片倉と妖夢がまだ月の異変に気づく前、博麗神社で霊夢と魔理沙は縁側でのんびりとお茶をすすっていた。
「平和だな」
「何言ってんのよ、平和が一番に決まってるじゃない」
「はっ、ジジイみたいな事言うなよ霊夢」
「悪かったわねジジイみたいで」
「霊夢がジジイなら私はババアか、ハハハ嫌だなぁ」
「そう?あんたのババア姿、意外とお似合だと思うわよ」
「失礼だな!?」
このところ異変や妖怪退治の依頼も無く、とても呑気なこの二人組。しかしこの二人こそが、幻想郷の異変解決人だとは知る由もないだろう。
そんなのんびりでゆったりまったりな空気の中で、霊夢が唐突に大きなため息をついた。
ため息にも二種類ある。一つが、幸せなため息。もう一つが、嫌な出来事に対する嫌悪なため息。霊夢のため息は後者のため息であった。
「はぁ……。まったく嫌になってくるわ。よりによってこのタイミング……」
「ん〜?どうしたんだ霊夢?」
嫌悪感に心満たされた不機嫌な霊夢に、何のこっちゃ分からない魔理沙が質問する。
「月を見なさい」
「つき?」
言われるがままに空を見上げ輝く月を見る。雲が一切無く今宵の月は美しかった。
「綺麗だなぁ……これは満月か?」
作り物のように綺麗な月を見て感動する魔理沙。その魔理沙の反応に対して、霊夢の不機嫌度はより高まっていく。
「あんたねぇ……。あの月見て何か感じないの?足りないでしょ、どっからどう見ても」
「足りない……足りない……あっ!」
「分かった?」
「兎が餅をついてない!!」
ガタタッ!と縁側からずっこける霊夢。その滑稽な光景はまるで何処ぞの新喜劇のよう。それを見て魔理沙は腹を抱えて笑った。
「あ、あんた……殴っていい?」
「ワハハハハ!悪かった、悪かったから怒るなって」
「で、本当のところはどうなのよ?」
「勿論気づいてるぜ。ありゃ偽物だな、力を感じない」
「よりによって月をすり替えるなんて、何処のどいつよ。おかげでこっちは大変な事になっちゃうじゃない」
「なんで大変な事になるんだ?」
「本物の月がないと幻想郷中の妖怪が死ぬのよ?これはれっきとした異変ね……ッチ、めんどくさい……」
イライラして舌打ちをしながらも、てきぱきと外へ出るための身支度を始める。ここら辺の手際の良さは、流石は数々の異変を解決してきた巫女である、と魔理沙は感心していた。
「ほら、あんたもボサッとしてないで早く準備しなさい」
霊夢に言われ、魔理沙もせっせと準備を始める。とは言っても残った茶菓子とお茶を口に放り込むだけなのだが。
「よっしゃ!行くか!……でも何処に行けばいいんだ?」
「そんなもん勘で突き進むに決まってるでしょうが。さあ行くわよ」
相変わらず、勘だけを頼りにする困った巫女だ、と心の中で首を振る魔理沙だが、この勘こそが彼女の強さでもある。
こうして二人は、夜の幻想郷へと飛び立っていった。
「片倉さん、本当にこの道であってるんですか?」
「あー、うん、多分あってると思う。多分」
「そうですか……。(絶対あってないな……)」
鬱蒼と茂る木々が広がる森の中に僕と妖夢は居た。例のあの人の元へ訪ねるためだ。
てかこの道だったけか?さっぱり分からん。どうしてこの森の中に家を建てたかなぁあの人は。
「片倉さん……あってるんですか?」
何回目の質問だろうか。ため息をつきながら妖夢が聞いてくる。もう覚えてないって言おうかな?いや、それだと僕としては格好がつかない……。
「大丈夫、多分……おっ!?」
「どうしたんですか?」
「キターーーーーーーーーー!!!」
森の中には似つかわしくない、色鮮やかな一軒家を見つけた僕は思わず叫んでしまった。
突然発狂しだした僕を訝しげな表情で妖夢が見つめる。
そんな視線を気に求めず、意気揚々とステップしながらその家のドアに向かってノックをする。
コンコン、しばらく待っているとガチャりとドアが開き、この家の住人が姿を現した。
「はーい、どちら様って、片倉じゃない」
「どうもアリスさん」
そう、例のあの人とはアリスのことだ。
どうやらもうすぐ寝床につく予定だったのか、いつもの服装ではなく寝間着であった。
「それと……、あなたは白玉楼の……」
「はい、白玉楼で庭師をしている、魂魄妖夢です」
「そうそう、宴会の時に見たわね。で、どうして私の家に来たのかしら?」
「ちょっと尋ねたいことがありまして……」
「そう……、とりあえず家に上がりなさい。紅茶くらいなら出すわよ」
「それではお言葉に甘えて」
家に入ると、急な来客にも関わらず既に三人分の紅茶と菓子が用意されていた。―――恐らく人形が準備してくれたのだろう。流石はアリスだ。
眠気を押し込みながらアリスが椅子に座る。「どうぞ」と言われたので、僕らも続いて腰を落ち着けた。
「さて、尋ねたいことは何かしら?」
紅茶を飲んで喉を潤した僕は、ここに来た理由を答えた。ちなみに妖夢は勝手に動く人形が気になるご様子。ずっと人形とにらめっこしている。
「今、異変が起こってるのは知ってます?」
「ええまぁ、あの月のことよね。さっき知ったんだけど」
「ご存知でしたか。それじゃ単刀直入に聞きます。この異変について何か知りませんか?例えば犯人とか原因とか……」
紅魔館や白玉楼の異変で色々と情報を提供してくれたはずだから、何かしら知っているだろうと思った。が、期待とは裏腹に、アリスから返ってきた言葉は残念な返事だった。
「あぁ……、残念だけど今回の異変については何もわからないわ」
「そうですか……」
むぅ……、何もわからないか……。また振り出しからか。
少し残念な気持ちになりながら、紅茶を飲み干す。妖夢は、にらめっこの次はじゃんけんしてる。どんだけ人形が気になるんだよ……。
何も情報がないと知るや否や、ここに居ても時間の無駄だと悟り、外へと出ようとする。そんな僕に、アリスが気になる一言を喋った。
「人里に行きなさい。そこに居る、上白沢慧音と言う人に事の情報を聞くといいと思うわ」
「その人なら何か知ってるんですか?」
「断定は出来ないけど、恐らくは何かしらの情報を知ってるはずだわ。少なからず私よりは物知りな妖怪よ」
妖怪なのか……。とにかく行って訪ねてみるか。
「分かりました。ありがとうございます」
「気をつけるのよ。あんたはただでさえトラブルに巻き込まれやすい奴なんだから」
「ハハハご冗談を」
「そうかしら?紅魔館といい、白玉楼といい、全部の異変に首を突っ込んでるじゃないのあなた」
ぐぬぬ……。確かに言われてみればそうだった。
でも、好きで首を突っ込んでるわけじゃないんですよ?好きでね?
