とある魔術の黄金錬成   作:翔泳

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メルシナ

 周囲を爆炎が包んだ。

 三人を囲んでいたネバネバした人形が炎に飲み込まれ、苦しみの様な声を上げながら消えていく。

「言っておくがこんな人形では、僕たちを倒す事は出来ない」

 ステイルは吐き捨てる様に言う。

 触れることすらできず、朽ちていく人形達を見てもパラミラの表情が崩れることはない。

 うっすらと笑えを浮かべたまま距離を保っている。

「そうね。まぁそれくらいでやられてもらっちゃやり甲斐がないわよね」

 パラミラが指を鳴らすと、炎の収まった場所から更に一〇もの人形が現れる。

 片方が肘の下辺りまでしかない両手を前に付き、まるで地面から抜け出そうとしている様にも見える。

 今度は合図なしに、人形が動きを見せる。

 土御門の予想通りであるならば、先ほどまでの人形は、指示に従う様に作られた人形であり、今周りを取り囲んでいるのは、恐らく相手を襲う様に作られた人形。

 憎しみや怒りなどを詰め込んだ戦闘人形だ。

「灰は灰に、塵は塵に――」

 懐から散蒔かれたルーンのカードが辺り一面の壁や床、コンテナへと張り付いていく。

「――吸血殺しの紅十字!」

 左右一振り。

 それだけの動作で、一〇もの人形は一瞬にして形を失っていく。

「この魔術では倒せないと言っている、早く本気を出したらどうだい」

「あら、一度くらっただけで捕まってしまったのに、もう一度くらうことを望むのね」

 いいわ、とパラミラは間を置き、

「別にバレたところでどうしようもない訳だし」

 ステイルだけではなく、上条当麻とアウレオルスも身構える。

 今まではステイルの憂さ晴らしといった感じであったが、今からは雰囲気がガラッと変わる。

 ステイル自身が捕まり、アウレオルスは右腕を内側から破壊された魔術。

 それを、宣言して使用すると言っているのだ。

「ステイル、アイツは死霊魔術師(ネクロマンサー)じゃないかって土御門が言っていた。人形の魔術は大凡仕組みは分かったけど、あの魔術は土御門も小さなピースだけでは分からないって言ってたぞ」

「なるほど死霊魔術師(ネクロマンサー)か。一体どんなカラクリを仕掛けているかは分からないが、それを見極めない限りこちらの勝機は小さい」

 ステイルも闇雲にパラミラを挑発したのではなく、あえてあの魔術を使う様に仕向けたのだ。

「いいかい、恐らく土御門にも忠告されたと思うが、お前は力を使用するんじゃない。幸運なことに、パラミラの狙いはお前ではなく、僕と上条当麻みたいだからね。逃げ回ってればいい。むしろこの場所から離れてもらったほうがこちらとしてはありがたいんだけど、恐らくお前も上条当麻と一緒で素直にうんと頷いたりしないんだろう?」

