「!?」
突然の出来事に僕は一瞬だけ混乱した。
この状況での思考の停止はあまりに命取りであるだろうが仕方ない。
何故なら目の前に見知らぬ女性がフラリと現れたのだから。
いったい何者なのか?そもそもどうやって現れた?と言うか以外に美人……。
違う、そういう事は今はどうでもいい。それよりも今はもっと大事な事がある。
この人が弾幕に巻き込まれる事だ。
幸い僕のスペルはまだ発動はしていない。しかし、あちらのスペルは既に展開されていて、消そうにも消せない。
つまり、このままだとあの弾幕の波にこの謎の女性が抵抗出来ずに飲まれる事になる。それは即ち……死ぬことすら有り得る。
だが、ここは幻想郷。もしかしたらあの女性は妖怪か何かであって、死ぬ事は無いかもしれない。
つまりここで自らのリスクを背負ってあの人を助けるのは流石に……。
頭ではそう考えてはいたが、僕の身体はそうでは無かった。
「おい片倉!?お前死ぬ気か!?」
無意識の内に僕はあの女性を助けるために、真っ向から弾幕の波に突っ込んでいった。
本来ならまだ身体をコントロールしているのはクロであったが、何故か身体は僕の意思通りに動いていた。
それ程に、この無意識の行動には強い意志があったのかもしれない。
しかし、助けるために飛び出したのは良いけど……。
眼前の迫り来る弾幕の波。
……どうやってあれを止めよう。全くもって考えてなかった。
落ち着け落ち着くんだ……。と、とりあえず素数を数えつつ、この状況を打破する手立てを考えるんだ。
「ねえちょっと、ちょっと!」
ふと、そばに居た謎の女性が叫んでいることに気がついた。
えぇい!今は考え事の真っ最中だというのに……。これじゃ集中出来な…。
「何で私を助けるのよ?あなた見た所人間だし、早く逃げた方がいいんじゃないの?」
「助けるも何も、そりゃあ美人な人が危なかったら助けるのは当然だと思うんだけど」
「んなっ!?び……美人……」
それはともかく、さてこれはどうしたものか。というか、もうすぐ目の前に弾幕来てるんですけど。
そうだ、こうなればあれだ。ヤケになってスペルを撃ち込もう。
まあこれぐらいしか出来ることは無いのだけど……。
さっき作ったスペルは……駄目だ。威力と範囲が未知数なこれを使えば、この人を巻き込む可能性がある。却下だな。
そうこうしている内に、弾幕はもう目と鼻の先まで迫ってきた。
とりあえず右腕で女の人を引き寄せる。
「後ろに下がりますんで、しっかり捕まってて下さい」
「えっ?捕まってって何処を」
「どこでもいいですから……いきますよ!」
「ちょっ!?」
足に力を溜め一気に後方へと飛び下がる。よかった、なんとか右腕の袖に捕まってる。
女性の安否を確認した所で間髪入れずに一枚のカードを宣言する。
〈光符 メテオールスパーク〉
一筋の光線が弾幕の塊を穿ち、ポッカリと大きな穴を開ける。
とりあえずこれで時間は稼げる。今のうちにこの人を外へ出そう。
その時、身体に酷い激痛が走った。
「っ!?」
息ができない程の激しい胸の痛み。しまった……無理しすぎたか。
「ちょ、ちょっと!?大丈夫!?」
「あ、あなただけでも……逃げ……」
まずい……もう弾幕がそこまで来てる……。
と、とにかくこの人だけでも……。
「ちょっと!?しっかりしなさいよ!」
あぁ、僕の方に気を取られて弾幕の事に意識が向いてないか……。
もう駄目だ。諦めかけたその時、彼女は急に手元から何かを取り出した。……あれはスペルカード?
そしてそれを宣言した。
〈神宝 サラマンダーシールド〉
巨大な炎がまるで盾のような形となって、目の前に現れた。
全てを燃やさんとするその炎は不思議と熱くなく、むしろ暖かく感じる。
そんな盾はぶつかった全ての弾幕を打ち消していく。
おいおい……もしかしてこの人……。
圧倒的な力を持つスペルカードを目にし、確信した。
この人は相当の実力者だ。
「絶対に死なな……で!」
薄れゆく意識の中で彼女の言葉が聞こえる。だが、最後の方はなんと言ったのか聞き取れない。そして僕はとうとう気を失った。
「はっ!?」
目を覚ました僕は、ガバッと起き上がる。
どうやら誰かが運んでくれたらしく、布団が敷いてある。
ここは……まだあの建物の中か?だけど場所が違うな。
「あら、起きたのかしら?駄目よ。まだ寝てないと」
声のした方に目を向けると、そこには先程まで戦っていた八意永琳の姿があった。
「!?」
すぐさま戦闘態勢に入ろうとするが、痛みがそれを拒否した。
「止めておきなさい。まだ治ってないのよ?それに、殺す気なら、とうの昔に殺してるわよ」
それもそうか。
そう言えば霊夢と妖夢はどうなったのかな。はっ!?月は?月はどうなったんだ!?
