今日は本当についてない日だった。
アリスは深い深いふかーい溜め息をついた。
お気に入りの人形の糸がほつれて腕がとれたり、魔理沙が私の本を盗ったり、人里に行ったら行きつけのお店が閉まっていたり、とにかくついていなかった。
挙句の果てには、人里から帰宅途中に見知らぬ外来人が血だらけの状態で倒れていた。
別にそのまま素通りだって出来たはず、だけど何故か、つい……助けてしまった。
とりあえずその外来人を家まで運んだ私は、回復魔法をかけて傷を治した。
しかしなぜ、助けてしまったのだろうか。今になってアリスは深く後悔していた。本当に全くもってついてない。
「はぁ……早く目を覚ましてどっかに行ってくれないかしらね。ん?」
アリスは外来人の持っていた緑色のバックパックに目をつけた。
「これは何かしら?」
とりあえず中身を確認してみることにする。命を助けたのだからそれくらいは許されるはずだ。
中を見てみると、その中にはアリスが見たことない物がたくさん入っていた。どうやら外の世界のものらしい。
それら謎の品物を一つ一つ取り出すと、注意深く観察し始めた。―――もしかしたら、魔法の研究に役立つかもしれない。
そう思ったアリスは、丁寧に外の世界の品物を分析し始めた。
その中の一つに、爆弾と言う危険物があるとは知らずに。
「うーん……」
目を開けたらそこは、森の木々ではなく見知らぬ天井でした。どうやらここはどこかの家の中らしい。
確か二匹の妖怪に襲われて、狼の妖怪に噛み付かれたんだっけ。そういえばあの時、女の人が助けにきたな。
起き上がって噛まれた太ももを見てみると、痛みはおろか傷口さえも見当たら無かった。
いったいなぜだろう?と考えていたら、部屋の奥から誰かがやって来た。
「あら、目覚めたの。意外に早いわね」
奥から来たのは女性。おそらくこの人が僕を助けてくれた人だろう。あの時にうっすらと聞いた声と今の声もどことなく一致する。とりあえず礼を言っておかなければ。
「助けてくれたんですね。ありがとうござい……え?」
「ん?どうしたのよ?」
僕は彼女の手に持っている物に目を向けた。もしかしてとは思うが、あれはどう見ても僕のバックパックに入っていた物だ。
「ああ、ごめんなさいね。あなたの物を勝手に分析していたわ。ここでは珍しいものだから。」
そう言うと彼女はその手に持っている物を、バックパックに戻そうとした。
刹那、バッ!と素早く起き上がり、彼女が手に持っていた物をすかさず奪い取る。
「きゃっ!何をするのよまったく!」
「バカ野郎!この家を吹き飛ばしたいのかあんた!」
あちらからすると急に突き飛ばされたようなものだからたまったものでは無いだろう。しかし彼女の手に持っていた物は、C4爆弾だった。
C4爆弾はプラスチック爆弾とも言われている。爆発威力は計り知れない。
本来、そのままであればなんの変哲もない粘土なのだが、信管を付けるなど正しい処理を施せば、凶悪な爆弾に変貌する。あの女性の持っていたC4爆弾は、まさにその信管とやらを付けた状態だった。
「これは、爆弾だぞ!ああ……死ぬかと思った」
「そうなの……知らなかったわ、そんなのが爆弾だったなんて。ていうかあなた、さっきまで死にかけてたのよ?そんなに動いて平気?」
「あっ……そうだった」
そういえばそうだったな。
とりあえずお礼が言いかけだったから、ちゃんと言っておこうかな。
「森で倒れていた僕を助けたのはあなたですよね?」
「そうよ。運が良かったわあなた。もう少し遅れてたら、魔法でも助からなかったわ」
「そうなんですか……って魔法?」
「ええ。私はあなたの怪我を魔法で治したわ。どう?違和感はないかしら」
なるほど……。妖精、妖怪ときて、次は魔法ときましたか。ということは彼女は魔女ということかな?
