静けさと暗闇が支配したどこかわからない森。
そこに一人の男がゆらゆらと歩いていた。
ボロボロのフードを身にまといその下には西洋の服を着ていた。その身なりは傍から見ても完全に放浪者そのものである。
そんな男は笑っていた。ただ、笑っていた。
「ハハハ……。懐かしいですね、この空気」
ゆっくりと悠然とした足取りでその男はより深い闇の中へと進んでいく。
「いやはや、長い事離れていたものです……さて」
急に笑うのを止め、ゆっくりと伏せていた顔を上へあげる。
その顔には怒り、喜び、妬み、屈辱、様々な感情が入り混じっていた。
「返してもらいましょうか。私の大切なモノ……」
そう呟くと男は闇に溶け込むようにふらりと消えた。
幻想郷にまたしても何かが起ころうとしていた。
にとりの工房に来るのはいつぶりだっただろう。確か……うん、忘れた。覚えてないや。
だが相変わらずの風景だ。小屋に小川に……ん?
周りを見ていた僕はふと違和感を漂わせる謎の機械?のような物を見つけた。
見た目はまさしく某シュワちゃん映画に出てくる人型ロボット。
はっ!?もしかして幻想郷にスカイ〇ットがやって来たのか!?
「……ってそんな訳あるかい」
と軽く一人ノリツッコミをした所で小屋の扉の前に立ちコンコンとノックする。
「はいはーい」
ガラガラと扉が開き、頭に皿を載せていない自称河童が現れた。本人曰く皿なんかただの飾りらしい。
「お久しぶりです、にとりさん」
「おお!誰かと思ったら片倉か!元気にしてるかい?」
「えぇ、まぁそれなりに元気にしてました」
「そうかいそうかい。そりゃ良かったよ。で、どうしたんだい?義手の修理かな?」
「いえいえ。射命丸さんが何処にいるのか聞きたくて」
「ああ文なら丁度ここで山の見張りをサボりに来てるとこだよ」
おぉ、良かった。僕の予想は当たっていたらしい。
「ほら上がりなよ。ここで話すのもあれだしさ」
「お邪魔します」
相変わらず凄い家だ。どこもかしこも機械の部品だらけだ。
狭い廊下を進み、居間へ入ると新聞記者がぐったりとした様子でご自慢のメモ帳と睨めっこしていた。
どうせまた深刻なネタ不足に陥っているのだろう。今の射命丸さんの顔は締切間近の漫画家と同じような絶望した顔をしている。
正直見ていて面白い。本人には怒られるだろうが……。
「文、片倉が来たよ」
「へえーそうなんですか……」
「こんにちは射命丸さん」
「へえーそうなんですか……」
「またネタ不足ですか?」
「へえーそうなんですか……」
「にとりさん、いったいこれは……」
「さっきからコイツこの調子なんだよ。なんか『もう駄目だ、おしまいだ……』とか言ってさ」
いったい彼女に何があったのかは知らないが(というか知りたくない)まずはこの人のやる気を引き起こすことから始めないと。
「射命丸さーん?」
「へえーそうなんですか……」
「射命丸さんにとっておきのネタを持ってきましたよー?もうそれはそれはビッグなネタですよー?」
「へえーそうな……何ですと!?」
「うぉ!?急に元気取り戻しましたよこの人!?」
「あっ、片倉さん。お久しぶりですね。そんな事をよりも、早く私にそのビッグなネタとやらを下さい!というか渡せ!渡してください!渡しやがれぇぇえ!」
血に飢えた獣よろしくネタに飢えた新聞記者が、血走った眼をこちらに向けながら迫り来る。
その光景、まさに修羅のよう。怖すぎて泣きそう何ですけど……。
というか挨拶よりもネタ優先って……。清く正しい射命丸の看板はどこへ行ったどこへ。
「まーまー落ち着け文。片倉がひいてるよ?」
ネタはおろか危うく命をも奪われそうになる寸前で、にとりが暴走した彼女を止めてくれた。ナイスインターセプト!助かった〜……。
「はっ!?私はいったい何を……」
「あっ、やっと正気に戻った」
「すいません片倉さん。私とした事がつい取り乱してしまいました」
「いやいや、大丈……」
「それはそれとして、早くそのネタを教えてください!お願いします、なんでもしますから!」
やっぱりネタが優先なんだね……。
素面でこれなのだから僕はもはや何も言えない。
というか、今なんでもしますって言ったよね?
