とある魔術の黄金錬成   作:翔泳

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クリティカル

「A班、そちらの様子はどう?」

『こちらはまだ発見できず』

「そう、了解したわ」

 とある車の後部座席に座り、布束砥信は小型無線を握りつつ、少し焦りを感じていた。

「全班に通達、あの子を見つけ次第直ぐに連絡を。or else、あの子が危ないわ」

 数時間前に上層部より連絡を受けた。

 外部からの侵入者。

 こう言う時に限って、相手の携帯電話に連絡がとれないと言う事態が起こる。

 普段携帯電話を使うことが無いからといって、電池の残量くらいは確認するのが普通だろう。

(最後に確認するべきだったわ)

 絶対能力進化計画の最中、計画を阻止するために感情のデータをミサカネットワークを通じて全個体へインストールし、事件を阻止しようとしたが失敗。

 暗部に堕ちることとなった。

(今、あの子を失う訳にはいかない)

 最終的に絶対能力進化計画は、とある一人の少年の活躍で中止を余儀なくされた、と言う報告を受けている。

(because、私にはやることが残っている)

 がしかし、全てが解決したと言う訳ではない。

 最終的に大きな問題に直面すると分かっていながら、彼女たちは今を過ごしているのだ。

『B班より通達。ターゲットを捕捉した。これより捕獲に移る』

「くれぐれもあの子に怪我させないように」

『了解している。しかし同じく超電磁砲(レールガン)の存在も確認、どうすればいい?』

 学園都市第三位、常盤台中学の超能力者(レベル5)

 絶対能力進化計画の中枢とも言える存在。

 彼女のDNAマップ無しでは、妹達(シスターズ)は生まれず、計画も存在しなかった。

 故に、最も精神的ダメージを被った人物と言える。

「・・・・・・」

 布束砥信は少し考えた後、

「彼女が関与してくることは予想外ではないわ。that is、こちらも準備は怠っていない」

 ナビに表示されている場所を確認すると、運転席に乗っていた男性に発進の指示を出す。

「私が直接向かうわ。彼女が納得してくれるかは別の話だけど」

 

 

 

 

 

 岩見澤セレナ。

 それが学園都市に捉えられていると言う少女の名前。

「その少女が、科学側と魔術側の両方に関係する何かを持っていると言う訳なのだな?」

「ええ、そのようです」

 と言う少し曖昧な返答にパラミラは、

「そのようです、って詳細な情報はないってこと?」

 神裂火織は、少し言いづらそうに

「情報がない訳ではありません。ただ、詳細となるとこの後合流する予定の土御門が把握していますので」

 なるほど、とアウレオルスは頷く。

 土御門元春は魔術師でありながら、学園都市の学校に通う能力者でもある。

 二重スパイ。

 本人はそう言っていたが、要するに場合によってはどちら側にもつくことが出来ると言うこと。

 根本的な原動力は義妹の存在が大きいらしいが、

「なら、土御門と合流した方が良さそうだな」

「そうね兄さん。でも今分かっている情報だけでも教えてもらえると助かるわ。彼と合流するまでに何も起こらないと言う保証なんてないからね」

「分かりました。ではまず根本的な話から致しましょうか」

 アウレオルスとパラミラは神裂火織の言葉に耳を傾ける。

「吸血鬼はご存知でしょうか」

 そのフレーズを聞いた瞬間、アウレオルスの頭の中で僅かな痛みが生じたが、あまり気にすることなく神裂火織に意識を戻す。

「吸血鬼って、あのカインの末裔と言われている?」

 吸血鬼。

 吸血した相手を仲間にする能力を持ち、その体は不老不死と言われている。

 さらに、魔力とは生命力を変換して使用するため、不老不死である吸血鬼にはその制限がないため、無限の魔力を持つことになる。

 時間的制約から人間には発動できない魔術も使えるのに加え、一四〇年の記憶を保管出来るとされている人間の脳、彼らは、その制限を超えるための何かしらの方法を所持していると言うことになる。

