呼ばるる異名は黄金騎士   作:桐生 乱桐(アジフライ)

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難産でしたがこれでいきます


決着

転送を経て目を開けるとそこには一直線に伸びる高架道とその先で沈もうとしている夕日が視界に飛び込んだ

 

〝大陸間高速道〟ステージだ

 

中央を東西に貫く幅百メートルのハイウェイからは降りられない細長いだけのシンプルなマップ

路上には無数の乗用車に輸送車、墜落したヘリなどが遺棄されてあり、舗装面が斜めに飛び出したりしているので端までは見渡せない

シノンは後ろを振り向くと自分の居場所を確認する

現在位置は大体東端、相手は西の方へ五百メートル離れた場所にいるはずだ

場所を確認した後今度は周囲を見渡して狙撃ポイントを探す

少しして右斜め前方に横転した大型観光バスを見つけると後部ドアから入りこみ二階席へ

中央の床に身体を投げるように腹ばいになりヘカートの二脚を展開し構える

 

太陽は真っ直ぐ正面に存在するので、下手に屋外に構えるとレンズに反射した陽光でバレる恐れがある

しかしこのバスの中ならミラーコーティングされたガラスがそれを隠してくれるし、高さもあるので路上の大体を見渡せるのだ

ギンガに予測線在りの射撃が当たるとは思えない、ゆえに当てるのなら位置を特定されていない状態での一射のみ

 

(───当てる。絶対)

 

強く心で思いながらスコープを右目で覗く

シノン自身どうしてここまで勝ちたいと思うのか正直分からなかった

別に嫌がらせを受けたわけでもなし、損害を受けたわけでもない

けど今のシノンは、GGOで体験したすべての戦いが色褪せてしまうくらいに、ギンガに勝ちたかった

 

だけど同時に、心のどこかで彼を敵と認識しきれていない部分もあるのかもしれない

圧倒的な強さを誇った彼が待機ドームで一瞬見せた僅かな弱さが垣間見えた、あの一瞬、名状しがたい感情が胸に現れた気がして───

 

一瞬思考して迷いを払うようにシノンは頭を左右に振った

違う、そんなわけない

同情や憐れみ、まして共感なんて

シノンに共感できる人間などいるはずない、この暗闇を背負ってくれる人がいるはずがないんだ

 

己を助けることができるのは結局己だけ

そう悟ったから今の自分はここにいる

ギンガは何を抱えていようが知ったことじゃない、一撃で沈めて、これまでと同じように忘れてしまえばいい

そう強く思い定め、スコープの先を見つめて、引き金に指を添わせる

そして、夕日を背景に現れるそのシルエットを見た途端、自分が狙撃手だということも忘れて声を漏らした

 

「───んなッ…」

 

風に揺れる白外套、間違うはずがない、確かにギンガだ

だがどういうわけかあの男は身を隠そうともせず、ただ抜き身の剣を持ちゆっくりと歩いている

 

「…予測線がなくっても、いつでも躱せるってこと…?」

 

出来そうではある

何と言っても最初の出会いの時こちらの射撃をあの剣で防いでみせたのだから

その証拠に───ギンガの視線はスコープの先にいるこちらを見た───ような気がする

 

ゾクリ、とした

 

けれども同時に、馬鹿にされているかもしれないという感情も生まれて

 

「───上等じゃない───!」

 

スコープごしに敵意を滲ませつつも、ギンガの顔を見ながら、引き金にかけた指に力を込めて───

 

 

少しだけ時間は遡って

 

決勝戦が始まって転送されたギンガはきょろきょろと周辺を見渡していた

荒廃した高速道路みたいなステージだな、と適当な感想を思いながらとりあえずいったん遮蔽物の影へと身を隠した

何しろ相手はあのシノン、迂闊に身を出していては一撃で撃ち抜かれてしまう

まぁぶっちゃけ本戦出場は確実ではあるのだからこんな場での勝利くらいくれてもいいのだが、それではいくらなんでもシノンに失礼がすぎる

 

<しかしどうするギンガ。あの小娘の射撃の精度はかなり高いぞ>

「それなんだよなぁ…ズルだけど、ザルバの力を借りようかな」

<ほぉ?>

「ザルバ、お前はシノンの居場所は大まかに把握してるんだよな」

<あぁ、ルール上五百メートル離れた位置にいるぜ。少しして動きが止まったから、狙撃ポイントに身を潜めたのかもしれない>

「なるほど。じゃあ最初の一射の時だけ、合図をくれないか。タイミングが分かればたぶん弾丸を避けれるし、そうすれば予測線も見えるはずだ。それが見れれば斬りに行ける>

<…フフ、本当にズルだなぁギンガ>

「自覚してる」

 

