とある魔術の黄金錬成   作:翔泳

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布束砥信が原作であんな形で出てきましたが、まぁ、彼女の考え方に大きな間違いはないと思うので、大目に見てやって下さい。


大能力者としてではなく

 

 化け物の末路は何か。

 英国における魔女狩り。

 日本における鬼狩り。

 人と別の生き物とみなされた彼らは、忌み嫌われた。

「じぃ」

 小さな声が裾を掴む。

 まだ小柄な少女だった。

 ようやく義務教育がスタートする、といった年齢だろう。

 背中まで伸びる銀色の髪は、見るものの心を写す鏡の様だった。

 しかし、そこに写っているのは、光輝く黄色や、静かなる青ではない。

 赤。

 瞳の奥に赤を宿した獣達の色だ。

 周囲を覆い尽くす無数の獣が、絶えずその赤でこちらを見ている。

 裾を掴む手に力が入る。

 その手をそっと包み込んだのは、『じぃ』と呼ばれる人物だった。

 言葉から連想するには若すぎる顔立ち。

 青年と呼ぶのがふさわしいだろう。

 大丈夫。

 そんな暖かい声が聞こえる。

 だが、それをかき消す様に獣達が吠える。

 幼い少女にとってはそれを聞き取るどころではない。

 しかしながら聞き取ろうとせずとも、耳へ入り込んでくる言葉があった。

 『化け物』

 少女の目から見れば、どちらがそれなのかは一目瞭然である。

 狂気に溢れた赤い瞳。

 獣の様に雄叫びをあげ、凶器を手に取るそれは言うまでもなく『化け物』である。

 それでも、彼らの口から飛び出す言葉が変わることはない。

「じぃ」

 小さな声は震えた。

 ガチャ、と何かを固定するような音が少女の耳に届く。

 それが何なのかは少女には理解出来ない。

 ただ、それが嫌な音であることは分かった。

 ジリジリ、と『じぃ』と呼ばれる人物が後ずさりする。

 しかし、その後退は僅か数歩で終わる。

 自分自身の後ろに何があるか再度確認したからだ。

 不意に、『じぃ』と呼ばれる人物が少女に振り向くと片膝をたてて座り少女を抱き寄せた。

 そして、耳元で小さく呟く。

「人を恨んじゃだめだよ。彼らも怖いだけなんだから」

 そう言い残し、『じぃ』と呼ばれる人物は少女の元を離れて行く。

 一歩一歩少女から離れるごとに獣達に近づく。

 雄叫びがより一層強くなる。

 ガチャガチャ、と何かを固定するような音がいくつも響き渡る。

 そして一言、

「化け物が死ねばそれで満足かい?」

 その瞬間、少女の視界は真っ赤に覆われた。

 

 

 

 万々谷旬は空を見ていた。

 地面の上に大の字になり、その視界に入る空の色を目に焼き付けているような状態だった。

 一種の放心状態とも見えるがそうではない。

「はは」

 笑っている。

「これが、超能力者(レベル5)

 武者震いにも似た状態だった。

 能力者としての本能。

 自分の力がどこまで通用するのか。その根本的な部分を突き詰めようとする感情。

 ザッ、と地面を擦るような音が聞こえる。

「まさか、超電磁砲(レールガン)一発に対して五発連射で相殺ギリギリとは思わなかったっす」

 万々谷旬が首を反らせて視線を変えると、その先には御坂美琴が腰に手を当てて見下ろしていた。

「よく言うわよ。そんなモノ連射できるってのに」

 万々谷旬は、一度体を丸めてから勢い良く跳ね起きると、ズボンについた砂を払い落とした。

 二人が今いるのは、ちょうどグラウンドの部分だった。

 初速で音速を優に超えていく超電磁砲と複数の真空砲のぶつかり合いで、砂が宙に舞っている。

「井の中の蛙って訳じゃないっすけど、さすが超能力者(レベル5)っすね。最大出力はあっさり罵られ、小細工をしようも応用力でもそっちが上手となると、正直お手上げっす」

