基本的に原作どうりなのでご了承おば(所々少し違いますが
次回部分は黒と白の乱舞の予定(圏内事件とリズ編はカット
誤字、脱字あったらご連絡ください
シリカと呼ばれるプレイヤーがいる
彼女はこのデスゲーム、ソードアートオンラインでは珍しいビーストテイマーだ
ビーストテイマー、とはシステムで設定されているわけでなく通称だ
戦闘中ごくまれに敵モンスターがこちらに友好的な興味を示してくることがある
そこを逃さず餌を与え飼いならすことに成功するとモンスターはプレイヤーの使い魔としてプレイヤーの冒険を手助けしてくれる貴重な存在となってくれる
当然全てのモンスターが使い魔になってくれるわけでなく、なってくれるのはごく一部の小型の動物モンスターだ
果てしなく運のいる、飼い慣らしに成功したシリカは果てしなくラッキーと言えるだろう
予備知識もなく、気まぐれで降りた層の森の中で初めて遭遇したモンスターが何の気なしによってきて、偶然買っていたナッツを与えたらたまたまそれがそのモンスターの好物だった、ということだ
種族をフェザーリドラ、全身をペールブルーの綿毛で包み、しっぽの代わりに二本の尾羽を生やしたそのドラゴンをテイムした、という情報は瞬く間に広がり、情報を元にテイムに挑んだプレイヤーもいたらしいが成功した、という話は聞かなかった
彼女はそれに〝ピナ〟と名前をつけた
現実で飼っている猫の名前で、そのドラゴンの存在はシリカの心の支えとなっていた
戦闘能力は高くはないが、それを補ってモンスターの接近を知らせる索敵能力、そして少量ながら体力を回復してくれる回復能力と、戦闘面でも地味ながら心強い助けとなり、精神的にも助けとなっていた
以降一年シリカは相棒のピナと順調に経験を積んで、短剣使いとしても名を馳せる中層クラスではハイレベルプレイヤーの仲間入りを果たしていた
無論最前線で戦う攻略組には及ばないものの、ある種ビーストテイマーとはそういった攻略組よりレアな存在と言えるだろう
おまけに絶対的に数が少ない女性プレイヤー、おまけに年齢も相まって、〝竜使いシリカ〟として多くのファンがもつ人気者、いわば、アイドル的存在となるのに時間はかからなかった
いろいろなところから勧誘もされて、十三歳である彼女が舞い上がってしまうのも無理はなかった
しかし結局はその慢心が、悔やんでも悔やみきれない悲劇を生み出すとは、この時はまだ思いもしなかった
そして悲劇は訪れた
些細な口論からシリカはパーティと喧嘩別れしてむしゃくしゃした気分のままで目的もないままに歩き続けた
たとえソロでも短剣スキルを七割マスターし、しかもピナのアシストがあれば三十五層のモンスターであっても問題ないはずだった―――道に迷いさえしなければ
迷いの森という名前に嘘偽りなく、似たような場面ばかりで感覚は狂うし、転移結晶もランダムで森のどこかに転移させられるだけだし、無駄となる
やがて疲労しているシリカに、〝ドランクエイプ〟という猿みたいなモンスターが襲撃してくる
疲労した精神では本来余裕なはずの敵モンスターにも苦戦を強いられてしまった
そして一瞬の隙を突かれ、攻撃を受けてしまいシリカは周辺の木へと吹き飛ばされてしまう
止めとばかりに振り下ろされん攻撃をかばってくれたのがずっと一緒に闘ってくれたピナだった
きゅる、という短い声とともにポリゴンとなって弾けとび、地面には水色の羽が残る
プツンとシリカの中で何かが切れ、真っ先に怒りを覚えた
些細な喧嘩でへそを曲げ、単独でも森の突破など簡単だと思い上がった自分自身への怒り
まっすぐピナを殺したドランクエイプへと突っ込み、一気に連撃を叩き込む
無謀な特攻で体力が危険域にまで下がっていたが、それすらもうどうでもよかった
死への恐怖すらも忘れもう一度無謀な特攻をしようとしたとき、横一戦にドランクエイプ二体を切り裂く閃光があった
呆然と立ち尽くすシリカの前に、黒いコートを着込んだ男性がひとり
目があった
