チートな剣とダンジョンへ行こう   作:雪夜小路

42 / 46
蛇足25話「選ばれない未来 前編」

1.豎コ螳夊ォ悶?迴セ莠コ逾橸シ壹お繝ャ繝?ぅ繧ウ繧ケ

 

 クラカウの街を東門から出て、しばらく道なりに進む。

 二股に分かれるところで南へと行けば、初級ダンジョン――エラスムルナウ大僧院がある。

 

 もともとは大昔に流行った宗教の修行場らしい。

 今となっては元の宗教さえもよくわからず、攻略対象よりも研究対象としての位置づけ大きい。

 実際に攻略目的の冒険者よりも、探求専門や魔術師ギルドの入場者が大半を占めるとのこと。

 大半を占めるといっても、ドロップアイテムに旨みがないのでそもそも入場者が少なく、攻略パーティは年に片手の指で数えられるほどだ。

 

 冒険者ギルドによる格付けは初級なのだが、これは条件付きだ。

 武器を外して入場する場合のみが初級となる。

 

 こんなことになっている理由は、通常は死なないからである。

 モンスターは過去にいた修道僧の亡霊がメインであり、戒律なのか知らないが殺しにこない。

 それどころか、こちらから攻撃したり、物を壊したりしなければ戦闘にすらならない。

 挑発をしても、せいぜい丁重に追い払われるくらいで済むと聞く。

 

 ボスも同様で、奥のボス部屋に入っても戦闘の意思を見せない限りは素通りできてしまう。

 もちろん私の場合は素通りせず、ボスを撃破しての完全攻略を狙う。

 この場合、格付けは一気に上級へと上がる。

 

 ちなみに攻略には探求専門や魔術師ギルドとの日程調整が必要だ。

 彼らの探求が優先され、また彼らを戦闘に巻き込まないため面倒な調整が行われた。

 さらに、研究のお題目でいくつか試して欲しいことやら実験を要求されそれにも答えなければならない。

 これは地道な調査ではわからないこと……要するに暴力的な手段によってのみ得られる情報があるということである。

 僧やボスの行動パターンと攻撃からわかることを情報提供しなければならない。

 無論、今までにわかっていることも彼らから提供してもらえる。

 

『教えの正式名すらわかってない、ってどういうことなのか』

 

 呆れを隠そうとする気もない声でシュウがぼやいている。

 調査員らとの交渉は全てシュウが行い、情報も私を素通りしてシュウにいっている。

 

『何が「情報提供が必須だ」だよ。自分たちに調査能力がないだけじゃないか』

 

 調査員らの情報で役にたつものは何一つとしてなかったらしい。

 冒険者ギルドからの地図と、ボス含む亡霊の攻撃方法が一番参考になった。

 

 さて、すでに修道院の門は目の前にある。

 楽しみの攻略タイムだ。

 

 

 

 超上級と聞いていたが、確かに雑魚も強い。

 

『左から雷魔法が来る。合図で、目を瞑りつつ大きく避けて、一気に突っ込んで』

 

 シュウからふざけた調子がないことからも難易度がわかる。

 今、という合図とともに瞼を閉じ、床を強く蹴った。

 耳は轟音が鳴り響き、瞼は稲光で白く染まった。

 痛みがないことから雷光は避けられたらしい。

 目を開け、亡霊との距離を詰め斬りつける。

 

『普通に強いけど――』

 

 倒した亡霊のアイテム結晶を拾うところでそう呟いた。

 「けど」の後に何が続くのかと待っていたが、何も続かない。

 

 亡霊の数は多く、個体も強いが、複数で襲ってこない上に罠もない。

 ボスまでなら中級でもおかしくない難易度だ。

 その後も順調に進んでいった。

 

 ボス部屋の前に到着し、シュウとの作成会議である。

 このダンジョンはボスが長らく倒せなかったため超上級とされていた。

 記録上、初めに倒した超上級パーティも百回以上挑み、ようやく勝てたほどである。

 ボスが殺しにこないからこそできた攻略法だ。

 

『ミイラアタックだね。まぁ、苦戦はしないでしょう。倒し方がもう研究し尽くされてるからね』

 

 超上級パーティの攻略方法がギルドに残っているのだ。

 ドロップアイテムが良ければ秘密にしていただろうが、価値がほぼないので公開されている。

 実は上級に下げるという話もあったらしいが、初攻略したパーティーの顔を立てて超上級のままにしているという噂もある。

 

『事実でしょう。攻略済みでドロップアイテムが微妙なら、さほどランクにこだわる必要がないからね。武器持たなきゃ戦闘にならないし、なっても死なないとくれば、本来のランクはどうだっていい』

 

 そんなものか。

 それで、今のところ宗教関係の情報はどうなの?

 

『ないね。調査員達が無能だと思ってたけど、正しいかもしれない。どんな宗教なのかがさっぱりわからない。本当は宗教関係じゃなくて、兵士の育成施設なんじゃないかとも思い始めてる。でも、それなら単体で仕掛けてくるのは変なんだよなぁ』

 

 どうもこいつでもわからないようだ。

 それならボスに挑んでみるしかないだろう。

 

 私は扉に手を付け、力を入れる。

 ゆっくりと扉は開き始めた。

 

 

 

 大部屋の中心に男が一人で立っている。

 背は高く、体格はたくましい。腕を組み、堂々とこちらを待ち受けていた。

 

 近づくと腕組みをやめ、片手を掲げ、もう片方の手を下ろした。

 掲げられた手には六枚の札が出現した。

 

 男は一枚の札を下ろしていた手を上げて引き抜き、札を裏返しこちらに裏面――彼から見て表面を見せつける。

 札には、炎に包まれた虎が描かれていた。

 

『ふむ、なるほど……』

 

 札は白い光に消え、男の前に炎の虎が実物として現れた。

 

『聞いてたとおり初手は必ず火炎の虎。距離を取って』

 

 出現する火炎虎から離れるべく部屋の隅へ行く。

 

『火炎弾を四発サイクルで撃ってくる。四発目で距離を詰めるけど、合図で止まって。後退するからね』

 

 あいよ。

 

 言われたとおりに、私と同じ高さの直径を持った火の玉が、私をめがけて飛んできた。

 四発目が放たれた直後に火炎虎に向かって走る。

 

『ストップ! ここで後ろにジャンプ! よし、良い距離。このまま待機』

 

 私が近づくのを見て、火炎虎は炎の波動を放った。

 火炎虎を中心に炎の壁が生じ、それが凄まじい速さで同心円状に広がる。

 広がるにつれ、壁は徐々に高さを低くしていく。

 

『低くなった波動を飛び越えて、一気に斬りつける』

 

 私の直前で、火の壁はすでに飛び越えられる高さになった。

 熱さを感じつつ飛び越えて、火炎虎に向かい、硬直していた虎を斬りつけた。

 虎はあっさりと光に消えていく。

 

『うん。いいね。通常は反撃の爪攻撃があるけどスキップできた。さてさて次はなにかな』

 

 男の手にカードが一枚追加で現れた。

 ちなみにこの男を直接攻撃できるらしいが、超上級パーティが瞬殺される強さらしい。

 その場合は別のドロップがある可能性もある。しかし、とりあえず一旦は正統な戦い方で倒すことにしてみた。

 

 男は先ほどと同様に一枚の札を裏返す。

 

『フィールドカードの草原だね』

 

 札が青い光に消えると、周囲に変化があった。

 大部屋から壁と天井が消え、床までも光に包まれる。

 空には太陽、地面は股下まで伸びる見たことのない草、そして前後左右どこまでも草の生い茂る状態になっていた。

 いわゆるボス部屋空間というやつである。どう考えてもあり得ない光景が広がっている。

 

『この草……』

 

 男は、また札を一枚引き抜き、今度は裏返すことなく手を離した。

 札はまるで板のように、ストンと落ちていき、地面に吸い込まれるようにして消えた。

 

『カードを伏せてきたか』

 

 追加で札をまた一枚引き抜く。

 今度は札を裏返し、その面を見せつける。

 

『また火炎の虎か。距離を取って』

 

 先ほどと同じ虎がまた出てきた。

 私も同様に距離を取る。

 

『ちょっと待って……。うっわ、追加強化もするとか』

 

 男はさらに札を一枚裏返す。

 その札には、化け物が唸りを上げる絵が描かれていた。黄色の光とともに消える。

 

 火炎虎が光に包まれ、その体躯は倍近くに巨大化した。

 大きな唸りをあげ、炎弾を吐くため息を吸い込んだ。

 

『伏せたカードが拘束なのか見たい。避けるのは遅らせて。ちなみに拘束だと一発は剣で防がないといけない』

 

 火炎虎から吐き出された炎は先ほどよりもずっと大きい。

 

『よし。拘束じゃないから避けていいよ。左に避けてね。風向きからみて右は炎の嵐になる。炎弾は六発。さっきよりも大きく避けてね。あと、近づくときは燃え跡を通るようにして』

 

 指示に従い、炎弾の進行方向と直角の向きに走る。

 後ろからの熱波を浴びつつ、六発避けると平原に黒い跡が六本残っていた。

 その黒い燃え跡を通って火炎虎に近寄る。なお、平原の右側は草が燃え、炎が立ち上がっていた。

 

『さっきよりも大きく下がって。炎の壁も二回に増えてるから気をつけてね』

 

 一度目の炎の壁を飛び越えると、その壁を追いかけるように、高速の壁が迫ってきていた。

 それも飛び越えて、火炎虎に迫る。

 

『トラップ発動確認。無視して』

 

 火炎虎の奥に立っている男の足下から何か札が上がってきていた。

 札は裏返り、紫に煌めいたが特に何も起きない。

 そのまま火炎虎を斬りつける。

 

『さすがにしぶとい』

 

 大きくなっている影響か、斬りつけてみたものの消えることはなかった。

 

『爪が横、縦、横、突きで来る!』

 

 伏せる、ステップ、伏せる、ステップというシュウの声に合わせて燃えさかる爪を躱す。

 この後は隙ができ攻撃できるらしいが、安定しなくなるので距離を取って炎弾を撃たせる方がいいらしい。

 ちなみにさっき出てきた札はなんなの?

 

『転移のトラップ。これは無効化できる』

 

 そうなのか。

 

『炎弾来るよ』

 

 はいはい。

 同じサイクルを繰り返し、火炎虎を倒した。

 

 男の手に札が二枚追加された。

 その後も札からのモンスターに倒し続け、とうとう男の手から札が尽きた。

 

 男は両手を軽く挙げ、こちらに何も持っていないを示す。

 そして光になって消え去った。残るのはアイテム結晶のみである。

 

 ふぅー、なんとか倒したな。

 

 長い戦いを終えた後の充足感がある。

 相手の全てを受けきったという達成感だ。

 アイテム結晶を拾って、中身を覗いてみる。

 

 ――繧ィ繝ャ繝?ぅ繧ウ繧ケ縺ョ譽?※譛ュ

 

 ギルドから聞いていたとおりまったく読めない。

 しかも、結晶解除しても札が出てくるだけで何の意味もないらしい。

 

『これで確定した』

 

 何が?

 

『ボスの正体。あの男は――異世界からの漂流者だ』

 

 ……どういうこと?

 

『まず、ボスが持ってたカード。あれは、この世界の(ことわり)じゃない。魔法じゃないんだ』

 

 たしかにあんな現象は見たことがない。

 

『次に、平原で見たあの草。あれもこの世界には存在しない。正確には、鑑定した際の生息地域が、この世界のどこにも該当してない。他にもいろいろとあり得ない動物や植物が出てきた』

 

 ほうほう。

 それで、このドロップは?

 

『極めつけがこれ。文字コードがこの世界のものじゃない。加えて、正しくエンコードされてない。つまり、あの男は正規の手続きを経ずに、この世界にたどり着いてる。おそらくヘンテコな召喚か、元の世界からの転移だね。普通だと読み取れない。ちなみに、チートで見たところそのアイテムは「エレティコスのゴミ札」らしいよ』

 

 ゴミ札なの?

 

『あの倒し方は本来の倒し方ではないってことだよ。考えられるのは元の世界と同様にこちらもカードを使って戦うべきなんだろう』

 

 その札がないんだけど……。

 

『そのとおり、この方法は現時点では無理。そうすると、別の方法だ』

 

 というと?

 

『正しいボス戦はカードとの戦いじゃない。超上級パーティーが瞬殺されたっていう、エレティコスとかいう男本人との戦いだ』

 

 こうして私は真のボス戦に挑むことになった。

 

 

 

 扉から出て、しばらく亡霊を倒してボス復活までの時間を稼ぐ。

 

『おそらくここのモンスターは、ボスに憧れて門下になったんだろう。同じような強さを身につけようとしてね』

 

 できるの?

 

『無理に決まってんじゃん。異世界人だよ。言葉どころか、法則も違う。でも宗祖としては、イミフな力で神秘性があっていいんじゃないかな。でも、本人は門下もこの建造物もなんとも思ってないだろうね。だから、何も残ってない。調べても宗教のことはわからない。そもそも実がないんだから』

 

 調査員らにとっては、むなしい話だった。

 周囲を調べても何もわからない。ボス戦のみでわかるが、異世界を知らないと繋がらない。

 時間の無駄だった訳である。

 

『いや、超上級パーティーは良い仕事をした。最大の功労者だ。正当法じゃないにしても、一種の勝利をしたんだからね。さて、もうそろそろいいでしょう。挑んでみよう。真のボスに』

 

 ああ。

 殺されることはないらしいので、とりあえず一戦してみるとしよう。

 

 

 

 ボス部屋に入り、腕組みして待ち構えるボスにシュウを向ける。

 

『ゲロゴン』

 ブレス!

 

 最初から倒す気全開だ。

 炎の奔流が消え去ると、そこには男がまだ立っていた。

 男の周囲にはうっすらと赤い膜が張られており、それが泡のように弾けて消えた。

 同時に、すでに手に出現していた札が二枚光に消える。

 

『あんなカード、さっきはなかったぞ。直接戦闘用の別デッキだ』

 

 男の手元にカードが二枚現れ、二枚が光に消えた。色は黄色と橙だ。

 黄色い光が男の体にまとわりつき、同時に男の姿も消えた。

 

『屈む!』

 

 言われたとおりに屈む。

 シュウに言われた内容を行動に移す訓練は普段からしている。

 勉強関係はまったく続かないが、この訓練だけはダンジョン攻略と直結するため普段から欠かさない。

 今回もその結果が出たと言えるだろう。

 

 私の髪を掠めて、何かが通過した。

 すさまじい速さだったようで、音と風圧が届く。

 前に転がり振り返ると、男も距離を取るように飛んだ。

 着地すると、手を開いたり閉じたりして何かを確認しているようだ。

 

『能力半減の効果と、その距離を測られたな』

 

 男の手に札がまた一枚補充され、一枚が灰色の光となり消えた。

 

『……いや、二枚消えてるね。トラップもどこかに仕掛けてるぞ』

 

 男の片手に、ハンドボウが出現した。

 ボウには自動で火の矢が番えられ、こちらに放ってくる。

 速度自体はそれほどでもないが、追尾してくる上に、触れたときの爆風が異常に大きい。

 

 こちらから近寄ろうにも牽制の矢を放ちながら後ろ向きに移動し近寄れない。

 ゲロゴンブレスを撃とうにも矢が次から次へと撃たれてしまう。

 

 男の手にまたしても札が出現し、さらに一枚が青色に消えた。

 周囲の景色が変わる。平原に変わると思ったが今度は違う。

 足場は小石が散らばり、あちこちに岩などの遮蔽物が置かれている。

 これはまだいい。一番の問題は――

 

『霧とか、やっかいすぎるだろ。右!』

 

 周囲は白くかすみ男の姿は消えてしまった。

 さらに、見えないところから炎の矢が飛んでくる。

 

『なによりもやばいのは、手札が見えないってことだね。ふむ、このフィールド作成は間違いなく魔力を利用してる――黒竜のスキルを使って消すから。霧が晴れたら一気にね』

 

 言うが早いか刀身は黒く染まっている。

 石も、岩も、霧さえも全てシュウに飲み込まれていく。

 

 景色が戻ったところで立ち尽くす男を見つけ、全力で駆け抜けてシュウで斬る。

 

『最初のトラップだな』

 

 斬った瞬間に異常な光と音、それに風が私を覆った。

 光と音はシュウが遮断したようだが、風は抑えられず大きく飛ばされた。

 着地して男を見ると、ハンドボウは消え去り、手札は増えて四枚になっていた。

 

 そのうちの三枚が赤く煌めき消えた。

 

『光の色で効果の種類がわかる。黄色は強化、青はフィールド、白は召喚だった。灰色が装備系統なのかな』

 

 赤は?

 

『初めて見る。あっ、空だね』

 

 上を見ると、天井部分から何かが出てきていた。

 それは徐々に大きくなり天井のほぼ全てを占め、徐々に落ちてきている。

 

『赤は直接攻撃か。安全位置は男のところだから』

 

 そちらに走るべく、移動しようとしたが、緑色の光とともに足下からツタのような物が現れ、胴体と足、腕を絡みつける。

 おいおい逃げられんぞ。

 

『なんとか左腕だけ外して』

 

 言われたとおりツタを力尽くで千切る。

 

『俺を上に向けて。勢いはさほどない。要はデカい岩ってだけでしょ。邪神様のスキルでぶっ壊す』

 

 シュウを上に向ける。

 すでに大岩は直上に迫っていた。

 

 岩がシュウに触れると、とてつもない力がのしかかったが、それも一瞬。

 バキバキと大きな音が聞こえ、ヒビがあちらこちらに入っていき、次いで小さな音になり、細かく岩は散っていった。

 粒子が落ちてくる中を駆け抜けて男へと走る。

 

 男の手に一枚の札が現れ、すぐに銀色に光って消えた。

 私はかまわず男を斬りつけた。

 

『手応えあり』

 

 続けて斬りつけようとしたが、相手の体が崩れてしまい空を切った。

 男の体は崩れ、白い光になって消えていく。

 

『あら、本体自身はもろいのか』

 

 どうもそのようだな。

 

『…………斬って! 速く!』

 

 えっ?

 あとはアイテム結晶が出るだけだと思ったら、シュウが叫んだ。

 

 目の前の景色が巻き戻り始める。

 白い光が形をなしていき、元の男に戻る。

 斬りつけようとしたが、フラりと躱されてしまった。

 躱したというよりも倒れたが正確だろう。

 

『最後のカードは一度だけ復活の効果だったんだ』

 

 なるほどな。だが、ここまで来ればもう避けることも外すこともない。

 突き刺して終わりだ。

 

 ただ、男の手に握られた札が一枚――光を発して消えた。その色は虹色。

 男の口元が笑っているように見えた。

 

 シュウを突き進ませるはずの手が止まる。

 体中の毛穴が開き、冷たい汗が噴き出てくる感覚。

 考えることもなく足が勝手に男から距離を取っていた。

 

『何やってんの?』

 

 なんか……やばい……。

 

『虹色の光は初めてだったね。念のため無敵スキルを使う。笑っていたのは確かに気になる』

 

 シュウも私と相手の様子を察したようだ。

 最終手段を発動すると宣言し、すぐさま感覚で無敵の効果を実感した。

 

 何かが起こると待っていたのだが、何も起こらない。

 しばらくすると男の手が空を掴むように動き、目を見開いて、信じられないといったものになった。

 すぐに手は地に落ち、目は力なく虚空を見つめ、体は白く光の粒子になっていく。

 アイテム結晶だけが男の位置に残った。

 

『竜スキルをほぼ全部使うとか強すぎるぞ。超上級パーティーも瞬殺される訳だ。いったい何者だったんだ……。最後のカードも気になる。無敵じゃなかったら負けてたんだろうね』

 

 そうだな。

 何かは結局わからなかったが、とてつもない気配を感じた。

 

 互いに異邦人を恐々としつつもアイテム結晶を拾う。

 

 ――繧ィ繝ャ繝?ぅ繧ウ繧ケ縺ョ蛻?j譛ュ

 

 覗いてみるもののやっぱり読めない。

 なんて書いてあるの?

