ギルドは凍り付いた。
もちろん実際に凍ったわけではない。
耳ざとく私の声を聞いたものが、話を広げあまりの内容に固まっているだけだ。
それはそうだろう。
もしも私があちら側にいれば、同じように固まる。
ウラキラ洞穴を一日で制覇した。
ベテランのパーティーなら別におかしくはない。
しょせんは初級ダンジョン。
しかしだ。
昨日、初心者の森をようやく制覇した初心者新卒がソロで制覇した。
しかも、たったの一日で。
信じられるはずがない。
ところが、現に私はドロップアイテムある「麗しきスケルトンクイーンの鎖骨」を提出し、その代わりにシルマ神殿の入場許可を受け取った。
ギルドによる公認だ。噂は事実へと裏打ちされる。
いろいろと突っ込まれると面倒だ。
いつものようにさっさと立ち去ろう。
「おい。メル! どんな汚い手を使いやがった?」
昨日も私に突っかかって来た奴だ。
汚い手と言われると返す言葉もない。
無視して通り過ぎようとしたが、肩を掴まれた。
「ちょっと待てよ。昨日ようやく初心者の森を制覇したおめぇが、今日はウラキラ洞穴を制覇? そんなことありえねぇだろうが! 言えよ。誰を殺したんだ?」
最後の言葉に我慢できず、男の腕を掴んだ。
捻ってやろうとは思った。
――だが、まさか腕が逆に曲がるとは想像してなかった。
鈍い音が響き、再びギルドの中は静寂に包まれた。
ついで男の汚い叫び声があがった。
本当に自分がやったのかと驚き手を見つめる。
それもすぐに落ち着き。転げ回る男を見て薄い笑みが出る。
――いい気味だ。
すぐに男の仲間が駆け寄ってくる。
ギルド内で剣を抜くのは御法度だ。
ただ、ある程度の殴り合いは大目に見られている。
これは乱闘になるな、と覚悟を決めた。
数日前の私ならともかく、今ならなんとかなる。そんな気がした。
乱闘にはならなかった。
男の仲間は私に怒りではなく、恐怖の目を向けた。
ギルドを見渡すが、誰もが私を彼と同じ目で見つめている。
目を逸らすものさえいた。
もしも私があちら側にいれば――目を逸らすかもしれない。
その視線を背中に浴びて、何も言うことなくギルドの扉を押した。
家に戻り、昨日と同様、やっぱり自室にこもる。
シュウはなんと言うだろうか。
剣の柄をそっと握る。
笑い声が頭の中に響いた。
『いやぁ〜、さすが姐さんだね! 腕を折るとは思わなかったよ!』
「私は……私は、折る気など毛頭なかった」
そう。私には奴の腕を折る気など微塵もなかったのだ。
「あんなに力が出るとは思ってなかったんだ!」
『そうかもね。メル姐さんの能力は以前とは比べものにならないほど向上してるからね。デコピンすれば大抵の人間は意識が人工衛星とランデブーするレベルだよ』
なんだかよくわからないが、私は想像以上に強くなっているらしい。
たしかに足の速さや剣を振り抜く力が上がっているとは感じていた。
まさか、あれほどとは考えていない。
それにだ。
「私はあんなことをするつもりはなかったんだ!」
『へぇ、本当に? じゃあ、男が床を転がり回ったとき。なんの感情も抱かなかった?』
「それは――」
言葉に詰まる。
『あのむさくさくて汗臭い、目も当てられないおっさんが気色悪い声を出して床に転げ回ったとき姐さんはごめんなさいとでも心の中で思ったの?』
思って、ない。
そんなことを思わなかったはずだ。
むしろ私は――、
『「いい気味だ」って感情を抱いたんじゃないかなぁ、違う?』
その通りだ。
まさにその通りに思ったはずだ。
今までさんざん私を馬鹿にしてきたあいつの転がる姿を見て、気分がよくなった。
それでも……
「それでも私はあそこまで――」
『姐さん。どうして言い訳をするんだい。俺は姐さんを責めてなんかないよ。むしろ、ちょうどよかったと考えてる』
ちょうどいい……?
