とある魔術の黄金錬成   作:翔泳

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正体と目的

 倉庫番でも出来そうな場所だった。

 長方形のコンテナが大量に敷地を囲むように埋め尽くしている。

 柵に覆われたその場所は、外から見れば雑に作られた迷路にも見えなくない。

「・・・・・・正直、この場所には来たくなかった」

 上条当麻が呟く。

「ここで何かあったのか?」

 まだ日が傾き始めたばかりだと言うのに、辺りには人がいない。

 最終下校時刻までは時間があるため、作業に取り掛かっていないだけと言う可能性もあったが、言うまでもなくこれがパラミラがかけた『人払い』と言うことは大方予想がついていた。

「ちょっと色々とな」

 物音一つないその場所に違和感を覚えているのではなく、遠い日々を思い起こしている様にも見える上条当麻に、

「うむ、しかしどうやって入るものか」

 話題の方向を変えるために何となく呟いた一言。

 顎に添える右腕は来る途中に黄金錬成で治したため、元通りになっていた。

「ん、あぁそれなら、普通によじ登っていける。前に来たときもそうしたからな」

 そう言いながら、フェンスへと手をかける上条当麻。

(気をつかったつもりが、これでは逆効果か)

 上条当麻は何気ない顔で、「ステイルを助けに行くぞ」とフェンスをよじ登っていく。

 それに続いてアウレオルスもよじ登り、

「なぜパラミラはこの様な場所を選んだのだろうな」

「・・・・・・俺もそれを考えていた」

 上から砂利の敷き詰められた足場へと飛び降りる。

「ここは学園都市の中でも中心部から外れた学区の一つだ。人気がないと言う事に関しては納得できるかもしれねぇけど」

 砂利からアスファルトで固められた地面へ移動すると、若干ではあるが足が軽くなった気がした。

 第七学区から一七学区にある操車場までの距離は息を切らさず走りきるには遠すぎる。

 正直はところ、口には出していなかったが、アウレオルスの足はいい感じに張ってきていた。

「どうやってここまで彼を運んだのかも気になる。彼の身長は二メートル近くあるだろう」

 パラミラの身長はステイルの肩の高さにも満たない。

「あのネバネバのヤツに運ばせたんじゃねぇのか? この学区の隣りには大きなダム施設がある。そこから伸びている『パイプ』を使えば表を移動しなくても何かをここまで運ぶ事くらいできるかもしれない」

 上条当麻は、それに、と付け加え

「俺達がステイルと別れてから数十分。パラミラがステイルを何かしらの方法でこの場所まで移動させるにしろ、パラミラ本人がやっていたなら時間的にも無理がある。まぁ、空間移動能力者(テレポーター)とかなら話は別だけどな」

 コンテナが積み上げられた区画を抜けると少し広めの空間に出た。

 コンクリートで固められた地面と砂利で覆われた地面が半分ずつくらいに分かれており、砂利の上にはレールが走っている。

 上条当麻は左ポケットにしまってあったコーティングされたカードを取り出し、描かれた場所を再度確認した。

 カードは描かれているハズのルーンの上から無理やり上書きされていたが、どう言う方法かは分からないが地図がはっきりと見える仕組みになっている。

 場所はちょうどこの操車場の最西端を指していた。

 と、

 カードを入れていた反対のポケットが不意に震えた。

 上条当麻は右手でそれを取り出し、液晶に表示される名前を見るなり通話ボタンを押す。

「土御門ッ」

『あぁ遅くなってすまない。何度か連絡が入っていたみたいだが、こっちも色々立て込んでて処理に追われている所なんですたい』

 パラミラが公園をさった後、上条当麻はパラミラの情報を得るために魔術側の人間でもある土御門に連絡を取っていたのだ。

「時間がない、教えて欲しいことがある」

『アウレオルスの存在がバレた件の事か。それなら今こっちで対応――』

「ステイルが捕まった」

『捕まった? 誰に?』

「パラミラって言う魔術師だ」

『クソッ、もう手を打ってきたってのか。こっちも立て込んでるってのに』

 土御門が動けないと言うことは、大方予想がついていた。

 ステイルが態々学園都市に入り込んで来た時点で、土御門が何かしらの作業に追われていて動けず、代わりにステイルがやってきたであろう、と。

「あぁ分かってる。だからこっちがこれから提示するピースで、できるだけの情報を教えて欲しい。パラミラが指定した場所まで、もう数分しかないんだ」

 上条当麻は土御門にパラミラに関するピースを伝える。

 服装から容姿。

 使用した魔術がどんなものであったか、見たものを口答で伝えていく。

 上条当麻は伝え終わると、携帯をスピーカーモードに切り替え、隣にいるアウレオルスに聞こえるように調整する。

『服装については、そこからどんな魔術的要素があるのかは正直言って分からない。それぞれの服装によって使用している魔術の大元である宗派を特定することは出来なくもないが、神裂のねーちんみたいに、術式に組み込みやすくするために左右非対称の服装を選んでるって場合もある。だから一存にそれだけで分かると言うもんでもない』

