チートな剣とダンジョンへ行こう   作:雪夜小路

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蛇足18話『メル、友達いないってよ』

 アーウェルサの町にやってきた。

 ここには初級ダンジョン――アミークス巌窟がある。

 目的地と定めたセルメイ大聖林を前にしての最後のダンジョンだ。

 

 途中すれ違う人の様子からもわかっていたことだが、町の雰囲気が良くない。

 なんでも、この地域を治めるノトス辺境伯のやり方に反対している連中が暴れているとか。

 いろいろと揉めているようだが、似たようなことは今までもたびたびあった。

 ダンジョンの攻略にはさほど大きな問題にはならない。

 

 町に着いてさっそくギルドに行くと、冒険者の姿はほとんど見えない。

 冒険者の姿はほとんどいないというのに、ギルド職員は右に左にと忙しい様子だ。

 受付まで進み、さっそくアミークス巌窟の情報を手に入れようとするが――。

 

「申し訳ありません。アミークス巌窟は現在立ち入りが制限されています」

 

 そんな馬鹿な。

 なぜだ?

 

「理由については、お話しすることができません」

 

 えぇ……。

 いつになったら入れるの?

 

「現状では何とも言いかねます。ダンジョンの情報だけなら提供できますが、どうされますか?」

 

 うーん。

 聞くだけ聞いておこうかな。

 

「かしこまりました。冒険者証の提示をお願い致します」

 

 はいはい、と冒険者証を提示する。

 

「……えっ」

 

 受付嬢は冒険者証を見て、私の顔を見上げる。

 またしても冒険者証に目が行く。

 

 だいたいどこに行ってもそんな反応をされる。

 仕方ないだろう。シュウも見た目だけなら初級って言うからな。

 

『初級……?』

 

 何か言いたいことがあるようだな。

 

「し、失礼致しました。極限級冒険者、メル様ですね。大変申し訳ございません。少々お待ち下さい」

 

 受付嬢は一礼すると、早足で奥へ消えてしまう。

 これはあれだ。嫌な予感がする。面倒ごとに違いない。

 

 すぐに奥へと案内され、そこにはうっすら笑みを浮かべた男が立っていた。

 椅子を勧められ、腰をかけるとその男――ギルド長は世間話を始める。

 

 早く要件を言って。

 

「それでは――」

 

 うっすら浮かんでいた笑みが消える。どうやらここからが本題だな。

 ギルド長としては珍しく好印象である。あからさまな笑みは見ていて気持ちが悪い。

 

「メル様は、アーウェルサの現状をご存じでしょうか?」

 

 なんか暴れてる人たちがいるらしいな。

 そんなことよりダンジョンに行きたいんだが。

 

「まさにその件でございます。ノトス伯の治政に反対する方々がフロンス盆地に集まっているのです。山々に囲まれた土地を根城にし、今も抵抗を続けています」

 

 そうなんだ。

 さっさと攻め込んでしまえばいいだろうに。

 

「山道は狭く急峻、攻めるには難いでしょう。また、抵抗側は山賊を生業にしている方々が多く、土地に明るいということもあります」

 

 そうかそうか、大変だな。

 で、その話とダンジョンの話がどうつながるんだ。

 

「アミークスからフロンスまで行く道は大きく四つ。そのうち三つが先に述べた山道です」

『残りの一つがアミークス巌窟って訳ね。ボス部屋有りのダンジョンだから、攻略人数も制限されるだろう。抜けたところでの待ち伏せが容易だね。すでに冒険者に被害が出てるのかな』

 

 冒険者が、被害に?

 

「お察しの通りです。アミークス巌窟を攻略した冒険者が、フロンスで捕らえられました。これをうけて、アミークス巌窟に立入制限を設けた次第でございます。彼らは今も捕らわれております」

『ほぉん、そういうことね』

 

 そういうこと?

 

「さすがはメル様、そういうことでございます。ノトス伯にはこちらから紹介させて頂きますので、どうかよろしくお願い致します」

 

 ……どういうことなの?

