とある魔術の黄金錬成 作:翔泳
眩いほどの朝日を浴びて、自然とその瞼が開いた。
特徴的な飾りもない、ごく普通の間取り。本棚一つに卓袱台、テレビに机。
台所にあるのも、冷蔵庫に電子レンジ、後はトースターくらいなもの。
一人が生活するには十分な家具が備え付けられている。
が、一人な故に、今目が覚めたばかりのアウレオルスの部屋から、卵を焼いたような匂いが漂うハズはない。
「ん?」
違和感はそれだけではない。
朝日が差し込んでくる顔の半分を遮る不自然な影があった。
本来、窓際には光を遮断する様なものは配置しておらず、備え付けのカーテンも使用していないので、障害物はないハズなのだが、
「・・・・・・君は一体ここで何をしているのだ?」
「ん? いやぁ、それにしても知らない顔だなぁと思っちゃったり?」
アウレオルスの顔を覗き込むようにしていたパラミラは笑顔でそう答える。
数日前、上条当麻とステイル=マグヌスを殺害するために、学園都市へと侵入した魔術師。
その理由が兄であるアウレオルス=イザードを殺した二人を殺すことによって、自分が兄より優れていることを証明することであったが、当の兄が生きていると言う事実を突きつけられて一度は本国へと帰還したハズであったが、どう言う理由か今現在、アウレオルスの部屋へと侵入しこうして現在を迎えている。
「君はあの二人を殺す理由を無くして、本国へ戻ったのではなかったのか?」
「妹が兄に会いに来ちゃダメって法律はないと思うけど?」
そう呟きつつ、前かがみになっていた姿勢を起こし、
「それに、私が近くにいた方が何かと便利だと思っちゃうワケよ」
「どう言うことだ?」
「ほら、あのイギリス清教の土御門だっけ? あの魔術師が言ってたんだけど、兄さんの生存の情報を受けた魔術側が学園都市に検索魔術をかけてるって話」
「だから、私に極力『力』を使うなと言う話だったハズだが?」
「だからそこよ、そこ」
パラミラは服に隠れてしまっている右手の平を返して、
「不便でしょ? 魔術師が自由に魔術を使えないなんて。いざという時、それで兄さんに死なれたら困るのよ」
「フム、それで?」
アウレオルスは上半身を起こした。
先ほどから、何か鼻の辺りに違和感を覚えつつも、パラミラの言葉に耳を傾ける。
「私たち、兄妹よ」
「フム」
「宗教も同じ、魔術も同じ偉大なるパラケルススから応用してる」
アウレオルスが使用する
「魔力に流れが似ていると思わない? 魔力を精製する生命力は血の繋がりで類似していて、宗教も魔術のパターンも同じよ」
魔術とは、生命力(原油)から魔力(ガソリン)を精製することから始まる。
魔術のパターンによって、同じ原油から軽油やガソリンへと精製を行い、それぞれの魔術を発動する訳であるが、同じ原油と言えど、生命力には個々に差がある。
検索魔術も、その個々の原油から精製される魔力を辿るモノがほとんどである。
「つまり、君が近くに入れば私が力を使っても誤魔化せるといいたいのだな?」
「そう言うことよ。検索魔術だって一〇〇%じゃないわ。付け入る隙は十分すぎるくらいあるのよ。増して私が学園都市へと潜入しスパイでもするなんて言えば、学園都市内で兄さんの魔力が検索されても、私だって言い切れる訳だし」
パラミラが一度本国へと戻ったのも、その為だった。
どう言う理由をつけてきたのかは分からなかったが、正直そこまでしてくれるのはありがたい話だった。
「しかし兄とは言え、顔が変わってしまった私にそこまで出来るモノだな」
「まぁ、正直まだ違和感はあるけど、兄妹に変わりない訳だし、兄さんがローマ正教を裏切ってから敵が多いのは知ってたから」
とは言うものの、アウレオルス自身も整理が出来た訳ではない。
いきなり出てきた妹、と言う存在に戸惑いを隠せていないのも事実であり、それでいて何故か懐かしいと言う気分が湧き出るのは、パラミラが本当の妹だからだろうか。
「それにしても」
とパラミラは、再度アウレオルスを覗き込むように近づき、