 かつて、アウレオルスは、その方法を知るために特別な少女と手を組み、吸血鬼を呼び出そうとしたことがあった。

 もちろん、そのことをアウレオルスは覚えていない。

「その少女が吸血鬼だと言うのか?」

 魔力を無限の持つ吸血鬼。

 普段から大真面目にオカルトを扱う魔術側でさえ、その存在には懐疑的である。

 もし、その様な存在を学園都市が確保し、何かしらの研究を行なっているとすれば、それは魔術側にとっては大きな問題となり得るかもしれない。

「いえ、そう言う訳ではありません」

「えッ」

 話しの流れ的にそうじゃないの!? と言うツッコミを全力で入れたパラミラであったが、対して神裂火織はと言うと至って冷静に

「誰も岩見澤セレナが吸血鬼であるなどと言っていませんが」

 その通りだな、と納得するアウレオルスに対し、パラミラは妙に納得がいかないと言う顔をしているが、神裂火織は話を続ける。

「しかし、岩見澤セレナが同じ様な存在であるのであればどうでしょう」

「同じ様な存在?」

「正確に言えば、同じ様な存在を作り出すことが出来る、でしょうか」

 作り出す、と言う言葉に引っかかりを覚えたのはアウレオルスだけではなくパラミラも同じであろう。

 この話を聞いた者誰もが違和感を感じるハズだ。

 しかし、そう言う存在がいないと言う訳ではない。

 例えば、現在必要悪の教会(ネセサリウス)の研究施設で保護されているとある少女は、

 存在するだけで周囲の生物に強制的に突然変異を起こさせ、ほんの数時間で急激な『歪んだ進化』を行わせてしまうという『進化体質』の特性を持っている。

 それと同様の特性を持った存在がいてもおかしくはない。

「つまり、その少女が吸血鬼ではなく、吸血鬼を作り出す能力を持っていると言うことか」

「寿命の延命です。彼女には他人の寿命を引き伸ばす力があるそうです」

 不老不死の存在と言う訳ではなく、限りなく寿命を伸ばす。

 それによって、吸血鬼にはならなくともそれと同等の存在になれる。

 学園都市はそんな力を持つ少女を捕獲し、研究を行なっている。

 しかし、そうなってくると、もう一つ気になることがあった。

「その少女がそのような力を持っているのであれば、魔術側はその少女を助けた後、どうするつもりだ」

 魔力は生命力を変換して作り出すモノ。

 人間の生命力のは限界がある。

 だが、その生命力を限りなく増やす事が出来るとなれば、魔術側はその存在を力ずくでも奪い自分たちのモノにしようとするのではないか?

「他の魔術結社がどうであるかは知りません。が、私たちイギリス清教必要悪の教会(ネセサリウス)の研究施設では、同じ様な境遇にあった一人の少女を保護しています。その子は周囲の生物を強制的に突然変異させてしまうと言う特性を持っていますが、私たちはその特性を押さえ込む霊装を開発しているところです」

 神裂火織は、要するに、と間を置き、

「本当の意味での保護。私たちには、その少女を救出した後その少女の力を利用しようとなど考えていません。少なくとも、私はそのつもりでここまでやってきました」

「でも、そうとは限らないんじゃない? 本当にその少女が生命力を引き伸ばす力があるのなら、魔術師に取ってこの上ない存在のハズよ。それをイギリス清教は保護するだけって言うのは些か信じれないわね」