 

 

 

 要するに私がダンジョンを攻略して、盆地側をかく乱してくれということだったらしい。

 タイミングを合わせて、ノトス伯の兵達が一斉にフロンスを攻めるとか。

 なんにせよダンジョンに潜れるというなら是非もない。

 

 より詳細な話をするためにノトス伯の屋敷に赴いた。

 縦よりも横に広い屋敷だ。周囲を塀で囲まれ、立派な門が開いて私を迎える。

 

「おお、メル殿。よくぞおいで下さった。お噂はこのような辺境でもよく聞こえております。かねてよりお目にかかりたいと思っておりました」

 

 部屋に案内され、伯本人から厚い応対を受ける。

 ノトス伯の見た目は若々しい。私よりもやや年上というくらいだ。

 ギルド長から聞くところによれば、昨年、父の急逝に伴い爵位と領地を継いだらしい。

 

「王都でも大層なご活躍をなさったと――」

「世間話をしている余裕があるの? 早く対応を話しあったらどうかしら」

 

 伯の隣に掛けていた女が話を遮った。

 最初に紹介を受けていたが、伯の婚約者で、どこぞの公爵令嬢らしい。

 ノトス伯が父の急逝の中、爵位と領地をつつがなく継げたのは彼女の影響が大きいと聞く。

 鋭い目つきに、一文字に結ばれた口元、見るに性格はきつそうだ。

 先ほどの言からでも十分に窺える。

 

「状況はファランギルド長から話があったとおりだ。一刻も早い解決が求められている」

 

 伯の顔には疲れが浮かんでいる。

 どうやらこの状況によほど苦戦しているらしい。

 

 父とは別のやり方を進めた結果、今回のような反乱に繋がった。

 現状の膠着状態がこれ以上続けば領民の心は離れる。

 一刻も早く状況を解決することが重要だ。

 ――シュウはそう話した。

 

「その通りですわ。これ以上、長引けば婚約の解消も有り得るでしょう」

 

 婚約が解消されれば、ノトス伯はただの青年に戻るのだろうか。

 

 はて?

 アナトリー嬢の方からノトス伯に婚約を求めたと聞いていた。

 その割に令嬢の対応は、ずいぶんと冷たいものだ。

 

『父親に命令されただけで、本人は乗り気じゃないのかな。まぁ確かに、この程度の事態を解決できないような奴に嫁ぐのは考えもんだ』

 

 人ごとなので好き勝手に言っている。

 そんなこんなで話は進んでいった。

 

 私はダンジョンを攻略した後、フロンスに抜けて徹底的に荒らす。

 その後、合図を出し伯の兵士が攻め込む段取りだ。

 大枠はそうなのだが、問題が一つ。

 

「首謀者は、優先的に処理して下さるかしら」

 

 アナトリー嬢のこの言が発端だ。

 そもそも誰が首謀者かわからないんだが。

 

「ヴォラスという輩ですわ」

 

 名前だけ聞いてもな。

 顔がわからないとどうしようもない。

 

「あの――」

 

 アナトリー嬢は、壁に掛けられている絵を指さした。

 壁には三つの絵が掛けられている。

 

 一枚は少年と壮年の男性、また婦人が描かれている家族写真。

 別の一枚はノトスとアナトリー嬢が描かれていた。

 彼女が示しているのは最後の一枚だろう。

 

「左に描かれている男です」

 

 三枚目の絵には男性が二人描かれている。

 右には今よりなお若いノトス伯が、そして彼の左隣には同い年くらいの青年が立つ。

 二人の両手には、何やら大きな毛皮が抱かれていた。

 

「首謀者が生きていると反乱分子を勢いづけます。優先的にヴォラスの処理をよろしくお願いしますわね」

 

 わかった。

 

 ダンジョンでも、ボスが生きていれば雑魚にも影響がある。

 盗賊やそれに類する集団を叩くときも、頭から潰すようシュウから教わっている。

 

