呼ばるる異名は黄金騎士   作:桐生 乱桐(アジフライ)

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だいぶ間が空いてしまった
待ってはいないと思いますけど楽しんで頂けたならば幸いです

次回はカットされる部分があるかもです

とりあえずどうぞ


邪神 Yotunheimu

「はっくしょい!!」

<あら。女の子とは思えないクシャミね? 聞きつけた邪神が来ちゃうかも?>

「ぅぇ!? こ、怖いこと言わないでよシルヴァ…」

 

そう言われたリーファは慌てて口元を押さえた

幸いにも入口から入り込んでくるのはひらひらと待っている雪片だけだ

それらも祠の床にある焚き火の方に近づいていくと空気に溶けていく

ちらりともう片方の人物にレイは視線を向けてみる

そこにはこっくりと首を動かし居眠りしているキリトの姿があった

彼の膝下にはユイの姿も見える

見かねたリーファはキリトの耳を引っ張って小声で「おきろー」などと言っているが彼はそのままこてんとぶっ倒れリーファの膝ですーすー寝息を立て始めた

 

「はは。一回寝ると中々起きれないタイプだな」

「ホントです。お兄ちゃんみたいなんだから、もう」

「まぁ、居眠りすんのも無理はない、けどな」

 

レイは言いながら視界右下に表示されている現在時刻へ目を向ける

今現在の時刻は、深夜の午前二時、普通なら爆睡している時間帯だ

ログアウトするのならここで体を横にしてスヤァ…と睡魔に身を任せれな簡単にログアウトできるのではあるが、今はそう出来ない事情があるのだ

 

「…っていうか、レイさんは眠くないんですか?」

「俺? まぁ俺は夜型でもあるし…なんてな。気合で眠気吹っ飛ばしてんの」

「睡魔って気合でどうにかなるもんでしたっけ。…まぁいいや、とりあえず、キリトくん起こさないと」

 

覚悟を決めたように彼女はその拳を握り締め、グーの形を作る

そしてそのゲンコツを黒髪の真ん中あたりにぶちかました

キリトは「ふおはっ」と謎な悲鳴をあげながら起き上がる

両手を押さえてキョロキョロする

そんなキリトに向かってリーファはにっこりと笑顔を浮かべて

 

「おはよ、キリトくん」

「…お、おはよう」

 

スプリガンのキリトはしょぼくれた顔を向けてきながら問いかけてくる

 

「…寝てた?」

「あぁ。気持ちよさそうにぐっすりだったぜ? リーファの膝で」

「うおぅ、そりゃあ失礼、お詫びに俺の膝を―――」

「いりません」

 

そんなやりとりを交えながら、レイはちらりと外の方を見てみる

そこは案の定闇の中を雪が舞うだけで、動くものは見当たらない

 

早い話、ログアウト出来ない事情をまとめると、である

 

リーファとキリト、レイ、そしてユイと彼ら御一行はこの地下世界ヨツンヘイムの奥底に絶賛閉じ込められているのだ

ゲームの離脱だけならここでも可能ではあるが、そうなるとアバターだけがここに残る

この放置アバターがよくわからないが敵を引き寄せる

襲われれば無抵抗でがりがり体力を削られて、あっという間に<死亡(ゲームオーバー)>となり、シルフ領スイルベーンに戻されてしまう

が、それじゃあお前何のためにここまで来たんやねん、ということになってしまうのだ

我々の目的はアルブヘイム中央都市、アルンへとたどり着くこと

途中でトイレ休憩とかをとったけれども連続でログインしていてはや八時間を越えようとしていた

目的地はまだ遥か遠くにあり、すぐには到達できそうにないので、最寄りの宿屋でログアウトしようということになったのだが

 

<しかし驚いたわね。あの村全部が擬態だったなんて>

「…降り立った時点でNPCの住民がいない時点で察するべきだったな」

 

ちょうど同じことを考えていたのか、同じタイミングでキリトとリーファが深い溜息をついた

 

「…誰よ、アルン高原にはモンスター出ないなんて言ったの」

「リーファだけどね」

「きこえません」

 

