呼ばるる異名は黄金騎士   作:桐生 乱桐(アジフライ)

25 / 29
記憶

散々な時間だった

 

ガンゲイルオンラインからログアウトして、シノンから朝田詩乃へと戻った彼女は上半身を起こしてふぅ、と一つ息を吐く

あの場に現れた巨大なモンスターはあの黄金の鎧をまとったプレイヤーがなんと一撃で葬ったのだ

そしてその後鎧を外すとこっちに向けて一言「それじゃ!」と言ってすぐさまいずこかへと走り去ってしまった

 

けど、あのプレイヤーの実力は本物だと詩乃は思う

とはいえまさか弾丸を斬るとは正直思わなかった

恐らくダインたちは自分たちが駆け付ける前に倒されてしまったのだろう

 

 

時間を見やると、いい時間だ

これ以上は明日の学業に響いてしまうだろう

 

「…今度は、絶対に撃ち抜いてやる…」

 

誰にでもなく詩乃は呟くと身だしなみを整えて、就寝するのであった

 

 

◇◇◇

 

 

珍しく、早見幸衣―――サチの心は舞い上がっていた

退院して何度か待ち合わせとかすることは何度かあったがそれは大抵お買い物とか、大河の友人であるアラタを挟んでいる場合が多かった

 

けど今回は違う

 

―――その…偶には普通に遊びにでも行ってみようか

 

まさかの誘いに幸衣のテンションは上がり、久しぶりに心が躍る

生まれて初めて着ていく服に悩んだり、髪型とかを確認してみたりもした

そもそもデートなんて初めての経験すぎて少し明日奈にも相談したくらいだ

 

いつも通りでいいんじゃない? と明日奈からの助言を貰い、あんまり派手すぎない、それでいてなるべくいつもの自分を心掛ける服装をチョイスして、幸衣はのんびりと待ち合わせ場所に向かっていた

向かっていたのだが

 

「…?」

 

視線の先―――お店とお店の間…路地裏とでもいえばいいのだろうか

そこに三人の女子高生が入っていくのが見えた

しかしそれは真ん中の女子高校を横二人の女の子が連れ込んでいるようにしか見えない

もしかしたら、カツアゲとかなのだろうか

 

女の子が女の子に?

 

気になった幸衣はその路地の入り口からそっとのぞき込んでみることにする

 

そこにはさっき入った三人とは別に、もう一人リーダ格っぽい女子高生がいた

まるでタバコを吸うかのように飴でも舐めているのか、咥えた棒をその辺に吐き捨てると、連れ込まれた女子高生に向かって手でピストルを作ると、それをその子に向けた

 

(…指の鉄砲?)

 

正直意味がわからなかった

弾丸でも出るわけないし、新しい脅迫の形なのだろうか

そう考えていた幸衣の思考とは反対に、連れ込まれた女子高生の身体がわずかに震え始めた

いや、時間が経過するに連れて遠目でもわかるくらいにその女の子は震えていく

怯えている?

 

(ど、どうしようっ…)

 

何とかしなければ

だけど付近には警察の人とかはいなさそうだし、と周囲にを見渡した時、一人の見慣れた男性を見つけた

鑑祢アラタだ

 

幸衣は思わず大きく手を振ってこちらの存在をアピールする

向こうが気づいてくれるのは思いのほか早かった

少し駆け足で彼は近くに歩いてきて怪訝な顔をしながら

 

「どうしたの? 今日って大河とどっか行くんじゃないっけ」

「そ、そうなんですけど…! あれ…」

 

そういって少し身を隠しながら幸衣は路地の方を指さした

釣られてそっちを見たアラタはその光景を見てなんとなく察したようだ

 

「カツアゲか。…女子のカツアゲとかあるんだなぁ」

「こ、こういうときって、やっぱり警察とかに電話した方がいいのかな?」

「それは最終手段だよ。学園都市なら俺が出張れるけど、そうじゃないから…まぁここはわかりやすく」

 