 

『「エレティコスの切り札」だって。たぶん最後に使ったカードなんだろうけど、このカードは俺たちじゃ使えないんだよね』

 

 あれま、残念だな。

 どんな効果なのか実際に使ってみたかった。

 

『竜スキル並なのは間違いない。もしかしたら、本当に、彼の世界で竜を倒したときの特典だったかも。でも、使えないからやっぱり意味ない』

 

 言ってもしょうがない。

 久々の本気の戦闘でちょっと疲れた。

 いったん街に戻って食っちゃ寝するとしよう。

 そういやギルドにはなんて言えば良いんだろうか?

 

『残念だけど、帰るのはもうちょっと後からになりそうだね』

 

 ん?

 というと?

 

『後ろ』

 

 振り返ると、大部屋の真ん中に何やら札が一枚ぷかぷか浮いていた。

 札は橙色の光に消え、大部屋全体に魔法陣が描かれていく。

 

『大丈夫。転移系の魔法陣だけど無効化できてるから』

 

 びっくりした。

 いったいどこに転移させるつもりだったんだろうか。

 

『それは魔法陣を調べればわかる。俺としては転移の目的を知りたいところだ。ふむふむ、ずいぶんと精密な魔法陣だね。いろいろ条件も足されてる。あっちにあるのが座標かな……』

 

 すでに調査に入っているようなので邪魔しないように黙っておく。

 

 軽食を食べ、飲み物で喉を潤す。

 魔法陣の光も徐々に落ちていき、消えると思ったが、ほのかな灯りの段階で止まった。

 

『魔法陣については、だいたいわかった』

 

 おお、さすがだな。

 

『これは異世界に飛ばす魔法陣で、条件がいくつか付与されてて、さっきのボスを倒した時と、倒した者にのみ反応するようになってる』

 

 なるほど、それで?

 

『魔法陣からわかるのはそれだけ』

 

 どこに飛ぶとか、男の正体や目的とかは書かれてないの?

 

『具体的にどこに飛ぶかはわからない。書いた奴はわかる。ボスの男だ。座標系が、飛ばされたところからここまでを、逆探知的に探した地点に設定されてた。魔法陣としては発動しそうだから、今も転移場所は存在してるでしょう。それにこの男も魔法陣が書けるだけの技量があるってことはわかる』

 

 転移できて魔法陣も書けるってことは、いつでも帰ることができたってことか?

 

『今はできない。おそらくダンジョンに縛られてる。一種の封印、あるいは呪いだね。転移魔法陣は書けても、封印解除ができないから帰れなかったんだと思う。どっかの邪神様みたいな奴だ。今回はあのときよりも強力だね。なにしろ本人はもう死んでるから、ダンジョンからの封印を解除したらほぼ間違いなく死ぬ。……ただ、人間のときならいつでも帰れたはず』

 

 人間の時は帰らずに、ボスになって帰りたくなった?

 

『魔法陣の条件は、「男を倒した奴」だ。男は自分を倒した奴が転移されるようにしてた。何か転移させる目的があるんでしょう』

 

 聞くことができればいいのにな。

 

『難しいね。生きてる頃ならまだしも、今はボスになっちゃってるから』

 

 ふーむ。

 

『でも、男以外に聞くことはできるかもしれない』

 

 どういうことだ?

 

『転移先の相手に聞けばいい』

 

 ……そんなことできるの?

 

『魔法陣に追加領域を持たせてるからね。おそらく後で何か書き足すはずだったんでしょう。そこを利用させてもらうとしよう』

 

 そんなわけでシュウの指示に従い、魔法陣の一角に線を何本か書き足した。

 こちらから相手用と、相手からこちら用のものらしい。

 ほのかな光が私の引いた線をなぞっていく。

 

『誰かいますかーって聞いてみて』

 

 誰かいるか?

 

“………………縺ゅ↑縺……縺?縺ゅl?”

 

 おおぉ、本当に聞こえた。

 すごいな、この相手は異世界なんだろ。

 さすがに何言ってるのかはわからないな。女っぽいことしかわからん。

 

『……あぁ、いや、聞き取る以前に声がバグってる。エンコードも追記しないと駄目そうだな。ちょっと調べるから待ってて』

 

 すぐかと思ったがだいぶ待たされた。

 最初の調査よりも長かったに違いない。

 相手からの声も、今はもう聞こえなくなっている。

 

『最初は読むだけで、今は書き加えるわけだからね。特に世界間の文字コードは複雑なんだよ。史竜に聞いてないとわからなかっただろうね。まったく竜がうらやましい。あいつら異世界間を顔パス状態だからね』

 

 愚痴を言いつつも修正を加えていく指示は精確だ。

 ズレを許さず線の引き方を指示される。

 

『これでどうだ』

 

 おーい、聞こえてるかー。

 

“縺セ縺溯◇縺薙∴縺ヲ縺阪◆……縺?▲縺溘>菴輔↑縺ョ……”

 

 駄目っぽいぞ。

 

『いや、変換できる。今のは「また聞こえてきた。いったい何なの」らしい。ふむふむ、カーネフェル語だそうだ。てい、エンコーディング。どやぁ?』

 

 おーい

 

“わっ、えっ、……おーい”

 

 驚きつつも控えめに返事が来た。

 

 おーい

 

“おーい”

 

 おーい。

“おーい”

 

『楽しそうなのはいいけど、本題に入ってくれる』

 

 私はメル。冒険者をしている。そちらは誰だ?

 

“ウチは道化師をしてるジェスター。……冒険者って何してる人なの?”

 

 それは私の台詞だ。道化師ってなんだ?

 

『埒があかないから俺の言ってること伝えて』

 

 その後、シュウの言葉を代弁し、ジェスターの言葉を受け取った。

 何でもルイアンとかいう大陸にいて、あちこち巡ってお金を稼いでいるらしい。

 場所は野宿で使った古代遺跡の中にあり、奥から変な物音がして近づいてみたとのこと。

 

『疲れる相手だ』

 

 話をするとすぐに方向性がずれて、シュウも話をするのに苦労していた。

 

『特に問題があるわけでもなさそうだね』

 

 そうだな。

 なんか平和そうだ。

 

『あっ、そうだ。あとはエレティコスって名前に聞き覚えがないか聞いてみて』

 

 エレティコスって知ってる?

 

“何言ってんのメル! 馬鹿にしてるの!”

 

 すごい剣幕だが、知らんものは知らん。

 

『聖徳太子知ってる並の反応だ』

 

 そんな有名なのか。

 

“この世界の神様でしょ! どの国のトップも、自分たちこそが彼の意思を継ぐ者だって主張してるじゃない!”

 

『おいおい、お前んとこの神様、こっちのダンジョンでボスやってるぞ』

 

 まったくだよ。

 

“それでメル、どうすんの? こっち来る? 楽しいよー”

 

『カラオケ来るみたいなノリで、異世界に誘ってくるのはやめてもらいたいね』

 

 いやぁ、別に問題ないならやめとく。

 ダンジョンもないだろうしな。

 

“ダンジョン? 冒険者ってシーカーのことなの? メル、ダンジョン潜ってんだ。こっちにもあるからおいでよ”

 

 ……ダンジョンあるの?

 

“そりゃあるでしょ。さっきからほんと馬鹿にしすぎ! ウチもぉ、モンスター倒してぇ、流行のカード集めることくらいあるわけっ、わかるでしょ?”

 

 いや……、どうだろう。わかる半分、わからない半分くらい。

 こりゃもう、ちょっくら行ってみて確かめないといけないのではないだろうか。

 

『帰ってこれないよ。これ一方通行だから、一度使ったらそれで終わり』

 

 そこだよなぁ。

 サクッと帰れるならちゃちゃっと行くんだが……。

 

“メル、心配ィしすぎだってー。ザなんとかなるよ。ギそんなことができる人がいるって噂聞いたことェあるし”

 

 うん?

 何か変な音が……。

 

『黙って』

 

“ねぇェ、おーい、聞いェてる。メゥル”

 

『ジェスターを黙らせて』

 

 ちょっと黙ってくれ。なんかおかしい。

 

“ィ……ェ…ぁ”

 

 何か聞こえてくるな。

 近くに何かいるのか?

 

“いないMよ……i……▽縺……けぇ◆”

 

 何だ。

 はっきり聞こえてきてるぞ。

 

“……見つけた”

 

 男、だろうか?

 なんか静かな声が聞こえてきた。

 

『おぉ! すげぇぞ、こいつ! 盗聴どころか割込みに逆転移までしてきた!』

 

 何が? 何のこと?

 

『来るよ』

 

 だから何が?

 

 視界の中に何かがチラつき、顔を上げると札が三枚浮いていた。

 白い光とともに札は消え去り、細い紐に操られているような人形型のモンスターが現れた。

 

 何だこいつら?

 

“メル! どうしたの! 大丈夫?”

 

 人形どもは三体で私を囲み、手に備え付けられたナイフをチラつかせ、ひょこひょことにじみ寄ってくる。

 あまりにもまどろっこしいのでこちらから斬りかかり、一体を光に消す。

 さらに残る二体もサクサクッと倒してしまった。

 

“ねえ! ちょっと!?”

 

 問題ない。

 なんかヘンテコなモンスターが出てきただけだ。

 ボスの出してきたモンスターとは、比べるべくもない粗悪品だったがな。

 

“そう、なら良……え、何これ、何なの? 何でモンスターが――”

 

 小さな悲鳴に、遠ざかる足音と、それを追う音が聞こえてくる。

 

『ふむ』

 

 いや、「ふむ」じゃないんだけど、どう聞いてもモンスターに襲われている様子だぞ。

 助けに行ったほうがいいんじゃないのか。ああ、くそっ、でも帰れないのか。

 

『いや、状況が変わった。転移の魔法陣は書こうと思えば書けるし、魔力の問題も割り込んだ奴を探し出せばいける。たぶんほっといても向こうから探しにきてくれるでしょう』

 

 じゃあ、行こうか。

 ジェスターを早く助けるべきだろう。

 

『必要ないと思うよ』

 

 ……なぜ?

 

『逃げ方が綺麗すぎた。ジェスターの近くにもモンスターは現れてた、これは間違いない。だとすると普通は立ちすくむ。でも、彼女はあっさり逃げた。しかも足音はジェスターとモンスター三体に加えて、かすかにもう一体の音が聞こえてた。彼女が召喚した何かだろう。普通、その一体でなんらかの牽制をしてから逃げるものじゃないかな』

 

 そうかもしれないが、それじゃあ彼女はなぜ戦わず逃げたんだ?

 

『たぶんメル姐さんを誘ってるね。エレティコスの名前を聞いてから異常にメル姐さんを誘ってたし』

 

 じゃあ、ここにモンスターを召喚してきたのも、彼女か?

 

『いや、それは違う。明らかに別の座標から介入してきてるからね。裏で繋がってるかはわからないけど、たぶんそれはない。モンスターの出現での驚きは本当だった』

 

 ほーん。まぁ、細かいことはいいや。

 ダンジョンがあって、帰れそうならためらうこともあるまい。

 いや待て……。そもそも落ち着いて考えると、異世界でダンジョンとかあり得るのか?

 

『あり得るよ。この世界特有なのはダンジョンじゃなくてアイテム結晶だからね。その役割をカードが担っているなら、ダンジョンができることは十分ある。ただし、それが俺たちの知っているダンジョンと同等のものかはわからない』

 

 そのときはさっさと帰ることとしよう。

 他に何か問題は?

 

『最大限の注意はしておくべきだろうね』

 

 そちらは任せた。

 

『じゃあ行こう。時空間耐性を切るから』

 

 異世界のダンジョンなんて初めてだ。

 わくわくしてきたぞ。

 

『この魔法陣だと時空移動の酔いが最悪だけど問題ないっしょ。さっそく行ってみよう』

 

 あっ、ちょっと待って。

 酔い止めとか、酔いそのものをなくすチートってないの?

 

 ……返事はない。

 景色がぐにゃりと歪み始めた。

 周囲の景色は意味をなさないほど歪み、まともに正視ができないほどだ。

 頭の中がぐるんぐるんとゆっくりかき混ぜられているようである。

 

 このとてつもなく嫌な感覚が異世界への冒険を感じさせた。

 

 

 

 景色が形をなしてきた。

 

『敵影なし』

 

 頭がぐるぐるして気持ち悪い。

 たぶん地面に立っているのだろうがよくわからない。

 

『ジェスターはいないし、モンスターもいない。扉は二方向。片側の扉が開いてるから、そっちに逃げたんだろうね』

 

 あ、そう。

 だいぶ落ち着いてきた。

 場所は屋内で暗い。ボス部屋と似ているな。

 

『うん、思った以上に何もない場所だね。どうしてここが座標に指定されてたんだろう』

 

 それは後にしてくれ。

 物音が聞こえてくる。今は追いかけた方がいいだろう。

 

 大部屋から出て、通路を走ると、見覚えのある人形モンスターが二体いた。

 それらと、熊のぬいぐるみのようなモンスターが腕を振って戦っている。

 彼らも目を引くのだがそれ以上に目を引くものがあった。

 熊の後ろで守られている少女だ。

 

 おそらくジェスターだろう。

 顔立ちは若く、声とも合致する。

 しかし、服装がすごい独特だった。

 

 二股に分かれた帽子に、くるくるさせた髪の毛。

 赤白黒を基調として、丸だの菱形がデザインされた派手な服を着ている。

 しかもその服はへその上までしかない。へそは丸出しで、その下は服と同じ柄のスカートを履く。

 さらにスカートも短く、膝の上までヘンテコな模様の靴下を上げていた。

 靴はヒールがついており、つま先はくるくる巻いている。

 町中で歩けば間違いなく目立つだろう。

 

『うーん、コスプレJKって感じだね。おへそと絶対領域が良いですなぁ』

 

 見たところ戦闘ができる服装には見えない。

 実際に苦戦しているようなので、加勢することにした。

 

 モンスターの後ろへ近づいて斬りつける。

 元の世界と同様に一撃で倒せた。もう片方も斬りつける。

 

「えっ! もしかしてあなたがメル!」

 

 ああ、そうだ。

 

 口元に両手を当てて、笑うような顔で近づいてくる。

 手にもぴっちりした黒と白の手袋を填めている。

 

『あの手袋は魔装具に近い。変な効果がある』

 

 ほう、じゃあ他の衣装も何か効果があるのか?

 

『ない。他はただの服。服と言うより装束というべきなのかな』

 

 ジェスターは私をジロジロと上から下まで見つめる。

 あからさまに顔を顰めていく。

 

「うっわぁっ、変なかっこ! ありえないって! ウチがコーデしたげるよ」

 

 こうでって何だろう。

 とりあえず服装について、そちらからどうこう言われたくない。

 

 ひとまず場所を変えて、情報を交換することになった。

 悪い奴ではないとわかるのだが、会話がなんだろう、ふわふわとしすぎて進まない。

 ご飯の話とか家族やら、よくわからない感想が次から次へと出てきてたくさん話しているのに何もわからない。

 

 ゴミのような会話が続いて疲れてきた。

 わかったのは、ここがジャックの国とかの僻地ということだけだ。

 

『いや、見かけ以上に世間を渡ってることはわかった。きちんと情報を抜き出してる』

 

 そうか。

 あまり長話はしたくない。

 

『じゃあ、共通項について話そう。まずモンスターを送ってきた奴だ』

 

 私たちを襲ってきた奴に心あたりはあるか?

 ちなみにこちらの世界からってのは間違いないようだぞ。

 カードも出してきたからな。

 

「うーん、エースにそんなことできる人がいるって話は聞いたことある。あそこ、行ったことないんだよねぇ。カードを全部渡さないと入れないとか、ありえないっしょ! ウチのカードをあいつらに渡すとか絶対ムリだから」

 

 はいはい。

 エースだかにいる可能性ありね。

 

『次が本命。エレティコスについて。とても興味があるように聞こえた』

 

 エレティコスは知ってるんだよな。

 詳しく教えてくれ。

 

「いや、ウチもそこまで知らないよー。ちょっと調べてるだけだって」

『あっ、これは詳しい人の口ぶりですねぇー』

 

 ジェスターによれば、エレティコスは本当にこの世界で神扱いだった。

 彼が大陸を創造し、救いを世にもたらしたと語られているほどだ。

 彼は現在、神のいる座に収まり、世を見守っているとか。

 つまりダンジョンは神のいる座ということになる。

 やっぱりダンジョンって素晴らしいな。

 

『冗談言ってないで、ちゃんと聞いて』

 

 冗談なんて言ってないんだが?

 

 神話も両手で数えられないほどあるようで、各国で研究されているらしい。

 どうも神というのはいるときよりもいなくなった後が面倒で、彼が消えた後、残された者たちは彼の後継者を競い争った。

 当初あった幾十の派閥が時間とともに淘汰されていき、四つにまで減った。

 それら四派閥が現在の大陸にある四つの国となったようだ。

 

 彼らはエレティコスの後継者を主張しているが、それを証明するものがない。

 彼の遺品はほとんど残っていないのだ。仮に見つかったとしても、それらは歴史的な意義しかない。

 

 そこで重要になるのが、彼が使った札だ。

 神話に出てくるような札は、一枚も残されていない。

 もしも、それらを見つけ手に入れたなら真の後継者問題に決着がつく。

 

『確かにつくだろうね』

 

 ふーん、そんなものか。

 

『彼のカードは、歴史の針を進める滅びの鐘音だ。他の国を滅ぼして、最後にその手にカードを収めた国こそが正統なる神の後継者。今度は一カ国にまで減ること間違いない』

 

 ぶっそうなことを楽しそうに言ってるが、要は見つからなきゃいいんだろ。

 

『もう見つかってる。推定でエース国が、一歩先んじてるね。それに――』

 

 そうだな。ジェスターの眼差しが先ほどの物とは違う。

 熱を持った視線で私を見つめてくる。

 

「持ってるの?」

 

 何を、とは言わなかった。

 さすがの私もわかる。

 

『嘘をついてもどうせばれるから、あげちゃっていいよ。でも、欲しい理由は聞いて』

 

 私は、エレティコスを倒してたまたまその札を手に入れた。

 ジェスターは、なぜその札が欲しいんだ?

 

「ウチらの……、夢だからかな」

 

 なぜあのカードが夢になるのかがわからない。

 ただ、今までの浮ついた雰囲気はなく、本音をありのまま言っているように感じた。

 

『嘘はないね。喜び、憧れ、悲しみ、それに怒りと呆れも混ざってるね。うん、おもしろい。ゴミの方を渡して』

 

 それはちょっとひどいんじゃないか。

 アイテム袋にて手を突っ込み、ごそごそあさる。えっと――。

 

『どっちか迷ってるでしょ。右がゴミだよ。左は切り札』

 

 ああ、これだな。

 出てきたアイテム結晶を解除すると、ジェスターが物珍しそうにその光景を眺めていた。

 

 現れた札を「ほい」とジェスターに差し出す。ちなみに差し出したのはゴミ札である。

 ジェスターは、震える両手でそのカードを掴み、自分の方へと引いた。

 彼女の手で札は白く瞬いて消える。

 

 ジェスターの隣に、彼女の倍の体格はあるだろう見覚えあるモンスターが現れた。

 体が炎で構成された虎だった。ボスが初手で必ず出してくる火炎虎だ。

 

「……うっそ。これ、炎虎マルス。ほんとに……」

 

 呆然と彼女は火炎虎を見つめている。

 そんなに有名なの?

 

「エレティコスが好んで連れてたっていう火炎の聖獣。大悪の獣レザールの群れを聖炎で焼き尽くした話は超有名。初期の神話で何度も出てるから、風貌も各神話で共通項があるし、これもその特徴にあってる。おそらく本物」

『すごいね、ゴミ札。切り札は世界創造になるんじゃないの』

 

 笑えないな。

 で、これをどうするの?

 

「ごめん、メル。やっぱ、ウチじゃ扱いきれないからさ。返すね」

 

 あははと笑って、ジェスターは火炎虎に手を向ける。

 しばらく手を向けていたが、彼女の様子が変わってきた。

 何やら手を何度も握ったり開いたりで、顔つきも真剣味を帯びている。

 私の視線に気づいたのか、てへへとこちらに笑いかける。

 

「ありゃりゃー、困ったなー。……戻らないや」

 

 ほんとどうしよう、と最後にはうなだれてしまった。

 

 

 戻らないとは札に戻せないということだったようで、問題の火炎虎はずっとジェスターの側に仕えている。

 仕えていると言っても、別に何かをする訳ではなく近くにいるだけで特に何もしていない。

 ときどきジェスターが話しかけるものの、ジッと見るだけである。

 

『カード化できないなら外もおちおち出歩けないだろうね。戦争開始の爆弾を担いで歩くようなもんだ。かわいそうに』

 

 その爆弾を渡すように薦めた張本人が何を言ってんだ。

 

『言われたとおりゴミ札を渡した張本人が何を言ってんのさ。まぁ、なんとかなるでしょ』

 

 そうだな。

 戻らないものはしょうがない。

 それよりダンジョンに行こう。私の楽しみはそれだ。

 

 ジェスター。

 ダンジョンまでの案内を頼む。

 

「これ」

 

 ジェスターが火炎虎を指さす。

 かっこいい虎だな。

 

「違くて。どうすればいいの」

 

 どうすりゃいい?