やる気のないボケとツッコミを繰り広げるキリトとリーファ

降り立ったその時、人っ子一人いないことに疑問を抱いたが流石に宿屋にはいるだろうと一番大きい建物にはいろうとした時である

村を構成していた大きな建物三つが一気にどろりと崩れ落ち、地面がバガンと大きく割れた

村に見えたのは巨大なミミズ型のモンスターが口の周りの突起を変化させて作っていた疑似餌だったのだ

あまりに唐突な出来事に一行はそのまま飲み込まれてしまい、三分弱の消化器ツアーの末にどっかにんべっと放られた

どういう訳か翅が展開できず、三人はそのまま一直線に雪に埋まり込む

もがいて雪から引っ張り出したリーファが最初に見た光景は夜空の代わりに果てなく見える岩の天涯

洞窟の中にいたなら飛べないわけだ、と思いながら視線を巡らした瞬間、エラいもんが目に飛び込んできた

 

邪神級モンスターである

 

すぐ近くで顔を出したレイも流石に顔を青くし、さらに横でなにか喚こうとしたキリトの口を全力で塞ぎ、リーファとレイは悟った

どうやら自分たちは広大無辺、ALO最大難度のダンジョン、ヨツンヘイムにやってきてしまったのだということを

 

「…そもそも、俺このヨツンヘイムの知識ゼロなんだよな…」

 

眠気を追っ払ったキリトがキリっとした瞳を外の暗闇に向けながら呟いた

 

「ここに来る前、レイが言ってたじゃんか。あの金額稼ぐならヨツンヘイムで邪神狩りとかなんとか」

「あぁ、確かに言ってたな。…っていうか、お前どうやってあんな金額稼いだんだよ」

 

不意にレイが聞き返したその問にキリトはえー、あーなんて言いながらこう答えてきた

 

「その、あれは、俺も譲ってもらっただけなんだよ。以前このゲームやり込んでた人が引退するからって」

<なるほど、それなら納得ね>

「引退するプレイヤーが知人に金や装備を渡すのはよくある話だしな。…ところで、邪神狩りがなんだって?」

 

不意にさっきの言葉を思い出したレイが話を戻す

 

「あぁ、レイのその言葉から察すると、ここで狩りをしてるプレイヤーもいるって、ことだよな」

「まぁいるにはいるな。一応さっきのミミズからくるルートに加えて、自力でいくルートが…」

 

そう言ってレイはマップを呼び出し、それを覗き込むようにレイとリーファが動く

場所はどのあたりか、なんて思い出しながらレイは指を指して

 

「ここと、ここ、んで、こことここだったかな。あいにくまだ俺も行ったことないから全容はわかんないけどな」

「最寄りの階段は西か南のやつですね。けど、階段は全部邪神が守護してますし…」

「そういえば、その邪神ってのはどんくらい強いの?」

 

不意にキリトが聞いてくる

レイはあっけらかんとそれに答えた

 

「まぁ俺らじゃ瞬殺だろうな」

「絶狼の鎧があっても?」

「纏う前にやられるか、纏えても戦えるかわからんね。まぁ纏えればそこそこ戦えるかな、あくまでそこそこな」

「ユージーン将軍は十秒持たなかったって噂もありますもんね」

「…そりゃあまた…」

 

戦闘で倒して脱出する見込みはなし、今のところの可能性は狩りにくる大規模パーティーに合流して一緒に地上に戻るくらいではあるが、あいにくとこのヨツンヘイムはまだ実装したばかりらしく降りてくるパーティーの数は常時十以下しかないらしく、偶然ここに下りてくる可能性ははっきり言って少ないだろう

おまけにここは日光の届かず、翅の回復が出来ないから飛んで移動することもできないのだ

 

「…リアルラックが試されるなぁ。…おーい、ユイ、起きてくれ」

 

力のない笑みを浮かべると、彼は自分の膝の上で眠っているユイの頭をコツンと叩いた

呼びかけるとまつ毛を二、三回震わせながら大きく背伸びをして、あくびを一つ

 

「ふぁ…おはようございます、パパ、リーファさん、レイさん、シルヴァさん」

 

眠気と戦いながら健気に挨拶する妖精にキリトは優しく語りかける

 

「おはようユイ。残念ながらまだ夜で、場所は地底だけどな。起きて早々で悪いけど、近くにプレイヤーがいないか、検索お願いできるか?」

「了解です、少し待っててくださいね…」

 

こくりと頷いたあとで、彼女は目をつむり検索を開始した

ナビゲーションピクシー

追加料金を支払えば誰でもメニューから呼び出すことのできる存在だ

しかし本来なら記載済みの項目を棒読みちゃんのごとくそっけない音声で淡々と読み上げてくれるだけなのだが、ここまで感情豊かなのを見たことがない

 

