とある魔術の黄金錬成   作:翔泳

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事実

 一族の出来損ない。

 そう言われたのは何回目だったか覚えていない。

 一族揃って魔術師と言うのは意外と珍しいのかもしれない。

 魔術師と言うのは、個人の理由の為に力を振るう。

 自分自身の挫折、悲しみ、そう言ったものが魔術師になるまでの過程として存在することが多い。

 そんな中でパラミラは、生まれた時から魔術師になることが決まっていた。

 己の感情や意思など関係ない。

 一族として生まれた時から、魔術師になる運命にあった。

 挫折などない。

 魔術を必要としていた訳でもない。

 出来損ない。

 そう言われても仕方がなかった。

 パラミラには兄がいた。

 三つ歳の離れたその兄は、一三の時にはローマ正教の中でも名の知れ渡る魔術師だった。

 一族は、そのことに満足していた。誇り高き一族の末裔が、世界最大魔術結社であるローマ正教の中でも必要とされている魔術師となったことに。

 しかし、パラミラには何もなかった。

 魔術師として、成功するためには信念が必要だと、誰かが言っていた。

 もしかしたら、パラミラの兄はそれを持っていたのかもしれない。

 何かを成し遂げたいと言う信念。

 魔術師なら誰でも抱えているであろう挫折。

 それをパラミラは持っていなかった。

 魔術を必要とした訳ではなかった。

 ただ、生まれた瞬間から魔術が隣りにあった、だから魔術師になった。

 それだけだったのだ。

 しかし、だからと言って、罵声を浴びせられるのは嫌だった。

 努力をする。

 だが、誰も認めてはくれない。

 一族の視界に写っているのは兄ばかり。

 才能のないモノに向けられる目はなかった。

 そんな中である時事件は起きた。

『守りたいモノがある』

 その言葉を残して兄が、ローマ正教を裏切ったのだ。

 その波紋は、一族に、そしてパラミラ自身にも伸し掛った。

 兄に注がれていた期待が、パラミラに襲いかかる。

 元々魔術師である事に意味など考えなかった自分自身に、落とすれた転機は最悪もモノだった。

 何をするにも出てくるのは兄の名ばかり。

 一族からは代用品として扱われ、ローマ正教内からは、裏切りの魔術師の妹として見られ始めた。

『貴様の兄はこんなモノではなかった』

『貴様の兄は魔術師の恥だ』

 そんな言葉が、内と外の両方耳に風穴が空くほど飛び込んでくる。

 うんざりだった。

 努力しようが、周りからくるのは罵声と侮辱の二つ。

 バカの一つ覚えのように、それだけが頭の中へと叩き込まれる。

 なら、

 だったら、

 超えてしまえばいい。

 

「それじゃあ答えになっていないよ。君は言葉の理解も出来ないのかい。それは理由になっていない、それではまるで魔法名の由来を話しているみたいじゃないか」

 パラミラの話しを聞いてステイルが答える。

「天才には、分からないでしょうね。凡人の気持ちなんて」

 パラミラは吐き捨てるように言う。

 そこへ、

「パラミラ、間違ってるぞ、お前」

「何?」

「いいか、認められたいなんて気持ちで動くヤツなんか、周りは誰も認めてくれねぇ。それがどんなに凄い力を持っていたとしてもだ」

「違うわ。力を持っている者は認められる。持っていないモノは努力したところで誰にも認められないわ」

 努力したものが必ず報われるとは限らない。

「それはお前が認められる為に努力をしたからじゃねぇのか。その努力を誰かの為にしていたら、話しは変わったハズだ」

 力のあるモノが認められるのではない。

 誰かの為に力を使うモノが認められ、その者が偶々力を持っていただけの話しなのだ。

「俺はお前の兄の事なんか知らない、だが、その兄は何か守りたいモノの為に魔術を使っていたんじゃないのか? 天才だから認められたんじゃねぇ、それでも誰かの為に力を使っていたから認められたんだ」