「心ではそう思ってないって顔してるわよ」

「いやいや、そんなことないっすよ。単に自己満の時間は終わりって言うことなんすよ」

 能力者として自分が超能力者(レベル5)にどこまで通用するのか。

 結果にすればその差は歴然としていた。

 標準として考えられている、軍隊での戦力的価値が得られる力とたった一人で軍隊を相手にできる力。

 まさに、そのままの結果。

 しかし、それは万々谷旬が単なる大能力者(レベル4)として超能力者(レベル5)に挑んだ結果だ。

 だからこそ、自己満。

 同時消し(スキルブル)

 その名を冠することで、万々谷旬は超能力者(レベル5)に対し決定的な一撃を与えられる存在へと変わる。

 御坂美琴も場の雰囲気が変わったことに気がついたようで、先ほどまで見せていた少し余裕のある表情ではなく、緊張感を漂わせるほど顔が引き締まる。

 その刹那、にらみ合っていた両者の視線がそれた。

 理由は小さな音だった。

 ザッ、と言う地面と靴裏が擦れる様な音。

 嵐の前、ではなく嵐の後の静けさ。そんな中だからこそ聞こえた程度の音だ。

「誰っすか、お前は?」

 長身の青年だった。

 二メートルには達していないだろうが、それ近くはあるだろう。

 黒髪のショートヘアー。

「私は、アウレオルスと言うものだが」

 さらに、青年の腕の中には少女がそっと抱きかかえられていた。

「その子をどうしたっすか。百合野(ゆりの)銀兆(いちょう)が居たはずっす」

「あぁ、あの二人なら少し寝てもらっている」

 簡単なことを言ってくれる、と万々谷旬は心の中で呟いた。

 百合野と銀兆の二人も同時消し(スキルブル)なのだ。

 それぞれ、特定の超能力者に対し決定的な一撃を与えることのできる能力者。

 しかし、超能力者に対し決定的な一撃を与えることができるからと言って、超能力者と同様に一人で軍隊を相手にできる訳ではない。

 特化している、と言うだけで他の能力者から見れば、単なる普通の能力者でしかない場合がほとんどだ。

 この場合、目の前の男が百合野と銀兆の二人では対処出来なかったと言うだけの話しなのだが、

 それにしても、と万々谷旬は思う。

「(どうして、これほど多くの人間が岩見澤セレナの事を知っているっすか?)」

 何かしらの能力者が岩見澤セレナを奪還に来ることは予想出来た。

 それに相応しい力を岩見澤セレナは持っているからだ。

「どうして、その子の事を知ってるっすか」

「詳しいことは言えないが、この子を保護してほしいと言われてたものでな」

 なるほど、と万々谷旬にはそれだけで理解出来た。

 予想通り学園都市の上層部が動いているのだ。

 岩見澤セレナの存在を散々隠してきた学園都市の上層部だが、いざ彼女が奪われるや否や情報を一部公開したのだろう。

 それなら、納得できる部分があった。

 超能力者の一人である御坂美琴。

 彼女が、ここまでやって来た理由は恐らく上層部絡みではない。

 同じ常盤台中学に所属している。大半の理由はそこにあるに違いない。

 しかし、妹達(シスターズ)は上層部絡み。

 同行していた科学者も恐らくそうだろう。

 そして、目の前の男も上層部が動かす駒に違いない。

「アンタは、あいつと一緒にいた・・・・・・」

「御坂美琴か。君も誰かにこの子の保護を頼まれたのか」

「保護? アンタ一体誰にそんな事頼まれたのよ」

「違うのか。すまないが、それを言うことは出来ない」

 今の会話ではっきりした。

 御坂美琴は上層部絡みではない。

 つまりは、後回しでも構わない。

 上層部が送り込んできた目の前の男さえどうにかすれば、何とでもなるのだ。

「(そろそろ、千賀沙が戻ってもいい頃っすか。なら、御坂美琴は千賀沙に任せるっすかね)」

