チートな剣とダンジョンへ行こう   作:雪夜小路

41 / 46
蛇足24話「森羅万像」

1.↓

 

 カースス山系は王国の西から南島へ斜めに延びる大山系だ。

 この山系は王国を大小に二分し、南側には神々の天蓋のあるレミジニア山系も含まれている。

 

 その山系の中心にあり、山系の名前にもなったカースス山は王国最高峰としても、その名を知られていた。

 山麓には高山都市ケオラヴァがあり、通行ままならぬ山系にあって、王国の北東側と南西側を結ぶ数少ない交通の要所として栄えていると聞く。

 さらになだらかな裾野が美しく、風光明媚として観光客も多数訪れている。

 

 さて、ケオラヴァからさらに山を登ったところには、中級ダンジョン――クラティラス高原がある。

 もちろん私はそれに挑戦するため、まずケオラヴァの都へと向かっている途中であった。

 

 噂には聞いていたが、山道は整備されており歩きやすい。

 馬車がすれ違えるほどに、広がっており、傾斜も緩やかである。

 その代わり、道は蛇のように斜面をうねうねと何度も右に左にと続く。

 もう道なりに進むのも飽きて、直線で斜面を駆けていったほどだ。

 蛇行の道も収まり、ついにケオラヴァの門が見えてきた。

 

『ストップ』

 

 低い地鳴りとともに地面が揺れた。

 周囲の人々も身を低くして様子をうかがう。

 すぐに揺れが収まり、何事もなかったかのように歩き出す。

 私もそれに続いた。

 

 十日ほど前に、遠く南西のポノス地方で大地震があったらしい。

 死者が多数出て、多くの町や村々に壊滅的な被害が出たと聞いている。

 避難民がケオラヴァにも押し寄せ、一時南西の門を閉ざしたとも噂で聞いた。

 ちなみに北東側からは物資を売るための商業馬車が、儲け時と判断して南西へと向かっている。

 離れる人と向かう人が、この高く狭い山道で交わり、どこもかしこも人でごった返している。

 ケオラヴァはすでに大混雑が見込まれ、あまり楽しい気分になれない。

 

 さて、とにかく余震がこちらのほうにも影響があるようで、ときどき先ほどのようにちょこちょこ揺れる。

 大きな揺れでもないし、気にせず歩き続けても良いのだが、場所が場所なので崖崩れや落石もあるので念のため足を止めている、というよりも止めさせられている。

 

『うんうん』

 

 止めさせた本人は一人で勝手にうなずいている。

 

『攻略するなら急いだ方がいいよ』

 

 シュウは珍しく私を急かす。

 止まれといったり、急げといったりどうしろというのか。

 だいたいの場合、ダンジョン攻略前は私が急ぎ、シュウがそれを諫めるのだが今回は逆だ。

 気になったので理由を聞いてみた。

 

『もう――挑めなくなるからだよ』

 

 少ししてからそう呟いた。

 なぜだ? と聞き返そうとした私の声は、小さな揺れに遮られた。

 

 

 

 ケオラヴァの冒険者ギルドは予想通りの大混雑だった。

 ギルドの外まで伸びる行列を見て、私は入るのをすぐに諦めた。

 避難の護衛、行商の警護、被災地の復興支援などだろうとシュウは語る。

 

 面倒になったため、今回は前情報なしで挑むかと言ったところ、シュウに「山をなめるな」から始まる怒濤の罵倒とともに断念させられた。

 情報を集めようと、最近よく名前を聞く「なんとか商会」を訪ねようとしたが、この都市にはないらしい。撤退したとかなんとか。

 あのよくわからない商会は、どの都市にもあるものだと思っていたがそうでもなかったようだ。

 

『もはや、ここに置く意味がない』

 

 ん?

 よくわからんけど、さてどうしよう。

 

『魔術師ギルドかな』

 

 やっぱそうなるか。

 どうもあいつらとは波長が合わないんだよなぁ。

 あまり気は乗らないが、ダンジョン攻略のためだ。行ってみるとしよう。

 

 

 案内された場所に行ってみると小さな小屋があった。

 魔術師ギルドと書かれた看板が、扉の横に投げ捨てられている。

 入り口前には誰もいないし、中に人がいる様子も感じられない。留守じゃないの?

 

 いちおう扉を叩き、声をかけた。しかし、返事はない。

 扉の隙間には郵便が何通も刺さっている。

 こりゃ、留守だ。

 

『でも、鍵はかかってないみたい』

 

 叩いた衝撃で、扉と壁の間に隙間ができいた。

 挟んであった手紙が地面にぱたぱたと落ちていく。

 

 中をこそこそ窺うが、やはり人の様子はない。

 扉の先はそのまま広めの部屋になっており、中心の大きな置物が目を引いた。

 

『おっ、ジオラマだ。近づいてみて』

 

 シュウのお墨付きも出たのでお邪魔する。

 近づいてみると、大きな置物はどうも山の形をしていた。

 丸い形の置物に、『ケオラヴァ』と書かれたタグがついている。

 そのタグよりも上の方を見ると、やや開けたところにクラティラス高原と旗が刺さっている。

 その他にも何か印やら旗やらが刺さっている。

 

 もしかして、これはこの周辺の地形やら都市やらを現したものだろうか?

 

 シュウに尋ねたつもりだったが、返答はない。

 模型を見て考えこんでいる様子だ。

 

 手を伸ばすと『触らないで』と釘を刺された。

 見てもわからんし、触っても駄目ときた。

 

 置物の周囲を見ると、何かいろいろと散乱している。

 石やら草やら、ハンマー、ノミ、なんかごついめがね、布きれ……兜かこれは?

 とにかくありとあらゆるものが地面に散らばって落ちている。

 

『奥の壁に行ってみて』

 

 どうも考え事は終わった様子だ。

 言われたとおりに奥へ向かう。

 

 奥の壁には、大きな地図が描かれていた。

 おそらくこの周辺を上から見た図だろう。こちらにも印がつけられている。

 印だけではなく、書き込みも多い。さらにあちこちの地点から線を延ばし、その先には別の紙がピンで留められている。

 

 その紙には、平行な線がいくつも引かれていた。

 線と線の間は様々な色で塗りつぶされ、その脇もメモがびっしりと書き込まれている。

 

 いかにも魔術師ギルドって感じだな。

 部屋の中に閉じこもって、いろいろ理屈をこねて研究してる印象そのままだ。なぁ?

 

『馬鹿は黙って』

 

 ひどい。

 言い返そうとしたが、真剣な様子なので素直に黙っておく。

 

『うぅむ、このルートかな……。机の上を見てみて』

 

 ようやく謎の地図から解放されて、部屋の隅にあった小さな机に近づく。

 

 おっ。

 私にもわかるようなメモが置いてある。

 これってダンジョンのメモじゃないのか?

 

 机の上の紙に、モンスターらしき絵が描かれていた。

 絵には、嘴が鋭い、死骸をあさる、逃げるときは直角に移動するなどと特徴も一緒に事細かく書かれている。

 

『うん、ダンジョンに行こう』

 

 しばらくしてシュウはそう呟いた。

 

 情報はもういいのか?

 

『それは今、もう十分すぎるほど手に入った。エガタはすごいね』

 

 エガタ?

 

『この部屋の主ね』

 

 そうなの?

 

『手紙にそう書いてあった』

 

 あ、そう。

 それでエガタがすごいって。どうすごいんだ?

 

『この都市にいる十万人超。通行人や避難民を含めるともっと多い』

 

 はぁ、そうだね。で?

 

『――その十万人超の中で、今ここで起きていること、そしてこの先に起こることを、一番正確に予測しているのは間違いなく、このエガタだ』

 

 この先に起こること?

 あっ、ダンジョンが挑めなくなるって話と関係することか?

 

『そう。この地図を見るに、各地点を確認し、今はクラティラス高原のさらに上方にいるだろう。せめて話ができれば……』

 

 話ができればどうなるのかは知らないが、ダンジョンに行けるならどうでもいいや。

 さっそく行くことにしよう。

 

 いざ、クラティラス高原へ!

 

 

 

 クラティラス高原のモンスターは中級の割に弱い。

 

 物理攻撃の効きづらいイワヤギ。

 戦おうとすると逃げていくムリガアルパカ。

 ちなみにムリガアルパカの毛は高く取引される。

 やっかいなのが空から魔法を撃ち放ってくるホウライチョウ。

 ボスのメリコンドルはムリガアルパカを弱らせておけば、そこを襲ってくるのでそこを斬りつければ良い。

 アルパカを弱らせるのが面倒なので、メリコンドルは石を投げて倒してしまっている。

 

 モンスターの強さだけで計れば、難易度は初級だろう。

 難易度を押し上げているのは地形的な条件だ。

 

 高原は山の裾野のさらにその上にある。

 なんでも空気が薄く、無理に走れば高山病で倒れて死ぬこともあるらしい。

 さらに天候も急変することがある。また、足場も悪く踏み外してこれまたお亡くなりになることもあるとか。

 

 あまり攻略しがいのあるダンジョンではないが、景色は素晴らしい。

 上を見れば雲海。かなり登ったはずなのに、頂上は雲海のさらに上にあり見えていない。

 下を見れば一面に広がる緑と周囲にはダンジョンとモンスター。

 広大なダンジョンを攻略している気になれる。

 

『よく見ておくといいよ。もう、二度とこの景色は見られないからね』

 

 なんだかひっかかる言い方だが、こいつらしい言い方でもある。

 今ある景色は今だけのもので、同じような景色でもそれは今とは違うもの――そういうことだろう。

 

『いや、違う』

 

 ……あっ、そう。

 

 

 一通りダンジョンを回った後、シュウに案内されて細い道を進む。

 途中で道からも外れて、もはやどこを歩いているのかさっぱりわからない。

 

『おっ、いたいた』

 

 腰を屈めている人間がそこにいた。

 背中を向けているため、顔はわからないが体格は男だ。

 茶色っぽい薄汚れた長袖、長ズボン。頭には兜まで着けている。

 

 近づくと足音に気づき、すっと立ち上がる。

 振り向いて私を捉え、目が合った。

 

「私に何か用事かな?」

 

 はっきりとした声が私を射貫いた。

 顔は日に焼け黒っぽく、背は思ったよりも高い。

 体つきも良く、魔術師ギルドらしくない。冒険者にも見える。

 顔もクッキリとしており、焦げたような無精ひげがよく似合う男だった。

 

 メルだ。冒険者をしている。

 害意はない。両手を挙げて示す。

 男も手に持ったハンマーをすっと下ろした。

 

『俺に続けて。――魔術師ギルドを訪れたが留守で、扉が開いていたので失礼ながら中を見せてもらった』

 

 シュウの言うように話す。

 

「散らばっていただろう。物には触っていないだろうね?」

『もちろん。素晴らしい観察力とその検証の成果だった。お目にかかれて光栄だ。エガタさん』

 

 おおぉ、シュウが男をここまで賛辞を送るのは、こいつなりの最大限の敬意表明だ。

 ここまで褒めるのは本当にいつぶりだろうか。

 

『貴方はこの先にあるガスの様子を見に来た。それで、どうだった?』

 

 何のことかはわからないが、そのまま伝える。

 エガタの顔にわずかな動きが見えた。

 

「そこまで理解しているとは……、ガスの勢いは増していた。さらに一カ所だけでなく、新たに二カ所からガスが出ていた。噴出箇所は徐々に上昇している。先日の大地震からは特に顕著だ。問題はガスの噴出と予想される現象との関連が不明なことだ。さらに成分が未検証なことだろう」

 

 エガタは朗々と述べていく。

 ガスが出ていたことはわかったが、途中からよくわからなくなった。

 

『成分よりも噴出量に着目すべきだ。ガスとマグマとの関連はわかる。マグマが上昇すれば、マグマの圧が弱まり、マグマ中の揮発性成分がガスとなって先に噴出する。すなわち、目に見えてガスの噴出量が増えているなら、すでにマグマは上昇を始めている』

 

 内容はさっぱりわからないが、そのまま告げた。

 

「――いつだと考えられる?」

 

 深刻な表情だった。

 

『具体的にはわからない。三日以内だろう』

 

 今度は私にもわかった。

 

「……早すぎる」

 

 エガタは呟き、そして堅く目を瞑った。

 

 

 

 目を開けたエガタは足下の大きな鞄を抱えると、私の横を歩き去っていく。

 私にかまわずスタスタと歩き去るところで、ようやく魔術師ギルドの人間らしさを感じた。

 私はエガタを追いかけず、距離が開くのを待つ。

 

 さて、そろそろどういうことか教えてもらおうか?

 私にもわかるよう説明を頼むぞ。

 

『明日の夕方にカースス山が小規模噴火。そして、明後日の朝、夜も明けないうちに大規模噴火する。これで都市の十万人、ほぼすべてが死ぬ。生存者は三十名にも満たない。その三十名も都市の外にいた奴らだ。さらに溶岩が南西に流れ、避難民もほぼ死ぬ。また、火山灰が北東の卓越風により南西に流れ、被災者に追い打ちをかける』

 

 ごめん、理解が追いつかない。

 まず、なんだっけ……、明日の昼に噴火?

 

『そだね』

 

 エガタに、具体的にわからないとか話してなかったか?

 

『はっきり言ったら、「なんでわかる?」と聞かれて面倒なんでから言わなかった』

 

 なんで面倒なんだ?

 というかなんで噴火するってわかるんだ?

 

『史上最大の自然災害として本に載ってた。「セクルス歴六五年、フォティア月の陰、第十一の日、カースス山噴火。現地死傷者十万超」』

 

 本に載ってたって未来のことでしょ?

 

『その通り。でも、載ってるところには載ってるんだよね』

 

 今さらだけど、チートすごいな。

 

『チートと言うか、ただ未来で見てきただけなんだけどね』

 

 で、どうなの?

 チートでなんとかならないのか?

 

『ならない。少なくとも噴火を止めるのは俺のチートじゃ無理』

 

 そうか、お前で無理なら他の誰でも無理だろうな。

 あっ、勘違いするなよ。褒めてないぞ。

 

『それはわかる。さっさと逃げるべき』

 

 逃げるべきなのは理解した。

 だが、噴火したくらいでそんなに死ぬものなのか。

 南の世界で火山に行ったけど、気温やガスはやばかったけどそこまでじゃないだろ。

 

『火口がここのもうちょい上にできるんだ。火砕流も発生する。それが都市を襲う。その後で、山体崩壊もする』

 

 語句がよくわからないけど、今から逃げたら助かるんじゃないか?

 

『逃げたら助かるよ。実際に、最初の小規模噴火でさっさと逃げた人は助かって、歴史に残るような手記も残した。見たわけじゃないから、中途半端だけどね。さてさてメル姉さんは信じてくれてるけど、都市の人が信じると思う? もうじき噴火するから逃げろって言われたとしてだ。仮に信じたとして、住人をはじめとして商人、冒険者、避難民も馬鹿みたいにいる今の状態で、どこにどうやって逃げろと言うのか』

 

 どうしようもないのか?

 

『ない。相手はモンスターや野党じゃない。完全に自然現象だ。勘が良い奴は助かる』

 

 冷たい言い草だが、こいつなりに私の諦めを促しているんだろう。

 ……逃げるべきと言うのに、どうしてお前はエガタに噴火のことを伝えたんだ。

 

『エガタは優秀な人材だ。ここで死なすのは惜しい。避難してもらう』

 

 噴火するとしてだ、奴は逃げるだろうか。

 都市に残る人を見捨てることができず、残るんじゃないか?

 

『逃げないかもしれない。でも、それはメル姐さんが言うような感傷的な物じゃなくて、単に何が起こるのかを知りたいという好奇心的なものだろう』

 

 本当にそうだろうか?

