがどんどんやられていくが、まったく興味はなさそうだ。むしろやられていくことを喜んでいた。

 

『ジェスターには悪いけど、彼と言葉で話す必要なんてないんだ。彼女との戦いこそが、今の彼にもっとも良く伝えてくれる。――あなたはもう必要ないんですよってね』

 

 それって、ダンジョンの送信は不要ってことも伝わるの?

 

『伝わる。今の世が平和な世界だって嫌ってほどわかる。彼女の訳のわからない服装でも世界を歩ける世界だってね』

 

 嫌な伝わり方だけど、それはなんかわかる。

 初めの頃は、本気でこの服装のまま外を出歩くのかと思ってたし。

 

 オルドルが全て消されてしまい、場には五体の召喚獣と聖炎が残るのみだ。

 エレティコスがジェスター達を見つめ、躊躇いつつ一枚のカードを示す。

 

『――だからこそ、神は試すだろう。彼らの世界がまやかしではないのかと。一陣の風で吹き飛んでしまう、脆く儚い世界じゃないのかってね』

 

 札に描かれているのはよくわからない獣だった。

 

「……瘴気の原獣デザストル」

 

 札は赤く輝き、エレティコスの手札を全て消費して発動した。

 彼の前の空間が歪み始めている。

 

『魔力爆発だね。相手が世界に存在しているものなら、これは物理的に防げない。これが対女神の最終兵器か。自爆技だな』

 

 ジェスターも同じく、カードを消費する。

 白い光が生じ、彼女の目に現れる。

 

 影のジェスター父だ。影になっても一目でわかるシルエットはすごいと思う。

 彼は影のピエロを周囲に発生させ、他の召喚獣やジェスターに私、エレティコスまで守ろうとしている。

 普通の攻撃なら、これで一撃だけ確実に防いでくれる。

 

『でも、魔力攻撃は影を貫く、そこで――』

「――お母さん、お願い」

 

 ジェスターは追加で一枚使用した。

 銀色の光が灯り、彼女や周囲に散らばった。

 

 彼女の母のインヒラントカード――光はただの魔力防護の膜だ。

 普通の攻撃なら少し弱める程度の効果しかないが、純粋な魔力に対しては効果が大きい。

 

 それでも、獣のカードの攻撃は堪えきれない。

 魔力の爆風で、銀色の膜が弾き飛ばされ、次の影クラウンも堪えようとしたが消え去ってしまう。

 残った爆風の残滓に召喚獣達は巻き込まれる。

 

 私だけが平気な顔で立って、周囲はみな倒れてしまった。

 倒れてはいるが、誰も消え去ってはいない。

 各自が呻きつつも立ち上がろうとする。

 

 カードを使ったエレティコスさえ安堵した表情で立ち上がった。

 彼の手に一枚の札が出てきた。

 

 対するジェスターはエレティコスと他の召喚獣に見守られながら、なんとか立った。

 彼女の手札は残り二枚だ。

 

 先にカードを切ったのはジェスターだ。

 札は橙色の光を発した。

 

 先ほどからずっと倒れていた熊がぐにゃぐにゃと動き、中から礼の影人が出てきた。

 

「縺翫♀縲√♀縺翫?∫樟莠コ逾槭お繝ャ繝?ぅ繧ウ繧ケ繧」

 

 影人はふざけた口調で何かを言った。

 おそらく、今のを聞き取れたのはこの中で一人だけだ。

 

『おお、おお、現人神エレティコスよ』

 

 言われたエレティコスは聞き取れるようで、やや驚きつつ彼の声に耳を傾けている。

 影人が続けて何かを言い出したが、まるで聞き取れない。

 翻訳よろしく。

 

『あなたは世界を救おうとし、自らを犠牲にした。その結果、彼らはこのように貴方の前に立っている。あなたはもう試された。今さら何を迷っておいでか?』

 

 影人は笑いながらエレティコスに話しかけ、彼は静かに認めるだけだ。

 

『おお、わかっておいででしょう。彼女たちは、貴方にそのカードを返した。貴方が願い、その札を切られるならば、彼女たちに幸せな未来は約束されるでしょう。彼女たちもその未来を受け入れましょう。しかし、彼女たちは――貴方本人はそれを望んでおいでか?』

 

 またしても言葉を切る。

 エレティコスとジェスターの中間地点まで歩み、ふざけた口取りと足取りでくるくる回っている。

 

『選択は彼女の最後の一枚を見てからでも良いのではないですか。それこそが貴方の選択を決定づけることに間違いありません』

 

 影人はエレティコスに一礼する。

 さらに振り返り、影人はジェスターに残りの一枚を使うよう手で示した。

 

 全員がジェスターの最後の一枚を見つめ、彼女はその手札を切る。

 使った本人が一番、首をかしげてその一枚を光に変えた。光の色は白である。

 

 ジェスターの前に、影のジェスターが現れた。

 

 帽子をぴょこぴょこ弾ませながら走り始めた。

 エレティコスの前まで行って、振り返り他の影を手で来いと呼んでいるようだ。

 他の影は誰一人としてその呼びかけに応じない。

 影ジャックや影クイーンに近づき引っ張るが突っぱねられている。

 

 他の影を諦め、私の側に来て手伝えと言わんばかりに腕をぐいぐいと引っ張る。

 仕草だけは本人とそっくりだ。近くにいるジェスターも恥ずかしそうにしていた。

 

 仕方なく私も影についていって影ジャックから影エースまでを後押ししていく。

 影の父親は影のキングに従いついていき、影人は踊りながらエレティコスやその他の影を笑っている。

 影の全員がエレティコスの前に立ったところで、影ジェスターがまた振り返る。

 最後の一人――ジェスター本体をエレティコスの前に来るよう呼んだ。

 

 彼女が影と同じように帽子を揺らし、慌てて影達の列に加わる。

 影ジェスターは、ジェスターをつつき何かを待っているようだった。

 

「何? 何なの?」

 

 ジェスターが狼狽していた。

 

 本当にわかってないのか。お前の影だろ?