そういってアラタはん、んっ、と軽く咳払いすると少し声を大きくあげながら路地裏にいる女子高生らを指さしながら叫んだ

 

「こっちです!! こっちにカツアゲしてる人いますよ!! 警官さん!!」

 

路地にいる連中はもとい、周囲にも聞こえるレベルの声量でアラタは叫んだ

ドラマとかアニメとかでこういう演技などはよく見るが、実際に実演する人は初めて見た

手慣れてるんだなぁ、と思わず他人事みたいな感想まで心の中でしてしまった

 

効果はてきめんだった

カツアゲをしていた連中は「やべ!?」などの声を漏らし素晴らしい速度で路地から駆け出していき、アーケードの人混みに紛れてあっという間に消えていった

眼鏡をかけた女の子は思わずその場に膝をついて何度も深呼吸をしているようだ

 

「だ、大丈夫ですかっ!?」

 

思わず幸衣は駆け寄ってその背中をさする

小刻みに身体は震え、両腕で自分を抱き、落ち着けようと必死な様子だった

こんな時何もできない自分が恨めしい、ただ背をさすって、「大丈夫…」と言葉をかけるくらいしかできなかった

やがて彼女も落ち着いたのか、大きくもう一回呼吸を吐いて空気を吸うと幸衣へと視線を向ける

 

「あ、貴女は…?」

「っ! ご、ごめんなさい…勝手に身体とか触ったりして…」

 

落ち着いたのを確認すると幸衣は手を放して少し後ろに下がる

今でも大きく深呼吸しているが、さっきよりはマシになったと思う

そんな時また路地に駆けつけてくる一人の男の子が走ってきていた

 

「あ、朝田さんっ! 大丈夫!?」

 

どうやら騒ぎを聞いてここに駆け付けた友達だろう

見知らぬ我々がいるよりは、見知った人がいた方が彼女も安心なはずだ

アラタはその男の子に向かって

 

「友達?」

「え、あ、はいっ…」

「そうか。じゃあ後はお願いしていいかな、そっちの方が、その子も安心できる。…そろそろ行くよ、早見さん」

「うん。友達がいる方が安心だものね。それじゃあ」

 

短く挨拶を交わしてアラタと幸衣はその場を後にする

背中の方でなんとなくの事情を察した男の子が少し大きな声で「ありがとうございましたっ」と言ってきたので軽くそちらに振り向いて手を挙げて返す

幸衣も同じように振り向いて軽く手を振って返事をすると今度こそその場を後にした

 

「大丈夫かな、あの女の子」

「それはなんとも。何回か見かけてヤバいって判断したなら警察と学校に連絡するけど…」

 

少なくともこれ以上は余計なお世話になる可能性もある

とりあえず今の時点で部外者にできるのはこんな所だろう

 

「ところで、約束はいいの?」

「あ、そうだった。変なことに巻き込んでごめんなさい! それじゃあっ!」

 

すっかりいろいろあって忘れかけてたことを幸衣は思い出し、走り出す

そんな背中を見送ってアラタは一人ふふ、と小さい笑みを漏らす

 

「やれやれ、すっかり青春してるなぁ」

 

微笑ましいったらありゃしない

そんな感想を漏らしながらアラタもまた知人との約束の場所に向かうのだった

 

 

「…ただいま」

 

あの後喫茶店で友人である新川恭二と談笑をして、夕ご飯のために少し早めに帰宅する

家へと帰ってきたシノン―――朝田詩乃は小さい声で言葉を呟く

一人暮らしゆえに帰ってくる言葉はない

 

ちらり、と詩乃はあるデスクへ視線を向けた

そのデスクの引き出しにはあるものが入っている

それは一丁のモデルガン

名前は〝プロキオンSL〟

ガンゲイル・オンラインに登場する実在しない光線銃だ

ハンドガンながらフルオートを有し、モンスター専用のサイドアームとして人気がある

しかし引き出しにあるそれは一般販売されているものではなく、約二か月ほど前にBOB…バレットオブバレッツに参加して数日後、GGOの運営体である〝ザスカー〟からアカウントにメールが届いた

