鬱蒼と茂る竹。
そんな竹林の中を霊夢と魔理沙は呑気に歩いていた。
既に異変解決に二人が動き出してから三時間は経っていた。
「なーなー霊夢よー」
「なに?」
「本当にこんな所に異変の犯人なんか居るのか?竹しか無いぞ竹しか」
「うっさいわね。居るに決まってるでしょ」
「ほぅ、その根拠は」
「勘一択」
「やっぱりな。だけどな、いくらお前の勘が神がかっててもな、流石に今回のはハズレだろ」
ケラケラと笑う魔理沙に少しムッとした顔を見せる霊夢。
「私の勘は100%当たるのよ」
「へぇー凄いですねー」
「刺すわよ針で」
「マジ勘弁なそれ」
魔理沙の顔面スレスレに投げられた鋭い針は、背後ににあった竹にサクサクっと子気味の良い音を奏でて見事に刺さった。
その一瞬の出来事に魔理沙は、若干の冷や汗を流しながら笑った。が、笑みはとってもぎこちなかった。
「は、はは……」
「次は本当に狙うから」
「お、おう……」
それからはお互い喋らずに、ただひたすら黙々と歩き続けた二人。
ある程度進んだだろうか。ふと、霊夢がある不可思議な点に気がついた。
「……おかしいわね」
「んーどうした?」
「魔理沙、これを見て」
そう言って見せたのは、竹に突き刺さった二本の針。
それを見た魔理沙は驚いた。
「こいつはさっき霊夢が投げた針じゃないか」
「そう。これは私しか持ってない特性の針よ」
霊夢の使う針は一般的に見られる針とは全く違う。
一本一本に魔を封じる力を込めた、妖怪などの魔に対し極めて強力な魔封針と呼ばれるお手製の針なのだ。
その針が二本、この竹に刺さっている。
それはつまり、霊夢が魔理沙に向かって先程投げた物だということになる。
しかし、もしもそうだったとしたらとんでもない事だと魔理沙は気づいた。
「おいおい、これはさっき霊夢が投げたやつだよな?」
「そうとしか言いようがないわね」
「だったら、私達はぐるっと回ってここに戻ってきたってことだよな?」
「そうね」
「でもありえないぜ。道はまっすぐだし、分かれ道も無かった。どういう事だ?」
何が起こっているか分からず、混乱している魔理沙に対し霊夢はひどく落ち着いていた。
周りに視線を写し状況を確認した霊夢は、冷静な状況分析を始めた。
「なるほど……。そう言う事ね」
「何か分かったのか?」
「ええ。これはいわゆる結界の一つね」
「結界?」
「とても複雑で分かりにくい結界ね。私はこれを迷宮結果と呼んでるわ。でもこれ、貼るには相当の力が居るわ。―――例えばそうね……月を偽物とすり替えられる程の力とか」
「まさか!?」
「やっぱり私の勘は正しかったわね。ほら行くわよ」
比較的、結界の薄い部分を探し出した霊夢は、懐から出した札を投げつける、等の特殊なことをせず、そのまま思いっきり殴って結界を打ち壊した。
「脳筋すぎだろお前……」
「うっさいわね。こっちの方が手っ取り早いの」
魔理沙は何処ぞのフラワーマスターを思い出しつつも、急いで霊夢の後を追いかけるのであった。
静けさが支配した暗闇の中、僕は苦痛と息が出来ないくらいの激しい咳に見舞われていた。
「ゴホッゴホッゴホッ!!……はぁ……はぁ……ゴホッ、ゴホッ!!」
「ちょっと、片倉さん!?大丈夫ですか!?」
「だ、だいじょう、ゴホッゴホッゴホッ!!」
「大丈夫って……」
あまりにも苦しそうだったようで、背中をさすろうとして近付いてきた妖夢は、僕の手を見て固まった。
「そ、それ……」
「あ、あぁこれ?トマトケチャップ……」
「トマトケチャップ……ってそんな事ある訳ないじゃないですか!血ですよねどう見ても!」
血がついて、紅く染まった僕の手。以前にも幽香さんの時にも同じ状況があった。
しかし、気のせいか付いている血の量が以前よりも多くなっている気がする。
恐らく妹紅の時に無理をしたのが祟ったのだろう。
今は深く考えずに、そういう事にしておく。
妖夢はというと、どうやら僕の状態があまり芳しくない事に気付いたのか、とても険しい表情になっていた。
「いったい何時から……」
「ん〜つい最近かな?」
とは言うものの、かなり進行してから気づいたからな〜。
しかし「手遅れかも」と言うのは流石に止めた。多分妖夢の事だから、今すぐ引き返して安静にしましょう、と言うに違いない。
「とにかく、急いで白玉楼に戻りましょう。安静にしないと……」
あ〜手遅れじゃなくても引き返さないと駄目なようです。
「いや、それだけはちょっと……」
「それでは紅魔館に行って……」
「いや、そう言う事じゃないから!?このまま引き返すのが嫌なんだけど!?」
「駄目です!そんなことしたら、余計に悪化しちゃいますよ!」
「でも、レミリアさんやフランちゃんを助けないと……」
「それは、博麗の巫女や白黒の魔法使いが何とかするはずです!」
そう言われて、僕は返す言葉を詰まらせた。
確かにこのまま引き返した方が自分の体にとっては正しい選択だ。
それに僕よりも圧倒的に腕の立つ霊夢や魔理沙が異変を解決してくれる。
引き返すべきなのだ。だが、僕は絶対にそうはしたくなかった。なぜなら、
「どうせ僕は手遅れだから……。せめて、自分の残された時間を無駄に過ごすくらいなら、誰かの為に使いたいんだよ。そう、今まさに苦しんでいるレミリアさんやフランちゃんの為にもね」
「だとしても、この異変は博麗の巫女達に任せるべきです。ここで残りの時間を使うなら、ほかの時にでも……」
「いや、そうもいかないんだよ」
「どうして」
「なんだか凄く……凄く嫌な予感がするんだ」
「その根拠は?」
「ん〜、勘……かな?」
ハハハ、と苦笑いする僕に妖夢は軽くため息をついた。
だが、少し笑っていた。
「はぁ……。まるで博麗の巫女と同じような事言いますね。―――分かりました。このまま進みましょう」
「ありがとう……妖夢」
「ただし、絶対に無理はしないで下さいよ」
「分かった。心がけるよ」
お互いに笑いながら進んでいた時、妖夢が何かを見つけた。
「おや?これは何でしょうか?」
妖夢の視線の先にあったのは、竹に刺さった二本の針。―――何だこれ?
