とある魔術の黄金錬成   作:翔泳

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同時消し

 万々谷旬(まがたに しゅん)は第二学区のとある訓練場にいた。

 中央はグリーンラバーと呼ばれる緑に塗られたフィールドがあり、その周囲には一周三〇〇メートルのトラック。その周りをグラウンドが覆っている。

 主に警備員(アンチスキル)風紀委員(ジャッジメント)が訓練に使用する場所なのだが、演習などの訓練をするような施設は無く陸上のフィールドみたいになっており、想定を配慮した訓練を行うというよりは、

 とにかく動いて体力をつけろ、と言う訓練を行う場所だ。

 にも拘わらず、そんな場所にいるにしては、服装が見合わない。

 どこかの学校の制服なのだろうが、カッターシャツは前腕の中間でバッサリと切られており、同じようにズボンも膝下で終わっている。

 暑くて袖や裾をまくるのが面倒くさいから切ってしまいました、と言わんばかりの格好。

 動きやすくはなっているのだろうが、訓練場には似合わない服装だった。

 第二学区は警備員(アンチスキル)風紀委員(ジャッジメント)の訓練場の他にも、自動車関連の学校用のサーキットなどがある。

 その関係で、とにかく騒音が大きいため防音壁を使用し、さらに防音壁に設置されたスピーカーから騒音と逆位相の音波を放出することで騒音をかき消している。

 施設の周囲にも学区の周囲に使用されている防音壁が同じように使われている。

 つまり、中でどんな騒音を発生させても外には漏れないと言うことになる。

「さて、ここからどうするんだったっすかね」

 万々谷旬は壁にもたれかけさせてある少女に目を落とした。

 常盤台中学の制服を着たその少女は、白い髪をしていた。

 長さは腰くらいにまで達するだろうか。

 肌の色は驚く程白い。

 ほとんど日光に当たっていないのだろう。

「取りあえず予定の場所まで運んだのはいいんすけど、追っ手をどうにかせにゃならんすよ。感じる『吐息』は一つだったっすか。いや、今三つになったっすね」

 元々この施設周辺にいる人数も数に入れるべきなのだろうが、今日は日中から学園都市外部からの侵入者がいるとの情報で、この施設内にいる警備員(アンチスキル)も駆り出されてしまっている。