こいつはいったい何を言っている。
今までもよくわからないことを口走っていたが、今の台詞はこれまでの比ではないくらいに理解できない。
『いいじゃないか腕の一本や二本。人体には二百近くの骨がある。それが一本折れただけ。たいして重要でもない腕の骨。まして治らない訳でもない』
違う。違うんだ。
そういうことを言っているんじゃない。
『わかってる。そういうことじゃないって言いたいんでしょ。自分ではそうしたいとは思ってもいなかったのに、想像よりも遙かにひどいことになっちゃって姐さんはそれを悔いてる。自責の念ってやつだね』
口に出されると、なにか別のものになった気がしないでもないが、きっとそうなのだろう。
『力を付けすぎたね。思い出せるかな。ギルドの人たちが向けた目を。尊敬でも、怒りでも、哀しみでもない。純粋な恐怖の目。自分には理解できないものを見ようとする目』
目を閉じてもありありと浮かび上がる。
今までのあざけりとはまったく異質の感情が私に向いていた。
『姐さんには二つの道がある。一つはこのまま止まることなく突き進む修羅の道。もう一つは来た道を引き返して、無能な人間として生きる道。停滞はないよ。それは死だからね』
修羅の道はわかる。このまま上を目指し夢を追う道だ。
もう一つの道は――、
「引き返すなら、お前はどうなる?」
『簡単だよ。誰か他の冒険者にでもあげてくれればいい。捨てるのは勘弁してください。あと、誰かにあげるなら、なるべく年上でむちむちの女性がいいな。わっふるわっふる』
相変わらずふざけた調子でシュウは語る。
「本当にいいのか?」
『そりゃあ、いやだよ。メル姐さんは俺を拾ってくれた恩人だしね。一緒にあちこち回るのも楽しそうだ。それになにより体つきが最高だ、そそられちゃう。……でも、責任を感じてるんだ。俺の欲望につきあわせて、急激に強くしちゃったからね。強大な力は見えないところにも作用するからさ。いつかはこうなるって思ってた。それが早い内でよかった。今回はあのむさくさい男の骨一本で済んだけど、次はどうなるかわからないからね』
さきほど話していたちょうどいいとはそういうことか。
「突き進むと……また私はあの目に晒されるのか」
『いや、そうとは限らないよ。ある程度までは恐怖だろうね。でも、その限度を超えてさらに突き進むと目すら向けられなくなる。大勢にいて、ただ一人。誰の目にも止まらない。止まれない。そう。孤高――』
言い換えると、ぼっちだね。あれ……今と変わんないぞ。
「一晩考えたい」
これは逃げではない。
明日の朝には答を出す。
シュウはただ『お休み』と言い残した。
朝になって私はシュウを握る。
『おはよう、姐さん。答は出たかな?』
「ああ、行くぞ」
『どこに行くの、ラブホ?』
「ラブほ? シルマ神殿だ」
『孤高なぼっちになるの?』
どうやらシュウは私がぼっちの道を選んだと思っているようだ。
それは違う。
「引き返せば私は無能なぼっちだ。だが、突き進むならぼっちではない――お前は私と一緒に来るんだろう。二人ぼっちだ」
『メル姐さん……それはセンスがない。ナンセンスだ』