 

『間違いない。あそこまでの研究は人道目的ではできない。彼の心底に知りたいという欲望があるんだ。彼が望むなら、パーティー登録してギリギリまでここにいても良い。噴火も見せてあげるし、噴石、火砕流、火砕サージ、溶岩噴出までは見せよう。俺も見てみたいしね。でも、山体崩壊は危険だから全力で逃げる』

 

 お前らは見たいかもしれないが、私はそんなの見たくないぞ。

 十万の人が死んでいくのを、安全なところから眺める趣味は私にはない。

 

『わかってるよ。だから、最初に言ったんだ。さっさと逃げるべきってね』

 

 そこまで聞いて私はエガタの後を追う。

 私の後ろからも何かが私を追いかけている、そんな錯覚を覚えた。

 

 おそらく、これは後ろめたさなんだろう。

 

 

 

 エガタに途中で追いつき、私たちはそのまま領主の屋敷へと赴く。

 すぐに領主に伝えて住民らの避難をとエガタは語っていた。

 これに対し、シュウは『無駄』とのみコメントした。

 エガタにこの発言を伝えてはいない。

 

 魔術師ギルド支部長と極限級冒険者の緊急要請ということで、謁見の順番はパスされた。

 ほぼ押し通るように、謁見の間へと押し入る。

 

 途中で「無礼者!」やら「武器を持って入るとは何事だ!」などと声が出た。ごもっともである。

 椅子に腰掛けている、白髪交じりの落ち着いた男を前に、エガタは単刀直入に語った。

 

「リムニ伯。カースス山は三日を待たず噴火いたします」

 

 言い終えて数秒し、ようやく後ろの扉が閉まった。

 左右にひかえるお偉いさんが何かを言いかけたがリムニ泊が止めた。

 

「エガタ魔術師ギルド支部長。それはまことか?」

 

 エガタは「はい」と短くうなずく。

 

「極限級冒険者の――メル殿も同じ考えか?」

 

 私は、そのようだと曖昧にうなずいた。

 

「諸君らの言うように仮に噴火をしたとしよう。どのような被害が生ずると考えるか?」

 

 リムニ伯は穏やかに尋ねた。

 反応が薄い。ただ、呆れている様子ではない。

 

 エガタは堂々としている。

 シュウと同じような話を、澄んだ声で躊躇いなく説明した。

 最後まで聞いた後で、右に立っていたおっさんが反論じみた疑問をあげる。

 

「ただの噴火でそこまで死ぬわけがなかろう。ここの門は高く厚い、その上に二層もある。支部長の試算は過剰ではないかね?」

 

 私もそれを聞いて納得しそうになる。全滅はしないんじゃなかろうか。

 エガタはさらに、避難民と南西地域への被害についても語った。

 仮に都市が無事でもその周囲が無事ではすまない。

 道を塞がれば、ここは完全に孤立する。

 助けが来るまでに全員が死ぬ。

 

 説明を聞いていて、ふと感じた。

 こいつ、なんだか……。

 

 左右のお偉いさんはそれでもなんとかなるんじゃないか、大丈夫じゃないかと言うばかり。

 私でも信じてきたエガタの話を、どうも頭から否定しようとしている。

 

『仕方ないよ。正当性バイアスもあるし、この国は火山の被害経験が少ないからね。甘く考えすぎてる。それに避難民の対応で手一杯なのに、そんなことまで本当に起きたらどう対応して良いかわからないから認めたくないんでしょう』

 

 シュウは淡々と彼らの心理を説明した。私も彼らに同情すること大である。

 いきなり三日以内に火山が噴火するからなんとかしてといわれても困るしかない。

 

「エガタ支部長。具体的に、どう対応すれば良い?」

 

 落ち着いた様子のままリムニ伯は尋ねた。

 

「それは伯のお考えになることです。私の領分ではございません」

「もっともだ。それは儂が考えねばなるまい。個人的に支部長の考えを知りたいのだ」

 

 エガタは初めて答えに詰まった。

 奴はそれなりに思考が速いし、おそらく立場的なものも理解している。

 逃げろと言って、リムニ伯とやらが逃げられる立場でもないことを理解しているのだろう。

 

「メル殿はどう考える?」

 

 町中に噴火するから逃げろと伝える。

 命が大切な奴は逃げるだろうよ。

 もちろん私も逃げる。

 

「冒険者らしい回答だ。この場でそう言い切れる者は多くはいまい」

 

 そうだろうか。

 けっこういると思うが。

 

「ケオラヴァの都はカーススの恩恵を受け、今日まであり続けることができた。儂も、儂の父も、祖父母、もちろん子供たちもだ。そして――明日からもカーススの恩恵を受け続けるであろうな」

 

 左右のお偉いさんもリムニ伯を見て、何も言わずに顔を戻した。

 エガタは口を開こうとしたが、何も言わずに一礼して場を辞した。

 

 ……つまり、どういうこと?

 

『何もしないってこと。なすがまま』

 

 一番楽な方法だな。

 やりたいことや大切なものも何もないんだろう。

 

 私もエガタに倣って伯に背を向ける。

 後ろでお偉いさん二人が何か怒鳴るがどうでもいい。

 

「エガタ」

 

 リムニ伯がエガタを呼び止めた。

 エガタが足を止めるよりも速く、伯は声をかける。

 

「噴火がそんなに楽しいか?」

 

 エガタは振り向かなかった。

 まるで自分の顔を見せるのを避けているようだ。

 伯の発言とエガタの反応で、私のもやっと感じた部分も確証がとれた。

 こいつ、この状況を楽しんでいる。

 

 エガタは振り返ることも無く扉を開けた。

 だが、踏み出そうとしたエガタの足が止まる。

 

「お爺さま……。今の話――」

 

 エガタの胸あたりの背しかない少女は、リムニ泊を見て呟いた。

 雲一つ無い晴天のような青い髪が特徴的だった。

 

 振り返ると、初めてリムニ伯に感情らしい感情が見えた。

 それも一瞬だ。すぐに表情を元に戻す。

 

「謁見の順番が詰まっている。次の者を。部外者は外へ」

 

 感情を消した声と私にもわかる。

 衛兵たちが、少女を私たちと一緒に外へ連れ出した。

 

 

 

 エガタとともに魔術師ギルドに戻る。

 彼は山の模型に魔法で手を加え、さらに奥の壁に何か書き込みをしていた。

 

「ここはお茶も出ないの?」

 

 なぜか私たちに付いてきた少女は、一番マシな椅子に腰掛けている。

 エガタは完全に少女を無視。無視と言うよりも本当に聞こえていないのだろう。

 この手の人間には多いことだ。自分の世界に入り込み周囲の音と景色を遮断してしまう。

 

「聞こえていないの?」

 

 私は聞こえているぞ。

 ここが酒場かカフェにでも見えるか?

 おそらくそういうお洒落なところから一番遠い場所だ。

 

「ひどいところ。これは何? 説明なさい」

 

 ふんっと鼻息をたてると、今度は部屋の半分を占める置物を指さす。

 

 この辺の地形の模型だってよ。

 

「良くできたおもちゃね」

 

 おもちゃ扱いされてるぞ。

 

『まぁ、何も知らなきゃおもちゃみたいなもんだからね。「良くできた」って判断できてるから及第点としよう』

 

 こいつも相当偉そうだ。似たもの同士なのかもしれない。

 シュウの採点を知るよしも無い少女はジロジロと模型を眺める。

 

「話は聞いてたわ。カーススが噴火するなんて、よくもそんなでたらめなことが言えたわね」

「でたらめではない。この赤い旗を見てほしい」

 

 ようやくエガタが遠い世界から帰ってきた。

 模型を挟んで少女と反対側に立ち、模型に刺さっている小さな赤い旗を示した。

 

「これは地表からガスの噴出を観測した地点だ。ここ一ヶ月ほどで観測点は約三倍に増えた。ポノスでの大地震後は特に顕著だ」

 

 そういえば、山の上で会ったときもガスがどうのこうの言ってた気がする。

 

「ガスが出たらなんですの? そもそもポノスでの大地震と言いますが、距離が離れすぎています。そうではなくて?」

 

 もっともな質問だ。

 ポノスで大地震があったときもこのあたりはさほど揺れなかったと聞く。

 だからこそ避難民はここを通って北東地域へ逃げようとしているわけだし。

 

「大地震と噴火は密接な関係がある。魔術師ギルド本部がある王都、その本部長に大地震と火山噴火の関連を調べてもらった。記録に残る大規模な火山噴火が十八件、そのうち十三件は、噴火の少し前に大地震が起きている」

「約三分の二。件数が少ないでしょう」

 

 そうだろうか。

 十分に多いと思うのだがな。

 

「そして二点目が――」

 

 エガタが説明しかけたところで、小さな地響きが起き、建物がゆーらゆーらとゆっくり揺れた。

 

「まさにこの揺れだ。先に述べた大規模噴火の十八件。その全てに噴火前の地震が記録されている。それも早い揺れではなく、今のようにゆっくりとした酔っているような感覚の揺れだ」

 

 エガタはそこまで言うと、部屋の奥にあった扉に姿を消した。

 すぐに戻ってくると、彼は手に木製のコップを三つ抱えて戻ってきた。

 コップを私たちの前にそれぞれおいて、革袋に貯めていた水をコップに注ぐ。

 自分のコップの水を一口で飲み干し、話をさらに続けた。

 

「過去の情報をもとに、私はこれも調べた」

 

 彼はまだ水の入っている革袋を掲げる。

 

「袋ではない。水だ。噴火の前は地熱により、水温が上がると聞いた。実際に数十の地点で測ってみたところ、熱くて触れない地点もあった」

 

 さらに自分のコップに水を注ぎ、軽く口に含ませる。

 

「そして、最初のガスの話に戻る。ガスの噴出量が明らかに増えている。これは彼女から聞いたが、地下にあるマグマが上昇している証拠となる。――噴火はまもなくだ。これを見てほしい」

 

 エガタは模型の端に置いた、自らのコップを指さした。

 私と少女がコップを、その中にある水を見る。

 小さな水面には波紋が生じていた。

 

『火山性微動だね。噴火ステンバーイOK!』

 

 少女の表情は葛藤に満ちていた。

 理性はエガタの話を信じるが、感情的には信じたくないといったところだろうか。

 

「……ひとまず噴火することは認めましょう。ですが、あなた方の言ったような被害が出るとは思えません」

 

 都市が全滅するって話か。

 私もそれはかなり懐疑的だ。

 

「噴火と言いますが、要するに火と煙でしょう。ケオラヴァには王国でも屈指の魔法使いを多数有しております。冒険者も含めるとさらに増えるでしょう。さらに、あなた方二人も使えるのでしょう?」

「私は、小規模の地、風、それに熱魔法しか使えない」

 

 けっこう使えるな。

 魔術師ギルド所属はだてじゃないか。

 私は風しか使えない上に、効果も弱く逃げに特化してる。

 

「呆れました。魔術師ギルドの支部長と極限級冒険者がその程度なんて。まだ、私の水魔法の方が物の役にたつでしょう。――とにかくこのケオラヴァには多数の魔法使いに、二層の門壁があります。これが突破されることなどあり得ません」

 

 だよなぁ。

 

「勘違いしている。自然に意思はない。この都市を突破しようという意識はない。ただ、貯まった火を噴き上げて、周囲にあるものを燃やし尽くすだけだ」

「そんな話をしているのではありません」

 

 すぐさま少女は切り返した。

 

「たとえカーススが噴火してもケオラヴァに被害は及ばないと言いたいのです。千五百年の歴史はそう簡単に墜ちません」

『千五百年?』

 

 しばらくエガタと少女が見つめ合った。

 先に目をそらしたのはエガタである。エガタは手に持ったコップを逆さにして模型に水を注いだ。

 模型は本物の土で作られているためか注がれた水を吸い込み、すぐに水は見えなくなった。

 何をしてるんだと尋ねる前に、彼は説明を再開する。

 

「クラティラス高原の上方を見て欲しい」

 

 そう言って、エガタは小さく詠唱を始めた。

 

 言われた付近を見ていると、山頂よりも下の斜面が盛り上がり始めた。

 土が崩れる段階になって、そこから水が吹き上がった。

 飛び散った土と水が私たちへと飛んでくる。

 

『ほぅ……』

 

 あちち。

 頬に付いた水が熱く、水の吹いたところからは湯気も立ち上がっていた。

 

「噴火だ。まず、石と火山弾が上空から都市を襲う」

 

 小さな土が、模型の中の小さな都市にも飛び散っている。

 

「さらに蒸気は初め上に伸びるが、しだいに下層へと降りてくる。卓越風は北西」

 

 水を噴き上げた地点から上に伸びていた蒸気が模型へと降りてくる。

 その蒸気はクラティラス高原を下り、小さな都市を覆った。

 

「遅れて出てきた水が周辺を満たす」

 

 蒸気が消えた都市へ、水が流れ込む。

 都市は水没し、模型は堪えられず崩れていった。

 

「これが数日のうちに、スケールと物質を代え、ここで起きるだろう」

「……しょ、しょせんはおもちゃです。実際はこの通りになるとは限りません」

 

 精一杯の強がりだということは明らかだ。

 

「今が夏でよかった。冬であれば雪が溶け、泥流で逃げ場もなくなっているところだった」

 

 何の慰めにもならない。

 少女は今度こそ言葉を失った。

 

『ついでに山体崩壊で土砂も襲うから』

 

 沈黙する少女とは裏腹に、表情に出てないもののエガタは楽しそうだった。

 なんでこの状況でこんなにウキウキしてるんだ、こいつは?

 

『えっ?!』

 

 いや、そんなに驚くところじゃないだろ。

 だって、この状況でこいつ異様に楽しそうだぞ。

 都市は破壊され、何十万人も死ぬんだろ。おかしいだろ。

 

『それ、メル姐さんが言うんだ』

 

 なんでお前も笑う?

 

『何百年に一度しか入場できないダンジョンがあるとしよう。メル姐さんは運良くそのタイミングでダンジョンの目の前にいる』

 

 ……そりゃ楽しいだろう。

 でも――、

 

『ダンジョンが入場できるせいで、たくさんの人がたしかに死ぬ。でも、攻略しようがしまいが、別に人が死ぬことに変わりはない』

 

 それなら楽しまないと損だな。

 

『そういうこと』

 

 よくわかってしまった。

 たしかに私がおかしいというのは間違っていたようだ。

 

「……どうすればよいのです?」

 

 少女からようやく出てきた言葉はこれだった。

 

 三十六計逃げるにしかず。

 さっさと逃げれば命は助かるらしいぞ。

 

「逃げる……。今から全力で逃げるように促せば、ケオラヴァの全員が助かりますか?」

 

 エガタは先ほどから言葉を失わせている。

 何も言わず沈黙を貫く。

 

 助かるの?

 

『少人数で逃げるなら助かる。でも、全員は助からない。それがわかっていたから、リムニ伯は静かに諦めた。エガタも逃げろと言いたかったけど、伯が自身の責務――民を見捨てて逃げることなんてできないってことに気づいて黙った。民とともに死ぬことを良しとした。そして今だ。そんなことを少女に言うことも憚れる。黙るしかない』

 

 そうか。

 それなら私が言おう。

 

 全員は助からない。

 生きたいなら逃げればいい。

 

「逃げて、生き延びて、私はどこに行けばいいのですか?」

『領地はなくなる。爵位も消える。ただの少女が一人、えっと……名前を聞いてなかったな。とにかく喜べ! 生き延びれば、新しい人生の始まりだ!』

 

 シュウの言を伝える勇気が私にはなかった。

 家族や知り合いを置いて逃げ、生き延びた人生。

 死んだ方がマシかもしれないと考えてしまったのだ。

 

『中途半端に口を開くくらいなら、最初から黙っておいた方がいいよ』

 

 何も言い返す気にならなかった。

 

「魔術師ギルドの支部長なんでしょう。なんとか噴火を止める方法を考えてください」

 

 エガタは何も語らない。

 

「ねぇ、極限級の冒険者なんでしょう。ケオラヴァの民が助かる方法を授けてください」

 

 少女の潤んだ瞳がこちらに向いた。

 しかし、そんな目で見られても私にできることがない。

 無論、生きたいと言えば連れ出すが、それを求めるとは考えづらい。

 

「なんで私は何もできないの、どうして……」

 

 こんなにも無力なの、と少女は涙を流した。

 

『あーあ、メル姐さんが泣かした~』

 

 なんなのお前。

 それなら、お前がなんとかしろよ。

 

 投げ遣りになって少女の腕にシュウをくっつけた。

 

『力が欲しいか?』

 

 直球過ぎるだろ。

 

「……欲しい」

 

 少女は周囲を軽く見渡した後、小さな声で呟いた。

 

『力はお前を孤独にし、俺のことを他人に話せば貴様は死に至り、力など得なければと嘆く夜も来るであろう。引き返すことも立ち止まることも許さん。それでも欲しいか』

「…………欲しい」

『ふむ、数々の惨劇を踏み、服を泥で汚し、手は血でまみれ……』

 

 長い。もういいから話を進めて。

 なんか良い方法が見つかったってことでしょ。

 

『そうかもね。とりあえず、ここの二人とパーティー登録して』

 

 言われたとおりに二人とパーティ登録する。

 シュウが話しても、どちらもさほど驚く様子はなかった。

 エガタはなんとなく気づいていたからだろうし、少女はさっき聞いたからだろう。

 

『いやはや、俺のいた国も火山が多くてね。それに歴史を大きく変えるってのもあったから、どうも及び腰になっていたようだ』

 

 それでどうするの?