 つまり三つの『吐息』はこの施設の外からやって来たと言うことになる。

 しかし、この施設に向かう最中に一つの『吐息』が一定の距離を保ちながら追ってきている事には気がついていた。

 それを分かっていながら、今まで放置していたことには、もちろん理由があるのだが、

「さぁアタリが来るか、ハズレが来るか」

 この施設には出入り口が一つしかない。

 端に建てられた建物の中を通り、中央部分に開いた大掛かりな門をくぐってくる必要がある。

 周囲は高さ一〇メートルの防音壁が覆われている。

 普通に考えれば、たった一つしかない入口に目を向けていればいいだけなのだが、

「アタリなんじゃない?」

 声は上から聞こえた。

「なッ!?」

 頭上を仰ぎ見ると、茶髪の少女が壁に片手を付いてくっついていた。

 その少女の髪から火花が散ると同時に、電撃の槍が飛ぶ。

 万々谷旬は後方へと飛んだ。

 両手を地面に付いて、バク転を二回。

 五メートルほどの距離を取る。

「入口が一つだけだと思ったら大間違いよ」

 茶髪に常盤台中学の服を着た少女は、壁を滑り降りて地面へ着地する。

「この壁を登ってきたんすか」

「こんな『鉄』で出来た壁なんか、私にしたら何の障害にもならない。って言うか、その気になれば能力なしでも登ってこれるんだけどね」

 スタッ、と地面に誰かが飛び降りた。

 一瞬、一〇メートルにもなる防音壁の上から飛び降りてきたのかと思ったが、そうではない。

 地面から一メートルほどの高さにロープの端末が見える。

「そもそも、よくこんなモノを持っていましたね、とミサカは貴方に関心の眼差しを向けます」

 こちらの少女も同じ常盤台中学の制服を着ていた。だけではなく、よくよく見れば、容姿も何もかもが同じだった。

 それこそ、遺伝子上全く同じモノであるかのように。

「常盤台中学の電撃使い(エレクトロマスター)となると、超能力者(レベル5)の御坂美琴っすか」

「そうって言ったら潔くその子を返してくれるのかしら」

「自分で決めればいいんじゃねぇっすか? オイラとお前たちの立ち位置から考えても、そのまま奪い取れると思うんすよね」

 白髪の少女は、御坂美琴が着地したすぐ傍の壁によりかかった状態だ。

 万々谷旬からは五メートルの距離が離れている。

 簡単な話し、超能力者である御坂美琴の能力ならば、少女一人抱えて一〇メートルの壁を登ることなど容易いだろう。

「挑発の可能性もありますが、お姉さま(オリジナル)、ここは一先ずその少女を連れて逃げる事が先決ではないでしょうか? とミサカは提案します」

「確かにそうね。まだ、『検知器』に変化はないみたいだし、本来だったら私が足止めをするのがいいんだろうけど、さすがに人一人抱えてロープを登れって言うのは無理がありそうだしね」

「それは理解しています。とミサカは足止めへの行動を起こしながら返答します」

 手のひらから電撃が放たれる。

 立て続けに三本の白い光が地面に突き刺さった。

 相手を攻撃するのではなく、視界を塞いでの目くらまし。

 立て続けに電撃が飛ぶ。

 グラウンドの砂埃が宙に舞い、少女たちが視界から消える。

「あーあ、ハズレっすね。まぁオイラの担当は『一』っすけど、他の相手が出来ないって訳じゃないんすけどね」

 せっかく手に入れたターゲットを奪われようとしているにも拘わらず、視界が砂塵に覆われている中で小さく呟く。

「お前はアタリっすね。千賀沙」

 

 

 

