呼ばるる異名は黄金騎士   作:桐生 乱桐(アジフライ)

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ラフコフ

殺人(レッド)ギルド、〝笑う棺桶(ラフィン・コフィン)

 

二年に及んだソードアートオンラインの攻略期間において、他のプレイヤーからアイテムや金を分捕るオレンジ…いわゆる犯罪者のプレイヤーは初期から出現していた

しかしそれらの手口はせいぜい大人数で囲んでトレードを強要したり麻痺毒を用いて動きを止めて、などという範囲に絞られていた

 

攻撃によってHPを全損させれば現実世界で死んでしまうという事実、そしてその行為に及ぶものは誰もいなかった

当然だ、所詮はゲーマー、リアルの犯罪とは無縁に生きてきたからだ

命という重さに、向き合う覚悟など持っていなかったのである

 

そんな不文律、あるいは暗黙の了解じみたそのルールを破ったのは、一人のプレイヤーの存在だった

 

名前をPoH(プー)

 

一見ふざけたようなネームだが、ゆえにある種の強烈なカリスマを備えていたのだ

 

理由の一つは彼がエキゾチックな風貌で、三か国語を操るマルチリンガルだったということ

日本語に英語やスペイン語のスラングを交え、まるでラップのようなそいつの喋りは周りに集まるプレイヤーの価値観を簡単に変えていった

 

もう一つのカリスマはシンプルにPoHの強さ

 

自在に使いこなす彼のナイフ捌きはソードスキルに頼らずとも容易くモンスターやプレイヤーを切り刻んだ

デスゲーム終盤、友斬包丁(メイトチョッパー)という大型のダガーを手に入れてからのPoHは攻略組のプレイヤーですら恐れるレベルになっていた

ヒースクリフとは違うそのカリスマ性で、PoHは少しずつ、少しずつ己を慕って集まってきたはぐれ者らのリミッターを解き放っていった

 

そしてゲーム開始から一年経った、大晦日の夜

三十人ぐらいの規模に膨らんでいたPoHの組織はフィールドの観光スポットで野外パーティを楽しんでいた小規模なギルドを襲撃、全員を殺害

翌日、システムに規定されてないレッド属性を名乗るギルド〝笑う棺桶(ラフィン・コフィン)〟の結成がアルゴなどのアインクラッドの主だった情報屋に送付された

 

<今のプレイヤー…PoHではないな>

「あぁ。だけど、あんな喋り方した奴は確かにいた。…なんて名前だったか」

 

向こうがこっちを知っている、ということは間違いなく剣も交えているはずだ

だが正直〝あの時〟はそれどころじゃなかったのも相まって、ネームや顔も覚えていない

 

 

笑う棺桶結成から八か月

巧妙に隠蔽されたラフコフのアジトがようやく判明した

殺人の罪悪感に耐えかねたメンバーの一人が、攻略組に密告したのである

その情報を元に慎重に慎重を重ねて偵察が行われ、間違いなくそこがラフコフのアジトだと断定され、大規模な討伐パーティが編成された

聖竜連合や血盟騎士団他の有力なギルドから多くの実力者が名を連ね、依頼を受けたキリトとギンガもその編成に加わった

人数もレベルも上回っていた、出口や入り口を封鎖して無血投降もいけると当時の自分たちは考えてさえいた

だが、向こうに密告者がいたのと同時、極秘に極秘を重ねたこの討伐作戦も、向こうに漏れていたのだ

 

最初にダンジョンに踏み入れアジトに乗り込んだ時、ラフコフは一人もいなかった

ダンジョンの枝道に身を潜めて、後ろから襲い掛かってきたのだ

あらゆる準備を想定しての出来事だった

しかしすぐさまに体制を立て直すと反撃を開始した

だけど、ここでラフコフと討伐隊の差が露見した

向こうは殺人に対する罪悪感や忌避観などが存在していなかったのだ

どんなにHPを削られても投降する素振りを見せない彼らを見て、討伐隊の面々は動揺したのだ

それもやむなしと事前に話はしてあったはずだ

だが、実際その状況に陥ったとき、殺す覚悟など誰も持っていなかったのかもしれない

もちろんギンガもその一人だった

 