 パラミラの目的は、理由は定かではないが、ステイル=マグヌスと上条当麻を同時に始末することらしい。

 つまり、アウレオルス=イザードが生きていると知って、それを排除しにきた魔術師ではないと言う事だ。

「だったら、自分の出来る事を考えろ。少なくとも知識としてはその頭の中に残っているだろ」

 ステイルの言葉が終わると同時に、パラミラが動いた。

 と言うも、右手の袖を外に払う仕草だけ。

 だたそれだけの動作。

「じゃあお望み通り、二人纏めて始末してあげる」

 三人が重心を落として、構えると、

「――避けるな」

 パラミラはただ一言そう告げる。

「避けるな、だと?」

 その言葉にパラミラはニヤリと不気味な笑みをこぼすと、

「五大元素を生み出す三大神秘の一つを展開。その力を刃と成して大地を覆う無数の柱と化して降り注げ!」

 瞬間、三人の頭上に無数の塊が姿を現した。

 半径一〇メートルほどの頭上を覆い尽くす白い塊。

「氷の塊か!」

 上条当麻とアウレオルスが見たモノに比べると大きさとしては半分にも満たない。一つの大きさが直径一メートルほどだろう。

 しかし、その数は見ただけでは把握しきれない。

 浮力がなくなり重力に引っ張られる様な形で、地面へと突き刺さっていく白い柱。

 ステイルの頭上で待ち構えていた塊が落下を始める。

 一瞬、炎の剣で焼き尽くすか避けるかを考えたが、

 そこで言葉がふと頭を過ぎる。

『避けるな』

「(まさか――)」

 咄嗟に、ステイルは炎剣を頭上へ向けてなぎ払い、その柱を丸々焼き尽くそうとする。

 が、

「完全に燃やし尽くせないだと!?」

 寸前のところで、なぎ払っ左手とは逆の右手を今度は、炎を纏った塊を横殴りに叩きつけ、軌道を無理やり変更する。

 ガシャン、と地面へ突き刺さることなく、その塊は音をたてて砕け散り、それでも尚炎を纏い燃え続けている。

 と、同時に複数の柱が真下へ落下するのではなく明らかに標準を合わした様に柱が一斉に落下を始めた。

 ステイルだけではなく、上条当麻とアウレオルスへも同じ様に柱が襲いかかる。

「クッ、危ない!」

 上条当麻がアウレオルスを押しのける形で、地面を転がった。

 その後を追う様に地面へと柱が刺さっていく。

「上条当麻!」

 アウレオルスの声に上条当麻が頭上を見上げると、複数の柱が同時に落下してくるのが見えた。

 上条当麻は右手を突き出し、その手に宿る力で氷の様な柱をぶち壊そうとして、

 ブシャ、と左腕が内側から破裂した。

「あッ?」

 と、気がついた時には痛みが頭の隅から隅までを駆け巡っていた。

「があぁぁぁ」

「内側からの破壊ッ、クッ!」

 アウレオルスは地面を力強く蹴り、上条当麻の体を右手で巻き込んで抱え込み、既に地面へ突き刺さっている柱と柱の隙間へと滑り込んだ。

 ズガガガ、とその柱ごと破壊するかのように残りの柱が頭上より降り注いでくる。

「――魔女狩りの王(イノケンティウス)!」

 轟! と、それらを巻き込む様に、紅の塊が具現する。

 重油の様な黒くドロドロとした人の形をした塊の周りに、三〇〇〇℃の炎を纏った巨人。

 無数に突き刺さった氷の様な柱を飲み込み、辺り一面を火の海へと変えていく。

 その一角で、

 バシュッ、と炎が消滅し、裂け目から上条当麻とアウレオルスが姿を現す。

「死んだんじゃないかと心配していたよ」

「痛ッ・・・・・・誰が、死んだって」

 魔女狩りの王の炎はステイルが配置したルーンの刻印を全て消滅させない限り消えることはない。

 絶対に殺す、と意味付けられた炎の巨人。

 それらを例え上条当麻の右手で触れた所で直ぐに再生し、何度でも燃やし尽くす。

 にも拘わらず、二人がいる場所が再び燃えださないのは、ステイルがそう言う計らいをしれいるからだ。

 口では言わないが、上条当麻の右手があるからこそ、容赦なく一帯を焼き尽くすほどの炎を生み出し、柱を全て破壊したのだ。

「あの時と同じ、か」

「クッ、指先の感覚があんまり無い。また体の中からの攻撃か」

 左腕をダラリと垂れ下げ、上条当麻は苦悶の表情を浮かべる。

 魔術が見えるものであれば、右腕で防ぐ事が可能であるが、その出処が分からなければ、破壊することはできない。

「なるほどね。所有者自体に魔術が効かないんじゃなくて、右腕だけってことね。予め情報はあったけど、こうして確かめる事ができて良かったわ」

 パラミラは更に一〇メートルほど離れたコンテナの上から見下ろしていた。

「まぁ、術者の私から言うのもなんだけど、人の言葉はよく聞くべきね」

 周囲を覆っていた炎は、柱を焼き尽くすと同時に消えていった。

 魔女狩りの王はステイルの合図で、二メートルを超える巨大な十字架を作り出し、

魔女狩りの王(イノケンティウス)!」

 両手でそれを振り上げると、それこそそれをブーメランの様に放り投げた。

 中心軸がずれている十字架は奇妙な回転を描きながら、コンテナの上から見下ろしているパラミラへと弧を描きながら飛んでいく。

 パラミラはそれを見つめながら、スっと右手を横に振る。

 すると、今にもパラミラへと直撃しそうな十字架の炎の上から、直径五メートルの氷の様な塊が降り注いだ。

 ジュボ、とまるで巨大な足に踏みつけられた様に、十字架は地面へと埋もれた。

 その柱を炎が包み込む。

 十字架から派生した三〇〇〇℃の炎が、高さ一〇メートルはある柱を優に焼き尽くしていく。

 チッ、とステイルが吐き捨て、魔女狩りの王が次の行動へと移ろうといたと同時に、