男性は持っている武器を背中の鞘に収め、改めて声を発した
「ごめん。君の友達、助けられなかった」
彼の言葉を聞いたとき、シリカの全身から力が抜ける
短剣が手から滑り落ち、地面に跪いて地面の上にある水色の羽へと視線を移す
やがてシリカの中に深い悲しみと喪失感が襲い掛かり、それらは形となって頬を流れ落ちていく
「ピナ…! お願いだよ…、私を一人にしないでよ…! ピナ…!」
嘆いても、水色の羽となった相棒は何も返してくれない
あの時の自分の行動が今になってどれだけ愚かか、再認識させられた
「キリト?」
そこにもうひとりやってくる、男性の声
「ギンガ」
涙で濡れた瞳で見たその姿は、目の前に男性とは対照的に、白い外套を着込んだ男性だった
◇
<小娘、その羽になにか名前は設定されているか>
一通り事情を聞いた白外套の男性の左手のアクセサリがふとそんなことを聞いてきた
思えば一枚だけ羽が残っているのを不思議には思っていた
基本的に死ぬときは装備から何もかも全て消え去るのが常だ
彼女は恐る恐るといった様子で羽に触れる
浮き上がったウィンドウにはこんなアイテム名が書かれていた
<ピナの心>
その文字列を見てシリカは思わず涙を流しそうになる
しかしそんなシリカに声をかけたのはあの指輪のアクセサリだ
<待て小娘。その心のアイテムが残っていれば、まだ蘇生のチャンスはあるぞ>
「え!?」
慌ててシリカは顔をあげる
それに続けて黒ずくめの男性が口を開いた
「あぁ。最近わかった話だからまだあんまり知られてないんだ。たしか、四十七層の南に、<思い出の丘>っていうダンジョンがあるんだ、そんな名前のわりに結構難易度高いんだけど、そこで手に入るアイテムが、使い魔蘇生用のアイテムらしい―――」
「ほ、本当ですか!?」
そのまま食い入るようにシリカは顔を詰め寄って叫んだ
絶望の中に舞い降りた、希望の光が一筋―――しかし、だ
「…四十、七層」
呟いて再度絶望する
現在いる下層は三十五、ここからは十二も上のフロアだ
とてもじゃないが安全圏とは言えない
<別に俺たちが言ってやってもいいんだが、本人がいかないと花は咲かないしな>
「い、いえ。情報だけでもありがたいです。レベルをあげて、いつか…」
<残念だが心は三日しか持たない。期間を過ぎると心は形見に変化するからな>
「―――そんな…」
シリカは絶句する
彼女の現在のレベルは44、これがデスゲームでなければ適正レベルは各層の数字、というわかりやすいものだ
しかしデスゲームとなった現状ではそれの十は上回っていなければならない
三日間でレベルを上げきるなど不可能だ、今になってなんであんな行動をとってしまったのだろうかと悔やんでも悔やみきれない思いがこみ上げてくる
そこでふと自分の前にシステムウィンドウが現れた
トレードウィンドウだ
そこに表示されているのは見たことも聞いたこともない装備アイテムの羅列
「あ、あの…」
「この装備でいくつか底上げできると思う。それで、俺たちも一緒に行けばなんとかなるだろう」
<おいおい。俺たちも行くのか?>
「問題ないよ。行くとこないし」
「…えっ?」
ぽかんと口を開けながらシリカは立ち上がる
男性の真意がわからず、思わず二人の顔を見る
彼らの横に一本のHPバーが表示され、カーソルが浮かんだ
名前はわかる…先ほど二人は呼び合っていた、黒い男性がキリトで、白い男性はギンガ、という男だ
思わずシリカは聞いた
「…どうして、そこまでしてくれるんですか?」
正直言えば警戒心の方が高かった
圧倒的に少ない女性プレイヤーで、何度か自分も言い寄られた、おまけに求婚されたこともあった
十三歳である彼女にとってそんなことは恐怖でしかない
そんなわけで下心のありそうなプレイヤーは避けるようにしてきたし、基本的には〝甘い話にはウラがある〟というのがこの世界の常だ
「そういえば俺も気になってたな。なんでここまで親身にあるのか。…惚れたか?」
「そんなんじゃないよ。…その、なんだ。君が、さ。妹に似てたから」