「待ってくれ。ヴォラス――首謀者は……、生きたまま捕らえて頂けないだろうか?」

「なぜです? ああ、そうでしたわ。私が貴方と初めて出会ったときも彼と一緒でしたわね。とても仲良くしていました。仲良きことは美しきかな。そう彼とは――お友達でしょうから」

 

 伯はすぐさま否定した。

 

「違う。友達だからではない。ヴォラスが首謀者だとまだ確定したわけじゃないからだ」

「捕らえた反乱分子から聞き出したでしょう。彼が首謀者で間違いありませんわ」

 

 他にもアナトリー嬢は、ヴォラスが首謀者であることを家庭環境、動機、手口の点から突きつけていった。

 

「わかっている! わかっているんだ。それでも……」

 

 伯は荒げた声をすぐに落ち着かせる。

 

「彼から直接話を聞くべきだ」

 

 そこで彼の主張は打ち止めになった。

 令嬢は無慈悲にも、そんな彼を追い詰める。

 

「考えていますか? その後のことを――」

 

 伯は唇を噛み、拳を握りしめ俯く。

 令嬢は彼を見ず、机に置かれたカップに手を伸ばす。

 口のついたカップが再び机に戻るまで、伯から答は返ってこなかった。

 

 その後ってどうなるの?

 目線だけでシュウに尋ねる。

 

『見せしめに公開処刑か、獄中で殺すか。どっちにしろ処刑は免れんでしょうな。他の反乱分子も捕らえた後は、遅かれ早かれ殺すでしょう。お友達の首を伯自身に斬らせるよりは、見えないところで殺してやってくれっていう、アナトリー嬢なりの優しさとも受け取れる』

 

 それなら後で、こっそり私に言うべきだろう。

 直接伯本人に突きつけなくても……。

 

『そうだねぇ。まどろっこしいなぁ。直接言ってくれればいいのに』

 

 まったくだ。

 珍しくシュウと意見が一致した。

 

「仕方ありません。首謀者は捕縛にしましょう」

 

 最終的に、首謀者は生かして捕らえるということで決着がついた。

 

「それでは冒険者様。美しい終わりになるよう、くれぐれもよろしくお願いしますわ」

 

 アナトリー嬢が締め括って作戦会議は終了する。

 

 

 

 なんだかんだあったが、誰もいないダンジョンを攻略できるのだ。

 悠々と人目を気にすることもなく駆け回れる。

 素晴らしいことじゃないか。

 

 アミークス巌窟は基本的に一本道だ。

 前半はアーウェルサからボス部屋まで、後半はボス部屋からフロンスまでと考える。

 伯が兵を揃える時間もあるから、前半はゆっくり攻略できるだろう。

 後半は寄り道せずに一気に出口まで駆ける。

 

 ダンジョンを出たらフロンスを徹底的に荒らして信号を打ち上げれば良い。

 ヴォラスとかいう首謀者を捕らえてしまえば終わりだ。

 帰りはゆっくりダンジョン攻略できる。

 

『少なくともこの時のメルは、そう信じていたのだ……』

 

 何だよその、できませんよみたいな言い方。

 

 さて、攻略だがこれといって特筆すべきものがない。

 そもそもただの通路だった洞窟がダンジョン化したものだ。

 寄り道すべきところも少なければ、モンスターも初級なのでコウモリやクモ、イモリと弱い。

 熊っぽいボスも一撃で光に消えてしまって困ったものだ。

 

『ここからだよ。俺なら出たところにトラップを仕掛ける』

 

 ボス部屋のフロンス側出口を前にしてシュウが注意を促す。

 ここからはモンスター以外に、罠と人間の攻撃も注意が必要なのだ。

 ありがたい。出口の道も同じだと物足りないと感じていた。

 せいぜい楽しませてもらおうとしよう。

 

 