 早く礼を言えってよ。

 

 周囲の影も早く言えよとジェスターを見つめている。

 

「今言っても通じないんじゃ」

 

 それでも言えという様子で、影達が黙りこくってジェスターを見つめる。

 そこに私とエレティコスの視線も加わり針のむしろだった。

 

「えっと、なんていうのかな。ウチ、神様にあこがれてて、まさか会うだけじゃなくて、戦うことになるなんて思ってもみなくて……、本当に楽しくて、嬉しくて、平和な世界で、だからその――ありがとうございました!」

 

 本人も途中で何を言っていいのか忘れてしまった様子で、とにかくお礼を告げて締めた。

 ジェスターがぺこりと頭を下げて謝辞を見せると、周囲の影達もそれぞれの態度で謝辞を示した。

 

 言葉は通じたかわからないが、その姿勢はエレティコスにも伝わっていた。

 彼はそこに並ぶ全員を再度見渡し、最後の手札の一枚を消した。

 使用することもなく、自らの負けを認めた。

 

 彼が光となって、消えていき一枚のカードになった。

 表面は真っ黒で中身がまるで見えない。

 ジェスターが拾いあげる。

 

『使ってみて。処理しておくから』

 

 カードを切ると白い光とともに、目の前にエレティコスが現れた。

 先ほどと同じはずなのだが、かなり穏やかな顔をしている。

 

「子供達よ。見事だった」

 

 落ち着いた声がジェスターにかけられる。

 

「言葉はわからなかったが思いは伝わった。私の願いは果たされたんだな。君たちは私に礼を言ったようだが、私も君たちに礼を述べたい。――ありがとう」

 

 エレティコスはジェスターの肩に手を置いて謝礼を述べた。

 ジェスターは何も言えず、涙を流すのみである。

 

「どうして泣く。喜ぶべきだ。獣たちは迷宮に封ぜられ、女神も世界から消滅した。君たちが平和な世界を作り上げ、私にわざわざそれを伝えに来てくれた。そんな君たちが泣いていてどうする。それは私たちの代で終わらせたものだ。ほら、笑って――」

 

 エレティコスに両頬を軽くつねられて、ジェスターはがんばって笑いを見せる。

 

「うん、そうだ。その顔を忘れないでほしい。私たちは、君たちのその顔を見るために戦ってきたんだ。それだからこそ、最後の願いは札ではなく、――君たちに託すことにした。どうか、皆で笑いあえる世界を築いていってくれ」

 

 頼んだよとジェスターと軽く抱擁を交わす。

 

「それじゃあ、最後の務めを果たすとしよう」

 

 大広間の床が光を放った。

 複雑な図形が浮かびあがり、ジェスターの姿が薄まっていく。

 

「ありがとう。未来の道化師」

 

 ジェスターの姿は消え、私とエレティコスだけが残る。

 

 

 見ると、エレティコスの姿もまた薄くなってきている。

 

「異世界の冒険者よ。貴方にこそ、一番に礼を言うべきだった。遅れてしまい申し訳ない」

 

 かまわない。

 気にしないでくれ。

 奴らと話す時間こそ重要だ。

 

「文字で伝えてもらえるだけで御の字だったが、――まさか未来の子供達まで連れてきてもらえるとは思わなかった。願いが叶いすぎているようだな。それに、これで私もようやく朋友たちの下へ往くことができる」

 

 どういうことだ。

 

『異世界にジェスターを送るため魔力を全て使った。このダンジョンはまもなく消滅する。大丈夫、エンコードはきちんとしてたから』

 

 いや心配はそこじゃない。

 消えちゃうの、ここ?

 

「そうなる。すまないな」

 

 いや、あんたにそう言われちゃ私には返す言葉がない。

 ダンジョンのボスになってまで、彼らのことを思っていたんだ。

 それくらいは……まぁ、しょうがないよな。

 

「待って」

 

 声が聞こえてきた。

 

「なんでメルはこっちに来てないの?」

 

 姿は見えないが、ジェスターの声だ。

 

『俺が時空間耐性をつけたから。二人の転移をするには魔力が怪しい。実際、正しかった。なにより、ダンジョンが消えてパスが完全に消えるとこっちに戻るのが極めて難しくなる。そうだよね』

「ああ」

 

 エースが言葉短く肯定した。

 

「ウチ、やりきったんだよ! 歓喜と感動が最高潮なの!」

 

 声だけで十分伝わってくるよ。

 

「違くて! これを分かち合いたいの、メル――貴方と一緒に! ダンジョンならいいんでしょ!」

 

 そうだな。

 お前の夢が叶ったことは、私にとっても嬉しいものだ。

 

「どうして? どうしてそんなに落ち着いてるの?」

 

 いつかはこうなるってシュウから聞いていたからな。

 それが今になっただけということ。

 

「ウチ、もっとメルとダンジョンに行きたいよ」

 

 私だってそうだ。

 お前との異世界ダンジョンは楽しかった。

 お前が強くなって、どうモンスターやボスと戦うのを見るのは面白かった。

 

「ウチ、もっともっと強くなるよ……」

 

 そうか。

 そうかもしれないな。

 お前は、未来の道化師だ。

 まだまだ可能性に満ちている。

 

「ウチがもっと強くなって異世界にも行けるようになったら、一緒にダンジョンに行ってくれる?」

 

 当然だ。お前は私のパーティーメンバーだからな。

 ダンジョンへ行きたいというのなら、いつだって歓迎する。

 

「本当は今こそ一緒に行きたい。でも、叶わない。これって悲しいよ。メルは悲しくないの?」

 

 ジェスターの声から、泣いていることがはっきりわかった。

 嗚咽も混じっている。

 

 ……私は悲しくない。

 お前とこちらの世界のダンジョンへ行くことが楽しみで仕方がない。

 

「そんなの嘘だよ」

 

 ……そんなことはない。

 

「メル、嘘をつくのが下手だからさ。つくときにちょっと黙ってから言うんだ。知ってた?」

 

 知らなかった。

 気をつけることにしよう。

 

「もう、ウチは悲しま……。エレティコス様と約束した……ね」

 

 声が途切れて聞こえるようになった。

 

「みんなで笑いあえ……。ウチ、がん……」

 

 ああ、がんばれ。

 私もダンジョンに潜り続ける。

 

「うん。……一緒に……ジョン。それまで――」

 

 ジェスターの声が聞こえなくなった。

 エレティコスの姿もすでに消えている。

 

『ダンジョン反応が喪失。パスも消えた』

 

 そうか。

 

『ジェスターは最後の責任を果たしたね』

 

 そうだな。

 ……私も宿に帰ることにしよう。

 

 異世界の攻略は完了し、彼らの夢や願いは叶った。

 もちろん私も攻略を堪能した。最高のダンジョン攻略と言わざるを得ない。

 

 それなのに――、なぜだろう?