返ってきたのはベッタベタな答えだった
そんな微笑ましい答えにギンガ共々シリカは噴き出してしまった
顔を赤くして恥ずかしそうにしているキリトは目を逸らし、若干俯く
その姿がまた笑いを誘ってしまう
「えっと、さ。まぁ悪い奴じゃないよ。って言っても、信じにくいか?」
「いえ。あの、よろしくお願いします。助けてもらって、こんなことまで…」
ウィンドウに手をやり、自分の欄に持っているお金全額を入力する
彼が提示してきたアイテムは十種類以上にわたり、非売品レアアイテムらしい
「あの、こんなんじゃ、全然足らないと思いますけど…」
「あ、お金はいいよ。余り物だし、ここに来た目的と被らないでもないし」
キリトはそんなことを言いながらそのままOKのボタンを押してしまった
「何から何までごめんなさい、私、シリカって言います」
「俺はキリト。んで、こっちは」
「ギンガだ。そしてこいつは、俺の相棒のザルバだ」
<よろしく頼むぞ、小娘>
そう言ってこちらに言葉を投げかけてくる銀色の指輪、ザルバ
「…喋るアクセサリなんですか? 初めて見ました」
<まぁな。なかなか俺様を見ることはないだろうからな>
そんな言葉を交わしながら、キリト、ギンガと軽く握手を交わす
そのあとでキリトのアイテムポーチから地図のアイテムを取り出し、出口に繋がるエリアを確認するとスタスタと前を歩き始める
途中、先ほどのドランクエイプの襲撃があったが、ギンガの剣の一撃であっという間に片付けてしまった
そんな二人の背中を追いかけながら、シリカはポツリと心の中でつぶやく
―――待っててね、ピナ。絶対生き返らせてあげるから―――
◇
第三十五層のミーシェ、という主街区
そこは白い壁に赤い屋根が並ぶ、農村のようなたたずまいだ
大きい、という町でもないが
今現在は中層のプレイヤーの主戦場となっているのも相まって今はかなり人が多い
シリカはちらり隣を歩くキリトとギンガを見やる
キリトは物珍しそうに、それでいて静かな様子を崩していないが、その隣のギンガは対照的に興味津々といった様子でキョロキョロと見回している
そんな二人の違いが見てて面白かった
「お、シリカちゃん発見!」
そこで顔見知りの男性二人がシリカに向かって声をかけてきた
彼らはこちらに向かって駆け寄ってきて、言葉を続ける
「とても遅いから心配したよ」
「今度パーティ組もうよ。好きなところに連れて行ってあげるからさ!」
そんな言葉を言ってくる
シリカはイヤミにならぬよう言葉を選び、キリトとギンガの手を掴み
「し、しばらくこの人たちと組むことになったので!」
そう告げた瞬間に男性ふたりの視線が思い切りキリトとギンガに突き刺さる
キリトは困った様子で、ギンガはさして気にしていなさそうにしていた
あからさまにうさんくさそうに疑っている目だ
シリカはふたりの実力をこの目で見ているから疑ってなどいないが、正直言えば彼らはぱっと見の外見からとてもじゃないが強そうには見えない
鎧の類はないし、着てるのはお互いコートだけ、おまけに使用武器はシンプルな片手剣のみで、盾も持っていない
「ほ、ホントごめんなさい! ちょっと、急いでますので!」
深々と頭を下げて、ふたりの袖を引っ張って歩き出す
今度メッセ送るよー、と未練がましく手を振ってくる男性たちから離れたくてシリカは足早に歩いた
プレイヤーの姿が見えなくなると、ようやくシリカは安堵したように息を吐いた
「すごいな、人気者なんだ? シリカさん」
「シリカでいいです。それに人気者って言っても、そんなことないです。マスコットみたいなもので、それで自惚れちゃって。それであんなことに…」
そんな彼女を気遣ってか、ギンガが言葉を発した
「問題ないよ。俺らがいるなら生き返らせることができるから」
そう言って微笑みかけるギンガ
それに釣られてシリカも小さく笑みを作った
そうしていると自分の目の前にひときわ大きい二階建ての建物が見えてくる
