傭兵幻想体験記   作:pokotan

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沐猴にして冠す

アリスの家を出た僕は、この先の予定が全くないので、のんびりと紅魔館に帰っていた。

無計画ここに極まれりである。

ボーッと歩きながらも、頭の中は未だにアリスの言った言葉でいっぱいだった。

 

「……出ていってもいい、か……」

 

確かにアリスからしたら僕はなんて事無い外の世界から来た人間。

魔女として生きる彼女は人間の事に構う必要はない。

もちろんそれは分かっているつもりなのだが、いざ言われると少し……虚しい。

僕にとっては命の恩人でもあり、幻想郷で最初に出来た知り合いだ。

別に恋心を抱いてはいない。ただ、良き友人として、この言葉は虚しかった。

そうこうしている内に、気がつけば紅魔館に辿り着いていた。

 

 

 

 

あれから3日経った。残りの期限はあと4日。

未だに僕の心は揺らいでいた。

 

「失礼します」

 

居室のドアの向かいから、透き通る声が聞こえた。

 

「どうぞ」

 

ガチャッとドアが開かれ、メイド長こと咲夜さんが入ってきた。

珍しい。いつもなら時間を止めて急に現れるのに……。

 

「どうしたんです?」

 

「お手紙が届いておりましたので、お届けに」

 

「あぁ、これはどうも。どれどれ……」

 

手渡された手紙の送り主は……文さんだった。

 

「では失礼します」

 

「わざわざありがとう」

 

「いえそれほどでも。ところで片倉様」

 

「ん?どうしたの?」

 

「最近、元気がありませんが……」

 

「そ、そう?自分では元気なつもりなんだけど……」

 

「そうでしたか。どうやら私の勘違いのようでしたね。それでは失礼します」

 

優雅な動きでくるりと背を向け退出するメイド長。

如何にも男ウケしそうなフリフリなメイド服を身に付けつつ、威厳を損なわないその雰囲気にはいつもながら感心する。

その姿に何を感じたのか、僕は何故か彼女を呼び止めた。

 

「あっ、ちょっと待って」

 

「どうかなされましたか?」

 

「もし、もしも僕がこの世界から出ていくって言ったらどうします?」

 

咲夜さんに真剣な話を持ちかけたのは、今までここで過ごしてきて初めてかもしれない。

それ程までに僕は切羽詰まっており、かつ、紅魔館のメイド長である彼女を信頼していたのかもしれない。

唐突な話に少し困惑しつつも、いつもの冷静沈着な面持ちで咲夜さんは答えた。

 

「そうですね……。私には何も答えることが出来ない質問ですね。この世界に留まるか否かは片倉様が決めるべき事であり、紅魔館のメイドでしかない私にはどうこう言えません。貴方様の人生を保証する力もありませんし」

 

「そうだよね……。やっぱり他人の答えで考えるとかじゃなくて、自分で決めなきゃね……。うん、ありがとう」

 

「お役に立てず申し訳ありません。それでは失礼します」

 

ドアノブに手をかけたその時、珍しく咲夜さんが咳払いをした。

 

「それとこれは独り言ですが、私、十六夜咲夜という人間の個人的な答えとしては、片倉様には是非ともこの紅魔館に居続けて頂きたいと思っております。妹様をなだめることが出来るのは貴方とお嬢様だけですし、何より貴方が居るだけで紅魔館は非常に賑やかです……」

 

少しばかり長い独り言を呟くと、彼女はすぐさま部屋を後にした。

ほんの少しの間、部屋の中には静寂が訪れ、すぐさまその静寂は僕の控えめの笑い声でかき消された。

 

「ハハッ……そう言われると、ますます決めらんないじゃん」

 

何だかどうでもいい気分になった僕は、思い切りベッドに大の字で倒れ込む。

 

……。

 

…………。

 

気持ちのいい眠気が襲ってきたその時、

 

「あっ!?手紙!」

 

すっかり大事な事を忘れていた。というか寝ようとするあたり呑気すぎるだろ僕……。

残された時間は短いのだ。こんなのんびりしている暇など無い。

飛び跳ねるようにベッドから起き上がり、テーブルの上に置かれた手紙を手に取る。

裏には「射命丸文」と達筆に書かれてあった。

 

