とある魔術の黄金錬成   作:翔泳

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にじにて投稿していたものです。
こちらも完結を目指したいと思います。


その男の名前は

 夕日に包まれる繁華街を一人の青年が歩いていた。

 ジーンズを穿き、黒のTシャツには中心のずれた十字架の様な白い模様が入っている少し地味で特に変わった所も何も無い普通の服装。

 細くキリッとした眉毛に整った顔立ち。髪は染めたように真っ黒でショートヘアー。身長は一九〇センチほどで、線は細く痩せ型と言えるだろう。

「くっ……何も思い出せん」

 青年は記憶喪失だった。

 ただ、全てを忘れた訳ではない。ここが日本であり、学園都市であり、その中の第七学区である事も分かっている。

 がしかし、なぜここにいるのか、自分が誰なのか、過去にどんな事をしていたのか、青年には分からなかった。

 思い出せるのは自分自身の名前だけ。

 ちょうど下校時刻なのだろうか、辺りには学生の姿が多く見られる。

 青年はそんな中を行く当てもなくただ黙々と歩いていた。

 

 

 ――とある魔術の黄金練成――

 

 

 一人の少年がスーパーのレジ袋を片手に、もう片方の手には鞄をぶら下げて駆け足で自宅へを急いでいた。

「ふう、今日はツイてるツイてる。まさかスーパーのセール時間に間に合うなんて、この不幸少年上条さんにしては珍しくラッキーだ」

 珍しく運の良かった上条当麻は少し上機嫌だった。

 彼、上条当麻にとっては、スーパーのタイムセールに間に合わない事など当たり前だ。携帯電話を落とせばその上を車が走り去る。地面に転がったボールを避けようと思えば風で転がったボールがちょうど足の真下に来る。

 とりあえず、不幸なのだ。

 だから今回、スーパーのタイムセールに間に合った事は上条当麻にとってこの上ないラッキーな事だった。

「だが安心するなよ上条当麻。どうせこの曲がり角から人が急に現れてぶつかるパターンが落ちに決まってる」

 と、その曲がり角に差し掛かった時、目の前を自転車が横切った。

「ぬおっ、自転車のパターンか!」

 しかしある程度警戒していたお陰で、お腹に大事に抱えていたレジ袋は無事危機を乗り越える事に成功した。

「へへ~ん。そう何度もお決まりパターンに引っかかるほど、この上条さんは甘くはないぜ、ってふがっ!」

 ドン、と上条当麻は曲がり角を曲がろうとした所で何かにぶつかった。

 その衝撃で少し気のゆるんだ手元からレジ袋が離れる。ぐちゃ、と言う音を立ててタイムセールで購入した激安の卵が無残にも地面に叩きつけられた。

「あぁちくしょう! 分かってますよ。結局こう言う落ちになるって事くらい」

 半分泣きべそをかく様に上条当麻はぶつかったモノを見上げると、

「すまない、大丈夫か?」

 一人の青年が手を差し伸べていた。

 

 ***

 

「すまない、大丈夫か?」

 うっかり考え事をしていた所為で、どうやら人とぶつかってしまったようだ。

 目の前には尻餅を搗いて地面に座る少年が一人。その少年に手を差し伸べるが、

「大丈夫も何も、見てくれ! せっかくタイムセールで購入した卵が全部パーになっちまったじゃねぇかー、ちくしょう」

 少年の指差す方には確かにレジ袋から飛び出した卵パックの中で無残にも卵が割れ、中身が飛び出していた。

 どうやら悪いことをしてしまったようだ、と青年は考える。

 目の前の少年は、どうすんだよこれ、などとぼやきながら改めてパックの中身を確認しようとしていたが、僅かな希望も空しく全てダメだった様だ。

「うむ、私が悪かったようだ。同じものを買う事で許してもらえるだろうか?」

「え? 何? おごってくれるの? 無償で? 後で倍にして返せなんて不幸な落ちがあるとかじゃなくて?」

「無論、そんな事はないが」

「ぬおぉ、あんたいい奴だ!」

 少しテンションの高くなった上条当麻と青年はスーパーへと向かった。

 

 ***

 

「いやぁ、なんか悪いな。余分におかずまで買って貰っちゃって。おまけに荷物まで」

 レジ袋を余分にもう一つぶら下げた上条当麻と青年は住宅街にいた。予想外の買い物が出来た上条当麻は上機嫌で鼻歌交じりに歩き、その後ろを両手がふさがった上条当麻に代わって青年は鞄を持って歩いていた。

「かまわない。行く当てもをなかったのでな」

 記憶喪失で行く当てもなかった青年にとっては、目的と言うものがあるだけで何かが違った。この荷物を少年の家まで運ぶと言う小さな目的。

 しかし、それは終わってしまえば、また当てもなく歩く羽目になるだろう。

 なんせ、記憶がないのだから。

 少しして、上条当麻の指示あって一つの建物へ向かっていく。

 建物の見た目はワンルームマンションで、四角いビルの壁一面に直線通路とドアがズラリと並んでいた。

 二人はオートロック式の入り口を抜けてエレベーターへと乗り込んでいく。

 と、ここで上条当麻が徐に口を開いた。

「自己紹介、まだだったよな。俺は上条当麻。あんたは?」

 七階で止まったエレベーターはガコガコといった古びた音を立ててドアを開く。そんなドアを押しのけるように上条当麻は通路へと出て行き、青年もそれに続く。

「名前……」

 青年はぼそりと呟いた。

「そう名前だよ。あんたの名前」

 隣のビルとの距離が二メートルの通路を歩きながら上条当麻は振り向くことなく言う。

(……名前)

 自分自身の事で唯一覚えているモノ。

 その名前をゆっくりと、そして自分に言い聞かせるように呟く。

「私の名前は……」

「え……?」

 名前を聞いて上条当麻の足は自室の直前で止まった。

 耳を疑ったのだ。本当にその名前がこの青年の名前なのかどうかを。

 上条当麻は自らの目で再び確かめる様に振り返った。

「私の名前は……アウレオルス」

 ――アウレオルス=イザード


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