「ふん、綺麗事ね。なら一族はどうなるの。そんな誰かの為に力を使用したくらいで、一族が『認める』」訳ないでしょ」

「周りが認め始めれば、一族だって認めていた可能性だってあったハズだ」

「もういい」

 パラミラは短くそう言うと、

「貴方たちを殺せなければ私のこれまでの努力は報われない」

 一〇センチ以上余っていた右手の袖を、左手で捲った。

 小さな鞘に収まった短剣が見えた。

 長さは約一〇センチ程度か。

 銀色の光を放つそれを、鞘の部分を持っていた。

 柄の部分を差し出す形で、不自然過ぎるその構え。

 そして、ステイルは見た。

 銀色に輝く短剣の柄頭の部分に刻まれてある『Azoth』と言う文字を。

「まさか、君は・・・・・・ッ」

「兄さんを殺した貴方たちを殺し、兄さんよりも優れていることを証明する。それが、私の全て!」

 柄頭が激しく光を放つ。

 その光に一瞬視界を奪われた二人のスキをついて、パラミラは距離を取る。

 二回後方へ飛ぶと、

「――三大神秘の三つを展開。四大元素を生み出し一つは海より精神を運び、二つは大地から肉体を精製、三つを成して空より魂を降り注ぐ」

 周囲の地形が変わった。

 ちょうどステイルの炎の内側に新たな領域を設定するかのように、地面からいくつもの白い柱が生えそびえ、取り囲んで行く。

「ステイル、これは・・・・・・ッ?」

 上条当麻の前に現れたのは、パラミラの生み出したドロドロとした人形だ。

 ただ、出来損ないであったモノとは少し違う。

 完全な人の形をした人形。

 上半身も下半身も、腕から足まで均等に標準とされる人の形をしている。

 それが、五体程度領域内に具現化された。

「クッ、何をするつもりだ」

「塩、水銀、硫黄、三つの三大神秘を展開し、ここにソドムを再現する」

 上空に無数の光が見えた。

 星ではない。

 それは、かつてソドムを焼き払ったとさせる硫黄と火の雨。

「チッ、上条当麻! あの短剣を破壊してパラミラを止めるぞ!」

「破壊しろって」

「あれは、アゾットの剣。錬金術師パラケルススが使用していたとされる霊装だ」

「パラケルススって、確か・・・・・・」

 上条当麻は、かつてパラケルススと言う名を聞いたことがあった。

 ステイル=マグヌスと協同で、その末裔と戦い、勝利を収めたのだ。

「そこまで分かれば、パラミラの言う兄が誰だかも想像が出来るハズだ」

「まさか、アウレオルス」

 上空の光の強さがより増した。

 よく見上げてみると、光と言うよりも青い炎だった。

 硫黄と炎とが混ざり合って作り出す色は、夜空に光る星にも見えて、それでいて不気味な光にも見える。

「止めろパラミラ、そんな事をしても何もならない!」

 上条当麻の叫ぶ声も、周りを覆い隠していく光に埋もれて、パラミラの耳には届かない。

 領域を区切っている塩の柱がその光と共鳴して、青く彩られていく。

 出来損ないではなく完全な人の形をした人形は、それこそ世界の終わりが来たかのように、両手で頭を抱え空へ絶望の声を上げる。

「上条当麻。頭上の光はこっちでなんとか抑えておく、君はパラミラの剣を破壊するんだ」

 ステイルが上空を見上げると、青い炎はより数を増していた。

「早く行くんだ! それともこのままこの領域ごと焼き尽くされたいのかい?」

 領域と言う言葉から、周囲を覆い尽くしている白い柱を破壊すれば良いのではないか、と上条当麻は一瞬考えたが、魔術師であるステイルがそう言わなかったのだから、それでは無理なのだろうと視点をアゾットの剣へと変更する。