けどこうでもしないと勝負に持ち込めない

いや相手はスナイパーなのだから身を隠しての狙撃も立派な勝負なのだが

赤鞘から魔戒剣を抜き放つと白外套の内側へ鞘を忍ばせ、強い足取りで道路を歩く

 

「シノンの位置は」

<この道路の先。いつでもお前を撃てるはずだ。気を抜くなよ、ギンガ>

 

了解、と返事をしながらいつでも走れる、そしていつでも魔戒剣を振れるように身構えつつも歩みを止めない

ゆっくりと歩を進めながら小さく深呼吸を繰り返し、いつ放たれるか分からないシノンの狙撃の時を待つ

 

<───来るぞ>

 

ザルバの言葉と同時、ギンガも敵意を感じ取る

判断は一瞬

刹那、ギンガは身をかがめて走り出したその瞬間───先ほどまでギンガの顔があった場所を、弾丸が通り過ぎた

 

そして同時に、予測線も視界に表示される

迷いはない、突っ切る

 

 

「うそっ───!?」

 

躱された!?

予測してはいた範疇ではあるが、実際やられるとスナイパーとしては屈辱だ

どうする? ここからの狙撃は予測線が表示されているからほぼ確実に命中させることは難しい

 

(だけど───ッ!)

 

それでもシノンはこっちに向かってきているギンガを狙い、ヘカートを向ける

当てることはできないまでも、気を逸らすくらいはできるはず

接近戦に持ち込まれてしまえば流石に勝ち目は薄い

シノンは必死にスコープを覗き込み、何とか動きを予測しトリガーを引く

相手はかなりの速さだ、正直言って当てれる見込みなんてない

 

「わかってたけど速い…!」

 

とはいえもう予測線は表示されている、とどまり続けるのも危険だ

シノンはその場での狙撃を諦め観光バスから降りて後方へと駆けていく

刹那、後ろの方でダァン! と誰かが着地するような音が聞こえた

おそらく先ほどまで自分が隠れていたバスの天井にギンガが着地したのだろう

 

(…賭けるしかないっ)

 

足での移動などたかが知れている、だったらいっそ迎え撃つまでだ

シノンはバッと勢い良く振り向くとヘカートのスコープを覗きつつ、今もなおバスの天井を駆け抜けているギンガを見やる

そのままギンガは勢いよくバスから〝跳躍〟した

 

ここだ

 

射貫けるとしたらここしかない

どんな相手だろうと、空中という場は動きが制限される

時間にしてはきっと数秒にも満たないだろう

だがシノンにはそのわずかな時間が何倍にも感じられた

狙うは───足だ

 

全神経を動員させる、意識を視線に注ぎ込む

そうしてヘカートのスコープを覗いて───ギンガの眼と合った

引き金が引かれ、ヘカートの銃口から火が吹いた

そして───ガインッ! と金属がはじくような音が聞こえた

 

(───うそっ!?)

 

ヘカートの弾丸がギンガの足を捉えることはなかった

手に持ったギンガの剣が、その弾丸を防いだのだ

だが流石に反動までは防げなかったのか、ギンガは苦い顔をしながら右手に持っていた魔戒剣を手放していた

シノンの手が腰のMP7へと手を伸ばし、構えようとした刹那ばしっ! という音と共にシノンの手からMP7がはじき落された

 

え? と思いそれと同時にからからと地面に何かが落ちるような音がする

僅かに視線を向けるとそこにはギンガが所持しているはずのマグナムが転がっていた

そして同時に、自分からサブアームを叩き落とすために所持していたマグナムを投げつけたのだということを理解する

そのまま撃つと弾道予測線が表示されて気取られるのを防ぐため───

 

「! しまっ」

 

気づいた時にはもう遅かった

魔戒剣を拾いなおしたギンガは、すっとその切っ先をシノンの目の前に向けていた

いつの間にかもう片方の手には鞘の方も握られており、一縷の油断も隙も無い

張り詰めた空気を最初に壊したのは、他でもないギンガだった

 

