とある魔術の黄金錬成 作:翔泳
ほんと、書くことって難しいですね
その瞬間、アウレオルスは一つ安堵の息を吐いた。
「(助かった、御坂美琴)」
それは、パラミラや全貌を全く知らない御坂美琴ですら危惧していたものでもある。
頭の中で思い描いたものを現実に引っ張り出す、錬金術の到達点。
アウレオルスは『言葉にしないかぎり発動しない』と言う安全キーと手に入れているが、逆に言うと思考を言葉にしてしまえばそれは現実へと引きずり出されてしまう。
岩見澤セレナが、
例えば、西洋で有名な人魚伝説の中には、海の航路上の岩礁から美しい歌声で航行中の人を惑わし、遭難や難破に遭わせ、船乗り達を殺した。
と言ったものがある。
しかし、伝承と言うものには様々なものがあり、この人魚伝説にあっても複数の物語が存在する。
その一つとして、
『船員達は人魚の歌声に魅了され、まるで悪魔にでも遭遇したかのように殺しあった』
それが意味するものは、何か。
岩見澤セレナが発動した『シレネの言霊』がどの神話に基づいて構築されたかは不明である。
だが、可能性として、
『誰かの死を連想させて、それを言葉として発せさせる』ことも出来ないことはない。
つまり、アウレオルスは頭の中で奏でられる悲劇を歌った歌詞に思考を委ね、言葉を出させられないように意識を保つ必要があった。
「(可能性の問題であるがな……)」
そして、御坂美琴が暴走気味に放った電撃の波を食らっていながら、
周囲を見渡せば、至る所で地面は
アウレオルスは一番近くに倒れていたパラミラの元へ向かった。
近づくとそっと仰向けに倒れる彼女の手首に触れる。
トクン、と鼓動を感じ無事なことを確認する。
「パラミラ」
呼びかけるが反応はない。
ふと、何気に視線を胸元に向けてみると、
その胸は一寸も上下に動いていなかった。
「まさか?!」
アウレオルスは慌ててパラミラの顔へと自分の顔を近づけていく。
胸の上下動が無いと言うことは、呼吸をしていないと言うことである。
手首の橈骨動脈では脈拍も触知できた。
しかし、十分な酸素が供給されなければ、その鼓動もやがて止まってしまうだろう。
アウレオルスは人工呼吸を試みるべく、その顔をパラミラの口へと近づけていき、
ほんの一呼吸おいて、そっと、息を漏らす。
「起きているんだろ。パラミラ」
パチクリ、と尖った瞳が瞬きをすると、パラミラはそっと起き上がりアウレオルスを見るや否や、
「バレましたか」
と軽く舌を出した。
以前、似たような手口で出し抜かれたアウレオルスだったが、この度は妹、パラミラの僅かな動きを見逃さなかった。
「以前まんまとやられたからな」
チッ、と言う舌打ちにも聞こえる音がした気がしなくともないが、アウレオルスは徐に周囲に柱の破片が多いことに気が付く。
「咄嗟に塩の柱を出したのか」
「ええ。御坂美琴が放電した直後、『シレネの言霊』が効力を失いましたので、塩の柱で威力を軽減しましたの。それに、あの女、手加減なんて出来ないと言っておきながら、あんな状況下でオゾンでの解毒までこなして、心底呆れましたわ」
当の御坂美琴はかなり無理をしたのか、或いは自分自身にも影響を及ぼしたのか、うつ伏せに横たわっている。
この場合は前者なのだろう。
アウレオルスはパラミラの手を取り立ち上がらせると、今度は万々谷旬のところへと向かった。
彼もまた、仰向けに倒れている。
「……
「いえ、そこまでする必要はないと思うのだけれど」
アウレオルスは少しだけ考え、そのまま彼を抱えた。
そして、改めて、実感する。
「……小柄だな」
身長二メートル近いアウレオルスからすれば大方の人間がそのように映ってしまうのかもしれないが、それを考慮したとしても、少年は軽かった。
それが、少年達が抱える『闇』の部分でもある。
「まぁ、私もまだ一度しかしてもらったことがないお姫様抱っこを、まさかこんな少年はやすやすと……ッ」
「これがお姫様抱っこに見えるのかね」
「見えなくはないわ」
少し口元を尖らせたパラミラはぷいっとそっぽを向く。
何に対して不満があるのか、今一分からないアウレオルスだったが、和みへと向かいつつある思考を引き締め直し足を進める。
御坂美琴は地面にうつ伏せで倒れていた。
演算を阻害されながら、大規模な放電を放ち、その中で被害を最小限にするため、自分の能力を酷使し疲れ果てたのだろう。
「兄さん、私が」
「パラミラ、分かっていると思うが」