おい。なんでこういうときだけ真面目になるんだ、貴様は。
『だけどまあ、俺は姐さんの剣だからね。死ぬまでお供させて頂きやすよ姐御。ついでに初めても俺にください』
剣の腹をベッドの角にぶつけてやった。
エルメルの町。
町の周辺に現時点で存在する三つのダンジョン。
なけなしの森、ウラキラ洞穴。
そして最後の一つ――シルマ神殿。
遙か昔は宗教的な施設として機能していたらしい。
やがて宗派が衰退し、神殿だけが取り残された。
そこにはモンスターが住み着き、ダンジョンとなってしまった。
ウラキラ洞穴と同じく光の射さない暗い廊下。
いまだに発見され続けている無数の隠し通路。
侵入者を止めるためのトラップ。
当然、モンスターも強く厄介なものとなる。
鎧を着込んだリビングデッド。
魔法を使うかつての教徒の幻影。
群れをなす人食い犬。
危険度はウラキラ洞穴の比ではない。
初級者だけのパーティーで太刀打ちできる水準を超える。
そんなシルマ神殿を灯りも持たず、たった一人で突き進む冒険者。
――私だ。
灯りの問題はウラキラ洞穴と同様にさあもなんちゃらで解決している。
トラップについては、シュウが事前に気づき注意をしてくる。
どうやらどこにどんなトラップがあるのかは見ればわかるものらしい。
隠し通路も手跡や足跡から判断し、罠の少ない道を進む。
そうなると残る問題はモンスターだ。
リビングデッドは硬いが、動きが遅く数も少ないためさほど問題ではない。
警戒していた魔法は、シュウの魔法散乱とやらでほぼ無効化した。
麻痺の付与確率上昇も得たことで、この二匹は問題なくなった。
唯一にして最大の問題は犬だ。
やつらは複数で囲ってから襲いかかる。
視界だけではなく、音や臭いでも追ってくる。
私が得意とするヒットアンドアウェイも奴らは足が速いためやりづらい。
さらに牙には毒があるときた。
シルマ神殿における死亡理由のトップが犬である理由がよくわかる。
私も四苦八苦した。
何度か挟み撃ちをされ、腕と足を噛まれた。
幸い、私は毒に耐性があるらしく、体調は変化なし。
噛まれた傷もすでに治った。シュウの吸収効果で私も回復するらしい。
回復とはいっても正面から斬り合えるほどではない。
なんとか撃退したものの、血の臭いと遠吠えからさらに仲間が寄ってくる。
隠し通路や罠を利用し、なんとか乗り越えてきていた。
中級者向けともなるとやはりソロでは厳しい。
――そう思っていた時期が私にもありました。
『メル姐さん。新しいスキルを選択したから』
流れはシュウのこの発言から変わった。
私がどんなものか説明を求めたが、奴はすぐにわかると口にするだけであった。
その後、またもや犬に囲まれた。
一匹や二匹ではない。数十匹の犬が私を囲む。
どうする。
どうすればいい。
逃げるにも全方位を囲まれ、退路は断たれている。
『うーん、獣姦ものはちょっと好みじゃないんだよね。……いや、でも俺がケダモノになれるならありかもしれない。悩みどころだ』
シュウは余裕そうだ。
どうしてこいつはこの状況で落ち着いていられる。
おいっ、なにか策はないのか?!
『あるよ。そうカリカリしなさんな』
あるのか?