 

 どうしてこんなに足が重い。

 一歩ごとに空しさが増してくる。

 視界も滲んで扉がよく見えなくなってきた。

 

 アイテム結晶も、ボスを倒した達成感も、メンバーとの喜びも消えてなくなった。

 

 私には別の未来も選べたはずだった。

 異世界に転移してジェスターとダンジョンを攻略する未来だ。

 もうこちらの世界に戻れないかもしれないが、きっと多くのものを手に入れただろう。

 

 どうしてこの未来を選んでしまったのか。

 選ばれない未来ばかりが明るく輝いている気がする。

 

 今の私には、ただ――

 

 

 

 ダンジョン攻略達成という虚しい響きだけが残っていた。








Ex1.考察する神造人剣:シュウ

 ダンジョンだった遺跡を出て、ギルドへ報告に行く気力もなく宿屋に入った。
 部屋の椅子に体を預け、ぼんやりと部屋の壁を見つめる。

 どれくらいの時間こうしていたのだろうか。
 食欲もなく、酒を飲む気もしない。

『後悔してるの?』

 少し思考が働いてきたところでシュウが話しかけてきた。

 後悔ではないはずだ。
 私はより心惹かれるダンジョンを求めた。
 それを手に入れるには、こちらの世界に戻ることこそ最善だろう。違うか?

『正しい。メル姐さんだと、あちらの世界のダンジョンじゃ物足りないでしょう』

 やはり正しい選択だ。
 ……だが、なぜだろう。
 どうしてこんなに虚しいのか。

 ダンジョンにあった異世界とのパスは切れ、もう戻ることはできない。
 それに、今さらどうにかして戻りたいと言えば、未練を笑われるだけだろう。

 何か話をしてくれ。
 楽しい話も悲しい話もいらない。
 この心の空白と闇を埋めるしょうもない話がいい。

『それじゃあ、もう終わってしまって、完全に後の祭りな話をしよう』

 頼んだ。

『でも、異世界の話になるけど良い?』

 ……異世界の話か。
 どうしようかな。あまり気分が乗らない。
 彼女たちのことを思い出して、また虚しくなるかもしれない。

 今さらそんな話を聞いても時間が戻るわけでもない。
 ましてや、彼女たちに会いに行けるわけでもないのだ。

『そうだね。メル姐さんは選んだ――この世界に戻ることを。何も手にいれることなく、俺とぼんやりこうして部屋の壁を見つめる未来をね』

 何も言えない。
 否定も肯定も今の私にはできない。

『どうせ、その暗闇だかも寝たら忘れて、明日になったらダンジョンダンジョンって馬鹿の一つ覚えみたいに言い出すんだ。わざわざ過去を振り返ることもない。聞かないなら、もう寝た方がいい。頭の空白は埋まらないけど、心の空白は埋まるでしょ』

 ムカつく言い方だが、たぶんその通りだろう。
 今までもこんな気持ちは何度かあった。

 これまでと同じだ。重い気持ちは時間で薄れていく。
 異世界を振り返ることもなくベッドに入り、目を閉じてしまえばいい。

 今さら異世界の終わった事なんて聞いても仕方がない。

『そうだね。過ぎ去ったこと、そして――』

 もう終わったことだ。

『蛇足中の蛇足になる』

 それでも聞くのなら私は先の決断を否定することになる。
 選ばなかった未来を嘆いていると認めるということだ。

 ベッドに入りさっさと寝て、新たなダンジョンへ挑むのか……、



 それとも――、











































 私は、依然として椅子に座り続ける。

『そう――、振り返るんだね。それじゃあ話をしよう。終わった話をね』

 嫌みのように告げるが、私は否定しない。
 私は、私の未練を認めよう。笑われたとしても、終わった話とやらを聞いてみたい。

『笑わないよ。……エレティコスが倒した女神を覚えてる? 彼の切り札になったやつ』

 そんなのもあったな。
 あれは女神じゃなくて竜なんだろ。

『いや、俺が間違ってた。今なら確実に言える。あのカードは竜じゃない。女神だ』

 ふーん。
 別にどうでもいいな。

 それが終わった話なのか?

『ここからだよ。その女神は竜によって生み出された。女神はエレティコスに倒されてたけど、竜は倒されていない。俺たちが異世界に行ったとき、あの遺跡に竜はいたんだ。姿は見えなかったけどね』

 ずいぶんと突拍子もない話になったな。
 なんて言ったか――。

 竜が女神を生んでいて、しかもその竜があの遺跡にいた。
 それなら、あの遺跡にはまだ、その見えない竜がいるってことだよな?

『いないんだ。エレティコスとの決戦前、俺はあの遺跡をチートを使って調べあげた。すでに竜はいなくなってた。これは間違いない』

 行ったときにはいて、帰るときにはいなくなってた。
 じゃあ竜はどこに行ったんだ?

『神のいる座に行った。おそらく竜の目的は徹頭徹尾これだけだ。――自らを生み出した神に会いに行くこと。これはもう叶ってる。エースに取り憑いたあいつと一緒に、神の座に消え去った』

 よくわからない。だが、真面目に聞く気にはなった。
 順を追って話をしてくれ。

『まず、エレティコスの切り札。あれは虹色の光が出て、効果も結果の強制という素晴らしいモノだ』

 そうだな。
 それでお前はエレティコスが竜を倒したと判断した。
 女神は竜だったと言っただろ。

『違うんだ。竜は異世界間を顔パスできる。あれが本当に純正の竜カードなら異世界間の違いは自動修正されるだろう。エレティコスの言葉はバグってたし、ダンジョンの送信もおかしいことになった。あれは竜のカードじゃない。それじゃあ、竜ともまったく無関係かというとそうじゃない。竜と関係はある』

 それは……、そうなのか?
 たしかに効果が強力すぎる気もする。

『竜の特性は受け継いでる。幻竜ヌルはクイーンの夢で、ジェスターに虹色のカードを授けた。竜は虹色のカードを作れるんだ』

 あのちっこい奴は竜だったのか?