いつもシリカが定宿にしている〝風見鶏宿〟である
「あ、そういえばキリトさんにギンガさん、ホームは…」
「別にここでいいだろ? 上に戻るのも面倒くさいし」
「そうだな。一緒でいいよ」
「そうですか! ここ、チーズケーキがとっても美味しんですよ!」
「あら。シリカじゃない」
笑いながら宿に入ろうとしたとき、一番聞きたくない声が耳に入ってくる
迷いの森で喧嘩別れする原因となった槍使いの女―――ロザリアだ
「へぇ? 森から脱出できたんだ。…あらぁ? あのトカゲどうしちゃったのぉ?」
イラっとさせられる言い方だ
使い魔はどこにも預けることも格納することもできない
つまり自分の身の回りから消えれば理由はわかるはずなのだ
だというのに、わざわざ口に出して言ってくる
…嫌な女だ
「あらあらぁ? もしかしてぇ…?」
<―――いちいち人を嘲らなければ話せないのか、この小娘は>
言葉を遮ったのは、ギンガの左手についているアクセサリ、ザルバだ
ロザリアは驚きつつも、もう一度唇に笑みを浮かべ
「…その様子だと、〝思い出の丘〟に行く気かしら? けどあんたのレベルで―――」
<行くぞギンガ。時間の無駄だ>
「そうだな、行こう、シリカさん、キリト。目の前の宿でいいんだよね?」
「え、は、はい…」
ロザリアの視線などどこ吹く風といった様子でギンガは先に進み、それにキリトとシリカも続いていく
その堂々たる背中が、今はとても頼もしく見えた
風見鶏の一階はレストランとなっている
適当に席に座り、料理を注文しまっている間、ふとシリカはつぶやいた
「…なんであんな意地悪言うのかな」
<小娘、こういったゲームは初めてか?>
「は、はい。初めてです…」
ザルバの声に答えるとキリトが口を開いた
「そっか。…このゲームに限らず、どんなオンラインゲームでもキャラに身をついやすと人格が豹変するプレイヤーは多い。だけど、こんな異常な事態になっているのに、この世界には人を不幸にする奴らが多すぎる」
キリトはシリカの目を真っ直ぐに見つめてそんなことをつぶやいた
一瞬重苦しい雰囲気となったこの場を切り替えたのは、話を振ったザルバだった
<すまない。食事時にする話ではなかったな>
「そうだね、先にごはん食べようぜ、この世界の娯楽なんだしさ」
ギンガがザルバに続いて言葉を発してくれたおかげか、どこか雰囲気が明るくなった気がした
とりあえず食事を済ませた時にはすでに時刻は夜中の八時を越えていた
明日は四十七層の攻略に備え早めに休むことにして風見鶏亭の二階にあがる
ずらりと並んだ客室でありながら、キリトとギンガが取った部屋は偶然にもシリカの両側だった
顔を見合わせてなんとなく互いに笑みを浮かべるとそれぞれの部屋に入っていった
◇
<ギンガ、あの女だな>
「そうだね。キリトから言われた情報通りだ。オレンジギルド〝タイタンズハンド〟のロザリア、だっけ。まぁ今は様子見かな」
ベッドに座りながらギンガは魔戒剣を抜き放ち、その刀身を見やる
透き通った鋼に、自身が映り込む
「あくどそうなツラしてたから、きっと首尾よく手に入れた時にこっちを襲って来ると思うね。おまけにギルドだから、自分の手は汚さないときた。…汚い女だよ、っとに」
吐き捨ててギンガはふぅ、と息を吐く
そんなタイミングで、こんこんとドアを叩かれた
ギンガは魔戒剣を鞘に収め、「どうぞー」と言ってその来訪客を招き入れる
訪ねてきたのはキリトとシリカの二人だった
「悪いなギンガ。そういえばまだ四十七層の説明をしてないと思って。今大丈夫か?」
「問題ない。今なんかテーブル用意するよ」
適当に用意した椅子にふたりを座らせて、ひと部屋に一つあるであろうテーブルを二人の前に持ってくる
そうするとキリトはウィンドウを操作し、手早く小さい小箱を実体化させた
キリトが用意したのは、ミラージュスフィア、というアイテムだ
見た感じだと、立体的なフィールドマップのような感じでいいのだろうか
「きれい…」
シリカはそれを見て思わず呟いた
