エントリーを無事済ませたギンガは彼女に案内されるままに今度は控え室へと歩を進めていた
とはいってもギンガは基本的にこの白外套一つですべて事足りるので着替える必要はないのだが、念のためというやつである
ちらりとプレイヤーの間を歩きぬけるシノンの様子をうかがう
彼女は慣れたものなのか屈強な男性プレイヤーの視線に気負うことなく堂々とした姿を見せている
周囲のプレイヤーもシノンの脅威を知っているのかわざわざ膝に乗せた銃の排莢を見せている者もいる始末だ
対策とられて後で泣きを見なければいいのだが
「一応案内したけど、そういえば貴方着替えるの? 前会った時もそんな恰好だったと思うけど」
「いや、俺は大丈夫だよ。とりあえず君を待つことにする」
「わかった。それじゃあ少し待ってて」
そう言って彼女は控え室へと入っていった
ちらりと見えた内部の様子はロッカールームっぽい内装だったから、そこで装備を変えるのだろう
そういえば購入したマグナムをつけていなかった
ギンガはさっとメニューを表示させるとサブアームに購入したマグナムを装備させる
弾丸も一応多めに購入はしたが、リロードなんて自分にできるのだろうか
次元みたいに三発一遍にリロードするなんて芸当はっきり言ってめちゃんこ練習しないと不可能だろう
こうなったら六発撃ち切ったら潔く魔戒剣に切り替えてたたっ斬ったが早いかもしれない
戦いのスタイルは自由なのだ
「ごめんなさい、それじゃあ行きましょうか」
やがていつぞや相まみえた戦闘服に着替えたシノンが出てきた
緑色を基調とした、少し扇情的な彼女のスーツ
水色の髪に妙にマッチしたそのスタイルは普通に綺麗なものだ
◇
ドーム中央のホロパネルには予選開始までのカウントダウンが表示されている
刻々と迫る時間を見ながら、シノンはギンガに向けて言葉を口にした
「あのカウントダウンがゼロになったらここのエントリー者は全員どこかにいる予選一回戦の相手と二人きりのバトルフィールドに自動転送される。フィールドは一キロ四方の正方形、地形や天気、時間はランダムで、最低五百離れた位置からバトルスタート、勝敗が付いたら勝ったものはここの待機エリアに戻り、負けたものは一階のホールに戻される。負けても武器のドロップはなし、勝ったとして、次の対戦相手の試合が終わっていればすぐに二回戦開始、終わってなければそれまで待機。Fブロックは六十四人だから―――」
「五回勝てばいいのかな?」
「えぇ。そうすれば決勝進出、本大会の出場権を得ることができる。…何か質問は? 今の間なら受け付けるわよ」
「いいや、大体わかった。…ほんと、色々ありがとうな。迷惑かけて悪かったよ、色々と」
「いいわよ別に。その代わり絶対決勝に上がってきなさい、絶対に撃ち抜いてやるんだから」
そうシノンに言われ苦笑いをギンガは返す
ここに来る間のいろいろで結構仲良くなれたとは思う
しかしそれはそれ、これはこれ、戦場で出会ったときは全力で相手をせねばスゴイシツレイに値するだろう
モニタを覗くとまだ時間まで五分ほどある
何か適当に世間話でもしてみようかと思った時、こちらに近寄ってくる足音を耳にした
視線を向けるとこちらに…というよりは、シノンに向けて歩いてくるのは、一人の男性プレイヤーだった
銀の髪をした、背の高い男のプレイヤー
「遅かったねシノン、遅刻するかと思って心配したよ」
「こんにちはシュピーゲル、ちょっといろいろあって時間食っちゃって。あれ、でもあなたは出場しないんじゃ…」
「迷惑かなって思ったけど、応援に来たんだ。ここなら大画面で中継されるからね。それにしても、いろいろって…?」
「えぇ、ちょっとそこの人に色々案内してたっていうか…」
そう言ってシノンはこちらに向かって視線を向けてきた
向けられたギンガはなんて反応すればいいか戸惑いつつもとりあえず何かを話すことにした
「すいません、困ってたところを彼女に助けてもらいまして。ギンガって言います」
とりあえず無難な言葉を紡いでおく
もしかしたらシノンのボーイフレンドか何かなのだろうか
気安い感じもしてるし結構親し気だしこれはもしかすると自分邪魔なのでは?