 

『斬れば?』

 

 おお、妙案だな。

 シュウを握り、火炎虎を斬りつけた。

 避けようとしたが遅い。あっさりと光に消えてしまう。

 

「聖獣を斬るとか……」

 

 ないわーって顔でジェスターは見てくる。

 どうしろというのか。

 

 それよりもだ。

 アイテム結晶は出たが、また使うか?

 

「……やめとくよ」

 

 そうか。それじゃあ、ダンジョンに行こう。

 近くにダンジョンはないのか?

 

 

 外に出て、誰もいない道を走る。

 ジェスターは、彼女が召喚した熊のぬいぐるみに乗せてもらい並走している。

 見た目が可愛い割に、四足でけっこう速く走るものだと感心する。

 

「速いー、揺れるー、気持ちわるーい」

 

 ジェスターは文句を垂れている。

 実際に乗り心地は悪そうだった。体がすごい揺れているし、首も痛めそうだ。

 

 先ほどから誰ともすれ違わない。

 どうもここはジャックが治める国の僻地だったようだ。

 たまたまあの遺跡に寄って遭遇することになったらしい。すごい偶然だ。

 

『そんな偶然を俺は信じない』

 

 偶然ではないと?

 

『たまたま攻略したダンジョンのボスが異世界人で、たまたま異世界から話しかけたメル姐さんの声が、たまたま遺跡に寄っていたジェスターが聞き取り、たまたま盗み聞きに成功した奴がいて、たまたまそいつのハッキング技術が天才的で刺客もけしかけることができた。偶然の一致と言うには、あまりにもできすぎてるとは思わない?』

 

 できすぎてるとは私も思うぞ。

 でも、偶然じゃなかったら何なんだ。

 

『運命論ってのがあるんだ。宿命論とも言われるんだけど、この世すべての出来事はあらかじめ全部決まってて、人の努力ではそれを変更できないって考え方』

 

 私も似たようなことを聞いたことがあるな。

 つまるところ、お前はこれは運命だと言いたいのか?

 

『運命論と混同されるものに決定論ってのもある。あらゆる出来事は、なんらかの原因によって決められており変えられないって論。この原因を自然現象に求めるか、宗教的なものに求めるかで違うんだけど、宗教的なもの――いわゆる預定説ってやつだと、あらゆる出来事は全て神が定めているって論なんだ。正確には救われる人と救われない人を決めてるだけなんだけど』

 

 長ったるい説明だけど、要は神がもうどうなるか全部決めちゃってるってことだろ。

 それを運命と言うのなら、運命論も決定論とやらもどっちも同じに思えるが、何が違うんだ。

 

『人の自由な意思が存在するかどうか。宗教的な決定論には存在しない。神が全部決めるんだからね』

 

 それは運命論も同じじゃないの?

 いや、もういい。これ以上はたぶん私の理解を超える。

 結論だけ教えてくれ。

 

『この世界は一つのダンジョン。ボスもすでにわかってる――神だ。すなわち今回のダンジョン攻略は神を倒すことになる、と俺は思ってる。確信と言っても良い』

 

 神って、お前をよこしてくれた神様?

 

『いや、そっちの超越的な神様じゃない。あくまでこの世界で信仰されているという程度の一般的な神』

 

 その神様ならもう倒しただろ。

 切り札ももらえた。何かは知らんがな。

 

『あの切り札が何か、ね……。俺の想像が正しいなら、あの切り札こそゴミ札だ。あまりにもつまらない。神もそれに気づいた。でも、彼はそれを認めたくないらしい』

 

 それ以上、シュウは何も語らない。

 言うべきことは言ったということなのだろう。

 

 なんにせよ、静かになったのは良いことだ。

 小難しく長い話にも飽きていた。

 

 ここからが本当のお楽しみということだろう。

 

 

 

2.表現主義の狂剣士:ジャック

 

 ここはジャックという国で、同時に人名でもある。

 この世界の慣習で、国の名はトップの名を使うのが慣習のようだ。

 すぐに名前が変わるのではないかと思ったが、五年近く変わっていないと聞く。

 

 ジャック、クイーン、キング、そしてエース。

 この四名、四カ国がこの大陸で覇を競い合っている。

 

 今いるのはジャック、別称は「表現主義の狂剣士」だ。

 表現主義がなんなのかさっぱりわからない。

 とりあえず剣士ということはわかる。

 なんだ、私と同じだな。

 

『ほざけ。盗人風情がよくも剣士を騙れるものよな』

 

 なにその喋り方。

 突っ込みが怒りに勝ってしまったぞ。

 

「楽しそうだねー。でも! 早く! 助けてもらっていいかな!」

 

 はいはい。

 

 ジェスターとパーティー登録をしたため、すでにシュウとの会話は聞こえている。

 場所もすでにダンジョンで、彼女は熊のぬいぐるみでモンスターと絶賛戦闘の最中だ。

 

 ダンジョンの中は元の世界とさほど変わらない。

 モンスターが出てきて、倒すとアイテム結晶が残るだけだ。

 アイテム結晶をジェスターに渡すと札になることはちょっと驚いた。

 

『おもしろいね。元の世界から持ってきたアイテム結晶でもできるのかな』

 

 ちなみにこの疑問は駄目という答えになった。こっちで私が倒したもの限定らしい。

 他に大きく違うのは、この世界のダンジョン攻略方法そのものだ。

 札を使ってモンスターを倒していっている。

 本人はそこまで働かない。

 

「それがふつーだよ。メルみたいに自分の力で倒す方が異常なの。ジャックですら完全に装備系で戦う人なんてごく少数だよ」

 

 このジャックでは自分自身が戦う人もいるが他の国ではまずないようだ。

 特にこの国の筆頭、ジャック本人も自らが戦うスタイルらしい。

 

「表現主義は代々その系統」

 

 表現主義ってなに?

 

「人は、カードではなく自らを鍛え戦うべし。カードはあくまで自らの戦闘を彩るものにすぎない。カードは表現のための道具だって人たち」

 

 ほぅ、難しいことだと思ったが、かなりわかりやすい話だな。

 それって私たちの世界とほとんど同じなのでは?

 

「そうなのかも。印象派の人たちとは犬猿の仲なんだよね」

 

 印象派はどういう人たちなんだ?

 

「人は、カードによってその人物が表される。カードを集め、そのデッキの構成が人を示す。カードの印象こそが重要だって人たち。クイーンが支配してる」

 

 クイーンの別名はなんなんだっけ?

 

「印象派の夢魔だね」

 

 ふーん。

 それよりデッキって言うのは、札の束なんだろ。

 私の目には見えないけど、どうやって保管してるんだ?

 

「うーん、心の中? 頭の中かも。特に気にしたこともないや。意識すればわかるし」

 

 すごい便利そうだ。

 強いカードを入れまくれば、ダンジョンがあっという間にクリアできそうだな。

 

『それができないから攻略できてないんでしょ』

 

 たいそう呆れた声でシュウは突っ込みを入れてきた。

 

「そだねー。入れられるカードの総数も個人に左右されるし、カードの種類ですら個人によって枚数の制限をされるんだ。ウチは攻撃系、装備系とフィールド系が入れられない。罠系統もほぼ駄目だねー。召喚系と強化系、それに特殊系で組んでるよ」

『ああ、やっぱり。カードを使ったときの色って系統に紐付いてるんだ』

 

 ジェスターはそだよと肯定する。白が召喚、黄色が強化、橙が特殊らしい。

 そういやあのボスもカードを使ってたときに色がついてたよな。

 赤とか紫もあった気がする。

 

「赤は攻撃系で、紫は妨害だね」

 

 種類がたくさんあって覚えるのが大変そうだ。

 

『虹色は?』

 

 ジェスターが首をひねった。

 

「虹色なんて見たことない。でも、神話に出てた。エレティコス様が使ったの? それってどんなカード? どんな効果? 何が出てくるの?」

 

 すごい食いつきだった。

 鬼気迫る勢いで私に迫ってくる。

 

 ボスが最後に使った謎の札だ。

 いろいろあって効果の発動を見ることなく終わった。

 

「そっかー。残念だなー。見てみたかったよ」

 

 本当に見たいか?

 

「え、そりゃ見たいけど何で」

『また余計なことを……』

 

 ジェスターは私とシュウを交互に見る。

 

「もしかして、まだ何か持ってるの?」

 

 実はそうだ。

 見ようと思えば見られる。

 

「えっ、すごい。見たい見たいよ。ウチにも見せて!」

 

 言ったが、私たちも見ていない。

 興味は確かにあるんだが、見てはいけない気配を感じる。

 実を言うと、さっさと棄ててしまいたいという思いさえあるほどだ。

 

『火炎虎みたいに、サクッと斬りつけてなんとかできるものじゃない。それはメル姐さんが、やばい気配を感じてることからも間違いないね』

 

 欲しいならくれてやろう。

 でも、見るなら私のいないところで見てくれ。

 

 それを踏まえ、もう一度だけ聞こう。

 本当に見たいか?

 

「……や、やめとくよ」

 

 それがいいだろうな。

 

 私たちは攻略に戻った。

 ボスもかなりあっけなく倒せてしまった。

 

「すごいよ。そんなに簡単なダンジョンじゃないのに。あっという間にクリアしちゃった!」

 

 ジェスターは大喜びだが、私は消化不良だ。

 そこそこ難しいダンジョンだと聞いていたのに、モンスターもボスもあっけなく、隠しルートもないときた。

 

『中級くらいかな。モンスターがちょっと強いだけのダンジョンだ』

 

 やっぱりそれくらいか。

 とりあえず異世界のダンジョン攻略法が見られたから良しとしよう。

 

 

 その後も、ジェスターと道をともにしてあちこちのダンジョンを攻略していった。

 手に入れた札はそのままジェスターに渡して、彼女も手に入れた札でいろいろとデッキを試している。

 自分で攻略するのも楽しいし、彼女が札を駆使して戦っているのを見るのもなかなか楽しい。

 一度で二度おいしいとか、すげぇよ異世界ダンジョン。

 

 当初はわからなかったが、他の国から来たシーカーとかいう冒険者もどきは札中心の戦いだ。

 この国のシーカーや一般の挑戦者連中は、元の世界同様に装備と強化で戦うことが多い。

 物理攻撃が効かないダンジョンでは苦戦しているのが見て取れた。

 

 逆に札中心での弱点もわかってきた。

 デッキを組んでいても好きな札が出せるわけじゃなく、ランダムで手元に現れるってことだ。

 最初に何枚か手元に出てくるらしいが、そこで良い札を引けなかったら、モンスターとの戦いが不利になる。

 しかもデッキを使い果たすと、デッキが復活するのにかなり時間を食うようだ。

 その間は札なしで己の実力のみで生き延びねばならない。

 

 装備と強化中心だとそれなりに安定して戦える。

 デッキを使い果たしても、装備や強化を受けた状態でデッキ復活までの時間を稼げるメリットがある。

 

 札中心はどちらかと言えば魔法使いや斥候、ヒーラー。

 装備中心は剣士や弓使い、盾役だったりと元の世界でも対応するタイプがある。

 ここでジェスターの戦闘スタイルは何かだが、このどちらでもなく召喚系と呼ばれるものだった。

 

 これは元の世界に対応するタイプがない。

 シュウに言わせると超まれにいるモンスター使いらしいが、私は見た記憶がまるでなく新鮮だ。

 こちらの世界では戦闘スタイルとしては珍しくないが、召喚系に高い適性があるのは割と珍しいらしく、たびたび物珍しい視線で見られることがある。

 

 ぬいぐるみの熊に、白黒ツートンカラーの兎、笑い続ける太った猫、髭を整える大きなエビと私から見ても多彩だ。

 それらを強化カードで力を強めて殴らせたり、堅くして守らせて立ち回っている。

 ちなみにぬいぐるみの熊は、必ず初手で回ってくるインヒラントカードと呼ばれ、デッキからも外せないと話していた。

 

『だいぶ戦えるようになったね』

 

 最初は中級相当で苦戦していたが、今では問題なく戦えている。

 余裕というほどではないが、油断しなければボスまでは安定していけるだろう。

 ダンジョンで地道にカードを集めれば集めるほど、攻略できるダンジョンも増えていく。

 時にはカードを交換したり、お金で買ったりしてジェスターはカードを集めていっていた。

 

『チートもほぼなしだから立派なもんだ』

 

 彼女はほとんどチートの効果を享受していない。

 せいぜい能力強化で、モンスターの攻撃でも一撃死しないくらいの頑丈さだろう。

 

『メル姐さんとパーティー組んでる時点で十分すぎるほどチートだよ。モンスターからのカードがもらえるし、自分が勝てないモンスターやボスを倒してもらえるからね。自力で倒せるまで何度でも挑める』

 

 それでもまだ可愛いもんだろ。

 本人の札関係のチートは使ってないんだから。

 

『そうだねぇ。デッキから好きなカードを引きほうだいや、召喚獣の凶悪強化といったチートは使ってない。これを使い始めたら、それが縁の切れ目だね。もうまともに生きられなくなるよ』

 

 珍しく気が合う奴だ。

 どうか、このまま使わないでいて欲しいものだな。

 

『このとき抱いたメルの願いは、ついに叶わなかったのである。合掌』

 

 ちょっと。

 やめてくれる、そういうこと言うの。

 ジェスターもかなり頑張ってるから大丈夫だろ。

 

『頑張ってるけど、あまり楽しんではいないみたいだよ』

 

 ……ほんとか?

 そんなふうには見えないぞ。

 

『よく見るべきだ。あれは、楽しくてダンジョンに潜ってるんじゃない』

 

 楽しくもないのに、なぜ頑張るんだろうか。

 

『彼女は自分のデッキを召喚系と強化系、それに特殊系で組んでるって最初のダンジョン攻略で話してた』

 

 なんか覚えがあるな。

 

『でも、俺の見た範囲で特殊系のカードは一度も使ってない』

 

 そういやそうだな。

 モンスターを出して、強化するだけだ。

 

『もっと言えば、どんなに死にそうな状況でも、手札にはカードが絶対一枚残ってる』

 

 つまり?

 

『ジェスターのインヒラントカードは二枚。一枚はぬいぐるみの熊。もう一枚が特殊系だ。そして、彼女はそのカードを使うくらいなら、死を選ぶくらいには見せたくないものらしい。――だからつまりね。彼女が頑張るのは、強くなってそのカードを使わないで済むようにするためだ』

 

 そのことにシュウは気づいたが、ジェスターに尋ねなかった。そのそぶりすら見せていない。

 私に伝えたのは、訊くべきじゃないという奴なりの忠告なのだろう。

 誰にだって聞かれたくないことはある。

 

 少なくとも、今は一緒にダンジョン攻略ができるのだからそれでいい。

 

 

 ダンジョンを無事に攻略し、街に帰って飯を食べながら反省会をしている。

 

「食事中に失礼」

 

 飯を食べていると、横から体格の良い男が話しかけてきた。後ろには取り巻きもいる。

 本当に失礼だと思うなら話しかけてくるなよ。食べ終わるのを待てないのか。

 

「お前、ラファルさんに対して失礼だぞ!」

 

 取り巻きの一人が声を荒げた。

 

 あれ、もしかしてさっきの声に出てたか。

 それなら好都合。言ったとおりだから後にしてくれ。

 

「最近、ダンジョンを凄まじい強さで攻略している道化師とシーカーの二人組というのは君たちのことか」

 

 どうも後にする気はないようだ。

 シーカーではなく冒険者だ。一緒にしないでくれ。

 

「そのようだ、シーカー連中でも街中で剣を出したりはしない。だが、それはいい。本題に入ろう。私と戦っていただきたい。ぜひ、そのダンジョン攻略の辣腕を私にも見せてくれ」

 

 お国柄と言うべきか、どうも強い相手と戦ってみたいという奴が多い。

 実際に、これが初めてではない。攻略を見ていた奴が挑戦してきたことだってある。

 

「あの……ラファルってもしかして五星傑の一人だったり?」

 

 男は小さく首肯する。

 

 なに有名人なの?

 

「メル、忘れたの。ウチ、前に話したよ。筆頭に次ぐ実力を持った五人がいるって」

 

 ああ、なんか聞いた気がする。

 国のトップであるジャックを筆頭として、下にそこそこなのがいるって話だな。

 それで、この飯中断野郎がその一人なのか。

 

「すごい。すごいよ。ウチら五星傑にも注目されてるってことだよね」

 

 なんだか、とてもうれしそうだ。

 じゃあジェスターが相手をしてやってくれ。

 

「え?」

「それでは外でやろう。すでに場所は確保してある」

 

 ラファルは颯爽と外に出て行き、取り巻きもぞろぞろとそれに続く。

 私はスープにパンを付けて食べる。

 

「待って待って! 五星傑だよ!」

 

 らしいな。

 でも、前もそんなのと戦って勝ってたから大丈夫でしょ。

 

「あんなのはただのゴロつきでしょ。今度は本物だよ」

 

 そうらしいな。

 

『やってみたら。対人用のデッキも組んだから、それで十分に戦えると思うよ』

「でも、ウチ。まだ、五星傑となんて……」

『実力を知る良いチャンスだと思うよ。殺しに来たらメル姐さんが止めるから大丈夫』

 

 だな。

 別に負けたって良いだろ。

 負ければ自分に何が足りてないのかわかる。

 勝てたのなら、ここまでの経験が活きたってことだ。

 

『どうしたの? そんなまともなこと言うと心配になるんだけど』

 

 まったく失礼な奴だ。

 強いて言うなら、私もかつて言われたことがあって覚えていただけだ。

 

『あぁ……、確かに俺はメル姐さんにその台詞を言ったね。でも、勝ち負けの相手はダンジョンじゃなくて酒だったはずだよ』

 

 ……そうだったっけ?

