傭兵幻想体験記   作:pokotan

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閑話 其の三
永遠を生きる者


片倉が目を覚ます少し前の時刻。

異変が解決したことにより、紅魔館は相変わらずの平常な日常を取り戻した。

 

「おはようございます、お嬢様。気分の方はいかがですか?」

 

「おはよう咲夜。気分は悪くないわ、少しずつ力が戻ってきているわね」

 

「それは良かったです。パチュリー様の方も魔力が元通りにまで回復したそうです」

 

「そう。それは良かった。ただ……」

 

レミリアが大きなため息をつく。その理由は誰もが思っているある一つの不安な事。

 

「あれ以来、片倉様をお見かけしませんね……。美鈴には帰ってきたら即報告するようにはしていますが……」

 

「あいつが帰ってこないおかげで、フランも少し引きこもりがちになっちゃったわ」

 

「もしや異変の解決の際に……」

 

「咲夜」

 

いつもの声よりも厳しい声。

その声の意味を察した咲夜は咳払いをする。

 

「ゴホン……。失礼いたしました……」

 

重々しい空気がレミリアの寝室を支配する。

そんな空気を消すかのように、唐突にレミリアが元気な声をあげた。

 

「まあ、片倉の事よ。きっと無事に解決してどこかで道草でも食べてるのよ。いずれ帰ってくるわ。さあ咲夜、私はお腹がすいたから朝食を早く作ってちょうだい」

 

「はい、かしこまりましたお嬢様」

 

パタン。と寝室のドアを閉め、いつも通りの仕事へと戻る咲夜。

長年レミリアの従者として連れ添った彼女にはハッキリと分かっていた。

あんなに気丈にレミリアは振舞ってはいるが、本当は心配で仕方が無いことを。

 

 

 

 

場所は変わり永遠亭。

僕の隣には何故か輝夜が居た。

 

「ねえねえ、遊びましょ」

 

「いいですけど、何をするんです?」

 

「ん〜、弾幕勝負でもいかが?」

 

「お断りします。僕は怪我人ですよ?」

 

「分かった。じゃあ私と婚約でもしない?」

 

「どうしてそこで婚約の話が出た!?」

 

「アッハハハ!冗談よ冗談」

 

あれからかれこれ3時間が経った。

その内のなんと3時間、3時間もこの隣にグイグイと執拗な嫌がらせを仕掛けてくる、この麗しきかぐや姫の相手をしている。

正直に言って疲れます。はい。

この人の厄介な所は、自分の見た目をよく理解した上でわざと誘惑をかけてくる所だというのが、この3時間でよーく分かった。

正直こんな美人からグイッと迫られたら、否が応でも気になってしまう。

あぁ、早く紅魔館に戻りたい。これならまだ純粋無垢な吸血鬼を相手にしていた方が精神的に落ち着けるのだけど。肉体的には死ぬけど。

 

「ね〜遊びましょ?」

 

耳元で囁かれ、少し心臓が高鳴る。……だ、駄目だ、本当に精神が持たん。

その時、急に襖が開いた。

 

「失礼するわ」

 

入ってきたのは永琳さんでした。

あぁ、助かった。この空気からようやく脱せられる。ありがたやーありがたやー。

 

「どうして私を拝んでるのかしら?」

 

「命の恩人だからです」

 

心と身体の両方の命の恩人ですあなたは。本当に感謝。

 

「それはそうと輝夜、少し席を外してもらってもいいかしら?」

 

「なんでよ?私はこいつをもっと弄びたいんだけど」

 

「片倉くんの健康確認の為よ。それが終わったらいくらでも弄ぶなりなんなりしていいから」

 

おい待てそこの医者。なんなりしたら駄目だろ。怪我人に無理をさせる気か!?

 

「分かったわ〜♪早く終わらせてね」

 

いやいや、君も君で何をルンルン気分で承諾してるのかね?遠慮したまえ少しは。

そんな僕の気持ちなど知らず、早々に部屋から退出した輝夜。

 

「はぁ……しんどい」

 

「あなた、どうやら輝夜に気に入られてるようね。良かったじゃない」

 

「嫌われるよりかマシですが、良くは無いですね。弄ばれる方は結構しんどいですよ?」

 

「まあまあ、輝夜も遊び相手が居ないからそこは我慢してあげて?」

 

「なんだか輝夜さんの母親みたいですね」

 

「んー、長らく輝夜の世話役として生きてきたから」

 

あの人の世話役か。……それは大変ですな。

 

「さてと、早くやる事やらないと輝夜に怒られちゃうわね」

 

「健康診断ですよね?」

 

「まあそれもあるけど、本当の目的は違うわ。実は片倉くんに伝えたいことがあるのよ」

 

「なんです?まさかとは思いますけど、輝夜さんの世話役頼むんじゃ無いでしょうね?嫌ですよ?」

 

「いいえ、違うわ」

 

良かったあぁぁぁ。てっきり紅魔館と同じパターンかと思って警戒した。

 

「片倉くん、今の身体の状態に問題は無いかしら?」

 

「えぇまあ。あの時の怪我もだいぶ良くなりましたし……」

 

「嘘は良くないわね。時折発作が起こってるのは分かってるわよ?」

 

うぐっ……やっぱり誤魔化せないか。

 

「……バレてましたか。そうです、僕は病気です。しかもそう長くは生きられないと思います」

 

「そうね。確かにあなたは長くは生きられない。けどそれは病気のせいではないわ」

 

「どういう事です?」

 

「あなた以前に誰かから呪いをかけられた覚えはないかしら?」

 

「呪い?いやいやいや、かけられた覚えなんか微塵もないですよ」

 

病気じゃなくて呪いだって?

