とある魔術の黄金錬成 作:翔泳
おっふろ♪ おっふろ♪ といつも以上にご機嫌なインデックスは洗面器を両手に抱えながら上条当麻の数メートル前を歩いていた。
「あのジャパニーズ・セントーをあがった後に飲むコーヒー牛乳が格別なんだよね」
と言いながら振り返るインデックスに上条当麻は笑顔で答える。
「その後にデザートなんかを食べれたら最高かも」
数十分前に一人で五人前以上食べた人間の口から出る台詞とは思えない、と上条当麻の少し後ろを歩くアウレオルス=イザードは思う。
買い物をする際に
『少し多めに買っておかないと俺達の分がなくなっちまうかもしれないんだけど……大丈夫?』
なんて事を言っていたが、その通りにしておいて正解だったようだ。ちなみに夕食は鍋だった。
「一体あの体のどこにあれだけの量が入るのだろうか……?」
上条当麻の言う話しでは、インデックスには完全記憶能力というモノがあるらしく、彼女の頭には一〇三〇〇〇冊の魔道書が記憶されているらしい。それを管理するために大量のエネルギーを使っているのではないか、と言うのが上条当麻の予想だそうだ。
確かに、インデックスの体はラインが細く、食事の量の割りに脂肪が付いている訳ではない。それどころか、脂肪が付かなければならない部分にもついていないのが、食べたエネルギーが他に回されている証明ではないだろうか?
「ねぇねぇとうまとうま。早くジャパニーズ・セントーに行こうよー。もうコーヒー牛乳とデザートが待ちきれないかも」
「って、デザート買うのは決定事項かい!」
インデックスに対して突っ込みと入れる上条当麻であったが、当のインデックスはトコトコと一人で先へと駆け足で行ってしまう。
って話しを聞けー、と叫ぶ上条当麻であったが、その顔はどこか暖かいものに包まれていた。
まったく、と頭を掻きながらフと上条当麻はアウレオルスの視線に気がつき
「どうかしたか?」
「いや、今日初めて聞く会話のハズなのだが、そんな会話が二人にとって当たり前のように見えてな」
「んーまぁいつもではないかもしれないけど、大体はこんな感じなんじゃないかな? 振り回されっぱなしって感じだけどな」
「それにしては満更ではないって顔をしているぞ」
そうか? と上条当麻は首を傾げるが、それほどこんなやり取りが日常のモノになっていると言う事だろう。
「ってかインデックスのやつ、先々行っちまいやがって」
と上条当麻は何やら財布の中身を確認して、
「悪いアウレオルス、ちょっと先にあるコンビニでお金を下ろして来るわ。インデックスにも追いつかないと行けないし先に行っててくれ」
そう言い残して上条当麻は駆け足で一〇〇メートルほど先にあるコンビニへと向かって行った。
一人になってしまったアウレオルスは改めて回りを見回してみる。
時間も遅い為か辺りに人の気配は全く無い。風力発電用のプロペラが風の力を受けて道の真ん中で回っているのがただ見えるだけ。
インデックスもかなり先まで行ってしまったらしく、無人の通りが続くだけだった。
(さて、私も上条当麻の言う通り先に行くとしよう)
と、次の一歩を踏み出した瞬間
「初めましてだにゃー、アウレオルス=イザード」
気配も何もなかった背後から突然と声が響いた。
アウレオルスは咄嗟に後方へと振り返る。そこには金髪にサングラス、アロハシャツにハーフパンツと言う男が立っていた。
「誰だお前は」
「土御門元春、って言っても分かるはずないよな。もともと面識があった訳でもないし――」
土御門元春はニヤリと笑い、
「――これから深い眠りにつくヤツに自己紹介しても無意味だって話しだぜい?」
「な!?」
アウレオルスが言葉の意味を捉え、理解しようとしていた時には既に土御門元春はアウレオルスの懐へと入り込んでいた。
アウレオルスは咄嗟に後方へと移動しようとしたが、足が地面に縫い付けられた様に動かない。土御門は懐に飛び込むと同時にアウレオルスの足を踏みつけ身動きの取れない状態にしたのだ。
全くの無防備な顎へと土御門の拳が突き刺さる。
同時に踏みつけていた足を離し、アウレオルスは一瞬にして宙を舞った。
「が……は……っ」
地面に背中を叩きつけ、肺に溜まっていた酸素を全て吐き出す事になる。
「様子見って方法もあったんだが、よく考えればアウレオルス、お前は危険すぎる」
首だけをどうにか上げようとするアウレオルスを土御門は見下ろすように言葉を続ける。
「頭で考えた通りに世界を歪める
痛みに耐えながらもアウレオルスはようやく上半身を起こす事が出来た。
記憶を失う前の自分が一体何をしてきたのか? あの少女を助ける為に世界を敵に回した、上条当麻の友達を殺そうとした。聞いたのはその程度の事しかない。
ただ、この目の前にいる男は以前のアウレオルス=イザードと言う男を知っていて、その男が危険だと言っている。
そしてこの男は片付けると言った。
つまりは
(私を……殺す気か)
土御門は地面を踏みつけ勢いよく駆け出し、足を振り上げた。
(くそっ)
上半身を起こしただけのアウレオルスができる事には限りがあった。土御門が繰り出す蹴りに対して両手を前で交差し防ぐ事くらいしか出来ない。
しかし、アウレオルスの行動を予想していた様に土御門はその蹴りをワザと空を切らせ
(蹴りは囮!?)
