とある魔術の黄金錬成   作:翔泳

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タバコは座って吸うのが一番なんだ

「ふーん。ここが学園都市」

 肩までかかるくらいの赤い髪で、小柄な少女だった。

 年齢は一四歳と言った所か。

 まだ幼さの残る顔立ちだったが、同年代には感じられない女性らしさが見え隠れしていた。

 白衣を着ていた。

 しかし、普通のものではない。

 白ではなく、青や緑、黄色などのカラフルな模様が描かれて、浴衣のようだ。

 さらに、サイズが三つも四つも大きいのではないかと思えるくらいの白衣は、一見ドレスにも見える。

 その服は、前のボタンをすべて閉めて、裾からは手は見えない。生地が二〇センチほど遊んでしまっている。

 スカートの部分は、言うなればツバメだ。

 後ろの部分に縦に大きく切れ目を入れて、前と後ろとでは丈の長さが二〇センチほど違っている。

 学校でこれを穿いていたなら、間違いなく階段ではスカートの中をのぞかれる事はないだろう。

 ただし、上りに関してだが。

 加えて、東洋ではないその白い肌が、彼女を日本人でないことを証明しているようだった。

 学園都市の建物を見渡すような仕草をする彼女を見れば、誰もが外の人間だと分かるだろう。

 ある建物を探していた。

 一際目立つその風格で、大通りを通り交差点を渡り、目的の建物を探す。

「お、発見発見」

 小柄な彼女は躊躇することなく、その建物の中へと足を進めていく。

「必要なものは早めに確保しておかなくちゃね」

 

 

 上条当麻とアウレオルスはビリビリこと御坂美琴の追撃から逃れ、帰路へとついていた。

「へぇ、お前そんなことやってたのか。でも力の使いすぎはよくないと思うぞ。ただでさえそれは科学の力じゃないんだからさ」

 上条当麻は頭の後ろに手を組みながら、注意を促す。

「それは偶々が重なっただけだ。そもそもここは科学の最先端なのだろう? ああ言った類の事件くらいどうにかならないものなのかね」

「まぁ、大方そう言った事件を起こすのは無能力者だからな。俺も何度か間違われそうになったこともあるけど」

「……それは君の右手の所為だろう」

 事件と言うのは、最近頻発している無能力者達(スキルアウト)が起こしている連続的な事件のことだ。

 ただ、連続的と言っても関連性はほとんどなく、偶々連続して無能力者達の事件が立て続けに起こっているだけらしい。

 この時期は事件が多いですね、などと言われる部類のものだ。

 その事件にアウレオルスは少しながら貢献していた。

 犯人と遭遇した際には、その犯人の足を躓かせたり、逃走している車があればそのタイヤをパンクさせたりと、誰かが何かをやっていると言う事が分からない程度に力を使用していた。