 噴火を止める方法を考えたんだろう。

 

『前も言ったけど、止めるのは俺じゃ無理』

 

 じゃあ、噴火はさせるのか?

 

『そうだね。たぶんそう』

 

 噴火はさせるが、ケオラヴァの人が死なないようにするってこと?

 

「つまり、効果的な避難方法があるということだろうか?」

『それもある。でも、まず二人に三つの点を確認したい』

 

 少女とエガタがシュウを向く。

 

『一つ目は、まずケオラヴァ千五百年の歴史ってところ』

 

 二人は何のことかと面食らったようだ。

 

『千五百年間の歴史があるって話したでしょ。その間で噴火したことはあった? 二百年前とか』

 

 エガタが簡潔に無いと答えた。

 少女も首を横に振った。そんな話は聞いたことがない、と。

 

 なんでそんなこと聞くの?

 

『俺の読んだ本だと二百年ぶりの噴火って書いてあった。俺もその数字は妥当だと感じたから、特に疑わなかった。でも、ここで二百年前に噴火したにしては、人の反応が鈍いし、さっき千五百年って聞いて、もしかして記載が一桁間違えてるんじゃ無いかと思った。それに調査された地層とも事実が合わない』

「二千年が妥当だろう。年代は特定できないが、地層に残る生物の死骸からその時代で噴火した形跡は見られる」

 

 千五百年前だとなんかおかしいの?

 

『それは後で調べる。次。二つ目はチラッと出てた生物の死骸って話。海にいるはずの生物の化石も出てこななかった?』

 

 何馬鹿を言ってるんだと思ったが、エガタはひどく驚いた様子だった。

 

「あった。標高も標高のため、鳥か何かがここに運んだものだと思っていたが、その割には数も多く、うまく説明がつかなかった……」

『プレート・テクトニクスを知らない時代ならそう思うだろうね』

 

 ここに海の生物の化石があるのか?

 なんでこんな山の上に?

 

『それはそのうち話す。それより今の二点からわかることがある。ここは大陸プレートが重なった場所――火山ができない場所なんだ。できないは言い過ぎだな。非常にできづらい場所になる』

 

 でも、火山なんでしょ?

 

『そうなんだ。それが最後の点に繋がるかもしれない』

 

 最後の点。

 それは?

 

『ジオラマで、ケオラヴァからカースス山を挟んで反対側に大きな湖がある』

 

 たしかにある。

 模型でもけっこう大きく表されているな。

 でも周囲に、フロガ湖という名前のタグ以外はほとんど特徴が記されてないぞ。

 

『それだよ。その周辺調査が少ないのはどういう理由があるの? 絶対に調査すべき地点だと思うんだけど?』

「湖の周辺は立ち入りが禁止されている」

 

 エガタは簡潔にそう答えた。

 私とエガタは、伯の関係者らしき少女を見る。

 

「カーススの守り神が祀られています」

 

 あまり関係なさそうだな。

 だいたい守り神やら、よくある何々様云々というのは、ごく一部の例外を除いて石ころかなんかだ。

 

『その例外かもしれない』

 

 と、言うと?

 

『今回の火山活動は、俺の知る火山噴火と比べて差異がある。異物が混ざり込んでる可能性が高い。これは――』

 

 これは、何なの?

 

『メル姐さんの大好きなアレかもしれん』

 

 アレって……もしかして、ダンジョン?

 

 シュウは沈黙で答える。

 他の二人も言葉を失った中、私だけが気分を高揚させていた。

 

 

 

 ダンジョンと決まれば行動は速い。

 さっそく周囲の情報を少女から聞き出す。

 

 聞き出すのだが、少女は詳しくなかった。

 はっきりしているのは湖とその近くに祠があることだけだ。

 小さいときに、祖父と両親に連れられて参ったが記憶もおぼろげとのことだ。

 

 少女を街に置いて、山道に詳しいエガタに案内を頼む。

 道を外れ、山肌を登り、木々を分け入り、あれよこれよという間に近くまでたどり着いた。

 

『慣れてるね。何度も来てるでしょ』

「……昔、兄によく連れられてきた」

 

 へぇ、そうだったのか。

 その兄は今、何をしているんだ?

 

 エガタは首を横に振った。

 

「ダンジョンでな。三年になる。兄、カエルムは冒険者だった」

 

 そうか。

 何も言えず、沈黙する。

 

「そういえば……彼女にも姉がいた」

 

 彼女?

 

「ザフィリ。先ほどまで一緒にいた少女だ」

 

 そんな名前だったのか。

 

「伯の孫娘で、双子だった」

 

 だった?

 

「姉は彼女の青髪とは対照的な赤髪で、名は……そう、ルヴィニだ。彼女が亡くなったのも三年前になるか」

 

 三年前に何かあったのか?

 

「いや、特に大きなことはない。ただ、厄年ではあった。あの年ほど人が多く死んだ年もない」

 

 へぇ、そういうこともあるんだな。

 

『見えた』

 

 少女のおぼろげな記憶を頼りに、湖から登っていくと小さな置物がぽつんと建てられていた。

 木製で、四つ足が地面に刺さり、私の身長よりもやや高いかなというくらいだ。

 中に何かが入っていそうだが、そこはどうでもいい。

 それよりも道が上へと続いていることだ。

 

 祠を後にして、登っていくと、その行き止まりには大きな岩があった。

 かなり大きな岩だ。私の身長の十倍近くだろうか。

 首を痛めるほど見上げる必要がある。

 高さだけで無く幅も同様だ。

 

『……ふむ、どう見る?』

 

 こういう岩の奥にはだいたい何かがあるよな。

 道が先にあったり、お宝が隠されていたりするものだ。

 

『そういう見方もあるね。エガタは?』

 

 エガタは岩を手で擦った後に、岩から離れて斜面の上を見つめる。

 

「こちらに来て、あそこを見て欲しい」

 

 エガタに近づくと、彼の背後の景色が見えた。

 透き通った水面が広がり澄んだ気持ちになった。

 

 振り返り、エガタの指の先をみる。

 

「あのくぼんでいるところだ」

 

 思ったよりもかなり上の方だった。

 確かにその付近にボコッと沈んでいるところが見える。

 

「この岩はもともとあそこにあったものだろう」

 

 それがここに落ちてきた、と。

 

「いや、垂直方向と斜面のズレもある。この位置には落ちない。それに、あの高さから落ちた割には割れが少ない。思うに落ちたのでは無く、落とした。そして移動させた」

 

 ほー、なるほど。

 やはり、この岩の先には隠すだけの何かがあるわけだ。

 

『何かがあるのは間違いない。でも、隠しているというより、どちらかというと蓋をしている気がする』

 

 この先に良くないモノがあるってことか?

 

『隠すだけなら、入り口を土砂で埋めて草でも植えれば良い。小さな祠を建てて、こんな岩で塞ぐのは、何かがあることは認めている証拠だ。必要だけど見たくないモノ、都合の悪いモノを出てこないようにしている』

 

 そう言われればそうかもしれない。

 しかし、どちらにせよ。この先にあるモノを知らねばならないだろう。

 

「どうやってこの岩をどかすのだ。熱魔法で割るにも時間がかかる」

 

 確かにそうだ。

 できそうなこともないが、ゲロゴンブレスでは大げさすぎるか。

 

『手はある』

 

 おっ。

 

『最近、手に入れたばかりのアレならいける』

 

 ……アレって、アレ?

 

『そう、アレ』

 

 心当たりはあったが、あまり使いたいモノじゃない。

 特に人が近くにいる状態ではな。

 

『他に手がないのでさっそく』

 

 仕方ないか。

 

「……それは何だ?」

 

 エガタの反応を見るに、どうやら変わったらしい。

 

 創竜を封印したときに得たスキル。スキルではなくアタッチメントらしいがよくわからない。

 とにかく、どんな硬い岩だろうが金属でも割ることができるようになったらしい。

 今まで戦いづらかった硬いモンスターもたやすく倒すことができる。

 

『邪神様結晶@劈開』

 

 以前に試したとおりだ。

 刃を岩肌につけると、バキバキと音をたて、岩は粉々になって崩れた。

 素晴らしいスキルと言わざるを得ない。

 ただし、姿が変わる。

 

「なるほど人と思えぬ力だとは思ってはいた。それが真の姿という訳か」

 

 いや、違うから。

 これは……、何と言えばいいんだろうな。

 かりそめの邪神様とでも言うべきか。……余計おかしいか。

 

『それより道が出てきたよ』

 

 見ると、岩が割れた先には道があった。

 

 先は暗く、奥は見えない。

 異臭と空気の流れが私たちを誘っていた。

 

 

 

 何でこの姿のままなの?

 

『岩への対処が多そうだからね。いちいち変身させるのも面倒だし』

 

 まあ、エガタもいないからいいんだけど。

 でも翼がときどき壁に引っかかって、ガリガリとうるさい。

 

 エガタには危険だから付いてこさせていない。

 危険というよりは足手まといという側面が大きいだろう。

 周辺の環境を調査してもらうことにした。

 

 それにしてもモンスターがいないな。

 ダンジョンだと思ったが、ひょっとして違うのか。

 

『いや、たぶんダンジョンだね。あまり感じないだろうけど、火山ガスは出てるし、温度も高くなってきてる。なにより魔力が濃い』

 

 ダンジョンなのにモンスターがいないって言うと、もしかして竜と関係があるのか。

 竜が関係するなら噴火くらい起こすんじゃないか。

 

『たぶん関係ない。竜が関係してるなら、もっと異常な火山噴火になると思う。モンスターが出てきてないのは単純にまだ位置が浅いだけかと思う』

 

 シュウの予想は正しかった。

 奥に進むとモンスターが出てきた。

 ガス状のモンスターや、ゴーレムもどきのモンスターだ。

 

 それにしても長いな。

 たぶん下っているのだろうが、かなり奥へと進んでいるはずだ。

 もうそろそろボスが出てくるなり、ボス部屋があったりしてもいいんじゃないだろうか。

 

『いや、まだまだじゃないかな』

 

 ここでもやはりシュウの言うとおりだった。

 道はまだまだ続き、ガスはより濃く、温度は高くなってきている。

 

 ついには赤い流体が道を遮るようになった。溶岩である。

 敵の種類も変わってきている。今までのモンスターに加え、火の玉や溶岩のゴーレムが出てきた。

 苦戦はしていない。暑さの対策はしているし、モンスターも強くはない。

 無駄に道が長いし、中級くらいか?

 

『上級。環境が悪すぎる。普通に攻略するなら、明かりとガス、高温の対策をしないといけない。足場も良くないし、マグマの間欠泉噴火も厳しい。これでモンスターが強かったら超上級だよ』

 

 そんなものか。

 幸い環境対策はチートで完璧なので問題にならない。

 モンスターは問題にならないから、ランクを見誤っていたようだ。

 

 さらに進むと足場がほとんど溶岩になってしまった。

 モンスターは相変わらずだが、道が大幅に狭まり戦いづらい。

 溶岩に足を突っ込んでもいいんだが、深さがわからないのでシュウからは止められている。

 それにねばねばしていて足を取られるのもあまり好きでは無い。

 

 そこを進み、ボス部屋の扉にたどり着いた。

 周囲は文字通り火の海だ。

 

 そんな中でボス対策を行う。

 

『まず間違いなくマグマを生み出すボスだ。足場が全てマグマという可能性もある。マグマそのものがボスと言うこともある。そうなると超上級のボスということも十分考えられる。なにせこの国の最高峰にあるダンジョンだ。それくらいの難易度のダンジョンであっても何の不思議もない』

 

 多くのダンジョンは道中の様子とボスの特徴が連動している。

 道中にマグマやガス、岩が出てくれば、ボスもそれに関係したモノであるだろう。

 

 それにボスを倒すことで、ダンジョンに影響を与えることもある。

 ボスが倒されているときのみ出てくるモンスターや、環境が変わるものも見たことがあった。

 シュウの言うようにマグマを生み出すボスを倒せたなら、噴火をしなくなることもあり得るのかもしれない。

 

『そう、今回は倒した後が肝要だと思ってる』

 

 どういうこと?

 

『だいたいこういう系のお約束は、ボスを倒した後に溶岩が襲いかかってくる』

 

 やばいじゃん。

 

『やばい。全力で逃げないといけない。そのまま噴火もあり得る』

 

 えぇっ、噴火もしちゃうの?

 

『仮にマグマが生み出されなくなっても、貯まったモノはどこかに流れ出る。ただ、今回、あの岩を取り除いたことで、溶岩の出入り口ができたのかもしれない』

 

 あそこから溶岩が出てくると?

 

『うん。今回のダンジョンの道中こそ、地上に続く一番大きなマグマの通り道だ。あの入り口がそのまま噴火口になり得る。溶岩の流れ出る先は湖。ケオラヴァとは頂上を挟んで反対方向だ。被害も減るだろう』

 

 そこまで考えていたのか。

 

『それくらいは考えないといけない。さらに、その後も大変だけど、そこはまた別の問題だ。ひとまずボスといこう。耐性スキルは万全。ボスがマグマだろうが、ガスだろうがなんとでもなる。足場もアイテムで切り抜けられる』

 

 私はボス部屋の扉に手をかける。

 扉は周囲の景色が嘘のように、ひんやりとしていた。

 

 軋む音を立て、扉はゆっくり開いていった。

 

 

 

 シュウの予想はここに来て外れた。

 ただ、それを責めることは私にはできるはずもない。

 こんなボスになるとは、私自身も想像の端にすらかけていなかった。

 

 ボス部屋には、マグマの赤も、岩石の黒も、ガスの白っぽさもない。

 岩のごつごつさもない。部屋にはあちこちに私が映っていた。

 床も、壁も、天井も、扉すらも鏡面になっている。

 

 合わせ鏡となっており、幾千幾万の私が、縦横無尽の鏡の中に立ち尽くしていた。

 唯一、部屋の床、その中心部に足くらいの大きさで四角い真っ黒の部分がある。

 

『構えといて』

 

 シュウの声も真剣そのものだ。

 ボスが姿を見せていないことも、私たちによりいっそうの緊張をもたらしている。

 

 鏡に映ったぼんやりとした私が動いた。

 すぐにおかしいと気づいた。なぜなら私はあんなにぼんやりしていないし、動いてもいない。

 

 鏡の中の私は、鏡の奥から近づいて、曖昧な鏡面を越え、こちらへとやってきた。

 さらに右の鏡面、左の鏡面、さらには天井、床、後ろからも私が出てくる。

 鏡の私たちは間抜けな声を上げて襲いかかってきた。

 

 結論から言おう。

 戦闘は楽勝だった。

 

『まぁ……なんだ。説明はいらないよね』

 

 あぁ。緊張したのが馬鹿みたいだ。

 似たようなことが前にもあった。

 

 私の姿を模倣したモノは、素の私の模倣でありチートの効果が乗らない。

 つまり、初心者クラスもまともにクリアできない力量の存在が大量に襲ってくるだけだ。

 

 もちろん勝負になるはずもない。

 自己を見つめ直せという新しい精神攻撃なんじゃないかと思ったほどだ。

 ボスが弱いタイプのダンジョンだったのか。助かったな。

 

『超上級じゃないかな。これ、チートなしだとめちゃくちゃ難しいでしょ。どうやって勝つんだろう』

 

 ……たしかにそうだ。

 自分と同じと思われる力を持ったモノが六体出てくる。

 装備やアイテムもおそらく同じだろう。同じ戦闘能力で一対多数になる。

 単純に数の暴力で負けてしまうことになるのではないか。

 

『うーん、なんだろう。何か見落としてるような気が……』

 

 何か考えている様子だが、とりあえずアイテムを拾う。

 

 ――虚像なき鏡のカースス

 

 なんだかよくわからんアイテムだな。

 

 出口は……どこだ? 一面が鏡でどこが扉なのかわからないぞ。

 

『んー、あれ? どっちだっけ? 後ろかな。そう、もうちょっと右。そのまままっすぐ』

 

 言われた通りに進んで行く。

 気持ち悪い部屋だ。合わせ鏡で上下左右どこまでも部屋がずっと続いている。

 それに、動けば部屋がずれて、ぐねぐねと繋がるので余計に気持ちが悪くなってくるな。

 

 たどり着いた鏡面に手をかけて、押してみる。

 手応えがあり、ゆっくりと鏡面は奥へと動いていく。

 

『そうか、鏡に俺たちが映ってないんだ』

 

 部屋から出た後にシュウがそう言った。

 

『まあ、あれが鏡じゃなかったで説明がつくか……』

 

 もうどうでもいいじゃないか。

 それより見ろよ。ほら、すごいぞ。

 

 ボス部屋から出ると、一面を覆っていたマグマがなくなっている。

 

『……ん? マグマが全部引いてる?』

 

 素晴らしいな。

 それじゃあ帰るとしようか。

 道はほぼ一本道だから迷うことも無い。

 

『とりあえず様子見かな』

 

 そうだな。

 モンスターもいなくなってる。

 もしかしてダンジョンじゃなくなってしまったのか。

 

『かもしれない』

 

 それは、残念なことだ。本当に。

 

 モンスターも溶岩もない、おもしろみのない一本道をひたすら戻っていった。

 ようやく光を確認できた。ついに出入口にたどり着いたようだ。

 

 眩しさのあまり、手で光を遮る。

 道を進み、目も慣れてきたので手をゆっくり下ろした。

 

『――あそこは、何? 湖は?』

 

 湖? 何を言ってるんだ。そんなものないぞ。

 

 眼下にはフロガの都が、今も溶岩に飲み込まれることなく残っている。

 どうやらダンジョン攻略は大成功だったようだな。

 

 それじゃあ、戻るとしよう。

 カエルムやルヴィニも待っているだろう。

 

『カエルム、ルヴィニ……。やられたね』

 

 何をやられたんだ?