 あまりにも呆気ないと言うのが正直の感想だった。

 相手の能力を考慮し、施設内から空気内の物質量の変化を測定する『検知器』を起動させてあるが、警告音は発せられていない。

「(何か他の手を残している?)」

 先ほどから相手の少年は『能力』すら使わずに妹達(シスターズ)の攻撃をかわしている。

 ミサカ一九〇九〇号が電撃を当てるつもりがないと言うこともあるが、

 岩見澤セレナを奪っていった時と同じ能力者と考えれば、ここにいる全員の動きをどうにかする事など容易いだろう。

「(考えても埒があかないか。検知器が作動していないのなら今のうちの岩見澤さんを救出するのが得策よね)」

 御坂美琴は防音壁に寄りかかっている岩見澤セレナに近づいた。

「岩見澤さん、大丈夫?」

「ん、・・・・・・ん」

 右手を左肩に当てて揺さぶる。

「あ、・・・・・・あれ、・・・・・・私」

「気がついた? どこか怪我とかしてない?」

 皮膚の見える部分では、カスリ傷も無さそうだった。

 髪が目の辺りまで被っているので表情は見えなかったが、血がついたような後はその他には見えない。

「状況は後で説明するから、今はとにかく私に掴まって」

 御坂美琴は岩見澤セレナの手を取り立たせようとする。

 が、相手の能力の影響かどうしてもふらついてしまう。

「やっぱおぶるしかないか」

 御坂美琴は、岩見澤セレナに背を向けて片膝を付く。

「岩見澤さん、背中まで頑張って」

 数秒で、その背中に小さな手の感触がした。

 瞬間、

「ッ・・・・・・!?」

 ゾワゾワゾワ、と得体のしれない悪寒が全身を襲った。

「な、に、これ」

 まるで体の力を吸い取られるような感覚。

 その正体が、背中の小さな手から、と言う事実に気がつくまではそれほど時間を要さなかった。

 バッと立ち上がると、数歩前進し振り返る。

「岩見澤さん一体何を・・・・・・」

「おんぶしてくれるっちゅうから背中に手を当てただけちゃうん?」

 そこで完全に違和感を覚えた。

 岩見澤セレナとそこまで多くの会話をしたことのない御坂美琴だが、これだけは言えることがあった。

 岩見澤セレナは、関西弁では話さない。

「アンタ、岩見澤さんじゃないわね。誰!」

 岩見澤セレナだった少女は、白く長い髪のカツラを放り投げる。

 下から出てきたのは、真っ赤な短髪だった。

 長さ的には御坂美琴と同じくらいだろうか。

 元々赤っぽかった地毛の上からさらに赤を上塗りしたかのような赤褐色。

「人に名前を訊ねるんやったら、まず自分から名乗るのが普通とちゃう? まぁ、あんたの名前やったらもう知っとるけどな、御坂美琴はん」

 少女は、きっちり締めてあったブラウスの第一ボタンを外す。

「うちの名前は、千賀沙安芸(ちがさ あき)。あんたを倒せる能力者の名前や。よう覚えとき」

 千賀沙安芸は手を腰に当て、右手の親指で鼻を一回擦る。

 一種の癖みたいなものだろう。

 その仕草を気にするよりも先に、御坂美琴は思考する。

「(私を倒せる能力者ですって?)」

 思考しながら、ゾクっとまた一つ身震いした。

 過去に二つ、御坂美琴自身が勝てないと思った能力者がいた。

 一つは、一方通行(アクセラレータ)

 あらゆるベクトルを操る学園都市最強の能力者。

 もう一つは、上条当麻の持つ能力。

 無能力者と言うレッテルを貼られているが、御坂美琴の電撃を尽く防いだ挙句、学園都市最強の能力者を倒してしまっている。

 それに加えて、御坂美琴が負ける可能性がある能力者がいる。

「まさか、アンタの能力っていうのは・・・・・・」

電力吸収(アブソプション)

 悪寒の正体はそれだった。

 今現在もこうして正対しているだけでも、能力を吸い取られている感覚に陥ってしまう。

 ピーピーピー、と警報音が鳴り響いた。

 ミサカ一九〇九〇号が持つ検知器からだ。

「妹!」

 御坂美琴が叫ぶと、それまで少年と交戦していたミサカ一九〇九〇号が近くへと駆け寄る。

お姉様(オリジナル)、検知器が作動しています、とミサカは相手の能力が発動された可能性を示唆します」

「分かってるわ。でも、それ以上の事態がこっちも存在したわ」

 互いに背中を合わして正対する相手を見つめる。

「どうやら、私にとって最悪な相性みたい」

 検知器の警報は鳴りやんでいた。

「あの少年の能力も何かしらの制限がありそうです、とミサカは冷静に分析します」

「オイラの能力が気になるんすか?」

 制服の末端カット少年は続ける。

「まぁ別に能力が知られたところで、お前たちがオイラ達に勝てる見込みはないんすけどね」

「って言うか、うち等じゃなくてうち一人でもいいんちゃう? ほら、よりにも寄って二人とも電撃使い(エレクトロマスター)やで」

 千賀沙安芸は、右手の親指で鼻をすすりながら言う。

「油断しない方がいいっすよ。一応千賀沙は超電磁砲(レールガン)専用なんすからね。と言いつつ、電撃使い(エレクトロマスター)のトップを抑えることが出来れば、下位の能力者であっても問題ないだろうっすけどね」

「私、専用?」

「そ。あんた専用」

 千賀沙安芸は、楽しそうに笑いながら、

「しっかし超能力者(レベル5)はんも大変やなぁ。学園都市に七人いる超能力者が全て同時に統括理事会へ敵対行動を取った場合の対応策っちゅうことで、こうやって一人一人に最適な対向者(パートナー)付けられるんやから」

「超能力者たちが敵対行動を取るですって?」

 もし仮にそのような事態が起きた場合、確かにそれは驚異になるだろう。

 一人で軍隊と対等に戦える程の力を有した能力者が七人同時に学園都市を敵対するような事態。

 本来ありえない構図ではあるが、

 現に御坂美琴自身、妹達(シスターズ)の件で関係のある研究施設をほぼ全て破壊したことや、樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)を破壊しようとした(既に破壊されていた)、と言う敵対寸前までの行為に至っている。

「つまり、そちら側が対お姉様(オリジナル)用の能力者であるのと同時に、貴方も対超能力者(レベル5)の能力者と言うことですね、とミサカは分析を開始します」

「対超能力者用の能力者。『同時消し(スキルブル)』なんて呼ばれたりもするんすけど、まぁ研究者曰く、大きな『連鎖』に繋げるための小さな起点、ってことらしいっす」

 ちなみに、と少年は付け加え、

「オイラは万々谷旬。対向者(パートナー)は第一位。まぁこれが分かったところで、状況が変わるわけでもないんすけどね」




御坂美琴って妹達のことなんて呼んでましたっけ?
何冊か読み直しても出てこず、結局『妹』になっちゃいましたけど、いいのかな・・・・・・

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