『どこでもいいから一方向に向かって斬りかかってみてよ』
後ろから襲われたらどうする。
『細かいこと気にしてると太るよ。個人的に、姐さんはもうちょっと肉がついてもいいと思うんだよね』
いろいろ言いたいこと、やってやりたいことはある。
ひとまず現状を打破すべきだ。
シュウの言うとおり、私は犬たちの一点に向かって斬りかかった。
異常にはすぐ気づいた。
斬りかかった周囲の犬がばたばたと倒れていく。
『姐さん。うしろの奴も斬っちゃって』
考える暇もなく振り向かされる。
すぐ後ろには犬が倒れている。
襲いかかってくる犬はわずか二匹だけだった。
その二匹も片方を斬ると、もう片方は斬らずして倒れてしまった。
『さあ、倒れてる奴を片付けようか』
待て待て待て待て。
これはどういうことだ。
私が斬ったのはせいぜい五匹程度だ。
周囲には先ほどまで私を包囲していた犬っころどもが倒れ込みぴくぴくしている。
『さっき取ったスキルは「伝染」ってやつなんだ』
「伝染――」
病気が移るやつのことか。
『そうそう。メル姐さん伝染って言葉知ってたんだ! 驚きだよぉ。……あっ、やめて。俺、体硬いから、そっちには曲がらない!』
片足で剣の端を踏み、もう片方の足で剣の中ほどにゆっくり体重を載せていく。
『とにかく、ある一体に毒やら麻痺やらのバッドステータスがついたとき、その周囲にいるモンスターにも同じ症状を付与するんだ。周囲の詳しい範囲がわからなかったけど、思ったよりも広いみたいだね』
私が斬りかかった反対方向にいる犬も倒れている。
距離にして十歩以上はあるだろう。
『さすがチートだね!』
もう何も言わない。
私がすることは、倒れている犬どもにシュウを突き刺していくだけの簡単なお仕事だけだ。
そこからは敵なしだ。
モンスターが数体出てきても、一体を斬りつければ他の敵も片付く。
さらに恐怖付与とやらも得たらしく、斬りつけたモンスターが私に背を向け逃げ出すこともあった。
『とうとうモンスターからも避けられるようになっちゃったね。真のぼっち冒険者メルの誕生である。なお、剣の才能はない模様』
うるさいな。本当にうるさい。
お前が黙るスキルはないのか。
……ないらしい。
とりあえずサクサク進める。
一太刀入れると毒、麻痺、恐怖のどれかはつく。周囲にも伝染する。
あとはトラップと遠距離からの魔法に気をつけてさえいればいい。
そうして目の前には大きな扉。
特に注意書きはされていないが、雰囲気でわかる。
『ボス部屋だろうね』
私も頷く。
またしても一日足らずでボスに来てしまった。
ウラキラ洞穴よりは苦労しただろう。
それにしても早い。早すぎる。
「早すぎないだろうか」
『早くたって仕方ないだろ! 初めてだったし、気持ちよすぎて我慢できグフッ』
壁に叩き付けてやると静かになった。
なんだ。こうすれば黙るのか。
今度からこうしよう。
『ボスはミノタウロスだっけ』
「ああ。上半身が牛で下半身が人間。斧を持って襲いかかってくると聞く」
その強さは噂に聞いている。
斧の一撃で体が真っ二つになった。
体当たりで壁がめり込んだ。
力が強いという話は多い。
前衛で数人がかく乱して、後ろから魔法で攻撃が定石らしい。
さすがは中級者向けのダンジョンのボスといった話だ。
『メル姐さんは魔法が使えないし、ソロだから定石通りに戦えない。逃げ足を重視して防御もさほど高くない。でもさ――』
当たらなければどうということはない。
その言葉に押され、ボス部屋の扉をくぐった。
ボス部屋の床はなにやら円形に大きな魔方陣が刻まれている。
魔方陣の外縁にフードを被った人が数人。
中心に向けて手を伸ばし、ぶつぶつと呪文らしきものを呟く。
その中心には男が一人。
呪文は力強く放たれた一言を最後に終わる。
外縁に立っていた人たちは消えていなくなる。
一方で、中心に立っていた男が叫び始めた。
男の服は破れ体が肥大化していく。
上半身からは毛が生え始め、顔も人の形ではなくなる。
叫び声が止まると、人外の瞳がこちらを捉えた。
男だった存在は床に置いてあった斧を手に取る。
その斧の大きさたるや。
人の胴よりも遙かに大きい。
あれの一撃は受けるわけにはいかない。