「……分かっているわ。
パラミラはそう答え、御坂美琴の顔を覗き込む。
「……あら、無事だったの」
パラミラが声をかけるより先に、少しげっそりした声で御坂美琴が問いかけた。
「おかげ様で、この通りピンピンしてるわよ」
「そう……」
発した御坂美琴の声には安堵の息も混ざっているような気がした。
「あの子は……」
御坂美琴はゆっくりと顔だけ動かし、視線を変えた。
その瞳が捉えるのは、同じ常盤台中学の制服を纏った少女。
岩見澤セレナ。
学園都市上層部で、不老の可能性として研究を繰り返された少女。その正体は魔術側で神話として登場する『人魚』の末裔。
「貴方のことだから、しっかり加減はできたんでしょ?」
パラミラはそう言いながら、岩見澤セレナへと徐に近づいてそっと胸に触れる。
「大丈夫、息はしているわ」
「そうか」
アウレオルスが答える。
御坂美琴は、答える代わりにゆっくりとその上半身を起こし、ふらつきながらも立ち上がった。
「大丈夫か」
「ええ、電池切れになった訳じゃないから。それに、その子達の問題も解決しないといけないから」
彼らの抱える『闇』を取り除くための、到達点が見えていた。
その定かで起きたイレギュラー。
岩見澤セレナ自身が、暴走にも似た状態へと陥り、しかし、それはもう解決へと進みだしている。
アウレオルスは万々谷旬を抱えながら、ふらつく御坂美琴にも気を配りながら少女の元へと向かった。
「しかし、あれはなんだったのだ。あれも君の能力なのか」
「あれ? ……あぁ、あれは、多分私の放電の所為であの子と私たちの間に電気を介した回線が繋がったんだと思う。以前にも同じようなことがあったから」
放電と同時に、意識の中へ入り込んできた感覚。
あれは、岩見澤セレナの記憶なのだろう。
幼き頃に最愛の人を目の前で亡くし、それが岩見澤セレナのにとっての『闇』となり、ある感情を生み出していたのだ。
御坂美琴も同じように光景を思い出していたのか、げっそりしている表情がさらに重くなる。
「兄さん、それ、私が面倒をみますわ」
パラミラはアウレオルスが抱える万々谷旬を指さす。
「パラミラ、さすがに『それ』呼ばわりはどうかと思うが?」
「いいえ、兄さんに抱えられた時点で『それ』で十分」
なぜか、未だに口を尖らせるパラミラに言われ、アウレオルスは万々谷旬を地面に下ろす。
脱力している人間の体は、意識のある人間に比べてかなり重い。
「あら、この子、本当に軽いのね」
パラミラは、にも関わらず自分と同じ背丈の男子の肩に腕を回し、支えながら立たせた。
アウレオルスは万々谷旬をパラミラへしっかり預けたことを確認すると、目の前の女の子を見下ろした。
「(この場合は、
そう考えたアウレオルスだったが、
ぴくり、とその小さな瞼が動く。
「ん…………」
小さな吐息と共にゆっくりを動いたその体は、深い眠りから目覚めたお姫さまにも見えた。
「岩見澤さん、大丈夫?」
「あ、れ、? 御坂さん? …………ここは?」
まるで、今までここにはおらず、別のどこかにいたように、少女はキョトンとした瞳で首を傾ける。
「岩見澤セレナだったか」
ビクッとその小さな体が震えた。
「あぁ、すまない。驚かせるつもりはなかったのだが」
先ほどまでの事を『覚えていない』のであれば、いきなり長身の男性が声をかけてくれば驚くことも無理はない。
アウレオルスはなるべく安心させるよう声色に気をつかい、
「折り入ってだが、君にお願いしたいことがある」
「……私、に?」
「そうだ。それはきっと。君にしか出来ないことだ」
アウレオルスは一人の少年を指さす。
彼らが抱えている『闇』を少女へと伝える。
その病を、
仲間の死を、
そして、生きるために岩見澤セレナを必要としていることを、
「いつ訪れるか分からない『死』と彼らは戦っている。それは君をさらったことを正当化出来るものではない。それを分かっている上で君にお願いしたい。彼らを救ってあげてほしいと」
「……私からもお願いするわ。岩見澤さん」
岩見澤セレナは両膝をついたまま無言で視線を少し下げ、地面を見ていた。
その表情は見えない。
彼女の感情がどのように回っているのか分からない。
少しばかりの静寂。
その空気をゆっくりと押しのけるように、岩見澤セレナは、
「……化け物になりますよ?」
悲しく告げる。
「彼らは、そして、じぃのように…………」
それは、またも唐突にやってくる。
「じぃの……ように……?」