 パラミラの言う事は正論だった。

 自分たちに取って大幅な利益にしかならない存在を、その利益を差し置いて手を差し伸べる理由などあるのだろうか。

 神裂火織は、少し考え事をするかの様に目を瞑り、静かに呟く。

「salvare000」

「何?」

「魔法名ですよ。貴方も魔術師であるなら、自分自身を動かす信念をお持ちなのでしょう?」

 神裂火織は吐いた言葉は、ため息にも近かった。

 呆れたのではなく、何かを思い出し、それに対して現したモノだ。

「力があるから誰かを助ける、ではなく、誰かを助けたいから力を手に入れた、でしたか」

 神裂火織は、少しだけ微笑むと、

「今なら自身を持って言えるでしょう。救われぬ者に救いの手を、それが私の信念です」

 目を開いてアウレオルスを見る。

「貴女方はどうするのですか」

「私は、兄さんについて行くわ。まぁ、そんな事を改めて訊かれる前から兄さんの気持ちは決まっているでしょうけど」

 それは、とある少年と出会ったからではない。それ以前から変わらないもの。

 誰かのために力を使う。

「ウム。私はこの力を誰かのために使うと決めているのでな」

「では、早く土御門と合流した方が良さそうですね」

 

 

 

 布束砥信は無線の声を聞きながら額に右手を当てた。

『目標を捕獲しようとした所超電磁砲(レールガン)と遭遇! 反撃を受けている! 応援を!』

 時折、ザーザーと言うノイズが走る中、布束砥信は一つため息を漏らす。

「あれほど私が直接行くと言ったのに、nevertheless、それが守れないのかしら」

 元々特に信頼関係が築けている訳ではない。

 自分は、暗部に落ち上の命令に従うマリオネット。

 そして、彼らはそのマリオネットに動かされるモノに過ぎない。

 そもそも、自分に与えられたのは、その中でも『モノ』に成りきることの出来ない『人間』ばかりの集団だ。

 深い闇の中では息が出来ず、しかし、光の下に戻ることの出来ない半端物。

「But、私も人には言えないけど」

 暗部に落とされたものの暗部になりきれない。

 言うなれば、彼らと同じ。

 だからこそ、時には命令通りに動かないことや、自分の考えを突き通すこともある。

 最も、闇に染まりすぎた者は、いずれそこにたどり着くと聞く。

 うまく命令通りの行動をさせるためには、深すぎず、浅すぎず。

 何事にも丁度良い値と言うのが存在する。

 現場付近まで来た布束砥信は、運転手に停車するよう伝え、車から降りた。

 オレンジ色の光がボンネットに反射し、少し目を細める。

超能力者(レベル5)相手にこれだけと言うのは少々心もとないわね」

 右のポケットから取り出した小型の拡声器の様なモノに目を落とした。

 小型の拳銃にも見えるが、銃弾を詰める場所はない。

 かと言って、開口部にマイクの部分が付いていない。

 トリガー部分の感触を確かめると、太もものガンホルダーに収める。

 態々隠す必要はない。

 彼女相手に、本物の弾が入った拳銃など無意味なのだから。

「A班、そのまま二〇〇メートル南下して」

 ザザザザー、とノイズが走る。

 たったの二〇〇メートルで通信が途絶えるとなれば、その理由は限られてくる。

 ただこの場合、状況から判断すれば、相手からの応答がない理由は明白である。

 ザッ、と地面が擦れる音。

 その先に視線を向けずとも、布束砥信にはその正体が誰か大方予想出来た。

「あ、あんたは確か・・・・・・ッ」

「久しぶりね」

 コンコンとボンネットを叩くと、車を大きく旋回し建物の影に消えていく。

「どうしてあんたがこんなとこにいる訳?」

「私の部下たちがお世話になったみたいだけど」

「ッ! ‥‥‥あんたが指示してるって言うの?」

「たったの二隊ではさすがに無理があったわね」

 まさにたったの二隊だった。

 外部からの侵入している者がいる中、目標捕獲のために貸し出された一〇名の半端物。