「どれどれ」

 

手紙の内容に目を通す。

……ふむふむ、どうやら先日頼んだ以来の結果報告のようだ。

 

「……!?」

 

どうやら不審な人物に関する噂を手に入れたらしい。

まさか本当にそんな奴が居たとは……。

しかし手紙にはもっと驚く事が書かれていた。

 

『姿を現し出した時期については、紅魔館が異変を起こした時期とほぼ同時期である。また出現地域は、魔法の森近くがもっとも多いとの事。以上が依頼された妖怪探しの報告です』

 

紅魔館が異変を起こした時期、つまり僕がこの世界に来て少し経ったくらいだ。

魔法の森に関しては、アリスの家が思い当たる。

つまり……コイツだ。コイツこそが犯人だ。

――いや、決めつけるにはまだ早い……か。現にそんな奴を僕は見た事は無いし、面識すらない。

だが、貴重な手がかりには違いない。とりあえずその不審な人物に接触するのが一番だ。……ん?

ふと、手紙の中にもう1枚小さな紙が入っていることに気がついた。

 

「……これは?」

 

それは手書きの地図だった。しかもご丁寧に分かりわすく描いてある。

地図の真ん中には黒く丸印が付けられてある。恐らくここが件の人物の潜伏予想場所だろう。

印の場所は人里と魔法の森の間に位置していた。森の中はまだしも、人里近くとは。よくもまぁ、こんな所に隠れていたものだ。

 

「さて……」

 

ちらり、と壁に掛けてある振り子時計に目をやる。

時刻は午後の3時を少し過ぎたあたり。

目的の場所に着く頃には夕方になるだろう。と言うことは帰る頃には日が落ちる。

夜の森は恐ろしい。それは言わずもがな承知している。

だが、今は時間が惜しい。僕自身の時間も刻一刻と近づいているのだから。

クローゼットを開け、いそいそと着替え始めた。

森の中なのだから、甚平姿のままという訳にもいかない。それに、戦いが無い訳ではないし。

という訳で、最近すっかりご無沙汰であった装備一式を装着する事にした。

魔力が使えるようになってから最近使ってなかったプレートキャリアを付ける。

ズシリとした重みを感じながら、どこか懐かしい気分を感じた。

ほとんど重量の無い魔力の鎧もいいが、やはり僕はこっちの方がしょうに合っている。

右手に付けた魔法のリング(ブラウ・フェーダ)から、カラシニコフを具現化させ取り出す。

……でも、これはこれで魔法の力も悪くないな。武器がかさばらないし。

 

 

 

 

「……か、片倉さん、その格好どうしたんですか?」

 

「ん?」

 

門で珍しく居眠りせず見張っていた美鈴に苦笑いで聞かれた。

あぁ、そうか。この格好(傭兵時代のフル装備)を見たことあるのはアリスだけだっけ?野良の妖怪に襲われたあと、全然付けずに置いてたし。

多分美鈴からしたら、今の僕の格好はなかなか奇天烈なものに見えるだろう。

体格に似合わないほどの沢山の重量物をこれでもかと付けているのだから。

歩く度にガチャガチャ装備の当たる音が聞こえるし、もしかしたらロボットに見えているかも。

 

「ちょっと野暮用で……テヘッ」

 

「いや、野暮用でこんな格好する人は居ないでしょ……。と言うか野暮用ってなんですか?」

 

「いやなに、森の方でちょっと人に会いに行くだけだよ。森の中物騒だし、武装してた方が安全かなと」

 

「そ、そうですか。まぁ深くは聞きませんが……。ところで、それ重くないんですか?」

 

「大丈夫大丈夫。15kg位しかないから」

 

「いや、その体格で15kgはキツイですよ、普通は……」

 

実際これよりもっと重いもの背負って歩く事もあったし、余裕なんだけどなぁ。

 

「まあ、片倉さんですから大丈夫だとは思います。けど、気をつけてお出かけしてくださいね」

 

「はいはーい」

 

元気よく手を振りながらお見送りする美鈴を尻目に、目的の場所目指し森へ入っていく。

ガチャガチャと小さく響く音を鳴らしながら。……ちょっとうるさすぎたか?まぁいいか。


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