とある魔術の黄金錬成 作:翔泳
アウレオルスはゆっくりと立ち上がった。
御坂美琴と万々谷旬が数分間のやり取りを行なっている間、気を失っていた訳ではなかった。
「まさか、そんな・・・・・・酸素濃度一〇%以下の領域でそんな易々と立ち上がれる訳が無いっす!」
万々谷旬の言う事は最もだった。
人間の体はそこまで丈夫に作られてはいない。
酸素濃度一〇%以下の領域では、生命活動を維持するために必要な場所、主に心臓や脳への酸素の供給を優先して行うようになる。
冬の山で登山家が遭難した際に、手足の末端から凍傷になるのと同じようなものだ。
御坂美琴も驚きを隠せていない。
アウレオルスの体の中でも自分と同じことが起きているハズなのに、どうして、と言う考えだろう。
その答え合わせをするわけではないが、アウレオルスはゆっくりと口を開く。
「そこまで驚く必要もない。それは単に一〇%以下での話しなのだろう? ならば通常の濃度、すなわち二一%の領域でなら、普通に立ってもおかしくはない」
「何を言って・・・・・・」
「分からないのであればはっきりと言おう。すでにこの君の言う酸素濃度一〇%以下の領域など存在しないと言うことだ」
万々谷旬からすれば、そんなことあるはずがない、と言う心境だったもしれないが、アウレオルスを言葉を決定付ける事が起きる。
立ち上がったのだ。
つい先程まで手足も動かすことが出来なかった御坂美琴が、ふらつきながらも両足だけで地面を支え立ち上がる。
「痛・・・・・・、いったいどうなってる訳?」
「うむ、すまない。二一%の酸素と言うものがどのようなものかイメージするのに手こずってしまってな。対応に遅れた」
「いや、そう言うことを言ってるんじゃなくて、どうやってアイツの能力を打ち消したかってこと。アンタも
そう捉えてしまうのが、能力者として当然であろう。
しかし、そうではない。
アウレオルスは気絶していた訳ではなく、
単に、一〇%の酸素濃度から、二一%の酸素濃度がどれほどのモノかイメージしていたのだ。
「詳しいことは話せないが、もう頭痛に悩まされる心配はないと言うことだ」
「話せないことばっかりね。まぁ、今はいいわ。あとで詳しい話しは訊いてあげるから。今は目の前の事を解決しましょう」
「同感だ。パラミラは引き続きその少女を頼む」
「はい、兄さんがそう言うのであれば」
さて、と呟きながらアウレオルスは万々谷旬に正対した。
先程までとは違い、些か表情に余裕がないように見える。
「先ほどから何度も能力を使っている用だが、そろそろ無駄と言うのが分かったか」
「チッ、お前何様のつもりっすか」
余裕がないと言うよりか、穏やかではないと言った方がいいのかもしれない。
「それほど偉いモノではない。ただ事実を受け入れたほうがよいと言っているだけだ」
「それが出来ないと言ったら、どうするっすか」
「ならば、仕方がない」
万々谷旬はアウレオルスが言い終わると同時に、小型のタブレットケースに入っている白い粉末の残りを全て口に放り込んだ。
ゾワゾワ、と言う悪寒が押し寄せる。
御坂美琴も先ほどと同様に身構えようとする。
が、それとほぼ同時に、
「ひれ伏せ」
アウレオルスが言葉を言い放つ。
たったその一言で、
ドガンッ、と万々谷旬は地面に這いつくばった。
「がッ・・・・・・・・・・・・何なんっす、か」
万々谷旬からすれば何が起こったのか理解出来なかっただろう。
ただ突然体の自由が効かなくなり、動くことすら出来なくなった。
「無駄だ。君は最早体を動かすことすら出来ない」
「く、そ・・・・・・」
万々谷旬はそれに贖い体を動かそうと試みているが、成果はない。
「周囲の空気を固定させて相手の動きを封じてるって感じかしら。あたしの時もそれをしたってことね」
「そう言う事にしておいてもらえると助かる」
さて、とアウレオルスはゆっくりと万々谷旬に近づいて行く。
動くことは出来ず、仮に空気中の酸素濃度を変えよとしたところで、すでにアウレオルスには二一%の酸素がどういったものなのかが理解出来ている。