「しかし、あの少女達は何だったんだね?」

 アウレオルスは素直に訊く。

 上条当麻は冗談でストーカーなどと言っていたが、

「うーん。一度能力を防いでからずっとなんだよな」

 きっかけは不良に絡まれていた御坂を助けようとした事からだった。

 もちろん、学園都市に七人しかいない超能力者の一人である御坂美琴にとって不良の数人くらいあしらうのは簡単だ。

 だが、そんなことを知る由もなかった上条当麻は、いつもながらの不幸振りを発揮したのは言うまでもない。

「それは……大変だな」

「だろ? 会うたびに追われるこっちにもなってみろってんだよ」

 会うたびにあれが繰り返されているなら、上条当麻がうさだれるのも無理はない。

 と、

「あれ?」

 異変に気がついたのは上条当麻だった。

 寮までの道は確かに人通りが少ない。

 それでも、まったくいないと言うのはおかしい。

「そろそろ慣れてもいいだろう。いつまで驚くつもりだい?」

 現れたのはステイル=マグヌス。

 そのルーンによって刻まれた人払いによって辺りからは人がいなくなっていた。

「久しぶり、いや、はじめましてになるかな? まぁ一応礼儀として挨拶くらいはしておくよ、アウレオルス」

「君も、私の過去を知っているのだな」

「自分が顔を変えておいてあれだけど、本当なんの因果で中途半端に記憶を取り戻してしまったのやら。あのままでいれば、理不尽な苦労をすることもなかっただろうに」

 ステイル=マグヌスは一際大きく銜えたタバコの煙を吸い込み、ため息の様に吐ききる。

「率直に言うよ。君の存在が魔術側にバレた」

 え? と声を上げたのはアウレオルスではなく上条当麻だった。

「なんで!? 土御門がどうにかしてくれたんじゃないのか!?」

「土御門だって万能じゃないんだ。確かに彼は情報を工作するのがうまい。だが、べつのルートから情報が洩れた場合、彼も対処が追いつかないだろう」

「別のルート?」

「誰がやったのかは分からない。が、アウレオルス=イザードと言う魔術師が生きていたと言う情報は魔術師達に知れ渡っていくだろう。もしかしたら、君に恨みを抱くものが明日にでも学園都市に乗り込んで来る可能性だって考えられる。特に君はあの子の為にローマ正教を裏切ってる。生きていると分かったなら、裏切り者として始末しにきても可笑しな話しじゃない」

 かつてアウレオルスは、ローマ正教十三騎士団を殺めている。

 それだけではなく、グレゴリオ聖歌隊の魔術を跳ね返し、大打撃を与えた。

 ローマ正教は『異教徒』であれば何ら処刑も躊躇わない。

「言葉もでないのかい?」

 不自然に黙り込むアウレオルスにステイルは訊ねる。

「……正直実感がないのだが、私のしたことは、それほどの事だったのだな」

「まぁ、今の君に問いただした所で何の解決にもならないんだけどね」

「アウレオルス」

 上条当麻が呟く。

「前にも言ったけど、お前はインデックスを守るために世界を敵に回したんだ。それは事実であって変えることはできない。でも、そんな事をしてまでインデックスを助けたいと願った事も事実だ。それは誇ってもいいことだと思う」

「……」

「それに、お前は約束してくれただろ。もう他人を傷つける事にその力は使わないって、誰かを助けるためにその力を使うって。だから、俺はお前の味方だ」

「……本当にめでたい奴だよ君は」

「お前はどうなんだステイル」

「僕は、正直に言って彼を助ける義務はないんだけどね。ただ、一応一度はあの子のパートナーとしてイギリス清教内にいたこともあった訳で、僕も多少なりにも彼の顔を変えて野に放ったと言う責任があるんでね」

 ステイルの言葉はそこまでだった。

 タバコを吸い終わったステイルは箱から新たなタバコを取り出して火をつける。

「だそうだ、アウレオルス」

 ステイルの中途半端な会話で上条当麻はある程度の事情を把握できた。

 恐らく、イギリス清教全体としてはアウレオルスの事に関して関与することはできないと言う事。

 ただ、大っぴらに宣言することは出来ないが、ステイル=マグヌスも自分にもある程度の責任を感じていると言っている。

「だからこそ、態々学園都市まで出向いて来たと言う訳さ」

 そう言う事だった。

 実感のわかないアウレオルスだったが、素直に受け取るべきだと思った。

「すまない」

「クッ、君に礼を言われると上条当麻に言われた時と同じくらい寒気がするから止めてくれないか」

「……なんで俺に言われると寒気がするんだよ」

「分からないかい? 馴れ合いたくないって事だよ」

「俺は今さっきお前は実はものすごくいい奴だったんだって見直した所だったんだぞ。その気持ちを返せ!」

 内心、アウレオルスはこの二人の仲がよいのか悪いのか分からなかった。

 が、互いに認め合っている感じにも見えなくはなかった。

「まぁ正直そんな事はどうでもいい。そうだね、この先に確か公園があったハズだ。そこで今後の方針でも決めるとでもしよう。先に行って待っていてもらえるとすごくありがたいね」

