とある魔術の黄金錬成   作:翔泳

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アウレオルス=イザードだった男

 ――アウレオルス=イザード

「何で……お前がこんな所に!」

 上条当麻は言葉を発して、しかし改めてその顔を確認する。

 その顔はやはり上条当麻の知っているアウレオルス=イザードのものではなかった。

「(そう言えば……ステイルが魔術側の目を欺くために顔を変えたって言ってたっけ? それに確かこいつは――)」

「君は私の事を知っているのか?」

 かつてアウレオルス=イザードは上条当麻に破れ、全ての記憶を失ったのだ。

「ならば教えてくれ。私は……アウレオルス=イザードと言う男はどんな人間だったのだ!?」

 上条当麻はすぐに言葉が出てこなかった。本当の事を話して良いのかを迷ったのだ。「自分の友達を殺そうとした男」突然そんな事を言われた日にはショックは大きいだろう。

 増してアウレオルス=イザードには記憶が無い。以前の自分がそんな人間だったと言う事を聞かされればどれほどの衝撃を受けるだろうか?

 その気持は痛いほど上条当麻には分かっていた。なにしろ上条当麻も記憶喪失なのだから。

「お前は……かつて俺の友達を殺そうとした男だ」

「な……に……?」

 しかし上条当麻はだからこそ真実を伝えた。もしも自分が相手の立場なら真実を伝えてもらいたいと思ったからだ。

「私は……そんな人間だったのか……」

 驚いたアウレオルスはすぐさま落胆の色を見せた。それはそうだろう。自分自身を知るための情報、その一つ目が「人を殺そうとした」では自分が一体どんな人間だったのか、知ることすら怖くなってしまうはずだ。

 もしかしたら自分はとんでもないダメな人間だったのかもしれない。そうアウレオルスが考えはじめると

「でもお前は一人の少女を助けるために全世界を敵に回した男でもある」

 訊けば、アウレオルス=イザードと言う男は魔術師だったらしく、その中でも錬金術師と呼ばれていたそうだ。

 なんでも、ある一人の少女(名をインデックスと言うらしい)を助ける為にローマ正教と言う組織から離反し世界を敵に回した。

 さらに、黄金練成(アルス=マグナ)と言う、頭の中で思い描いたものを現実に引っ張り出す魔術を使えたそうだが、それを使って上条当麻の友達を殺そうとしたらしく、その際に上条当麻に破れ記憶を失ったようだ。

 そして本来なら処刑されるハズが顔を変える事によって生き延びた、と言うことらしい。

 「魔術」と言うフレーズは頭の中にあった。魔術師と言う存在がいると言う知識はあるようで、ただ自分自身がその魔術師だったと言う事に関しては驚いていた。もっと驚いているのは、かつて自分の敵だった者に対してなぜこの少年はこれほどまで真実を伝える事が出来るのだろうか? と言う所だ。自分の記憶が無くなったのも上条当麻に敗れた為だと言うが、正直上条当麻の友達を殺そうとした自分に問題があるので、責める気にはなれない。それにこうして生きている事だけでも感謝しなくてはならないのかもしれない、と以外に冷静な自分がいる事にも驚きだ。

「俺が知ってるのはこれくらいだけど、お前を昔から知ってる奴に聞けばもっと分かると思うけど」

 しかしアウレオルスは「いや、いい」と首を横に振った。聞いた所でこれ以上何かが変わる訳でもない。それに自分は人を殺しそうになった人間なのだ。それ以外の何者でもない。

 アウレオルスが顔を曇らせていると

「確かにお前は俺の友達を殺そうとしたけど、お前は命がけで一人の少女を守りたいと思える奴だったって事に変わりはないぞ」

 アウレオルスは唖然としたが、構わず上条当麻は言葉を続けた。

「あの時をお前は色々とあってどうにかしちまってた。だから仕方が無いって訳じゃないけど、本来のお前は誰かを守るために命を賭けれる奴に変わりはない。現に世界を敵に回してまでインデックスを助けようとしていたんだからな」

「とうま?」

 と、ここで会話に割り込むように小さな声が部屋の中から聞こえてきた。

「うう、とうま、帰ってきてるなら早くご飯にしてほしいかも……って、とうまのお友達?」

 扉を開けて外へと顔を出したインデックスは今にも倒れそう、と言う表情でご飯を要求すると共にアウレオルスの姿を見て上条当麻に質問する。

 さすがに本名を言うのはマズイと上条当麻は考える。インデックスは記憶を失う前のアウレオルスと認識があるからだ。完全記憶能力を持つインデックスにこの目の前の男がアウレオルス=イザードだと言う事を言ってしまうとまずいと判断した上条当麻は咄嗟に