変更されれば、二一%の酸素に戻せばいいのだ。
「私は君をどうにかしようと言う気持ちはない。だたあの子から手を引いてもらえるだけでいい」
「それは、できないっす」
万々谷旬は頑なに拒む。
「あれは・・・・・・あの力はオイラ達に必要なんすよ!」
動けないと分かっていながらも、体を動かそうとする。
もし、この一面だけを第三者が目撃すれば、巨大な力に押しつぶされながらも抵抗しもがき続けているヒーローにでも見えてしまいそうな光景だった。
「なら理由を述べたまえ」
「納得出来る理由だったら、その子を渡してくれるっすか」
「それも考えよう」
「ちょっと勝手に」
スっと、アウレオルスは右手を横へ出し、
「この子の力を知った上で狙うと言うことは、それなりの理由があるはずだ。それを訊くくらいはよいだろう」
もちろん、理由があったからと言って岩見澤セレナを簡単に渡そうなどとは考えていなかった。
個人的な感情で物事を決めてしまってもよい問題ではない。
しかし、理由が知りたいとアウレオルスは思ったのだ。
そして、ゆっくりと万々谷旬は口を開く。
「『HGPS』これが何か聞いたことはあるっすか」
その単語を聞いただけで、彼らの起こした行動を理解できる者もいるだろう。
『HGPS』。正式名称、ハッチンソン・ギルフォード・プロジェリア症候群。
属に言う、老化病。
新生児期ないし幼年期に好発し、全身の老化が異常に進行する早老症疾患だ。
「オイラ達
運がよかった。
発症が分かる直前、何かしらの理由で学園都市最先端の医療が受けられる病院へ入院が決まり、発症後に最先端の医療技術の下治療が進められたと聞く。
通常の二〇倍から三〇倍になると言われる尿中のヒアルロン酸濃度の値をコントロールすべく、代謝異常の正常化を図る治療。
成長ホルモンの分泌を調整する治療。
ファルネシルトランスフェラーゼ阻害剤(FPTase)の投与。
ありとあらゆる治療が施された結果、
少年は老化を迎えることなく、一〇の年月を過ごした。
主に症状が進むと、動脈硬化や糖尿病、高コレステロール血症を引き起こし、心機能障害や脳血管障害を誘発するとされているが、少年にはそれが見られなかった。
そして一一年が過ぎたある日、別の研究施設への移動が決定。
そこには、少年と同じように学園都市の最新技術によって症状の進行を食い止めることが出来た少年少女が五人いた。
各施設で一通りの
稀に見る身体能力の高さに加え、現段階で存在する各
彼らは、
目的は、学園都市に存在する
研究者達は、『
六人にとっては、何でもよかった。
命を救ってくれた学園都市に対する恩は計り知れない。
だからこそ、『暗部』での仕事も十二分にこなし、数多くの対超能力者用訓練にも耐えてきた。
これは、恩返しなのだと、六人の誰もが何も疑わなかった。
しかし、それは訪れた。
相次いでの仲間の死。
突然の出来事だった。
病の全ては順調に改善され、合併も起こさないと科学者は言っていた。
にも拘わらず、突然死。
何かしらの原因で突然心臓が仕事を放棄してしまった。
『何でなんすか・・・・・・全て順調じゃなかったんすか! 何でサニーワンと
可能性がないわけではなかった。
しかし、一度に二人と言うのは、精神的にもショックが大きかった。
そして、それに追い討ちをかけるように耳に入ってきた会話。
『サニーワン=グレンシアの死は大きいですね。あれの
『うむ、ところで、『連鎖』の方は順調に進んでおるのか』
『はい。現在ストック『一』からの試運転段階ですが、統括理事会のご期待に添える出来かと』
『そうか。なら、代用品も使い物にならなければストックとして回すようにしなさい。彼らも肉体をなくしても学園都市に貢献出来るとなれば本望じゃろう』
『しかし、いいのでしょうか? 基本的には能力者でないものをストックに、との話しでしたが? 能力者を使った場合のAIM拡散力場の混濁は目に見えてますし』
『所詮は、脳幹の一部以外全て機械じゃ。使い潰したところで何の支障にもならんじゃろ』
