呼ばるる異名は黄金騎士   作:桐生 乱桐(アジフライ)

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せめて先月に間に合わせたかったけど間に合わなかった
出来もアレですが楽しんでいただけたら幸いです



魔剣と炎刃 Gram&ZEN

「見えたぞ、出口だ!」

 

レイの言葉を皮切りに、さらに速度を上げていく

続けてレイは言った

 

「このまま飛ぶぞ!」

 

ダンジョンから出ると同時、一斉に翅を広げて飛翔する

道中の敵は完全に無視して駆け抜けてきたから、恐らく今頃出口近辺はこっちを追っかけてきたモンスターの集団で埋め尽くされているだろう

 

「…なんだろう、ダンジョンって索敵に気を使いながらモンスターとリンクしないように進むものじゃなかったっけ…」

「ははっ、確かに、あれじゃ別ゲーだな」

 

そんなキリトとリーファの会話を聞きながら、視線を動かす

目の前に見える、あるひとつの巨大な影―――世界樹だ

空を支えているかとも思える太い幹、そしてその上部には別の天体かのごとく枝葉が伸びている

 

「…あれが、世界樹か…」

 

畏怖のこもった声色で、キリトが小さく呟く

山脈を超えたばかりであるこの場所からはまだリアルで例えるならまだ二十キロ近く隔たっているその大樹は、もう圧倒的な存在感を放っている

 

「おっと。こうしちゃいられない、リーファ、領主会談の場所ってどのあたりなんだ?」

 

レイの言葉で我に帰ったリーファとキリトは互いに見合わせる

リーファはぐるりと視線を巡らしながら

 

「えっと…今抜けてきた山脈は輪っかになって世界の中央を囲んでるんだけど、そのうちの三箇所に大きな切れ目があるの。まずサラマンダー領に向かう竜の谷、ウンディーネ領に向かう虹の谷、そして、ケットシー寮に繋がる蝶の谷。会談は、その蝶の谷の内側で行われるみたいだから…」

 

リーファは動きを止め、ある一点を指さした

方角は北西のところだ

 

「あっちにずっと飛んだところだと思う」

「わかった。あと何分で会合は始まる? リーファ」

「―――二十分」

<会談を襲うなら、サラマンダーは南東から北西へと移動するわけね>

「どっちにしろ急ぐしかないぜ。ユイちゃん、もし大多数の反応あったら教えてくれ」

「はい!」

 

レイの言葉にユイは大きな声で返事する

そしてお互いを見合わせて三人は翅を鳴らし加速に入った

 

◇◇◇

 

正直に言えば今回の話は乗り気ではなかった

どこ情報かはわからないが、なんでも大多数でケットシーとシルフの奴らを蹂躙するとかなんとか

ぶっちゃけて言えば今回の話は興味もなく蹴りたかったのだが、自分はそこそこ名の通っているプレイヤーなので、お前が断ると示しが付かないとかなんとかで断ることが出来なかったのだ

先頭はユージーン将軍サマだし、冷静に考えればどっちみち断れなかったのだが

 

…しかし、結果を見れば今回は出てきて良かったかもしれない

 

なんてったって、あの噂の蒼炎騎士と遭遇できたのだから

 

◇◇◇

 

「双方、剣を引け!」

 

そんな馬鹿でかい声が耳に届いたのはついさっき

対峙する両者の中央―――そこに砲弾のような速度で乱入したスプリガンの男はかなりの声量でそんなことを口にした

当然、その場にいるすべてのプレイヤーが動きを止める

そして同時に、何を言っているのだ、こいつは? と視線を巡らせる

 

<あの子、度胸のパラメータ吹っ切れてるんじゃないかしら>

「グラフあるならぶっ壊れてるわよあんなの…」

 

シルヴァの声を聞きながら、リーファと一緒にキリトの背後、シルフと思われる緑衣の集団の傍らに着陸する

レイはすぐさまあたりを見回し、ある女性の姿を探し―――見つけた

 

「サクヤ!」

 

その声色にビクリと驚きゆっくりとした動作で彼女がこっちを振り向いて、さらにその目を丸くした

 

「れ、レイ!? それにリーファも…なぜここに、っていうか、何が何やら…」

「ともかくお前が無事でなによりだ…。あとわりぃけど、こいつは簡単には説明できないんだ」

「ひとつ言えるのは、私たちの運命は、あの人次第ってこと」

 

リーファとレイの言葉にしどろもどろしながらも、サクヤはこっちに向けて背中を向けている黒色の戦士の背を見やる

さっきも言葉にしていたが、彼女自身、本当に何が起こっているのか理解が追いついていないのだろう

その心中、察するにあまりある

 