本当に覚悟を決めたのは、ラフコフが討伐隊を一人殺したときだった

 

これ以上躊躇すれば、仲間が斬られる―――

 

討伐隊に振り下ろされた剣を弾き飛ばし、ギンガは反撃で一人を斬った

 

そこからは、地獄だ

 

討伐隊からは十一人、ラフコフは二十一人の死者を出した

そのうちの数人は、確かにギンガが殺した

そして捉えたメンバーの中に、PoHの名前はなかった

 

さっきのマントの男は、恐らくその時捕らえたラフコフメンバー十二人のうちの誰かだろう

死んだ人は生き返ることはない、だから亡霊なんて線はなしだ

そんな時、ふと思い立った可能性にギンガは気づいた

あの男の声色、そのまま大きな声で叫んだとしたら一体どうなる

少し前にアラタから送られた音声データが、ギンガの頭の中で再生される

 

 

―――俺とこの銃の名は〝死銃〟…デス・ガンだ!!

 

 

…間違いない、たぶんアイツがデス・ガンだ

ひとまずの目標は達成、と言っていいのだろうか

とはいえSAOから続く形での因縁がこんな展開になるだなんて思いもしなかった

キリトに知らせないでよかったかもしれない

デス・ガンがSAO生還者で、ラフコフ所属の元殺人者(レッド)…などとは

 

ゲームの銃撃で現実のプレイヤーを殺した可能性の高い男

そんなことが起こりうるのか

いいや、だけどいくら何でも―――

 

「なんて顔してるのよ」

「―――ッ!!!」

 

不意に右肩を叩かれてビクッと身体を震わせる

思わず視線を向けるとそこに見えたのは水色のショートヘアの女の子

 

シノンだった

 

眉をひそめて問いかけてきたその女の子に声をかけられて、ようやく気付く

そんなに怖い顔してたのだろうか

 

「ご、ごめん。ちょっと、考え事してて」

「そんなにギリギリのバトルだった? 戻り、だいぶ早かったみたいだけど」

 

シノンと言葉を交えて、ギンガはようやくバレットオブバレッツに戻ってこれた

ここはSAOではない、GGOなのだ

 

「一回戦からそんな有様じゃ決勝なんて夢のまた夢よ、しっかりしなさいよね」

 

そう言って軽く微笑みを作った後右で拳を作ってシノンはギンガの肩を小突いた

そのまま離れる彼女の手を、反射的に手を伸ばして握ってしまった

 

「? …な、なによ」

 

アバターだから暖かさを感じるなんてことはないだろう

けれど、何となくその指から暖かな何かを感じる

少しだけ強く手を握ると大きく深呼吸をして

 

「ごめん。…ありがとう」

 

きょとんとするシノンを尻目にギンガはその手を放す

次の瞬間ギンガの身体は光に包まれて次の戦いの戦場へと転送された

 

暗闇の中、移る画面にはフィールドの名前と、戦いが始まるまでのカウントダウンだけが見える

ギンガは別に装備を変える必要などない、このままで十分である

 

「そうだった。今は目の前に集中しないと」

 

デス・ガンのことも確かに気にはなる

だがそれより先に、まずは目先の戦いのことを考えろ

余計なことは考えなくていい

現れる敵を―――斬れ

 

 