代用品とは、明らかに自分達を指している言葉だった。
『連鎖』を現す何かが完成し、その第一投であった自分達はもう用無しだ、と言われているようなものだった。
さらに加えて、彼らは知った。
この学園都市に、自分達の命を繋ぐことが出来る可能性を秘めた能力者がいることを。
その存在を知りながら、自分達には明かさず、二人の命が尽きてしまった事を。
自分達もいつ、サニーワン=グレンシアや
目に見えて病が悪化していなくとも、二人がそうであった様にそれが突如と訪れるかもしれない。
だからこそ、行動を起こす。
学園都市が、その可能性を隠すのであれば、奪い取る。
そして、命を繋ぐ。
だからこそ、岩見澤セレナを諦めるわけにはいかない。
ここで岩見澤セレナを確保出来ないと言うことは、
命が尽きる前に、科学者の言う『連鎖』の一部にされてしまう可能性もある。
しかし、目の前の男の能力は未知数だった。
体は動かない。
能力を使用し、空気中の酸素濃度を変更しようにも、全く効果が現れない。
正直なところ、相手がこちらの理由を知って岩見澤セレナを譲ってくれると言う、一発逆転でも起きない限り状況は厳しかった。
目線を上にし、どうにかして目の前の男の表情を伺おうとするも、うまくはいかない。
相手が、どう出てくるのは、最早運頼みと言った状態。
そこへ、
「ふぅ」
と男のため息を吐く声。
それに続き、
「御坂美琴。君はあの少女と面識があるのだったな」
「ええ、それなりに」
「なら、あの少女が起きたら君から説得してはもらえないだろうか。この少年達に協力してあげてほしいと」
嘘の様な言葉だった。
「兄さん!?」
「分かっている、パラミラ。彼らに協力した後、直ぐに土御門と合流すれば問題なかろう」
そして、少し間を開け呟く。
「少年、顔を上げたまえ」
指示に従った、と言うよりは従わされたと言う方が正しいだろう。
自分の意思に関係なく体が動き、丁度両肘をついたような状態で顔を上げる。
「聞いての通りだ。問題はあるまい」
「そんな・・・・・・都合のいい訳が無いっす。何を考えているっすか、お前は学園都市の統括理事会に言われてここに来たんじゃないんすか!」
「残念ながら、あの少女の保護を頼まれたのは学園都市の統括理事会などではない。それに言ったであろう。私は君たちをどうこうするつもりはない、ただあの少女を諦めてもらいたいと。諦めることが出来ない事情があるなら、それを解決した上で、彼女を保護すればいいだけの話しだ。それならば、君たちの目的も達成され、私の目的も達成される。もちろん、あの少女の承諾があっての話しだが、この考えに何か間違いでもあると言うのか?」
それこそ、理想の考えだった。
岩見澤セレナが自分達の理由を訊き、納得した上で自分達の問題が解決するなら、それに越したことはない。
いや寧ろ、彼女と話す機会さえ取れていれば、こんな事態に陥らなかったのかもしれない。
奪い取る、と言う考えしかなかった。
自分達の命を繋ぐために、力づくで奪い取る。
その考えが間違っていたのか。
「異論はないか」
万々谷旬は小さく頷く。
当初思い描いていたモノとは異なるが、自分達の命が助かるなら、どんなシナリオでも構わない。
少なくとも、目の前の男のシナリオの方が傷つく人が少ないのは確かだ。
「そう言うことになる、御坂美琴。彼女を説得してもらえるだろうか」
「ええ、できる限りお願いしてみるわ。でもその後の保護って話しは後で詳しく聞かせなさいよ」
後は、岩見澤セレナが目覚めてからだった。
誰もがその彼女を確認しようと振り返る。
その時だった。
「待ちなさい!」
一際大きな声が周囲に響いた。
振り返る速度が速くなる。
それを、万々谷旬は視界に捉えた。
一人の少女が両手で小さな剣を握っていた。
「何を・・・・・・してるっすか・・・・・・ッッ?」
このまま解決に向かうハズだった。
後は少女を説得し、終わるハズだった。
それなのに、
それなのに、
それなのに。