無防備な側面から回し蹴りを放つ。
肩で受け止める形になったものの、アウレオルスはその反動で地面を三回も四回も転がる。
「さて、そろそろ仕留めに行くぜい」
土御門はそう呟き、立ち上がったアウレオルスへと一気に間合いを詰める。
放つ技はフックと見せかけての
最早アウレオルスとの一メートルまで迫っている。
そしてアウレオルスへ初撃であるフックを放とうとして
――止まれ
「な……に……!?」
アウレオルスに拳が届くまで五〇センチもなかった。しかし土御門はその場から動けない。アウレオルスの「止まれ」と言う一言に体が石化した様に動かなくなってしまった。
「まさか……」
土御門は驚いていたが、それ以上にアウレオルスも驚いていた。
(今のは……??)
無意識、反射、そう言った言葉が合うのか。体が勝手に動いたと言うよりも言葉が勝手に出たと言う方が正しいのか。
確かにあの瞬間、アウレオルスは土御門が止まればいいと思ったかもしれない。
それが言葉となり、そして現実を歪める。
(まさか……)
――黄金練成《アルス=マグナ》
パチン、と効果が切れる様に再び土御門の体が動き出す。
本来ならばフェイントに使うハズだったフック。しかし忽然の開放にその拳はそのままアウレオルスを捕らえる。
アウレオルスも突然の事に反応できず、土御門の拳が頬へと突き刺さった。
飛ばされたアウレオルスは地面をゴロゴロと転がる。
「まさか、
放った拳を少しの間見つめ、何かを思考していた土御門は
「こりゃ、拳だけじゃ足りないみたいですたい」
懐からフィルムケースを取り出し中身をばら撒いた。
「──
辺りに一センチ四方の四角い紙片が大量に舞い上がる。
「──
空気が変わった。静かな夜にさらに静けさを上乗せしたようなモノに。
「──
言葉に続くように土御門は新たに四つのフィルムケースを取り出す。中には亀、虎、鳥、龍、それぞれの小さな折り紙が入っており、それを自分を中心に四方へと放り投げる。
「──
言葉に反応する様に四つのフィルムケースは光を発し、部屋を模るように光の壁を作り出す。
「──
部屋を模った壁は、黒、白、赤、青、それぞれ折り紙の色に合わせて輝き始める。
「──
光はさらに輝きを増す。
「──
「土御門ー!!」
振り返る先には上条当麻の姿があった。
「土御門、アウレオルスをどうするつもりだ!? それになぜ魔術を」
「言ってなかったかにゃ、俺も
土御門は未だ地面に倒れるアウレオルスを見つめながら
「カミやん、アウレオルスは危険なんだ。ただでさえ世界を敵に回した男だぜい? そんな男が生きていると魔術側に知られでもしたら、魔術側は学園都市ごとヤツを破壊する可能性だってあるんだにゃー。それにあいつは黄金練成(アルス=マグナ)の力も取り戻しつつある」
いや、と土御門は付け加え
「俺の予想ではあれは本来の
土御門はアウレオルスを見つめたまま続ける。
「それなら、既に現実に何かしらの影響を与えているハズだ。発動したのは偶然かもしれないが、ヤツはその時言葉を発した」
「けど、以前のアウレオルスも言葉を発していたぞ」
「確かにそうだにゃ。しかしステイルの報告ではアウレオルスは思考を固める為に言葉を発していた。不安を解消させる為に鍼まで常時して、違うか?」
そうだ。と上条当麻は思い出す。
黄金練成(アルス=マグナ)は思った事をそのまま現実にする事。ゆえに自分にマイナスになる事さえも現実にしてしまう事から、かつてのアウレオルスは鍼を使用に言葉に出す事で思考を固めていた。
そして冷静さを失い、自らの
なら今のアウレオルスはどうなのか?