 と、ステイルはそういいながら歩道に置かれた椅子の一つに腰掛けた。

「お前も行くんじゃないのかよ」

「タバコはね、休憩しながら吸うのが一番なんだ。ここに来るまで一度たりとも休憩を挟まなかったんだ。少しくらい腰を下ろしてもいいだろう」

 新しいタバコを取り出したステイルは、火をつけて本当に食事が終わった後の様にタバコを吸い始めた。

「いつもみたいに歩きながら吸えばいいんじゃないのか?」

 上条当麻の問いかけにも応じず、ステイルはただ黙々とタバコをふかす。

「分かった。そこまで吸いたいなら先に行く。ったく、いつも歩きながら吸ってるくせに」

 アウレオルスは一瞬どちらか迷ったが、ステイルが手で払う仕草をしたので、上条当麻と共にその場をさっていく。

 フゥ、とステイルは一つ大きなため息をついた。

 馴れ合うつもりなんてなかった。

 助ける義理もなかった。

 自分がどうしてこんな行動を起こしたのか、正直自問自答したいくらいだった。

「……出てきたらどうだい」

 上条当麻とアウレオルスの姿が見えなくなったのを確認すると共に、ステイルは呟いた。

 コツ、コツ、と路地裏から聞こえてくる一つの足音。

 ステイルのまさに目の前の出口へと向かって近づいてくる。

 闇の世界から光の当たる表へと出てきたその影は、

 背は低かった。

 真っ赤な髪は肩まで伸び、その服装は独特で浴衣なのかドレスなのか分からない。

 手先は二〇センチ以上余った状態で、指先は見えない。

 前と後ろで長さの違うスカートを靡かせてブーツを履いたその少女はツンツンと尖ったような声で言う。

「態々一人にならなくてもよかったのに。二度手間になっちゃうでしょ?」

 背はステイルの胸元くらいまでもないだろう。

 こうして、座っていても僅かに顔を上げる程度の身長しかない。

「目的を聞くまでもないだろうね」

 立ち上がったステイルは、静かに告げる。

「お好みはなんだい? レアかミディアムか、それともウェルダンを希望かい? しかしそうなると加減が効かなくなって跡形もなくなるかもしれないけどね」

 それは、遠まわしに焼き殺すと言っている。

 にも拘らず、少女は顔色一つ変えず、むしろ呆れたような表情で、

「それって一方的って事でしょ? ほんとイヤになっちゃう」

 腰に左手を当てて吐き捨てるように言う。

「泣き言は燃えてから言ってくれないか」

 ステイルがタバコを弾くとそれが炎へと変わる。

 渦を巻き、摂氏三〇〇〇度にも及ぶ炎が生き物の様にうねり、ステイルの手の上で踊っている。

「自分が強者だって思ってる台詞。それほど軽くて儚い言葉は無いわよね?」

 少女は不意に歩き出す。

 ステイルの炎など気にも留めず、背を向けるような形で上条当麻とアウレオルスが行った方向とは反対の方向へと数歩進んで、

「一つ忠告してあげちゃう」

 少女はゆっくり振り返ると、裾に隠れてしまった右手をステイルへと向けて何かを唱えるように言う。

「振り向かない方がいいよ。そこには貴方を狙う私の人形達がいるから」

 ぐわ、とステイルはそちらに目を向けた。

 三匹。

 得体の知れない何かが蠢いていた。

 銀色のネバネバとしたそれは、地に這いながらステイルを狙っている。

 人の形をした人形。

 完全ではなく、形を固める前に投げ出されてしまったようなそれは、

 轟! と、

 次の瞬間には炎に包まれて完全に形をなくした。

 ステイルの振りかざした炎が三匹をまとめて飲み込んだ。

「この程度の人形で僕がやられるとでも思ったのかい?」

 まさにこの程度だった。

 人形達は成す術もなく消え去っていく。

「まさかこれで終わりとでも言うんじゃにだろうね? 魔法名すら名乗る必要がないね」

 しかし、攻撃が簡単に破られて、それでも、少女の表情は変わらない。

 それどころか、その口元は笑みを浮かべている。

 もちろんまだ何かあるだろう、とステイルはルーンのカードを取り出して、

 突如、口の中に鉄の味が充満した。

「が……ごはッ……な、なにが」

 吐血する。

 何が起きたのか分からない。

 攻撃を受けたのか。

 仮にそうだとしても、彼女は人形に支持をだしていらい一歩のその場を動いていないのだ。

 それどころか、言葉も発する事もなく、指一本動かしていない。

「クソッ……」

 内側からの締め付け。

 或いは破壊。

 外ではなく、内側で異変は起きている。

「忠告してあげたのに、貴方馬鹿? って訊ねちゃうよ?」

 ようやく少女は動き出し、ステイルに近づく。

「まずは一人っと。歯ごたえなくて残念だったけど」

 少女はステイルの懐に飛び込む。

 大して速度は速くない。

 しかし、今のステイルはそれすら避ける事が出来ない状態だった。

 ドガ、と腹部に手の外側で打撃を与える。

 それだけで、ステイルは地面に崩れた。

「さぁて、これをいぶり出しにつかっちゃお」

 少女が右手を振るうと、先ほどの人形達がステイルを囲む。

「命はもうしばらくお預け。一緒に殺してあげなきゃ不公平だもんね?」


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