覚悟を決めたギンガはそこから確実に勝ち星を重ねていった

手に持つ得物は一本の魔戒剣とリボルバーマグナム

一度敵と接触すれば後はもうギンガのペースである

瞬く間に相手に近づき、弾丸を搔い潜り、斬り捨てる

神経を研ぎ巡らせて投げられた手りゅう弾なんかを蹴り返したりもした

戦いは四度目―――これを勝てば本戦への切符を手にできる

耳に届く音を頼りに周囲を警戒しつつ、敵を捜す

やがてこちらに向かって飛び出してくる一人のプレイヤーを見かけた

名前は見ていない、斬り捨てる以上意味がないからだ

持っているのはショットガンだろうか? 流石にあれは斬り払うのは難しいか

だがそんな程度は怯むギンガではない

まず適当に足元に向けてリボルバーの引き金を引く

当然それを予期していた相手プレイヤーは動き続け、少しづつ近づいてくる

六発撃ち続けてリボルバーは弾切れを起こし、それを好機と見たプレイヤーはこっちに向かってショットガンを構えた

だがそんなことは百も承知

 

向けられた瞬間、魔戒剣を〝ショットガンの銃口めがけて〟投擲する

 

まさかの行動にプレイヤーは驚愕する

一瞬で飛来した魔戒剣はショットガンの銃口に収まった

これでは引き金など引けない

 

「ま、マジかよ!?」

 

動揺している間に接近したギンガは拳を腹に叩き込み、連撃を浴びせていく

ショットガンを手から離したとき、銃口に入っていた魔戒剣を抜き取ると倒れて悶えるプレイヤーに向かって振り下ろした

 

ふぅ、と息を吐いて調子を落ち着けると転送の時を待つ

待機ドームに一度戻されて気を落ち着けると、すぐにまたフィールドへと飛ばされた

 

対戦相手の名前を見ると、そこに対戦相手の文字列が表示された

次の相手は誰だ

 

誰であろうと、たたっ斬るだけだ

 

◇◇◇

 

今頃もう一つのFブロック準決勝はどうなっているだろうか

シノンはスコープを覗きながらふとそんなことを思った

現在自分が行っている準決勝第一試合はスタートしてはや二十分前後

弾丸はまだ一発も放たれていないままそんな時間が経過していた

ステージは〝曠野の十字路〟と呼ばれる乾燥した高地の中央で二本の直線道路が交差している地形だ

これに勝てれば、本戦へのチケットを入手できるのである

当然対戦相手の〝スティンガー〟もかなりの実力者である

メインは確かカービンライフル、高性能なスコープを備え接近されれば流石に太刀打ちできない

そして二人の位置は必ず五百メートルは離れているはずなので同じブロックに配置されるということもないだろう

向こうの作戦としては狙われているとわかったうえで中央の交差点を突破しないといけないので、ギリギリまでそれを遅らせて集中力を消耗させる作戦でくるだろう

しかしその裏をかき早めに突破する可能性もなくはないのでどっちみちシノンはこうやってスコープを覗くしかないのだ

 

ゆえに、今現在のこの試合は観客から見たらかなり退屈だろう

そして同時に行われている準決勝第二試合はかなり派手な展開になっていることはずだ

何せ向こうはサブマシンガン二丁使いの近距離専門家と、〝斬り裂きジャック〟の異名を持つ剣使いなのだから

集中を切らしてはならないとわかっていてもシノンの思考はあの謎めいた少年へと戻っていく

 

 

一回戦を十分くらいで片づけて待機ドームに戻ったシノンを出迎えたのは新川恭二ことシュピーゲルのお祝いだった

手短に礼を返すと最初のシートに戻ろうとしたときに彼───ギンガの姿を見つけてギョッとした

まさか自分より早く戻ってるとは思わなかったのだ

 

───やるじゃない

 

そう声をかけようとして、今度は別の驚きに見舞われる

勝ったはずなのにどういうわけかその表情は強張っていた

剣一本で今まで戦っているくせに、銃相手の戦闘が恐ろしかったのだろうか?