 

『わからない。時空間耐性はついてた。何かに何かをやられて何かおかしいことになってる』

 

 なんだそりゃ……。

 とにかくだ。都に戻って戦果を報告するとしよう。

 

 

 

 こうしてマグマは引き、フロガは平穏な明日を迎えることとなった。

 

 

 

2.↑

 

 攻略の夜は、リムニ伯の屋敷に泊めてもらえた。

 宿屋はどこも避難民やら商人、冒険者でいっぱいだったのだ。

 

 フロガの都を救った恩人として、ささやかながらも食事会が催された。

 ルヴィニの姿が見えないので、尋ねたがどうも部屋から出てこないとのことだ。

 リムニ伯も私も疲れていたので、すぐに散会し与えられた部屋に行くことになった。

 

 部屋のベッドに寝っ転がると、扉がノックされた。

 

「入ってもよろしいかしら」

 

 ルヴィニの声だった。

 どうぞと軽く声をかけるとすぐに入ってきた。

 赤い髪を垂らし、目元がやや腫れているようにも見える。

 

「このたびは本当に申し訳ありませんでした」

 

 開口一番に謝られた。

 いろいろと言われたのでその謝罪なのだろう。

 

 別に気にしてはいない。

 冒険をしているとよく言われるからな。

 

「でも……」

 

 実際、お前の言うことは正しかった。

 私はダンジョンを攻略したかったのが一番だ。

 ここを救うことになったのは、そのおまけのようなものだぞ。

 

「それでも! そうだとしても貴方は、この都を、多くの人たちを救ってくれました。私は口だけで誰一人助けることもできなかった!」

 

 まだ小さいんだから気にするなよ。

 これから大きくなって力をつければいいだろ。

 

「駄目です! それでは駄目なんです」

 

 なにやら必死の形相だった。

 なぜ駄目なんだ?

 

「妹に会わせる顔がない」

 

 妹がいるのか?

 

『その話、詳しく聞きたいな』

 

 お前は黙ってろ。

 いつから少女趣味になったんだ。

 

「妹――ザフィリは三年前に死にました」

『ほう。三年前』

 

 三年前って言えば、カエルムも弟を亡くしたとか言ってたな。

 

「存じています。近くで見ました。そうなのです。知っているのに、私は彼にも由ないことを言ってしまいました」

 

 あいつ、気にしてないって言ってたぞ。

 あれは自分が未熟だったから、お前のそのとおりだってさ。

 

「そんな……」

 

 ルヴィニの目頭に雫が貯まり始めていた。

 

 三年前の火山噴火で、山の東側に行っていた人が多数死んだと聞く。

 カエルムもそのときに弟を亡くし、そこで冒険者を辞めて山岳警備隊に入ったと話していた。

 

『火山噴火ね……』

「彼は何も悪くありません」

 

 そうだな……、そうかな?

 奴は伯の意思に背き、都を追われる覚悟を持って、禁忌と言われたダンジョンの入り口までの案内を引き受けてくれた。

 結果がたまたま良かっただけで、やってることはお前が言ったとおりじゃないか。

 

「そんなことは、ありません」

 

 彼女は奴に対し、無責任な行動だ。貴方のせいで妹が死んだ。貴方が悪いと怒鳴り散らした。

 正直に言うと、子供の癇癪だと奴は笑っていたのだが、言える雰囲気じゃない。

 

「私……私……」

 

 ぐすぐすと泣き出してしまった。

 めんどくさい奴だな。

 

 明日の朝に奴と会う約束をした。

 今日は忙しくて互いに時間がとれなかったからな。

 そのときで良ければ一緒に来れば良い。言いたいことがあるなら直接言え。

 

 その後、落ち着くまでルヴィニは部屋にいて、一礼して部屋を出た。

 扉越しに小さくありがとうと聞こえた気がした。

 

『知らない深夜アニメのCパートだけ見させられた気分だ』

 

 どういうこと?

 

『過程が一切不明で、知らんキャラクターのギャップを見させられてる気分』

 

 ますますわからなくなった。

 ふーんって感じだ。

 

『そう、まさにそれ。ふーん、だからなんなんだって気分。その前も気にならないし、後も見る気がしないって感じ。毒にも薬にもならない』

 

 一番駄目じゃん。

 

 やれやれ、とにかく長い一日だった。

 明日はようやく目当てのダンジョンが攻略できる。

 朝にカエルムから情報を手に入れて、がっつり挑むこととしよう。

 

『ダンジョンの名前はちゃんと覚えてる?』

 

 灰高原クラティラスだろ。

 ふふん、ダンジョンだからな。ちゃんと覚えてるよ。

 

 さあ、早く寝て明日に備えよう。

 

 

 

 早朝になり、すぐに支度を始める。

 

 予定していた時間になり、カエルムと会い、付いてきたルヴィニも謝罪をして関係は修復された。

 禁忌とされた場所へ私を案内したカエルムの罰は、今回の功績と相殺されゼロになった。

 

 とりあえずギルドで聞けなかったダンジョンの情報をカエルムから仕入れる。

 ダンジョンまでの道や、ダンジョンの構造とモンスターの種類をきちんと聞くことができた。

 

 さあ、いざゆかん。

 灰高原クラティラスへ。

 

 道を進むと徐々に火山灰やら小さな石が目立ち始めた。

 山の西側と比べて、東側の景色はまるで違うモノになっている。

 草の緑も、地面の茶色もない。石と火山灰の降り積もる灰色の景色だった。

 

 噴火が落ち着いたとはいえ、雨と雪で固まった灰は簡単に流れないものらしい。

 三年前まで観光地だった高原は、今や立派なダンジョンになってしまった。

 

 西側で雑多になっていた人の姿は、こちら側ではない。

 灰の影響で、人どころか他の生物の姿も消えてしまっている。

 

 唯一と言って良い生命体がモンスターだった。

 かつてここにいたという動物が、噴火の影響で変わったと言われている。

 他の誰かは、彼らは今でも、かつてここで見た景色が忘れられないと話しているとか。

 

 物理攻撃の効きづらいドロヤギ。

 戦おうとすると逃げていくハイガアルパカ。

 ちなみにハイガアルパカの毛で灰がないものはレアであり高く取引される。

 やっかいなのが空から魔法を撃ち放ってくるフンセキライチョウ。

 ボスの火弾コンドルはハイガアルパカを弱らせておけば、そこを襲ってくるのでそこを斬りつければ良い。

 アルパカを弱らせるのが面倒なので、石を投げて倒してしまっている。

 

 モンスター自体は強くないのだが、環境が悪い。

 積もった灰で足が取られる。元の地形が高地のため危ない。

 さらに灰が舞うと、目や口、喉に肺まで痛めるということでゴーグルにマスクが必須だ。

 雨が降るとさらにひどい。火山灰が雨を吸って重くなる。

 さらに高度があり、走り回ると高山病で倒れる。

 

 昼過ぎくらいにはダンジョンも一通り回ることができた。

 どうしようか、もう帰ろうかな。

 

『行ってみたいところが二カ所ある』

 

 どこだ?

 

『一カ所はここから上にある三年前の噴火口』

 

 危険だから近づくなと聞いてるが、今は落ち着いてるから大丈夫なのかな?

 チートもあるしなんとかなるだろう。

 もう一カ所は?

 

『ケオラヴァ』

 

 どこそこ?

 

『ここのもうちょっと下にあるとこ。カエルムとルヴィニの兄姉が死んだところだね』

 

 お前、趣味が悪すぎないか?

 

『ダンジョンがあるかもしれない』

 

 行こう。

 先にそっち行く?

 

『いや、先に行くのは噴火口。すぐ近くだからね』

 

 そっちはどうでもいいなぁ。

 

 

 仕方なく、言われたとおりに道なき道を登っていくが、けっこうきつい。

 灰で足を取られるのが地味につらいものだ。

 

 やっと到着した。

 見えていた距離は近かったが、それ以上に感じた。

 

 それでここが何なの?

 

『まだ弱いけど活動してるね』

 

 クレーターの中を見るとまだまだ赤い部分が見えた。

 南の世界の火山ほどじゃないが、こちらも相当大きいな。

 小さな村ならすっぽり入ってしまうんじゃないかと思うほどだ。

 

『うん。思ったよりも小さい』

 

 シュウは逆の感想を抱いているようだった。

 

『ここから噴火して、火山弾をまき散らし、火砕流が高原へと流れ下り、さらに下のケオラヴァを襲った』

 

 さっきも気になってたがケオラヴァって何だ?

 高原観光用の避暑地兼休憩所のことか?

 

『こっちだとそうなるね』

 

 おいおい、こっちって何だよ。

 あっちはどこにあるんだ?

 

『それを確認しに行くんだよ』

 

 冗談で笑って聞いたら真剣に返されてしまった。

 

 登りもつらいが下りもつらい。

 足が取られるし、すべるし、道もないに等しい。

 

『どうして三年前に噴火したんだろう?』

 

 そんなこと私に聞かれても。

 

『不思議なんだよね。三年後に来たのかと思ったけど時間軸は同じだ』

 

 はぁ、そう。

 

『外の座標も同じだった』

 

 そうなんだ。

 

『これは時空間耐性も効いてたことから明白っちゃ明白なんだよね』

 

 ……さっきから何の話なんだ?

 

『あり得そうなのはパラレルワールド』

 

 だ、か、ら、何の話?

 

『ダンジョンの話』

 

 それならなおさら私にもわかるように話して。

 

『パラレルワールドならメル姐さんは特異点のはず。その記憶まで変わってるのはおかしい』

 

 どうやら話す気はないようだ。

 

『三年前の噴火がなぜ起きたのか?』

 

 最初も聞かれたけど、私にそんなことを聞かれても困る。

 明日、もう今日か……に小規模の噴火で、明後日に大規模噴火だっけ。

 

『……それは俺が言った?』

 

 そんなことを言うのはお前か酒屋の酔っ払いだけだ。

 チートだけど未来で見ただけだとかなんとか。

 

『ケオラヴァ、千五百年の歴史は?』

 

 ケオラヴァが何か知らんし、千五百年ってのも知らん。

 ルヴィニやカエルムは百年前って話してたし、お前もそうそうって相づちを打ってたろ。

 あれ、二百年だったっけ? 前回の噴火が二百年だったか?

 

『え、嘘。ちょっと待って』

 

 何なの?

 昨日からおかしいぞ。

 

『……こっちが正史か? あのときに修正された? 千五百年と比べれば三年の差はどうということはない。小規模噴火もダンジョンを挟めばありうる。しかし、都の名前と位置は?』

 

 何なんだろう。

 もう一人で勝手にやって欲しいね。

 

 ようやく言われた場所についたが何もない。

 あたり一面が灰色と一部茶色で、それ以外のモノが石ころくらいだ。

 

『火砕流の後に溶岩も流れて、ついでに灰で埋もれたからね』

 

 ダンジョンは?

 

『ないねぇ』

 

 えぇぇ。

 ここまで来て何もなし?

 

『それに山岳警備隊でも調査してるだろうから遺留物も期待できない』

 

 遺留物とか重いからいらないよ。

 ダンジョンがないとか嘘つきかよ。嘘吐きシュウめ。

 

「あぁぁ」

 

 なに嘆いてんだ。

 嘆きたいのは私だよ。

 

『俺じゃない』

 

 はぁ?

 

「ああぁぁぁ」

 

 あっれ、何か地面から聞こえてきてないか?

 

『しかもメル姐さんの真下からね』

 

 ……マジで?

 

 足を動かすと、元いた地面からぶわぁっと何かが生えてきた。

 びくっと体が震え、足が勝手に下がる。

 

『手だね』

 

 た、たしかに手だな。

 ひどく汚れてはいるが、人間の手に見える。

 

『抜いてくれって感じに見える』

 

 不気味に動いているが、そう言われればそう見えてくる。

 

 恐る恐る近づき、彷徨う手をつかむ。

 引っ張ると手首からちぎれてとれてしまった。

 私に掴まれた手が、単体でぐねぐね動いて不気味すぎる。

 

「があぁぁあああ」

 

 ごめん!

 誰かわからんけど強くやりすぎた。

 

『周りから掘り起こそう』

 

 まさかのシュウを使っての掘り起こし作業が始まった。

 墓荒らしの気分を味わっているようだ。

 

 がんばって掘り起こして出てきたのがなんとゾンビである。知ってた。

 

『あっ……』

 

 襲いかかってきたのでシュウで切り倒した。

 ちゃんとアイテム結晶も出てきた。

 わぁい、ダンジョンだぁ。

 

 ――エガタの模型。

 

 うーん、なんだかよくわからんアイテムだな。

 

『大当たり! 大当たりだよ! すごいよメル姐さん! 恐るべき運だ!』

 

 ふふん、まあな。

 珍しくべた褒めだ。悪い気がしない。

 

『さすが足と運だけで食ってきた奴は違う! 早く解除して見せて!』

 

 一言余計だよ。

 とりあえず結晶を解除して広げてみた。

 なんか灰の上にでっかい模型がどーんと出てきた。

 

 なんだこれ?

 出来の悪いおもちゃか?

 

『……この辺の地形を模型にして表してるの』

 

 ふぅん。

 

『触らないでね』

 

 伸ばしかけていた手を引っ込める。

 

『ふむ』

 

 何かわかったのか?

 

『わからない。模型はともかくこれじゃ何も事態を把握できない』

 

 駄目じゃん。

 

「ああ、あああぁぁぁあ」

 

 またしてもゾンビが復活した。

 襲いかかってくるかと思ったが模型をジッと眺めている。

 

「ああぁぁぁああああ、あああああぁ」

 

 ぐすぐすの腕を模型に伸ばして呻いている。

 何か言ってる、のか?

 

『「クラティラス高原、その上方を見て欲しい」』

 

 そうなの?

 どうやったら今のでわかるんだ?

 

『ちゃんと見て』

 

 はいはい。

 模型の地形を目で追い、クラティラス高原を見つけ、その上を見る。

 

「あああぁああ、ああああああああ。ああぁああぁぁああああ、あああぁぁあああ」

『「予想通り、噴火はここから生じた。黒煙と稲光が空を突き抜け、こちらへと降りてきた」』

 

 ゾンビが何やら魔法を使った。

 

「ああああぁぁあああ、ああああ・あああああぁぁぁあああああああ」

『「多くの人が空を見上げ、逃げる人、立ち尽くす人と様々だった」』

 

 火山の説明から、人の説明に移った。

 

「あああ、あああああああぁぁあああ、あああああ、ああああああああ。あああああぁぁあ。あああああぁぁあ。ああああああ」

『「困惑、あるいは錯乱する人間が多い中、ただ一人、毅然としていた少女がいた。青い髪の少女だ。知っている。伯の孫娘だった」』

 

 それってもしかしてルヴィニの……。

 

「ああぁあああぁ、あぁああぁあああああぁああああ。あぁああああぁああぁああ!」

『「彼女を見て、ようやく私は自らを振り返った。そうだ、私は楽しんでいた!」』

 

 何がそんなに楽しかったのだろうか?

 

「ああああぁぁああぁ、ああああああぁあああ? あぁ、ああああああぁあああ……。あぁ、すぁああぃにぃあぁん、」

 

 何かを言い残し、ゾンビは地面に崩れていった。

 まだ、モンスターとしての存在が安定していないのかもしれない。

 

 ちなみに最後の台詞は何だった?

 

『「素晴らしい景色だ、これを楽しまずにいられるだろうか?」』

 

 もっと長くなかったか?