 

「酒と一緒にされるウチの戦いって」

 

 細けぇことはいいんだよ。

 とりあえず戦ってみればいいじゃん。

 

 

 そんな訳でジェスターと飯中断野郎の決闘となった。

 よくあることのようで、周囲の人たちもおもしろそうだと足を止めている。

 

「五星傑が一人、疾風のラファル。参る!」

「道化師ジェスター。行っくよー!」

 

 初手は同時だ。

 飯中断野郎の手に片刃の剣が現れる。

 対峙するジェスターの正面にはお馴染みの熊ではなく、長い髭を整えるエビが現れた。

 

 ラファルの小手の上で札が黄色く光る。

 こちらの世界で戦う人は、皆この手の小手をつけている。

 

 正確にはアンカーとか言うらしい。見た目は人によって違う。

 ジェスターは長い白黒の手袋だし、男の小手は攻撃を防ぐ目的もあるのか金属だ。

 

 小手の上にカードがぷかり浮き、手札が見えるようになっている。

 小手を動かすと、カードも勝手に動く。しかも表面が常に本人を向くようにカードの角度が変わる。

 ボスは使ってなかったので、転移してからできたものだろう。

 

 目の前の戦闘はまだ様子見といった段階だ。

 ラファルは身体強化から剣で攻撃を仕掛けていくが、ジェスターのエビが攻撃を防いでいく。

 攻撃こそほとんどしていないが、野郎の剣はその硬い爪と甲殻で弾かれている。

 

「あのエビ、ラファルさんの攻撃を防いでるぜ」

 

 周囲の取り巻き達も最初は馬鹿にしている様子だったが、次第にその目は真剣味を帯びてきていた。

 

「やるではないか、ジェスター殿! これではどうか」

 

 野郎の籠手から、またしても黄色の光が発せられた。

 さらに身体強化を重ねてきたかと思ったが、どうも違っている。

 野郎の姿がぶれたと思ったら、男の右に男が現れ、さらに左にも男が現れた。

 おいおい、なんか増えたぞ。そんなのありなの。

 

「でた! ラファルさんの三影陣だ!」

 

 ジェスターも驚いたようだが、すぐにカードを使って対応する。

 お馴染みの熊が彼女の側に出現し、さらになんらかの強化カードをエビに使った。

 

『今のは悪手。硬化なら熊に使うべきだった。初手も熊を出すべきだったんだ。意識が守りに入ってる。これは負けるよ』

 

 野郎どもは三人で、熊を三方向から連携して斬りつける。

 熊も反撃を試みるが速さが違いすぎる。簡単に躱され、生じた隙を斬りつけられていく。

 

 ジェスターはようやく熊に強化をかけるが、もう倒される直前だった。

 さらに他の召喚獣を出すが常に後手に回り、追い詰められていることが傍目でもわかる。

 

 最後は剣を首元に突きつけられ、ジェスターは負けを認めた。

 

「ごめん、メル。ウチ、負けちゃった」

 

 ふざけた調子が潜ませてこちらに戻ってくる。

 負けて悔しいのを抑えているようだ。

 

『後で反省会ね』

 

 シュウの声にうぇぇと呻きながら私の横に来る。

 私はなんて声をかければいいのかわからず、とりあえず目を合わさずに男を見た。

 男も私を見てきていた。

 

「彼女の強さは私の予想を上回っていた。さぁ、次は君だ。楽しもうじゃないか!」

 

 なに言ってんだ、こいつは。

 お前はボスでもモンスターでもない。

 私が楽しめるのは、ダンジョン攻略だけだ。

 

 男へと、のそのそ歩み寄る。

 

「剣を抜かないのか? ふっ、なめられているな」

 

 男が手に剣を出し、強化もかけずに私へ斬りかかってきた。

 

「あ、れっ……」

 

 いつもの距離でいつもの効果が発動し、転倒した男がその勢いのままこちらに転がる。

 そして、野郎の腹を蹴る。彼の言う楽しい勝負はこれで終わった。

 

「ラファルさん!」

「大丈夫ですか!」

 

 取り巻き達が、腹を押さえもだえる野郎へ駆け寄る。

 一人がこちらを振り向き疑問を投げかけてきた。

 

「待て! 今、何をしたんだ!」

 

 蹴った。

 見てなかったのか。

 

「違う。その前だ。卑怯だぞ。戦闘の前から妨害のカードを使っていたな!」

 

 卑怯なのは認めるが、妨害の札ってのは使ってない。

 だいたい戦闘の開始合図なんてないんだから、使ったところで問題ないだろ。

 何も構えず歩いている奴を相手にして、碌な警戒もせず突っ込んでくる方が軽率なんじゃないの。

 

『前はともかく、その後は正論。警戒しない方が悪い』

 

 勝負も終わったし、ご飯を食べつつ反省会の続きでもするか。

 

「待て、俺たちとも戦え」

 

 は?

 なんで?

 

「俺たちはまだ負けていない」

 

 そりゃ戦ってないからな。

 

「ラファルさんが回復するまで、お前の卑怯なやり方を暴いてやる」

 

 なぜそうなるのかはわからない。

 男達は私を囲み、それぞれ札を使い、武装、強化、妨害と使っていく。

 使えるだけの札を使ったのか、ようやく距離を詰めてくる。

 

『いいね。ここまでの流れが、とてもなろうっぽい』

 

 なろうっぽいというのが何かわからないが楽しんでいるな。

 

「やめんか」

 

 男たちがまさに襲いかかってくるその瞬間に制止がかかった。

 音量こそ小さいが、しっかりと周囲に届く声だった。

 

 声の方を見ると、杖をついた老人が立っていた。

 身長は低いが、背はまっすぐで堂々とした様子だ。

 

「なんだ爺さん」

 

 取り巻きの一人が老人の方を向く。

 

『わからないのかな? 佇まいがどう見ても違うだろうに。本物の剣士だ』

 

 やっぱり強いのか。

 なんとなくだがそんな気配がある。

 静かすぎるというか。力みや緊張がまったくない。

 場違いなほどの自然体だ。

 

「危ないから年寄りは下がって――」

 

 そう言って手を伸ばしたが、老人はするりと躱し、杖で男の腹を小突いた。

 弱い一撃に見えたのだが男は息を吐いて、呻くことも倒れる。

 

「やりやがったな、この爺!」

 

 迫り来る男達を上手く捌き、それぞれ一発ずつ反撃し、気づくと誰も立っていなかった。

 

「せ、先々代……」

 

 ようやく起き上がることができたラファルが、老人を見てそう呟いた。

 その声を聞き、観衆もざわざわとしてきた。

 

「ラファル。群れることが悪いとは言わん。ただし、あやつらを測られることは、お主自らを測られることと同義ということを忘れるでない。よいな」

 

 ラファルは何も言えない。

 気まずげにうなずくのみだ。

 

「おもしろい剣の担い手よな。相手を弱めるその剣、ジャックとは対の位置にある」

 

 ゆるゆる歩き私の前に立つ。

 

「どうじゃ。ジャックと戦ってみんか」

 

 はい?

 いきなりすぎて話が見えないんだが。

 強いのはよくわかるんだが、私にはあんたが誰なのかもわからん。

 

「メル。その人は先々代の筆頭、オジェ様。その人にその口の利き方は駄目だって」

 

 ジェスターからゆるい雰囲気が消し飛び、真剣な様子になっていることからその位がわかる。

 なんだすごい人のようだ。

 

「そんな気にせんでくれ、今は隠居の身よ」

 

 じゃあ、気にしない。

 それでなんて言ったか?

 

「ジャックと戦ってみんか?」

 

 ジャックってこの国の筆頭だろ。

 そんな気軽に戦うとかできるものじゃないんじゃないか。

 

「儂がとりなそう。彼奴の鼻をへし折ってくれ」

 

 なんだって?

 

「彼奴を負かしてくれ。彼奴は自分の力に慢心しておる。この前は強い相手がいないから国を攻めるかなどと抜かした」

 

 なんで私が……、あんたがやればいいじゃん。

 よくわからんけど、そうとう強いだろ。ジャックはもっと強いのか。

 

「まだまだ彼奴には負けぬよ」

 

 じゃあ――、

 

「儂では駄目だ。小さい頃から負かしすぎて、もう勝てなくても仕方ないと思うにまで達しておる。儂以外にも強い担い手がおり、自身の表現を見つめ直させる必要がある。頼む」

 

 頼まれても断る。

 私にはメリットがない。

 さっさと次のダンジョンに行きたいんだ。

 

「儂や、ジャックが認めた者しか入れんダンジョンが、この国にはあるのじゃがな」

 

 ……ジャックに勝ったら挑ませてやると?

 

「勝たんでも、戦ってくれればそれで良い。どうじゃ?」

 

 是非もない。

 こうしてジャックの国の筆頭、ジャック本人と戦うことになった。

 

 

 オジェに連れられて、ジェスターと一緒に三つほど街を移動する。

 街の片隅にある。広い修練場に入っていく。

 

 そこに青年が立っていた。

 髪はツンツンで、背も高く、体格も良い。

 目に険があり、こちらをきつく睨んでいる。

 

「おい、爺ィ。つえぇ奴と戦わせてやるって聞いたからここまで来たんだぞ! どこにつえぇ奴がいるんだ」

「未熟者。ここじゃ」

 

 オジェが私を指す。

 青年は私を上から下まで値踏みし、隣のジェスターも同様に見る。

 

「あぁ、そうか、ついにぼけたか。……こうなる前に斬ってやれればなぁ」

 

 途中から真剣に落ち込んでいる。

 

「油断するとラファルの二の舞になるぞ」

「なに?」

「彼奴は、彼女に何もできず負けた」

 

 青年はオジェを見るが、オジェは微笑んでいるだけだ。

 目を私に移し、彼は手に札を出した。

 

「――ぼけてないか、はっきりさせてやる」

 

 札は灰色の光を輝かせて消えた。

 手には真っ黒の大剣が一本握られる。

 開始の合図も何もない。男は何も言わず私に斬りかかる。

 

 能力半減が効いていないのか、転倒こそしなかったがその速度は遅い。

 これは私をなめていて敵対意識がないときにあることだ。

 モンスターなら斬るのだがそうもいかない。

 

『手を抑えて蹴ったれ』

 

 言うとおりにしてやった。

 男は避けない。蹴りをそのままくらい、修練場の壁まで飛んでしまった。

 

「うわぁ」

 

 ……やばい。

 たぶん避けると思ってあまり弱めず蹴ってしまった。

 石の壁をぶち抜いて、そのまま埃にまみれて見えなくなってしまう。

 

「メル、やりすぎだよ……」

 

 ジェスターも若干ひいていた。

 待て。強いって聞いてるから大丈夫だろ。

 

「来ますぞ」

『来るよ』

 

 オジェとシュウの声が被った。

 埃の舞い上がってる方を見ると剣を構えた男がこちらへと歩いている。

 

「あー、油断した。は、やるじゃねぇか」

 

 ちょこちょこ傷を負っているが、歩みはしっかりしている。

 おや、気づかなかったが足に鎧がついてるな。

 

『いや、さっきはなかったよ』

 

 札を使ったってことか。

 男の歩調は徐々に速まり、いつもの距離に達した。

 

「……お?」

 

 足を崩したが、転びはしない。

 さすがにやる。なんとか数歩で体勢を整えた。

 

 その瞬間を狙って蹴った。

 またしても直撃。丈夫だとわかったので先ほどよりもやや強く蹴った。

 

 男は飛んだ。先ほどよりも飛んだ。

 壁をぶち壊し、その奥にある木に当たってようやく勢いが止まった。

 木が折れて、男へと倒れる。埃が収まったが、男は木の下敷きになって動かない。

 

「助けなきゃじゃない? ねぇ?」

 

 ……かもしれない。

 

「まだまだ」

『しぶといね』

 

 男がようやく動いた。

 木を小枝のようにどかし、ゆっくりと立ち上がりこちらへ向かってくる。

 

『また増えてる』

 

 漆黒の鎧が男の体と足を纏っていた。

 今度こそ間違いなく増えているとわかる。

 

「なんだそりゃあ。妨害系か。いつカード使ってんだ? いや、剣はずっと出してたな。てぇことは、お前も俺と同じか。おもしれぇ。おもしれぇよ!」

 

 何もおもしろくない。

 男は特に学習する様子はない。

 先ほどと同様に私へと近づいてくる。

 

「この距離か。すげぇ、妨害効果だな。こりゃ、ラファルじゃ勝てねぇだろうよ」

 

 男は半減効果を受けつつも歩いてくる。

 

『もっと強く蹴っていいよ』

 

 力を入れて男を蹴りに行く。

 男はそれを避けようとするが、半減の効果で間に合わない。

 

 またしても蹴りは直撃だ。

 壁と木を数本なぎ倒して男は飛んでいく。

 

『生きてるね』

 

 ジェスターはもはや何も言わなかった。

 

 土埃がまだ舞う中を鎧が音を立てながら近づいてくる。

 ついに全身が黒い鎧に包まれた。二発の蹴りの影響をまったく感じさせない足取りだ。

 

「どうした? こんなもんか。今度は、こっちの番だなぁっ!」

 

 金属を擦らせながら一歩一歩威圧するように私へ近づく。

 迫力があった。黒い大きな岩が転がってきているようだ。顔も見えなくなったことも圧を感じる要素だろう。

 

『時間が経てば経つほど強くなる訳か。本気で蹴ってみて』

 

 いいの?

 破裂しちゃわない?

 

『大丈夫。破裂しても復活するから』

 

 あっ、そうか。

 こっちに来てから人を斬ってなかったが、そういえば異世界だもんな。

 

 手加減不要だな。

 本気で蹴ってみるとしよう。

 

 距離を取るため、鎧の男から距離を取る。

 

「おぉい! どしたぁ! 得意の妨害はどうした!」

 

 違う。

 得意なのは妨害じゃない。逃げることだ。

 

「逃げるぅ! かかってこ――」

 

 喋っている途中だったが、助走を付けての本気の蹴りを食らわせた。

 男はまるで反応できていなかった。

 

 角度がついていたため、男は緩い角度で空へ向かっていく。

 先ほどよりも高い位置で壁を壊し、木の幹を何本か折り、枝の高さまで達した。

 その後は、勢いを止めるものが何もない。しばらくしてから小さく地面に落ちる音が聞こえた。

 

「よぉ飛んだのぉ」

 

 暢気な感想だった。

 ジェスターはオジェの感想に開いた口が塞がらないみたいである。

 

 さすがに今回は復帰に時間がかかった。

 三人が黙って壁の向こうを眺める。やがて小さく黒の鎧が見えた。

 木々の合間を、大剣を杖にしてゆっくりと幽鬼のように歩み、壁も越えてこちら側へと戻ってきた。

 

「こんな、もんか?」

 

 声は出ているが余裕はない。

 すごいな。私の本気の蹴りを食らった人間は初めてだ。

 まず生きている人間を本気で蹴ろうとすら考えたことがなかったからな。

 

「来いよ。そんなもんじゃねぇだろ! こっちから行くぞっ!」

 

 男は剣を引きずりながら私へと歩み寄る。

 横で見ていたジェスターがその気迫に押されて後ずさりした。

 

『メル姐さんの負けだね』

 

 認めざるを得ない。

 これは私の負けだろう。

 

「あぁ? 何を言ってやがる! まだ互いに剣を切り結んですらいねぇ! 勝負はこれからだろうがよっ! 違うかぁっ!」

 

 違う。

 お前の勝ちだ。

 私にシュウを使わせるんだからな。

 

 声を上げようとした男へ一気に近づき、その鎧にシュウを突き刺す。

 

「アァ……ア…………」

 

 突き刺してもなお男は消えない。

 そのままシュウを横に引き、胴体を半分ほど斬り裂いた。

 

「あ……」

 

 男は最後まで倒れることなく光へと消えていった。

 残ったアイテム結晶を拾い上げ、ジェスターとオジェを見る。

 二人とも唖然とした様子で私を見てくる。

 

『まぁ、復活するって知らないからね。一国の代表がよくわからん女に殺されたように見えるわけだ』

 

 あぁ、そりゃそうなるか。

 そんなに驚かなくても大丈夫。復活するから。

 

『その発言でさらに頭がおかしいと判断されるね』

 

 ……時間が経ってようやくジャックは復活した。

 復活するまでが、異世界に来てから一番気まずい時間だったことは間違いない。

 

「俺は、確か刺されて……」

 

 男は腹あたりを押さえるが、そこに怪我はもうない。

 オジェもほっとした様子で男を見る。

 ジェスターも同様だ。

 

「これはその剣の力か?」

 

 だいたいあってる。

 

「そうか……。爺、悪かったな。まだ、ぼけてなかったようだ」

「わかればよいのじゃ、未熟者。研鑽を重ねよ」

 

 ふん、と男は鼻息をたてる。

 

「名は?」

 

 メル。

 

「シーカーにもこんな強いのがいるのか」

 

 シーカーじゃない冒険者だ。

 

「……俺はジャック。表現主義の筆頭だ」

 

 あっそう。よくわからんけど。

 

「だが、今日からお前がこの国の筆頭だ」

 

 そういうのいいから。

 表現主義とかイミフだし、国のトップとかほんと勘弁。

 私のことは置いといて、さっさと秘密のダンジョンの話を聞かせてくれ。

 

『国のトップはともかく、表現主義が何かはわかったでしょ。メル姐さんがすごいと感じたのは何?』

 

 ジャックだが。

 

『ジャックのタフさと何度でも立ち上がる意志に脅威を感じ、賞賛を送った。もちろんカードの効果もあるけど、それは彼を表現するための道具にすぎなかったはず』

 

 そうかもしれないな。

 それより早くダンジョンの話をしよう。

 

「おい、爺……。もしかして秘密のダンジョンってのは、あの遺跡か?」

「そうじゃ」

 

 お、遺跡なのか。

 どんなモンスターが出てくるんだ?

 

「出てこねぇぞ」

「出てこんぞ」

 

 ……は?

 モンスターがいない。

 いや、それってまさかボスだけいるってことか。竜?

 

「竜? ボスすらいねぇよ」

「おらんなぁ」

 

 …………それ、ダンジョンじゃないよ。

 

「俺はそう思う」

「儂はそう思わん」

 

 うーむ、いちおう行くだけ行ってみるか。

 場所はどこなんだ?

 

「すぐ側にある」

 

 オジェはあっけらかんと言う。

 

 

 遺跡は本当にすぐ近くにあった。

 近くどころか街の中だ。街の隅にあるオジェの持っている屋敷から地下へ降りたところだ。

 

 遺跡と言うよりも洞窟だ。

 洞窟を歩いて行くと、広い場所にたどり着いた。

 火を付けていくと、周囲の全体像が明るみになる。最初からチートで見えてはいた。

 

 壁一面に絵が描かれている。

 なるほどこれを見ると確かに遺跡だな。

 ただし他に部屋はなく、モンスターもボスもいない。

 

「どうじゃ?」

 

 どうじゃと言われてもな。ただの絵としか。

 なんでこれがダンジョンなんだ?

 

「俺も同感だな」

 

 ちゃっかり付いてきていたジェスターを見ると口を開けて放心状態だ。

 ジャックが消滅したときよりも驚いているぞ。

 どうしたんだ?

 

「すごい。すごいよっ! これ、エレティコス神話が描かれてる」

「さすがに道化師じゃな。これの価値がわかるじゃろう」

 

 神話の第一節。

 エレティコス本人が罪禍の使徒だかと戦っている場面だ。

 彼が己の手や、手にした弓で使徒を倒している姿があちこちに描かれている。

 神話の第一節をここにある絵が証明しているということになるらしい。

 正直、「ふーん」より他の言葉が出てこない。

 なんでこれがダンジョン?

 

「ダンジョンは世界の真理に根ざすものじゃ。ここがダンジョンじゃないわけがなかろう」

 

 遺跡から出て、ジェスターは満足だが私はだまされた感が強い。

 

「他に何か願いがあるか。聞くぞ」

 

 うーむ。

 また変な遺跡を紹介されても困るな。

 

「ジャック、お主も何かできることがあるんじゃないか」

「ほざけ、爺。俺ができるのは戦うことだけだ」

 

 別にないんじゃない。

 なんかある?

 

『戦ってくれるなら一つ頼みたいかな』

 

 えぇ、もういいよ。

 

『メル姐さんじゃないよ。ジェスターと戦わせてみたい』

「えっ!」

 

 驚いたジェスターをオジェとジャックが見る。

 

 じゃあ、ジェスターと戦ってみてくれない。

 

「あぁ? この道化師とか?」

「いやいやいや、ウチじゃ勝負にならないよ。それに筆頭だって嫌でしょ」

「かまわねぇ。さっきは剣も振るえなかったからなぁ。行くぞっ!」

 

 ズンズンとジャックは道を進んでいく。

 ジェスターは信じられないと私を見つめてくる。

 前にも言ったけど、良い機会だと思うぞ。強くなりたいんでしょ。

 

「そうだけど! 順序があるでしょ」

『順序? カードをちょこちょこ集めることが強くなる道だと考えているようだけど、本当にそうかな? あいつは粗暴だけど、戦う姿勢は非常に参考になる。表現主義の真髄を味わってみると良い』

 

 こうしてジェスターは、ジャックに稽古をつけてもらえることになった。

 

 

 ヘンテコな姿のジェスターを、目つきの悪いツンツン頭のジャックが睨む。

 ジェスターは戦う前から腰がひけていて、この時点でもう勝負にならない気がする。

 

 ジェスターは初手にまたエビを繰り出した。

 

『駄目だ。守りに走ってる』

 

 ジャックが手に大剣を握った。

 それを見てジェスターはエビに強化を使う。

 

「……なんだぁそりゃ!」

 

 ジャックが大剣を振り上げ、エビに向かってその剣を振り下ろす。

 私とは打ち合ってなかったが、威力は凄まじい。エビは一刀のもと真っ二つになり消えた。

 

 ジェスターは続いて白黒ツートンカラーの兎を繰り出す。

 出てきた瞬間に兎は真っ二つにされた。一刀両断とはまさにこのことだ。

 だが、兎はまだ死んでいない。白と黒に分かたれた兎の半分はそれぞれ兎の形になりジャックを襲う。

 

「二匹に増えた。だからなんだ。なめてんのかっ!」

 

 二匹の白と黒の兎は振り回された大剣で一度に消滅した。

 何というか、普通に強いな。あのエビは中級ボスの攻撃も耐えられる強さだったはずだ。

 それに二匹の兎もかなり素早く、飯中断野郎もそこそこ苦戦していたはず。

 ジャックはそれらを全部一撃かつほぼ一瞬で倒している。

 鎧もまだ全身を覆っていない。

 他のカードも使わない。

 

『いや、奴は他のカードが使えないんだろうね』

 

 そうなのか?