まさかそんなと思いつつも無意識にシノンはその白外套の肩をそっと叩いていた

 

「なんて顔してるのよ」

「───ッ!!!」

 

びくりと肩を震わせてこちらを覗くころには、彼はいつものような雰囲気に戻っていた

 

「ご、ごめん。ちょっと、考え事してて」

「そんなにギリギリのバトルだった? 戻り、だいぶ早かったみたいだけど」

 

一体何分でケリをつけたのだろう

少なくとも五分以内? ともかく、待機ドームにいる時間は長くないし、ここらで自分も休息を取ろうとして

 

「一回戦からそんな有様じゃ決勝なんて夢のまた夢よ、しっかりしなさいよね」

 

そう言って彼の肩を拳で軽くこつんとした

すると不意に、彼がその手を握ってきたのだ

いきなりなことにびっくりする

 

「? …な、なによ」

 

今この世界にいる私たちはアバターだ

暖かさなんて感じるはずもない───ないはずなのだが、どことなく彼の手からは、何かが感じ取れるような気がして

最後にきゅ、と少し強く握られるとその手を放し

 

「ごめん。ありがとう」

 

なぜか感謝の言葉を述べながら次の瞬間には次の試合へとギンガは転送されていくのだった

手に残った、わずかな感触を確かめながら、シノンもまた次の試合へと転送された

 

 

そんなわけで時間は戻って現在

一キロ先の十字路の左側の陰から何かが飛び出してくるのが見えた

照準を微調整し狙いを定め引き金を引き、狙撃

放たれた弾丸は飛び出してきた何かを射抜きポリゴンへと変えていく

飛び出してきたのは岩の塊だったみたいだ

そしてそのあと、飛び出してきた方向からさらに巨大なシルエットが飛び出してくる

四輪走行車両<ハンヴィー>である

車両系は個人所有ではなく、ステージに隠されており早い者勝ちだ

フロントがへこんでいるのを見るにさっきの岩はこの車が意図的に跳ね飛ばしたものと推測できる

 

運転席にいるであろうスティンガーはシノンのメインであるヘカートが連射できないボルトアクションだと知っているし、自分が通らないといけない十字路で狙っていることも承知している

 

だからまずハンヴィーで十字路に岩を跳ね飛ばしそれを狙撃させ、次弾を装填しているうちに十字路を突破する作戦を立てたのだろう

イイ作戦だ、事実ハンヴィーは十字路の中央へと差し掛かっており、撃てるとしても一発だろう

けどシノンは慌てなかった

冷静に次弾を装填しスコープを覗き込む

そして狙いを定めてトリガーを引く

轟音と共に放たれた弾丸はハンヴィー側面の小さいウィンドウに命中、防弾ガラスを打ち抜いた

その直後ハンヴィーは大きく蛇行、路肩の岩に乗り上げてそのまま横転し壁にぶち当たりハンヴィーは爆発し炎上する

 

いっそ車から降りてれば予測線を見て回避できたかもしれないのに

 

そう思いながらも次弾を装填、ハンヴィーから狙いを離さずそのまま様子を見る

いくら待ってもスティンガーは現れなかった

確実に運転席で撃破できたと思われるが、それでも狙いは離さない

狙撃の体制を崩し立ち上がったのは、空にコングラチュレーションの文字列が刻まれた後だった

 

試合時間はだいたい十九分、準決勝突破

 

本戦への切符を手に入れることはできたが、シノンの意識はすでに次の戦いへと向けられていた

ギンガはこっちより早い時間で勝ち抜いていることに疑問は抱かない

確か彼の対戦相手は両手にサブマシンガンを装備した近距離タイプ

あの剣使いに接近されれば削りきる前に斬り刻まれるだろう

なんせアイツは〝弾丸を斬る〟なんて離れ業をやってのけるのだから

正面で圧倒できる可能性があるのはいっそミニガンでもあればいいだろうがそれも果たして通用するかどうか

 

シノンは両手にヘカートを抱いたまま、次の戦場へと転送されるのを待つ

数秒後、待機ドームに帰還することなくシノンは次の戦場へと転送された

ウィンドウに表示された名前には、予想通り〝Ginga〟の名前があった




色々気になるところはあるが、なかなかどうして大会というのは面白いじゃないか
多種多様な相手を見ていると、こっちも楽しくなってくる
次が最後の相手みたいだな───最後はやはりあの女か

次回 決着

最後に立っているのはどっちだ?

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