 

『「ただ、他にできることはあったのかもしれない……。あぁ――」』

 

 シュウは続きを言わなかった。

 

『ゾンビになって出てきた時点でそんな予感はしたんだ。未練があるからよみがえるわけだからね。……追究者には、なりそこねたか』

 

 朧気にしか聞こえなかったんだけど、最後の一言って――、

 

『「すまない兄さん」だね』

 

 やっぱりそうなのか。

 

『俺は、奴の贖罪なんて聞きたくなかった。最後まで火山のことを語って逝って欲しかった』

 

 もしかして、さっきのゾンビはカエルムの?

 

 シュウは何も返さない。それが明確な答えだった。

 いつ知り合ったのだろうか。

 

『昨日手に入れたボスのドロップアイテムを出して。「虚像なき鏡のカースス」って奴。残る手がかりはこれだけだ』

 

 ああ、あれか。

 袋から出して、結晶を解除する。

 

 おっと思ったよりも大きいな。

 出てきたのは角張った棍棒のような物だった。棍棒というにはやや短い。

 棍棒の「ような」と付けたのは持ち手があり、その先の殴る四角形の各面に鏡が付いていたからだ。

 

『ああ、そっか』

 

 鏡の大きさは顔よりもやや広く。背後の景色を映している。

 鏡のはずなのだが私は映っていない。周囲の景色だけが反射して映りこんでいる。

 ぐるりと回し、他の面の鏡も見てみるが、当然鏡なので同じ景色……になってないぞ。

 

『ちょっと角度を変えてみて』

 

 言われたとおりに鏡の角度を変えてみる。

 地面が見えるように、角度を変えるとそこに地面は映らなかった。

 正確には私の立っている地面が映らなかっただけで、下の方に地面が見える。

 その地面には多くの人が立っていて、私の方を見つめている。

 

『違う。メル姐さんを見てない。もっと先を見てる。ちょっとそのまま体を半回転させてみて』

 

 言われた通りに、ぐるりと回転させる。

 山頂方向を向いていたが、山頂に背を向けることになった。

 そして、鏡を山頂が見える角度に調整する。

 

 山から黒煙が噴き上がっていた。

 

 私は思わず振り返ってみたが、灰色の山は特に何も変わっていない。

 鏡を見直すと、灰色の山ではない。葉の緑と地面の茶色が混ざった山だった。

 

 なんだこれ?

 

『噴火してる』

 

 いや、それはなんとなくわかる。

 この景色は何なの?

 

『……そうか。ここはパラレルワールドじゃないな。虚像世界でもない。正史でも何でもない』

 

 はぁ、そうするとここは何なの?

 

『ただのダンジョンだよ』

 

 それはわかる。

 ゾンビも出てきたし、ダンジョンになりつつあるな。

 

『違う。この地点という狭い話じゃない。カースス山全体がダンジョンなんだ。世にも珍しいダンジョン内包型のダンジョン。ダンジョンの中に別のダンジョンが入ってる。それどころか都も道も、地底すら、もちろん人もね』

 

 そうなの?

 

『地震は起きて、避難民が殺到し、風向きも同じ。カースス山より外側は特に変わってない。内部のダンジョンや都、そこに住む人がオブジェクト。メル姐さんや他の入山者は外部からの光。そう、ここでは俺だけが観察者。さながらカースス万華鏡だ』

 

 わけがわからん。

 

『実は昨日、今見た映像のところにいたんだよ』

 

 何を言っている。

 そんな記憶はないぞ。

 

『内部に入った光は反射して通過するだけ。自身の変化を観測できない』

 

 うーん、納得いかんな。

 じゃあ、ここはどこなんだ。

 

『万華鏡の中に映し出された一つの映像だよ』

 

 ……それ説明になってない。

 

『ボスを倒したことでオブジェクトケースが動いた。景色が変わったんだ』

 

 もう意味不明な説明はいい。

 何をどうすればいいんだ?

 

『それがわっかんねーんだな』

 

 そんなあっけらかんと言われても困る。

 

『たぶんこのままダンジョン――カースス山を出ても何の問題もないだろうね。出るなら早めが良い。明朝に噴火が起きる』

 

 待て。噴火は止まったはずだろ。

 現にマグマも消えて地震もなくなった。

 鏡の中ではなんだか噴火しているようだが特に現実で影響はない。

 

『映像が変わっただけ。外に火山灰が飛んでくる事実がある以上、明朝の噴火は間違いなく起きる。ただし現状では、内部の人間にその観測ができない。俺ですらね。まぁ、その結果、多くの人が死ぬ。以前の歴史よりも悲惨な結果になる。今回は異常が事前に察知できないんだからね』

 

 そんなことがあるの?

 

『現にあるからあるとしか言えない。納得はできないだろうけどね』

 

 こんなダンジョンをどうやって攻略しろと言うんだ。

 

『いや、ボスはすでに倒した。倒した結果がこれ』

 

 うーむ、言われたとおりに立ち去るとするか。

 さほどやばい感じもしないので、逃げるというのも変な話だが。

 

『そこが引っかかる。俺としてはどう考えてもやばい状況だ。メル姐さんの第六感が働いてないのが不思議なんだよね』

 

 第六感というのは少し格好良すぎる言われ方だ。

 

 私は、ごくたまに逃げなければという衝動に襲われる。

 その衝動に襲われたときは、例外なくやばい事態が生じているのだ。

 シュウですら危険を察知し得ない状況のときでも起こるので、割と便利な感覚なのだ。

 今回はそれがまったくない。

 

『ふーむ、まだ瀬戸際ではないということかもしれない』

 

 破局まで時間の猶予があると?

 

『そう。でも、かといって何かできるかと言われるとね』

 

 何もないのか。

 

『……あるにはある』

 

 どうにも乗り気ではない様子だった。

 

 

 またしても、禁忌の洞穴のダンジョンである。

 乗り気ではないシュウの言に連れられてやってきた。

 

 モンスターも出てこないので果たしてこれをダンジョンと呼んでいいのかはわからない。

 まったく問題はない。駆け足で奥へと進んで行く。

 

 ボス部屋の扉を開けると、相変わらずの鏡が私を待ち受けていた。

 鏡はあるけれども、私の姿はやはりない。

 ボスも出てこない。

 

『ボスのアイテムをこの部屋の中心に置いてみて』

 

 床の中心にあった四角い黒の部分を見る。

 よくわからないまま、鏡の棍棒を取り出して、ひっくり返しておいてみる。

 ぴったりと填まり動かなくなった。

 

 ……おぉ。

 そして、四方の景色が変わった。

 後ろの鏡は、先ほどまであった灰高原が映っていた。

 正面の鏡はなんだろうか。緑の高原とその上には黒煙が噴き上がっている。

 右の鏡は唯一何も映らない。人の姿も何もない。ただの風景だ。

 

 一番目を見張るのが左の鏡だった。

 全てが赤と黒に染まっている。溶岩が流れ、マグマが噴き上がっている。

 

『なるほど、右の映像にあるのか。そっちの鏡を押してみて』

 

 言われたとおりに溶岩の映像へ進み、その鏡を押す。

 

 かなりの抵抗がある。

 まるでこの先にマグマが貯まっているかのようであった。

 

 

 

3.→

 

 ボス部屋から出ると、外は火の海だった。

 

 足首だったのが腰のあたりまでマグマがせり上がっている。

 

 シュウの言うとおりだった。

 ボス部屋を出た後からが本番のようだ。

 

『早く逃げよう。ところで上に出たらどうすれば良いかわかってる?』

 

 馬鹿にするのも大概にしてくれ。

 さすがにさっき聞いたばかりだからな。まだ忘れてないぞ。

 

『ほう。じゃあ、復唱してみて』

 

 このままマグマを西側に出させて、東の登山道からの流出を少しでも減らす。

 そして、外で待つカエルムとエガタとともに一緒に東へ向かい、溶岩が引いたクラティラス火口を攻略する。

 そこにいるはずのマグマを生み出しているであろうボスを倒す。

 

『うん。なるほどなるほど。ルヴィニとザフィリは?』

 

 ……何だそれ?

 とにかく時間の勝負なんだろ。

 私の記憶を試すよりも、ここからの脱出に力をいれさせてくれ。

 今もマグマが下からすごい勢いで、こちらに向かってきているんだからな。

 

 

 外に出るとすでにあたりは暗かった。

 

「メェル!」

「メル殿」

 

 聞き慣れた声の方を向くと、二人の男がこちらに手を振ってきていた。

 

「聞かなくてもわかる。成功したんだな! こっちも調査が終わったところだ!」

 

 背の高いカエルムが私の方を叩いてくる。

 

 喜びあっている場合じゃない。

 すぐにここにマグマが噴き出してくる。

 

「兄さん。マグマが湖に入れば水蒸気爆発を起こす。私は下の道から火山警備隊に合流し、注意を促す」

「ああ! 頼んだぞ! 俺はこのままメルと一緒に火口へ向かう!」

 

 行こう。

 一刻を争う。

 

「兄さん」

 

 背をむきかけたところで、エガタが声をかけてきた。

 

「生きて帰ってきてくれ」

「――ああ! エガタ、お前もな!」

 

 二人は突き出した拳を合わせる。

 

『やべぇな。出会って一分もしないうちに、死亡フラグをたてやがった』

 

 こうして私はエガタと別れ、カエルムとともに火口へ向かうこととなった。

 

 

火口へ向かう道は、道ともいえない地形だった。

 しかし、カエルムの足取りに迷いはない。

 

「子供のときからずっと走り回ってたからな。目を閉じてても迷わねぇよ!」

 

 心の声が聞こえたかのようにカエルムが返してくる。

 

「大丈夫だ! 俺がいるんだ! 絶対にうまくいく!」 

 

 その根拠は?

 

「昔は冒険者、三年前の噴火からは火山警備隊でやってきた。何度も死にそうなこともあったが、いつもなぜか生き残った。安心しろ」

 

 経験論だが、こういうことを言う奴はだいたい死んでる。

 

『うん……』

 

 シュウも言葉短く肯定する。

 

「それに、ケオラヴァにかみさんがいてな! もうちょっとで産まれるんだ。お腹をもう蹴るくらいに大きくなってる。絶対に噴火なんかさせねぇよ!」

 

 なんと!

 それならがんばらないとな!

 

『ちょっと、そいつ黙らせて』

 

 なぜだ。

 こいつの話を聞いてるとがんばろうって気になるぞ。

 

「火口を攻略すればケオラヴァは救われる! みんな助かるんだ!」

『こいつの口を止めて! 止めるんだ! 速く!』

 

 マジで怒鳴り始めたので、カエルムには静かに案内してもらうことにした。

 

 

 火口に近づくと、熱とガスがすさまじくカエルムとパーティー登録をすることになった。

 

「これはすげぇな。これがあればどこへだって行ける気がするぜ!」

 

 その気持ちはわかるが、一定の能力強化と一部の耐性がつくだけだ。

 あまり無理をしすぎるなよ。

 

「もう少しだ! 先に行って、ちょっと火口の様子を見てくる!」

『おい、やめろ』

 

 そうだ。

 そういうのが無茶なんだ。

 耐性も私の方が多い。私が先導する。

 

『違う、そうじゃない』

「見えた」

 

 三年前にできたという火口へ行くと、小さなクレーターがあった。

 どうも小規模の噴火だったようで、南の世界で見たクレーターよりもずっと小さい。

 

『カルデラの中心にあるね』

 

 目を向けると、穴の中心に、さらに穴が開いていた。

 

「あそこはマグマが吹き出してたところだ!」

 

 今はマグマが引いているな。

 おそらく西の方へとマグマが行ってしまったんだろう。

 

「行こうぜ!」

 

 カエルムは歩き出し、私もそれを追う。

 火口の中はマグマがまだ残っており、モンスターもガスや火の玉、マグマのスライムが出てきた。

 

 カエルムとは強さに差はあるはずだが、足手まといにはなっていない。

 悪い足場でも非常に軽快に動き回り、硬いモンスターに獲物の鋼槌を叩きつけて倒している。

 むしろ私の方が足手まといになっている状態だ。シュウが奴の同行を認めたのも納得できるというものだ。

 足場も私に注意をくれるし、シュウとの意見も概ね合っている。

 

『そうだね。チートが乗ってるとはいえ、この劣悪な環境でこれだけ動けるのは驚異的だ。判断能力も高い。鋼槌スキルがないのが残念だけど、よく研鑽されてるから問題はない。まるで……。いや、とにかく死なすには惜しい』

 

 これは、シュウの男に対する最大限の賛辞と言える。

 弟の地形に対する調査も褒めていたので、ずいぶんと優秀な兄弟のようだ。

 

 道は徐々に悪くなり、モンスターも凶悪になってきたが、それでも奥へと進む。

 私がマグマに落ち、落石を頭に食らい、ガスを正面から浴びるなどもあったがボス部屋にたどり着いた。

 そこでようやく足を止め、作戦会議となった。

 

『まず間違いなくマグマを生み出すボスだ。今度こそ間違いない』

 

 そうだろうな。

 西側のダンジョンが例外だろう。

 まさかあんなに鏡だらけのダンジョンだとは思わなかった。

 

『足場が全てマグマという可能性もある。マグマそのものがボスと言うこともある。……まぁ、チートでどうにかなる』

 

 なんだかすごいおざなりな説明だ。

 

『特にカエルム。下手に突っ込んだり、無茶したり、意味もなくかばったり、深追いしたりは絶対にしないこと。あと「やったか」とか「勝った!」、「俺は生き残った!」とかも禁句とする』

「お、おう」

 

 やたら具体的だな。

 じゃあ最後の確認をして挑むとしよう。

 

「少し喉が渇いたな」

 

 水分はとっておいた方が良い。

 シュウも喉が渇いたと思ったら、もうそれは手遅れだと言っているくらいだ。

 

「……っと、これしかないか」

 

 カエルムは水筒を取り出す。

 蓋を外すと酒の匂いがほんのりと香った。

 

「験担ぎに、前祝いで乾杯だ!」

『そういうのをやめろって言ってんだよ!』

 

 突然のぶち切れである。

 酒はその場に捨ててもらい、私のアイテム結晶から飲み物を分けてやった。

 以前に聞いたが、耐性をつけているとはいえ、アルコールは判断能力を鈍らせる。

 ボス戦の前にそういった物を口にすることをシュウは怒ったのだ。

 

『いや……、もうそれでいいや』

 

 私も軽く喉を潤す。

 

「んっ……、あぁーあ、長く使ってたからなぁ」

 

 見ると、カエルムの水筒が割れていた。

 

『おいおい、なんだこれ。俗に言う予測可能回避不可能じゃないの』

 

 そんなの俗に言われてるの聞いたことないんだが。

 

『もう世界がこいつを殺そうとしてる。絶対カエルム殺すマンがどこかにいるだろ。|作者(お前か)か』

 

 お前って誰だ。

 とにかく不吉なことを言うなよ。

 

「そうだぜ。俺、この攻略が終わったらカーススの山頂を踏破しようと思ってるんだからな。まだまだ死ねねえよ」

 

 カエルムは笑い、私もそうだなと笑う。

 シュウも、もうどうにでもなぁれと笑い始めた。

 

 

 そしてボス戦である。

 

 やはりマグマがあった。

 地面が続き、右と左、それに奥からは一面がマグマに覆われている。

 まともな地面は部屋の十分の一かそれ以下だろう。

 その地面もぼこぼことして歩きづらそうだ。

 でも、ボスの姿がないな。

 

『……あ、やったかも』

 

 何がだ?

 ああ、そうか。今度こそマグマだな。おめでとう。

 

『いや、違くて。勝ちが決まったんじゃないかなと』

 

 は?

 まだボスすら出てきてないだろ。

 

「そうだ。ここは俺に任せろ。俺が先に進んで――」

『やめて。ほんとやめてそういうの』

 

 シュウの言うとおりだ。

 お前はおとなしくしていろ。

 それで、どういうことなんだ?

 

『先に進めば、おそらく雑魚が出てくるか、ボスが動くかすると思う。逆に言うと、先に進まないと演出が始まらない』

 

 はぁ、まぁそういうボスもいるな。

 特にボス部屋のあるタイプは出現の演出があるタイプが多い。

 先のボス戦もそうだったな。ある程度距離を進むと鏡の中の私が動いた。

 他にもボス部屋の何かに触ることで戦闘が開始することもある。

 

『そう。演出前なら先手がとれる』

 

 そうかもしれんが、ボスの姿がないぞ。

 

『地面がボスだよ』

 

 私とカエルムはそろって地面を見る。

 

『亀でしょうな。ここは甲羅の上。先に進むと動くか、甲羅の一部からマグマが出る』

 

 そう言われれば、緩やかに傾斜してる気もするし、形もそれっぽい。

 

「じゃあ俺が叩いて……っと、靴の紐がちぎれた。おっかしーな、さっき確認したはずなのに……」

 

 そう言って、カエルムは靴の鎧を締める紐を直し始める。

 

『メル姐さん、今のうちにやってしまおう。ちょっと進んでから思いっきり貫いてね。亀の甲羅は骨格だ。もしかしたら一瞬で終わるかも。とりあえず遠距離攻撃してきたら黒竜のスキルで消すから』

 

 わかった。

 

 私はシュウを逆手に持ち掲げる。

 

『それでは――邪神様結晶@』

 

 ――劈開!