すべて英文で書かれていたために読み解くのに苦労したが内容は参加賞としてゲーム内で賞金かアイテム、あるいは現実で先ほどのプロキオンのモデルガンを受け取るか選択せよ、という内容だった

 

詩乃は熟考し期限ぎりぎりまで悩みながらも―――プロキオンのモデルガンを受け取ることを選択した

 

それは今現在自分でGGOで行っている〝荒療治〟の効果を確認するためだ

 

現実世界で指で鉄砲の構えを見るだけで嫌な記憶がフラッシュバックするのに、それを克服するためにGGOで荒療治を行っている

 

そもそも、なんで銃にトラウマがあるのか

 

それは朝田詩乃が幼少のころに体験した、ある〝記憶〟が由来している

 

 

朝田詩乃は父親の顔を知らない

記憶がない、という意味合いではない、文字通り写真やアルバムに写っている父の顔を見たことがないのだ

二歳にもならない頃に、交通事故で他界したと聞いていた

 

小学五年生のころだった

詩乃は母親と一緒に郵便局へ出かけていた

母親以外に客はおらず、その母親は窓口で書類を提出している間、詩乃は局内のベンチに腰掛けて何らかの本を読んでいた

きぃ、とドアが開いた音がしたと思うと、そこから一人の男性が入店してきた

灰色の格好をした、ボストンバッグを持った瘦せた中年男性だった

 

男は入口で足を止めて周囲を一度ぐるりと見まわし、そこで一瞬詩乃の目が合った

目の色が妙だと感じた

そんな彼女が訝しむ間もなく、男は窓口へと歩いていき、手続きをしていた詩乃の母親を突き飛ばした

母親は突然の出来事で声も上げられず、そのまま倒れこみ、目を見開いていた

そのまま男はカウンターにボストンバッグを置いてその中から黒光りする何かを職員に突き付けた

 

それは、子供の目から見ても、一発でわかるほどの、本物の拳銃だった

 

「この鞄に、金を入れろ!!」

 

枯れた声で男が騒ぐ

 

「両手を机の上に出せ、警察のボタンを押すな!! テメェらも動くな!!」

 

拳銃を左右に動かしておくにいる職員にもそういった

その時詩乃は外に助けを呼ぶべきかどうかを考えた、が母親をここに残してなんて行けなかった

思考しているうちに男がまた叫んだ

 

「早くしろ!! 有り金全部だ!! とっととしろ!!」

「は、はいっ!!」

 

一人の男性職員がそう返事して、顔を強張らせながら一つの札束を差し出した、その瞬間だった

 

ぱぁん! と一つの甲高い音が鳴り響いた

 

局内の空気が張り詰めたような気がした

そして何かが壁に当たって、ころころと詩乃の足元に転がってくる

金属製の細長い筒だ

顔を上げると、先ほどの男性職員が胸を抑えながらそのまま後ろに椅子などを巻き込んで倒れこんだ

 

「ボタンを押すなって言っただろうが!!」

 

男の声は裏返っている

苛立ちを隠さないまま、男は奥にいる女性職員ににらみを聞かせて

 

「おいお前!! こっち来て金を詰めろ!!」

 

男の声が響く

しかし女性職員らは首を横に細かく振るだけで動こうとはしなかった

否、きっと動けなかったのだろう

そういう対処についてのマニュアルは頭に入っているのだろうが、いざそれが現実になると頭の中で処理が追い付かなかったんだ

 

男はさらに苛立ちを募らせてカウンターの下部を蹴っ飛ばす

どがん、という音に驚き女性職員らはしゃがみこんだ

男は体を客用のスペースへと向き直って

 

「早くしねぇともう一人撃つぞ!! おい!! 撃つぞっ!!!」

 

男が狙いをつけたのは、今も倒れたままで身動きができなかった―――詩乃の母親だった

 

判断は一瞬だった

 

 

お母さんを守らなきゃ

 

