偽りの月と永遠の夜 第1話
ここは、とある竹林に建っている和風の屋敷。
この屋敷の名は永遠亭。
その永林亭の一室に、一人の女性が座って黙々と何か薬らしきものを調合していた。
「師匠、失礼します」
突然、沈黙を破るかのごとく麩が開き、一人のうさ耳の少女が部屋に入ってきた。
「あら?何か用かしら鈴仙」
「例の件ですが、準備が出来ました」
「そう、分かったわ」
端的に事を伝えた鈴仙と呼ばれる少女はすぐに部屋から退出した。
「―――そろそろ始めようかしらね。姫の為にも、これだけは……」
先程までしていた薬の調合作業をササッと中断した女性は月を見上げ呟いた。
「一日、果たして守りきれるかしら。……いや、守ってみせるのよ」
その顔は、とても固い決意が現れているようだった。
せわしなく響く包丁の音、そして……そして……、
「片倉さーん!まだ〜?」
そして、食いしん坊の質問もとい叫び声。これで五回目の叫びだ。
「後少しですから待ってて下さい!!」
「は〜〜い」
ただいま僕は白玉楼の料理人として絶賛働き中だ。なぜかって?全てはあの悪魔のせいさ。
昨日のあの戦いで半壊した紅魔館は今修復中なのだ。その間、寝泊りができないから何処かに行っておけ、とレミリアさんに言われたので白玉楼に住み込みで居る。
幽香さんがあの時あんな技を打ち込まなければこんな事には……。ちなみに幽香さん、紅魔館の修復の手伝いしてるよ。自業自得だね、ハハハ!
「片倉さん焦げますよ」
「やべっ!」
危うく焦げそうになった鮭を裏返す。危ない危ない。
「まったく、しっかりして下さい」
「申し訳ない……」
そんなやりとりをしている内に鮭が焼けあがった。いい狐色だ、美味しそう。
「お皿用意してくれ妖夢」
「分かりました」
しかし未だにこの呼び方は慣れないなぁ……。
あの妖夢に嫌われ事件以来から、本人に呼び捨てで呼んでくれと言われたので妖夢と呼んでいるのだが、まったくもって慣れない。
本当は妖夢よりも魂魄さんって呼ぶのが僕的にはいいのだが、いかんせんそんな呼び方したら怒られてしまう気がしてままならない。
「用意しましたよ」
「んっ?あっ、ありがとう」
うん。呼び方については深くは考えないどこう。あっちがそう呼んでくれって言ってるしね。
「ご馳走様でした〜。美味しかったわ〜」
「それはどうも」
「やっぱりあなたの作る料理は最高ね」
「アハハ、そうですか?」
それは多分気のせいだろ、と心の中で軽く突っ込んでみる。
でもあれだな、この人今更だけど凄いわ。さっきまであった四人前の料理を全部一人でぺろりとたいらげるんだもん。化物級だよ胃袋が。鮭の塩焼き、鷄の唐揚げ、野菜炒め、その他諸々、挙げだしたらキリがないほどの量を……。おそるべし食いしん坊。
それよりももっとすごいのが、この人の食事関係を一人でこなしちゃう妖夢だ。もうこれは家事の度合いではなくなってるぞ。ちょっとした食事処だろ。
もちろん僕も住み込みで居る手前、ここで色んな妖夢の家事をお手伝いしている。
掃除、洗濯、料理、とにかく色々だ色々。その中でも一番大変な仕事がある。それは、
「暇ね〜。片倉さん遊ばない?」
この人の世話係と言う仕事だ。
「嫌です。お断りします。遠慮します」
「ちぇっ、ケチな人」
「食いしん坊の幽々子さんには言われたくありません」
「食いしん坊で〜す!」
まったく疲れる。この人とのやり取りは。
別に嫌いとかではないのだが、ああ言ったらこう言う人だから正直面倒くさい。いや、嫌いではないよ?
あ〜早く妖夢帰ってこないかなぁ。この人の世話係はどんな仕事よりも過酷だよぉ……。
「幽々子さまーーー!」
おっ!帰ってきた!助かった!
しかし何故妖夢はダッシュでこっちに来てるんだ?そんなに急ぐ事は無かろうに。
「幽々子様!幽々子様!幽々子様!」
「な〜に、妖夢?どうしたの」
「大変です!大変な事に!」
「何が大変なの?」
「月が!月が違うんです」
月が違う?どういう事?
幽々子さんと一緒に外へ出て月を見てみる。
「何もない普通の満月じゃん。そう思いません?幽々子さん」
笑いながら幽々子さんの方を見てみると、幽々子さんは今までには見たことが無いほどの真剣な顔になっていた。
「幽々子、さん?」
「これはまずいわね。非常に良くないわ」
え〜?どういう事なの〜?妖夢といい幽々子さんといい、あの月がどうかしたのか?
その時「片倉様」と聞きなれた声がした。この声は……
「咲夜さん!?どうしてここに?」
「あっ、そう言えば片倉さんにお客様が来てる事を言うのを忘れてました」
いや、忘れるなよ……。というか、どうしてここに?