『そう言っても間違いじゃない。奴の作り出したジェスターの靄カードは、奴自身の幻想の特性に従っていた。現実では一切役に立たない。それに効果も限度がある。クイーンと戦える程度の強さだ』

 それで女神は、竜に作られていたと?

『そう。女神のカードが結果の強制なら、親である竜の特性も同じだ。より強力な、結果の強制になるだろう』

 なぜ竜は女神を生んで、獣を生むなんてことをさせたんだ。
 自分で獣を生めばいいだろ。女神が生むよりも遙かに強くなるんじゃないか。

『俺も同じ疑問を抱いた。なんで自分でやらなかったのか。女神を生むこと自体が目的とは思えない。他に何か目的があったんじゃないかってね。特性の結果強制は、結果は自分で決められるけど、過程は竜や女神にもわからない。ある願いを結果強制したところ、竜もよくわからないまま女神を生んだ。それが妥当でしょう。それじゃあ、その目的とは何か?』

 さっき、お前が言ってたな。
 神に会うためだって。

『本当は違うかもしれない。でも、そう仮定するときれいに説明が付けられるんだ。俺はこれだと思ってる』

 神に会うねぇ。
 それが願いだったわけだな。

『正確には違うはず。竜レベルが、神との遭遇なんて結果を強制したところで会える存在じゃない。家の軒下にいる蟻が、何万光年も離れた宇宙人との遭遇を求めるようなもんだ。実際はもっとひどい』

 よくわからんけど駄目だということはなんとなくわかる。

『竜も駄目だって気づいた。願い方を変えたんだろう。神に近しいモノと会える力を持った人間をつれてきてくれってね。間に人間を噛ませた。この竜はある意味で人の力を認めていたんだろうね』

 それ、人にとって何のメリットもないよな。むしろ悪い予感しかしない。
 竜が神との出会いを願ったと仮定すると、どうやってきれいに説明がつけられるんだ。

『まず、自らの力を分け与えた女神を生んだ。彼女に目的を与えた。地に住む生命への恐怖と災厄だ。でも、竜自身も過程は一切不明だ。なぜ自分が女神を生んだのかも、なぜ女神にそんな命令を与えたのかも詳しいことは何もわからない。いつ叶うのかすらわからなかっただろう。後は、何かが起きるのをひたすら奥の部屋で待つだけ』

 そこから例の神話が始まっていったと。

『実際のところ、女神の前にも何かやっただろう。女神を人々から信仰される存在に仕立てあげたりね。そこは今ではわからない。……とにかく神話が始まる。時系列を追っていこう。女神は生命への恐怖と災厄をもたらすという結果のため、カードで見てきたような獣を生んだ』

 待った。そもそも女神の目的は正しいのか?
 恐怖と災厄なら、もっと別の手段がありそうだが。

『女神の目的はそうだね。災厄だけなら隕石で終わるし、恐怖だけなら病気でも良い。獣たちは明確な形があって、複数の場所に散らばり、人によって辛うじて倒すことができる存在だ。女神に与えられた目的が、恐怖と災厄をもたらすことだったのは間違いないと思う。ただし、女神の存在目的はちと違う』

 じゃあ何が違うんだ。

『次のステージに進もう。獣を倒し、人を護るため行動し、女神の悪事に気づく存在が現れる。英雄エレティコスの登場だ。つまり女神の存在は、ただエレティコスを生み出すために作られたんだ。さらに言うと、女神の真の役割はエレティコスに倒され、カードになって彼の願いを叶えて、彼を異世界に連れ出すこと』

 使い捨てじゃないか。

『神話どころか今回の登場人物は全員が使い捨てだ。女神だけじゃない、エレティコスだって、俺やジェスターだってそう。次に進もう。エレティコスは異世界からダンジョン法則を送り続けた。約千年後――ついに歴史の針を進める人物がやってくる』

 ……私か?

『それに神と縁ある俺』

 すごい巡り合わせだな。

『ここからの流れは知ってるよね。俺が当初に抱いた疑念にも繋がる』

 どんな疑念だっけ?

『たまたま攻略したダンジョンのボスが異世界人で、たまたま異世界から話しかけたメル姐さんの声が、たまたま遺跡に寄っていたジェスターが聞き取り、たまたま盗み聞きに成功したエースがいて、たまたまエースのハッキング技術が天才的で刺客もけしかけることができた』

 ああ、そんなことも言ってた気がする。

『こんな偶然の連続はあり得ない。物語が進めば、さらにたまたまの展開が続くんだ。もう卑猥にしか聞こえないでしょ。たまたまって』

 早く本題に戻って。

『偶然の連続だったのに、あるときを境に消えた。具体的には神に近しいモノが消えた後だ。あの時点でなんとなく感じたよ。もう大筋が終わったんだなぁ、って。もしかしてこうなんじゃないかなぁ、ってね。そして、それは正しかった』

 竜の目的である、神に近しいモノに会うことは達成された。

『そこから、こっそりあいつについて行って、神の座に行ったんだ。言い訳だけど、あいつの存在が大きすぎて、矮小な竜の存在に気づかなかった。その後から通常の流れに戻った。無気力試合と言っても良い。あのときからメル姐さんが異世界ですることなんて何一つなかったでしょ』

 その後を、シュウが並べていく。

 ――ジェスターが、俺のスパルタ教育で適度に強くなり、
 ――強くなっても実力は四人のトップには及ばず、
 ――元の世界に普通に転移で戻り、
 ――エレティコスにカードで訴えかけ、
 ――ジェスターは異世界に戻り、ダンジョンとエレティコスが消え、
 ――メル姐さんがいつもどおりぼっちになった。

 最後のは言う必要なかったよね?