「ふぅ。とりあえず勝負は俺の勝ち、でいいかな。…けど俺もちょっとズルしたから、試合の方は譲るよ」

「…は、はぁ? っていうか、ズルって…」

 

混乱するシノンの前に、ずいっと彼は左手を見せてきた

その中指につけられているドクロのアクセサリと視線が合う

 

<お前の狙撃の腕は見事だ、完全ステルスなら流石のギンガも射貫かれていただろう>

 

そんなドクロが不意にカチカチと口の部分を動かしながらしゃべった

その事実に「え!?」と驚きつつ、そういえば初めて会った時もこんな声色が聞こえていたなと思い出した

〝これ〟だったんだ

 

<最も、初撃を切り抜けて以降はギンガの実力だ。剣を落としたときはどうなるかと思ったが>

「咄嗟に思いついたのがマグナム投げるだったのがカッコ悪かったかなって思ったけどもね」

 

言ってギンガが苦笑いを浮かべる

そんな中、シノンは一つの問いを投げかけた

 

「…なんで私の照準が予測できたの?」

 

シノンは狙いをつけるとき、間違いなく足を狙ったのだ

ヘカートみたいな大口径の銃はインパクトダメージというものが存在する

至近距離から撃たれればたとえ当たったのが足や腕でもインパクトダメージが発生し間違いなくHPは全損するはずだ

銃についての知識のないギンガがそれを知るとは思えず、ヤマを張るのなら身体の中心を守ろうとするはずなのに

 

「…たとえ遠くても、スコープ越しにシノンの眼が見えた」

「───視線で弾道を読んだっていうの…!?」

 

そんなことができる人間がこの世界に、いいや、この世に存在するだなんて思いもしなかった

戦慄とも違う感覚がシノンの身体に奔る

 

───強い

 

もうこの強さはゲームの枠を超えている

でもなんで…なんで彼は待機ドームであんなにも怖い顔をしていたのだろうか

どうして彼はあんな唐突にシノンの手に縋り付いてきたんだろうか

 

「…それだけの強さを持ってるのに、どうして貴方は震えていたの」

「これは別に強さってわけじゃあない。後から追い付いてきたテクニックみたいなもんだよ」

「嘘よ…。テクニックだけでヘカートはおろか、弾丸なんて斬れるわけない、その強さを身につけれる方法を貴方は知ってるはずよ! 私は、それを知るために───」

 

「…シノン、もし君の引き金を引いて弾丸が放たれたとき、それが現実のプレイヤーを射抜くとしたら、君はどうする?」

 

「───…え?」

 

今彼は何といった?

 

「撃たないと大事な誰かが、もしくは自分が殺される状況になったとして。…君はそのトリガーを引けるかい?」

 

時が凍り付く

その言葉は───〝知っていないと〟出てこない

きっと彼は…自分と同じような〝ナニカ〟を身に秘めているのだ

 

「…もう起きないでほしいけど、たぶん俺は〝斬れる〟。…割り切れたと思ってたんだけど…やっぱりそう簡単に割り切れるもんじゃなかったんだ」

 

言葉の意味はシノンにはわからない

だがやはり彼はある種の恐怖を隠してる

そして待機ドームで次の試合を待っている間に、何かがあったんだ

割り切ったと思っていた闇があふれてしまいそうな何かが

 

ふと、自分でも無意識に左手が動いた

ゆっくりと彼の頬に…白い頬にシノンの手が触れる

一瞬ギンガは驚いたのち、優しく自分の左手でシノンの手に触れるとゆっくりと降ろして

 

「…さて。それじゃあリザインするよ。また本戦で」

「───えっ、あっ…っと…」

 

不意に空気が変わり、冷静さを取り戻したシノンが慌てる

そうだ、これグロッケン中の酒場に生中継されているんだった

なんだろう、そう思うと急に恥ずかしさと苛立ちが込み上げてきた

 

「…いいわ、今回は譲られてあげる。明日の本大会、絶対に生き延びなさいよね」

「───りょーかい」

 

そう笑みを浮かべるとギンガは剣を納刀すると背を向けて「リザイン」と宣言した

 

試合時間おおよそ二十分

バレットオブバレッツ予選トーナメントEブロック決勝戦に終幕がおりた瞬間だった




ふとした瞬間に思い出したくもない嫌な思い出が蘇るってこと、誰だって経験はあるはずだ
だかそれは案外、前を向くきっかけになるかもしれないぞ?

次回 追想

誰もがナニカを抱えてる

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