「でかいな……」
『ああ、なんだよあの大きさは……あれじゃマグナムどころか榴弾だ。俺も男として自信を失っちまうよ』
「お前は何を言ってるんだ」
『何って、ナニだけど』
「えっ?」
『えっ?』
……真面目に会話をしようとした私が馬鹿だった。
ミノタウロスは足音を大きく響かせ私に近寄ってくる。
あちらの初手は横からのなぎ払い。
防ぐことは難しいと考え、伏せることでその一撃を躱す。
そこまで速くはない。これなら大丈夫だ。
『上から来るよ』
その言葉を聞いて、上を見ると振り上げた斧が落ちてきた。
身を転がしてその一撃を避ける。
斧が床に突き刺さったのか、抜くのに時間がかかっている。
これを好機として近寄り、太刀を入れる。
三度目の斬撃でミノタウロスが状態を変化させた。
動きが鈍くなる。毒が入った。
その後も応酬の中で何度か切り刻む。
ミノタウロスはしばしば膝をつくが、すぐに起き上がる。
『状態異常は効くみたいだけど、快復がめちゃくちゃ速いね。まあ、有効は有効だから動きが鈍っている間に斬りつけていけばいいかな』
シュウの言うとおり、動きが止まっている間にミノタウロスを切り刻んでいく。
一人でも十分に戦えている。十分どころか私の方がはるかに有利な状況だ。
ときどき斧を振り回してくるので、それに注意しつつ斬っていくとミノタウロスは一際大きな叫び声をあげた。
断末魔だろう。
剣線を下げ、ほっと息を吐く。
『横に飛んでっ! 速くっ!』
シュウは珍しく焦った声を出す。
その声に驚きながらも、足を右へと動かす。
次の瞬間、体のすぐ横を風が駆け抜けていった。
左手にだらりと下げていたシュウに何かがかすり、そのまま手から離れた。
ミノタウロスが突進をしてきたと気づいたのは、シュウが床に転がる音を聞いたあとだ。
後ろから壁にぶつかる音と瓦礫が崩れる音が聞こえてくる。
すぐさま振り向くと、ミノタウロスも私へと振り向いた。
目と目が合う。
ミノタウロスの目はまだ死んでいない。
体はぼろぼろだが、まだ戦う意志を宿している。
一方の私は目立った怪我はないが、戦う意志が消えていた。
勝ったと思っていた。
視界が暗くなる。
ああそうだ。
今の私はシュウを持っていない。
さあもなんちゃらの効果がなくなったのだ。
色鮮やかだった視界は黒に染まる。
それでも巨体が私に近づいてきているのはわかった。
シュウの位置もなぜだかわかる。
だが、それは手が届く距離ではない。
なによりもミノタウロスのすぐ側だ。
近づくことなどできない。
巨体はすでに私の前にある。
ミノタウロスの荒い息が吹きかかってきている。
私は動かないし、動けない。
逃げろと頭の中で命令しているものの、足が地面にくっついているようだ。
「あぁ、あっ……」
ミノタウロスは斧を振りかぶる。
鈍い光がそうしていることを伝える。
「ひっ!」
私の悲鳴に意味はない。
斧は殺意を持って振り下ろされた。
音と衝撃が私を包んだ。
私のすぐ隣。
斧の磨かれた刀身が、私の姿を映している。
それも一瞬で斧に映る私は光とともに消えていった。
ミノタウロスも光とともに消えていく。
そこには小さな光が残る。
理解が追いつかない。
私はもう死んでいるのだろうか。
床にへたり込み、茫然としていた。
どれくらい経ったかわからないが、ようやく自分が助かったことを自覚した。
体をゆっくりと起こす。
ドロップアイテムの小さな光を無視してシュウを拾う。
『体当たりで弾かれたときに毒が入ってなかったら――死んでたのは、姐さんだったよ』
「すまない」
『謝って欲しいんじゃない。チートでナイスガイな俺がいるとはいえ、姐さんはソロ――ぼっちなんだ。相手が確実に死ぬまでは油断しちゃ駄目だめだよ』
「すまない……」
『でも、無事で良かったよ。一人でここに残されるのは寂しいからね。とりあえず結果オーライさ。ダンジョンクリアおめでとう』
「…………すまない」
私はシュウを固く握って、刀身に額を付ける。
刀身は冷たく、しかしどこか温かい。
シュウも困ったように小さく笑うだけで、それ以上は何も言わなかった。
エルメルの町、周辺ダンジョンの三つ目――シルマ神殿の制覇は、私にとって苦いものとなった。