 

『この世界の人間って魔力が異常に多いんだけど、ジャックとオジェは魔力がほぼない。メル姐さんよりも少ない奴は久々だ。二人はおそらく血縁者。そして、二人ともインヒラントカード以外は使えないと思う』

 

 ……鎧も使ってなかったか?

 

『剣と鎧が一セットの装備カードでしょう。時間経過か被ダメージで鎧が全身を覆っていく。鎧を覆えば覆うほど強さが増す。全身を覆えば、メル姐さんの蹴りを耐える強靱さだ。速攻で倒せなきゃ厳しい』

 

 じゃあ、守りに入ったジェスターの戦法は駄目なんじゃないか。

 もうジャックの頭部以外は鎧に包まれてるぞ。召喚獣を軽くあしらってる。

 あれ一枚しか使えないとお前は言うけど、あれ一枚で十分だろ。反則なほど強いぞ。

 

『使いこなせばね』

 

 使いこなせばって。

 使ってりゃ嫌でも使いこなせるようになるんじゃないか。

 

『あの大剣は子供が持つにはデカすぎる。まともに振れるようになったとしても、鎧が出るまでは剣だけで耐えないといけない。仮に使いこなしたとしても、どうあがいても武器は大剣。ビームやレーザーも出ず、他のカードも使えないから戦い方は限られる。相性の善し悪しが明確だ。それを払いのける意志と根気、それに鍛錬がいるだろうね。その領域に至るまで、使い続けることがいったいどれだけの人間にできるだろうか』

 

 あのカードを使いこなすか、戦う道を諦めるかという選択肢しかなかったと。

 

『筆頭という地位と彼のカードが、ジャックという人間性を表現してる』

 

 表現主義ね。

 それで、なんでジェスターと戦わせたんだ。

 戦いにすらなってないぞ。召喚獣を斬らせる練習台になってる。

 戦い方が参考になると言ってたが、参考になるとは思えない。

 

『戦い方じゃない。戦う姿勢。奴と戦えば、さっき言ったことが感じられるんじゃないかなと思ってね』

 

 感じるとどうなるの?

 

『強くなるってことが、どういうことなのか気づく』

 

 意味がわからないんだけど。

 

『……うん。メル姐さんにはわからないかもしれない』

 

 なんだそりゃ。

 あいつは強くなって、自分の特殊カードを使わないよう済ませたいんだろ。

 

『そこが間違ってるってこと』

 

 話している間にジャックは完全に鎧に包まれている。

 

 ジェスターの手札は残り二枚。

 一枚は特殊カードで、もう一枚は――光になって消え、ジェスターの前に熊が現れた。

 

 熊はジャックに襲いかかるが、彼は熊を斬らず、力の払いのけジェスターの側に吹き飛ばした。

 

「テメェ、何か隠してるだろ。その残りの一枚、最初から使ってねぇよな」

 

 おお、すごいな。

 一回戦うだけ、しかもその戦闘中に気づくなんて。

 

「つえぇ召喚獣を入れてるだけの糞デッキじゃねぇよな。『コステロ』の強化カードが入ってるのに『ガラフィの亡霊』の召喚が入ってねぇのはおかしい。どっちも『アルメリア神殿』で手に入るからな。召喚獣からもそれなりにテメェを表現しようとしてるのは感じる」

 

 ただ斬り倒してるだけかと思ったが、すごい見てるな。

 

『そりゃ、あの鎧セットだけで戦い抜いてきてるんだ。観察と推論は必須装備だよ』

 

 ジェスターは困った顔を貼り付けている。

 

「だが、足りねぇ。何かあと一枚、テメェをさらけ出そうとしてねぇ」

「ウチは……」

 

 どうも図星なようで、こちらを見てくる。

 別に使いたくないなら使わなきゃいい。

 

「メル、気づいてたの?」

 

 シュウから聞いた。

 聞かれたくない話題のようだったから黙ってた。

 その札を使いたくないから、カードを集めて強くなろうとしてたんだろ。

 

「……うん。ウチ、これだけは使いたくない。これを使ったら――」

「甘ったれたことぬかしてんじゃねぇ!」

 

 ジェスターの声を、ジャックの声が消し飛ばした。

 

「カードを使いたくないから強くなる? そんなことできるわけねぇだろうがッ!」

 

 ジャックが振り下ろした大剣が床を突き刺す。

 その衝撃で修練場の端まで、床には亀裂が入っていった。

 

「俺にはこの剣と鎧しかなかった! これだけだ! カードがあるのに使わねぇだと! 使いたくないだぁ!」

 

 馬鹿言うんじゃねぇぞと大剣を振るう。

 その風圧がジェスターの髪を揺らす。

 

「そのカードはインヒラントだろ? 違うか?! それならそのカードはテメェ自身だ! テメェには自分自身を認める強さがねぇ! 使いこなせねぇと諦めてる。そんな奴がいくらカードを集めたところで強くなれる訳がねぇだろうが!」

 

 ……シュウが何を間違いと言ったのか、やっと私にもわかってきた。

 そして、なぜ私にはそれがわからないと言ったのかもだ。

 

「来いよ。俺が見定めてやる」

 

 ジャックはただ一枚のカードしか与えられず、それを使って強くなるしかなかった。

 自分に与えられた手札を受け入れ、それを使いこなせるだけ自らを鍛え抜いた。

 

 私には逃げることしかなかった。強くなるためには逃げるしかない。

 自らを認めれば認めるほど強くなることからも逃げてしまう。

 認めてはいたが受け入れられなかったのだ。

 自らの力では敵と戦えないことを。

 ダンジョンに挑めないことを。

 

 そんなときに、チートをたまたま得た。

 強くなれないことを認めず、弱いままで異常な力を手に入れてしまったのだ。

 

 だから、私には彼のことがわからない。

 自分に与えられた手札を認め、受け入れ、それを磨き上げた人間の気持ちなんて理解の外だ。

 

 それではジェスターはどうだろう?

 強くなるための手札がすでに手元にあるのに、それを認めず使おうとしない。

 やはり私には理解不能だ。

 

「テメェを見せてみろよ! 見せたくないって思う、ぬるい気持ちごと、このジャックがたたき斬ってやる!」

 

 ジャックは大剣を上段に構えた。

 

『オジェも気づいてるからなんとかしてくれるだろうけど、念のため言っとく。ジェスターがカードを使わなかったときのために、剣から防ぐ準備はしておいて。――あいつ、熊ごとジェスターを斬るつもりだ』

 

 ジェスターの顔は苦渋に満ちている。彼女も気づいたのだろう。

 強くなるための手札がもうすでに手元にあり、それを使わず強くなろうとしている自らの滑稽さに。

 使ったら世界が崩壊するとかそういったレベルの札ではないだろう。私の持っているやばいカードほどのものでもあるまい。

 

『まあ、あの年頃ならありがちだよ。自分の本質が見えるようになってきて、でもがそれが自分なんだと認めたくない精神状態。別に悪いわけじゃない。気づかない振りをして大人になるやつだっている。でも、それを認められたなら――、彼女はきっと一皮むける。あっ、今のエロい意味じゃないよ』

 

 そんな注釈いらなかった。

 だいなしだよ。

 

 ジェスターの長手袋から橙色の光が発せられた。

 彼女は目を閉じて、それを見ようとしない。

 

「目を閉じるな! 刮目しろッ! テメェ自身のあり方を! そして――それが斬られる有様をなぁ!」

 

 声に驚き、ジェスターは目を開いた。

 

 ぬいぐるみの熊が身震いを始めた。

 まるで中に何かが入っており、その何かが中で暴れているようだ。

 ついには熊の背中を切り裂いて、ナイフを持った人型の影が、その中から現れた。

 

「ジェスター嬢。もしやお主はスタニスタフ殿の血縁か?」

 

 今まで静かに状況を見守っていたオジェが、その顔に驚きをもってジェスターに問いかける。

 

「ウチのおじいちゃん」

 

 オジェはそうかと感慨深げにうなずき、またしても黙り込む。

 熊のぬいぐるみは消え去り、中から出てきた影人は複数のナイフをジャグリングして遊んでいる。

 ジェスターと同じようなふざけた服装で、ケラケラ笑いながら周囲をとことこ歩き回る。

 大剣を構え、今にも斬りつけようとしているジャックが見えていない様子だ。

 

「おお、おお、筆頭ジャック殿。あなた様は実に頑強だ」

 

 ついには、影人がしゃべり出した。

 男のちょっと高めの声で、なんだろう聞いているとイラッとする。シュウの友達か。

 

「卿は自らを戦士とお考えのようだが、気づいておられるか? 身を硬く守るその鎧が、敵を切り裂くその大剣が自身の弱さの裏返しということに。卿が真に強ければ剣も鎧も不要であろう。卿は戦士ではない。ただ力が強いだけのゴロつきである」

 

 ふざけた口調でそう言うと、狂ったように笑い、ジャグリングを続ける。

 言われたほうのジャックは今まで馬鹿みたいに叫んでいたのに、すっかり黙ってしまった。

 しかし、構えや影人に対するその気配から本気で怒っていると感じた。

 

「おお、父や祖父に憧れている? 彼らこそ戦士だとは気づいてはおりますな。しかし、今のあなたではそれがいつになるのやら。貴方の父や祖父は人を殴ってばかりいましたかな?」

 

 無言のまま彼は影人を斬りつける。

 影人は一切の抵抗をせず、そのまま為す術なく斬られてしまった。

 二つになって地面に倒れるが口はまだ動いた。

 

「おお、おお、たいした力自慢」

 

 苛つく笑い声を残しつつ、影人は消えていった。

 

 

 勝負が終わり、ジャックは鎧を解くと何も言わず修練場を立ち去った。

 

「あれのことは気にせんでくれ」

 

 オジェはジェスターを気遣うように告げた。

 

「スタニスタフ殿は、亡くなられたのか?」

 

 ジェスターはこくりとうなずくだけだ。

 

「残念じゃ、彼は儂の恩人であった。まだ若く、かの国で武者修行していた折、捕まり殺されるところじゃった。そこから救いだしてくださったのが、スタニスタフ殿じゃ。そのカードは、その際に見せていただいた」

 

 ジェスターもそんな話は知らなかった様子だ。

 

「お主がそのカードを嫌うのはわかる。じゃが言わせてくれ。儂にとってそのカードは命の恩人との繋がりなのじゃ。お主が引き継いでくれて良かった。感謝致す」

「ウチ……、このカードをそんなふうに言われたの初めて」

 

 よくわからんのだけど、なんであれがそんなに嫌だったの。

 もっとやばい札だと思ってた。

 

『十分やばい札だと思うよ。使って良い結果になったことがないんでしょう』

 

 なんで?

 

『おそらくだけど、相手が言われたくないことや気づいていない都合の悪いことを、ズバリそのまま言う札だ。しかも声色が相手を苛つかせるし、見た目も相手をおちょっくってる。言われた方は激情必至だね』

 

 要するにシュウみたいな奴か。

 

『そうとも言える。俺よりもムカつくと思って良い』

 

 そりゃキレるわ。

 で、これを使ったらジェスターは強くなれるんだよな。

 

『……まぁ、うん。心の重りが外れるというか、自分を認めることでスッキリするというか、そんな精神論というか』

 

 なんか言いあぐねてるな。

 

『召喚獣の種類にこだわってたから、召喚獣に作用するってのはわかってた。でも、もっと違う方向性のカードを想定してたんだよね。化け物みたいな見た目になるとか強さが変わるみたいな。あれじゃあ、あまりにも使用状況が限定される』

 

 そうだよな。

 でも、強くなるんだろ。

 

『いやぁ、うん……認めよう。俺は間違えた。はっきり言って、あれじゃ強くならない。選択肢の一つにも数えないでいいくらいだ。こりゃもう、カードをたくさん集めてデッキ編成とカード回しにを上手くして、戦闘経験を積んでいった方がいいね!』

 

 すっきりした声で結論を述べた。

 

 こうしてジャックとの戦闘は否定され一日を終えることとなった。

 

 

 

3.印象派の夢魔 クイーン

 

 私たちはクイーンの国に来ていた。

 ジャックの国で私たちはあらかたのダンジョンをクリアし、カードを手に入れた。

 強化の種類は潤沢に手に入れたが、召喚と特殊がまだまだ弱い。それに回復もかなり少ない。

 

 召喚と回復を集めるならクイーンのダンジョンが良いらしい。フィールドもあるが、ジェスターは使えない。

 特殊や妨害を集めるならエースが良いらしいが、あそこはいろいろと入りづらいらしい。

 そのため、まずはクイーンのダンジョンを攻略してみることにした。

 

 実際、ダンジョンの趣が違っている。

 モンスターの力攻めから、トラップや環境の搦め手に変わった。

 まだ難易度はそれほどでもないので、ごり押しができているが、難易度が上がると厳しいだろう。

 

 これはジェスターにとってもそうだ。

 彼女の召喚獣はトラップにかなり引っかかっている。

 

『召喚獣は使い手の力量に依存してる。これはジェスターが戦闘経験を積めば積むほど召喚獣が強くなることからもはっきりわかることだ。今度は彼女がトラップや環境の見極めを磨いていくフェイズに入ったんだ』

 

 ジェスターにトラップと環境をちょこちょこ解説しながらダンジョンを進めていく。

 モンスター自体はそれほどでもないので、ジャックの国よりも戦闘自体はサクサクと片付けられている。

 

 人も大きく違う。

 まず、いきなり戦闘をふっかけられることはない。

 それに国外のカードがかなり高額で取引されているためか、シーカーもかなり多い。

 

「ここの人たちは、自分たちの社会的ステータスが、持ってるカードで決まるって思い込んでるからね」

 

 華族というものがあり、デッキをレアなカードで構成しているようだ。

 戦闘は強さよりもむしろその見栄えに主眼が置かれ、独自の決闘方式があるらしい。

 特にクイーンの夢デッキは現実を超越すると言われており、付いたあだ名が「印象派の夢魔」である。

 

『本当の本当に、クイーンが夢を自由に操れるとすればだ』

 

 いきなりだな。

 操れたならなんなの。

 

『戦うべきじゃない』

 

 どうして?

 

『少なくともメル姐さんには、夢や睡眠に関して耐性がある。あっちの攻撃は効かない。ただし、こっちの攻撃も効かないかもしれない。これならまだいい、ドローだから。――問題は、ジェスターと戦いになったときだ』

 

 パーティ登録で耐性がつくでしょ。

 

『睡眠には耐性がつく。でも、夢は耐性がつけられない。夢のフィールドカードがあるならそれはまずい』

 

 睡眠と夢はどう違うんだろうか。

 とにかく耐性が付けられないから、ジェスターがクイーンに勝てないってことだな。

 

『いやぁ違うんだ。勝ち負けの話をしてるんじゃなくて、夢に入ってしまうことそれ自体がまずいんだ』

 

 そんなに危険なのか。

 

『うん。ジェスターはメル姐さんのパーティだから、同時にあいつともパーティってことになる。もしも来てしまったら、悲惨なことになる』

 

 あいつ? 誰のことだ?

 そいつが来たらどうしてまずいんだ。

 そもそもここは異世界だぞ。どうやって来るんだ。

 

『夢ならそんなことは関係ない。どこでもいつでも関係なくやってくる。来たら……幻想に蹂躙されるよ。なるべく戦わずに済ませたい。クイーンを助けてあげなきゃ』

 

 …………あれ?

 もしかしてクイーンがやられるって話か、ジェスターじゃなくて?

 

『そうだよ。ジェスターは大丈夫。クイーンがまずい』

 

 なんだ……。心配して損した気分だ。

 こいつはクイーンが綺麗な大人の女性と聞いてから、すごいクイーンの話題をしてくる。

 私のことをどうこう言えないくらいにはわかりやすい奴だ。

 

 それにしても戦う前から助ける話をするのは、ちょっと甘すぎるのではなかろうか。

 

 

 その後もダンジョンを進んで行く。

 

「ウチに足りないモノって何だろう?」

 

 ジェスターがぼそりと呟いた。

 もしかしたら独り言だったのかもしれない。

 

 ……圧倒的な力とか?

 

「圧倒的な力ってどういうの? 強化してるよ」

 

 いや、強化はしてるんだけどな。

 なんだろう……地味?

 

『華がないよね。熊はコンスタントに強い、地味だけど。特殊カードは非常に個性的だ、戦闘でまず使えないけど。他の召喚カードも弱くはない』

「弱くないけど、強くないし地味なんでしょ」

 

 そうだな。

『そうだね』

 

「じゃあさ、じゃあさ。逆に圧倒的な力や華って何? メルだって言っちゃえば、斬ったり突いたり蹴ったりでしょ、地味なことを馬鹿力で通してるだけ。私もそのくらい強化すればいいんじゃないの」

 

 ……あれ?

 見せたことないっけ?

 

「何を? あー、まだヤバイのがあるの?」

 

 ゲロゴンブレスや黒竜、邪神様とか。

 

「知らないよ。消えるのと、壁や天井を歩くのくらい」

『それと感染に能力半減か。それだけでも十分すぎる華だと思うけど、若い道化師にはご理解いただけないか、やれやれだ』

 

 馬鹿にしてーとジェスターは頬を膨らませている。

 

『まぁ、メル姐さんが言ったのを見せたら、ここで一緒にダンジョン潜ってないかも』

 

 あり得るな。

 

「なにそれ? めっちゃ見たい!」

 

 いや、いつか見るときが来るかもしれない。今はやめてとこう。

 

「そこでやめたら返って気になる。見ーせーてーよー」

 

 腕を引っ張ってせがんでくる。

 うっとうしいなぁ。

 

『黒竜のスキルなら良いんじゃない』

 

 それはそうだろうがなぁ。

 ゲロゴンブレスはこのダンジョンだと狭くて使えない。

 邪神様のスキルは私が見せたくない。変な格好が、さらに変になったと笑われそうだ。

 

『いや、ジェスターの美的感覚だとあれはプラスに映るかもしれない』

「ひょっとしてウチのセンス疑ってる? ウチは未来のニーズを先取りする目を持ってるだけだよ。先見の明があるの」

 

 はぁ、そう。でも黒竜のスキルならいいか。

 そんなわけでボス戦にて、黒竜のスキルを見せてみた。

 ボスが溜めからの強力な遠距離攻撃を行い、それを黒竜スキルで飲み込み、生じた隙を一気に攻めて倒す。

 

「か、かっこいい! ウチも、そういうの欲しい!」

 

 しばし開け放っていた口をようやく閉じて、こんなことを言い出した。

 らしいけど、なんかいい方法ある?

 

『あるよ』

 

 あるらしい。

 

『エレティコスのゴミ札を使うと良い。今まで手に入れた召喚獣より遙かに華がある。メル姐さん、彼女に札をあげて』

「ちょっと」

 

 あいよ。

 シュウにどちらか教えてもらいゴミ札をそのまま渡す。

 

「ちょっと待って。わかってて渡してるでしょ」

 

 実を言えば私はあまりわかってない。

 私は、使えるものは何でも使っていく主義だ。

 せっかく強い召喚獣があるなら、使うべきだと考えてる。

 

『いちおうもらっておくといい。使うか使わないかは、先見の明を自負するジェスターに委ねよう』

 

 かつて返してきた札を、彼女はまたその手に取った。

 もう返さなくていいからな。

 

『さて、冗談はこのくらいにするとして』

 

 そうだな。

 

「冗談で聖獣を渡しちゃうの」

 

 私にとってはその程度の価値しかないってことだ。

 

『本題に戻ろう。華というのは、原則、一人に一つ。いくつも持つものじゃない。これは戦い方も同様。メル姐さんを参考にしちゃ駄目。これはむしろ悪い例。でたらめな状態で奇跡的にバランスが取れてるだけだからね』

 

 そうだぞ。

 訳のわからん技ばかりが手に入る。

 未だに剣士のスキルが一つも使えないからな。

 

『今のジェスターのデッキは、そこそこな強さのを召喚して、それらしいカードで強化する。有り体に言えば、いきあたりばったりだ』

「シュウがそうしろって言ったじゃん」

 

 自分でやれって指示して、批判するとかどうなの?