確かにきらきらと輝いているそれは、見惚れてしまう要素も入っている
それにキリトは微笑みながら指をさして四十七層に説明を開始した
そんな時だ
「…!」
ふとドアに誰かの気配を感じた
それにキリトも気づいたようで、ちらりとドアに視線を向けた後、今度はギンガにアイコンタクトをしてきた
判断は一瞬
ギンガは魔戒剣を抜き放ち、そのままドアの外にいるであろうやつに向けて突き刺す勢いで剣を突き出した
結果、剣はドアを貫通する、が、当たった感じはしない
逃げられてしまったようだ
その証拠にドアの向こうからどたたた! と急いで逃げるような足音が聞こえてきた
「ど、どうしたんですか?」
「盗み聞きとかいう趣味悪いことされてたみたいでな」
「え!? で、でもドア越しの会話って、聞こえないはずじゃ…」
「いいや、〝聞き耳〟スキルを鍛えていると、その限りじゃないんだよ。…そんなの上げてる奴、多くないけど」
ちらりとキリトがこちらに視線を送ってきた
ギンガはそれに頷いて改めて席に戻る
恐らく今聞き耳を立てていたのは、〝タイタンズハンド〟メンバーだろう
そのまま話は再開され、シリカはそれを真剣に聞いている
今度はもう立ち聞きされないように柄ではないがギンガがドアの外で待つことにした
正直話など聞かずとも、キリトや話を聞いたシリカについていけば問題ないのだ
滞りなく話は終わり、一度その場で解散となる
それぞれ口頭でおやすみ、と言いながらキリトとシリカは各々の部屋へと戻っていった
<しかし盗み聞きとは小賢しい真似をするな>
「言っても仕方ないよ。今はとりあえず明日に備えようザルバ」
<―――そうだな>
ザルバと短い会話をし、ギンガはベッドに横になり、そのまま睡魔へと身を委ねた
◇
翌日
四十七層〝フローリア〟
「わぁ…!」
そんなシリカの歓声が耳に入る
声こそ上げなかったが、ギンガも珍しそうに辺りを見回していた
円形の広い広場を細い通路が十字に貫き、それ以外はレンガで囲まれた花壇をなっている
周辺にはカップルであろう男女がおり、それぞれ談笑していた
(…)
なんだろう、気まずい気がしてきた
こほん、とギンガは一つ咳払いしてシリカとキリトに行こうと促した
フィールドに出て、いろいろなモンスターを狩っている最中、ふとシリカがキリトに向かって聞いてきた
「キリトさん、妹の事、聞いていいですか?」
「? どうしたんだい急に」
「い、いえ。現実の事を聞くのはタブーですけど、私に似てるって言ってたので、気になって…」
シリカの話を聞いて、同時にギンガもキリトに視線を向ける
正直に話をしてしまえば、自分も気にはなっていたのだ
思えば現実で剣道場に通っていたとき、たまに兄のことを話題に出してくる後輩がいたことを覚えている
見てて微笑ましかったが、流石にキリトは関係ないとは思うのだが
「…妹って言っても、本当は従姉妹でさ。わけがあって生まれた時から一緒に育ったから、むこうは知らないはずなんだけど。でも、そのせいかはわからないけどどうしても俺の方から距離作っちゃってさ。顔を合わせるのすらも避けてたんだ」
そこで一つ間を開ける
「それに祖父が厳しい人でね。昔俺と妹は近所の剣道場に強制的に通わされてたんだけど、どうにも馴染めなくて俺は二年で辞めちゃったんだ。そりゃあじいさんに殴られたけど、その時妹が泣きながら俺をかばってくれてさ。…それから俺はコンピュータにのめり込むようになってさ、妹は本当に剣道に打ち込んで、祖父が亡くなる少し前には全国でいいところまで行けるようになった。―――だから、俺は俺はずっと引き目を妹に感じてた。本当はあいつにも、やりたいことがあったんじゃないかって」
「―――本当にやりたくないなら、全国になんていけないよ」
「え?」
「そうですよ!」
ギンガの言葉にシリカが続く
シリカは一人っ子ではあるが、不思議とキリトの妹の気持ちがわかるような気がした
「恨んでたら、そんなに頑張れませんよ。妹さん、きっと剣道大好きなんです!」