 シュウの言うとおりボス部屋から出たところにトラップが仕掛けられていた。

 足下にかけられた糸、地中に埋められた魔法式を避けながら、時には破壊して進む。

 襲いかかって来た人間も返り討ちにする。

 

 ダンジョンから出た後も同様だ。

 人間と罠という道しるべがあるため迷わず進める。

 フロンスの門もステルスで飛び越え、門番を状態異常で眠らせる。

 

『あそこか。これまたずいぶんとわかりやすい。一気に……いや、門から行くか』

 

 門の上から集落の様子を俯瞰し、シュウはすぐに首謀者の所在を突き止めた。

 すぐにそこへ向かうのかと思いきや、他の門を開くとのこと。

 伯爵の兵が攻めやすくするためのようだ。

 

 三カ所の門を力尽くで開き、壊す。

 その頃にはフロンスの集落は騒ぎになっていた。

 

『メル姐さん、ゲロゴンブレスを上に』

 

 ゲロゴンブレスを上空に撃つ。

 これを見れば伯爵の兵達は一挙に押し寄せる手はずだ。

 

『道の二カ所は一気に攻めるだろうね』

 

 三カ所じゃないのか?

 

『逃げ道を無くした鼠は猫を噛む。一つは逃げ道を残しておくもんだよ。山を越えてきたところを無理せず捕らえれば良い』

 

 解説がなんだかつまらなさそうだ。

 

『まあね……。さて、首謀者のところへ向かうとしようか』

 

 しかし、この騒ぎだ。

 元の所にまだいるとは考えづらい。

 どこかへ逃げてしまっているのではないだろうか

 

『いるよ、絶対にね』

 

 何の根拠があるとは言わず、シュウは断言する。

 そのまま先ほどの見つけていた首謀者の建物に向かう。

 目的の人物はそこにいた。絵で見た人物をやや大きくしただけなのですぐにわかった。

 

 ヴォラスだな。

 

 男に声を掛ければ、周囲にいた衛兵が襲いかかってくる。

 兵の一人にシュウでかすり傷を負わせる。

 

 それで全てが終わった。

 睡眠の状態異常のみを付与し、それが周囲に感染していく。

 

 フロンス中で同様に繰り返す。

 集落の中は横たわる人間で埋め尽くされてしまった。

 

『やれやれ、ここまでお膳立てされるとな。逃げ道の方も潰しとくか』

 

 私はフロンスを出て、山道へ逃げる者どもを眠らせていく。

 そして、山道を越えてきた兵達に、反乱分子は夢を見たまま捕らえられることになった。

 

 こうしてフロンスの反乱は作戦開始から一日も経たずに解決した。

 

『反乱はね』

 

 えっ、これ以上なにがあるというんだ?

 

『それについては、アミークス巌窟の道すがら話をしようか』

 

 うむ、今回はダンジョン成分が足りないと思ってたんだ。

 

 

 

 翌日になり、私はノトス伯の屋敷に来ている。

 

 部屋には昨日と同じメンバーだ。

 ノトス伯、アナトリー嬢、それに私。

 今日は、ここからさらに一名追加の予定がある。

 伯も令嬢も何一つ言葉を交わさない。重苦しい雰囲気の中で客を待つ。

 

 室外から複数の足音が聞こえてくる。

 足音が止まると、三度ほど扉がノックされる。

 

「連れて参りました」

「……入れ」

 

 ようやくノトス伯が口を開いた。

 武装された兵に引きずられるようにして、拘束された男が部屋に導かれる。

 

 男は昨日捕らえられたヴォラスだった。

 他の部屋から持ってきた、やや格の落ちる椅子に座らされている。

 

「お前達は下がれ」

「しかし……」

「下がれ」

 

 ノトス伯は有無を言わせない。

 兵達はそれでも抵抗があるようで、うろたえている。

 

「見てわかりませんか? ここには、かの冒険者様がいます。何も問題はありません。そうでしょう?」

 