「つまりパラミラがどの魔術結社に所属しているかってのも、曖昧ってことか?」

『今の状況の中では、ローマ正教と考えるのが妥当だが、流れの魔術師って可能性もある』

 パラミラがどの魔術結社に所属しているか特定できれば、予想ではなく、目的の特定にも近づけたのだろうが、そううまくは行かない。

 次に相手の使用する魔術についてだが、と土御門は続け、

『人の形をしたネバネバか。それも出来損ない。意図的にその様な形を取っているのか、或いはその形でしか具現できないのか。考えられるとすれば、死霊魔術師(ネクロマンサー)が妥当か』

死霊魔術師(ネクロマンサー)?」

『簡単に言えば、死者の魂を呼び戻し一時的に生命を与え活動できるようにする魔術を使う魔術師のことですたい』

「では、あのネバネバは過去に死んでしまった者たちと言うことなのか?」

『いんや、死者とは限らない。死霊魔術師(ネクロマンサー)は死者の魂から情報を聞き出す事を得意としている魔術師だぜい。憎む相手を聞き出すなら悪意を、愛する者を聞き出すなら愛情を、そう言う風に特定の感情のみを埋め込む事によって不必要な情報をカットして効率を高めている』

「どう言うことだ?」

『適当な器に特定の感情を入れる事によって、自在に動く人形を作り出す事も可能ってことだ』

 誰かを殺したいほど憎む感情を詰め込めば、その人形は殺戮人形に。

 忠義の感情を詰め込めば、命令通りに動く忠実な人形に。

「あのネバネバはその入れ物ってことか」

『あくまでも推測の中の話だ。俺はインデックスじゃないからな』

 禁書目録の中にある知識を使えば、小さなピースから何十倍もの情報を知る事ができただろうが、携帯の電源が入っていないため繋がらない。

「分かった。じゃあ、体を内側から破壊するような魔術も、それを応用したものってことなのか?」

『すまない、それについてはちょっと俺にも分からない。体を内側から破壊する魔術は存在するが、例えば特定の武器を使って切りつけることで、相手の中に自分と異なる魔力を入れて内側から壊すものや、呪いの類で体の中から破壊していくようなものだ。カミやんの話を聞く限りでは、それらとも違う』

 あの瞬間、パラミラは剣の様なものを取り出すどころか、動いてすらいない。

 かと言って、呪いをかけたとも思えない。

『となると、カミやんの言う様に応用した魔術かもしれないが、魂と感情のある肉体に、別の魂や感情を入れて肉体を内側から破壊できるとは思えない』

「仮にできたとしたら?」

『いや、カミやん。死霊魔術師(ネクロマンサー)の使う魔術は、本来死者に対して使用するものだ。作られた人形であるならまだしも、生きている人間に対して使用できる魔術じゃない』

 気が付けば、指定された建物が視界に入りつつあった。

 土御門もまるでそれを察したかの様に、

『いいかカミやん、まずはステイルを助けろ。分かっていると思うが、今の状態では実質的な戦力はカミやんの右手だけだ』

 上条当麻は一瞬考えたが、直ぐに理解する。

 今、土御門は魔術側に広まりつつある情報の対処に追われているところだ。

 アウレオルス=イザードが生きていたと言う情報。

 学園都市には魔術的なサーチがかけられ、アウレオルスの魔術に対して反応する様になっていると言う。

 既に一回。

 ここに来るまでに黄金錬成を使用してしまっている。

『今の所ある一定のところで食い止められているが、より大きな反応がキャッチされれば、いくら俺でも対処しきれない』

 アウレオルスの黄金錬成を使わず、素人の上条当麻一人で魔術師を倒せ、とはさすがに言わず、プロの魔術師であるステイルを救出し、パラミラを倒せと言うこと。

『その右手なら、どんな拘束魔術がかけられていようが、触れるだけで解除できる』

 異能の力ならどんなものでも打ち消してしまう力。

「分かった。ステイルを助けることを優先する」

 しかし、それは右腕、それも手首から先だけと言う恐ろしく短い範囲でしかない。

 感情を入れられた人形、内側から体を破壊する魔術、そして氷を操る魔術、それらが同時に向かってくれば、全てを右手一本で防ぐ事は難しいだろう。

 と、

「あぁ、そうだ土御門。その死霊魔術師(ネクロマンサー)ってのは、氷を操ることもできるのか?」

『氷? どう言うことだ?』

「伝えるの忘れてたけど、氷の柱みたいなものを使って来たんだ」

『氷・・・・・・ッ!? 待てカミやん、その氷みたいな柱は白く濁っていたりしなかったか!?』

「白く・・・・・・確かに、鏡って感じじゃなくて、氷が凝縮されて白く濁ってる感じだったな。あれ、でもステイルの炎は熱く感じるのに、パラミラの氷は冷気を感じなかったような気もする」