しかし一瞬―――彼がこちらに見せた敵意を乗せた視線にギンガはわずかにピクリと、指を動かす
なんだ? とは思ったがその気配は本当にあっという間でシュピーゲルと呼ばれた彼は
「そうだったんですか。初めまして、僕はシュピーゲルといいます」
そう言って微笑みと共に右手を差し出してくる
差し出されたその手を返さないわけにもいかず、ギンガは握手を返すと荒々しいエレキギターのようなサウンドが鳴り響いた
その後には合成音声でこう続く
<大変長らくお待たせいたしました。只今より、第三回バレットオブバレッツの予選トーナメントを開始いたします…エントリーされたみなさまはカウントダウン終了時に一回戦のフィールドに転送されます。では、幸運をお祈りいたします…繰り返します…>
その音声が聞こえたと同時、ドーム内に盛大な拍手と歓声が巻き起こった
色々な騒ぎ出す喧騒の中、シノンは立ち上がるとこちらに右手の人差し指を突き出して
「決勝まで上がるのよ。絶対に撃ち抜いてあげる」
「決勝で戦うのも悪くないけど、君との決着は本戦とやらでつけたいな」
「それは同感。―――でもまずは、目の前の戦いからよ」
二十秒のカウントがゼロに近づき転送に備えるべく座っていた椅子からギンガも立ち上がり少し前に進んだ
再度ちらりとシュピーゲルの方へと視線を向ける
こちらに向けてくる鋭い視線には明らかな警戒と敵意が見え隠れしている
なんかやったかなと思いはしたがとりあえず目の前の戦いに集中することにした
◇◇◇
転送された場所は真っ暗闇に浮かぶ六角形のパネルの上に転送された
目の前に薄い赤色のウィンドウがあってその上に〝ギンガ VS 餓丸〟という文字列
<ウエマルでいいのか?>
「ガガンかもしれないぞ」
ザルバとそんなやりとりをしながら、ほかに何か情報はないかと視線を動かす
するとウィンドウの下部に〝準備残り時間 56秒 フィールド 失われた古代寺院〟という文字列が見えた
となるとこの時間はフィールドに適応した装備にするために時間というわけか
まぁだいたい剣一本で潜り抜けてきたので正直些事ではあるのだが
フィールドについてもぶっちゃけあんまり知識はない
プレイしてはいるのだがフィールドの名前になんて気にも留めていなかったし、そもそもそんな名前のフィールドとかあったんだレベルである
しかし大会があるというのは知らなかった
野良で狩り続けても限界があっただろうし、こういうとこなら目立てるのではなかろうか
もしかしたら本命のデスガン本人がこの大会に出てくることもあるだろう
やがてカウントがゼロになるとギンガの身体を光が包み込んでいく
バトルフィールドへの転送が始まったのだ
思考を切り替え目の前の戦いに集中する
ウエマルだかガガンだか知らないが、躊躇なく斬らせてもらおう
◇
視界がクリアになってまず入ってきたのは陰鬱な黄昏の空の下
風が吹きすさび足元の草が揺れ、空の雲は流れている
そして傍らには巨大な円柱、三メートルくらいの感覚を開けてコの字状に連なっている
何本かは折れていて、いかにもな廃墟らしさを漂わせる
そんな考察を追々に、ギンガは周囲を確認する
周囲に敵影はなし、それもそうか最低でも五百メートルは離れているのだ
恐らく姿を隠してこっちににじり寄ってきていることだろう
さてどうしたもんか、と考える
これが釣りとかなら永遠に待てるのだがこれはバトルである
幸いこのフィールドはタイマン勝負、神経を研ぎ澄ませているのなら、どんな状況でも対応できるだろう
「―――ふぅー」
一つ息を吐いて感覚を鋭くさせる
ここら辺は草が生い茂っている、紛れるのなら草の中
不意に風が吹きわたる
刹那、ギンガの目の前の草むらから音もなく人影が現れる
構えたアサルトライフル、顔の上を覆うゴーグルに擬態用の草が伸びたヘルメット
間違いない、アイツが敵だ
視認したのなら簡単だ
突っ切って、ぶった斬る