 上層部は、本当に彼女を確保するつもりがあるのか、些か疑問に思う数字である。

 が、布束砥信にとっては、そう言っている暇はない。

 目のまえの超能力者(レベル5)をどうにか説得し、その後ろに隠している、とある少女を確保しなければならない。

「あんた、この子に一体何をしてる訳? また理解の出来ない研究をしてるんじゃないでしょうね!」

 理解の出来ない研究ね、と布束砥信は小さく呟く。

 彼女が言っているのは、増産型能力者(レディオノイズ)計画や絶対能力進化(レベルシフト)計画の事であろう。

 両方共、布束砥信が関わった研究であり、目の前で敵対している超能力者(レベル5)の御坂美琴が関係していることだ。

「確かに前回の分はそう呼んで貰っても構わないわ」

 結局は、実験を阻止しようとして失敗。

「However、今回はそうは言わせない」

 目線を御坂美琴の後ろにずらすが、ちょうど重なり合う様になっているので、向こうからはこちらが見えてない。

 無理やり連れて帰ることも出来るかもしれないが、目の前の超能力者(レベル5)をそのままにして置くと、後々に響く可能性がある。

 そのためには彼女に納得してもらう必要がある訳だが、

「まぁいいわ。どっちにしろこの子は渡さない。どうしてもって言うなら、全力であんたを撃退するしかないわね」

 スイッチの入った御坂美琴を止めるには少々材料が少なすぎる。

 仕方なく、布束砥信はため息を吐く。

「初めから予想はしていたけど、therefore、一人では手こずりそうね」

超能力者(レベル5)相手に一人でやろうってんの」

「それなりの準備はして来たわ」

 布束砥信はガンホルダーに手を伸ばした。

 小型の拳銃にも見える拡張器。

「そんな鉛を打ち出すヤツで私に通用すると思ってんの?」

「そうね。鉄の塊では無理でしょうね。but、それが鉛でも鉄でもないとしたら」

 布束砥信は拡張器を両手に構え、姿勢を低くし地面を蹴った。

 元々、体を動かすことは得意ではない。

 アクロバティックな銃技を使える訳でもなく、跳躍力も高が知れている。

 目的はそこではない。

「大人しく寝てなさい!」

 御坂美琴の前髪から火花が散った。

 それと同時に、布束砥信は拡張器の銃口を御坂美琴に合わせた。

 バチバチッ! と電撃が生み出される。

 殺すような出力ではなく、相手の動きを拘束する程度の出力。

 ニヤリ、と布束砥信の口元が緩んだ。

「なッ!?」

 瞬間、御坂美琴の放った電撃が、まるで布束砥信を避けるように軌道を変えていく。

 それを確認すると、布束砥信は小型無線を取り出し一方的に指示を送る。

「C班、次のタイミングで右足を狙って」

『・・・・・・了解しました、と・・・・・・』

 全てを聴き終える前に無線をしまい込んだ。

 ちょうど弧を描くように回り込み、九〇度ほどの所で立ち止まり、銃口を向ける。

「さぁ、まずは動きを止めてからゆっくり話しをしましょうか」

「出来るものならね!」

 バチンッ、と火花が散る。

 その瞬間、まるで足が一本なくなったかのような感覚を覚えた。

「な、何!?」

 御坂美琴は慌てて自分の右足を確認する。

 そこには、しっかりと自分の足が付いている。が、そこに本当に右足があるのか分からない。

 動かそうとしても、信号が足へと伝わらない。

 地面に足をついているにも拘わらず、その感覚が脳へと伝達されない。

「言ったでしょう? それなりの準備はしてきたと」

 ガクン、と体勢を崩しそうになりながら、どうにか左足に重心を移動させることで姿勢を保つ。

「み、御坂さん・・・・・・」

 初めて、御坂美琴の後ろに隠れていた少女が微かに呟いた。

「大丈夫、こんな事でやられたりしない」

 と言いつつも、正直な所どう対処するべきか悩んでいた。

 先ほどから、ある一瞬の間だけ、『能力が使えない時間』が存在するのだ。

 或いは、制御が出来なくなる。

 おまけに、右足は使い物にならない。