 でも、確かにあそこからは本当につまらなかった。
 エレティコスとの決戦も盛り上がってるのは彼らだけで、私は蚊帳の外だったからな。
 周囲の景色を見ているだけだった。

『世界の中心が、竜から俺たちに移ったからだよ。つまらない立ち位置だ』

 そうだな。本当にくだらない。
 その視点が、私の気持ちを重くしていたのだろうか。
 何かをやったという充足感がまるでない。

『ここまでが、もう終わってしまった異世界の話になるね』

 そうか、としか言うべき言葉がない。
 わかってはいたが、今さらそんなことを蒸し返してもって話だ。
 消えた竜をどうこうすることもできないし、ジェスターらに伝えようにも居る世界すら異なる。
 そも伝えたところで何にもならない。


 全てが――もう、終わっているのだ。


『って思うじゃん?』

 …………えっ。
 どういうこと? 終わってないの?

『一つ懸念がある』

 何だ?

『エレティコスは死んだ、消滅した、大地を去り戦友の元へ旅だった。どれでもいいけど、とにかくいなくなった』

 それはわかる。
 目の前で見てたからな。

『彼の持ってるカードはどうなるんだろう』

 ……一緒に消えたんじゃないの?

『あっちの世界で人が死ぬときは、インヒラントカードといくつかのカードが残る。実際に、ダンジョンで死んだ奴のカードも見たよね』

 たしかにそうだったが、エレティコスのときは残ってなかったぞ。

『人じゃなくてボスだからね。人が死んだときとは、違う現象なのかもしれない。ひとまずカードの行き先が問題だ。火炎虎は彼の相棒。彼がどこかに連れて行っても何もおかしなことはない。でも、女神のカードは持って行ったのかな。他の獣どももだ。戦友たちの集会所に災厄のカードを連れていくのはちょっと想像できない』

 因縁の相手だからな。
 あるいは戦利品として持って行ったかも。
 それが何か関係あるの?

『もしも持って行ってないなら。カードはそのまま消滅する――エレティコスはそう考えてるだろう』

 私もそう考えるぞ。

『俺もだよ。だが彼が消えたとき、あそこはまだダンジョンだった。それに元の世界もダンジョンに溢れてる。彼が生きてきた時代とは違うんだ。カードが消滅するって事は、こっちの世界で言えば、アイテム結晶が消えた状態だ。カードに縛られてた女神や獣たちはどうなるか?』

 ……復活する?

『そうだね。魔力量は膨大だろうからすぐ復活する。女神が復活したとすれば、その場所は会談のあった遺跡の広間。そこにはまだ彼らがいて話をしている』

 大変なことじゃないか。
 いや、でも、あそこには四人の使い手がいる。
 ジェスターを入れれば五人、お供を入れればもっと多いぞ。
 遅れを取ることは――

『あるんだ。負けるんだよ。エレティコスも女神とは相打ちが限界だった』

 なぜわかる?

『女神の力は劣化版とはいえ結果強制だ。人間相手程度なら、願うだけで勝てる』

 卑怯じゃないか。
 それでもエレティコスは相打ちができたんだろ。

『魔力爆発による自爆だろうね。自分もほぼ死ぬけど、相手も消滅した。瀕死のところで、ドロップの切り札を手にして使ったんでしょう。それはともかく、あのメンバーじゃ事前計画無しに勝つのは難しい』

 ……本当ならやばいじゃん。

『もしも勝てないと早々に判断し、さっさと退散できたなら、彼らは様子を見て対策を考えるはず。もちろん全滅してることだって考えられるけどね』

 そうかもしれないが、どうしようもないだろ。
 すでに異世界のできごと。私の世界では手の打ちようがない。

『あるいはそうかもしれない。もしかしたら考えすぎで、女神のリポップがそもそもないかもしれないからね』

 何が言いたいんだ?
 後ろ髪を引っ張って、私にどうしろというんだ。

『さあ、それはメル姐さんが決めること。俺の予想ではそろそろなんだけどな』

 何が?

『ジャックとクイーンが女神に挑み、訳もわからず敗れる。オジェやジェスター父が撤退を進言して、キングとエースが行動に移す。遺跡の外に出て、距離を取りジャックとクイーンが目覚めるのを待つ』

 仮にそうだとして女神が追ってきたらどうするんだ?

『たぶん追ってこない。女神は遺跡から出ないと思う』

 ん?
 ああ、ダンジョンだから出られないんだな。

『うーん……どうだろう。出てたら状況は最悪だね。ひとまず出ていないという仮定で進めれば、遺跡が見える範囲で、最大限の距離を取って様子を見る。そうして、そろそろ二人が目覚め、対策会議が始まるだろう。強大な敵を前にして、ようやく彼らは一つになったのであった。~完~』

 終わらせるなよ。
 それで、対策はどうなるんだ。

『容易には勝てそうにないと悟るでしょう。ほっとくのもまずい。どうにかして倒せる方法を考える』

 どんな方法だ?

『ジャックはとにかく力押し、クイーンは自らのフィールドに持ち込む、キングは数による制圧を考えるかな。彼らは現実的に勝てる方法を模索していく』

 エースは?

『戦わずダンジョンごと封印を考えるだろうね。一番現実的かつ効果的だと思う。他のお供も現実的に考えるだろう。でも、あそこには一人――現実的じゃないのがいるんだ』

 ……ジェスターのことか。

『うん。彼女は別の手段を考えるだろう』

 それは?

『彼女の戦法は基本的に召喚だ。勝てそうなのを呼び出す』

 熊か?
 そういや翼も返してもらってないな。
 青い光が出せれば、ワンチャン勝てるか。

『まだわからないの? 女神ってのはエレティコスが辛うじて勝てる存在なんだよ。彼よりも強いモンスターだ。つまり、呼び出すのは彼よりも強い存在しかありえない。彼に勝った奴だ』

 ……お前の言いたいことはわかってきたが、どうやってそんなことをするんだ。
 お前が言ったんだぞ。この世界とあちらの世界のパスが消えたって。

『ダンジョンからは消えたよ』

 やっぱりないじゃないか。
 もしや、お前がチートでパスとやらを作れるのか?