―――サクヤ

現シルフ領の領主

来ているのは前合わせの和服、得物は大太刀

女性のシルフにしては長身で、黒に近い髪を背に長く垂らし、その先もぴしりと切り揃えられている

肌も白く、そのスタイルも美しく―――

要はあれだ、はっきり言ってしまえばサクヤはとても綺麗なのである

しかし綺麗なだけで領主なんてのは務まらない

領主という立場ゆえに結構多忙で、あまり狩りには出られず、パラメータも贔屓目に見ても高いとは言えない

しかしデュエル大会では常に決勝に進むほどの達人であり、公正な人柄で、人望も厚いのだ

 

ついでに視線を横に動かすと、彼女の隣に立つもうひとりの小柄なプレイヤーの姿が視界に入る

名前はアリシャ・ルー

とうもろこしのような色合いのウェーブ、三角系の大きな耳は彼女がケットシーであることを示している

褐色の肌を大胆に晒し身にまとっているのは水着にも似たスーツで、彼女の得物はクロー系統の武器だ

スーツの尻の部分からは縞々の尻尾が伸びて、緊張を表すようにピクピクと震えている

 

そのあとでシルフ側のプレイヤーを見やった

皆見知ったプレイヤーだ、そして案の定シグルドの姿はいない

視線をサラマンダーに向けているキリトが言葉を発する

 

「指揮官はいるか。話がしたい!」

 

堂々とした、或いはふてぶてしいその声色に、サラマンダーの軍勢は道を開ける

その中央…そこにひとりの大柄な男と気怠そうな顔をした男がこちらに向かって進み出てきた

大柄な方が指揮官で…その隣が補佐官かなんかだろうか

 

ガシャリ、と着地した二人のプレイヤーは無表情のままキリトを見据える

いや、実際無表情なのは大柄なほうだけで、その隣の男は欠伸を噛み殺しているような仕草が見えた

…状況が状況なら友人になれるかもしれない

 

「スプリガンがこんなところで何をしている。殺すことに変わりはないが、お前の度胸に免じて話くらいはきいてやろう」

「聞くんですかぁ? さっさと片付けたほうが…」

「今は黙っていろタケル」

「…ふぇーい」

「…それで。改めて話を聞こう」

 

半ば強引に会話を切った大柄な男はキリトに話を促した

その言葉におほん、と一度咳をし調子を整え、キリトは叫ぶ

 

「俺はキリト、スプリガン・ウンディーネ同盟の大使だ。この場を襲う我々四種族との全面戦争を望む、と解釈していいんだな」

 

<(…思い切ったわね彼)>

「(普通は考えないけどな)」

 

ハッタリにも程がある

もし自分がシルフ領に在籍していなかったら、軽くフォローは出来たかもしれないが、シルフ領の用心棒として名の通っているレイでは、迂闊に口添えできない

キリトの言葉に流石のサラマンダーの指揮官や隣の補佐官?も驚いたように顔をしかめる

 

「…同盟、だと? ―――護衛の一人もいない貴様が、その大使だと?」

「あぁそうだ。ここには貿易交渉に来ただけだからな、しかし会談が襲われたとあっちゃそれだけじゃすまないぞ。四種族同盟を組んで、サラマンダーに対抗することになる」

「にわかに信じるわけにはいかないな。たったひとり、ましてや大した装備もない貴様の言葉など」

 

大柄な男は徐に両手を背に回すと巨大な両手剣を抜き放った

 

「―――俺の攻撃を三十秒耐え切ったら信じてやろう」

「…随分、気前がいいね」

 

飄々とした声でキリトは答えると同じく両手剣を抜き放ち、上空へとホバリングする

両者が対峙すると、二人の間に圧縮された闘気が弾けるようにスパークした気がした

時間だけ見ればキリトにとって余裕のある条件とも言えるだろう

しかし相手の実力は未知数…

 

<ゼロ、あの大柄なサラマンダーが持ってる剣、あれってレジェンダリーウエポンのひとつ、魔剣グラムじゃないかしら>

「グラム? …ってことは、アイツがユージーンか!」

「ゆ、ユージーン…?」

 

問いかけるようにリーファが呟いた

彼女の疑問にサクヤが答える

 

「名前くらいは聞いたことあるだろう。サラマンダー領主、モーティマーの弟…リアルでも兄弟らしいが、知の兄に対して武の弟…単純な戦闘力では弟が上回っていると聞く、サラマンダー最強の戦士…」

<つまり、一応は全プレイヤーの中で最強、ということになるわね…>

「…キリトくん…」

 

リーファは祈るように両手を己の胸の前できゅ、と握り締めた

一方で空中で対峙している二人はお互いの力量を測るためか、にらみ合っていた

先に動いたのはユージーン

右に振りかぶった剣は弧を描きキリトを両断せんと襲いかかる

しかし流石というべきか、キリトは無駄のない動作で身構え迎撃態勢に入る

相手の攻撃を受け流し、そこからカウンターを叩き込むつもりなのだろう

 

「…!?」

 

キリトに向かって下ろされた赤い剣はキリトの剣にぶつかる瞬間に刀身を霞ませる

そのまま彼の剣を透過して、再度実体化した

ダガン! と大きな爆音が鳴り響く

キリトの胸の中心に繰り出された斬撃は巨大なエフェクトを発生させて地面に叩きつけられ、土煙を発生させる

 