半ば信じ難い話に僕は唖然としていた。呪いなんてこれっぽっちも考えてなかった。

というか本当にこの発作の原因は呪いなのかすら怪しいところだが……。

 

「信じてないって顔ね」

 

「そりゃあ常人の考え方でいけば普通は有り得ない事ですからね」

 

「そうね。でも残念ながら呪いは事実よ。あなたが意識を失っている時に、私が身体を隅々まで検査したから。内蔵の状態だってちゃんと確認したのよ?」

 

「へぇ〜そうなんですか……って、は?」

 

「ん?どうかしたかしら?」

 

「すいません。今、なんと言いました?内蔵?」

 

「ええ。内蔵の状態もしっかりと確認したわ。健康そのもの。凄く正常だったわ」

 

「……どうやって診たんですか?」

 

「それはもちろん解剖よ♪」

 

ニコッと笑いながら、とってもクレイジーな事を仰られるマッドサイエンティストがここに居た。

 

「すいません。やっぱり僕帰ります」

 

「まあまあ落ち着いて落ち着いて」

 

「嫌だぁぁぁあ!だ、誰かこのマッドサイエンティストから僕を助けてぇぇえ!」

 

しかし怪我人がどう足掻こうとも、この悪魔に逃げる事は出来ず。

すぐさま取り押さえられ無理やりベッドへと引き戻されるのであった。

 

「やめろー!死にたくなーい!死にたくなぁぁぁい!」

 

「とにかく落ち着きなさい。ほら、自分の体を見てみなさい」

 

「ん?自分の体……」

 

服をめくり、体の隅々をじっくりと見たが、驚く事に縫合はおろか体を切った痕すらも微塵も無かった。

 

「こ、これは?切った痕が無い?」

 

「そう。私の技術をもってすればこのくらいは簡単よ。大丈夫、解剖はしたけど支障をきたさないように、しっかりと元に戻しておいたから。だから安心しなさい」

 

安心出来るかはともかく、どうやら永琳さんの外科技術は凄いらしい。

まあ今更不安がっても仕方ない。大人しくこの人の言うこと聞いて怪我を急いで治そう。―――そして早くここから逃げよ……。

 

 

 

 

あれから3日経ち、僕の怪我は永琳さんのお陰で完治した。外の世界だったら1ヶ月以上はかかるんだが……。

まぁという訳で、僕はなんとかこの魔の巣窟もとい永遠亭を出ることが出来る訳だが……

 

「それじゃ永琳さんありがとうございました。それと輝夜さんもお元気で」

 

「えー、もう帰るの?もう少しここに居なさいよ〜」

 

「いや結構です。こちとら、もう精神が持たないんで」

 

何度あなたを襲おうとした事か……。まぁ戦場で鍛えてきた不屈の精神で乗り越えてきましたがね。

しかしそんな事を言いながらも、去り際に少し寂しそうな表情を見せられるとなんかこう……また来てもいいかも、なんて気持ちが出てきた。

 

「まあもしも、またここに来たら遊んでもいいですよ……」

 

「本当?じゃあまた明日来なさいよ!絶対に来なさいよ!」

 

いや、明日は流石に早すぎはしないですか?

そんなこんなでそろそろ出発しようと思ったその時、永琳さんからある小さな布袋を手渡された。

 

「これを持っていきなさい」

 

「これは……薬ですか?」

 

「ええ。発作が出た時に飲みなさい。呪術は完全に私の専門外だけど、症状を緩和させる事くらいは出来るわ」

 

「ありがとうございます」

 

「それと、もしあなたが呪いを解くのに失敗したらここに来なさい」

 

「どうしてです?」

 

「あなたの意思に委ねはするけど、蓬莱の薬をあなたに飲ませるからよ」

 

「蓬莱の薬……ですか。あの時に話した不死身になると言われる……」

 

「そう。あなたは輝夜に好かれているし、正直私としても死なせたくは無いのよ。だからね?」

 

「そうですか……」

 

確かに不死身になれば、その呪いとやらで死ぬ事は無くなるのだろう。

だが、永遠を生きるということは想像以上の覚悟が必要なのもまた事実。

死ぬという人としての運命から逃れ、永遠の時を過ごすのは到底自分には無理だ。

だからこそ、ここはキッパリと断らなければならない。

自分には不死者として生きていく覚悟はないとハッキリと伝えなくてはならない。

 

「すいません。それはお断りします。自分にはその薬を飲む覚悟はありません。それに、ここで死ぬのも何かの縁、いや運命なのかも知れませんし、僕はそれに身を任せようと思います。まぁ出来るだけ抗いてはみますけどね」

 

「そう……。あなたがそう言うのなら仕方ないわね。だけどもし、気が変わったのならここへ来なさい。私たちはいつでもあなたを歓迎するわ」

 

「ありがとうございます。では」

 

挨拶も程々に、僕は永遠亭を発った。

残された時間は余りにも少ない。だが、僕はその運命には絶望はしない。

必ず呪いをかけた術者を探し出し、呪いを解く。

たとえそれが不可能に近いことであろうも、僕は決して諦めない。

まだ、己の人生は終わってはいないのだから。


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