とある魔術の黄金錬成   作:翔泳

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かつての協力者

 『ただいまから、全校男子騎馬戦・本戦を開始します。参加される男子生徒は、本校の誇りと名誉を胸に全力で―――――――』

 

 そんな放送が街頭の巨大スクリーンから流れる。

 大覇星祭、三日目。

 本日の朝一つ目の競技種目、全校男子による騎馬戦が行われようとしていた。

 各三校による勝ち抜きトーナメント。

 第一回戦は、三分間による全体戦。より他校生徒の帽子を奪い人数を減らすことが後に続く決定戦の勝利につながる大事な一戦。

 能力の制限はないが、ルールとして、

 『必ず自分の手で帽子を剥がす』必要がある。

 そうしなければ、念動系能力者や大気系能力者の優劣で勝利が確定してしまうからだ。

 しかし、それ以外であるなら、能力の使用に問題はない。

例えば、風を使い砂を巻き上がらせて視界を奪う。地面を隆起させて、騎馬自体の機動を奪う。或いは、精神干渉系の能力で、相手を操作するということも可能である。

 と言う意味では、結局能力者の優劣で勝敗が左右される競技でもある。

 その影響もあって、とある少年が所属する、とある高校はもちろん苦戦を強いられていた。

「見た感じ、明らかに劣勢よね?」

「……あぁ、やはり能力者の数の差が出ているのだろうな」

 そんなとある高校の奮闘を()()()学生用応援席から眺めていた兄妹、アウレオルス=イザードとパラミラ=ホーエンハイムは小さく呟いた。

 パラミラは、相変わらず服の大きさと体が合致しておらず、かなり目立つ状態であるが、応援に勤しむ学生達の中に紛れても、とやかく言う人物は見当たらない。

 とにかく応援に必死だった。

 空に打ちあがる開始を伝える空砲すら飲み込むほどの声援。

 文字通り、学校の威信をかけて、男子生徒たちが激突する姿は、一般来場者からしても心踊らずにはいられないのだろう。

 応援する側が女子生徒のみにも関わらず声援が激しいのは、来場者の影響が大きい。

「そもそも、私があの上条当麻を応援してやる義理はないんだけれどね」

「まぁそう言うなパラミラ。上条当麻には恩がある。こんな形ではあるが、それを返済するのもいいであろう」

「……兄さんがそう言うのなら」

 フィールドでは、男子生徒達が雌雄を決するため、全身全霊をぶつけ合っている。

 そんな中で、騎馬三騎に追いかけ回されている存在があった。

 くだんの上条当麻である。

『ふざけんなッ! ようやく二騎撒いたと思ったら三騎に増えてやがる?! えぇい、何で他校どうしなのに潰し合いをしないッ!』

 上条当麻が振り返る先には、三騎の騎馬が仲良く並ぶように追走している姿が見えた。

 上条当麻が嘆くように、なぜか体操服が違うにも関わらず、互いを襲うことをしていない。

『不幸を司るカミやんにとって、こんなのは序の口。敵の敵は味方ってことですたい。ほら、なんか前からも集団が押し寄せてるって状況だぜい』

 騎馬の右側には、魔術師でありながら学園都市の学校へ通うスパイ、土御門元春が何やら楽しそうに嘆いていた。

『カミやんに便乗すればいい思いできるんとちゃうか、そう言う考えを一瞬でも持ったボクがぁ悪かったってことなんやなぁ。はぁー、不幸やぁ』

 それに続いて、左側の騎馬である青髪にピアスを付けた少年が上条当麻の決め台詞をぼやいている。

『僕って完全に数合わせだよね?』

 騎馬の後ろを務める学生Aはもはや空気だった。

『土御門ッ、冷静に分析しながら、血相を変えて突っ込んでくる奴らを真正面から迎え撃とうみたいな行動は止めてもらえます?! あと青髪ピアス、それは俺のセリフだから返せ』