 

 そのまま地面らしき甲羅にシュウを突き立てた。

 

 地面はぴしりと音を立て、接地点から一気に砕け散っていく。

 砕け散った地面の下には白と赤みがさした内蔵が見えた。

 足場が崩れていくが、気にせずシュウを刺す。

 

 部屋中に雄叫びが上がり、視線の先にあったマグマからは頭らしき物体が出てきた。

 それでも気にせず、シュウを刺せるところまで突き刺す。

 柄まで刺したので、後は刃の方向に斬っていく。

 

 地面は大きく動き、音がこだまし耳はおかしくなっている。

 それでもシュウで斬り続ける。

 

 のたうち回る頭が、上を向いてピタリと停止し、ややあってマグマに落ちた。

 マグマから白い光が立ち上がり、亀の体も徐々に光へと消えていく。

 ……足場が消えることになるけど大丈夫だろうか。

 

『大丈夫みたいだよ、ほら』

 

 周囲の赤の溶岩がみるみるうちに黒く岩へと固まっていく。

 私の足場も光になった後、すぐにただの岩場へと変わっていった。

 

 亀のいた中心にアイテム結晶が二つ。

 

「終わったんだな」

 

 そのようだな。

 

「これで噴火は止まるんだな!」

 

 おそらくそうだな。

 

 カエルムはこぶしを握る。

 そして、何かを溜めるように身を低くした。

 

「よっしゃあああああ! やったぞぉおお!」

 

 宙に思いっきり飛び喜びを表現している。

 だいたい、勝った後は静かに余韻を楽しむことが多い。

 しかし、こうやって喜びを露わにすることも悪くない物だと感じた。

 

「これで――もう何も恐くない!」

 

 そうだな!

 

『……そうかなぁ』

 

 こうして私たちはボスを倒し、噴火を食い止めた。

 まさに間一髪の戦いだった。

 

 ダンジョンの帰り道のマグマや溶岩も全て黒く固まっていた。

 それどころかモンスターもそのままの形で固まっている。

 ガスの噴出も止まっているし、地震もない。

 

 外に出ても、まだ周囲の景色は暗いままだ。

 ここからは見えないが、このずっと下にケオラヴァがある。

 

「離れてから一日もたってないのになぁ。ケオラヴァ――あぁ、何もかも皆懐かしい」

 

 地面が大きく揺れ始めたのはそのときである。

 

 

 

 初めは小さな音だった。

 

『足を止めて、屈んで!』

 

 シュウの声に従って私とカエルムはしゃがむ。

 

 小さな音は、小さな揺れを呼び、小さな揺れは大きな揺れへと変わった。

 さらに大きな揺れは、周囲の景色を歪め、地を引き裂いていく。

 

 私とカエルムの屈んでいた地面にもヒビが入っていく。

 立とうと考えるよりもなお速く地面が割れた。

 

 私とカエルムの間にヒビが入り、その隙間は徐々に大きくなっていった。

 揺れの中で地面はどんどんと崩れていく。

 

 カエルムの周囲が次々と地面の隙間に落ちていき、やがてわずかな地面の孤島にカエルムが取り残された。

 周囲を下の見えない奈落に囲まれ、残った足場も今まさに崩れ落ちようとしている。

 

 カエルムも自分の置かれた位置を見回して把握した。

 ジャンプすればぎりぎり届くと思われる距離だ。

 

『いや、武器と足場の悪さで無理かな。傾けば飛べるけど、おそらくそのまま下に崩れるな』

 

 カエルムの顔は穏やかだった。

 おそらく私の顔とは対照的になっているだろう。

 

 飛べ!

 こっちで捕まえる!

 

『たぶんそれだと両方落ちる』

 

 じゃあ、どうするんだ!

 揺れもまだ続いているんだぞ!

 このままだと足場ごと落ちていくだろ!

 

「メル、聞いてくれ。三年前の噴火で、俺は冒険者を辞めた。冒険者じゃケオラヴァの人たちは守れないと感じたんだ。……あっと、済まない」

 

 わかってる。

 別に私は馬鹿にされたと思ってない。

 それよりなんでそんな話を?

 さっさと飛べよ。

 

『死ぬ直前のキャラにありがちな自分語りだね』

 

 なんだよそれ。

 

「それで、火山警備隊になったけど、俺はやっぱり何もなしえなかった。けっきょく何も守れない。何もできない。とりあえず動くけど結果に結びつくことはない。何もなしえないと考えてた」

 

 私の顔を見つめて語り続ける。

 そんな奴の表情は――。

 

「でも、ようやく俺は何かをなしえたんだ!」

 

 とてもほがらかだった。

 

「メル。後で追う。だから――」

 

 奴の足場が崩れ始めた。

 

 ……私は落ちてもたぶん死なない。

 そうだな?

 

『そうだね』

 

 よし、わかった。

 お前が飛ばないなら私が飛ぼう。

 

 地面を蹴り、カエルムの足場へ飛ぶ。

 自分へと飛んでくる私を見る奴の表情は間抜けなものだった。

 

 狭い足場に無理矢理割り込み、立ち尽くす奴の体を捕まえて、力任せに対岸へと投げる。

 無事、対岸に落ちて無様に転がり私を見ている。

 

 なにぼんやりこっちを見ている?

 私を置いて先に行け。

 

『やっぱり盗人だな。死亡フラグごと台詞を盗みおったわ』

 

 カエルムの姿が上に消えていく。

 もちろん私が下へ落ちて言っているだけだ。

 

 奴も何か叫んでいるようだが、反響しているのか遠ざかっているのわからんが聞き取れない。

 私はただただ闇の中を落ちていく。

 

『さて、落下速度は緩めた』

 

 いつものやつだな。

 落とし穴や高所から落ちるときに使うスキルだ。

 

『振り返ってみよう。噴火は確かに止めた』

 

 そのようだが、先ほどの地震はなんだ?

 

『それだよ。火砕流は止められた。でも、山体崩壊は止められない気配だ。別の原因があったらしい。何を見落としていたんだろう』

 

 気づいたとして、どうするんだ。

 もう手遅れだろう。

 

『そうでもないかもしれない』

 

 というと?

 

『いやはや、まったく都合の良い妄想だけどね。この割れ目のゴールはあのダンジョンだろう』

 

 あのダンジョンって、マグマで埋まったあそこか?

 

『うん。根拠らしき根拠はない。でも、流れを感じる。ダンジョンが俺たちを導いている』

 

 良い響きだな。「ダンジョンが私たちを導く」というのは。

 

 その先には何がある?

 だいたい、あの鏡の部屋に何があるというのか。

 

『左の鏡がまだ残ってる。きっとあそこに最後のピースがある。問題は間に合うかだ』

 

 闇の中を落ちていき、たどり着いた場所は通路が横に伸びていた。

 邪神様のスキルで固まったマグマをまとめてくだいて、下へと進む。

 

 その先にはシュウの予想通りというべきか、ボス部屋の扉があった。

 

 部屋を開けると、私の記憶とは違っている。

 鏡ではなく、別の景色がそこには広がっていた。

 正面と左右の景色では地震が生じ、大地が割れている。

 

 

 なんだこれ?

 どういうことだ?

 一面鏡だったはずだろ?

 

『ふーん、出た瞬間に映像が切り替わるんだね。それより、正面の鏡を押して』

 

 何が何だかわからんが、言われた通りに部屋を進む。

 床の真ん中に何かが置かれているが、何なのかはよくわからない。

 とりあえず避けて進み、山が揺れている景色に手を付ける。

 

 

 手応えとともに景色は開いた。

 

 

 

4.←

 

 ボス部屋から出ると相変わらず大地は揺れていた。

 

 おい! ボスを倒したのに地震が止まらないぞ!

 どうするんだ!?

 

『どうも引っかかったみたいだ。ひとまずさっさと外に出よう』

 

 引っかかった?

 

『気になってたんだ。なんで入口が大岩で塞いであったのか』

 

 今さら何を言ってるんだ。

 隠してるか封印してるかって話を双子としてただろ。

 

『ルヴィニとザフィリね』

 

 そうそう、そんな名前だった。

 はて、青い髪はどっちだったけ?

 

『ザフィリだね。まず、このダンジョンのボスは、ノーヒントで予測できない相手だ。しかも、その強さも容赦がない。故にこのダンジョンは、よそ者では事前情報なしに攻略ができない』

 

 私たちみたいな例外じゃない限りは無理だろうな。

 

『そう、そこで入口の大岩に話を戻すと、隠すなら地面をかけて痕跡を消せば良い。岩を置くぶんだけ目立つから隠しているのとは違う。じゃあ、封印か? 封印するならもっと内側からの攻めに強くする』

 

 確かに……、あれはただの大きな岩だった。魔法とかの罠はついてなかった。

 チートを使わなくても時間をかければ壊せるだろう。

 

『じゃあ、なんであそこに岩をわざわざ運んだのか』

 

 ……なんでなんだ?

 

『岩がわざわざ置かれてたら、ここに何かがあるんだと思う』

 

 そうだな。

 

『しかも、普通に落ちる位置と違うし、移動された痕跡もある』

 

 ますます、岩の下に何かあるんだと思うな。

 

『そうなんだよ。さらに岩を壊したら道が出てきて、奥からモンスターも出てくる』

 

 こりゃもう間違いなく大当たりだな。

 

『でも、ボス部屋に入ったら生きて帰れない』

 

 ……つまり、あの岩は不審者を釣るための罠だったってことか?

 

『その側面もある。仮に岩を破壊されても危険なダンジョンがあるから、道を閉ざしていたで話が済むからね』

 

 他の面もあるの?

 

『ある。結論から言うとあの岩はミスディレクションに使われてる』

 

 ミスディ……なんだって?

 

『この周囲がなぜ禁忌の場所として祭られているのか? それは人を寄せ付けたくないためだ』

 

 そりゃそうだろ。

 

『禁忌にして大多数は寄せ付けないようにできる。しかし、一部変な奴がこの場所に寄ってくる』

 

 それって私のこと?

 

『そう。隠せば隠すほど、人は気になるもんだ。スカートがあるから男はその中に夢を見る』

 

 本題を続けて。

 

『隠したいモノの近くに、まったく関係のないダンジョンの入口があり、さらに大きな岩もあった。ダンジョンの入口をその大きな岩で塞いだらどうだろう?』

 

 場所が気になっている人――すなわち私たちは大きく不自然に動かされた岩と、その大岩に阻まれたこのダンジョンに目が行く。

 

『そう。あの岩は注目を逸らすために置かれたという側面もあった』

 

 ほー。

 真に隠しているモノがあったというわけだな。

 

『看破スキルで付近にあからさまに隠しているモノはなかった。「何か」は普通にそこにあったはずだ。岩は粉々、中には何もない。ダンジョンもミスリード。祠も撒き餌に違いない。岩を抜いた跡? いや、エガタの見方は正しい。まず岩があった。それじゃあ順序が逆になる。何だ……いったいあの周囲に何があった?』

 

 珍しくせっぱつまっているな。

 入口のところだろ。他に何かあったっけ?

 今のでほぼ全部言い尽くしたんじゃないか。それにもう着くぞ。

 

 あとエガタって何だ?

 

『――そうか、そうだよな。やっぱそれなんだ。いや、とっくにわかってはいたんだ。理解したくないだけで……』

 

 何か閃いた様子だが、尻すぼみにトーンが落ちていった。

 

『メル姐さんをここに案内したのはあの双子?』

 

 ……え? そりゃそうでしょ。

 何を言ってんの。

 

『地震が起きて、真っ暗闇で地面も崩れる中、あの双子にここまで案内された?』

 

 そう、だろ。

 

『おかしいでしょ?』

 

 確かに今はおかしいと思う。

 でも、足も速かったし案内は正確だったぞ。

 それにお前だって何も言わなかったじゃないか。

 

『右の時もそうだ。エガタが調査で外にいたのはわかる。なんでカエルムはここに入ってこなかったのか? 入れなかったんだ』

 

 はぁ、また知らない単語が出てきてしまった。

 たぶん名前なんだろうが誰だろう。

 

『姉妹とパーティー登録もしてる。何のスキルもない。それはわかる。でも、カエルムも、エガタですらスキルがない』

 

 誰だか知らんけどスキルがないと何が問題なの?

 

『魔物でも、モンスターでも、異世界人でも、邪神様ですら何らかのスキルは持ってる』

 

 たいてい何ちゃら専用スキルってのはあるよな。

 

『逆にいうとね。それがないってことは――あいつら、この世界から存在を認められてないんだよ。ただの見せかけの像。鏡像だ』

 

 ……意味がわからんのだけど?

 

『メル姐さんは当然わからない。タチが悪いのは本人たち、いや鏡像たちも自覚がないことだ。一部なんかじゃない。この山に生きる人、街、ダンジョンといった全てが、鏡を動かすだけで消えたり、現れたり、見え方が変わってしまう曖昧な存在なんだ』

 

 ごめん。

 本当に意味がわからない。

 

『だろうね。ボス部屋に戻ろう』

 

 は?

 この地震はどうするんだ?

 

『出て行っても止められない。この地震は鏡像たちの必死の抵抗なんだ』

 

 抵抗?

 

『抵抗と言うよりも派手な自殺だね。自ら滅びを迎えようとしている。曖昧な状態を千五百年も続けてる。もう疲れ切ったんでしょう。今なら多くの人たちが自分たちを歴史に確固たるモノとして刻んでくれるから――災害の被害者としてね。事実、五千年後のアーカイブにも載ってたほどだし』

 

 なんか言ってたな。

 山体崩壊で住人、避難者、商人、冒険者で十万人超が死亡だっけ。

 

『実際の数字はもっと少ない。住人がほぼ鏡像なんだからね』

 

 それはもういい。

 けっきょく何で鏡像であることを隠したかったんだ。

 別に鏡像だろうが何だろうが、どうでもいいことだろ?

 それよりよっぽどこのダンジョンのことのほうが重要だと思うんだが。

 

『ボスが倒せるならね。どのみち、彼らはそう思ってない。自分たちが鏡像だとバレることを異常なほど恐れてる。それこそ自殺してしまうくらいにね』

 

 死にたいなら死なせてやればいい。

 

『そのとおり。だから、殺してやるんだ』

 

 どうやって?

 

『単純だよ。像を消せないなら、鏡ごと粉砕してしまえば良い』

 

 それで地震が収まるのか?

 

『収まる。これは純粋な自然現象じゃない。鏡像ダンジョンが起こしてるものだ。鏡ごと壊せば収まる』

 

 来た道を戻り、ボス部屋の前に来た。

 部屋に入ると鏡がなくなっていた。景色が変わっている。

 おいおい、なんだこれは?

 

『その流れはもうしたから、さっさと鏡を壊しちゃって』

 

 いやそんなさらっと言われても。

 どういうこと。なんなのこれ。鏡じゃないじゃん。

 四面に景色が映ってるし、床の真ん中によくわからないものが置いてあるぞ。

 

『はい、邪神様モードになったよ。邪神様@劈開。では、どうぞ』

 

 どうぞと言われても。

 なんかやらないといけない流れなのでシュウを鏡に付けた。

 

 一瞬だ。

 鏡は一面にヒビを生じさせた。

 私は映っていないが、亀裂で分かれた小さな鏡が、それぞれ周囲の鏡を写している。

 

『……あっ』

 

 鏡の破片が落ちる直前だった。

 その小さな鏡一つ一つに像が映ったのだ。

 

 一つの破片には、髪の青い少女と赤い少女が老人に頭をなでられていた。

 別の破片には鋼槌を担いだ男が、奥さんだろうか、お腹の大きな女性と一緒に立っている。

 ある一枚は、兜をつけた男が山肌を覗き込んでいる。

 別の一枚はダンジョンのモンスターもいた。

 

 壁や床の破片、その一枚一枚がこの山にいるのであろう住人を映していた。

 ほとんどの顔ぶれは記憶にない。でも、確かにここで生きていることを感じさせた。

 

 鏡は全て床に散らばった。

 破片となって、もはや何も映さない。

 部屋から鏡はなくなって、無機質な扉だけが残る。

 

 シュウは何も言わなかった。

 私も何も言うことない。

 

 

 

 ダンジョンの攻略は終わったのだ。

 

 

 

5.φ

 

 ボス部屋から出て、しばらく立ち尽くし耳を澄ます。

 

 ……どうやら地震は止まったようだな。

 

『そうだね』

 

 いやはや良かった。

 これで山体崩壊は防げるな。

 山を越える人たちも助かったわけだ。

 

『そうだね』

 

 私もダンジョンに挑めてラッキーだ。

 まさか、ただの山越えがダンジョン攻略になるなんてな。

 

『そうだね』

 

 なんなの。

 もっと感動しろよ。

 

 じゃあ、外に出るか。

 

『そうだね』

 

 なんかご機嫌斜めな様子だ。

 ほっとこう。

 

 

 翌朝になって、山道を進む。

 東と西で道が分かれているが、東は楽で、西はきつい。

 西を通ろうとするのは一部の体力があるものだけだ。

 

 人混みを避けて西に来て本当に良かった。

 ダンジョンも攻略できたしな。

 

『そうだね』

 

 昨日からずっとこれだ。

 やれやれ、ダンジョンを攻略したというのにこの調子とは。

 

 ダンジョンがあったんだぞ!