「すみません、わたしが参照できる範囲内にほかのプレイヤーの反応はありません。…それ以前に、私があの村がマップ登録されていないことに気づいていれば…」

「ううん。ユイちゃんのせいじゃないよ、あの時は私が周辺プレイヤーの索敵を厳重に、なんてお願いしてたからだから、気にしないで」

「…ありがとうございます…リーファさん」

 

そう潤んだ瞳を見ていると改めてこれは本当にプログラムなのか?と思えてくる

どういった技術で動かされているのだろうか

リーファはユイの頬を撫でながらキリトとレイへと視線を移す

 

「けど、こうなったからにはやるだけやってみるしかないよね」

「え、やるって…何を?」

 

瞬きしてパチクリしているキリトにリーファは不敵な笑みを零す

 

「あたしらだけで地上への階段に到達できるか試してみるのよ。ここで待ってたって時間が過ぎてくだけだもん」

「そうだな。こうなったら行けるとこまで行ってみるか」

 

リーファの言葉にレイが同意し立ち上がる

それに対しキリトが

 

「いけるのか?」

「九十九パーセントきついわね。残りの一パーセントに賭けてみよ? はぐれ邪神の視界と移動パターンを見極めて慎重に移動すれば、可能性はあるわ」

「ここでずっと待ってるわけにもいかないからな。さっきも言ったが、やれるだけやってみようぜ」

「リーファさんにレイさんカッコイイです!」

 

ちいちゃい手でパチパチするユイにウィンクしながらリーファは立ち上がる

 

「しかしリーファ、お前学生だろ。確実に徹夜することになるけど、大丈夫か?」

「平気です一晩くらい。それに、この冒険には私がそうしたかったからしたんです。…今日の冒険、ALO初めて一番楽しかった。…こんなに胸が踊ったの初めてで…こっちの世界ももう一つの現実なんだって思えるようになってきたから」

「…そうか。オーケー、そんなわけだキリト。いろいろ言いたいことはあると思うが、汲んでやれよな」

「―――あぁ。リーファたちの厚意にありがたく甘えるとするよ」

 

そうキリトが答えて立ち上がろうとした瞬間である

雷鳴でも地鳴りでもないかなりの大音量がかなりの至近距離から降り注いだ

咆哮から察するに間違いなくそれは超大型モンスターから発せられるもの、そして直後にズシン!という大地を揺るがす足音も轟いている

 

「…ユイちゃん、様子を探ることってできるか?」

「やってみます…」

 

レイに言われ、ユイは周囲を探るように瞳を閉じる

少しして目を開き

 

「…接近中の邪神モンスターは二体…それらはお互いを攻撃し合っているみたいです」

「お互いを? …モンスター同士が戦闘してるってこと?」

<そういうことになるわね。…ともかく、様子を見に行きましょう。どうせここじゃあシェルターにもならないわ>

「シルヴァの言うとおりだ。行こうぜキリト、リーファ」

 

レイの言葉に頷いて先を行くレイについていくようにキリトとリーファが歩き出す

少し進んだだけでその邪神はすぐに視界に入ってきた

全高は軽く二十メートルは超えているだろうか、色は似たいとも邪神特有の青みがかった灰色だ

目を凝らすとその二体には僅かではあるが差がある

雄叫びをあげている個体はもう一体よりも一回り大きい

片方は人型…もう片方は…象にクラゲを足したみたいな、やつ、なのだろうか

うまい表現が思いつかない

しかし両者は立ち尽くしている三人の視線など目もくれず二匹の邪神はなお争いを続けている

だがやはり象クラゲは劣勢のようだ

 

<…ここにいたら危ないんじゃない?>

 

呟くシルヴァに頷きつつもリーファは動けなかった

傷口から迸る黒い鮮血で雪を黒く染める象クラゲから目が離せないのだ

 

「…助けよ、キリトくん、レイさん」

 

そんな言葉が自分の口から出てきたことにリーファ自身も驚きを隠せなかった

 

「…どっちを?」

「もちろん、いじめられてる方よ」

「…やれやれ、お前さん。たまに思い切りがあるな…」

 

レイはそう呟き、シルヴァの方へと視線を向ける

 

「シルヴァ、あの二体の邪神についてなにかわかるか。どんな些細なことでもいい」

<…そうね。劣勢な方の邪神…クラゲみたいな姿形に意味があるとするなら、水辺に誘えればあのクラゲ邪神に勝目はあるかもしれないわ>

「ユイちゃん、この辺で近い水場ないかい?」

「了解です! …ここからきたに約二百メートル移動した場所に氷結した湖があります!」

「よし、じゃあそこまでノンストップで行くぞ二人共!」

「わかった!」

「え、え!? キリトくん、今のでわかったの!?」

「なんとなく、だけどね! じゃあ、俺があの巨人の気を引く。そこから一気に、でいいかレイ!」

「おう! …てか、できるのかキリト!」

「任せてくれ…!」

 