 同時に、施設から近づいてくる人影を捉えた。

 万々谷旬は、千賀沙安芸が妹達(シスターズ)を鎮圧し、戻ってきたと確信していた。

 何せ、千賀沙安芸は超電磁砲(レールガン)専用に能力者だ。

 その劣化版と呼ばれている妹達(シスターズ)相手に負けると言うことなどありえない。

 だが、

「あら、御坂美琴。貴方もいたのね」

 千賀沙安芸の聞きなれた関西弁ではなかった。

 その容姿はまるで違っていた。

 着ているのはサイズ違いにもほどがあるカラフルな浴衣の様な白衣。

 髪は赤いが長さが違う。

「ってアンタもいるの?」

「兄さんがいて、私がいない訳ないじゃない」

「パラミラ、無事だったか」

「あら兄さん。私がそんな簡単にやられると思って?」

 百合野と銀兆と同じだった。

 千賀沙安芸の場合は二人と違い能力者に対する幅が広いが、電撃使い(エレクトロマスター)に限られた話しであり、根本的に対超能力者用の能力者であることに変わりはない。

「あーあ」

 大きなため息が出た。

「こっちは命懸けっての分かってるんすかねぇ、あいつら」

 基本的に、万々谷旬も同じだった。

 が、根本的に違う部分が存在する。

「まぁ、何かしらのイレギュラーが発生すればオイラ一人でどうにかする予定ではいたっすけど。自己満に走ったオイラがいけなかったっすね」

「・・・・・・パラミラ、この子を頼む」

「兄さんが言うのであれば」

 パラミラはアウレオルスに近づき、その腕に抱えられている少女を引き取る。

 両手で抱えると、そのまま五メートルほど下がった所で地面に下ろす。

 パラミラ自身を背もたれとし座らせると、裾に隠れた右手を小さく動かす。

 ドロドロとした人形がパラミラの前に壁を作る。

 と同時に、

 万々谷旬は、ポケットから小型のタブレットケースを取り出した。

「たった一回分しか手に入れれなかったっすけど、『始める前に使わないで終わる』より『始めるために使う』方がいいに決まってるっすよね」

 手の甲に出したのは白い粉末状のものだった。

 それを一口、舌で舐め取る。

 瞬間、何かとてつもなく嫌な空気を感じ取った御坂美琴とアウレオルスが身構えようとする。

 それより速く、

 動いたのは、人ではなく検知器だった。

 ピーピーピー、と甲高い音が鳴り響く。

「まずッ・・・・・・」

 御坂美琴がそう呟いた直後、

 ガクン、と御坂美琴とアウレオルスは糸の切れたマリオネットの様に地面へと崩れ堕ちた。

 手足に力を入れようとするも立てない。

 その様子を見ながら、万々谷旬は無言で一〇メートルほどあった距離を少しづつ歩み寄る。

 五メートルほど進んだ所で立ち止まり、大きく深呼吸を一つ。

 そして、ゆっくりと呟く。

「酸素濃度一〇%の味はいかがっすか」

 

 

 

「・・・・・・一〇、パーセントです、て」

 御坂美琴は地面に体を預けたまま、遠のきそうな意識を保ちつつ返答する。

「オイラも一度体験したことがあるっすけど、あまり美味しいとは思わなかったっすね。とにかく頭が痛くなるっすから」

 万々谷旬が言う様に、御坂美琴は頭痛に襲われていた。

 しかし、その痛みで意識がはっきりするどころか、痛みの増加と共に意識の状態も悪くなりつつある。

「基本的に酸素濃度が一〇%を切ると動くことは難しいっすね」

 万々谷旬は一瞬、間を置き、

「六%になると失神するっすからね」

 御坂美琴はどうにか意識を保ち手足を動かそうとしているが、アウレオルスと言う青年は動く気配がない。

「まぁ、『体晶』を使ってこの距離じゃあ、大能力者(レベル4)にも納得って話しっすよ。それでも対一方通行用の能力者としては成り立つって言うんすから、相性って言うのは怖いっすね」