「違和感は特に。というか先程、あなたは魔法と言いましたが、もしかして魔女ですか?」
「ええ、まぁそんなところよ。とりあえず自己紹介しましょうか。私はアリス•マーガトロイド、魔法使いよ」
「僕は、片倉と言います。あっちの世界では傭兵してました」
「ヨーヘイ?まぁいいわ。というかやっぱりあなた、外来人だったのね」
「ええ。ここはいったいどういう所ですか?妖怪とか妖精がいましたけど」
「ここは、幻想郷。本来ならばあなたみたいな人間はここには来れないはずなんだけど、いったい何があったのかしら?詳しく教えてもらえない?」
「いいですよ。実はですね、この世界に来る前、僕はカクカクシカジカ」
「そうだったの……。というか、あなた弾幕を使えるの?氷の妖精を倒したんでしょう?」
「いえいえ、弾幕なんて撃てませんよ。あの時は道具を使って気絶させただけです」
「そうなの。しかしあなた、外来人の割には結構強いわね」
「まぁ、あっちの世界ではこんなこと日常茶飯事でしたから」
僕はあれから1時間程度彼女と話していた。どうやら外の世界から来た客人はなかなか珍しいようだ。話が弾む。
だが、こう長く居るのもお邪魔になりそうなので、そろそろ出ていこうかな。
そう思い、バックパックの中身を整理し外に出ようとする。
「すいません。そろそろお暇しますね。助けてくれてありがとうございました」
「待ちなさい。もうそろそろ夜になるわ。このまま外に出てもまた妖怪に襲われて、今度こそ死ぬわよ」
窓から外を見るともうすぐ夜になりそうだった。赤い夕日の光が差し込んでいる。確かにこれでは危険だ。
さっきの二の舞になること間違いなしだろう。どうしよう……。
悩んでいる僕に、アリスが声をかけた。
「せっかく命を助けられたのに死にたくないでしょう?今日は泊まっていきなさい」
どうやら今晩は泊めてくれるようだ。よくわからない人物の家に泊まるのはちょっとまずいかと思ったが、命を助けてくれた恩人だ。
それに夜の森は、幻想郷関係なくいつでも何処でも彼女の言うとおり危険だ。とりあえず今日はここに泊まろう。
「それではお言葉に甘えて、今日はここに泊まることにします」
「ええ、ただし条件があるわ」
「……なんでしょう?」
「そのバッグの中身をどれか頂けないかしら。研究に役立つかもしれないから」
まぁタダで泊めて貰うわけにもいかないし、どれか彼女にあげるのも悪くないかな。
バックパックの中身は基本的に危険物ばっかりだ。そこらへんの素人が扱ったら危険極まりない。どれをやったものか。
なんかいいものはないかなぁ、そう思いつつバックパックを漁っていたら、あるものを見つけた。……これなら問題ないだろう。
「これをどうぞ。研究の役に立てばいいですが……」
そう言いながら僕はゴーグルのような物を彼女に渡した。
「これは何かしら?」
「それは、暗視ゴーグルです。これをこうやって着けると、暗くてもちゃんと物が見える便利な道具です」
「へえ、ちょっと貸してもらえないかしら」
彼女に、暗視ゴーグルを手渡す。すると早速、彼女はその暗視ゴーグルを着けてその機能を確かめだした。
「本当だわ。確かに暗くても見えるわね。外の世界ではこんなものが……」
どうやら、暗視ゴーグルの機能に驚いているようだ。
「これでいいですか?」
「ええ。他の物も気になるけど、これでいいわ。ありがとう」
良かった。気に入ってくれたようだ。実際この暗視ゴーグル以外は危なくて渡せないから、断られたらどうしようかと思ってた。
安心して一夜を過ごせるようになったから急に眠くなってきたなぁ……寝ようかな。……あっ、でもお腹すいた。
「とりあえず、ご飯つくろうかしらね」
おぉぉぉ、アリスさんナイスタイミングだ!是非ともいただこう。
「ああ、貴方の分はないわよ」
うん……だと思いましたよ。そりゃあ見ず知らずの奴にご飯なんかあげるわけ無いですよね。
「冗談よ。だからそんな顔しないでちょうだい」
あっ…まじですかアリスさん。この人ジョーク言うタイプなんだ。なんかちょっと意外だ。
「ちょっと時間かかるけどいいわよね?」
「はい!喜んで!」
いやぁ、まともなご飯とかいつぶりだろう。
居酒屋の店員のような返事を返しながら、心の中でそう呟くのだった。
「はい、どうぞ。」
テーブルの上に並んだ、アリスさんの料理。どうやら今日はシチューのようだ。
「いただきます!」
それではいただこう。
なるほど、これはキノコシチューか。家庭のシチューのようなシンプルな味だが、久々にまともなものを食べたからとても美味しく感じる。
「味は大丈夫かしら?」
「はい!とても美味しいです」
「そう。良かったわ」
どうやら料理を褒められたのが嬉しかったようだ。
あの人笑うんだ。ずっと笑わないから、嫌われてるかと思ったよ。
「ご馳走様でした」
「さて、寝床はどうしようかしら」
あ〜、寝床のこと考えてなかった。まぁ、雑魚寝でいいや。戦場でもそうだったし。
「あっ、僕は床で寝るので大丈夫です」
「そう。わかったわ」
あっ…そのまますんなりいくんですね。いやいや、別にロマンス展開とか求めて無いですよ。ええ。
いやでも、そこには男のロマンというのがですね、
「おやすみなさい」
寝るんですか。そうですか。
「おやすみなさいませ」
うん。僕も寝よう。疲れたし。
明日のことは……明日考えようかな。
オヤスミナサーイ
こうして、幻想郷1日目は終わった。