「まぁ……死なない程度で頑張ります」
「そう、まあ頑張りなさい。死なれたら目覚めが悪いわ」
フッ、と微笑んだアリス。そんなアリスに見送られ外へと出る。勿論、人形と遊んでいた妖夢と一緒に。
「あっ!そうそう、アリスさん今何時くらいですか?」
「今?そうね……、もう12時過ぎてるわね」
「もうそんな時間ですか……」
アリスに時間を聞いて深く考え込み出した僕に、妖夢とアリスはどうしたのかと首をかしげていた。
「どうしたのよあなた。何か気になることでも?」
「ええ。一つだけ……」
「それは何ですか?気になります!」
「いや、さっきから月が……」
「「月が?」」
「いっこうに動いてない気がするんだよね……」
「「えっ?」」
二人の驚きにも似たやや気の抜けた声が夜の森に響いた。
「なぁー霊夢ー!」
「なによ?」
偽物の月とはいえど月本来の輝きは本物同様のようで、その光に照らされ幻想的な夜の森の上空を魔理沙と霊夢の二人は駆け抜けるように飛んでいた。
「さっきから思ってたんだけど、月動いてないよな?」
「はぁ?」
あるはずのない事を言い出した魔理沙を訝しげな表情で見ながらも、とりあえず月の位置を確認する。
月を見た霊夢は眉をひそめた。どうやら魔理沙の言った事は本当だったらしい。
そして、何故月が動いていないのかを悟り、それでもっていったい誰がそうしたのか霊夢は勘づいた。
「……紫がやったわね」
「紫が?いったいどうして―――」
「簡単よ。時間が経てば月は消えて太陽が出てくる、それを止めたのよ。私達が異変を解決するのが遅くてもいいようにね」
霊夢の憶測に魔理沙は両手をポンッと叩き、満足げな表情で閃いた。
「おぉつまり、月が無いと本物と偽物が交換できないからそうしたわけだ。これならいくら時間をかけてもすぐに月を交換出来る」
「まあ恐らくはそう言う事ね」
月が動かない理由を解明させた二人は、それ以後雑談などをすることなく飛ぶ速度を速めていった。
「紫様、月の件ですが無事に終わりました」
「ご苦労さま藍」
淡い光に包まれた暗闇に二人の女性がそこに居た。そこは誰も知らないごく限られたものが入る事が出来る、いわゆる隙間と呼ばれる空間。
そんな空間に、紫と藍と言う女性が暗闇に浮かぶ無数の目のような隙間を見ていた。まるで、幻想郷全体を見渡し監視するかの如く。
「しかし良かったのですか?」
「いいのよ。保険のつもりで時の流れを止めただけだから。この異変が終わったら元に戻すわ」
「かしこまりました。紫様の仰せの通りに」
「ところで藍、あの二人以外に変わった奴とか動きはないかしら?まぁ、無いと思うけど―――」
「あります」
あまりの即答に少し驚きつつも笑みを崩さずに「あらそう?」と口元に扇子を持っていった紫。
その姿を見ながら、藍は淡々と説明を始めた。
「例の外来人が白玉楼の庭師と共に異変の調査をしているようです。今は人形使いの家に居るようです」
「そう……」
「どうされますか?」
「そうね……、特に何もしなくてもいいわ。二人の邪魔さえしなければいいんだし」
パシッと扇子を閉じる紫。
一応の報告が終わった藍はまた情報収集の仕事に戻るらしく「それでは」と言い残し、すぐに何処かへと消えていった。
そうして残された紫は改めて、暗闇に浮かぶ一つの隙間を覗き込む。そこに移されていたのは、片倉と妖夢の姿だった。
「さて、今回はどう動くのかしら?期待してるわよ、八雲の名を継ぐものとして……」
アリスの家からだいぶ離れた所、僕と妖夢は人里へと向かう道を歩いていた。
すると、唐突に背中に寒気が走った。あとついでにくしゃみもでた。
「ハックション!!……誰か噂してる?」
「誰もしてないと思いますよ」
そうですか……。
少ししょんぼりしつつ、人里へと向かうのであった。