 後ろからは三騎、正面からは二騎と穏やかとは呼べない状況。

 そんな状況を作り出した原因としては、

 例えば、態勢を崩す目的で放たれた発火能力を()()()()であしらったり、

 例えば、精神干渉系の能力を騎馬(騎手役が頭に()()を置いて体を支えている側)に対してぶち込んだハズが、何事もなかったのようにスルーされたり、

 例えば、視界を奪うために撒ぎあげられた砂塵を、軽く()()を振るうだけで拡散させたり、

 他、etc.etc……

 などと言う出来事が重なり、大将格と勘違いされた、と言う理由があることを当の少年は知らない。

『ほんじゃまぁ、あの辺りに突っ込んで戦場をかき乱すとしますか』

『ちょっと待て土御門?! 火の玉とか電撃が普通に飛び交う戦場へ当たり前にように突っ込むのは止めてもらえません?!』

『はッはッ、大丈夫安心するんですたい。こちらには、最強を誇るカミやんシールドがあるんだぜい』

『やっぱり俺が全部くらう前提の話しなんだな!?』

 騎馬三騎に追いかけられながら、最終的に五騎ほどを引き連れて上条勢力は戦場へと飛び込んでいく。

「……幻想殺し(イマジンブレイカー)は神の祝福すら打ち消すって話しだったけど、結構楽しんでるんじゃない?」

「あれを『不幸』と捉えるかは個人の判断になるのだろうな。それこそ『人間万事塞翁が馬』と言う言葉があるくらいだ。不運なことが不幸とは限らんのだよ」

 自分が同じ状況に陥った場合はどう感じるのだろう、と疑問に思ったアウレオルスだったが、とにかく今は上条当麻の一戦を暖かく見守ることにする。

 と、

「こらー上条当麻! 逃げてばかりじゃなくて、きちんと攻勢に回りなさい! ほら、貴方もしっかり応援しないと」

「うん……がんばれぇッ」

 声の主は、アウレオルス達と同じ学生用応援席にいた二人の女子生徒だった。

 一人は学校指定の半袖半ズボンの体操服の上から薄目のパーカーを羽織っていた。

 パーカーの腕には『大覇星祭運営委員・高等部』と書かれた腕章をつけている。

 もう一人は、太ももまで伸びる混ざりっけのない純粋な黒髪が印象的な少女だった。

 応援から察するに、どうやら上条当麻と同じ高校の生徒らしいが、

 アウレオルスは、その二人の少女を、正確には、一人の少女を視界へ捉えた瞬間、

「痛ッ」

 鋭い痛みが頭の片隅に生じた。

 それは、まるで針で突かれたような小さなモノに過ぎない。

 しかし、確実に頭の中の何かを抉っているような感覚にも感じる。

「兄さん、大丈夫?」

 その様子に気が付いたパラミラが声をかける。

 その時には、アウレオルスの頭に生じた痛みは消え失せていた。

「……あぁ、大丈夫だ。少し、日に当たりすぎたようだ」

「あら、それは大変。ローマ正教にいた頃の兄さんも部屋に閉じこもる仕事ばかりでしたし、根本的なそれは変わっていないようですわね」

 パラミラが余りに余った裾をまくりあげると、そこにはペットボトルに入った飲料水が握られていた。

「体調を壊すのはよくないわ。はい、ついでにこれも舐めて下さい」

 ペットボトルを渡すと、さらにその裾の中からは一粒の飴玉が握られていた。白く濁ったその飴玉は、明らかに『塩』そのものだった。

「……これはどこから出したのだ?」

「ん? もちろん、『霊装の柄』からですけど?」

パラミラはアゾットの剣をクルクルと器用に回しながら、さも当たり前のように答える。

「……確かに、以前は食用の『塩』を補充していたが」

 熱中症の症状を疑ってか、パラミラはアウレオルスに対して、水分の補給と、塩分(霊装の魔力供給に使われわれていたもの)の摂取を促してくる。

「兄さん、熱中症を甘く見てはだめよ。本人が気が付かない間に体にはダメージが蓄積されていることはよくあるのだから」

 その、『熱中症』と言う単語に反応したのだろうか、

「そこのあなた、今熱中症と言いましたか?」

 先ほど、上条当麻を応援していた一人、大覇星祭運営委員の腕章をつけた少女がアウレオルスの顔を覗き込んでいた。

「えぇ、どうやら兄さんが日に当たりすぎたみたいなの。ところで、貴方は?」

「私は、吹寄制理。今年の大覇星祭の運営委員をやっています。体調が優れないのであれば、休息所まで案内しますが?」

 応援をしていた時のように、鋭い感じはなく、むしろ丁寧に対応してくる。

「いえ、大丈夫ですわ。今、兄さんには飲料水を渡しましたし、塩分の補給も促しているので」

 そう言われ、吹寄制理は視線を少し視線を落とした。

 言われた通り、飲料水と塩分の補給と思われる飴がしっかりと握られていた。