 

「今まではそれでも良かったんだ。いろんなカードをどんどん使ってみて欲しかったからね。良い点、悪い点、使い時が身についたでしょう。そろそろ、次のステップに移ろう。これを決めるにはまず、主軸を一本設定しないといけない。それからデッキを構築していく』

「主軸って?」

 

 何をメインに戦うかだろう。

 

『そのとおり。これはやはり初手で必ず出る熊にすべきだ。その後に、熊をどう強化し、相手の行動を妨害して、攻略していくかを考える。エビも、猫も、兎も使ってのは節操がなさすぎるし、なにより複数体を操るほどの実力に欠けてる』

 

 それは私も感じた。

 複数体を同時に使ったときって弱くなってるよな。

 クイーンに来てから、その傾向が特に顕著に表れている気がする。

 

『まだ、罠や周辺を見極める力が足りてない。召喚獣を一体に絞って、戦闘状況を把握する訓練をした方が良い。これが一番の近道じゃないかな』

「地味ー。ほんとにそれで華ができるの?」

 

 私はできると思う。

 少なくとも、弱い召喚獣を何体か見せられるよりは、非常にてごわい一体を使う奴の方が印象に残る。

 それが華ってものじゃないか?

 

『華はすぐに咲かないものだ。今はまだつぼみの状態。時間をかけて育てないと花弁ごとポトリと落ちかねない』

 

 出たよ、お得意の回りくどい比喩。

 

「華は出るかもだけど、圧倒的な力は?」

 

 それは……、どうなの?

 

『戦闘の見極めが十分できるようになったなら、火炎虎を使うデッキも考えて良い』

 

 ほぉ、あれを使うのか?

 

『うん。火炎虎と熊の双塔デッキだね。熊は初手で出てくるし、火炎虎も手札に戻らないから最初に出てる。使いこなせば圧倒的な力になりうる。でも、まだ早い。熊一頭を中心にしたデッキで経験を積むべきじゃないかな』

 

 これにはジェスターも「そうするよ」とおとなしく引き下がるのだった。

 ちょっとずるい話の展開だったように思う。

 

 気のせいかもしれないが、前よりもなんだろう……楽しそう?

 以前は強くなることに必至で前しか見えなかったが、今は周囲が見えているというか、見る余裕があるというか。

 

『自らのカードを認められたんだ。まだ抵抗はあるけれど、使ってもいいかくらいにはなってる。ジャックとの戦闘は無駄じゃなかった。さすが俺だな、先見の明がある』

 

 失敗と豪語した口が何を言うのか。

 

『結果オーライということで』

 

 でも、あの後も使うことはないな。

 

『使ってもどうにもならないからね。相手を怒らせる、恥をかかせる、時間を稼ぐとか限定されるから。戦闘むきじゃない』

 

 戦闘向きではないが、かなり珍しいカードじゃないか。

 この世界もあれこれと見に行ってるが、あんなカードは他に見たことがないぞ。

 

『とてもレアだと思う。でも、あれがインヒラント――個性だっていうなら、彼女の存在はなかなかおもしろい』

 

 人を怒らせるのが、ジェスターの個性ってことか?

 

『そうとも言えるけど、そこまで人を怒らせるタイプとは感じない。それなら、あのカードの真価は挑発じゃない』

 

 時間稼ぎ?

 

『おそらく違う』

 

 否定はしたが、シュウは自らの考えを話さない。

 おそらくまだいくつかの候補があり、はっきりしていないのだろう。

 

 

 

 クイーンの国でも順調にダンジョンをクリアしていった。

 未攻略のダンジョンもクリアし、隠されたドロップも見つけることができた。

 今回も無事にダンジョンをクリアし、街に帰って食事をしていた。

 食べていると横に人影が映り、見ると老人が立っている。

 ひょろい体格だが、着ている服はこぎれいだ。

 

「お食事中に失礼致します。私、アランチュール家にてご当主であられるレイメルデ様の側仕えをしているカラマンデと申します。メル様とジェスター様の活躍をご当主の妹様であるレカマルデ様がお耳に入れ、ぜひお話がしたいとのことでありまして、お二人をお迎えするよう仰せつかったのであります」

 

 一気に喋るな。情報量をもっと減らせ。

 あと、この世界では飯を中断させて話さないといけない決まりでもあるのか。

 

「あの……、アランチュール家って、あのアランチュールですか?」

「さようでございます」

 

 前にもあったなこんな展開。

 じゃあ、解説よろしく。

 

「クイーンを三分割する名門三華族の第一位アランチュール家だよ。今代当主はクイーン様の懐刀って言われてる」

 

 要するに金魚の糞だな。

 それでその金魚の糞の、さらに金魚の糞が何のようだ。

 私は今、飯を中断されて機嫌が悪い。用があるならまた今度にしてくれ。

 

「かしこまりました。すぐに済ませます。どうぞ、こちらを」

 

 老人は内ポケットから、白い札を二枚取り出し、机にそっと置く。

 

「本日の夜、レイメルデ様がささやかな夕食会を開かれます。これはその招待状になっております。都合がお合いになればぜひご参加ください」

 

 老人は恭しく一礼し、軽やかに出て行った。

 

「三華族第一位からの招待状! ねぇ、ねぇどうするの?」

 

 私は絶対に行かないぞ。

 ダンジョンがあるなら別だけどな。

 

「こんなの一生に一度あるかないかだよ! 行かなきゃ損だって! 着ていく服って今からでも仕立ててもらえるかな?」

 

 私は行かないぞ。

 

「聞いたんだけど、この街の仕立屋って流行のカード型試着ができるんだって。すごくない? 見てみようよ」

 

 私は行かない。

 

「化粧もしないとね。うわぁ、ウチ緊張してきちゃったよぉ!」

 

 行かないからな。

 

 

 そして、夜――私は本当に行かなかった。

 ジェスターが一人で行った。私は酒屋で留守番だ。

 

『賭けてもいい。あいつは問題を起こして帰ってくる』

 

 問題とは?

 

『もっと正確に言えば、問題を起こすんじゃなくて、問題は起こさせられる。「パーティでこれこれこんな失礼なことをして、当家の顔に貴様は泥を塗った」ってイチャモンをつけてきて、「許して欲しければ、今まで手に入れた珍しいカードを全部渡せ」みたいな流れを狙ってる。それしかありえない』

 

 じゃあ、ジェスターは……。

 

『陰謀渦巻く竜巻の中心で、何も知らずに浮かれてるだろうね』

 

 深夜になってジェスターが帰ってきた。

 自殺しそうな顔色を見るに、シュウの予言は的中したらしい。

 

『楽しかった?』

 

 わかってて聞いてやがる。

 ジェスターの抑えていた気持ちが一気にあふれた。

 目から惜しみなく涙を流し、びえーんと泣きながら事情を説明する。

 

『ふむふむ、おもしろいカードの一つでも見せろと乗せられて、お抱えの人たちと戦ったら、相手の特殊カードで、手札を強制的に出させられて、そのカードが例のアレで相手を激怒させた、と。それで、明日は謝罪も兼ねて二人そろって屋敷へ来い、か。外の見張りが増えたのはそのせいだろうね』

 

 だいたいわかった。

 むしろシュウの予想通りすぎて、驚きも何もないくらいだ。

 

『相手の手札を強制的に出させるカードは興味があるな』

 

 それはどうでもいいかな。

 

「ごめん、ウチ、ウチ……」

 

 またしてもボロボロと泣いてしまう。

 別に問題ない。元の世界でもこういうことはよくあった。

 何かとお偉いさんにイチャモンを付けられて、あれをよこせ、これをしろってのはな。

 

「そうなの?」

 

 ああ。

 こういうときの選択は二つに一つ。

 一つはさっさと逃げる。でも、今回はこれができない。

 まだ、攻略してないダンジョンがあるからな。逃げたらさらに面倒になる。

 

「じゃあ、やっぱり明日、謝罪に?」

 

 いや、悪いことをしたと思ったら謝るし、できる限りは償う。

 しかし、今回はそこまで悪いことはしていない。

 あくまで勝負の一環で怒らせただけ。

 

『そうだね。出させた相手にも責任がある』

 

 とりあえず、今日はもう寝ることにしよう。

 まぁ、明日のことは明日になってから考えればいいだろう。

 

「……もう一つの選択は?」

 

 明日のお楽しみということで。

 心配しなくていいぞ。

 

 ジェスターを部屋まで見送り、自分の部屋の扉を通り過ぎて、階段を降りる。

 

 真っ暗なロビーで立ち止まる。

 少し目を閉じて静けさを肌で感じた。

 静寂を惜しみつつ目を開け、裏口に向かう。

 

『行こうか』

 

 ああ。

 夜はまだ長いからな。

 

 

 翌朝。朝と言うよりもまだ日が出てないくらいの早朝である。

 街中が昼間のように賑わっていた。ただし、それは良い賑わいではない。

 

「火の手が……」

「あの方向は……屋敷じゃないか」

 

 部屋の中にいても、その喧噪が伝わってくる。

 

「メル、起きてる。メル。メルメルメルメ――」

 

 ジェスターが私の部屋の扉を焦った様子で叩いてくる。

 うるさいので扉を開けると、困惑したジェスターが立っていた。

 

「なんかすごいことが起きてるみたい」

 

 そのようだな。

 モンスターがダンジョンから出て暴れてるなら嬉しいんだが。

 

「冗談言ってる場合じゃないよ。見に行こう」

 

 はいはい。

 外に出ると、あちらこちらから人が外に出ているのが見える。

 さらに彼らはだいたい同じ方向を向いている。

 その方角には何があっただろうか。

 

「あっちってアランチュール家の……」

 

 赤い光と白っぽい煙が空に伸びている。

 まるで光に誘われるかのようにジェスターはそちらへ走り出した。

 

 彼女を追って、屋敷の近くに着くと、すでに多くの人が群がっていた。

 屋敷は赤く燃えており、関係者は事態を収拾しようとする者と黙って見る者の二種類に分かれている。

 いや、もう一種類いた。

 

「火を消せ、消すのだ! 急げ! 燃やしてはならん。誰か行け。行くのだ! 何を見ておる! ゆけぇ!」

 

 自らは動かず、人に命令するだけの奴だ。

 当主様は大変そうだな。もうしばらく眺めておくことにするか。

 

「ねぇ、メル?」

 

 何だ?

 

「明日の謝罪はどうなるのかな」

 

 屋敷に来いと言われたようだが、見たところ屋敷がもうないな。

 謝罪どころじゃないんじゃないか。

 

「ねぇ。私を部屋に送った後、下に降りて行ってたよね」

 

 すこし夜風にあたりたくてな。

 

「ねぇねぇ」

 

 何?

 まだあるの?

 

「どうしてメルはあの人が当主様だってわかったの? 他にも同じことを言ってる人はいるよ」

 

 …………雰囲気かな。

 

「そういうことにしとくよ」

 

 そうしておいてくれ。

 

 

 ようやく日が昇り始めたが、事態は何も変わらない。

 むしろ現状が明るみになって、余計に凄惨さが増したと言える。

 

 当主様周辺は一時落ち着いていたが、ここに来てまた慌ただしくなっている。

 まだ火がくすぶっている焼け跡を、多くの使用人やらがあさっていた。

 

「何を探してるんだろう」

 

 さあな、大切なものじゃないか。

 

「燃えるわけがなかろう! アレを入れていた器は特別製だぞ! 燃え落ちるわけがない。探せ! 探すのだ!」

 

 夜の見物客が帰り、入れ替わりに朝の見物客がやって来始める。

 私たちも退屈になってきたので、宿に帰ることにした。

 

 きちんと朝ご飯を食べて、火事でうやむやになっているうちに街を後にした。

 

 

 

 印象派の国と呼ばれるように、カードを非常に重要視する国風だ。

 当然、彼らの教祖たるエレティコスのカードやデッキについても研究が他国より活発だ。

 クイーンの宮殿があるという都にて、エレティコスの博物館にジェスターと来ていた。

 

「わぁ、やっぱり印象派は進んでるよ。エレティコス様のデッキがここまで詳細に研究されてるなんて」

 

 目を輝かせて、ジェスターは展示物を見て回っている。

 前々から思っていたのだが、あいつは異常にエレティコス関連に執着を見せるよな。

 

『まぁ、信者でもありオタクだよね。なんだかんだ言って火炎虎もちゃっかり受け取ったし、寝る前にニタニタしながらカードを見てるしさ。ときどきうっとりしながら頬ずりまでしてる』

 

 見てるのは知ってたが、頬ずりは知らなかった。

 そこまで好きだったのか。

 

『一日はここで遊べると思う。覚悟しておいた方がいい』

 

 ダンジョンに行っててもいいかな。

 ……おっ、いちおうダンジョンやモンスターの部屋もあるみたいだな。

 

 ダンジョンやモンスターの部屋はそれなりに楽しめた。

 エレティコスがかつて戦ったであろうモンスターが、神話を元に計算した原寸大サイズで置かれている。

 中には明らかにおかしいだろと思えるのもいたが、見ていておもしろいのでこれはこれでありだと感じた。

 

『この博物館はクイーンが最優先で作らせたらしい。特にこのモンスターのフロアは、力のいれようを感じる。間違いなく、クイーンもエレティコスに熱狂してる』

 

 部屋の奥に行くと縦長のドデカい絵がかけてあった。

 高さは私の身長の五倍以上で、横幅は両手を広げて三人分はあるだろう。

 絵の下には、赤に染まる生物とその近くに男が立っている。

 一番目立つのはそれではなかった。

 

 絵の上半分以上を占めているのは、何か双翼のモンスターだ。

 黒い翼をはためかせ、男と生き物を見下ろしている。

 竜の周囲は青い炎で焼き尽くされていた。

 

 まるで私自身がそのモンスターに見下ろされていると感じるほどの大迫力である。

 

 あれ?

 最近どこかで見た記憶があるな。

 でも、こんなモンスターがいたらすぐに思い出せるはずなんだが。

 

『見たね。なんで隠すように持ってたのかやっとわかった』

 

 ようやく絵から目を離すと、一人の女が目にとまった。

 彼女は椅子に座り、とりつかれたかのようにその絵をうっとりと見ている。

 白銀の髪や整った顔立ちがやや冷たさを感じさせ、全身から凜とした印象を受けた。

 ただ雰囲気よりも歳をとってないかもしれない。私よりは若く、ジェスターよりも上くらいだろう。

 

「あっ、メル。ここにいたの?」

 

 ジェスターがどこかからやって来た。

 

「やっぱりクイーン様はすごい。神話や遺物どころか、ダンジョンやモンスターまで詳細に調べあげてる。国どころか大陸一の博物館だよ」

 

 興奮冷めることなく、鼻息荒くジェスターは語り続ける。

 やっと落ち着いて、私が見ていた絵を彼女も見た。

 

「…………アドミラシオンの竜。噂には聞いてたけど、実物はやっぱりすごいね。こみ上げてくるものがあるよ」

 

 何がこみあげてくるんだろうか。

 

『尿意とか?』

 

 いちいち発想が汚い。

 で、これはそんなに有名なの?

 

「エレティコス様が、オーフェルの北方で討ち破った竜だね。正確には獣って表記されてるんだけどね。「双翼の獣は青き炎で人を焼き、街を焼き、国を焼いた。神はこれを赤き炎で征伐した」。このアドミラシオンって名前には説がいろいろあって、単に地名って言う人もいれば、竜を操っていた人の名前って人もいる」

「貴様はどう考えるか?」

 

 いきなり声をかけてきたのは椅子にかけていた白髪女だ。

 椅子にふんぞりかえり、ジェスターを鋭い目つきで見ている。

 

「オーウェルの北方は当時まだ名前がついてない。操っていた人がいたならその人の記述がないのはおかしい。どちらも違うかなって」

 

 女は黙って先を促す。

 

「神話の表記が、竜では無く双翼を持つ獣ってあったから、召喚獣だと考えてたけど、この絵を見てるとモンスターだったんじゃないかなって思う。ほら、迫力が召喚獣のレベルじゃなくない? それなら……ダンジョンの名前かなぁ」

 

 それは素晴らしいな。

 ぜひ攻略したいものだ。

 

「あなたはどう考えるの?」

「……余の考えはよい。ダンジョンの名前とするならば、次の疑問は当然こうなる。そのダンジョンはどこにあるか。また、カードが現存していないのか。どちらかが見つからねば、それもまた空論にすぎぬ」

 

 ふーむ。

 

『残ってたみたいだね』

 

 そうなの?

 

『ほら、あの器に入ってたカード』

 

 ……ああ、あれか。

 そういえば、あの札がそんなだったな。

 

 袋から取り出して、表面に描かれている絵を見る。

 手を伸ばして壁の絵と並べるようにして、見てみると確かにそうだ。

 翼の絵だけしか札には描かれていないが、たしかにこの絵と似ている気がする。なあ?

 

 確認すべく後ろを見ると、女二人が両側から同じような表情で見つめてきている。

 目を見開き、口を半開きにし、壁の絵と比較してジロジロ眺める。

 

「…………これをどこで手に入れた? 述べよ。沈黙は許さん。虚偽もだ」

 

 絶対秘密にするというなら教えよう。

 

「余の名において誓おう」

 

 ずいぶんと大げさな言い回しだな。

 で、ジェスターは?

 

「もちろん言わないよ」

 

 それなら――ほら、この前、不幸にも家が燃えたお偉いさんがいたじゃん。

 なんとか家とかいうの。

 

「アランチュール家?」

 

 そう、それ。

 その当主が大切にしまってた器の中に入ってた。

 

「盗んだの?!」

 

 燃えるといけないと思って拝借しただけだ。

 いつか返すことがあるかもしれない。

 

「……返さずともよい」

 

 白髪女の声からは明確な怒りが滲み出ていた。

 

「合点がいった。あやつ、これを隠しておったのか」

 

 綺麗な顔をしている奴ほど怒ると怖い。

 実際に目の前の女は、睨むだけで殺してしまえそうな目をしている。

 

「……して、貴様はそのカードをどうするつもりだ?」

 

 特に考えてなかった。

 持っていても仕方ないし、ここに寄贈しようか。

 この札があったであろうダンジョンの調査も進展があるかもしれないぞ。

 

「でも、ここに寄贈したらレイメルデ様にもばれちゃうよね。私たちのこともばれるんじゃ」

 

 こっそり寄贈するとかどう?

 それなら特に怪しまれないと思うぞ。

 

「……渡した後の調査状況とか知りたいよ」

 

 わがままな奴だな。

 

 じゃあ、クイーンとやらを通して寄贈したらいいんじゃない。

 クイーンとかいうのは、お前と同じでエレティコスのマニアだろ。

 

「マニアじゃない。敬虔な信者だよ」

 

 急に真顔になるなよ。

 わかってるって、虎のカードに夜な夜な頬ずりするほどの信者だもんな。

 

「なんで知ってるの!?」

 

 話を戻すと、クイーンならこんな貴重な札を手放したくないんじゃないか。

 レなんとかよりも、立場は上だろうから上手くかばってくれるだろう。どうだろうか?

 

『悪くない。大きな問題が一つ残るけどね』

「そうかもしれないけど……、寄贈としてクイーン様にこっそり渡すとしてもだよ。中身はどんなのか見ておきたいよ。ちょっと見てみようよ。ちょっとだけだからさ。すっごく気になる」

 

 それはたしかにそうだ。

 しかし、この場で使うわけにもいかないだろ。

 それと大きな問題ってなんだ?

 

『もう手遅れだから気にしなくていい。なんとかなりそうな雰囲気だし』

 

 あっ、そう。

 なんとかなるならいいな。

 

「おい」

 

 白髪女が不機嫌さと好奇心を半分ずつ混ぜた声で割り込んできた。

 声は両者が半分だが、顔を見るに好奇心が勝っている様子だ。

 

 おっと、済まん。

 横で聞いていたとおりだ。

 寄贈する前に中身を見るが、お前も見るか?