そう言ってキリトは一本の投擲用ピックを取り出した

魔法という強力な遠隔武器があるALOにて、こういった物理的なものを見たことがない

しかしキリトはとても様になっている動作で、指先で持て余したピックを構えると

 

「―――ふっ!!」

 

掛け声と一緒に投げられたピックは青い光を宿しながらまっすぐ巨人の眉間のあたりに飛んでいきずびしと当たる

その際、僅か…本当の本当に僅かではあるが巨人の体力ゲージが一ドット減少したのを見た

これには流石にレイも驚く

 

「マジかよ。投擲ですっげぇちょっぴりだけど削ったぞ!?」

<おしゃべりしてる暇はないわレイ。狙いがこっちに切り替わるわ!>

「おっと、そうだった! 逃げるぞ!」

 

レイが叫ぶやいなや一気に走り出す

キリトもそれに追いかけるように彼の後ろを走り出し、僅かに遅れてリーファも二人の後ろを追いかけた

しばらくまっすぐ北に向かって走っていると不意にレイが叫ぶ

 

「一度ストップだ!」

 

彼が止まると同時にキリトも後ろを向いて急に止まったことに対応できないでいたリーファをキリトが受け止めた

そのままキリトはリーファを抱き抱え、レイはそのまま視線を向ける

彼の視線の先には―――もうあと数秒で追いつかんとする巨人邪神の姿があった

持っている剣の一撃を喰らえば一瞬でこちらなど消し炭だろう

 

―――一体なにしたかったんですか!?

 

そんな視線がキリトに抱き抱えられたリーファから向けられてる気がする

しかしレイは僅かに口元を釣り上げて、小さく笑みを浮かべた

 

瞬間、バキバキッと異質な音が地下のフィールドに響き渡る

それは巨人の足が雪の下にある氷を踏み砕いた音である

レイが止まった場所―――それは氷結した湖のど真ん中だったのだ

 

「―――あとは―――あの象みてぇなクラゲみてぇのが追っかけてくればビンゴだ!」

 

そしてレイの目論見通り―――象クラゲが追っかけてきた

水中、というのは思いのほか体の自由が効かないもので、あの巨人はどう見ても人型…泳ぐのに四肢の大体を用いなければならず巨人はぷかぷかと浮かぶ水に浮かぶ象クラゲが一方的に攻撃を叩き込んでいく

その証拠に巨人のHPはぐんぐん減っていきついぞやゲージがゼロになる

瞬間、巨人がポリゴン状となって弾け飛んで、その場に残ったのは象クラゲの邪神のみだった

 

ひゅるるるるる、という勝利の雄叫びだかなんだかわからない声と共に、象クラゲはこっちに向かって動いてくる

やがてそれは目前にまで迫ってきた

改めて見上げてみるとやはりそれはとても大きく、正直まともに戦える気がしない

そこでレイが改めてリーファへ

 

「…で、助けたはいいが、どうすんだい?」

 

助けよう、と一番最初に進言したのはリーファであるがこの先何をするのかは考えていない

いま目の前にいるのはあくまでも邪神級のモンスターだ

不意に象クラゲはひゅるる、という鳴き声と一緒にこっちに向かって長い鼻を伸ばしてきた

一瞬警戒し、キリトとレイは後ろに下がろうとした時にユイが言葉を発した

 

「大丈夫ですパパ、レイさん、この子、怒ってないです」

「こ、この子? て、うおぉぉ!?」

 

リーファのそんな反応を最後まで聞くことなく、先端が分たれた細かい鼻が一行を巻き取って、勢いよく持ち上げた

ひえぇぇ、と普段からは想像もできないような情けない声を上げるキリトと声すら出せないリーファ、そして呆然としているレイの三人を背中の上に放り投げた

一行はお互いを見回して改めて象クラゲを見やった

座り込んでいる三人に満足したのかよくはわからないが何事もなかったかのように移動を開始した

 

<…もう思考が追いつかないわね…>

「…うん。おとなしく景色でも見てよかな…」

 

言いながらリーファは周囲の風景をぼんやりと眺めだした

ヨツンヘイム―――常闇の国と言われているが完全な闇、というわけではない

天涯を覆っている氷柱群がうっすらと放つ燐光に薄青く雪景色が照らされる様はここが危険区域だということを差し引いても美しい

 