 上条当麻の言葉に、土御門は数秒考えた後、

『チッ、そう言うことか』

「何か分かったのか?」

『いいか、・・・・・・やん。パラミ・・・・・・・・・・・・はれ・・・・・・・・・・・・しだ・・・・・・恐らくあ・・・・・・・・・・・・のかた・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』

 ノイズが走った。

 ザァァァと言う砂の様な音が、言葉をかき消し、聞き取れない部分が多い。

「おい土御門! どうした!?」

 ジャミング。

 科学で言うならまさしくそれだった。

 この周辺に、携帯電話の周波数にノイズを加える様な別の何かがあるのか、或いは故意に妨害する波を引き起こしているのか。

 恐らく、この場合は後者であろう。

 この場においてそんな事をするのは誰か。

 カツン、とアスファルトを叩くヒールの音。

 明らかに、男の二人が生み出す音ではない。

「ようこそ私のフィールドへ」

 ヒールを叩く音にまぎれて、尖った声が聞こえてくる。

 指定された建物の中から、堂々と真正面から現れたのは、まだ幼くも見える少女。

 魔術師パラミラ。

「こっちから誘っておいてなんだけど、よく指定された場所に堂々二人でやって来れたわね」

 空が赤く染まり始めていた。

 パラミラの赤い髪が、その光を帯びて深紅に染まって見える。

 それは、まるで怒りの色にも見えた。

「生憎、ここは学園都市なんだ、中の人間を巻き込む訳にはいかねぇだろ」

「なら、そっちのもう一人は少なくもとこちら側に関係がある人物と言う事ね。まぁ、何にしろ私の目的はただ一つなんだけど」

 一五メートルほどの距離を置いてパラミラは立ち止まった。

「お前の目的は何だ? ステイルを捕らえて、俺達をここへおびき寄せて何がしたい」

「何がしたいか、ね」

 パラミラは長い袖で見えない左手を上へ突き上げ、

 パチン、と指を鳴らす。

 何かの攻撃か、と上条当麻とアウレオルスは警戒したが、数秒待っても何も起きない。

 と、

 ガラゴロと硬い何かを引きずる様な音がパラミラの背後から近づいて来た。

「あれは・・・・・・?」

 よく見れば、そこにいたのはネバネバした人形だった。

 三匹ほどが何かを引きずりながらこちらへ向かっている。

 パラミラが頭上の左腕を前に振り下ろし、

 同時に、ネバネバのそれが運んでいたモノを二人に向かって放り投げた。

 距離としてはまだ二〇メートルはあるだろう。

 氷の様なモノの塊。

 大きさはざっと見た限りでは二メートルほどの大きさだろうか。

 前回の様に、頭上へ出現させるのではなく、ネバネバの人形に投げさせると言う、魔術師にしては原始的な方法だった。

 避ければ済む、その考えが直ぐに頭を駆け抜けたが、

「上条当麻、あれは・・・・・・」

 アウレオルスの言葉に上条当麻は目を細めると、

「な・・・・・・ッ? す、ステイル!?」

 その氷の様な塊の中には、ステイル=マグヌスの姿があった。

 瞬時に、二人の頭の中に、次に起こるであろう光景が描かれる。

 地面に氷の様な塊が落ち、それが粉々に砕かれるであろう瞬間を。

 同時に地面を蹴った。

 既に、ステイルが入った塊は、落下の過程に至っていた。

 落下地点は、二人の五メートルほど前、ちょうどパラミラとの中間点だ。

「あの塊が魔術で出来てるならッ」

 上条当麻が突き出した右手が塊のに触れると同時に、パリィン、と塊が結晶となって消えていく。

 その中から飛び出したステイルを、アウレオルスが受け止める。

 かなりの衝撃を覚悟していたが、魔力の力で飛ばしていたのだろう、上条当麻が触れると同時にその速度も急激に下がり、二メートル程の高さから受け止めると言う形になった。

「ナイスなチームプレイおめでとう。お約束の人質は返すわ」

「うぅぅ、く、そ」

 それほどダメージは残っていないのだろうか、塊から飛び出したステイルは、頭を抑えながら立ち上がる。

「お前、本当に何がしてぇんだよ」

 態々人質と言う形で捉えていたステイルを開放するパラミラに、上条当麻は問いかける。

「それを返しちゃわないと、私の目的が達成出来ないからね」

「目的、だと」

 パラミラが両手を左右に広げると、二〇センチ以上余った袖が地面に垂れ下がる。

「そう。二人同時じゃないと意味がないのよ」

 それが合図だった。

 ゴボゴボと三人の周りを囲むように、ネバネバの人形が取り囲んでいく。

 その数は二〇匹ほどある。

「あんたたち二人を同時に殺さなきゃね!」

 広げた手を前に合わせると同時に、ネバネバの人形は一斉に三人へと襲いかかった。


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