 

本を投げ捨てて詩乃は駆け寄ると男の右手首にしがみついて思いっきり嚙みついた

子供の鋭いその歯は容易く男の皮膚に食い込んだ

 

「いっつ!?」

 

その拍子に男は銃を手から離して落としてしまった

男はそのまま詩乃ごと右手を振り回す

ガン、とカウンターにぶつかって背中に痛みが走る

地面へとへたり込んだ詩乃の視界に、先ほど男が落とした拳銃が移る

思わず詩乃はその拳銃を手に取った

 

「か、返せ!!」

 

男がそう言って強引に銃を奪い返そうと掴みかかる

どうすればこの状況を切り抜けられる

どうすればお母さんを守れる

子供ながらに考えた詩乃は、その決断をする

どうにか持っていた拳銃の引き金に指をかけ、銃口が男の方へ向いたその時―――その引き金を引いた

 

ダン! と火薬が弾ける音がした

 

男は胸を押さえながらうずくまる…が、まだ〝止まって〟いなかった

血走った眼光はまだ詩乃を捉え、なおも襲い掛かってくる

このままじゃあ殺される

自分も、母もこの男に殺されてしまう

この男を―――〝停止()〟めないと

 

続けて詩乃は引き金を引く

 

ダン、と火薬が弾けた音がもう一回

今度は肩に弾丸が当たった

服の上に血が滲み、服に空いた穴がそれを知らせる

だけど、また男は止まらなかった

藁にも縋るような想いで、詩乃はもう一度拳銃の引き金を引く

 

ダン、と火薬が爆ぜ、弾丸が飛び出した

飛んだ弾丸は真っ直ぐ進み、男の顔に命中した

男はのけぞって倒れたまま、動くことも、うめくこともなかった

 

守れた

 

詩乃は最初に考えたのはそんな感情だった

息も絶え絶えに、詩乃はちらりと母親の方を見る

こちらを見る母の顔は、恐怖で染まっていた

その表情の意味が分からず一瞬きょとんとするのも束の間、ようやく詩乃は自分が何を持っているのかを思い出し、視線を両手に向ける

 

そこには、黒い拳銃を持った自分の腕と、飛び散った返り血

 

ひ、と声が上ずった

そしてこちらにゆっくりと侵食してくる赤い液体

それは目の前で絶命した男の血液

幻覚かもしれない、だけど足に伝わってくるその生暖かい感覚に偽りはなくて―――

 

 

「―――はっ! あ、あぁ…!!」

 

呼吸が出来なくなってくる

身体がガタガタ震えてくる

寒気と悪寒が一緒になって襲ってきて、よくわからない恐怖が詩乃の身体を包み込んでくる

詩乃はどうにか全力を持って手に持っていたプロキオンのモデルガンを放り投げる

 

グラついた体に活を入れて、口元を抑えながら彼女はトイレへ駆け込んだ

そのまま彼女は膝をつくとこみ上げてくる吐き気を全部吐き出すように便器に吐しゃ物を嘔吐した

吐き出しつくし、顔やら口を何度も洗いすすぎを繰り返してようやく詩乃は部屋に戻ってきた

タオルを使ってプロキオンのモデルガンを覆いながらそれをタオル越しに握るとそれを元あった場所に戻すと引き出しを閉める

 

そしてそのまま精魂尽き果てた様子で詩乃はベッドに身を投げた

僅かに濡れた前髪についた水の雫は布団を塗らす

両目から流れる涙をぬぐう気力もなく、詩乃はうわごとのようにつぶやいた

 

「…たすけて…。だれか―――たすけて…」

 

その言葉を聞き届けるものは、誰もいない




なんだかんだ、お前もここに慣れてきたんじゃないか?
今となってはジャック・ザ・リッパ―だなんてあだ名までできたみたいだ
何? バレットオブバレッツ? おい女、なんだそれは
そいつは全く知らない情報だぜ? 

次回 BOB

しかし大河、情報収集を怠りすぎたな

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。