 電気信号を与えようと、それは動いてくれない。

 御坂美琴が考える限り、布束砥信が手に構える銃がそれを生み出していると推測していた。

 ならば、やることはただ一つ。

「その銃を破壊すればいいだけ!」

 地面の隙間から砂鉄が舞い上がった。

 宙を浮かぶ砂鉄は一つの線になり、チェーンソーの様に細かな振動でモノを切り裂く。

 その目標は、布束砥信が握る拳銃。

 先端が触れただけで何もかもを切り裂く砂鉄の剣。

 普通に考えれば、避ける行動を取るだろうが、布束砥信は決して速くはない速度で地面を蹴り、御坂美琴との距離を縮めにかかる。

 それなら、と御坂美琴は砂鉄を自在に操り、拳銃に狙いを定めた。

 逃げ回らず、直線的に向かってくると言うのなら、逆に狙いやすい。

 相手が銃口を向けた瞬間が最後。引き金を引くよりも速く、砂鉄の剣がその銃を真っ二つに切り裂く。

 しかし、気が付けば御坂美琴は地面に仰向けの状態でいた。

 その上から、布束砥信が額の辺りを押さえつけている。

「どう、して」

 砂鉄の剣は、布束砥信の銃を捉える直前、制御を失い形を崩した。

 そして、無防備な御坂美琴の懐に飛び込んだ布束砥信は、御坂美琴を地面に突き倒したのだ。

寿命中断(クリティカル)と言えば分かるかしら」

 接触した相手にしか対象に出来ないが、一度触れてしまえばどこへ逃げようと必ず命を絶つ事が出来る能力。

「違う、それはあんたの能力じゃない」

 そう。実際に布束砥信にはそんな能力はない。

 実際には、演出と話術で相手を気絶させると言うものでしかない。

「However、急所命中(クリティカル)と言う能力が存在するとなればどうかしら」

 布束砥信は拡張器の銃口を御坂美琴に向けたまま、

「相手に対し絶対的なダメージを与えるためのタイミングやポイントが分かるとすれば?」

 要するに、このタイミングで相手に打撃を与えれば怯みやすい、とか、

 ここに攻撃すれば一番効率よくダメージを与えられる、とか、

 能力を発動するまでの過程で、このタイミングにある特定の周波数の音を流せば、極少規模のエネルギーで演算を妨害出来る、とか。

 御坂美琴が経験した『能力が使えない時間』。

 それについては、御坂美琴も経験済み。

「その拡張器は、まさか、キャパシティダウン!?」

 しかし、そう考えた上で、その小ささに目を奪われる。

「あれは、鉄塔みたいな大きいサイズでしか効力を十分に発生させることが出来ないハズじゃ・・・・・・!?」

 さらに、そう考えた上で、布束砥信の言葉を思い出す。

 絶対的なダメージを与えるためのタイミングが分かる能力。

 以前の布束砥信から考えれば、その能力事態も出任せの可能性は十分に考えれた。

 が、本当にそんなこと出来るとなれば、

「(最小限の出力で、演算能力を阻害出来る!?)」

 例えば、能力発動の瞬間、必ず『溜め』となる瞬間が存在する。

 それは、どんな高位能力者にあっても、無意識下に発動される能力であっても、演算していることには変わりはない。

「必要最低限の出力でいいのなら、大きな装置は必要ないわ。because、他の能力者をどうこうするのではなく、あなた一人の行動を抑制出来ればいいのだから」

 拡張器の銃口が御坂美琴を捉えている。

 御坂美琴が能力を使用したと同時に、そのタイミングを算出し、一番効率よく相手の演算を阻害。最小限の出力で最大限の効果を与える。

「さて、これで大人しく話しを聞く気になれたかしら?」

 布束砥信が目線を変えると、そこには一人の少女が立っていた。

 口元に手を当てて、その足は小刻みに震えている。

 恐怖してか、声すらまともに出さないでいる。

「(少し感情を揺さぶりすぎたかしら)」

 捕獲目標である少女は目の前にいる。

 が、先ほども述べた通り、ただ確保するだけではない。

 特に今回の場合は、御坂美琴に納得させた上で回収すると言うのが、最大の目標である。

「・・・・・・そこまで言うのなら、それなりに納得出来る理由があるんでしょうね」