 令嬢が私を見てくる。

 ヴォラスが暴れたところで何ともならないので私は頷き返す。

 兵達も昨日のフロンスの惨状をよく知っているようで、ようやく部屋から出て行った。

 

 四人になったが、空気は重いままだ。

 不思議なもので空気の重さというのは、人数が増えるほど軽くなる。

 相手が一人で、何を話していいかわからず沈黙しているときが一番辛く重苦しい。

 

 つまり、今は人数が増えてちょっと楽になった。

 それでも重苦しいことに変わりは無いのでちゃちゃっと話して欲しい。

 

「貴方が反乱の首謀者で間違いないかしら?」

 

 最初に口を開いたのは、アナトリー嬢だった。

 彼を生け捕りにした最大の理由を彼に直接尋ねた。

 

 ヴォラスは黙秘する。

 

「反乱の意思を持つ輩をフロンスに集め、彼らを扇動したのは誰なの?」

「……俺だ」

 

 低い声でヴォラスは肯定した。

 

「…………なぜだ?」

 

 ようやくノトス伯から出た言葉がこれだった。

 

「……お前のやり方が強硬すぎたんだ」

 

 ヴォラスと伯の視線が交錯する。

 

「お前も、そう思っていたのか?」

「ああ、だからこそ今回のようなことになった」

 

 伯が席を立つ。

 

「どうして? どうして言ってくれなかった?」

「言ったらやり方を変えたのか?」

 

 質問に質問を返す。

 どこかの誰かみたいで好きになれない。

 

「お前が言ってくれたなら、私は――」

 

 そう言って伯は力なく椅子に腰を下ろす。

 

「話は終わったようね。もういいわ。連れて行きなさい」

 

 令嬢が告げると、扉の外に控えていた兵士達が入ってきた。

 黙々とヴォラスの腕を引いて立たせ、部屋の外へと連れ去ってしまう。

 足音は徐々に遠ざかっていった。

 

 

 またしても沈黙だ。

 一人減ったので、やっぱり重くなったな。

 

 私は席を立って、掛けられた絵の前に立つ。

 

 ああ、やっぱり。

 この手に持っているのはボスのドロップアイテムだな。

 

 伯爵とヴォラスが描かれた絵。

 彼らの手には何かの毛皮が載せられていた。

 昨日見たときはわからなかったが、ダンジョンを攻略した今ならわかる。

 

 二人でダンジョンを突破した記念に描かせたんだろ。

 違うか?

 

 伯爵を見るが、何も返答をしてくれない。

 仕方ないので私は続ける。

 

 お前とあいつはパーティーであり、友達だったんだろ。

 そういう奴は私にもいる。

 

『えっ?』

「はい?」

 

 シュウどころか、令嬢まで疑問符を付けてきた。

 

 なんだよ?

 私にだって友達の一人や二人……二人はいないかもしれんがいたぞ。

 

『ダウトォォ!!!!!』

 

 シュウは叫び、令嬢も眉を寄せこちらを見て来る。

 何なのこいつら。まぁいいさ。

 

 パーティーだったならもっと考えてやれ。

 どうして奴が反乱の意思を持つ者をフロンスに集めたのかを。

 フロンスは山に囲まれている。攻めづらいが同時に逃げることも出来ん。

 もしも山を囲まれ、攻め入ることができさえすれば反乱分子を一網打尽にできる。

 

「……あっ」

 

 伯爵は席を立つ。

 手が何かを掴もうと力なく宙に彷徨っている。

 

 それだけじゃない。考えろ。

 どうして奴が、友達だったお前に相談をしなかったのかもだ。

 相談してもお前はやり方を変えなかっただろう。その先は血みどろの掃討戦だ。

 奴はそんな道をお前に歩んで欲しくなかった。だから、反乱者の先導に立ってお前の手を鈍らせた。

 実際、お前は攻めあぐんでいたな。それは山道が堅牢だったからじゃない。

 あそこにあいつがいたからなんだろ。

 