若干十三歳では、きっとだいぶ言葉を探しただろう
それでも、言葉をかけずにはいられなかった
「―――そうだな。だといいな」
キリトは笑みを浮かべながらギンガとシリカに視線を送る
それらを受けて、シリカとギンガも笑顔で返した
◇
そのままモンスターを倒しながら順調に進み、首尾よく思い出の丘にまで来ることができた
道中のモンスターはキリトとギンガは基本的に手を出さず、全てシリカへと経験値を上げており、快調に倒し続けたシリカは一レベル上がっている
思い出の丘についた一行は一輪だけ咲いているその蘇生アイテムであろう〝プネウマの花〟をシリカが手に入れるのを見届けると帰路についた
シリカはきっと今すぐ使いたいと思っただろうが、このフィールドは少々危険だから、戻ってからにしよう、というキリトの提案を受け入れて歩き始める
幸いにも道中にモンスターが出てくることはなかったが―――別の餌が連れたようだ
<―――ギンガ、キリト>
その言葉に二人は頷いた
キリトはある一点を向いた
そこは橋の向こう、道の両脇に茂る木立の方を見据える
「そこに隠れてる奴。出てこいよ」
「…え!?」
シリカは言われてそこに視線を向ける
向けた先の一本の木から一人―――見知った人物が出てきた
ロザリアだ
「私のハイディングを破るなんてなかなか高い索敵スキルじゃない。…その様子だと、首尾よくアイテムゲットできたみたいねぇ、シリカちゃん」
そう言って笑顔を見せる彼女は、次の瞬間キツイ視線を向けてくる
「それじゃあ早速その花を渡してもらおうかしら」
「な、何を言ってるんです!?」
「そうはいかないよ犯罪者ギルド〝タイタンズハンド〟リーダー、ロザリアさん?」
今まで黙っていたギンガがそう口を開く
その言葉を聞いたとき、ロザリアの眉がぴくりと動き笑みが消える
SAOにおいて犯罪か何かを犯すと、プレイヤーのカーソルが緑色からオレンジ色へ変化する
その犯罪者をオレンジプレイヤー、そしてその集団を
シリカも知識としては持ち合わせていたが、実際に目にしたことはなかった
しかし目の前のロザリアは、どう見ても緑色
そんなシリカの戸惑いを見抜いたのか、ザルバが言葉をかけた
<犯罪者の集まりでも、全員がオレンジというわけでもない。緑のメンバーが獲物を見つけ紛れ込み、待ち合わせている場所に誘導する、昨晩盗聴していたのは、あの小娘の仲間だろうよ>
「じゃ、じゃあこの二週間一緒にパーティを組んでいたのは…」
<大方戦力でも評価していたのだろう。冒険を繰り返し得た資金が貯まるのを見計らっていたんだ>
「えぇそうよぉ? でも一番美味しい貴方が抜けちゃうからどうしよっかって思ってたら、レアアイテム取りに行くって言うじゃない。今はその花って旬だからさぁ。やっぱり情報収集ってい大事よねぇ」
「よく言うよ。盗み聞きしてただけのくせに」
アルゴを見習って欲しいものだ
「だけどそこの剣士二人。そこまでわかっているくせになんでそんなノコノコ付き合ってるの? 馬鹿なの? それとも、本当に体で仕込まれた感じかしら?」
「違うね。我々の目的はアンタだロザリア」
ギンガの言葉にロザリアが一瞬訝しげに目を細めた
キリトが続ける
「アンタ、約十日前に三十八層で、〝シルバーフラグス〟っていうギルドを襲ったな? そこでメンバーが殺され、リーダーだけが生き残った」
「…あの貧乏な連中のコト?」
「リーダーだった男は朝から晩まで、毎日ゲートの広場で泣きながら、仇討してくれる人を探してた。依頼されたのはキリトで俺はたまたま話を聞いてついてきただけだが、その男は殺してくれと言わず牢獄に入れてくれと行ってきたんだ。その気持ち、アンタにわかるか―――? はっ、わかるわけないよな」
ギンガの言葉にロザリアは鼻で嘲笑しながら