「えっ!?何でもしてくれるんですか!?」
「いえ、なんでもするとは言ってません」
「あっ、ハイ」
ですよね〜。
そろそろ本題に入ると言わんばかりに、わざとらしく「ゴホン」と咳き込む射命丸。
「さて、おふざけはこの辺で……」
「そうだね。それでネタの事なんだけど、最近この幻想郷に怪しい奴が潜んでいるらしい」
ネタの内容は明らかな嘘だ。いや、正しくは嘘というよりは僕の個人的な考えによるデマだ。
「怪しい奴……と言いますと?具体的にどんな?」
「うーん、あんまり分からないけど、なんでも呪いを人にかけるとかなんとか……」
「はぁ……呪いですか」
うんうんと頷きながら射命丸はいつも愛用しているメモ帳にその情報を素早く書き込んでいく。
「現れる場所や時間とかは分かりますか?」
「場所は分からないけど、少し前から幻想郷に現れたのは確かだね」
なぜわざわざ射命丸にこんなデマを流すのか。答えは簡単。射命丸がこの幻想郷で僕に呪いをかけた犯人を見つけだせる可能性が高いと踏んだからだ。
射命丸は新聞記者であり、この世界の地理や人間(この場合は妖怪か?)関係に詳しい。
恐らく新規の妖怪がこの世界に現れたらすぐさま把握するだろう。
それに、情報収集能力は誰よりも高いし、信頼もできる。
だがそんな彼女にも、僕が呪いにかかっています、助けてください。なんて事は言えないし、言いたくない。
誰にも心配はかけないと心に決めているからだ。
「ふむふむ……。まぁ少し難解な人もとい妖怪探しですね。これは面倒です」
「そうだよね……」
「しかし、逆にその方が私的には燃えてくるというものです!片倉さん、貴重なネタをありがとうございます!この射命丸、その怪しい奴とやら必ず見つけだしますね!」
意気揚々と自信ありげに胸を張る射命丸。これは期待できそうだ。
やはりこの人に頼んで正解だったな。
「見つけたら僕にも教えてください」
「本当は企業秘密やらプライバシー云々やらでお断りしたい所ですが、何よりも片倉さんの頼みです。分かりました!風よりも早く教えに行きますね!」
さらりと清く正しいという看板を投げ捨てる辺り、相変わらずの射命丸さんだ、と思う。まぁ今に始まったことではないか……。
「それじゃ私はこの辺で。あぁ、素晴らしいスクープが私を待っています!」
「いや待て文、山の見張り番はどうするのさ」
「いざ、出陣!」
「人の話を聞けぇぇぇえ!」
しかし、いまの射命丸にはにとりの言葉なぞ耳に届くわけもなく、瞬く間に空の彼方遠い方へと飛んでいった。まさに風のように。
「まっ、いっか」
いいのかよ!?と突っ込みたくなる気持ちを抑えつつ、僕もそろそろお暇することにした。
「じゃあ僕も行きますね。お邪魔しました」
「はいはい、また来てねー。文も片倉みたいに礼儀正しくしてほしいものだよ」
呆れた顔で周りを見渡すにとり。そこには文が飛び立つ際に起こった突風で散らばったであろう、たくさんの部品やら何やらの数々。
それを見た僕も思わず苦々しく笑う。
「そ、そうですね……アハハ……」
後片付けを手伝ったのは言うまでもなかった。
あぁ、疲れた。というか肩が痛いし腰も痛い。
時刻は昼過ぎ。この時間の人里は特に賑やかで、あちらこちらから色んな声が聞こえる。
子供のはしゃぐ声、近所同士の楽しい会話、客を呼ぶ店主の大声など様々だ。
「腹減ったな……」
ふと思い立った瞬間に、猛烈に空腹が襲いかかってきた。
何か食べようと懐を漁る……が、財布らしき物がない。どうやら紅魔館に忘れてきたらしい。
「ぐぁ、マジか……。笑えん……」
このまま帰るのも何だか物足りない気がして嫌だ。かといってこのままだと腹が減りすぎて死にそう(我慢は出来るのだが、気分的に死ぬ)
どうするべきか。
1人葛藤している最中、1人の知り合いが目の前に現れた。
「あら?片倉じゃない。何してるのよこんな所で」
「おぉ。アリスさん」
人形大好き魔法使いのアリスだった。
と手に持つ籠に目が向いた。……どうやら食材を調達した帰りらしい。
ネギのような物が籠から飛び出ている。
……そうだ!