「――動くな」

 不気味な笑を浮かべたまま、パラミラが呟く。

 魔女狩りの王は、その言葉を気にも止めない。

 摂氏三〇〇〇℃の炎を纏いて、ターゲットであるパラミラを殺すためにその一歩を踏み出す。

 刹那、

 グルォォォ、と魔女狩りの王が苦痛の悲鳴を上げた。

 踏み出した一歩から次の一歩を踏み出すことが出来ない。

 ルーンの刻印を全て破壊しなければ消えることのない、魔女狩りの王が、

 ボン! と内側から破裂した。

 ドロドロとした黒い塊が周囲に飛び散り、蒸気となって消えていく。

「やはり、そう言うことか」

 それを見ていたステイルが呟く。

「やはり、と言うのはどう言うことだ?」

 アウレオルスはステイルから言われた言葉を飲み込み、情報の収集に徹していた。

 その眼が見る限りでは、上条当麻の左腕の破壊も、魔女狩りの王が破裂したものは同じものに見えていた。

 そして、パラミラの言葉にその秘密が隠されているであると、そう考えていた。

「いいかい、体を破壊されたくなかったら、そのまま動かないことだ。そうすれば上条当麻の左腕の様に破壊されることもないだろう」

 パラミラは左手を腰に当て、

「ご名答」

見るなのタブー(メルシナ)、僕たちは君のタブーを犯していたと言うことか」

「ステイル、どう言うことだ」

「上条当麻、なぜ君の左腕が内側から破壊されか教えてあげるよ。君は彼女が作り出したタブーを犯したんだ。『避けるな』と言う禁忌事項をね」

 アウレオルスを突き飛ばした時、その動作が氷の様な柱を『避けた』と判断されたのだ。

「タブーを犯した者たちの末路は、様々にある。恐らく、破壊出来る場所を特定することが出来ないんだろうね。僕は体の中の臓器を、君は腕をやられた。意図的に場所を操作できれば、僕ならまず心臓を貫く。殺すと宣言しておきながらそうできない辺りからそう推測するしかないね」

 ある者は冥界へと引き戻され、別の者は目を失い、足を失ったものさえいる。

 そう言う伝説をモチーフにしているからこそ、場所を特定することができない。

「それは魔術で生み出されたモノも例外ではないと言うことか」

 ルーンの刻印を破壊しないかぎり消滅することのない魔女狩りの王。それですら、タブーを犯せば破壊されてしまう。

「それでどうする訳? タブーを無視して行動しちゃうの?」

 それは大きな賭けだ。

 現在のタブーは『動くな』。

 それを破ってパラミラに攻撃を仕掛けることはできない訳ではない。

 が、

 それでもし、破壊箇所が心臓或いは肺などの臓器になってしまった場合、致命傷は避けられない。

「つまり、こちらは体の破壊覚悟で動かなければならないと言うことか」

 動くな、と言うタブーが設定されている以上、動く、と言う行動で体の破壊が起きてしまう。

 それが、どの程度の『動く』まで適用されているのかは、パラミラ本人にしか分からない。

 その中で、

「いや、そうとも限らない」

 ステイルはパラミラを睨んだまま、

「こう言った魔術のほとんどは、ある一定の領域にのみ適用されている場合が多い。元々のエピソードにしたがって魔術を構成しているなら尚更だ」

 冥界から妻を連れて帰る最中、その妻が約束である『振り返るな』と言うタブーを犯してしまい、冥界に引き戻された話は有名だろう。

 冥界から出るまでの間と言う領域で与えられたタブー。

 それを越えてしまえば、振り向いてしまった所で、タブーを犯したことにはならない。

「領域から出ればいいって事か?」

「そうじゃない。対象は自分自身も含まれると言う事だ」

 対象にタブーを設けるのではなく、領域に対してタブーを設ける。

「つまりパラミラも動けないと言うことだ」

 こちらが動かない限り、向こうからも動いてくることはないと言う事。

 例え、動かずに魔術を発動した所で、パラミラが扱うのは、器に対して感情を詰め込むことによって、殺戮人形を作り出す事だ。

 その人形も動けばタブーを犯したことになり破壊されてしまう。

 加えて、氷の柱の様な魔術を使用する際には、必ず手を動かす動作を必要としていた。

「・・・・・・」

 パラミラはステイルの睨みをただ真正面から受けていた。

 目を逸らすこともなく、ステイルの謎解きの内容を噛み締める様に。

「なるほど、さすがと言うべきね。イギリス清教の魔術師も捨てたものじゃないわ」

 パチパチとパラミラは拍手も混ぜる。

「一の内容から一〇を知る。まさにその典型的な内容ね」

 その光景に違和感を覚えたのは、アウレオルスだけではなかっただろう。

 ステイルも上条当麻も、そのパラミラの行動を目に、同じ事を感じただろう。

「タブーが解除されたのか・・・・・・?」

魔女狩りの王(イノケンティウス)!」

 ステイルが名命じると同時に、炎の巨人が具現化する。

 摂氏三〇〇〇℃を纏った巨人が、二メートルを越す十字架を振りかざして、

 バシュン、と内側から弾け飛んだ。

「まだタブーは健在か!」

 ステイルが魔女狩りの王を具現化させたのは、攻撃が目的ではない。

 『動くな』と言うタブーがまだ健在かどうかを確かめるために魔術を使用したのだ。

「だったらどうしてパラミラは動ける!?」

「簡単な話ね」

 パラミラの口元がニヤリと緩み、鋭い犬歯が顔を覗かせる。

「貴方の推測が少し間違っていただけの話よ」


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