「さ、さぁ?見たくれは針のようだけど……」
「誰かが目印として刺したのでしょうか?だとしたら、この針は普通の針とは違いますね。普通の針は竹に刺さらない」
「そうだよな。……いったいこれは何があってこうなったんだ?」
「深く考えるのはよしましょう。さあ、進みますよ」
「了解」
針のことが気になりつつ、妖夢に置いて行かれまいとその場を後にし、またまっすぐと歩き出した。
歩く、歩く、ひたすら歩き続け、そろそろ何かがあっても良さそうな気がしてきた。だが、何も無い。
あるのは竹と道。遠いな……。
引き返したくなる気持ちを抑えていた時、ふと目の前に生えている竹に目が止まった。
「あれ?この感じどこかで……」
「どうしました?」
「いや、なんかこの風景見たことあるような気がして。もしかしてデジャブ?」
「デジャブ??詳しくは分かりませんが、多分気のせいでしょう」
「うーん、そうか……あ!」
「どうしました?」
「これを見てくれ妖夢」
「これは!?」
そこにあったのは、竹に突き刺さった二本の針。先程、気になりつつも置いていったあの針だ。
「これ、完全にさっきの針だよね?」
「そうとしか考えようが無いですね。刺さってる位置もさっきのと同じですし……」
「となると、これは……いや、でも……」
「どうやら片倉さんが考えている事と私の考えは同じのようですね」
「そうだね。試しに言ってみる?せーのっ!」
「さっきと同じ道に戻った」「特別製の針だ!」
「……は?」
あ、あれぇ?何で妖夢さんはそんな馬鹿を見るような目で首をかしげてるのかなぁ?
「この状況で、針のことを言いますか?言いませんよね?」
「いや、だって、ずっと疑問に思ってたんだよ。なんであの針が竹にぐっさりと刺さってるのか」
「それも気にはなりますが、もっと大事な事があるでしょう!」
「と言いますと?」
「さっきと同じ道に戻ってるんですよ!」
「……あら、本当だ」
言われてみれば確かにそうだ。
そんなことにも気付けなかったとは、不覚だった。
「でも、なんで戻ってるんだ?真っ直ぐ進んでたよ?」
「それが問題なんですよ。そこが分からない」
うーん、と腕を組み考える妖夢。
辺りを見回す。……特に変化はない。
いや、おかしい、あれは……?
「妖夢、あれを見てくれ」
「何です?」
指をさした先には、人が一人分くらいの大きさでぐにゃりと変化している空間があった。
「これは……」
「多分これ、結界じゃないかなぁ。前にパチュリーさんに見せてもらったことある」
「だとすると、私達はこの結界の空間をぐるぐると回ってたという事ですか」
「そう言う事だね」
念の為に警戒しながら変化している空間へと近付く。
隅々までみると、どうやら誰かが割ったような跡があった。恐らく、霊夢か魔理沙の仕業だろう。
しかしまぁよくあの二人は結界に気づけたな。流石だ。
結界が割られた部分をくぐり抜けると、空気が変わった。
新鮮な空気ではない。強い妖気だ。
「この妖気……まさか」
「あぁ、間違いない。異変の犯人はここに居る」
「それなら早く急ぎましょう」
「分かった」
歩きから早歩きにスピードを変え、急いで異変の犯人の元へと向かった。
永遠亭では、兎の妖怪たちが忙しなく働いていた。
そんな兎達の中を優曇華はバタバタと走っていた。周りの兎達は何事かと首をかしげる。
そして、目的の部屋に着くやいなや、麩を開け永琳に事の次第を報告した。
「師匠、何者かが結界を破りました。恐らく博麗の巫女かと」
「意外と早いわね。流石は異変の解決人ね」
「いかがなさいましょうか」
「そうね……。とりあえず打ち合わせ通りに、罠を張り巡らせておきましょうか」
「了解しました。それと師匠、大変言いにくいのですが、てゐが行方不明になりました」
「また行方不明?まったく、こんな時に」
「連れ戻しますか?」
「そうして頂戴。そろそろ私も準備しようかしらね。てゐのこと頼んだわよ鈴仙」
「はい」
麩が締まり廊下を走る慌ただしい音が遠ざかるのを聞きながら、永琳はすっと立ち上がり戦いに向けての準備を始めた。
「来なさい、博麗の巫女。絶対に返り討ちにしてあげるわ」
そう呟いて永琳はうっすらと笑みを浮かべるのであった。