「なによマジになって。こっちで死んでも死ぬ可能性があるなんてわかんないじゃない。第一、根拠なんてないし? 戻れるかどうかも怪しいのに、正義だとか法律とかバカじゃないの? そういうのが一番嫌いなのよ私は。それで? その死にぞこないの言葉をまんまと聞いてアンタらはここに来たわけだ? 暇人ねぇ、けど、たった三人でどうにかなると思ってるの?」
ロザリアが指をならす
途端に向こう側の両方の木の陰から次々に人影が湧き出てきた
視界を通して表示されるカーソルは大体がオレンジのプレイヤー、おおよそ十人といったところか
派手な装備に身を包んだ彼らはそれぞれ下卑た笑いを浮かべながらシリカに視線を投げかける
嫌悪感を覚えたシリカは二人に対していった
「き、キリトさん、ギンガさん! 数が多すぎます…!」
「大丈夫。俺たちは負けないよ」
「それでも、何が起こるかわからないから、結晶を用意してもらえるといいかな」
穏やかな声で答えるキリトに、不安にさせないように軽く頭を撫でるギンガ
そのまま二人はすたすたと前方の人垣に向かって言ってしまった
いくらなんでも多勢に無勢すぎると感じた彼女はもう一度その名前を呼びかけた
今度は向こうにも聞こえるであろう大きな声で
「キリトさんっ! ギンガさんっ!」
「―――なに?」
シリカの声がフィールドに響いた瞬間に、盗賊の一人が眉間にシワを寄せた
そのまま記憶の中を探るように視線を巡らせて―――
「黒に、白…盾なしの片手剣…赤い鞘―――」
不意に顔面を蒼白にしながらその男は後ずさる
「や、やばいよロザリアさん! アイツ、元ベータテスターの攻略組だ…! おまけに、もうひとりは、お、〝黄金騎士〟…!」
その言葉を聞いた残りのメンバーの顔が一気に固まった
それと同時に、妙な単語を聞いたギンガが変な顔になった
「…黄金騎士ってなんだザルバ」
<知らん。時たま隠れて鎧を纏って鍛えていたのを見られたのか…、それとも何回かボス戦の時に使った時に、誰かが噂したのかもしれんな>
マジか、と驚くギンガにははは、と笑うキリト
当人たちは笑っているが、驚愕していたのはシリカも同じだ
かなりのハイレベルプレイヤーとは思っていたが、まさか攻略組だとは
しかしロザリアは信じていないようで
「攻略組がこんなところにいるもんか! 名を騙ってビビらせようとしてるコスプレ野郎さ! 仮に本当だとしても、この数だ! 片方に至っては、その噂の鎧出される前に殺しちまえばいいんだよ!」
「そ、そうだ! やられる前にやりゃあいいんだ! それに攻略組なら相当なアイテム持ってんぜ、美味しい獲物じゃねぇか!」
口々にそう喚きながら賊らは一斉に抜刀する
それを見てザルバは
<ははは。舐められてるなギンガ>
「全くだ。いくらなんでも、アイツ等程度に鎧出してちゃ、牙狼の名が泣いちまうよ」
背後から自分たちを心配するシリカの声が聞こえる
しかしギンガは小さい笑みを口元に浮かべ、こちらに向かってくる賊の相手に集中した
奥のロザリアのいる男は動いていない、実質九人、内三人がギンガに向かってきており、残ったメンツはキリトへと向かった
ギンガはキリトの強さを知っているので心配する素振りを見せない、代わりに自分に攻撃してくる奴らに向かって、攻撃を回避しながら素手での反撃を実行する
足を滑らせバランスを崩したり、時に仲間を盾にして僅かな時間を作り盾替わりの仲間を蹴り飛ばして巻き込んで地面に倒したり
はっきり言って敵の刃がギンガに当たるどころか、かすることもなかった
最後に三人まとめて蹴り飛ばし、ギンガはパンパンと両手を叩く
キリトを襲っていた連中も、いつまで斬っても死なないキリトに対して、疑問を浮かべているようだった
「何やってんだあんたら! 早く殺しちまいな!」
苛立ちを含んだロザリアの声
そして今はギンガには叶わないと踏んだのか、今度は先ほどギンガを襲っていた連中をプラスして、キリトに攻撃を開始した
しかし続けること数十秒、一向に状況は変わらない
「お、おい、どうなってんだよコイツ…!」
異常なものを見るように顔を歪めながら攻撃の手を止める
残った連中も肩で息をしながら距離を取った