 伯はついに顔を上げた。

 彼の顔に迷いはない。そして、その足の行方にも――。

 

「どちらに行かれるおつもりですか?」

 

 すでに扉に手をかけていた伯に、令嬢が声をかける。

 

「彼は反乱の煽動者です。自供もありました」

「確かに奴は反乱分子の指導者だ。それでも私は行かねばならない」

 

 彼は振り返らずに答えた。

 

「犯罪者をかばい立てするつもりですか?」

「その通りだ。我が父祖の定めた法に照らせば奴は罪人だ。処刑は免れまい。だがそれは、私が変えてしまえば良いだけのこと」

 

 伯は扉を押していく。

 

「どうしても行くというのなら、婚約も考え直さなければなりません。それがどういうことかおわかりになりますわね?」

「破棄してくれて構わない。たとえ伯の位も領地をも手放そうとも、私は彼を失うわけにはいかない」

「なぜですか?」

 

 そこでようやく伯は私たちに振り返った。

 

「あいつが――ヴォラスが、私のかけがえのない友だからだ」

 

 軽く微笑み、誇らしげに伯は部屋から出て行った。

 

 

 

 颯爽と出て行った奴は良い。

 問題は残された者にある。

 

 数は二。

 むろん私と令嬢だ。

 空気がかつてないほどに重い。

 伯爵が追うところまでは、シュウも予想していた。

 しかし、その先を聞いてなかった。

 どうすんの、この空気……。

 

 何を言うかとびくびくしていたが、令嬢は窓際にすたすたと歩いて行く。

 窓からはヴォラスが連行されていく馬車に、伯爵が走って止めようとしている光景が見えた。

 

 令嬢は何も言わない。

 ジッと窓の下に映る景色を見つめている。

 

『令嬢の肩に手を置いて』

 

 え……、やだよ。

 

『答え合わせだよ。たぶん大丈夫だから』

 

 答え合わせ?

 それにたぶん付いてるじゃん。

 

『勘違いしてるようだけど、別に彼女は怒ってるわけじゃない。よく見てみなよ』

 

 下を睨んでいたように見えたが違っている。

 唇を噛み締め、どちらかというと泣きそう表情だった。

 

『早く肩に手を置いて』

 

 私は令嬢の肩に手を置く。

 彼女は軽く振り返ったが、さほど気にとめない。

 肩に載せた手を振り払うこともなく、眼下で繰り広げられる伯とヴォラスの話に見入っている。

 

『そして、こう言うんだ――「首謀者、捕まえた」ってね』

 

 言われるがまま、考えることもなくシュウの言葉を繰り返す。

 

「気づいてくれていましたね。ご配慮に感謝致します」

 

 令嬢は目線を動かさないまま、私に礼を述べた。

 

 …………いや、待て。

 シュウは何て言った? それで令嬢は何て返した?

 どういうことなの?

 

『首謀者はアナトリー嬢なんだ』

 

 ……どういうこと?

 

『反乱分子を煽動したのはヴォラスだけど、彼がそうするように仕向けたのがアナトリー嬢なんだ』

 

 ……えぇ?

 

『いろいろとおかしい点があった。彼女がヴォラスを首謀者って話したときに、動機と家族構成を語った』

 

 語った?

 

『語ったよ。そこはいいんだ。でも、それに加えて手口まで彼女は話してた。そんなことはあそこで話す意味がないし、知ってることがそもそもおかしい。まるでメル姐さんに、私はヴォラスと通じてますって伝えているようだった。伯爵様は責め立てられてて、思った通りに気づかずいたみたいだけどね』

 

 はぁ、そうなんだ。

 

『で、実際にフロンスにたどり着いてみれば、罠が道しるべみたいに続いてるし、ヴォラスの位置も明白だった。彼女からメル姐さんがそっちに行くぞってヴォラスに伝えたんだろうね。彼も逃げなかったでしょ』

 

 それは、そうだったな。

 彼女が首謀者ってことは認めるとして何のために?