「片倉様大変です。お嬢様と妹様が倒れました」
「倒れた!?なんで!?」
「お気づきではないのですか?全てはあの月のせいでございます」
ぬぅ……、咲夜さんも月の事を言いますか。もう訳わかんないよ。我、誰かの説明を求む。
頭の上にはてなが沢山浮かんでいる僕に咲夜さんが説明をしてくれた。
「どうやら月の役割というのをご存知無いようですね」
「えぇ、まったく分かりません」
「月というのは実は妖怪には無くてはならない存在なのです」
へぇ、そうなんだ……。なんで?
すると次は幽々子さんが説明を始めた。
「月にはある種の力が放出されてるのよ」
「ある種の力……。それはどう言ったものですか幽々子さん?」
「うーん……強いて言うなら妖力やら生命力みたいなものかしら?まぁ、私にはよくは分からないわ〜」
分からないのかよ!?でもある程度は分かってきたぞ。
要するに月は妖怪に必要な力が放たれていて、その力を妖怪が取り入れることで日々を生きている。そういう解釈でいいのかな?
「だとしたら、幽々子さんと妖夢は不味いんじゃないの?月からの力が無いんだし……」
「いえ、私の場合は半人半霊なので問題はないです」
あっ、そうなの?よかったよかった。
じゃあ幽々子さんの方は?あの人は半人半霊じゃないから駄目でしょ。
「私は力を蓄えてるから問題ないわ。今はまだ、だけどね」
「と言うことは、このままいくと倒れてしまうということですか?」
「そうなるわね〜」
呑気にそう答えながら、何処から持ってきたのやら饅頭を口の中に放り込む幽々子さん。
うーむ、これはまいったなぁ……。このままだと幻想郷中の妖怪が死ぬかもしれないな。どうしたものか。
「まぁ、これだけの騒動になったからにはあの二人が何とかするでしょうし、大丈夫よ多分」
あの二人と言うと、霊夢と魔理沙の事か。確かにあの二人なら問題ないだろう。うん。
でもなぁ……、レミリアさんとフランちゃんが倒れたのを聞いたからには、僕としては何かしら動かないと気が済まない。
「どうしたの?紅魔館の吸血鬼姉妹が気になるのかしら?」
「えぇまあ気になりますね」
「なら行くといいわ。夕食の時間には帰ってくれれば私としては問題ないし」
「そう言う事ではなくて、僕も何かしら動きたいなと思いまして……」
「自ら問題ごとに首を突っ込むなんて、あなた中々の度胸ね。大したものだわ」
「いやいや、ただあの二人が倒れて苦しんでると考えているとなんだか……あれなもんで」
あれなもんでって言うのもあれだが、いい感じに言えそうもなかったのでこの表現にしておこう。
すると、幽々子さんが何かを思いついたらしく、手元の扇子をバッと開いて、ある提案をした。
「それなら解決してきなさいな。悩んだなら即行動よ!」
「は、はぁ……。でもいいんですか?」
「いいのいいの。それと妖夢も連れていってあげて。あの子の成長っぷりを確かめるいい機会だし。いいわよね妖夢?」
「はい、分かりました幽々子様」
それだと余計にまずい気もするが……まあいいか。―――よし、早速準備するか。
「それならば私もお供致しますが」
「あー……咲夜さんは倒れた二人の看病をしてあげて下さい。その方があの二人にとってもいいと思うんで」
「……分かりました。くれぐれもお気をつけくださいね」
そう言い残すと、サッと消えた咲夜さんは。恐らく時間停止能力だろう。
だがあの時、若干咲夜さんの顔に笑顔があったのを僕は見逃さなかった。―――レミリアさんのそばにいるのがあの人にとっての幸せなのかもしれないな。
そろそろ行こうかなと思ったその時、幽々子さんが近づいて来た。んっ?どうしたのかな?
「一つだけ忠告よ。無理はしない事ね」
「は、はぁ……」
「あなた、気づいてるかもしれないけど、死期が近いわ、それもとっても」
なっ!?バレた!?
「その様子だと気づいてたわね」
「は、はい……。でもどうして分かったんですか?誰にもバレないようにしてたのに」
「私の能力は死を操る能力よ。人様の死期くらいすぐに分かるわ」
ひぇぇえ……怖すぎでしょそれ。
「心配しなくても、誰にも言わないわよ。ただいつかは皆には言う羽目になるでしょうが」
「ですよね〜」
「まあ、あなたがもし死んだら、ここで匿ってあげるから安心しなさいな」
「ハハハ、そりゃどうも」
そうはなりたくないけど、多分そうなるんだろうな……。
「片倉さーん!行きますよー!」
遠くで妖夢が呼ぶ声が聞こえてきた。はいはい、今行きますよーっと。
「それじゃ、解決しに行ってきますね」
「行ってきます幽々子様!」
「はーい、気をつけてー。夕飯までには帰ってきてね〜」
それは無理だろ!?思いっきりツッコミを入れる。―――心の中でね。
「ところで解決と言っても、どうするんですか?」
そうか。妖夢は異変解決は初めてか。この場合は魔理沙に乗っ取って……
「うーん……最初は情報集めからだね」
「なるほど。でも、何処に行くんですか?幻想郷は広いですよ?」
フッフッフッ……安心したまえ妖夢君。こんな時にこそあの人の元へ行くのがいいのだよ!
不敵な笑みを浮かべつつ、僕と妖夢の二人組はあの人の元へと向かったのであった。
「あの人って誰ですか?」
それは次の回のお楽しみですよ?妖夢さん?