「本当に顔変わっちゃったね? あのステイル=マグヌスが言うには他の魔術師から誤魔化すためって言ってたけど」
以前オールバックだった髪型も今では特に特徴のないショートヘアー。緑だった髪色も真っ黒に染められている。
「んー、顔の選びは正直中の中ってとこかしら、ごく一般的な顔にしたのも誤魔化すためだろうけど」
正直納得いかない、と言う様な仕草で顔を傾げるパラミラ。
「ちなみに、私の顔はそのままだからね」
「・・・・・・すまんが、君との記憶がないのでな、私にとってはその顔が私の妹と言う認識しか出来ないのだよ」
「まぁ、しょうがないよね」
と覗き込んでいた顔を元に戻し、
「互いに兄妹だと証明できるものが、兄さんの
その事実があれば、例え顔が違っていたとしても、その人物がアウレオルス=イザードであると言う証明になる。
「なら、君が私の妹だと証明できるのは、君の証言だけと言うことになうのか」
その言葉に、今まで華やかだったパラミラの表情から色が消えた。
「・・・・・・そう言うことになるね」
アウレオルスは考え事をするように、少し俯いたまま右手に顎を乗せていたので、その変化に気がつかない。
でも、とパラミラが付け加えて。
「それってどう言うことか分かる?」
「ん?」
そうアウレオルスが顔を上げたところで、
「ッ!?」
その小さな左手がアウレオルスの口元を覆い隠した。
いや、覆い隠すと言った生半端なモノではなかった。親指とその他の四本の指を左右に広げて、頬を鷲掴みしている。
声を出そうにも、口を開くことが出来ない。
「
色をなくした表情でパラミラは言葉を続ける。
「なら逆はどうかしら?」
両手を使ってその手を引き剥がそうとするが、細い腕からは考えられない力によってビクともしない。
「アウレオルス=イザードに妹がいるのは事実。でも、その妹が本物と証明出来るモノは何一つない。貴方が言うように、証言のみで妹であることを証明するだけよ」
アウレオルスは
が、
「無駄よ。今の
パラミラの右手の裾から何かが床へと落ちた。
それは、長さ一〇センチ程にも満たない柄だった。
「さて、ここで問題よ」
パラミラは肘を引きながら右手を肩の高さまで上げる。
その裾からは、銀色に光る鋭い刃が見えた。
名を『Azoth』。
かつて、パラケルススが使用していたとされる霊装。
「証言でしか証明できない私は一体誰? その正体は貴方の妹、パラミラ=ホーエンハイム? それとも、貴方を始末しに来たローマ正教の刺客?」
その可能性までは、アウレオルスは愚か、土御門元春を始め、ステイル=マグヌスや上条当麻も考えていなかったであろう。
アウレオルス=イザードの妹だと言い、ステイル=マグヌスと上条当麻を殺しにやってきた魔術師が、実はアウレオルス=イザードを始末しに来た刺客だったとは。
「まぁ、今の貴方には答えることも出来ないでしょうけどね」
アウレオルスにとって幸運なことは、隣りが上条当麻の部屋と言うことだろう。
幸いなことに休日であるこの日。上条当麻は学校に行かず、自宅にいる可能性は十分に考えられた。
どうにかしてこの状況を上条当麻に伝えることが出来れば、この状況を打破出来る可能性が高くなる。
パラミラを名乗る魔術師の左腕へと伸びていた自分の手を、今度は後ろの壁へと目掛けて勢い良く殴りつける。
その音を聞いて、上条当麻が異変に気がつく事を祈りつつ、その手に力を込める。
それより速く、
その腕が何かに掴まれた。
目の前の魔術師の左手はアウレオルスの口を覆い、右手は肩の高さでその手に握った『Azoth』の剣の刃を光らせている。
では何か。
その正体は、その感覚と共に明らかになる。
「隣にいる上条当麻に知らせるつもりだったんだろうけど、無駄ね。彼なら朝から外出するところを確認しているわ。まぁ、居たとしても知らされる様なへまはしない。この子たちも作ってあることだし」
アウレオルスが横目でみると、そこには魔術師によって生み出された人形たちが腕を握っていた。