 

 ……ってそれはさっき私が言ったことなのか。

 反乱分子を一網打尽にできることと、その反乱分子をできるだけ殺さないようにするためか。

 

『いや。それも多少はあるだろうけど一番の理由はそうじゃないと思うんだよね。別に反乱分子がいくら死のうとも困らないでしょう。でも、「美しい終わりになるよう」って、伯と仲良きヴォラスは殺すなよって遠回しに言ってた』

 

 なんだそれ。

 意味がわからない。

 この令嬢はいったい何がしたいんだ?

 

『なんとなくわかるんだけど、本当にそうなのか確かめようかと思ってね』

 

 どうすればいい?

 

『直接聞いてみればいい、話してくれるんじゃないかな』

 

 言われたとおり聞いてみる。

 どうしてこんな回りくどいことを?

 

 わずかに口は開いたが、言葉が紡がれない。

 

「冒険者様には友達がいるんですわよね?」

 

 ああ、いるぞ。

 

 シュウが何か言いたげだ。

 令嬢が喋るから黙っているんだろう。ずっと黙っておけば良い。

 

「私にはいませんわ」

 

 ぼっちか?

 

「いいえ。一般的に友達と呼んで良い人ならいます」

 

 いないのに、いる?

 どういうこと?

 

「彼女、あるいは彼らは『公爵の令嬢である私』の友人なのです。それはうわべだけの関係。お金と父の権力による関係。もしも私が公爵の娘でなくなれば、彼らとの関係は終わり。私自身、彼らのために何かをしてあげようと考えたことはありません。全て利害を前提にした関係。それは――私の思う友じゃありませんわ」

 

 まあ、そうかもしれんな。

 

「初めて彼らと出会ったとき、私は知ってしまったのです。彼らこそが真の友。二人の間にあるものを友情と呼ぶのだ、と」

 

 彼らとは、門の側で、なぜか何か殴り合いに発展している伯爵とヴォラスのことだろう。

 周囲の兵士が止めようとするが、伯爵は怒鳴り飛ばして兵を寄せ付けない。

 

「私は富も、権力も、美貌も、人望も、知謀も兼ね備えていましたわ。やろうと思えばきっと、兄や姉を謀略で消し、王の妃となり国を牛耳ることも容易でしょう」

 

 なんかすごいこと言ってる。

 

「……冒険者様は王とも懇意でしたわね。今の発言は聞かなかったことにして頂きまして?」

 

 聞かなかったことは無理だが、忘れることは得意だぞ。

 

「感謝しますわ。話を戻しましょう。私には全てを手に入れる自信と実力があります。ただ一つ――真に友と呼べる存在を除いて」

 

 そうなんですか。

 

「わかりません。彼らがどうして殴り合っているのか――、どうして殴り合っているにもかかわらずあんなにも楽しそうなのか」

 

 確かにあの二人は楽しそうに殴り合ってるな。

 私にもさっぱりわからん。

 

「私にはそんな彼らが輝いて見えるのです! 綺麗に磨かれた宝石よりも! 夜空を彩る星々よりも! 朝に滴る葉上の雫よりもなお!」

 

 そうだろうか。

 私には血まみれと痣だらけで倒れてるだけにしか見えないんだが……。

 

「冒険者様、教えて下さい。なぜ彼らはあんなにも眩しく見えるのでしょう?」

 

 彼らは互いに肩を寄せ合い起き上がった。

 

「私は、あそこには行くことができない。きっと彼らの輝きに当てられて消えてしまう」

 

 彼女は眩しそうに手をかざした。

 伯爵にはそれが手を振ったように見えたようで、力なく手を振り返してくる。

 互いに支え合う彼らの顔は、しがらみを感じさせない自由な笑顔だった。

 

「冒険者様……、貴方には、本当にいるんですか? 彼のためなら権力も顧みず、富も投げ捨て、命すら賭することのできる存在が――真に友と呼べる存在が!」

『いるんですかぁ?』

 

 泣きそうな顔で令嬢は振り返る。

 

 私は笑ってしまう。

 そんな友達が私にいるかだって?