「じゃあ今のあいつは……」
「多分、言葉に出す事が発動のキーになっているハズだ。それが中途半端に記憶を取り戻した脳が術式を書き換えたか、敗北から得た知識なのかは分からないがな」
まったく、と土御門は付け加えて
「記憶が不完全、その為
その時上条当麻は初めて気がついた。
土御門の立っている地面に血が滴り落ちている事に。
「土御門! 能力者が魔術を使うっちまうと――」
「無事ではすまない。下手すると一発でお陀仏だにゃー」
能力者に魔術は使えない。
脳の回路の違う者が魔術を使おうとすると体の中から破壊されてしまう。
「止めろ土御門! 今のアウレオルスは以前とは違う! お前が魔術を使ってまで倒さなくちゃいけないような、悪いヤツじゃねぇ!」
「カミやん、この赤ノ式は超距離砲撃用の魔術だ。範囲状の物体を吹き飛ばし全てを破壊する。それをこの距離で打つんだぜい? 例え魔術を使って生き残ったとしても、その威力に巻き込まれたらおれは死ぬ。……俺は本気なんだ」
地面には大量の血が溜まり、今のなお口から、頭から血が流れ落ちる。
「それともカミやん。その
朦朧とする意識の中、アウレオルスは会話の全てを聞いていた。
どうやら自分の存在と言うのはこの目の前の男が命をかけなければならないほど危険なモノらしい。
それならいっそ、このまま流れるままに身を任せてしまった方が良いのではないか? とアウレオルスは思う。
しかし、頻りに上条当麻は何かを叫んでいる。
あの少年はこの場において二人ともが助かる事を望んでいるのだ。
(なら……私にできる事は……)
目の前の少年は例え自分を殺さなくても死んでしまうと言っている。
(上条当麻は私だけが助かっても喜ぶ事はない)
かといって、このままでは二人とも、下手をすれば上条当麻すら巻き込んでしまう可能性だってある。
アウレオルスは二人の会話を思い出す。
黄金練成(アルス=マグナ)は考えた通りに現実を歪めてしまう。そして今は言葉がその発動キーになっている。
(なら……私にできる事は……!)
イメージしろ、あの少年の姿を。
思え、あの光の壁が無いこの場所を。
言葉に出せ、発し現実を歪めろ。
それで救えるのなら。
(元に――)
――戻れ
瞬間、土御門を覆っていた光の壁が消え去り、辺りを元々の静寂な空気が包み込む。
そして、土御門は自分の体の異変に気がつく。
「傷が……まさか……っ」
土御門が視線を抜ける先には地面に倒れていたアウレオルスが、震える両手を支えに立ち上がろうとしている所だった。
「どうやら……私自身の事を忘れていたようだ」
「まさか……この短期間で
チッと舌打ちする様に、再び土御門はフィルムケースを取り出し、
しかし、そこで視界を遮るように上条当麻が割って入った。
「土御門、もう止めるんだ」
「邪魔をするなカミやん。見ただろう? こいつは最早
上条当麻は土御門の目を見つめる。その瞳はサングラスによって遮られてあるが、そのサングラス越しに土御門がどれほど本気かと言うものがビリビリと伝わってきている。
なら、と上条当麻は呟く。
「アウレオルス!」
上条当麻は背を向けたまま叫ぶ。
「俺と今、約束しろ! その力を他人を犠牲にしたり人を傷つける事には一切使わないと! かつてお前がたった一人の少女を救いたいと願ったように! その力を人を助けるために使うと! 今ここで約束しろ!」
「カミやん、それでこいつがその約束を破ったらどうするつもりだ?」
「俺が止める。頭ぶん殴って、這いずり回ってでも止める」
言うだけなら簡単だがにゃー、と土御門は呟く。
「アウレオルス、お前はどうなんだ!? 俺とここで約束するのか!?」
上条当麻は振り返りアウレオルスを見つめる。
アウレオルスには首を横に振る理由などなかった。
かつての自分はどうだったのか、それは思い出せない。だが、こうして上条当麻と出会い、一瞬でもこの少年の様に生きてみたいと思う自分がいた事は確かな事だ。
だからこそ、首を縦に振る。
「ああ、約束しよう。この力、人を傷つける為には使わないと」
その言葉で、上条当麻の顔の緊張は解れていく。
「土御門、これでいいだろ?」
土御門は険しい表情を解くことをしばらく止めなかったが、ハァと深々と息を吐ききると、
「まったく、素人が勝手に決めやがって。もし魔術側にアウレオルスの存在がバレたらカミやんはどうする気ぜよ? 一人でどうにかなるってレベルじゃないんだぜい?」
黄金練成(アルス=マグナ)があれば何とかなるかもしれないがにゃ、と付け足して
「まぁ、その辺に関しては俺に任せておけって事ですたい」
「土御門」
さぁて、と大きく背伸びをするように土御門は腕を上げると
「これから忙しくなりそうだぜい」
土御門は呆れるように、そして笑うように言う。
「かつて敵だった男にここまでなれるとは。正直カミやんには適わなぇよ」
皮肉にも聞こえる言葉だったが、どこか嬉しそうに見える土御門がそこにはいた。