そこでフッといい考えが思い浮かんだ。
「……何か悪い事考えてない?」
「ほぇ?いやいや、そんな事は無いですよ?」
「……」
じーっとこちらを見つめるアリス。恐らく何かを察したのだろう。いやはや、察しのよろしいようで。
暫く沈黙が続く。しかしこれでは埒が明かないし時間の無駄なので、そろそろ言い出すことにする。
「お腹すきました。ご飯作ってください」
「……は?」
呆れた顔と共に呆れた声が彼女の口から零れた。
そう、無銭飲食だ。店で食べれないなら、知り合いに作ってもらえばいいじゃない。これが僕の思いついた最良の考え。
だがもちろん、そんな我が儘通るはずも無く……。
「ん〜まぁいいわ。軽い食事くらいならご馳走するわよ」
「ですよね〜。そう簡単に作ってくれるわけ……ってはい!?」
そんな我が儘が通りました。
あまりにもあっさりと許可してくれたもんだから、声が裏返ってしまった。
「な、なによ……。そんなに驚く必要ないじゃない」
「いやいやいや、いつものアリスさんなら蔑むような目で『は?嫌よ』って言うはずですもん」
「私はそんな冷血な女じゃ無いわよ!」
おぉ怖い怖い。華奢な腕を振り上げてお怒りになるアリス。
「えぇ〜?本当ですか〜?前に来た時は門前払いしたような気が……」
「う、うるさい!あの時は色々と忙しかっただけよ!」
そろそろ怒られそうなのでからかうのはこれ位にしておこう。人形に殴られると痛いからね。
「まぁせっかくなんで喜んでお邪魔します」
「せっかくも何もお邪魔する気満々だったくせに……」
やや呆れた口調のその言葉をあえて聞き流しながら、僕は意気揚々とアリスの自宅へと向かったのだった。
「はいどうぞ」
そう言われてテーブルの上に1皿、豪快に煮込みハンバーグが置かれる。籠から飛び出ていたネギはどうしたんだ……まぁいいか。
見るからにコクのありそうなソース、ふっくらジューシーハンバーグ。あぁ、早く食べたい。
料理を運んでいるのはアリスではなく、アリスが操る人形達である。
時には雑用、時には戦闘と、様々な用途に使われるこの人形。果たしてどうやって作ってるのだろうか?ふと謎に思った。
が、目の前の美味しそうな料理を見た瞬間、そんな事などどうでもよくなった。
「いだだきます!」
迷いなく美味しそうな匂いを漂わせる煮込みハンバーグを攻略する。
ナイフとフォークを紳士らしく、丁寧に使い、そして……
「そんなにがっつかなくても、誰も食べないわよ」
「おいひくて、ほまりません!」
「食べるか喋るかどっちかにしなさいよ……」
紳士らしくとは程遠い、大食い選手権の如く、ひたすら食べる食べる食べる。
デミグラスソースのコクとハンバーグのジューシーさをひたすら噛み締めていたら、ぺろりと平らげてしまった。
少し物足りない気もするが、時間的にお腹いっぱい食べると夜ご飯に影響してきそうなので、おかわりはやめておいた。
「ふぅ……。ご馳走様でしたアリスさん」
「はい、どうもありがとう。いい食べっぷりだったわ」
人形に皿を片付けさせながらニッコリと微笑むアリス。
その素敵な笑顔に思わず顔がにやけてしまう。いかんいかん……落ち着け、下手したら追い出されるぞ。
「ん?どうかした?」
「い、いやいや、何でもないですよ?大丈夫ですよ?ハンバーグ美味しかったですよ?」
「そう、それは良かったわ。ありがとう」
あらかた一段落した胃袋に満足している僕の目の前に、すっとコーヒーが置かれる。
「食後のコーヒーもどうぞ」
「おぉ……」
普段では有り得ないアリスの優しい気遣いに思わず感動。いやぁ、幻想郷最高。幻想郷万歳!
「あっ……でも幻想郷から居なくなるんだった……」
「幻想郷がなに?どうしたの?」
しまった。思わず口が滑った。
幸い、ボソッと言ったので全容は聞かれてはいない。が、上手く話を反らせるほど僕の話術は高い訳では無い。
「いや、もしもですよ?僕が幻想郷に出ていったらどうなるのかなって。アリスさんはどう思います?」
なので、このように美鈴の時と同様、はぐらかして話すしかない。
しかし、アリスの反応は美鈴とは全く逆の反応であった。
「ん〜まぁ、私は出ていってもいいと思うわよ」
「へっ?」
「そもそもあなたは外の世界の住人。外へ帰るのを拒む理由なんて無いもの」
「そ、そうですか……」
少し重い沈黙が場を支配する。
その空気に耐えかねてアリスが目を伏せ、手元にある人形の整備を始めた。
そして、ボソボソと声を発した。
「……ま、まぁ、私的には居て欲しいのだけど……。あなたと居ると楽しいし、外の世界の話は貴重だか…ら?」
ふと顔を上げたアリス。
そこには既に片倉の姿は無い。
一瞬思考が止まる。ふとテーブルの上に紙切れが1枚置いてあった。
『ご馳走様でした。美味しかったです』
内容を見たアリスは苦い顔をして呟いた。
「……もしかして私、余計な事言っちゃったかしら?」
アリスは余計な事を言ってしまったのであった。
お久しぶりです皆様。
最後の投稿からかれこれ5ヶ月はたったでしょうか。
まずは一言、すいませんでした!
遅くなった理由としては、仕事が死ぬ程忙しかった……としか言えません。
これからも投稿は変わらず亀のように遅いと思われますが、気長にお待ちください。
ただ失踪はしないつもりなので、そこはご安心ください。
それでは、次は最終話辺りでお会いしましょう。さようなら〜。