ぞくり、と背筋を撫でるような感覚。
体を揺らしながら立ち上がる少女。
見上げた彼女の瞳には色はない。
あるのは、深く彼方へと落ちていくような闇。
音が消えた。
変わりに聞こえてくるもの。
「あ………………ああああぁぁぁぁぁぁ」
それは、悲鳴だったのか。
それとも、悲劇を歌った歌詞なのか。
「……違う」
今は、はっきりと分かる。
岩見澤セレナが奏でるその音は、悲鳴でもない。
悲劇を歌った歌詞でもない。
「……憎いのか」
憎悪。
それはれっきとした殺意だった。
彼女は、岩見澤セレナは憎んでいたのだ。
最愛の人を殺した獣を、人を、
岩見澤セレナが見ていた風景を思い出す。
御坂美琴の放電によって映し出された、彼女の過去。
そこに映し出されていた悲劇。
アウレオルスは歯噛みした。
「…………そんなことをして」
その感情を知っていたからだろうか、アウレオルスは苛立ちを覚えた。
それは遠い過去だったのか。
或いは自分ではない、『誰か』が感じたものだったのだろうか。
それは分からない。
この感情の出どころがどこからなのか。
「……そんなことをして何になるのか!」
『シレネの言霊』が響く中、アウレオルスはたった一つの行動を取った。
それが正解なのか分からない。
しかし、アウレオルスの中にある『何か』がそうさせた。
殺意に身を任せ、感情を振りかざす彼女に向って、
バチンッッッッ!
その右手を振りぬいた。
甲高い音が『シレネの言霊』すらかき消してその場を支配した。
「なッ…………………」
その場の誰もが驚愕した。
それは、岩見澤セレナ自身も当てはまる。
アウレオルスが平手を打った。
その音が夜空へ消えていき、次第に静寂が再度辺りを支配していく。
時間が止まったように、岩見澤セレナは大きく反り返った顔を戻そうとしない。
アウレオルスが降りぬいた腕をゆっくりと下げる。
秒針がカチっと音をたてて動き出すように、岩見澤セレナは自らの頬に手を当てた。
「目が覚めたか」
ゆっくりとその顔が正面を向く。
一メートルもない距離で向かい合う二人。
アウレオルスは見開かれた岩見澤セレナの瞳を見下ろす。
そこにはしっかりとした色が映し出されている。
それは、過去を見る目ではなく、今を映し出している目だった。
岩見澤セレナは小さく頷く。
「なら、ゆっくりと話そう。君は誰だ」
「……私は……岩見澤セレナ」
岩見澤セレナの声は、まるで自分に言い聞かせているようにも聞こえた。
「じぃとは誰だ」
「……ッ!」
その言葉に一瞬、岩見澤セレナの体が揺らいだ。
『じぃ』その言葉が岩見澤セレナにとって、殺意をばら撒き、感情を振りかざす引き金になっていることは間違いなかった。
しかし、アウレオルスはあえてその言葉を出した。
そのことが、岩見澤セレナにとって重要なことだと考えたからだ。
音は止まなかった。
一瞬ざわついた空気は、そっと落ち着きを取り戻し、言葉を紡いでいく。
「……じぃは、私の、大事な家族だった人、です」
その言葉には、殺意があった。
ただ、それは振りかざしたものではない。
言葉の一つ一つから滲み出てきているものだった。
「彼らは、じぃを恐れました。変わることのないその容姿。衰えることのない体。きっとそれが、彼らにとっては化け物に見えたんです」
アウレオルスは思い返していた。
岩見澤セレナの記憶が映し出した罵声を浴びせられる青年と少女の姿を。
「そして、彼らは、じぃを、殺しました」
「だから、その殺意と憎悪で、その者たちを殺したのか」
「…………ッ!」
岩見澤セレナの瞳が大きく見開かれ、その唇が開かれる。
それを制するようにアウレオルスは言葉を続けた。
「私たちは御坂美琴の放電の際、偶然であるが君の記憶の一片を見た。だから、じぃの最後も知っている。だからこそ、訊こう。憎悪や殺意をぶつけた後に何が残るか、君も分かっているだろう」
なぜ、自分がこれほどまで感情的になっているのか、
「その先に待つのは、破滅だ」
アウレオルスを突き動かすものは何なのか、
「憎しみは何も生み出しはしない。すべてを破壊する。自分自身を含めてだ」
かつて、アウレオルス=イザードだった男がそれを知っているのかもしれない。
「じゃあどうすればよかったんですか……」
少女は小さく震えていた。
「あの時の私は、壊れそうだったんです……崩壊寸前だったんです……今だって、『じぃ』の夢を見たり、『じぃ』の言葉を聞くだけでフラッシュバックして、感情が抑えきれないんです……」