「月はどうなったんだ!?」
「ああ、あの月なら元に戻したわ」
えっ?まじで?よかったぁ、無事に解決したのか。
イタタ、安心したせいか身体が痛むな……。
「あっ、そう言えばあの女の人はどうなったんですか?それに霊夢と妖夢は?」
「ああそれの事なんだけど……実はね……」
「ねえ永琳アイツ起きた?」
元気のいい声と共に、ガラガラと勢いよく襖が開けられた。
誰が入ってきたのだろうか……って
「あっ……」
「あら?起きてるじゃない」
あの時の女性だった。
その女性は僕に近寄るとバシバシと背中をたたき出した。
「アタッ!?」
「すっかり元気じゃない。良かった良かった」
健康状態の確認として怪我人を叩くとは、なんという人だ……。
というかこの人は本当に何者なんだ?一応ここの関係者だとは思うけど。
「やめなさい輝夜。まだ完治してないんだから」
どうやらこの女性の名前は輝夜と言うらしい。
「あの、この人何者なんですか?」
「私は蓬莱山輝夜。ここの主よ」
「そうなんですか……え?主?」
「そう主。この永遠亭で一番偉いのよ」
これにはびっくり。てっきり僕はこの永琳と言う人が主かと……。
「というか一つ聞きたかったんだけど、なんでわざわざ私を助けようとしたのよ?」
「いや、戦いに巻き込んで死なれたら……ねぇ?」
「私も永琳と同じで死なないから別に助けなくても良かったのに……」
「……は?死なない?」
「ええ。死なないわよ。不死身の体なよ。私も」
何じゃそりゃ!?
と言うことは僕のあの決死の行為は……。
ガックリと項垂れた僕を見た輝夜はケラケラと笑いながら背中を叩いてこう言った。
「アハハ!まぁまぁそんな事もあるわよ」
何なんだこのポジティブ精神は……。というか背中痛いから。さっきから叩きすぎだから!
ところで色々とこの人のせいで話題がそれまくったけど、月を隠す必要ってあったのだろうか。
そもそも月を隠していったい何がしたかったのか……。
駄目だ、考え出したら気になってきた。こういう時は直接聞いてみよう。
「どうかしたかしら?」
「いえ、どうして月を隠したのかと思ったんですよ」
「あの時は言わなかったけど、今更隠しても意味は無いし、教えてあげるわ。全ては輝夜のためにした事なのよ」
「全ては輝夜のため?」
「竹取物語って知ってるかしら?」
「えぇ。学生時代に習いました。竹から生まれた人が云々って話ですよね」
「そう。童話ではそれはかぐや姫とも言われるわ」
「まさか……」
「そのまさか。私はあのかぐや姫よ」
唐突に話の間に入り込み、えっへん!と自慢げにする輝夜。
そんな彼女をとりあえず無視して永琳は話の続きを再開した。
「竹取物語は空想のおとぎ話ではなく、本当にあった出来事。月には都があり、輝夜はその月の都の姫だったのよ。ああ見えてもね」
「ああ見えては余計よ!」
「でもある時、輝夜は月の都における、ある一つの禁忌を犯したのよ」
「禁忌?」
「地上の穢れに晒されること。つまり、この世界の地面に降り立ったのよ」
「え?でも前にも地上の世界にいたんだから別にいいんじゃないんですか?」
「あれは月の都における恒例儀式みたいなもの。都の上層部に公認されての事よ。だけど2回目の地上への来訪は違う。誰にも認可されてない都における最大級の犯罪行為よ」
そうだったのか。月にも月なりに色々と規約やら何やらがあるのか。
上層部が……とか言っていたが、月の人々はもしかしたら組織的な人種なのか?