 

「無論だ。カードを確認するのなら、それに相応しい場所というものがある。ついてまいれ」

 

 女は私たちの意見を聞くこともなく、歩み始める。

 フロアから出て、博物館も正門から出る。出た瞬間に周囲を数人の男女が囲んだ。

 

『大丈夫、彼女の警備部隊だから。ずっといたけど気づかなかったでしょ』

 

 彼らは私たちを向かず、女性を守るように外側を向いている。

 

「帰る」

 

 白髪女が一言声をかければ、一人の女が札を出し乗り物を出現させた。

 見たことのないロバみたいなのが車を牽いている。

 彼女は当然のように、車へ入り腰をかける。

 

「同席を許す。入れ」

 

 私たちも追って中に入り、車に揺られる。

 揺られるというほど揺れていない。速さの割に快適だ。

 住宅地や商業地域を離れ、車はひとけの薄い地域に入る。こっちってたしか。

 

「あの、もしかしてなんだけど……、『印象派の夢魔』とか呼ばれてたり、します、か?」

「此度は許す。二度とその名を口にするな。余はそのあだ名が好きではない」

 

 ギロりと睨まれ、ジェスターは縮こまる。

 じゃあ、なんて呼べばいいんだ?

 

「クイーン。それだけで良い。余の宮殿へ招待しよう」

 

 こうして私たちは印象派のトップの本拠地へ行くこととなった。

 

 

 宮殿は本当に宮殿だった。

 煌びやかで、厳かな建築物が目の前にある。

 

 意味がないほど広いし、天井も高い。床だってピカピカだ。

 人が生活する環境とは思えない。

 

 まっすぐ進むと大広間で、奥の椅子に彼女は座った。

 こういうところって普通は身辺警護の人間がたくさん立っているはずだが彼女一人だ。

 周囲を見渡すが人の気配はない。どこかに隠れているのだろう。

 

「大げさな警護は好まん」

 

 途中の通路でも警備どころかほとんど人が見えなかった。

 静かすぎるし、広すぎるしで不気味だ。あと数年したらダンジョンになるんじゃないか。

 こう思うと、不思議と楽しくなってくる。人が住んでると不気味なのに、ダンジョンになるとそうでなくなる。

 

『先に言っとく。戦闘になりそうな気配を感じたら合図をするからサクッと斬っちゃって』

 

 あいよ。

 

 シュウの声が聞こえていたジェスターは「何を言ってるんだ」とシュウを見る。

 さらに、あっさりと返事をした私にも「どういうこと」という視線を投げかけてきた。

 

 シュウが言うには、クイーンとの戦闘は避けなければならないらしい。

 そのため矛盾しているようだが、戦闘をしないために暗殺するのが良いということになった。

 ジェスターは知らないから、不安になっても無理はない。

 

「道化師よ。不安が出ているぞ。そんなに仲間を見るでない」

 

 ジェスターは、不格好に笑い、クイーンの誤解をごまかしている。

 

「まずは貴様の不安を取り除こう。貴様ら、アランチュール家に盗みに入ったな」

 

 私はシュウに手を添えるが、合図はない。

 ジェスターは変な汗をかき始めている。

 

「もしや火も貴様か?」

 

 私は何も言わない。

 ただ合図を待つのみである。

 

「許す。貴様等の罪は全て不問に付す。あやつら一族は、表では余に笑顔で媚びを売り、裏では重要なカードを秘匿し、余のカード蒐集を間接的に邪魔し無駄骨を折らせた。これは余を愚弄するもので、ひいては国に対する許されざる背信行為。明日にも一族郎党、全カードを剥奪し辺境の地へ流刑とする。奴らのカードは民のために使うと約束しよう」

 

 ジェスターはほっと長い息を吐く。

 

「ただし――」

 

 ここで条件が入る。

 ジェスターがびくりと震えた。

 

「これは例のカードを余に渡して後に執行とする」

 

 どうするのとジェスターが私の方を見てくる。

 

『あげちゃっていいよ。効果も見てみたいし』

 

 わかった。

 渡そう。どんな効果か見てみたいんだが、ここで見せてもらえると思っていいのか?

 

「許す。とくと見よ」

 

 私は札を取り出して、クイーンにそのまま差し出す。

 彼女は白い手袋を取り付け、恐る恐るとカードを手に取る。

 長い時間、札をすみずみまで眺め、顔を崩してニンマリとした。

 

『どこかの道化師と重なるなぁ』

 

 まだ頬ずりはしてないだろ。

 

 ジェスターがキッとこちらを見てくるが気づかない振りをする。

 クイーンが札を掲げたが特に何も起こらない。札は光に消えず、そのままだ。

 

「ふむ。余には使えぬ。装備系には見えぬ。特殊か妨害であろう」

「ウチ、特殊と妨害なら使えるよ!」

 

 はいはいと元気よくジェスターが手を挙げる。

 不承不承といった様子で、クイーンはジェスターに札を渡す。

 ぱぁーと喜んだ顔でジェスターは札を掲げる。

 しかし、何も起こらない。

 

「装備系か」

 

 クイーンがベルを鳴らすと、すぐさま女性がやってきた。

 彼女に札を渡し、使えと命ずる。しかし彼女もまた何も起こせなかった。

 ほんのり悲しそうに彼女は部屋から退席させられた。

 

「どう考える?」

 

 私はわからんからパス。

 

「前にも誰も発動できないカードを何度か見たことある。そのときは特殊な条件が必要だった。二枚をセットで使うとか、ある時間帯や場所じゃないと発動しないと駄目ってやつ。カードに描かれてるのは翼だけ、本体のカードがどこかにあるんじゃないかな」

 

 おお、なんかそれっぽいな。

 

「どうやって本体のカードを探す。翼ですら見つけることが困難だったのだぞ」

 

 それな。

 この問題にはさすがにジェスターも手がない様子だ。

 クイーンもどうしたものかと顎に指を付けて考え込んでいる。

 

『アナライズで見た答えをそろそろ言ってもいいかな』

 

 もっと早く言うべきだったと思うよ。

 

『これは特殊装備。召喚獣に対する装備カードだ。詳しい解説にはこうある。「青の光を司る獣の翼が今生によみがえった。悪夢の翼が天空を覆うときが来たのだ。漆黒の翼が轟き、空を、人を、世界を震わせる! 君は――青き光をもう見たか?」。昔のおもちゃのCMみたいなノリだ』

 

 シュウの話をそのまま伝える。

 二人は顔を紅潮させ、感動を隠せない様子だ。

 ジェスターが試してみることになり、さっそくぬいぐるみの熊を召喚する。

 手札を何度か回し、ようやく例の札がきたらしい。

 

「どうだっ」

 

 カードは消えた。

 光の色は青……青にしては濃いな。

 

『俺の国だと藍色に近いかな』

 

 じゃあ、それでいいや。

 

 変化はすぐにわかった。

 熊の背中からにょきにょきと黒い翼が生えてきたのだ。

 

「かっこいい!」

「……不細工よな」

 

 ジェスターとクイーンが互いの顔を見た。

 ちなみに私は、クイーンの意見に賛成である。

 ぬいぐるみの熊に、生身の翼がついていて気持ち悪い。

 特に生え際がぬいぐるみからぐしゃぁと出てきていてグロテスクだ。

 熊に翼があると、ここまで見た目がアンバランスになることを初めて知った。

 

 見た目の話はひとまず置こう。

 その翼が生えるといったい何ができるんだ。飛べたりするの?

 

『飛べないよ。小さい字で、「翼を付けても空は飛べません」って書いてあったから』

 

 なんだ、つまらんな。

 

「がんばれ!」

 

 シュウの説明がまるで耳に入ってないジェスターは熊にエールを送る。

 翼がちょっと動いた。

 

「動きが素敵!」

「不気味よな」

 

 これも私は、クイーンに賛成票を投じる。

 

 動くだけなのか?

 何か別の効果があるんじゃないの?

 

「使ってればわかるかも。でも、これってもらえたりするの?」

「ならぬ。検証は余が直々に行う。結果は随時知らせよう」

 

 だよねーと残念そうにジェスターは肩を落とした。

 

 仕方ないだろ。

 そういえば、その翼ってあの虎に付けられたりもするの?

 

『この馬鹿』

 

 ジェスターが牽制するように私を見た。

 

「虎? ――まさか炎虎マルスか! 何か持っておるのか!」

 

 クイーンの反応は凄まじい。

 席を蹴って立ち上がり、私へと歩み寄る。

 

 ジェスターが札を一枚使い、目の前に召喚獣を出す。

 人と同じようなサイズの紙細工で出来たような虎が現れた。

 こんなときのために、見た目だけは虎っぽい召喚獣を入れておいたのだ。

 

「……取り乱してしまった。今、見たことは忘れよ」

 

 ジェスターの召喚した張り子の虎を見て、クイーンは嘆息しつつ席に戻った。

 

「炎虎マルスも疑わしい。文献にこそ出ているが、絵に描かれておるのは軟弱げな虎よ。見たであろう」

 

 あの絵の火炎虎を言っているのだろう。

 確かにあの絵の主題は、翼の竜であって火炎虎は弱そうだったな。

 下の方に、男と一緒に小さく描かれているだけだった。

 

「本来の炎虎の姿が、絵ではなく文献でしか多く残っておらぬのはその軟弱な姿を隠すためであろう」

 

 クイーンは軽く鼻で笑った。

 ジェスターがその発言にピクリと反応する。

 

「炎虎マルスがエレティコス神のインヒラントカードという説も疑わしい」

「炎虎マルスは、神様のインヒラントカードで間違いないよ」

 

 クイーンがジェスターをにらみつけるが、彼女は退かなかった。

 

「いつも炎虎が側にいて、エレティコス様の戦いを支えていたって文献に書かれてる。これは彼のインヒラントカードであることの証左じゃない?」

「そうかもしれぬな。だが、側にいるだけよ。神話では活躍したように書かれておるが、調べてみれば活躍は他のカードのよるものが大半。炎虎は初期に少し使っただけではないか」

 

 二人は静かに睨みあう。

 

『止めて。口でいいから』

 

 斬らなくてもいいとは平和的だな。

 

 言い争いはやめろよ。

 そんなつまらないことでさ。

 

「つまらないことじゃない!」

「つまらぬことではないわ!」

 

 いや、別にどっちでもいいでしょ。

 火炎虎がいたのは間違いなくて、ある程度は活躍したんだから。

 

「違う。絶大な活躍だよ!」

「否! 活躍はわずかよ!」

 

 二人はまたしてもにらみ合った。

 

『火に油を注げなんて言ってないけど?』

 

 違う。

 私は二人に戦って欲しくない気持ちで言ったんだ。

 決して戦いを進めたのではないんだ。

 

「ふむ。それよ。神話の正否は戦いの歴史。己のカードで決めるべきではないか、道化師よ」

 

 ……おい、やるのか?

 

「やるよ! ウチの正しさを見せてやる!」

 

 違う。

 お前に聞いたんじゃない。

 だいたいどうやって正しさを見せるんだ。

 

「ウチの召喚獣でも戦えることを示して、それならエレティコス様の召喚獣ならどれほどかってわからせるの!」

「吠えたな! できるものならやってみせよ! 貴様の召喚獣が、エレティコス神の名を地に落とすものでなければ良いがな!」

 

 二人はまたしてもにらみ合った。

 先ほどよりもその勢いは増している。実は気が合うんじゃないかと思わないでもない。

 二人とも斬っちゃうか。それなら落ち着くだろ。

 

『もういい。ほっとこう、アホらしい。本人達の気が済むまでやらせておけばいい。俺はもう知らん』

 

 シュウは責任を放棄してしまった。

 私も同じ気持ちだ。勝手にやっておけばいい。

 

 こうしてクイーンとジェスターの戦いとなった。

 

 

 戦いの場所はそのまま宮殿の大広間だ。

 

「余に歯向かう奴は久々よ。余の印象をその身に刻み込むが良い。この悪夢を二度と忘れぬようにな」

 

 ジェスターはいつも通り、ぬいぐるみの熊を召喚した。

 

 一方のクイーンは、初手で青色の光のカードを利用した。

 おそらく夢のフィールドカードだろうが、特に変化が起きている様子はない。

 

『もう夢の中だよ。メル姐さんは現実だから物理的にほぼ干渉しないしされない。見て喋ることだけ。あとはパーティー登録したるジェスターに触ることくらいかな』

 

 そんなものなのか。

 

「さあ、出でよ。夢の化身たち!」

 

 彼女の手札が全て消費され、クイーンとジェスターの間に大きな、異常に大きなモンスターが召喚された。

 体はまるっこく、腕や足もついている。その足だけでこの建物の柱より太い。

 んもぉーと野太い声をあげている。

 

 ジェスターの熊は、単純にサイズ差で圧倒されている。

 変なモンスターの動きは遅いが、力はすさまじい。腕がわずかにかすっただけで熊は空を飛んだ。

 

「強いけど……いける!」

 

 ジェスターは熊を強化していく。

 今度は巨腕を防いだが、反撃はできそうにない。

 

「ふむ。それではこれならどうか」

 

 クイーンの手札はいつの間にか補充され、さらにその札が全て消費された。

 そして、手札にはまたすぐ札が補充される

 

「えっ! なにそれずるい!」

「この夢こそ余の居城。このくらいで驚かれては困る」

 

 周囲に同じ怪物がさらに五体追加される。

 

『圧倒的な力の差を見せたいようだけど、あれは悪手だね』

 

 怪物たちは連携なしの力押しだ。

 自分たちの図体が邪魔をして、上手く動けていない。

 ジェスターは熊の素早さを強化し、上手く怪物を誘導して混戦に持ち込んでいる。

 

『うん。上手上手』

 

 これにはシュウもご満悦の様子。

 

「それなら、こうだ」

 

 クイーンが手札を光らせると怪物達がぐにょぐにょと身を寄せ合う。

 怪物は一体にまとまり、足が八本ついた蜘蛛のような怪物に姿を変えた。

 見た目はなんだか間抜けだが、動きは先ほどよりも素早く、それでいて力も強い。

 

「これで!」

 

 ジェスターが熊にカードを使う。

 熊の爪がニョキッと伸びて、蜘蛛の怪物の足に食い込ませ、その足を登っていった。

 怪物は自らの上に乗る熊へ攻撃することができず、振り落とすように暴れている。

 熊は怪物に何度か攻撃し、やがて振り落とされ地面に叩きつけられた。

 すぐさまジェスターが回復を使い、熊はすぐさま体を起こした。

 

「おもしろい。やるではないか。余の化身を相手にここまで戦えるものはそうはおらん」

 

 さらにクイーンは手札を惜しみなく消費していく。

 消費してもすぐさま手札は復活する。

 強すぎないか?

 

『夢だからね。彼女にとって都合が良いことの方が多いだろう。ただ、彼女は悪夢も起こりえるってことを忘れてる』

 

 ん?

 ……あれ?

 

『気づいたね』

 

 気づいたと言われたからには、気のせいではないのだろう。

 

 今、クイーンの近くに誰か立ってたよな。

 瞬きをしたら消えてしまったが、小さい影が見えた気がした。

 それになんだろう。うっすらとだが、靄が周囲にかかってきてないか?

 

『ついに来ちゃったか。下手な真似をしなけりゃ、何事もなく済むだろうけど……』

 

 シュウが呟く間に戦闘は終局へ向かっていた。

 怪物はさらに姿を変え、ジェスターの熊と似た形になっている。

 大きさはオリジナルよりも数十倍はでかく、力も速さも桁違いだった。

 スペックに明らかな差があるにもかかわらず、そこそこ戦えたのは経験による成長なのだろう。

 けっこう追い詰めたよな。

 

『そうでもない。クイーンは手加減してるから』

 

 そうなのか?

 

『ジェスターに合わせて召喚系と、ささやかな強化系だけを使ってる。強化系と攻撃系を主体で戦う方が間違いなく強くなる。回復にトラップ、さらにこの召喚も合わせれば、このフィールドで彼女と戦える相手はそう多くない。例えば、圧倒的な個人戦力、あらゆる問題に対応できる適応力、フィールド自体に干渉する力、夢を無効化するとか。こんなところくらいでしょう。……おっと、一番大切なのを忘れてた、彼女よりも夢を操れる奴だ』

 

 そんなのいるのか?

 

 とにかくジェスターの手札は残り一枚だけ。

 例の特殊カードであることに間違いない。

 

「さあ、最後の一枚を使うがよい」

 

 ジェスターはやはりまだ抵抗を見せた。

 

「道化師よ。取るに足らぬと思っておったが、なかなかどうしてやるではないか。名はなんといったか?」

「……ジェスター。ウチの名前はジェスター!」

 

 クイーンは口の中で「ジェスター、ジェスターか」と名前を転がした。

 

「ふむ。それでは道化師ジェスター。余の従者となれ」

 

 いきなりのスカウトだった。

 

「華族などという余の使いっ走りではない。余の直属だ。そなたの神話への見識と、カードを扱う印象を余は高く評価する。炎虎への意見の相違はあれど、それもおいおい矯正していくとしよう。この宮殿に身を置くことを許すぞ」

「高く買ってくれるのは嬉しいけど、ウチはこんな宮殿にいたくない。もっと自分でいろいろ見て回りたい」

 

 クイーンはジェスターの言葉を鼻で笑った。

 

「なぜ自分で見て回る必要がある? 人を使い、取ってこさせればよいであろう。シーカーの真似事などする必要がなかろう」

 

 シーカーじゃない。

 冒険者だ。

 

「呼び方などなんでもよい。余と貴様は、集められた物に対し、仮説と実証を重ねるべきよ。直接自ら足を運ぶなど、そんなくだらぬことをしてどうなるというのか。『何かをやった』という実のない虚しい幻想を積み重ねるだけ。幻想の積み重ねなど時間と労力の無駄よ。何も生むべきものなどないわ」

『あぁ……、今のはアウトだ。地雷を全力で踏み抜いた』

 

 ジェスターにも謎の人影が見えてきたようで、目を瞬きして周囲を見ている。

 

「どうした? 夢でも見ておるのか? やはり貴様には余の配下は務まらぬかもしれぬな。その最後の一枚を持って、貴様の印象を再評価することとしよう。とく使え」

 

 わずかな逡巡があったものの、ジェスターは最後の一枚を手札から切った。

 

 熊がもぞもぞ動き、中から久々に影人が出てくる。

 もしかして普段から入っていて、実際にこの影人が熊の振りをして戦ってるのではなかろうか。

 クイーンもこの影人には予想外だったようで、成り行きを見守る。

 

「おお、おお、夢の女王よ。あなた様は実にお美しい」

 

 ああ、こんな声だったなとすぐに思い出した。

 相手の神経を逆なでするような、苛つくしゃべり方だ。

 

「ふむ。話すタイプとは珍しい。いっそう貴様を囲いたくなった」

 

 ジェスターは、露骨にクイーンから目を逸らす。

 おそらく、この後どうなるかがわかっているからだろう。

 

「そのお美しさは、汚れや疵を知らぬから。女王は人付き合いが苦手なご様子。お認めになってはいかがか? 囲うなどと口にするのは、自らの優位な立場を利用し、自らが疵付くのを避けるためだと。余裕ぶっているのは、自らが評価されることを何より恐れているからだと。本当は自分が認められないのがこわいのでしょう?」

 

 女王は絶句、ジェスターと私は成り行きを見守る。

 

「神話について誰かと仲良くおしゃべりがしたい。自分の仮説を誰かに聞いてもらいたい」

「……黙れ」

 

 ようやく出てきたのは、影人の口を封じる言葉。

 しかし、影人は黙らない。

 

「でも、自らの意見が批判されるのは怖い。意見を否定されたら立ち直れない? だから、立場を利用して相手に意見を押しつける?」

「黙れと言っている」

 

 怪物を操りけしかけるが、影人は身軽に攻撃を避けた。

 

「印象派の夢魔――あだ名のとおり、夢の魔物というカードが貴方を印象づけておられる」

 

 影人は笑いながら、女王のすぐ側まで迫った。

 

「そろそろお気づきになられよ、夢の女王。疵付かないよう心を閉じ、その閉じた世界をどこまで広げたところで誰の心にもたどり着きませんぞ。いつになったら夢から出られるおつもりか?」

「黙らんかっ!」

 

 女王は自らの腕で直接、影人の頭を払いのけた。

 影人の頭はあっさりと落ちて地面に転がる。

 

「おお、寂しい淋しい。誰も貴方を慰めない」

 

 落ちた頭がそう言い、気が触れたような笑い声をあげつつ影人は消え去った。

 笑い声がまだ耳に残っているようだ。

 

「……あの、もうデッキ使いきったから降参してもいいよね」

 

 しばらくして、ジェスターがおずおずと告げた。

 

「絶対に許さん」

 

 はっきりとした怒りが見て取れる。

 まなじりはひくつき、拳は硬く握られぷるぷる震えていた。

 

「自らの言の報いを受けよ」

「あれ、ウチの言葉じゃないよ!」

 

 ジェスターの釈明も聞く耳を持たず、女王は手札を全て消した。

 

 夢ならではなのだろう。建物が異常に大きくなり、天井が空かと思うほどの高さにまでなった。

 そして、最初にみた怪物が再び生じる。怪物は徐々に大きくなっていき天井すれすれの高さまで膨らむ。

 片足だけでも先ほどの状態よりなお大きい。

 

「ほえぇー」

 

 ジェスターも思わず間抜けな声で見上げている。

 

「踏め、跡形も残すな」

 

 あっ、まずい。

 

『助けは必要ない。もう手遅れ』

 

 動こうとしたところでシュウに止められた。

 ……手遅れって、駄目じゃん。

 

『違う、そうじゃないんだ』

 

 パチンと指を弾く音がどこかから聞こえてきた。

 音ともに目の前の化け物が瞬時に消えた。

 

「なんじゃと……」

 

 クイーンの焦りを見るに、彼女が消したわけではないようだ。

 

「ややや! メル殿! お久しぶりですな!」

 

 私の前に背の低い、ずんぐりとした亜人が立っていた。

 手をぴょんと挙げて、私に挨拶してくる。

 

 誰だ……あれ?