それは、感情を押し殺す精一杯の抵抗なのかもしれない。
その体のありったけの力を拳に込めて、感情を押し殺そうとしている。
「だが、それでも、他人に殺意と憎悪を振りかざしていい理由にはならない」
「……ッ!」
「私は、君とこの場で出会ったばかりだ。君のすべてを分かっている訳でもない。『じぃ』に関することもほとんど知らない。だが、それでも君に訪ねよう」
アウレオルスは一度言葉を切って、岩見澤セレナと視線を合わせた。
「『じぃ』と言う者はそんなこと望んでいないだろう」
「ぁ…………」
心から零れた小さな言葉だった。
分かっていたのに、わざと思い出さないようにしていたのか、
しかし、その言葉はしっかりと岩見澤セレナの記憶の中に残っている。
『恨んではいけない』と。
それが全てだった。
「でも……もうそんな、言葉一つでは……私のこの感情は、どこへぶつけたらいいんですか……」
それも全てだった。
最愛の家族が残した言葉では感情をコントロールすることすら難しい。
そう簡単には割り切れない。
だからこそ。
ザッと言う砂を擦るような音。
「なら、糧を作ればいい」
「……糧?」
ザッザッと靴裏で砂を鳴らす音。
それは、アウレオルスの隣までやって来ると、ドサっと地面へ両ひざを落とした。
両手で地面を握りしめ、
「オイラたちを……助けてくれっす」
万々谷旬は心からの声を吐き出す。
「オイラたちには、アンタが必要なんすよ!」
岩見澤セレナは改めてその少年たちが抱える闇についての言葉を思い出す。
「岩見澤さん、私からもお願いするわ」
「……御坂さん」
「もちろん、これはお願い。あなたにも拒否する権利がある。もし、あなたがそうするのなら、私はあなたの意見を尊重してあなた側に立ってあげる」
でも、と御坂美琴は加え、
「確かなことは、あなたの力で救える命があるってこと。それを考えて」
それは、万々谷旬を含む
少なくとも一万にも及ぶ命を救う可能性がある。
「御坂美琴が言うように、これは私たちからのお願いだ。君が拒否するのであれば私もそれ以上は踏み込まない。この万々谷旬が君の力を奪おうとしたならば、全力で排除しよう。だが、このことは君の新しい糧にもなるだろう。そして、そこでぶつければいいのだ、君の感情を。しかし、その時生まれた感情は、殺意でも憎悪でもないであろうがな」
そこで、漸く、
「ぁぁ…………」
少女は、岩見澤セレナは少しだけ頬を緩めた。
それが、ゴールとなった。
一度は見えかけていたライン。
誰も傷つかなかった訳ではない。
しかし、ゴールへとたどり着いた。
そのゴールを少女は、短く、最後の一言をこう締めくくった。
「はい」
と。
やれやれ、とその様子を眺めていた土御門元春は吐息を漏らした。
「まったく、勝手に決めちまいやがって」
彼がいるのは、訓練場の建物の屋上だった。
「さて、どうしますかねぇ、ねーちん」
土御門元春が言葉を飛ばす先には、全長二メートルに及ぶ七天七刀の柄頭に右手を置き、同じように様子を眺めていた神裂火織がいた。
「…………」
土御門元春の問いかけには答えず、彼女は彼女自身で何かを考えていた。
岩見澤セレナを狙う魔術師たちを、実質神裂火織ただ一人で一蹴した後、連絡のないアウレオルス達の様子を見に来て見れば、事が勝手に納まってしまっている状態。
魔術師側としては、学園都市内に、『魔術側の存在である人魚』を放置しておく道理はない。
イギリス清教としては、とある少女と同様に保護する目的でいたのであるが。
神裂火織は、少し考えて、七天七刀を握りなおした。
「……行きましょう」
そう呟き、踵を返した。
「いいんですかい。あのまま、あの存在を学園都市内に放置しても」
「あの者が、救いに手を差し伸べるというのであれば、私がそれを止める理由はありません」
なるほど、と土御門元春は頷く。
神裂火織の魔法名は、
今そこで救いの手を差し伸べている存在を束縛する意志を持ち合わせていない。
いざとなれば、強行策を、との通達もあったが、神裂火織は自分の信念を捻じ曲げて任務を遂行するような人間ではない。
土御門元春は、グラウンドでやり取りさせる様子を見ながら
「さぁて、イギリス清教への報告はねーちんにも考えてもらうとしますか」
頬を緩ませると、同じように踵を返した。
次回から新しいオリキャラ、原作キャラも出てくるかと。
ついにあのキャラとも?