『俺じゃない。チートでも難しいかな』

 じゃあ誰がパスとやらを作る。

『わからないかな、メル姐さんが言ったことだ。そして、メル姐さんが築いたものだ』
「……ル」

 かすかだが、聞き覚えのある声がどこかから聞こえた気がした。

『一緒にダンジョンに行くんでしょ。いつでも歓迎するって言ったじゃん』
「……メル」

 それは言ったぞ。声も如実に聞こえてきた。
 だが、どうやって……。

「メル、聞こえてる?」

 ああ、聞こえてる。
 どういうことなんだ?

『パスは消えてなんかない。異世界の最初からずっとそこにあったでしょ。ほら――』

 指から微かに光が漏れている。
 そこに填まったパーティーリングがほのかに光を発していた。

「大変なの!」

 ――ああ、そうか。そうだったな。
 私はこの関係をまだ解除をしていない。するつもりもない


 私たちは――パーティーを組んでいるんだ。



Ex2.異世界の冒険者:メル

「メル! 聞こえてるよね! 大変なの!」

 ジェスターの叫び声が部屋に響く

『いったいどうしたの? 女神っぽいモンスターが現れて、ジャックとクイーンが応戦したけどやられて、外に出て作戦会議を始めたはいいけど場がまとまらなくて、一縷の望みをかけて、パーティーリングを通し、エースに異世界とのパスを通してもらった』
「なんでわかったの?! 本当は見てるでしょ!」

 いや、見てない。
 なんかすごいことになってるようだな。

「何がなんだかわかんないよ」

 ジェスターは困り果てた声だった。

「せっかくエレティコス様に約束したのに、このままじゃまたあの時代みたいになっちゃうよ! お願い、メル。――助けてよ」

 ……おい、状況はわからんがどうにかしろ。

『場所は異世界だよ』

 そんなことはわかってる。それでもやれ。
 あれだけ私をけしかけたんだ。こうなることも当然考えてたんだろ。

『まあね。それで、何しても良いの? けっこう無茶するけど良い?』

 かまわん。やれ。

『はーい。エースにパーティーリングを握らせて。うん。誰が何と言おうと、今回のMVPはエースで間違いないね』

 すごい楽しそうな声が返ってきた。

 ねぇ、どういうこと?

『一つの問題が解決して、新しい問題が生まれただけ。もっかいそっちに行くから』
「どうやって?」

 なんとかするんだろ。
 早くしろ。

「握ってもらったよ。でも魔力がないから転移はできないって言ってる」
『絶対に手を離すなって伝えて。聞こえてるだろうけどね』

 うん、とジェスターは返事をした。
 エースもああと声が聞こえる。

『じゃあチートで異世界に飛ぶから』

 景色が歪んできた。
 おい、ちょっと待て。

『もう遅い』

 景色がぐにゃりと歪み、足の感触が消えていく。
 これ、ヤバイほうの転移だ。


 世界は落ち着きを取り戻すが、まだ荒波のように揺れている。
 頭をガンガン叩かれているようで気持ちが悪い。
 堪えきれず膝をついてしまう。

「メル!」

 ジェスターが近くにいるらしい。
 私の腕をとって、ぐらぐら揺らす。おいほんとやめろ。

 落ち着いてくるとジェスターを確認できた。
 近くにはエースが地面に転がっている。

 どうしたんだこいつ?

『俺からあいつに無理矢理アクセスして転移を発動させた。ポイントもけっこう食うけど仕方ないね。あいつが俺をハッキングするとき、俺もあいつをクラッキングしているのだ』

 白目むいてぴくぴく痙攣している様子を見るに、あまり良い状態ではないが手遅れってほどでもない。
 前みたいに手下どもがなんとかしてくれるだろ。

『いや、無理だね。魔力の枯渇状態だからしばらくは起きない』
「どうして女神様が出たってわかったの?」

 それはもう終わった話だ。

『女神は追ってきた?』
「ううん」

 シュウはほっと一息ついた。

『どんな奴だった?』
「いきなり広間に現れて、『ここは人の立ち入るところではありません。去りなさい』って言ってきた。それでジャックとクイーンが戦闘を始めたけど、あっという間に……」

 そこから先は知っている話だ。
 エース以外のトップはそれぞれ分かれて対応をしているらしい。

「見た目は、すごい神々しかった。本当に神話から出てきたように光が彼女を包んでさ。声も頭の中に響いてきてさ。ウチ、感動しちゃったよ」

 なんかうっとりしながら話をしている。

『ほぉ、話せるのか。邪神様の次は女神様ね。こりゃ、次に来るのは天使か悪魔だな』

 そろそろ真面目に話をしよう。
 女神はまだダンジョンから出てきてないんだな?

「うん。ジャックたちが入口を見張ってる。もしかしてさ、獣を生み出してるのかな」
『女神が竜の目的にまだ従ってるなら、それは十分あり得る。でも、あの遺跡は魔力が薄いから、神話に出てくるようなのを作り出すのはすごい時間がかかるよ。年単位だ』

 それなら今は獣の心配はしなくていいな。

「やっぱり倒さないと駄目だよね。エレティコス様がやったように、ウチたちも――」
『まず、あそこがダンジョンかどうかが問題だね。ダンジョンなら女神は倒しても復活するから無限魔物生成機になる』

 おいおい、洒落にならない状況じゃないか。
 どうするんだ。ダンジョンごと破壊してしまうか。

『悪い手じゃない。ダンジョンごと消滅させられるならそれで良い。ダンジョンから出てきても倒してしまえば復活しないからこれもまた良い』

 やはりダンジョンごと破壊か。

『俺は、あそこがまだダンジョンにはなってないと思う』

 そうなのか?