 前にどこかで会った気がするな。

 

『久しぶりだね。元気にしてた?』

「や! シュウ殿も、まこと久しぶりですな! ご壮健なようでなによりです!」

 

 シュウとも普通に話しているところを見るに知り合いなのは間違いない。

 それにパーティー登録もしているのだろう。

 

「何やつか?」

「ややや! ヌルとお呼びください!」

 

 クイーンの誰何に元気よく返した。

 ヌルって、あの橋の名前か。そういえば橋の上で誰かに会ったような……。

 

「何者でもよい。余の居城に土足で踏み込んだ罪、その身で贖ってもらおうか」

 

 クイーンの手札が補充され、さらにまた消費される。

 彼女と私たちの間にまたしても巨大な怪物が出現する。

 それも今度は一体ではない。二体、三体、まだまだ出てくる。

 

「や! その罪、喜んで贖わせていただきましょう! クイーン殿には感謝しかありません! こうしてまた一緒に戦える場を用意してくださったのですから! 残念ですが、おではここで彼らに番を譲ることにします! ジェスター殿!」

 

 いきなり名前を呼ばれたジェスターは体を硬直させた。

 

「あなた方の世界に合わせて、このカードをお送りしましょう!」

 

 いつの間にかヌルの手に出ていた札の輪郭がぼやける。

 

「えっ……、なにこのカード」

 

 靄となって消えたと思ったら、ジェスターの手札の中に靄でぼやけた札が現れた。

 

「メル殿とパーティーを組んでいる貴方なら、必ずや彼らも駆けつけてくれましょう!」

 

 ジェスターは手札に現れたカードに困惑している。

 

「何をしようが無駄な事よ」

「やや! 果たしてそうでしょうかな!」

 

 ここでようやくヌルはクイーンを向いた。

 

「ここは余の夢。誰も余に抗うことなどできぬわ」

「ややや! 貴方の言う、実のない虚しい幻想の積み重ねが、本当に時間と労力の無駄でくだらぬものだったか、一つ試してみるとしましょう!」

 

 クイーンの宣言に、ヌルは笑って反証を示すと告げた。

 

「ささ。ジェスター殿。どうか、ご利用を――」

 

 ジェスターの手札から靄に覆われたカードが消える。

 

 消える光は、私が一度だけ見た光の色だ。

 

「虹、色……」

「なんじゃ、そのカードの色は? よもや神話の――」

 

 そして、それはジェスターもクイーンも知らない光の色だった。

 

「あのときは、言えませんでしたからな。今ここはパンタシア、改めて語らせていただきましょう!」

 

 ふぅーとヌルは軽く息を吐き、ふぃーと吸い込む。

 

【――此処よりは幻想】

 

 声と同時に視界がかすみ始めた。

 周囲は靄が立ちこめ、白く染まっている。

 

「なんじゃ?」

 

【――刹那の夢とて我に見られぬ幻なし】

 

 靄の中から誰かが歩いてきている。

 一人や二人ではない。空にも何か大きなものが飛んでいる。

 

【――しかして我、刹那の夢幻に立つ】

 

 ヌルの声は聞こえるが、その姿はどこに消えたのか見ることができない。

 声どころか音楽まで聞こえてきている。他の二人も聞こえているから幻聴ではあるまい。

 

「なに? なにが起きてるの?」

 

【――汝等ここに入る者 一切の、ややっ! 始めるの早いです。もうちょっと待って」

 

 目の前の怪物の一体が何かに撃ち抜かれ崩れた。

 さらに、そこへ炎の剣を持った誰かが追撃をかけ燃やし尽くす。

 

「余の、夢の化身がやられる?」

「や! 語らせていただきましょう――おでたちの幻想奇譚を!」

 

 よくわからない詠唱もどきは終わったようで、靄がようやく引いてきた。

 

「えっ?」

「……こやつらはどこから来た?」

 

 何十人、いや百人はいるかもしれない。

 中には明らかに人じゃないものまで混じっている。

 しかしなぜだろう。初めて見たはずなのにそんな気がしない。

 

「ややや! 八割といったところですな! それでは始めましょう。おや? クイーン殿、速く次のモンスターをお出しください! これでは戦いになりませんからな!」

 

 クイーンは周囲を見渡しながらも、手札のカードを全て消費した。

 大きな怪物が次から次へと出てくる。出てきた瞬間に、謎の軍勢にあっという間に倒されていく。

 

 一体は、燃えさかる剣に切り裂かれ――。

 一体は、空を飛ぶ大きな鳥からの礫に貫かれ――。

 一体は、ツバ付き帽を被った青年のツルハシで転かされて――。

 一体は、小さな謎の浮遊体を踏みつけようと、必死に足踏みをしていて――。

 一体は、謎の音楽団が奏でる曲から生じた、理屈のわからない現象で消滅させられ――。

 

 出しても出しても瞬時に怪物を消し飛ばされていき、クイーンの顔に焦りがかいま見えた。

 

『おっ、さすがに全力を出してきたな』

 

 クイーンの戦闘スタイルが変わった。

 手札が次々と消えていき、すぐまた手札に現れる。

 同時に白、緑、黄、赤、銀と様々な色の光が彼女の周囲で煌めいた。

 

 自身の能力を高め、様々なトラップが配置され、数多くの攻撃魔法が周囲に散らばる。

 彼女を中心として様々な現象が生じ、まるで彼女が世界の中心にいるようだ。

 これにはさすがに謎の勢力も苦戦を免れない様子である。

 

 彼らを相手に、一歩も退かずに戦う姿は夢の世界の女王を感じさせた。

 女王は多色の光を帯び、あらゆる攻撃や防御を駆使し、多数の勢力と渡り合っている。

 まるで――

 

『彼女は、自分が物語の主人公で世界の中心にいるとでも思ってるんだろう。だが、俺たちは知っている。彼女は主人公ではないし、世界の中心にもいない。俺たちこそが主人公だ』

 

 そんなこと私は知らんぞ。

 私の発言を無視してシュウは続ける。

 

『彼女は脇役で俺たちを輝かせるだけの存在。だからこそ、彼女にはこんなところでやられてもらっては駄目だ。もっと俺たちの株をあげてくれるよう働いてくれないと。なんたって俺たちは主人公なんだから』

 

 仮に主人公だとしてもだ。

 そんな台詞を吐く主人公の話なんて読みたくない。

 

『ひどい自虐だね。そしてもう一つ』

 

 まだあるのか……。

 

『俺たちは主人公だけど、世界の中心ではない。世界の中心なんてただの回転軸。回る景色をぼんやり眺めるだけの一番面白みのないポジションだ。さて、誰がそのポジションにいるのかな』

 

 なんか意味不明なことを語っているうちに戦闘はまたしても覆り始めている。

 クイーンの攻撃がパチンという音とともに消えてしまうのだ。

 まるで夢のように靄へと消え失せてしまう。

 

『あいつ、番を譲るって言ってたのに……』

 

 さすがにカードが無効化されてはクイーンも為す術がない。

 これにはクイーンも焦りを隠すことができない様子だ。

 

「――わかったぞ。そちらも夢、ならばフィールドを解除……できぬだと。あり得ぬ。ここは余の居城だというに。ひっ」

 

 クイーンが顔を上げれば、すでに全方位を囲まれている。

 

「ややや! ちょっとやりすぎましたな。少しそちらもお手伝い致しましょう。そのカードをプレゼント致します!」

 

 クイーンの手札に靄のかかった一枚のカードが現れる。

 

「思い出してください! 神話の時代に描かれた双翼の竜を! 人々悉く灰燼に帰す竜を想い起こすのです!」

『……やり方がえげつねぇぞ』

 

 ヌルの声に従い、クイーンは札を使った。強要されたと言ってもいいだろう。

 彼女の手に持った靄のカードが、虹色の光となって消えていく。

 

「ぐっ、デッキが全て持っていかれる」

 

 彼女のブレスレットがパキリと壊れ、腕から落ちた。

 代わりに彼女の前に、見覚えのある竜が現れた。

 

「すごいッ! アドミラシオンの竜だよっ!」

「おおっ、これぞまさしく神話にあるアドミラシオンの竜! これさえおれば――」

『あぁ、終わった』

 

 二人は互いの共通項を見て喜んでいる。

 シュウの様子はその逆だ。

 

「それは竜ですか?」

 

 先ほどまでおそらくいなかった男がぽつりと立っていた。

 上から下まで黒のローブに包まれ、その顔もうっすらとしか見えない。

 

「いかにも、これこそアドミラシオンの竜じゃ。ふはは。芥の人間が何百、何千と集まったところでこやつには勝てん。ゆくのだ、全て燃やし尽くせ!」

『来ちゃったかぁ……。ジェスター! こっちに来て! メル姐さん! ジェスターを担いであいつからなるべく遠く離れて!』

 

 シュウのあまりにも緊迫した声に、私どころかジェスターも驚いた。

 一拍おいてジェスターがこちらに駆け寄り、私は彼女を担ぐ。

 

「逃がすものか、貴様等もこやつらを燃やした後に灰にしてくれる」

『クイーンにも逃げろって伝えて! 急いで!』

 

 私もジェスターも事情がわからない。

 気づけば、クイーンを囲んでいた人間達の姿が消えていた。

 

「竜は、生かしておいてはいけない」

 

 男はローブを取り払った。

 

「ひぃっ」

「あ……あれっ……なに、やばいよ…………」

『駄目だ、クイーンは諦めよう』

 

 男の体からツタが伸びていて、その先にヘンテコなアイテムが巻かれていた。

 

 クイーンがその姿を見て短い悲鳴を上げた。

 ジェスターも声がかすれ、震えが止まらなくなっている。

 

『逃げて! ジェスターが巻き込まれる!』

 

 私は男から目を逸らし、地を強く蹴った。

 男がなにかをぽつりと言い、クイーンが甲高い悲鳴を上げた。

 白い光、凄まじい音と揺れ、空気の振動を背中に浴びつつ、私は走り続けた。

 

 光が収まると、どうも現実の世界に戻っていたようだ。

 低い天井に、壁がすぐ近くにある。

 

『さすがに今回は同情せざるを得ない。真意を暴かれ、集団リンチされ、攻撃無効化されて、とどめはエセ竜殲滅の巻き添えか』

 

 振り返って見ると、クイーンが仰向けに倒れている。

 白目を向いて、口から泡を吹き、背中をピンと反らせ痙攣している。

 

『これが薄い本ならむくむくおっきなんだけど、全然反応しないや。ただただかわいそうとしか』

 

 どうしようか?

 

『たぶんこっちの姿を見ると取り乱すから、今のうちに帰るとしよう』

 

 そうだな。ついでにあのカードも頂いておこう。

 

「待って」

 

 ん?

 

「ここで帰ったら、たぶんもう話せないと思う」

 

 それならそれで面倒がなくていい。

 

「ウチは、もうちょっと彼女と話がしたい」

 

 また夢の世界で襲われるかもしれないぞ。

 

『それはない。自殺願望があるようには見えない』

 

 そうだな。

 恐れて話にならない可能性の方が高そうだ。

 

「それでも、ウチは彼女に――」

 

 わがままな奴め。

 じゃあ、せめて椅子に座らせよう。

 床に転がり続けさせるのも酷というものだ。

 

 ……しばししてクイーンは目覚めた。

 ジェスターと私を見ると、様子が一変し椅子から崩れ落ちるように倒れた。

 

「く! 来るでない! 来るなっ! 来ないでっ!」

 

 なんかすごい怯えてるぞ。

 

「私が悪かったから! ……許して! ごめんなさい! もういや。やめてっ。やだよぉ」

 

 口調もなんかおかしい。一人称まで変わってる。

 涙どころか鼻水まで流してる。

 

『うわぁ、精神が壊れてないか。あの後も夢の中でボロクソにされたんだろうね。合掌』

 

 散々だな。

 これじゃ話にならないぞ。

 

『斬ってあげて。今よりは精神がまともになると思う』

 

 已む形無しとクイーンを突き刺す。

 彼女はあっさりと光に消え、椅子の足下に結晶がぽつんと残った。

 

 結晶を回収すると、しばらくしてクイーンは復活した。

 最初はぼぉと顔を上げたが、直後にビクッと体を震わせ周囲を何度も見渡す。

 

 そして、近くに立っていたジェスターの姿を見つけた。

 彼女はまだびくついているが先ほどよりもマシだ。

 

 私は特に話すこともないので、壁に背を委ねて半分寝かけている。

 

「大丈夫。もう大丈夫だから」

 

 ジェスターがクイーンに近づき、彼女の拒む手を優しく包んだ。

 

「落ち着いて。ここにあなたの敵はいない」

 

 さっきまで言い争っていたのはお前じゃなかったか?

 しかも対決までしたのはまさしくお前だったよな。

 

『やってやんよ! ウチの正義を見せてやんよぉ! かかってこいやぁ! だったっけ?』

 

「黙っててよ」

 

 はいはい。

『はーい』

 

 クイーンの呼吸が徐々に収まってきた。

 

「……ジェスターか」

「うん、ウチだよ」

 

 その後も互いに声をかけない。

 しかし、手は離すこと無く握られたままだ。

 

「余は、その、なんというか、あれだ、だからな……あぅ」

 

 クイーンは何か言いたいようだが、上手く言葉にできてない。

 

「エレティコス様の炎虎は、確かに弱いのかもしれない」

 

 逆にジェスターが語り始めた。

 

「聖炎で焼いた大悪の獣レザールの群れは、ただの雑魚モンスターだったって研究もある。それに目を見張る活躍は初期だけで、それ以降、顕著な活躍はしてない。実際、目の前であっさり斬られてるところも見ちゃったし」

 

 クイーンは最後の言葉に疑問を感じたようだが、何も言わない。

 

「でも、はっきりしてるのは、炎虎マルスがどんなときでもエレティコス様の側にいて、神様とずっと一緒に戦ってたってこと。ウチもインヒラントがあの熊だからさ。わかるんだよね。必要じゃなくても出しちゃうんだ。えっと……だからね。神様のインヒラントはやっぱり炎虎で、一番頼りにしていたんじゃないかってこと。たとえ、どれだけ弱くても神様の心の支えになっていたんだとウチは思ってるよ」

 

 言いたいことは言ったと朗らかな笑顔を携え、ジェスターは満足げにうなずく。

 

「……余は間違っておらぬな。ただ――言い方は良くなかったかもしれん。済まぬ」

 

 クイーンはすごい言いづらそうに、控えめな言葉でわびた。

 

「ウチもね。謝らないといけない。今から貴方の弱みにつけ込むんだから。ウチ、一つ嘘をついたんだ。虎の召喚獣のこと……。最近は、遠くにいた神様が急に近くにきた気がするよ。虹色のカード、アドミラシオンの竜の翼――」

 

 クイーンがビクッと震えたが、ジェスターが大丈夫と声をかける。

 

「それと神話時代の壁画に、神様を倒したっていう冒険者を名乗る人、それになにより――その異常な人がゴミくず同然でくれたこのカード」

 

 ジェスターは一枚の札を出して、クイーンに差し出す。

 表面には何も描かれておらず、クイーンもそれを訝しんだ。

 ちなみにあのカードと、切り札はアナライズとかでは解析できないらしい。

 

「このカードは、ウチの憧れで、夢でもあるんだけど、一人で持つにはちょっと……かなり重い。くれた人はまったく興味がないし。誰か一緒に、欲を言えば、このカードに詳しくて、同じ思いを持つ人とカードのことを共有したかったんだ」

 

 札を握るクイーンの指が震えた。

 

「それが……余でいいのか?」

「ウチは貴方が良い。一緒に見て、背伸びも遠慮もなしでありのまま語りあいたい。意見の相違はあるかもしれない。ときには喧嘩だってするかも。それでも、ウチは貴方を認められる。それならきっと悪い未来にはならないんじゃないかなって。だから、どうかなクイーン――」

 

 おそらく初めて名前を呼ばれた彼女は顔を背けた。

 それはきっと否定ではない。その顔を見せるのが恥ずかしかったのだろう。

 手で目のあたりを何度か擦って、きちんとジェスターを向き直った。

 

「よかろう。荷が勝ちすぎているというのなら、余が直々に手を貸してやろう。ジェスター」

 

 クイーンの手からカードが消えた。

 白い光を発して、目の前に火炎虎が現れる。

 

 クイーンはしばらく惚けて見つめていた。

 火炎虎の周囲をぐるぐると周り、いろんな角度から観察する。

 

「尊い」

 

 ようやく出てきた言葉がこれである。

 

「わかる」

 

 ジェスターもただ一言で返すだけ。

 

「よいな」

「いいよね」

 

 お互いが一言なのに会話が成立している。

 

『オタクのレベルが高すぎて知識もデータも必要なくなってる。ガ○パンおじさんみたいだね』

 

 その後もずっと何か話をしていたが、一言にいろいろ込めすぎてついていけなかった。

 二人の側で堂々と立つ火炎虎の視線は、観察者達への呆れか困惑を感じるが気のせいではないだろう。

 ときどきこちらを見てきて、こいつらなんとかしろよって訴えかけてきてる。

 二人はまるで気づかず、楽しげにおしゃべりに興じる。

 

『メル姐さん。あれが友だよ』

 

 今ここで言う必要ある、それ。

 

『それはさておき、ジェスターのインヒラントカードがなんなのかわかった』

 

 そうなの?

 

『あれは諫言だね』

 

 珍しく比喩も何も無く単刀直入に結論を言ったな。

 

『実はカードを通してジェスターの本音を言ってるだけじゃないのかと思ってたんだけど、違うってはっきりわかった。明らかに知り得ないことを喋ってたからね。あれは対象が上位か目上じゃないと効果がない。状況を整えて使えば切り札になり得る。ただし使った後のフォローも超重要だ。今回が成功例だけど、ここまで整えるってのがあまりにも厳しすぎる』

 

 つまり?

 

『まず使うべきじゃない。相手を不愉快にさせるだけ。それに、常に相手に効果が出るという訳でもない』

 

 怒らない辛抱強い奴もいるってことだな。

 

『それもあるし、別の意味もある。あの諫言は、相手じゃなくて自分や周囲に跳ね返る可能性があるってこと。取り扱いは今以上に慎重を期さなきゃと駄目だね』

 

 なんで相手以外に跳ね返るのか意味がわからない。

 まあ、今回は成功したんだからいいだろ。

 

 

 夜もふけてきたが、二人は飽きもせず、ずっと話している。

 楽しげに語り合う二人を遠くから眺めていて、ふと漠然と思ったのだ。

 別に今に思い始めた訳ではないのだが、特に異世界ではたびたびその思いがふりかかる。

 

 ここに――私の居場所はない、と。

 

『わかるっ』

 

 瞬時に合いの手を入れてくるが、内容は腹立たしい。

 たった一言、しかも馬鹿にしたような口調だ。

 

 ――だが、わずかに安心したし、おそらくこいつは本当にわかっている。

 

 

 

 それが余計に業腹なのだ。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。