「十秒辺り、二百から四百って感じか。それがあんたらが俺に与えられる総ダメージ量だ。俺のレベルは七十八、そしてバトルヒーリングスキルで、十秒で六百、HPは自動回復する。いくら攻撃しても俺を倒すことはできないよ」
「な…! ありかよ、そんなのありかよ!」
「アリなんだ。たかが数字が増えるだけでそこまで無茶な差が開く。それがレベル性MMOの理不尽さっていうものなんだ。…もっとも、それをスルーしてる奴もいるけどな」
そう言ってちらりとキリトはギンガを見やる
なんのことかわからず? とギンガはキリトに視線を送った
不意にちらりとロザリアに視線をやるとあの女はあろう事か仲間を見捨てて結晶でどこかへと飛ぼうとしている最中だった
だから先にギンガが動く
風の如き速さで彼女の前に移動し、驚く彼女からクリスタルを奪い取り、拘束する
「な、離せ、どうする気だお前!」
「今からキリトが用意する結晶エリアのところにてめぇら全員飛んでもらう。今から用意するそれは黒鉄宮の牢獄に繋がってるからな。嫌だといっても無駄だぞ、どっちにしろ、もう決まったことだ」
ギンガが言いながら、キリトは懐から一つの転移結晶を取り出し、それを使用した
「コリドーオープン」と叫ぶやいなや結晶が砕け散り、その場に青い空間が現れる
観念したようにロザリアの仲間たちが入っていく中、ギンガが口を開いた
「いいか。アンタらが今日までに殺してきた
彼にしては珍しい、怒りの感情が乗った言葉
彼の言葉を聞いた連中は首を俯かせながらおぼつかない足取りで空間の中に入っていった
全員が空間に入り、静寂が訪れる
その中で、シリカは動くことができずにいた
二人の正体、犯罪者が消えたことでの安堵、何やらいろいろあって口を開くことができずにいた
「ごめんな、君を囮にするようなことをして。一応、このことは言おうって思ってたんだけど、タイミング逃しちゃってさ…本当にごめん」
キリトの言葉にシリカは首を振ることしかできなかった
心の中でいろいろとぐるぐるなのだ
「街まで送るよ。俺からも謝るよ。…ごめんね」
キリトの隣からギンガがそう言ってくれた
彼らに対し、シリカはいった
「あ、足が動かないんです…」
その言葉に、その場の雰囲気が和んだような気がした
◇
「…やっぱり行っちゃうんですね?」
風見鶏亭に戻ってきた時のシリカの言葉がそれだった
本当はその言葉を言い出すのにだいぶ時間を要したが、その間は省かせていただく
「そうだね、五日も離れてしまったし。キリトは最前線に戻るんだろう?」
「あぁ。お前はまた上を歩くのか?」
「そうなりそうだ。ようやく鎧が体にしっくりくるようになってきたし、纏える時間も伸びてきたし」
<研鑽の成果だな>
連れてってください、という言葉をシリカは飲み込んだ
自分では、足手まといになることは確実だとわかっていたから
「大丈夫。この世界の強さは、はっきり言って作り物だよ。そんなのよりもっと大事なものがある」
「そうだよ。だから今度は現実世界で会おう。きっと友達になれるよ、俺たち」
キリトとギンガにそう言われ、シリカは頑張って笑顔を作った
そうだ、これが永劫の別れではないのだ
また会えるのだ、我々は
「さ、じゃあピナを蘇らせてあげよう」
「はい!」
「なんだかんだで、こういうの見るの始めてなんだよね。不謹慎だけど、ちょっと楽しみだ」
キリトに促され、シリカは羽とプネウマの花を顕現させる
少しだけワクワクしているギンガの視線を受けながらプネウマの花を手に用意する
その花を視線に落としながら、シリカは心の中で呟いた
―――ピナ、たくさん、たくさんお話してあげる。短い間の、とっても長い、冒険のおはなし―――
両目に涙を浮かばせて、シリカは静かにその花の雫をピナの心に向かってそっと、傾けた
出会いもあれば、別れもある
別れもあれば、また再会もある、その繰り返しが人生ってやつか?
次回 舞闘 ~らんぶ~
繰り返していくうちに、成長していくものもあるものさ―――