 街も、住人すらいない、つまらん山にダンジョンがあった!

 もっと喜べよ!

 

『違う』

 

 おっ。

 やっと喋った。

 

『ここはつまらない山なんかじゃない』

 

 まぁ、景色はいいな。空気も新鮮だ。

 そういう人も多いからな。そこに山があるから登るんだって人。

 私もダンジョンはダンジョンであるってだけで楽しいから、気持ちはわからんでもない。

 

『ここにはね。街も、人も、ダンジョンも確かにあったんだ』

 

 ……どこにそんなのあるんだ?

 

『今はもうない』

 

 どういうこと?

 

 シュウは何も答えない。勘違いだったのか……?

 けっきょくシュウは山を越えるまで何も言わなかった。

 

 こうして私はカースス山を越えた。

 シュウには聞かせられないが、やはりそうだと再確認した。

 

 

 

 ここはあのダンジョン以外に何もない、つまらない山だと。

 

 

 

6.∇

 

 カースス山を越えて振り返ると、やはりその大きさには目を瞠るモノがある。

 

 雲を貫き、座するその姿はまるで極限級ダンジョンのボスだ。

 何者も通さないという意思すら感じてくる。

 

『はははははっ!』

 

 ……笑うところ、あった?

 

『ごめんごめん。いろいろ気づいてね。自分の間違いやらに気づいて笑ってたとこ』

 

 あっ、そう。

 ところで、あの鏡のダンジョンはなんだったんだ?

 

 シュウの調子も戻ってきていたので、気になっていたことを聞いてみた。

 山の中にダンジョンがあることは、別におかしくない。

 そんなダンジョンはそれほどいくらでもある。

 

 しかし、鏡のボスというの不思議だ。

 

『そこだよ』

 

 そこ?

 お前も入る前は地震を起こさせる形のボスだろうと予測していた。

 岩の巨人なり鯰なりが出てきて、地面を割ったり、岩を上から落とす可能性があると自信満々に話していたくらいだしな。

 そこにまさかの鏡に囲まれた部屋だ。

 

 しかもボスは自分がたくさん出てくる。

 私たちでこそ楽勝だったが、他の冒険者だったらどう戦うんだ?

 

 それに、なぜ鏡が出てくるんだろうか?

 山との関連がさっぱりわからない。ダンジョンなら周囲とも関連するだろ。

 川の近くなら水と関連するボスが出るし、変な建物ならその歴史に則ったボスが出てくる。

 いったい山とどんな関連があったのだろうか?

 

 とにかくわからないことがいっぱいだ。

 なんかわかってたんだろ。

 教えてくれ。

 

『まず勘違いを正そうか』

 

 勘違い?

 

『あれはある種の鏡だけど、決して一般的な鏡じゃない』

 

 意味不明。

 そういうの好きだよね。

 何々だけど何々じゃないって言い方。

 

『ボスを倒した後に、メル姐さんが映ってなかったでしょ』

 

 そうだっけ?

 でも、ボスは私の姿をしていたぞ。

 

『俺もさっきまで勘違いしてた。やっとわかった。あれはメル姐さんの姿を映してたんじゃない。写してたんだ』

 

 よくわからないんだけど何が違うの?

 

『映すだけなら鏡から出てこない。写したから出てきて襲いかかってきた』

 

 そんなものか?

 じゃあ、あの鏡もどきは何なんだ?

 

『それは後にしよう。当然の疑問だけど、いきなり結論を言うとそれこそ意味不明になる。次はボスのドロップアイテムを思い出してみようか』

 

 えっと、なんだったっけ?

 ……あれ、ないぞ。鞄に入れたはずだけど。

 

『だろうね。名前は「虚像なき鏡のカースス」だよ』

 

 だろうねって、どっかに落としてたか。

 気づいてたなら、教えてくれればいいのに。

 それで名前がなんなんだ。というか鏡ってついてるじゃん。

 

『うん。そうなんだ。これが勘違いの元でもあり、重要な道筋でもある』

 

 道筋というと?

 

『あれは間違いなく一般的な鏡じゃない。修飾語が「虚像なき」だ。虚像のない鏡は、鏡じゃないよ。それでいて修飾される語は「鏡」。ここでもう矛盾してる』

 

 そんなに不思議か?

 今までにもそういうのあったろ。

 燃えるかき氷とか、灯す暗闇とかもろもろさ。

 

『そう。過去に例がある。ボスもあんなのだった。そもそもこんな世界だからね。それはそれでありと思って流してた。でも、これはそんなこともあるで流していいところじゃなかった。他の現象から追っていくと、ボスの正体を間違える。鏡だとね』

 

 名前が重要なことだった、ということはわかった。

 しかし、どうしてそんな名前がついてしまったんだろうか。

 

『ダンジョンが自らを鏡だと信じ込んでいた、と考えた』

 

 ダンジョンが信じ込む。

 自らを鏡だと?

 

『成り立ちを考えてみよう。このダンジョンは自然にできたものじゃない。もしも自然にできたなら、鏡なんて出てこない。自然は鏡を必要としないからね。必要とするのは人。すなわち、このダンジョンの形成には人が介在している』

 

 それはなんとなくわかる。

 自然にできたなら、もっと予測できるボスになってただろう。

 だが、なぜダンジョンの由来になるんだ? 鏡だと信じ込む話じゃないのか?

 

『そういう話だよ。人が信じ込ませたんだ。ダンジョン――というより鏡みたいなモノに「お前は鏡」だってね』

 

 なんで?

 

『鏡もどきは、人は映さなかったけど周囲の景色は映したね』

 

 あの部屋だと、確かに周囲の鏡を映していた気がするな。

 それを周囲の景色と呼んでいいのかはわからんが。

 

『古代、鏡ってのは姿見としてよりも、祭祀に使う道具だった。こちら側と鏡に映るあちら側。この世とあの世。この鏡もどきはあの世の自分が映らない。あの世として忌避しつつも、生と死は切り離すことができない。そのため、この鏡をあの世に近い場所に祀っていたのではないか。その「死生観」と「祀り」がダンジョンとしてここに現れた』

 

 おぉ、なんか昔話みたいだな。

 それじゃないのか。

 

『確かにこれならダンジョンが自らを鏡と信じ込むことはある。しかし、現象としてのダンジョンを現してない』

 

 もっとわかりやすく説明して。

 

『さっきの歴史で言うと、自分の姿が映らない鏡ってことで祀ったんだから、ボス戦で自分の姿が出てくるのはおかしい。それに……いや、もう終わったことだ。とにかく実際に起きたことと成り立ちが合わなくなる。要するに間違ってるんだ』

 

 あれま。

 

『人が鏡もどきに「お前は鏡だ」と信じさせた。自らの姿が映らない訳のわからん物体にだ。おそらく、「祀り」としては使われてた。そうなると合わなかったのは「死生観」。じゃあ、人はこの鏡もどきを何だと思っていたのか、どのように使っていたのか』

 

 何に使ってたんだ?

 

『おそらく「ミラーテスト」もどきだろう』

 

 また訳のわからん単語が出てきた。

 

『要は、鏡に映った自分の姿を見て、それが自分だと認識できるかどうかの調査、あるいはそれに至る過程の追跡調査』

 

 私はわかるぞ。

 

『……そりゃそうでしょ。話を戻すと、鏡もどきは人の姿を映さない。そんな鏡もどきを人が見たら、どう思うか?』

 

 鏡じゃないな、と思うんじゃない。

 もしくは気持ち悪い鏡だって思うのか。

 おぉ、これじゃね。気持ち悪い鏡ってことで使われた。

 

『それならたたき割ってるか。もっと悪意に満ちたダンジョンになってる。思考実験だ。ちょっと想像してみてよ。仮に外に出て、メル姐さんがその「何か」を見る。一人でね、ここ重要』

 

 おいおい出題者から悪意を感じられるぞ。

 ……うん、外でその何かを見ましたよ。一人でな。

 

『何か映っています。木々や地面、そしてそこに生える草。木の枝には鳥がとまっています』

 

 うんうん。

 カーススで見てきた光景だな。

 

『おっと、その映像には足跡がついています。「何か」から身を避けて、目を外し「何か」の向こう側に目を向けますが、そこに足跡はありません』

 

 まぁ、そりゃそうだろ。

 反対側にあるよな。

 

『そうですね。んっ? と振り返れば自らの足跡があり、「何か」の景色と一致します。さらに木々や地面、草も同じようにそこにあります。そこで、これはこっちの景色を映す「何か」だとわかります』

 

 そうだね。

 

『もしもメル姐さんが鏡を知っていたら、もっと早くそのことに気づくでしょう。しかし、鏡を知っているいないに関わらず、メル姐さんは重要なことに気がつき、疑問に思います』

 

 自分が映っていない。

 

『その通り、次はなぜ自分が映らないのかを考えるでしょう。もしも、そのときに鏡を知っていたら、考えを阻害することになるね。これは鏡ではない、魔法がかかってるなどと鏡と比較することにこだわってしまいます。しかし、鏡を知らなかったなら、こう思うのではないでしょうか。これは自分の姿以外を映す何かなんだと』

 

 かもしれないな。

 

『さらに思考を続けると、あるいは、「何か」に映る世界こそが本物で自分はここにいないんじゃないだろうか?』

 

 いや、それは……、どうだろう。

 

『ちょっと不安になり、自分の手と足、それに体を見て、あるいは触って自分がここにいることを確認する』

 

 そうだ。

 私は確かに存在する。

 

『でも「何か」にはやっぱり映らない。足跡だけがついていく。誰かが近くにいれば、その人も映らないから、やっぱり「人」を映さないと判断できるけど、近くには他に誰もいない。その確認はできない。本当に私はいるのか? 世界に存在すると判断されてるのか? あるいはその「何か」を見ることで本当に世界から姿が消えてしまったんじゃないか。自分では見えて触ることができても、他の人からは見えなくなってしまったんじゃないか? もしかすると「何か」が映している景色こそが本物だ。でも、本当にそう? 「何か」から始まり自分や全てを疑っていくことになる』

 

 なんだろう。

 なんか気持ち悪い想像だな。

 どんどん想像が沸いてきて、何がなんだかわからなくなる。

 

『そうだろうね。でも、いずれあることに気づくよ。「何か」には映らないけど、確かに「何かについて考えている自分」は存在しているとね。この概念は俺の世界だと有名な言葉にもなってる』

 

 ……はぁ。

 えっと、それだと要するにどうなるんだ

 

『この鏡もどきは人の外見を映さない。それどころか自分と世界、その両方に疑いを抱かせる。でも、自分の意識があることだけは確実にあることを示す。一般的な鏡が自意識以外を映すなら、この鏡もどきは自意識のみを映す。鏡の効果の一つに「自分の認識」がある。その効果だけでみるなら、この鏡もどきは確かに鏡と言わざるを得ない』

 

 それが一般的な鏡ではないけど、ある種の鏡って訳か。

 「虚像なき鏡」という矛盾した名前がついた由来だと。

 

『おそらく、ここに暮らしていた人達は、ある程度大きくなったらあの鏡の部屋に閉じ込められて、あのミラーテスト亜種によって自意識を確立させられてたんだろう。そして、時代とともに人は消え、風習のみがダンジョンとして残った』

 

 なるほどな。

 ボス部屋の鏡もこれで説明ができたな。

 

『できてるようで、できてないんだな』

 

 え?

 

『鏡もどきがあることは説明できるけど、ボスがあれになることが説明できない』

 

 自分がいっぱい出てきたな。

 これをどう説明するか。ついでにどうやって倒すんだ?

 

『普通だと倒せない』

 

 はい?

 どういうことだ?

 

『倒す倒さない以前に、まず鏡からこっちの姿を写して出してくるのがおかしい。さっきの話と合わない。人の姿を映さないんだからね』

 

 そういや、そうだな。

 さっきの話、やっぱり間違ってるんじゃないのか。

 

『俺もそう思ったけど、こう考えていけば説明できる。ダンジョンは生まれたときに意思を持った』

 

 そこは私も今までの経験で感じてるな。

 明らかに殺意を向けてくるダンジョンもある。

 

 それがどうしたんだ?

 

『ダンジョンは意思を持ち、自らにミラーテストを行った。人間同様、自らを認識するためにね。で、おそらく千五百年以上前からずっとミラーテストに失敗し続けてる』

 

 えぇ?

 

『あの鏡もどきは一応性質として鏡とほぼ同じだ。自らを映そうと自らを見つめる。鏡もどきを増やし続けて、確かに映るんだけど、映しすぎて、映ってないというか……とにかく鏡合わせになって、ずっと部屋が続いたようになってたでしょ。ミラーテストができないんだわ。無限に近い有限の自分を見つめ続けて、思考がぶっとんじゃってる』

 

 シュウは笑い始めた。

 

『その結果があれだよ。堂々巡りの意識の中で、人やら都市やらダンジョンやらを映して、写して、移して、遷してをずーっと繰り返してる。もうダンジョン自体がわけわからなくなってるんでしょうな。自我崩壊まで起こしてたし。まぁ、あと五千年もすれば答えを出すかもしれないね』

 

 ちょっとクスッときた。

 じゃあ、やっぱりあの岩は封印だったんだな。

 あのボスが絶対に倒せないってわかっていたからか?

 

『ここでも岩があったのか。誰が案内した? 俺じゃないよね?』

 

 はぁ?

 青い髪の変な少女だったろ。

 うろ覚えだけど怪しい場所があるとかなんとか言ってた。

 それで、岩をぶっ壊して……そうだった。だから、その岩は何でおかれてたんだ?

 

『そうか、それならなんとかなるか……。質問に答えると、それは順序がおかしい。ボスが絶対に倒せないってわかってる奴は、どうやってボスが絶対に倒せないってわかったのかがわからない。大岩があったなら、それは単純に危険だから閉じた。あるいは隠したかった。もっとひねくれて考えるなら何かから注目を逸らすためだね』

 

 シュウはそこで自嘲するように笑う。

 

『でも、残念無念。今回の場合は、ミラーテスト中だから、人が入れないようにしただけだった』

 

 なんだそりゃ。まぁ、聞きたいことはだいたい聞けた気がするな。

 他にわかってないことは何かあっただろうか……、そうだ、まだあるじゃないか。

 

 一体全体、鏡もどきは何だったんだ?

 

『知りたい?』

 

 もったいぶるなよ。

 さっさと言え。

 

『俺も知りたい』

 

 ……は?

 お前は知ってるんじゃないのか?

 

『それが何かはわかる。でも、本当にそうか実証したい』

 

 別に確認するまでもないだろ。

 知ることができれば同じじゃないか?

 

『誰もが素晴らしいと口をそろえて褒め称える絵が、遙か遠い地にある。絵の詳細を口で語られて知ったとして、その見たこともない絵を「素晴らしい」と賞賛できるだろうか?』

 

 出たよ。

 お得意の回りくどい言い方。

 

『絵をダンジョンに替えてもいい。とにかくもう一回、行ってみよう。あのダンジョンに』

 

 は?!

 今から戻るの?!

 めっちゃくちゃめんどくさいんだけど。

 

『もしかしたら、別のダンジョンに挑戦できるかも』

 

 お前ねぇ。

 そんなこと言ったら戻らざるを得なくなるでしょ。

 

 

 

 こうして私は、丸一日の行程を戻る羽目になった。

 

 

 

7.∃

 

 ボス部屋に入ると、ズタボロになっていた。

 

 なんだこれ?

 壁に鏡はなく、床には破片が散乱している。。

 中心には棍棒らしき物が置かれているし、執拗に全ての鏡が割られていた。

 ひどすぎる。あんまりだ。人間がやれることじゃない。一体誰がこんなことを……。

 

『さて、それじゃあ始めようかな』

 

 おいおい。

 なんでお前はそんなに淡白なんだ。

 どうしてこんな惨状になっているかとか考えないのか?