 その上条当麻の前を、完全な形となった人形たちが遮る。

「邪魔だ!」

 右手をひと振りするだけで、人形は跡形もなく消滅していく。

 それと同時に、上条当麻の足が急に前に進まなくなった。

 重心だけは前へと移動していたのでそのまま地面へと胸をぶつけた。

 地面は周囲で燃えているステイルの炎に温められていたからか、少し暖かい、などと思いつつ、上条当麻は自分の足元に視線を向けた。

 二体。

 左右の足をパラミラの作り出した人形が、鷲掴みしていた。

「このッ、離せ!」

 体を反らして起き上がろうとするも、さらにもう一体が腰の辺りへと乗りかかり、右腕の肘の部分を持って地面に押さえつける。

 異能を打ち砕く力も、触れることが出来なければ効力を示さない。

 舌打ちと同時にステイルが炎剣で人形たちを焼き払おうと、腕を動かして、

 それより少し速く、

 ポツリと呟くように、パラミラは、

「終わりよ」

 上空に広がった無数の青い光は、白い柱で覆われている領域目掛けて降り注ぎ始めた。

 目が眩みそうな激しい光を放つ。

 その中で、パラミラの周囲から更に白い柱が数本生え、彼女を囲い覆い尽くしていく。

 察するように、その中には硫黄と炎の雨が降り注がないようになっている。

 かつてソドムを襲った硫黄と炎の雨は全てを焼き尽くし、町を破壊した。その周囲には塩の柱だけが残ったと言う。

 白色の正体は塩。

 その柱は、硫黄と炎の雨すらも凌ぐ母なる海を作る三大神秘の一つ。

 パラミラの視界が白色に染まっていく。

 次に、別の色を見る時には全てが終わっている。

 ステイル=マグヌスと上条当麻を殺し、兄を超える事で新しい自分に生まれ変わるのだ。

 一つ目の光が地面に突き刺さろうとしてた。

 それを見届けるように、視界は白色一色に染まり、

 パリィィンッと、ガラスが粉々に砕けるように、塩の柱が宙を舞い、降り注ぐはずの青い光は空へと帰っていく。

「な・・・・・・に・・・・・・ッ?」

 驚愕したのは、パラミラだけだった。

 上条当麻とステイル=マグヌスは多少驚いているものの、パラミラほどではない。

 ステイルに関しては、やっぱりか、と半分呆れたような顔をしている。

 周囲を囲っていたハズの炎も、柱も全て消えていた。

「全く、何のために君を外に出したと思っているんだい」

 その区切られていた領域の外から、

「この様な状況になっているにも拘わらず私に力を使うなと言うこと自体が無理な話だ」

「まぁ、正直に言うと少々手こずりそうだったから、少なからず感謝だけはしておくよ」

 パラミラが振り返ると、そこには一人の青年の姿があった。

 先ほどまで上条当麻とステイル=マグヌスと行動を共にしていた青年だった。

 パラミラの中では、上条当麻とステイル=マグヌスの共通の知り合いと言う程度にしか考えていなかったのだが、

「まさか、この男が」

 数回感じた、奇妙な現象。

 自分の位置が変わると言う、異能の力。

 なぜ、気がつかなかったのか。

 上条当麻とステイル=マグヌス、この両名しかパラミラの目には映らなかった。

 二人の共通の知人と言う認識でしかなかった青年。

 まさか、それが切り札的な存在であったとは思いもしなかったのだ。

 そして、時折混ざる奇妙な違和感。

「さてと」

 と、ステイルは軽くタバコでも加えそうな軽い感じで、

 轟! とパラミラの正面に一本の火柱を舞い上がらせる。

「キャッ」

 何とも可愛らしい声をあげてパラミラは尻餅をついた。

「全く、そうならそうと言えばいいものを。これであの子に何か危険が迫るようなら、灰になっても燃やし続けたいところだよ」

 舞い上がった火柱の火の粉を利用し、ステイルはタバコの火をつける。

「貴方、なめてるの!?」

 立ち上がろうとしるパラミラを横目に、ステイルは一服する。

 明らかに戦闘の意思、と言うよりも意欲が全く感じられない。

「別になめている訳じゃない。単に戦う理由がなくなってしまっただけさ」

「貴方になくても私には――」

「誰も僕の理由が無くなったとは言っていない」

 言葉を覆いかぶせるようにステイルは語る。

「僕の理由は何があっても変わらない。あの子の為に戦い、あの子の為に燃やす。生憎、今この学園都市ではとある理由で魔術側からのサーチが強化されていてね。あの子に危険が迫りやすくなっている状態なんだよ。僕はてっきり君もそちらの方かと思っていたんだけど、どうやら当てが外れたようだね」