『ダンジョンになるには魔力があまりにも薄すぎる。女神も弱体化は免れない。もしもダンジョンになりたてくらいなら、女神の力でダンジョンから出られると思うね』

 それでも女神はあそこにいる。
 今が倒すチャンスってことだな。

『チャンスではあるけど、言いたいことはそうじゃない。外に出られるならもっと魔力が濃いところで獣を生成すればいい。それが竜から与えられた目的に沿う。なぜ女神はそうしない?』

 さあ。知ったこっちゃない。
 あそこが落ち着くんだろ。

『大正解。そのとおりだよ。女神はあそこが落ち着くんだ』

 まさか正解だとは思わず、なんて言えばいいのかわからなくなってしまう。

「なんであそこが落ち着くの?」

 私の代わりにジェスターが尋ねてくれる。

『あの女神は親である竜の特性をいろいろと受け継いでしまってる。受け継いだもっとも悪い特性は、親離れが出来てないことだ。親である竜がずっといた遺跡は、気配がまだ残ってて落ち着くんでしょう』

 正気で言ってる?

『もちろん。エレティコスは自爆で女神を吹き飛ばしたけど、俺たちにはもっと手っ取り早い方法がある』

 どうやるんだ?
 いや、わかった。無敵で斬りかかるんだろ。
 それならあっという間だ。

『それは戦闘になるなら勝てるけど、逃げに回られたら大変なことになるよ』

 外に出て、どこか場所もわからないところから獣がうじゃうじゃか。
 ちょっと洒落にならないかもしれない。

「ちょっとじゃないよね?」

 そうだな。
 じゃあどうするんだ?

『話も通じるなら戦闘すらしないで済むね』

 ますますわからなくなった。
 話をしたらおとなしくなるのか?

『話だけで大人しくなるわけないじゃん』

 むかついてきた。
 さっさと結論を言え。

『門を開いて、親のところに消えてもらえばいい。言ったはずだよ。MVPはエースになるって』

 私とジェスターがまだ倒れている男を見る。
 おそらくもっとも哀れな男は、自分が最大の功績者になることを望んでいないし、気づいてもいない。


 そうして私たちはエースと一緒に遺跡に入った。

「……引きずってるだけだよね」

 目が覚めないから仕方ない。
 彼の部下二人も心配そうに着いてきている。
 シュウが人格の保存とやらをちゃんとしたか部下に確認していた。
 ヤバイ予感しかしない。予感どころか悪寒だ。

 何もない通路を五人で突き進む。
 扉を開けるとそこには光が満ちていた。

 部屋の中心には柔和な笑みを浮かべ、天井から謎の光を浴びて立つ女性が一人。
 背後には彼女を讃えるように花が咲き乱れている。

「人よ。ここは――」

 わかってる。長居するつもりはない。
 単刀直入に聞こう。

 竜に会いたくないか?

 わかるだろ。お前を作った竜だ。
 お前を置き去りにして、どこか遠いところに消えた姿も知らない竜のことだよ。

 効果は抜群だった。
 女神の顔が微笑んだまま止まり、やや不気味だ。

「会いたい」

 ぽつりと漏らした。

「されど、それは叶わぬ願い。私では――」

 いいか。一瞬だぞ。
 本当に会いたいならチャンスを逃すなよ。

『開きまーす』

 宝箱を開けるような気軽さだった。
 シュウの合図で、エースの体が痙攣を始める。
 シュウがエースを操り、操ったエースにシュウを解析させるとか。
 危険すぎるので一瞬だけ、少しでもエースがおかしくなったら即座に斬り殺す準備もしている。

「あ、お母様――」

 それだけだった。

『はい、終わり』

 本当に一瞬で終わった。
 女神は目を瞑り、その場に崩れ落ちた。
 謎の光や、背景の花も枯れ落ちて、本体もそのまま塵に消える。
 ドロップアイテムすら残らなかった。

『善きかな』

 なんだろう。
 あっけなさ過ぎて達成感も何もない。
 エレティコスとの決戦の方がまだ見応えがあった。
 今回の見所はエースの痙攣と、女神の光や花だけである。

 エースは気を失ってもまだ、おかしな所動が見られたのでけっきょく斬った。
 復活した彼に部下たちが人格の上書きとかをして、彼は眠ったままで落ち着いた。
 部下二人は私たちからエースを匿うように、足早に広間から彼を連れ出した。めでたしめでたし。

「ウチにとってここは物語の最初なんだ。エレティコス様に関係するんじゃないかなって期待して入り込んで、奥の部屋に行ったの。でも、何もなかった。がっかりしたところで声が聞こえたんだよね」

 最初のときだな。
 エースが召喚獣を送り込み。
 お前は逃げて私を誘い込んだんだよな。

「うん。エレティコス様の話が出てきたからさ。どうしても気になったの。異世界が本当とは思ってなかったよ」

 それはそうかもしれないな。
 通路に出たら、ヘンテコな服装の女がいたのは私も驚いた

「ウチだって、最初はうっわヤバイ人だって驚いたよ! ……実際はそれ以上にヤバかったけど」

 ヤバくてごめんね。

「もう慣れたよ」

 そう。

 私たちも広間を出ようと扉に向かう。
 ぼんやり歩いていると、扉の直前で背後から音が聞こえ振り返った。
 広間を挟んで逆側の扉が開いている。

 開いてたっけ?

『いや。今、開いた』

 ……なんで?

「えっ」

 奥の扉は開き、逆に出ようとしていた手前の扉が閉じた。
 手前の扉から目を離し、また奥の扉を見る。

 ――そこに女神がいた。

「なんで?」

 不思議なことだらけだ。
 女神は私たちを手招きしている。
 私たちに背を向けて、奥の扉へと入っていく。

『女神を神の座にいる竜のところへ行かせるはずだったけど失敗したね。逆に、竜が神の座からカムバックして女神のところに戻ってきた。なんかエースの様子がおかしいとは思ったんだよなぁ』

 ……最悪じゃないか。

『それはまだわからない。少なくとも敵意は感じられない。呼びかけに応じてみよう』

 ジェスターと並び、奥の部屋へ歩む。
 部屋に入るが、女神以外は何もない狭い部屋だ。
 女神だけで飽和しすぎるくらいの部屋ではあるけれども。

「お母様の言葉を伝えます」

 女神は私たちの正面からわずかに逸れ、体を横向きにして喋る。
 私たちの正面に何かがいると示しているようだった。

「『まず、あなた方という存在に心から感謝します。私は父に会うことが叶いました。あの場で、私は自らの卑小さを感じました。父に近しい者たちは、私をなんとも思っていませんでした。その中で父だけは、私の存在を喜んでくれました。ともに踊り、歌い、演奏し私と遊んでくれたのです』」