「えぇ、こちらはそのつもりよ」

 布束砥信が押さえつけていた額から手を離すと、御坂美琴はムクリと上半身を起こす。

 右足に力を入れてみたが、まだ力は入らない。

「ん」

 と、御坂美琴は右手を差し出す。

 しかし布束砥信はその手を取らない。

「誰も手を取った瞬間に電撃なんか流したりしないから。こっちはお宅の誰かさんが打ち込んだ麻酔の所為で起き上がれないっつってんの」

 仕方なく、布束砥信はその手を取り御坂美琴を立たせた。

 拡張器の銃口は御坂美琴に向けたまま、もし何かしらの行動を起こす様であるなら、ただその引き金を引くだけ。

 にも拘わらず、

 グウァン、とその視界がブレた。

「あ、が、な・・・・・・何が」

 左手で額を抑える。

 一瞬、御坂美琴が自分の気が付かない所で何かをやったのかと思った。

 が、その御坂美琴も同じように額に手を当てると、右足の自由が効かない分、地面へと崩れ堕ちる。

 布束砥信は、状況を理解しようと思考する。

 呼吸が速い。そして極度の呼吸苦に、全身の脱力。

 これは、全身が酸欠状態になった場合に発生する症状だ。

 言うなれば、誰かが空気中の酸素濃度を下げたと言う事。

 それが出来るのは、

「(やはり・・・・・・御坂美琴か)」

 電気により空気中の酸素を分解し、オゾンを作り出す事で酸素濃度を激減させる。

 電撃使い(エレクトロマスター)であるなら可能な芸当である。

 しかし、それにしては自分自身まで巻き込む形で、そんな現象を引き起こすだろうか。

 それでは、自分自身も最終的には気を失ってしまう。

 まさか、我慢比べでもしようと言うのか、と言う考えが脳裏に少しだけ過ぎったが、

 一人の少女の存在がそれを否定した。

 その少女が、と言うより、

 同じように頭を抑える少女を強引に肩へ担ぎ、連れて行こうとする人影を布束砥信が捉えたからだ。

「クッ、待ちなさい!」

 市販用のマスクを口元に付けただけの人影は一瞬振り返り布束砥信を見たが、そのまま建物の影へと走り去っていく。

 人間は空気中の酸素濃度が一二パーセントを切ると歩けなくなる。それを考える限りでは、そこまで酸素濃度が低下した訳ではなさそうだ。

 布束砥信は、ポケットから注射器を取り出すと、地面に座り込む御坂美琴の右足に付いているかどうかも分からない程の針を指す。

「麻痺は取れてくるはずよ。こちらに来なさい、相手にも空気中の酸素をコントロール出来る範囲が存在するはず」

 御坂美琴も頷くと、感覚の戻りつつある右足に力を入れ、布束砥信の指示通り移動する。

 大凡二〇メートル程移動すると、頭痛は収まり、手足の脱力や呼吸数は収まり始めた。

「どうしてくれるのよ、あれはあんたの仲間じゃないの?」

「いいえ違うわ。油断した、まさか学園都市内にも敵がいるなんて」

「どう言うことか説明してもらうわよ」

「・・・・・・初めから、話しをしていればこんな事にはならなかったわ。However、前にも言ったけど」

 と、布束砥信は一瞬間を置き、

 ベチッ、と御坂美琴の額を指先の背で叩く。

「私は高校生。あなた中学生」

「・・・・・・あい。説明して下さい・・・・・・」

 そうね、と布束砥信は呟き、

「相手を追いかけながら話しましょうか」

 そう言いながら、徐に小型無線を取り出す。

「C班、あの子を捕捉しているわね?」

『・・・・・・こちらC班、現在目標は北へ向かって移動中です、とミサカは一流の刑事さながらの尾行を行いながら現状を報告します』

「え? ミサカって・・・・・・」

 フフ、と布束砥信は小さく笑うと、

「それについても説明が必要だけど、besides、根本的な話しからしましょうか」




ちなみに個人的ですが、布束砥信に関して言えば、アニメのジト目ではなく、漫画のギョロ目派です。

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