「何が言いたいのよ」

 ステイルは吸い込んだ煙を宙へと吐き出すと、

「分からないかい? 理由が無くなったのは君だと言ってるんだ」

「何を言うかと思えば」

「君の理由は、兄を殺した僕と上条当麻を殺し、自分が兄よりも優れていることを証明すること。なら、その兄が死んでいなかったとなれば、君の理由はなくなると言う訳だ」

 なッ、と驚愕を露にしたのは言うまでもなく、パラミラだった。

「な、何をバカなことを・・・・・・」

 兄が生きているなど、馬鹿げている話だった。

 なにせ、その兄が死んだ事実をローマ正教へ伝えてきたのはイギリス清教であり、必要悪の教会(ネセサリウス)であり、ステイル=マグヌスであるからだ。

「と、信じないみたいなんだけど、その辺りどうなんだい、お兄様は」

 ステイルが横目に語りかける。

 パラミラも釣られるようにそちらへ目を向けて、

 案の定、そこにいるのはステイル=マグヌスと上条当麻の共通の知り合いの青年。

 その青年は、

「いきなり言われても、こちらが困るのだが」

 戸惑いを隠せていない。

 ふざけているのか、とパラミラは心の中で歯噛みした。

 その青年は、違い過ぎる。

 顔も、声も、雰囲気も、

 何もかも、パラミラの『兄』とはかけ離れている。

 それに、その本人すら戸惑いを見せていると言うのは、いかがなモノなのか。

「なにせ、名前は愚か妹がいたと言う事実すら忘れてしまっているみたいなのでな」

「忘れて、しまってる?」

「記憶を失い、顔を変えてしまった場合、その男がアウレオルス=イザードであったことを証明するものは無くなる。それを死と言わずに何になる? まぁ、とは言うものの、こうして記憶が中途半端に戻ってしまった訳だが」

 つまり、ステイル=マグヌスがローマ正教に伝えたアウレオルス=イザードの死と言うのは、そう言うことなのだ。

 記憶も失った。外見も変わった。

 かつての人物は死に、新たな人物として人生を送る。

「だったら、逆も言えるハズよ。その男が私の『兄』だったと証明出来るものはないわ。ただ中途半端な記憶を植えつけられた全くの別人であってもおかしくない」

 その言葉を聞いて、一番そのことについて思考を巡らせたのは、言うまでもなく彼だろう。

 ありえない話ではない。

 そのことについては全く疑問を持たなかった。

 自分が記憶を植えつけられた全くの別人である可能性。

「全く、兄妹揃って分からず屋みたいだね。確かに、変えた後の顔を知っているのは僕だけだ。別の人間を用意し、何らかの方法で記憶を植え付けることができたとしよう」

 ステイルは、そこで短く間を置いて、

「でもね、例えそんな事をしたとしても、どうしても欺けないものが一つだけあるだろう。彼だと、断定できるものが一つだけ」

 彼を彼自身だと断定する為の、たった一つのもの。

「君の魔術を打ち消したモノは一体なんだって言うんだい?」

「あ・・・・・・」

 吐息にも似た声を出したのはパラミラだった。

 心の片隅では気がついていたのかもしれない。 

 積み上げてきたものが崩れるのを恐れたのか。

 だが、確信してしまった以上自分をごまかすことは出来ない。

 兄が極めた大いなる魔術。

 パラミラが知らぬはずがなかった。

 その魔術を使えると言うこと自体が、兄の事実を確定させるモノ。

「本当に・・・・・・」

 幼い頃に戻ったかの様な声で、パラミラは呟く。

「アウレオルス兄さん?」


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