悪魔邂逅
紅魔館を出発して2時間は経っただろうか?
僕は森の中をひたすら歩いていた。
普段は飛んで移動していたからか、少し疲れてきた。うーむ……装備を少し減らすべきだったか?
できるだけ軽くするために、カラシニコフとバックパックだけはリングに収納しているものの、装具の重さは15kg。
休憩という休憩無しに2時間ぶっ続けで歩くのは、少し無謀すぎたか?
「そろそろ休憩するか」と考えていたら、ふと緑ばかりの視界が一気に開けた。
森の中の開けた場所には、1件の寂れた洋風の家が建っていた。
大きさはアリスの家とさほど変わらない。が、誰かが住んでいる気配は無い。
というかなんだろう。この場所前に来たことがあるような……。気のせいか?
とりあえず地図を取り出し確認。コンパスを使い今いる場所を特定する。
どうやら印の場所はここらしい。というか、こんなに怪しい場所以外考えられない。
リングからカラシニコフを取り出し、マガジンを装填。槓杆を引きつつ、恐る恐る警戒しながらゆっくりと家に近づく。
朽ち果てた木のドアに手を当てゆっくりと音がならないように開ける。しかし、本来の動きをすることは無く、朽ち果てたドアは前にバタンと大きな音を立てて倒れてしまった。……蝶番が錆びて壊れてたか。
音を立てないように周りに気を配りながら、家を調査する。
床には食器等が散乱していた。なにか争いでも起こったのか?それに血痕もある。
妖怪の仕業なのか、はたまた人間の仕業なのか。こればかりは分からなかった。
ただ、なにか良くない出来事があったことは分かる。
ふと、棚の上に置いてあった写真立てが目に入った。
なんとなく吸い込まれるように、その写真を見る。
写っていたのは、美しい女性と、その女性と手を繋ぐ小さな子供だった。親子の写真なのだろう。
しかし、その写真に妙な違和感を僕は感じた。……この子供って僕自身!?
そう。写真の子供と僕の子供の頃の顔が酷似している。いやもはや、一致していると言っても過言ではない。
だがそんなはずはない。第一、僕はこの女性を知らないし、この世界に住んでいた記憶なんてこれっぽっちも無い。有り得ないのだ。
信じられない事象に困惑していたその時、ふと後ろから鋭い殺気のようなものを感じ、思わず横に飛び跳ねるように移動し背後に拳銃を突き立てた。
その刹那、先程まで立っていた場所に刃物のような傷が深く刻み込まれた。
「誰だ!?」
「おやおや……。今のを避けるとは、なんと鋭い人間でしょうか」
突き立てた銃口の先には、薄気味悪い笑みを浮かべ1人の男が立っていた。―――右手には黒く大きな鎌を握って。
どうやら穏便に話し合うつもりは端から無いらしい。
睨みつけながら、もう1度問いかける。
「お前は誰だ?」
「私ですか?あぁ、そうですねぇ……」
相変わらず気味の悪い笑い顔をしながら、ゆらりと動き出し―――唐突に持っていた鎌で切りつけてきた。
すぐさま後ろに退いたが、緩急のある動きに少し対応が遅れ、左頬を鋭い刃が掠めた。
「悪魔?と言うべきですかね?あなた方からしたら」
「悪魔だって?」
この男曰く、正体は悪魔らしい。しかし、僕の想像した悪魔はもっとこう、紫色で羽が生えて尻尾があるイメージなのだが……。
だが、男はタキシードのような紳士的な服を身につけ、右手に格好とは不釣り合いな鎌を持っている。顔はいかにも人間だ。どちらかと言うと、死神と言われた方がまだ納得いく。
そんな死神もどきな悪魔は、笑うのを止め、無表情でこう言った。
「ま、知ったところで、あなたはここで死んでもらいますがね」
「面白いこと言うね。だけど、それはお断りだ」
そう言いながら、僕は手にしていたFN57の引き金を立て続けに3回引く。
乾いた大きな爆発音と共に弾丸が奴の体に痛々しい穴を穿つ……ことは無かった。
「!?」
「無駄ですよ無駄。そんなものでは魔力の壁は破れない」
弾丸は奴の目の前でペシャンコに潰れ、地面に落ちていた。
魔力の壁だと?この悪魔、魔法を使えるのか!?
だからなんだと言うのだ。僕はリングからカラシニコフを取り出し、槓杆を引き照準を合わせる。
「ほう……。なかなか面白い道具を沢山お持ちのようで」
「そりゃどうも」
安全装置を解除しフルオートにセット。そのまま引き金を引く。
先程よりも沢山の弾丸が奴の身体に向かって飛んでいく。だが、1発たりとも命中する事は無かった。
「マジですかい……」
驚く間も無く、気がつけば奴が目の前まで距離を詰めていた。右手の黒く鋭い鎌を光らせて。
「ヤバッ!?」
何とか鎌による攻撃は避けたものの、後続に放たれた蹴りは防げず、もろに喰らう。
朽ちて脆くなった家の壁を突き破り、外まで吹き飛び地面を転がる。
何とか受け身をしてダメージを最小限に留めつつ、すぐさま起き上がる。……プレートあって良かった。それ程痛くない。
しかしこれは困った。頼みの綱の銃が全く意味をなさないとは……。
それにアイツ、鎌の扱いはもちろん、体術の方もかなりの使い手だ。ナイフを使うとしても、これじゃ圧倒的に不利なのは明確だ。
『お困りのようだな?』
出たよ。最近もっぱら出てこないと思ったら今出てきたか。
『俺と交代するかい?アイツの魔力の壁だったら、俺の魔力ですぐ突破出来る』
確かにその通りだ。
眼には眼を歯には歯を、魔力には魔力を。これならばいけるだろう。
だが……それは駄目だ。
『な、何でだよ!?このままだとお前、いつかはやられちまうぞ!』
それは分かっている。だけど、今ここでクロを呼び出すわけにはいかない。なぜなら……
「おや?この感じ……そうかそういう事か」
なにかに気づいた奴は、何故か突然笑い出した。
「お前、あの時の奴か。なるほどなるほど」
「いったい何の話をしている?」
「何も知らないとは……これまた。だが、流石に私がかけた術くらい知ってはいるでしょう?」
「んなっ!?……やっぱりお前の仕業か!」
「なるほど。魔力を使わないあたり、薄々気づいてはいましたか」
そう、僕はあの永遠亭以来、この呪いによる発作が起こる原因に気づいていた。その原因とは―――
「魔力を使えば使うほど死に近づいていく……」
そういう事だ。