 姿もないのにどうやって踊ったり、演奏したりするのかは聞かないでおいた。
 きっとなんでも起こりえるんだろう。

「『私の願いは叶いました。近しきモノたちにも理解され、ともに歌い踊り狂ったとき、我が子があの座にやってきました。どうやってかはわかりませんでした。しかし、私を追ってきたのだということは、瞬時に理解できました。我が子ほどの存在ではあの座に居続けることはできません。私は踊りを止めました。場をしらけさせたにもかかわらず、父らは私を歌とともに見送ってくれたのです』」

 その話はまだ続くのか?
 もうだいぶ飽きてきたんだが。
 要するにどうだったのかを言ってくれ。

「『私は父との時間を存分に楽しみました。父がそうしてくれたように、私も我が子と楽しい時を過ごしたいと思います』……お母様」

 最初からそこだけ言えばいいんだよ。
 それで具体的にどう楽しむんだ。

「『時間はあります。我が子と一緒に考えたいと思います』」

 楽しむのは勝手だが、もう訳のわからん願いに巻き込むのはやめてくれ。

「『楽しむことに私たちの力は不要です。あれは結果を生じさせ、それを眺めるだけ。虚しい力です。楽しさとは自分たちで考え、行動し、ともに歌い、踊り、奏でるからこそ得られるモノだとわかりました』」

 途中はよくわからないけど、だいたい同じ意見だ。
 ダンジョンの攻略完了をポンと与えられても何もおもしろみがない。
 走り、悩み、モンスターを斬り、ボスを工夫して倒し、どんなアイテム結晶なのかわくわくし、その結果を振り返るまでの全てが楽しいのだ。
 この全てがダンジョン攻略だ。
 そうだろ?

「『よくわかりません。その話は長いのでしょうか』」

 シュウとジェスターが吹き出した。
 女神もわずかに顔を崩した気がする。
 なんなのこいつら。

「『惜しむらくは、私や子供たちの願いによりこの世を去った生命たちです。彼らにも私と同様に願いがあったでしょう』」

 過去のことはどうでも良い。
 死んだ奴らはお前や女神を許さないだろうが、私は許す。
 少なくともお前の願いによって、私は楽しむことができたからな。

「何がなんだかよくわからないけど、ウチも楽しかったよ。でも、もう混乱はやめて欲しいかな」
「『わかりました。あなた方がそう言うのなら、私も彼らの復活を願うのはやめることにしましょう』」

 今なんかさらりと恐ろしいことを言わなかったか。

『まぁ、神の座から戻ってきたばかりだからね。それくらいは出来ると思うよ。間違いなく世界が大混乱に巻き込まれるだろうがね。ともあれ、それは避けられた』

 向こうの話は終わったらしい。
 他に何か伝えることある?

『異世界とのパスを繋げてもらわないといけない。今度こそ本当にパスが切れた』

 ああ、そうか。

「『願いましょう。貴方を元の世界――』」
「待って!」

 女神の声にジェスターが割り込む。
 シュウの声が聞こえるのかという疑問も、彼女の声で吹き飛んだ。

「待ってよ。せっかくまた会えたんだよ……。どうしてすぐに戻ろうとするの?」

 ……あの別れ方で、また会うのが気まずかったというか。
 気恥ずかしかったというか。自分の未練を他人に認めるのが嫌というか。

「まだ、喜びも分かち合ってないよ。話したいことだっていっぱいあるよ……」

 帰るのは……、もうちょっと後でもいいかな。
 元の世界に戻ってのダンジョン攻略は、さらにその後にしよう。

『それがいいだろうね。まずはこっちのダンジョン攻略を急ぐべきだ』

 こっちの世界のダンジョンはそこそこクリアしたでしょ。

『女神が復活したんだよ。他の獣たちも復活してるはず。そいつらはダンジョンにいる? もしも野放しなら、今すぐダンジョンに閉じ込めるよう願って』
「『願いましょう。――叶いました』」

 なんだか恐ろしいことが会話だけでちゃちゃっと済まされている気がする。

『ダンジョンという下地はすでに世界に広がってるからね』

 そうか、こっちの世界でも手応えのあるダンジョンができたわけか。
 これはいよいよ元の世界にすぐ帰れなくなってしまった。

 それなら私はダンジョンへ行く。
 お前はどうする?

「もちろん、ウチも一緒に行くよ」
「『私たちも行きましょう』」

 なんで自然な流れで入ってくるの?
 しばらくは二人で考えるって話してたでしょ。

『新しいダンジョンの場所がわかるのはこいつらだけだからね。来てもらえるなら助かる』
「『一緒にやったほうがおもしろいですよ。……失礼。そういう楽しさをご存じないのですね』」

 いや、でも……おかしいでしょ?
 それになんかこの竜、腹立つんだけど。

『こいつらが言ったように部屋の中に二人で籠もらせて、楽しみ方を自由に考えさせるとしよう。願わないとか口では言ってるけど、すぐに独断と偏見で自己正当化して頭のおかしい願いをするようになる。しかも、願いによる現象が外の人間にはまずわからない。しばらく近くにおいて、外の世界を見させた方が絶対に良い。引きこもりと世間のズレは修正が必須だ』
「『そのとおりです。この子にもぜひとも外の世界を見せてあげたいのです』」

 シュウが言ったのは女神だけじゃなくて、お前も含まれてると思うぞ。

 こうして再び異世界のダンジョン攻略が始まった。
 今度はジェスターだけでなく、女神とおまけも付属している。

『これでエレティコス神話がようやく終わったんだ。彼の名で人々が争うことを、彼が望むはずもない』

 シュウが冗談めかして言い、ジェスターは寂しげに笑った。

 彼女は気づいているだろうか――?

 一つの話の終わりは、新たな話の始まりだと。

 女神が街を闊歩し――、
 その脇を異世界の冒険者が歩み――、
 さらに彼女らの間には奇妙な姿の道化師がいた――、



 そう語られる神話が存在しうる、そんな未来を。

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