「そうですか、ならもう一つ、塩分に加えてミネラルも摂る方がいいので、これを渡しておきます」

 吹寄制理はパーカーのポケットからビタミン剤のようなものを取り出し、差し出す。

 その行為を眺めていたパラミラは、不意に、

「ムム、同じ匂いを感じる」

 裾をめくり上げ、そこに握られていた保冷剤をアウレオルスへと差し出す。

「兄さん、体温が上がってはいけません。これでしっかりと冷却して下さいませ」

「それはいい案ね。でも保冷材を直接地肌に当てるのはよくないから、これを使って体に当てて下さい」

 吹寄制理はパーカーのポケットから保温用タイルを取り出す。ちなみにこのタオルは『湯たんぽや氷に巻くことでそれぞれに適した温度に保ち効果を高める』と言う健康グッズらしい。

「塩分だけでは心もとないから、柑橘類を取りましょう」

 パラミラは、裾の中からレモンを丸ごと一つ取り出す。

 もはや、どこに隠し持っているのか聞きたいレベルである。

「対策としては上場ね。それに加えてカリウムとビタミンB群を摂取できればベスト」

 吹寄制理はパーカーのポケットから錠剤をいくつか取り出した。

 負けじとパラミラが飲食物等を出せば、吹寄制理が健康グッズをポケットから取り出す。

 お互い、なんでもポケット状態である。

「いや、さすがにそこまで頂く訳にはいかないのだが」

 アウレオルスは、自分の両手に抱えた大量の飲食物と健康グッズを前に少々困り果てた。

 結局、それぞれの元あった場所に返すこととなるが、しっかりパラミラは裾の中へ、吹寄制理はパーカーのポケットへと飲食物と健康グッズを収納していく。

 と、まるでコントのようなやり取りが終了したと同時に、

「自分には応援頑張れと言っておいて。何遊んでるの?」

 声は尖っているのだろうが、テンポがテンポだけに怒っているのか分からないような声だった。

「ごめんなさい。つい話しが弾んでしまって、状況は?」

「残り時間三〇秒。こっちの騎馬はあと五騎。相手は十一と九みたい」

「あら、以外に頑張ってるのね。このまま決定戦に持ち込めば、チャンスはありそう」

 吹寄制理に話しかけた声、それに対して、異様なまでの違和感を感じたアウレオルスは再度その声の主を視野に入れる。

 瞬間、

「…………ッ!」

 今度は痛みではなかった。

 それは、本当に、()()()のような症状で、アウレオルスの頭を弄ぶように揺さぶり、視界を歪ませる。

 額を押さえ、冷や汗のようなモノをかきながら膝をつくアウレオルス。

「アウレオルス兄さん!?」

 咄嗟にパラミラはアウレオルスの肩に触れ、同じように膝をついて表情を伺う。

「すまない。本当に日に当たりすぎたようだ」

「でしたら日陰へと移動しましょう」

 身長差からしても、パラミラはアウレオルスを支えられるような体格をしていないが、パラミラは難なくアウレオルスを支えて立ち上がる。

「本当に大丈夫ですか? 休息所まで案内しますけど?」

「いえ、大丈夫ですわ。あなたは上条当麻の応援を続けていなさい。兄さんの面倒は私一人で見れますから」

「すまないパラミラ」

 額を押さえ、症状が回復しそうにないアウレオルスを支えて、パラミラは学生用応援席を後にする。

 本来であるなら、多少の注目を浴びそうな光景であるが、競技終了間際の熱がその光景を曇らせる。

 目立つことなく、応援席を後にしたパラミラとアウレオルスだったが、本の一握り、その光景をしっかりと眺める存在がいることに二人は気が付かない。

「あの二人、上条当麻の知り合いだったのね」

 その一握りの存在でもある吹寄制理は、一人呟いた。

 のではなく、その言葉は隣にいる黒髪の少女へと向けられていた。

「…………アウレオルス?」

 しかし、その少女はそんな吹寄制理の言葉など聞こえておらず、本当にただ一人で呟く。

 そして、

「ごめんなさい、吹寄さん。私、急用ができた」

 そう言葉を残し、速足で会場を後にする。

「ち、ちょっと姫神さん?! まだ決定戦が残ってるわよ!」

 吹寄制理の声は届かず、ただ空を切る。

 普段では決して見ることがないほどの足取りで、少女は建物の影へと消えていく。

 そして、二人を追いかける少女、姫神秋沙は只々確認するかの様に声を発した。

「アウレオルス=イザード……あの人が……ッ?」

 それは、かつての協力者であり、そして、自分を殺そうとした男の名前だった。




吹寄さんの会話に違和感が……

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