ゆったりと運ばれながら、そしてぼんやりとキリトが呟いた

 

「…もしかして、これってクエストの開始点ってこと…?」

「いや、クエストなら視界の右端あたりにスタートログが出るはずだ。それがないってことは、イベントみたいなものなのかもしれない」

「うへぇ…けど、それだとちょっと厄介ですねぇ…」

 

レイの言葉にリーファが頷く

それにキリトは頭にハテナマークをうかべて

 

「なんで?」

「クエストなら終わった時点で何らかの報酬があるわけだ。けどイベントってのはプレイヤー参加型のドラマみたいなもんだから、必ずしもいい終わり方するってわけじゃないんだよ」

「…え、っと、つまり結局えぐい目に遭うってこともありうる?」

「ありうるよー。あたしホラー系のイベントで選択間違えて釜茹でにされて死んだもん」

「…すごいゲームだな…」

「まぁ今はこの象クラゲ信じるしかないな。吉と出るか凶と出るか」

 

そんな一行の背中でのやり取りなど意に介さず象クラゲはグングン進んでいく

何気なく進行方向の先を見て、シルヴァがポツリとつぶやいた

 

<…レイ、この子、私たちの目的地とは反対方向に向かってるみたいね>

「反対方向?」

<見て、世界樹の根が見えるでしょう?>

 

シルヴァの視線の先には薄暗い中にもはっきり見える大きいシルエットが姿を現しつつあった

弧を描くヨツンヘイムの天涯かた逆円錐形の構造物が垂れ下がり、大きめな氷柱…そしてそれを囲んでいるウネウネが見える

 

<私たちの最終目標地点は世界樹だけど…この子はヨツンヘイムの真ん中に向かっているというわけね>

「…なぁ、レイ。こっからあの根っこを伝って地上に出るルートってないのか?」

「聞いたことねぇな。ってか、飛行不可能なここではたどり着けない高さだぜ」

「そうか…」

 

一度嘆息した後、キリトは切り替えるように笑みを浮かべて

 

「まぁ、今はこの…なんだ、象クラゲを信じるしかないな。歓迎されるか、朝食にされるか」

「…ねぇ、なんだか象クラゲって安直すぎない? どうせならもっと可愛い名前つけようよー」

「名前ぇ…?」

 

リーファに言われレイは腕を組みながらうーん、と思考に埋没する

象みたいな名前、象みたいな名前…とリーファも頑張ってなんかそれっぽい名前を考えていると

 

「じゃあトンキー」

 

不意にキリトが呟いたのでリーファはキョトンと瞬きする

それに釣られてレイもキリトの方を向いた

可愛い名前ではあるが、リーファはどこかその名前に聞き覚えがあった

 

「トンキー? なんだそれ」

「いや、俺もふと頭に浮かんできたんだけど…ほら、昔そんな絵本読んだから」

「あ、やっぱりキリトくんもあの絵本知ってたんだ」

「絵本?」

 

詳細を知らないレイにそのままリーファは記憶の中にある話をし始める

戦争末期、動物園の猛獣を処分するようにと命令が出て飼育員が泣く泣く毒餌を与えて殺そうとするが利口なトンキーはそれを食わず、万歳の芸をしながら飢餓で死んでいくという話、らしい

 

「…結構エグい話だな」

「うん。…実際私も話しててちょっと暗くなっちゃいました…」

 

遠い目をするリーファだったがふるふると首を振って気分を切り替えると邪神の短毛を優しく撫で始め

 

「邪神くーん。今日から君はトンキーだからねー」

 

まぁ反応は返っては来なかったが、拒否もしていないのでとりあえずトンキーと命名することにする

仮にテイミングでこの邪神をペットにすることができれば実際に命名することができるがケットシーのマスターテイマーでも飼い慣らしたという話は聞いたことがない

リーファに続いてキリトの肩に座ったユイもちっちゃい手をはたはた振って自身の数百倍ある巨体に声をかける

 

「トンキーさんはじめまして! これからよろしくお願いしますね!」

 

そうすると今度は―――偶然だとは思うが―――頭の両側の耳、かエラがわっさわさと動いたのをレイは見た

とりあえず、どこにつくかは神、ならぬ、邪神のみぞ知る、ということで一行を乗せた象クラゲ―――もといトンキーは先へ先へと進んでいった




何のためにゲームをするかだって? そんなのお前、楽しみたいからに決まってんだろう?
それ以外の目的でゲームする奴なんか―――まぁ、いねぇとも限らねぇな

nextZERO アルン Arun

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