 おかしい、と御坂美琴は思った。

 万々谷旬の能力は彼自身を中心として発動されるものと考えていい。

 彼自身を遠ざけるか、自分自身が離れる事によって能力の有効範囲から脱出することが出来ていた。

 つまりは、万々谷旬自身も能力の有効範囲にいる、と推測ができる。

「(なら、どうしてアイツは、平気なの)」

 同じ有効圏内にいて、自分たちとは違い満足に行動ができるのは何故か。

「不思議そうな顔をしてるっすね。どうしてオイラだけが能力の影響を受けないか知りたいって書いてあるっすよ」

 万々谷旬は、一瞬間を置き、

「理由は簡単っす。オイラが呼吸をする瞬間だけ酸素濃度を通常に戻せばいいってだけの話っす」

 先ほどから万々谷旬の会話に不自然な間があったのは、そのためだった。

 万々谷旬の能力が自分自身も効力範囲に含まれていると言うのは正しかった。

 しかし、実際には万々谷旬は自分自身が呼吸をするタイミングに合わせ酸素濃度を通常に戻すと言う方法で、他人にのみ濃度の下がった酸素を与えていたと言う訳だ。

 なら、と、

 御坂美琴は万々谷旬へ注目する。

 彼が呼吸をするタイミングのみ酸素濃度が通常へ戻るなら、そのタイミングに合わせて自分も呼吸をすればいい。

 検知器は常に鳴動をやめてはいない。

 検知器では確認できないほど一瞬のタイミング。

 注目するのは、彼の口元ではない。

 すべきは腹部だ。

 口を閉じていても鼻を使えば呼吸をできる。

 だが、呼吸は横隔膜の上下運動を伴うため、腹部或いは胸部の上下運動は解剖学的上必ず起こり得る。

 それを見逃さない。

 服の上からだろうが、その僅かな動きを途切れそうな意識の状態で行う。

 万々谷旬が何かを話しているが、そちらへの意識は遮断する。

 腹部と胸部の動きに合わせて一度大きく深呼吸。

 大まかに見て約三秒の間隔で腹部が動いていた。

 予想以上にも短い間隔だが、それはそれで好都合だった。

 低濃度の酸素を大量に摂取してしまった体には、少しでも多く通常濃度の酸素が必要となる。

 高濃度の酸素が摂取できれば、回復も目に見えて早いのだが、この場合はそんなことを言っていられない。

 手の感覚は戻りつつあった。

 少しだったが、意識の状態も改善している。

 通常濃度の酸素が補給出来ている証拠だった。

「(よし、これなら・・・・・・)」

 そう思った瞬間だった。

 ズキンッ! と頭に激しい痛みが生じた。

「痛ッ・・・・・・」

 心拍数も上がっていた。

 体内の酸素量が少ないため、多くの血液を送り出そうとしているのだ。

 つまり、

「オイラのタイミングに合わせて呼吸をしているみたいっすけど、そのタイミングでオイラが呼吸をしているとは限らないっすよ」

 恐れていた言葉だった。

 腹部や胸部の上下運動は呼吸をする過程で必ず起きる解剖学的現象だった。

 しかし、その現象が起こらないほど少量の酸素を取り入れる作業を続けていたとしたら?

 腹部や胸部の動きはカムフラージュで、実際はそれとは全く異なるタイミングで呼吸をしていたとすれば?

 御坂美琴は低濃度の酸素を摂取し続けていたことになる。

「本来の状態ならそれくらい気がつけたかもしれないっすけど、その頭の状態では難しいって話っすね。寧ろ、よく冷静に観察できたってくらいっす」

 ガクガク、と指先が痙攣を始めた。

 酸素が足りていない。

 応急的に末端への供給を遮断し、中心部、主に心臓や脳への供給を優先させている結果だ。

 それでも、酸素濃度一〇%以下の極限状態で意識を保っているには限界があった。

「(あ・・・・・・ダメだ、・・・・・・ボーっと、する)」

 薄れる意識の中で、フと頭に過ぎったモノがあった。

「(あの子と・・・・・・パラミラ、は・・・・・・)」

 自分達とは五メートルほどしか離れていなかったが、後ろを振り返っていないので、彼女達がどうなったか分からない。

 仮に、今現在無事だったとしても、人一人抱えて万々谷旬の能力圏外まで逃れ続けるのは難しい。

 しかし、もしも能力の圏外にいた場合はどうか。

 実際に御坂美琴はこの兄妹とも付き合いが長い訳ではない。

 が、パラミラが大の兄好きであることは身にしみて体験している。

 たった五メートルの距離ではあるが、能力の圏内ではなく今現在も無事なのであれば、

 パラミラが兄であるアウレオルスが地面に伏している状態を放って置くわけがない。

 そう考えた瞬間だった。

 御坂美琴の視界にそれが映ったのは。


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