「そしてある時、そんな輝夜の事情を知った私と鈴仙は、この永遠亭に匿うことにしたの」
「あれ?永琳さんと輝夜さんは一緒に行動してた訳じゃないんですか?」
「ええ。私と鈴仙はもっと前から月の都から逃れた逃亡者ね」
「いったい何故都から逃亡を?」
「鈴仙は元は月の都の優秀なエリート戦闘兵だったらしいんだけど、戦争に赴くのが嫌になって逃げ出したの。私の場合は、本来は手をつけてはいけない蓬莱の薬を自分に使い、さらにそれを外部へと持ち出したわ」
「蓬莱の薬?」
「飲んだ者を不死身とさせる薬よ。月の都の姫以外には使用を許されてはいなかった薬だったわ」
「ちなみに飲んだ人はどういう処罰が?」
「ん?永久に幽閉されるわ」
ニッコリと満面の笑みで答える。いや怖いから!?余計にその笑みが怖く見えるから!?
「こうして、私と鈴仙、輝夜の3人は仲良く隠居生活をしてたんだけど、ある時良くない情報が舞い込んできたの」
「……追手ですか?」
「そう。輝夜の逃走事件の事態を重く見た上層部らが、地上の世界全域に月の使者を送ることにしたの。そしてその月の使者がやって来る日が」
「満月の日の今日……だったと?」
「その通りよ。彼らは満月の時にしか地上にはやって来れないわ。何故なら、満月の灯りを頼りにここへと来るから。だから、月を永遠に偽物にすり替えて、絶対にここには来させないようにした。これが今回の私たちが起こした異変の理由よ」
そうだったのか。これが今回の異変の原因……。
僕がレミリアさん達を必死に助ける事と同じで、永琳さんたちも輝夜さん又は己の身を守る為に必死だったわけか。
何だかそんな事言われてしまうと、問い詰めたり避難したりは出来ないかなぁ……。
結局は誰かを守りたいがための行動なのだから。ただそれが、この住人の命を脅かしかねない行動ではあったのだが……。
「けれど、どうして戻す気になったんですか?」
「あなたが輝夜を助けようとして気絶した後、輝夜に怒られたのよ。月の使者から逃れるために、私に内緒でこんな大事起こすなんて!って」
「内緒にしてたんですか?」
「ええ。輝夜の事だから、なんだか状況を悪化させるだろうと思って」
「そんな事ないわよ!」
いや、意外と状況を悪化させた気がするのだが……。
あの時フラリと現れなかったら、僕は死にかけることも無かっただろうに。
「そんな口論をあの紅白の巫女が聞いてたようで、急に間に割りいってこう言われたのよ。そんなことしても意味無いから、って」
「意味がない?」
「この幻想郷にはどうやら博麗大結界と言われるいかなる物も外部からは干渉できない巨大な結界が貼ってあるらしいわ。その結界の力で月からの使者は絶対にここにはたどり着けないのよ」
そう言えば前に霊夢が博麗大結界云々みたいな事を言っていた様な気がする……。
外部からは一切の干渉を受け付けない博麗大結界……凄いな。
でも待てよ……そんな結界があるのにどうして僕は幻想郷に入って来れたんだ?
「という訳で、永琳がそれからすぐに月を元に戻して一件落着。紅白の巫女も満足して帰っていったわけね」
「あぁ、霊夢はもう帰ったんですね」
お前はいったい何を言っているんだ?と言わんばかりの不思議そうな顔で輝夜がこう答えた。
「……?当たり前じゃない。だって異変が解決したの、もう2日も前なんだから」
……へ?2日も前?
と言うことは、つまり……
「そういえば言ってなかったわね。あなた、あれから2日間も寝てたのよ?まぁ、あの程度の怪我なら上等なんじゃないかしら」
マジすかァァァォア!?
ちょっ、急いで紅魔館に帰らないと皆が心配してる!
「駄目よ。まだあなたはここに居ないと。怪我が治るまではここに居てもらうわ」
「えぇぇぇ!?何でですか!?オンドゥルルラギッタンディスカ!?」
「私はこれでも一応れっきとした医者よ。医者として怪我人をそのまま危険な外に出すわけにはいかないわ。いいわね?」
「いや、でもっ!」
「い・い・わ・ね?」
「はい……分かりました」
「分かればよろしい」
あれじゃ医者というより、マッドサイエンティスト……は違うか。
とにかく紅魔館の皆様、僕はまだ帰れなさそうなんで、どうか安心してお待ちください。僕は一応無事なんで……。