さらに、どこからか現れた新たな人形が、足までも押さえつける。
最早、声を出せず、腕も足を押さえつけられた。
まさに打つ手なし。
最後の望みと言えば、魔術師が作り出した人形たち。
魔術を使用したとなれば、当然魔力を精製したことになる。
その魔力の流れを、インデックスが察知し異変に気がついてくれることを祈るだけ。
ただそれだけのことしか、今のアウレオルスには出来ない。
「さて、問題の答えを直接聞くことは出来ない訳だし、そろそろ終わりにしましょうか」
魔術師の尖った口元から歯がむき出しになる。
それと同時、右手に握られた刃が躊躇なくアウレオルスに振り下ろされた。
ちょうど、眉間に辺りに標準を合わせたそれは、次の瞬間アウレオルスの額に突き刺さる。
グサ、と銀色の刃がアウレオルスの額を捕らえて、その刃は完全に突き刺さり柄の部分しか見えていない。
まだ意識はあった。
手足を拘束していた人形たちが離れ、刃がアウレオルスから抜き取られて、魔術師の手がアウレオルスから遠ざかっていく。
その刃にはアウレオルスの血が付着し、赤い液体が床へと滴り落ちているハズだ。
以外にもしっかりとした意識の状態で思考を続けているアウレオルスに対し、魔術師は静かに一言伝える。
「なんてこともありえるから気をつけてよね、兄さん」
「・・・・・・・・・・・・は?」
一瞬、頭の中が真っ白になったが、状況を確認するために動くようになった手をそっと額へと持っていく。
額からは、出血どころか、傷一つない。
「それにしても、なかなかの演技だったと思わない? 実はこう言う素質があったりする?」
パラミラは、その手に握っていた刃の先を人差し指で触りながら、
「それにしても、ここまでうまくいくとは正直思っていなかったわ。映像で残ってるならビックリ映像で応募しても面白かったかもよ」
要は、ジャックナイフだった。
おもちゃとして販売されている刃が引っ込むナイフ。それを『Azoth』の剣に見立てるほどの徹底ぶりには正直脱帽するしかない。
「君は、まったく」
一気に力の抜けたアウレオルスは、大きくため息をつく。
「心配しなくても、私は兄さんの妹のパラミラ=ホーエンハイムに間違いないわ。まぁ証明するものは、証言しかないのは事実だから、一〇〇%信用するのは難しいだろうけど」
さっきのようなことがない訳でもないから、とパラミラは付け加える。
そう言った可能性がない訳ではなかったが、アウレオルスが感じた懐かしさ、加えて先ほどの行動も心配した上でのことなら、妹である事実は信用できるものであるだろう。
少なくとも数日前、アウレオルスが生きていたと言う事実を知った時の表情は、パラミラが嘘をついているようには感じさせなかった。
「正直、心臓に悪い。君のことは信用しているから、もう少し加減してくれ」
「なら、君は止めてほしいな」
「フム、ならどうすればよい?」
「普通にパラミラでいいよ。前もそうだったしね」
「なるほど、ならそうしよう。パラミラ」
「・・・・・・なんか、久しぶりだな、そう言うの。まぁ顔は違うけどね」
と、数分前までの穏やかな状況に戻り、ふと起床した直後に感じていた違和感の正体が、露になってくる。
「時にパラミラ。少し聞きたいのだがいいか?」
「どうしたの? 改まって」
「君は私が寝ている間台所にいたのではないか?」
「うん、そうだけど」
「あまりの衝撃にすっかり気がつかなかったが」
アウレオルスは問題の台所に目線を向けながら、
「君は料理の途中に、こんなことをしていたのではないかな?」
「あ・・・・・・」
ようやく、鼻を襲っていた違和感が現実のモノと一致した。
それはコクと言えばコク。しかし、行き過ぎればそれはコゲとなり、やがては、
「あわわわぁぁあああ」
もちろん、数分前までいい匂いだった黄色いモノが、今はどうなってしまっていたかは、言うまでもない。
部屋に設置されていた警報機が作動しなかっただけでも、よかったのかもしれない。
「やれやれ」
劇的な朝を迎え、アウレオルスの新たな一日が始まる。