ギンガは視線を逸らすことなくウエマルに向かって走り出す
当然ながらウエマルもただ見ているだけではない
こちらに向かってアサルトライフルをバラララと撒いてくる
ギンガは予測線から自分に当たる弾丸だけを選別し持っている魔戒剣で切り払っていく
「嘘だろっ…!!」
ウエマルのそんな声が聞こえる、がもうここは自分の距離である
コンバットナイフを取り出そうとするウエマルに向かって魔戒剣を振り下ろし、そのまま一刀両断
一気にウエマルのH Pはゼロになり、そのままポリゴン片となって散っていった
◇◇◇
とりあえず一回戦は無事突破と思っていいだろう
これをあと四回繰り返せば本大会への出場権が手に入る
そんなことを考えている内に青色の転送エフェクトがギンガの体を包み込んでいた
っていうか結局購入したマグナム使わなかったな
どっかのゲームみたいに片手にマグナム、片手に魔戒剣みたいなスタイルでもいいだろうか
某維新のようなあんな感じ
とかなんとか考えていると、転送したときと同じ場所に戻ってきていた
シノンはまだ戻っていないようだ
シュピーゲルはドーム中央寄りの場所でモニターを見上げている
目線をモニターに向けるとそこには戦いの様子がいくつも映し出されていた
<今している数百の試合の中から交戦している試合だけをピックアップしているのだろうな>
「なるほどね」
どら、それじゃあこっちもシノンを探してみようと少し足を動かす
彼女の特徴的な髪の色を探せばすぐに見つかるだろう―――そう思ったその時である
「お前、ホンモノ、か」
びくり、と身体が震え一気に声のした方向へ振り向く
幽霊か? とも一瞬考えてしまったがそんなことはなかった
しかし外見はまさしく幽霊、全身ボロのダークグレーのマントに、フードの中にはドクロみたいなマスクの目が怪しく赤く光っている
「…誰だお前。質問の意味がわからないな」
ダークグレー野郎に視線を向けながら、ギンガはそう返した
そいつはもう少しギンガへと距離を詰めながらもう一度言葉を発する
「試合を、見た。剣を、使ったな?」
「…何か問題でもあるのか?」
「―――もう一度聞く。お前は、〝ホンモノ〟か?」
ずい、と顔を近づけてきたその無機質な言葉に、ギンガは直観で悟った
目の前のこの男を、自分は知っているのではないか? ということに
口ぶりから察するに、GGOでは会ったことはないだろう、となると可能性は二つに絞られる
ALOか、SAOのいずれかだ
思考している最中、幽霊男が動く
不意にトーナメント表をギンガにも見える位置で表示させると、ギンガの名前を拡大させた
ギンガの名前を再度視認したとき、そいつはまた言葉を発した
「この名前に、あの剣技。お前、ホンモノなのか」
その言葉で、ギンガは意識を目の前の男に集中させる
向こうは確実に自分を―――〝ギンガ〟を知っている
この男は自分と同じ―――〝
何でこんなところでそんな奴が話しかけてきたのか、正直意味が分からない
ふと、トーナメント表を消してマントの下に戻ろうとした細腕のある一点に視線がいった
そこにはあるタトゥーが刻まれている
そしてそのタトゥーは、ギンガの記憶に刻みついているのと全く同じものだった
〝笑う棺桶〟
ラフィンコフィンのタトゥーである
「…質問の意味が、分からないか」
「―――あぁ、見当もつかないね」
「…ならばいい。だが、〝ホンモノ〟なら―――いつか殺す」
振り向きざまに去っていったその幽霊男は確かに殺意を乗せてそう言った
<…おいおい、厄介なのに目を付けられたな>
「全くだよ。…本当に」
憎々し気にギンガは呟く
どうやら過去の因縁というものは―――そう簡単に逃がしてはくれないらしい
自分では吹っ切ったと思い込んでも、思いのほか心の奥深くに根付いているときってのは多々あるぜ
ギンガ、重ねて言うが本当に厄介なやつに目を付けられたな
次回 〝ラフコフ〟
それは、忌まわしき呪いの記憶