 

『どの破片でも良いから一枚とって』

 

 聞く気がまったくない。

 まるでここをやった犯人がわかっているようだ。

 いったい犯人は何を目的にこんなことをしたと言うのか。

 

『犯人達の思考は間違っていた』

 

 達。複数犯か。

 

『しかし、行動とその結果は間違ってなかった。現象は止めることができた』

 

 現象とは何だ。

 地震を止めた後に、犯人達はいったい何を止めたんだ。

 

『ダンジョンの自我崩壊。ミラーテスト亜種をストップできた。破片は持ったね』

 

 持ったが、何も映さないぞ。

 もうただの瓦礫だ。何なんだ、この鏡もどきは。

 

『それで良いんだ。じゃあ、それを持ったまま外に出ようか』

 

 外に出るとどうなるというんだ?

 

『すぐにわかる』

 

 言われたとおりボス部屋から出て、さらにダンジョンの外にも出た。

 

『破片はどう?』

 

 どうって言われてもな。

 瓦礫のままじゃないのか?

 

『戻ってない?』

 

 そんな訳……やっぱりないじゃん。

 相変わらず瓦礫のままだ。

 

『水かけてみて』

 

 はぁ?

 

『いいから水かけて。ちょっとでいいよ』

 

 またしても言われるがままに水筒から水をかける。

 

『どう?』

 

 水かけたからって……あっれ?

 

 瓦礫だった物は手元で光を反射し、空の青さを映し出している。

 角度を変えれば、木や岩肌を映し始める。

 ただ、そこに私の姿はない。

 

『これで良し』

 

 いや、良くない。

 いったいどういうことだ。

 どうして瓦礫に水をかけると鏡もどきになる?

 

『別に水じゃなくてもいいんだけど、光でもほっとけば起きてたと思うよ。それは石じゃなくて生物なんだ。微生物の集合体。まぁこれは解析が効かないからわかっちゃいた』

 

 これが生物だって?

 ボスという生物ってことか?

 

『いや、ボスになる前からずっと生きてたんでしょう。意思はなかっただろうけどね。今回は疲れて眠ってただけ。この鏡もどきが微生物であることはさほど重要じゃない』

 

 はぁ。そう。

 じゃあ、ボス部屋のあれは?

 

『ほっとけば元に戻る。でも、時間がかかりすぎる。水をかけまくって無理矢理起こすとするか』

 

 水筒の水で足りるかな。

 

『水の魔法で起こしてしまおう』

 

 私には使えないぞ。

 

『後ろの子に頼めば良い』

 

 はぁ? うわっ!

 

 振り返れば後ろに子供が立っていた。

 

 全然、気がつかなかった。いつから立ってたんだ。

 ……ん? あれ? この前ここに案内してくれた子じゃないか?

 あのときは助かった。もしかしてこのあたりで暮らしていたりするのか?

 人が住んでいるなんて話は聞いたこともないんだが。

 

「昔、お爺さまとお父様に連れてきてもらいました」

 

 へぇ、そうなのか。

 周囲を見渡すが、ダンジョン以外に特に何もない。

 なんでこんなところに連れてきてもらったんだろうか。

 

『水魔法は使えるって言ってたよね』

「はい。得意です」

 

 ……え?

 何でシュウの声が聞こえるんだ?

 

「パーティー登録をしていますから」

 

 あ、そうなんだ。いやいや、そうじゃなくて、いつした?

 この前の時はしなかったはずだ。

 

『この前にしたよ。それよりも、彼らを起こそうと思うんだけど手伝ってもらえるかな』

 

 彼ら?

 微生物の集合体のこと?

 

「彼らとは?」

『そこはやっぱり無自覚なんだね。俺は君たちが鏡もどきに映らないから――自分たちの曖昧さを認めたくないから、ここに入らないと思ってたんだ。でも、それは違った』

 

 少女相手に何意味不明なことを言ってるんだ。

 すまんな。こいつときどき錯乱するから。

 

『少女を鏡もどきで映してみて』

 

 手の角度を変えると、手のひらの石に少女が映った。

 ……もう一度、自分に向けてみるが私はやはり映らない。

 説明を求む。

 

『映るからここに入ろうとしなかったんだ。ますます混乱すると判断した』

「何を言っているのかよくわかりません」

 

 私も私も。

 

『そうだね。言っても意味がない。無自覚なんだから。とにかくボス部屋に一緒に来てもらって。そうすればわかる』

「祖父には何かあっても絶対に覗いてはいけないと言われています」

 

 だそうだぞ。

 実際、危ないから来ない方がいいだろう。

 

『はぁ、やっかいだな。あんまり荒療治は好きじゃないんだけど――君のお爺さまとお父様、それにお母様とやらはどこにいるの?』

「それは……」

 

 すぐに答えるかと思ったが、なかなか答えない。

 

『ザフィリには双子の姉もいるよね。どこにいる?』

「ルヴィニは……」

 

 何で名前も家族構成も知ってるんだ?

 やばすぎじゃないの。

 

「気持ち悪い」

 

 ほんとだよ。

 

『ケオラヴァ、フロガ。二つの都市、君の姉はフロガを守れない自分の力不足を嘆いた』

「やめて。本当に気持ちが悪いんです」

 

 少女も何やら本当に体調が悪そうな様子だ。

 やめてやれよ。

 

『駄目。やめない。思い出せ。君は俺に力を望んだ。ケオラヴァを守れない自分の力不足を嘆いていた。今こそ力を示すときだ』

 

 意味がわからん。

 

『認めたくないよね。自分たちがたかだか鏡もどきの思考で生まれたただの副産物だなんて』

 

 少女は耳を塞いだ。

 まことに残念だがそれは意味がない。

 それで聞こえなくなるなら、私は耳栓をして外を歩いてる。

 

『悔しくないのか? こんな鏡もどきの気分しだいで自分たちの生活が脅かされて』

 

 少女はうずくまり、呻いている。

 シュウはそんな少女に容赦なく意味不明な言葉をかけていく

 

『俺たちは君に力を与える。後は君が立つかどうかだ。蹲ってるなら、君は何も得られない。この先もずっと、ここに近づく人に話しかけるだけの地縛霊だ! 嫌か! ならば、あがいてみせろ! 世界を変えてやるとな!』

 

 シュウはフハハハと嗤いながら、少女をなじっていく。

 なにが荒療治は好きじゃないだよ。ノリノリじゃないか。

 よくわからないが、私は蹲る少女の頭に手を置く。

 

 泣くな。

 この馬鹿の言葉を真に受ける必要はない。

 それよりも今はお前の力が必要だ。一緒にボス部屋へ来てくれないか。

 

『言い方が違うだけで、内容は同じだからそれ』

 

 うるさいな。

 

「……こわい」

 

 私だってボス戦はいつもこわい。

 でも大丈夫だ。なんとかなるんだろ?

 

『なる』

 

 だそうだ。

 性格は歪んでるが、頭と力は本物だから心配するな。

 

「でも……」

 

 お爺さんに怒られたら、私たちが無理矢理連れ回したと言ってやる。

 お前が怒られることはない。

 

「…………ん」

 

 少女はゆっくり立ち上がった。

 私は、少女の頭を優しく撫でる。

 

「汚い手で髪に触らないでください」

 

 少女の腕により、私の手はパシと払いのけられた。

 

『これがナデポならぬナデパシ伝説の始まりである。どうにも語呂が悪いな』

 

 なんなの?

 なんでそこまでされんといかんわけ?

 

『実際、きれいな手じゃないからね。さっきも破片持ってたし、岩もベタベタ触ってた。お尻はぼりぼりかくし、鼻くそをほじることだってある。……まぁ、年相応の強がりでしょう』

「ボス部屋まで案内しなさい」

 

 釈然としないが、ボス部屋まで少女と行くことになった。

 

 

 ボス部屋に入り、相変わらず破片が散らばり放題だ。

 

『じゃあ、水かけて』

 

 そんなシュウの指示にしぶしぶといった様子でザフィリは魔法を唱えた。

 水がかかると地面の破片が鏡へと次々に戻っていく。

 

『じゃあ、外に出てちょっと待ちます』

 

 すぐまた外に出る。

 

『これで復活するでしょ』

 

 へー。

 また挑めばいいんだな。

 どうせ楽勝だろ。

 

『二人で挑んでね』

 

 ……え、ザフィリもいるの?

 

『当たり前でしょ。ボスを攻略するために必須だよ』

 

 一人でも勝てるじゃん。

 

『あれはバグをバグで殴ってるだけ。意味がない』

 

 普通だと倒せないって話してなかった?

 

『普通だと関係者を連れて行けないからね。もはやこれは普通じゃない。普通じゃないチートなダンジョン破壊が、普通じゃないチートなダンジョン矯正に変わる』

 

 ……そんなに変わってなくね?

 

『大きく変わるよ。ただ、メル姐さんはそれを自覚できないだろうなぁ』

 

 よくわからんけど、どうすればいいんだ。

 

『突っ立ってれば勝てるよ。大切なのは映像の中身じゃない。映像が何なのかだ』

 

 首をかしげつつもボス部屋に入る。

 

 部屋の様子は戻っていた。

 四面、床、天井を鏡に囲まれ、無限に部屋が続いて見える。

 さらにその鏡には私と、新たにザフィリの姿が映る。

 

 部屋の中心にある、床の黒いところ、謎の棍棒が刺さっていたところに立つ。

 それを合図にしてボスが動いた。

 

 鏡の中の私とザフィリが一斉にこちらへと向かってきた。

 ザフィリはその様子を見て、私の服をギュッと掴む。

 

 ところがボスの足は止まった。

 私の姿のボスは鏡からでかかったところで止まっている。

 

 問題はザフィリの姿のボスだ。

 彼女の姿をした存在は、鏡から出られず、鏡面に手を触れている。

 

『これが映すと写すの違いだ。メル姐さんは写されてる。だけど、ザフィリは映っているだけだから、こちらに出てこられない』

 

 なんとなくわかったが、この後は?

 

『ボスは思考を開始する。ミラーテストの始まりだ。メル姐さんは映らず、ザフィリは映った。それはなぜか? ザフィリは厳密には人間じゃない。ボスの思考から生まれた副産物だ。ボスもそこは理解する』

 

 らしいね。

 どう見ても人間にしか見えないんだけど。

 おっと私の姿がどんどん消えていくぞ。

 ついでにザフィリが鏡面から離れ、私にしがみついてる姿になっている。

 まあ、私は映らないんだけどな。

 

『無限に近い有限のザフィリを前にしてボスは考える。幾万の像としての自分より、目の前のザフィリを理解することが自分を理解することに繋がるとね。それには、複数の鏡なんて不要だ。物事は単純に、数を少なくした方がわかりやすい』

 

 床、天井、右、左、入口側の鏡が正面の鏡へと動いていく。

 鏡に鏡が吸い込まれていくようでなんだか不気味な光景だった。

 

 ついにボスは一枚の鏡となった。

 幅も高さも私と同じくらいになり、ザフィリの正面に立った。

 

『ボスは考える。鏡もどきの自分の姿が消え、自分から生まれた存在だけがそこにあるのだ、と。果たして、自分とは何なのか? このような存在を生み出す自分って何? 自らの生み出したものはこれだけではなかった。ボスは自らの生み出してきたモノを思い起こす』

 

 鏡の像が変わった。

 人、モンスター、街の中、景色など様々な景色が映る。

 

『ボスにはわからない。こんなものを生み出すことのできる自分がなんなのか? 該当するモノをボスは知らない』

 

 鏡の映像どころか、鏡の形もぐねぐねと歪んでいる。

 

「おじいちゃん、お姉様、ケオラヴァ、フロガ、都市の人たち、高原、湖……。みんな私の大切なモノ」

 

 映像がなんなのかわからん。

 でも、この鏡に映っているモノがザフィリにとって大切なものだというのはわかる。

 

 そうすると、なんだろうか?

 ザフィリがこの鏡の正体を示していないか?

 

『それは?』

 

 私は知らないが、この鏡が映し出してるのは全部この山の景色なんだろ。

 ザフィリはこの山全体を大切に思っていたんじゃないか。

 それをこの鏡が生み出して映すってことは――。

 

 この鏡はカーススそのものなんじゃない?

 

『そう。俺も同じ結論に至った』

 

 でも人間が映らないのはなぜだ?

 

『人間を映さないんじゃない。カーススしか映さないんだ。自らをカースス、それに連なる一員だと認識すれば、人間でも映るようになる。もしもこの鏡が外にあって、住人と外の人が来ればすぐに気づけただろう。ボス部屋に閉じ込もって、内側を映そうとして一人で考え込んだのがまずかった。映すべきは外側にあった』

 

 鏡もどきもどうやら同じ結論にたどり着いたらしい。

 

 鏡は、どろぉっと液体のように地面に垂れていく。

 落ちたところから、鏡面が広がり、またしても部屋を鏡が覆った。

 

『さて、見たかったのはここからだ』

 

 鏡には景色が映し出された。

 もう鏡ですらないな。……元から鏡じゃないか。

 

『鏡ではない。しかし、今、カーススが自らの副産物を見つめ、自身とは何かを考え、あるべき姿を映し出そうとしてる。カーススは――鏡ではなく、鑑になろうとしているんだ』

 

 周囲の景色は本当に映っているもののだろうか。

 どんどんと外側へ広がっている気がする。

 

 風が吹き、木々の匂いを運び、足が踏むのは湿った地面だ。

 鳥が鳴いて縄張りを主張し、草むらから獣が様子を窺っている。

 

 

 

 鏡面はなくなり、世界の内側と外側が一つになりつつあった。

 

 

 

8.∀

 

 ん?

 どうやらぼんやりしていたようだ。

 

「おーい、どうしたんだ?」

 

 カエルムが引き返し、私に声をかけてくる。

 

「早く行こうぜ! エガタも待ってる」

 

 そうだった。

 奴に高原への道案内を頼んだのだ。

 弟のエガタも高原の上で地質だかなんだかの調査をすると言っていた。

 

「おっと! こんにちは、ザフィリ様! お散歩ですか」

「ごきげんよう。ええ、姉様と一緒に来ています」

 

 隣に突っ立っていたザフィリが答える。

 おっと、びっくりした。いつからいたんだろうか。

 

『ずっとそばにいたよ』

 

 そうだったか?

 

「そうでしたか! どうかお気をつけて。それよりメル、早く行こうぜ!」

 

 ああ。

 

「貴方」

 

 カエルムを追おうとすると、ザフィリに声をかけられた。

 姉のルヴィニには懐かれているのだが、こちらには何か嫌われている気がする。

 特に変なことはしていないはずだが、なぜだろうか?

 

『わからないなぁ』

 

 だよなぁ。

 それより何か用だったか?

 

「これがカーススです」

 

 …………いきなり何を言ってるんだろう。

 

「これが私の守りたかったモノ。大切なモノです」

 

 はぁ、そうか。

 いきなり語り出すほどのことなのか。

 とりあえず感想でも言っておこう。

 

 この山はいいな。

 自然は多いし、都市も東西に二つもある。

 住んでいる人も良い人が多く、飯もなかなか上等だ。

 

 それになによりダンジョンが五つもある。

 初心者クラスのアペルピスィア灰景。

 初級の水鏡洞穴スペクルム。

 中級のクラティラス高原。

 超上級の剣尖アステリ。

 

『ふぅん、残る一つは火口?』

 

 ん?

 そうだろ。何を言ってるんだ?

 その攻略でカエルムや双子姉妹と知り合ったじゃないか。

 

 攻略済みの上級スィスモス火口をなくしても、まだあと四つも攻略できる。

 本当に楽しい山だ。まるでこの山が一つのダンジョンだと錯覚してしまいそうになる。

 

「わかればいいのです。堪能なさい」

 

 満足げに歩き去って行く。

 なんだったんだろうか。

 

『わからなければいいのです。堪能なさい』

 

 なんでお前も満足げに言うんだよ。

 

『かまってちゃんの真似をしてみました』

 

 まるで聞こえているかのように、ザフィリがこちらを振り向いて睨んできた。

 しかし、ちょうど姉が迎えに来たようで一緒に歩き去って行く。

 

 さて、私もカエルムを追うとしよう。

 

 ダンジョンを越え、都を越え、人を越え、またその先にダンジョンがある。

 カーススは、あらゆるモノを受け入れ、そして育んでいる。

 この山には求めるモノの全てがあった。

 本当におもしろい山だ。

 

 

 

 水たまりに映る青空を飛び越え、私はまた一歩山を登った。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。