「あ、ああ、そういやインデックスは初めてだったよな。ええっと、あ、アルスって言うんだ」

 アウレオルスを省力してアルスなのか、黄金練成(アルス=マグナ)のアルスなのか、今一捻りの足りない偽名でアウレオルスを紹介した。

「アルス? 外人? それともハーフか何かかな? でも私はそれより今はご飯のが大切かも」

「インデックス……人がせっかく紹介してるのにそれはないだろ? それに心配しなくてもほら」

 と上条当麻は両手に抱えたレジ袋をインデックスの目線に合わせるように軽く上へと上げる。

「何々?? どうしたのとうま!? 貧乏なハズなのに今日は珍しく豪勢っぽいんだよ」

「う、貧乏なのは余計だろ。まぁ確かに貧乏学生だけど……今日は違うぞ、今日はアルスのおごりだ!」

「やっぱりとうまのお金じゃないだね。珍しいと思ったんだよ。最近家計簿と睨めっこしてるとうまがそんな豪勢っぽいのを買えるはずがないんだよ」

 ええいうるさい、と上条当麻は叫ぶととりあえずインデックスを部屋の奥に戻らせる。

「今の少女が……」

「ああ、インデックスだ」

 どうやら今の白い修道服に身を包んだ少女が、かつての自分が助けたかった少女の様だが、やはりアウレオルスの記憶にはなかった。

 皮肉なものだ。とアウレオルスは思う。世界を敵に回してまで助けたかった少女だったハズが、今では顔を見ても何も思い出せない。そしてふと考える。

「という事は、あの少女は君によって救われたのだな」

「でも、誰が助けたなんてもんはあんまり関係ないだろ。さっきも言ったけど、インデックスを助けたかったって気持ちは俺もお前も変わらねぇよ」

 そうか、と呟いてアウレオルスは一瞬笑みを作った。

 そして上条当麻に背を向けてその場を後にしようとした。

 かつて自分が助けたかった少女は既に救われている。つまりは過去の自分の目標は既に達成されている。これ以上ここにいたとしても迷惑になるだけかもしれない、とアウレオルスは考えていたが、

「おいおい、どこに行くんだよ。これお前の分も含まれてるぞ?」

 と、上条当麻は再び両手のレジ袋を軽く持ち上げる。

「しかし、私がいては――」

「飯を食べる事は関係ないだろ? これはお前が買ってくれたんだから食べる権利は十分あるぞ、寧ろ食べてくれたほうが気を使わなくてすむ」

 この少年は……

 再び笑みを作ったアウレオルスは思う。

(話しを聞いただけだが、過去の私とこの少年の違いはここにあるのだろうな)

 アウレオルスはそんな事を考えながら上条当麻に後に続いて部屋へと入っていった。

 

「……さて、どうしたもんか」

 隣の建物の屋上から一部始終を眺めていた金髪にサングラスと言う格好の少年、土御門元春は徐に携帯を取り出し予め登録されている番号を呼び出し携帯を耳に当てる。

 程なくして繋がった電話の向こうから男の声が聞こえた。

『何の用だい? 特に上からの指令も何も出ていないはずだけど』

「ああステイル、今回は個人的なお話ぜよ」

『……僕は男性とゆっくりお喋りする趣味は無いんだけどね』

「アウレオルス=イザードが現れた」

『なに?』

「正確にはかつてアウレオルス=イザードと呼ばれていた男と言うべきかにゃー」

 ありえない、と電話の向こうでステイル=マグヌスは言う。なんせアウレオルス=イザードはステイルが自分の手で殺したからだ。

 ここで言う「殺す」は単に命を奪うと言うことではない。

 アウレオルス=イザードは記憶を失った。そこにステイルの力で外見を変形させる。中身も外見も違うとなればその人間はアウレオルス=イザードとは呼べず、まったくの別人となってしまう。つまりアウレオルス=イザードと言う人間をこの世界から殺すと言う事になる。

 そういう意味での「殺す」

「なんなら、写真でも送って自分の目で確かめてみるかにゃー?」

 そう言って土御門元春は手際よく携帯電話を操作に写真をステイルへと送信する。そして数秒後折り返しの電話が土御門元春へと来た。

『……間違いない。アウレオルス=イザードだった男だ』

「どうやら自分がアウレオルス=イザードだったと言う事は思い出しているみたいだぜい?」

『バカな、なぜそんな事が?』

「詳しくは分からない。だが思いあたる点がない訳じゃないぜい」

『どういう事だ?』

「なぁに難しい事じゃない。人間の脳は思いのほか優れているって話しだにゃー。あの男がどれほどインデックスを助けたいと思っていたか、何てことはステイル、お前が一番分かっているはずだぜい」

『……何が言いたい』

「世界を敵に回してまで助けたかった存在だぜい? 記憶を失ってもその気持ちは脳のどこかしらの部分に残っていたんじゃないかって話だにゃー」

『つまり君は、インデックスを助けたかったと気持ちが何らかの形で記憶を取り戻す引き金になったとでも言いたいのか?』

 ふざけてる、とステイルは言葉の後に付け足した。

「皮肉にも当の本人はインデックスの事、いや、自分に関わりのあった物は思い出せていない様子だったが……」

『で、君はこの事を上に報告するのかい?』

「まぁ、様子見ってとこですたい。何せ相手が相手だ。アウレオルス=イザードが生きていたとなれば大騒ぎだぜい」

『まぁ、懸命な判断ってとこだね。僕もすぐにそちらに向かうとするよ』

 電話はそこで途切れた。

 携帯電話をポケットへとしまった土御門元春は再び視線を落とした。

「さて、一先ず奴が何を考えているのか知る必要があるんだが、まぁ頃合を見計らって直接会って見るのも良し」

 鼻で笑うように息を漏らす。

「今回ばかりはどうなるかこの土御門元春にも分からないぜい」


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