 馬鹿らしい、そんなもの決まっている。

 

 

 

「いない」

 

 

 

 私にそんな友はいない。

 これまでもいないし、これからもいない。

 

 私の話はいったん置こう。

 

 お前はそんな友を得ようとしてるんだろ。

 友への意識は高すぎる気もするが、少なくとも憧れてることはわかった。

 じゃなきゃ、こんな辺境の伯爵と婚約はしないはずだ。

 

「そうですわ。でも、私には……」

 

 できるんじゃないか。

 憧れがあるならできるはずだ。

 私にはそんな存在への憧れはないからな。

 

「ああ、いけない! 彼らが戻ってくる! 私はどんな顔をして彼らを迎えればいいのでしょう!」

 

 どうやらいろいろと考えていたのは二人を仲直りさせるところまでだったようだ。

 本気で慌てふためいていてちょっとおもしろい。

 

『笑えば良いとおもうよ』

 

 そうだ。

 たまには良いことを言う。

 笑って迎えてやればいいじゃないか。

 

「私、笑えていますか?」

 

 あ、駄目だ。

 完全に顔が引きつっている。

 

「駄目よ! 彼らと会わせる顔がないわ!」

『ウケる』

 

 ほんとにな。

 さっきまでの冷静さが嘘みたいだ。

 シュウの時もそうだが、普段余裕ぶってる奴が焦ってるのをみるとおもしろい。

 

 そんなことを言ってる間に、二人が部屋へと近づいてきた。

 

「冒険者様! 後は任せました!」

 

 は?

 

 アナトリーはサッと椅子に座り、両手を顔にやる。

 顔を隠してると知らなければ、怒って俯いてるように見えなくもない。

 

 部屋に足を引きずりながら伯とヴォラスが入ってくる。

 どうも怒っていると判断されたようで、何も言わずに椅子に掛ける。

 

 硬直状態だ。

 どうしろっていうのか。

 

『今日は記念日ですな』

 

 だから、なんだよ?

 もっと具体的な解決案を出せ。

 

『じゃあ、こうしたらどう』

 

 シュウの提案を聞き、ちょっと考えて私は笑う。

 三人が何いきなり笑ってるのかとこっちを見て来る。

 

「絵を描いてもらおう」

 

 いきなりの提案に、三人はあっけに取られている。

 

 二人の友人と二人の婚約者が合わさり三人になった記念日だ。

 広い壁に絵が三枚だけってのは寂しいだろう。

 もう一枚くらいあってもいい。

 

 男共の服装はぼろぼろで、顔も痣だらけ。見る影もない。

 令嬢も今の二人の姿を前にして、まともな顔はできないだろう。

 そんなへんてこな顔姿をキャンバスに詰め込み、ここに飾っておくといい。

 

 良い思い出になるんじゃないか?

 

 男二人は顔を合わせる。

 特に反対はない。

 

 問題は令嬢だが、こちらは顔を隠したまま震えている。

 男共は怒っていると焦ったが、私にはわかる。

 アナトリーは笑っていた。

 

「ふふっ、良いのではないかしら? あなた方は今日のその顔を、これからも忘れずにいるべきですわ」

 

 男共は、互いの顔のひどさに苦笑いが出ている。

 そういうことを言っているのではないのだが、本人等が納得しているならいいだろう。

 

 すぐに絵師を呼び、場はお開きになった。

 

「ありがとう。冒険者様」

 

 婦人はすれ違いに呟いた。

 その顔は何の感情が出ているのかよくわからない表情をしている。

 

 あっという間に絵師が来て、下書きを描いてみせる。

 

 絵の中にはぼろぼろの男二人に、複雑な表情の女性がこちらを見ている。

 

 そしてなにより――、

 

 

 

 私の姿がなかった。


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