「い、今のって!?」

「エセリアルシフト…! 魔剣グラムには剣や盾で受けようとしても非実体化してすり抜けてくるっていうエクストラ効果があるんだヨ!」

「さすがレジェンダリ、効果もえげつねぇな!」

 

当然ながらキリトもあれしきでは終わっていない

もくもくと立ち込める煙から弾丸のように飛び出しユージーンめがけて一直線だ

 

「ふっ! よく生きていたな! それなりに実力は、あるようだっ!」

「なんだよさっきの攻撃! っていうか、もう三十秒経過してんじゃないのか!」

「悪いな、やはり首を取るまでに変更だ」

「こんにゃろう…! 絶対泣かせてやる」

 

そう言ってキリトは己の巨剣を構えなおす

だが、もう勝負は決まってるようなものだと周りの誰もが思っていた

魔剣グラムのエクストラ攻撃を防ぐには、彼の剣を弾かずに全て躱すしかない

しかし剣同士での戦いではそれはどう考えても不可能だ

 

「…厳しいな…技術は互角と見えるが、武器性能が違いすぎる…。あの魔剣に対抗できるのは、同じ伝説武器の〝エクスキャリバー〟だけだと予測されているが…」

「いいや、わかんないぜサクヤ」

「…レイ」

「―――アイツ、規格外だからな。〝いろいろ〟と。な? シルヴァ」

<えぇ、そうね。彼なら何とかしてくれると思うわ>

 

シルヴァと根拠のない言葉を言い合う

その言葉に僅かながらに同意したのか、リーファは己の胸の前で祈るように固く両手を握り締めた

ユージーンが翅から光を引いて接近戦を仕掛ける

それに合わせるようにランダム飛行でキリトが危なっかしくかわしていく

絡み合う二本の光に、時折エフェクトのような音と共に散らして、また離れていく

視線を向けるとキリトの体力バーは二度の被弾により半分以上にまで減っていたのがわかる

やはりあのユージーンというプレイヤーの攻撃力は只者ではなさそうだ

 

一旦お互い離れて距離を取った

レイはその光景を見て、考える

どうしたものか、流石にこのままでは敗北してしまう…と、考えたとき、ふと以前交わした会話を思い出した

ルグルーで二刀流について言及されたときだ

 

―――もしかすると、もしかするのではないのか?

 

そう考えたレイはリーファへと視線を向けて

 

「リーファ」

「え? な、なんです?」

「ちょっと剣、貸してくれ」

「剣を…? まぁ、いいですけど…」

 

おずおずと差し出されたその剣を受け取り、構えなおすキリトに向けて言葉を投げかけた

 

「キリト!」

 

声だけを聞いたキリトはこちらに顔を向ける

彼に向けて、レイはリーファから借り受けたその剣を投げて渡した

真っ直ぐ飛んでいったその剣はキリトの元へと飛んでいき―――パシリ、とキリトは受け取った

もし投げ渡す際にユージーンが邪魔してくればこっちも飛んでいこうと思ったが、そんな野暮なことはしなかった

ありがたい、と感謝するべきか

 

ユージーンはにやり、と小さくほくそ笑んで

 

「ほぉ。ただでさえ少ない勝率を自ら落としていくか。苦し紛れもいいところだぞ?」

 

二刀流―――概念としては別に新しいものではない

挑んだものは確かに多いが、実践に使えるまでに達しているのを現段階ではレイしかリーファは知らない

両手に備わった二本の剣を動かす、というのはかなり難しいのだ

 

「―――苦し紛れかどうか―――試してみるか?」

「なに?―――うおっ!?」

 

キリトがそう呟いて、閃光の如き速度でユージーンを切り抜ける

何が起きたのか、ユージーンははっきりと理解できず、同時に侮っていた自分を恥じ、負けじとグラムをこちらに振り向いていたキリトに向かって振り抜いた

エセリアルシフトによって透過したその剣は、真っ直ぐキリトの首筋に―――

がいんっ! と大きな音を立てユージーンの剣が弾かれる

弾いたのはもう片方の剣である

針の穴に糸を通すような完璧なタイミングにユージーンの表情もついに驚愕へと染まった

 

「はぁぁっぁぁぁぁぁっ!!」

 

そこからキリトの雄叫びとともに二刀の連撃が次々と放たれた

さながら夜空に舞う流星の如く

流石に魔剣グラムも連続での透過は不可能らしく、次第に追い詰められていく

本来ALOの戦いは近接なら不格好に武器を振り回し、遠距離なら芸もなく魔法を打ち合うのが常だったのだが―――

 

いつしか、キリトの斬撃が宙に美しい正方形を描いて、ユージーンの体力をゼロにした

ユージーンの顔は、驚き一色に染まっている

やがてぽう、っとリメインライトへとその体が変化した

 

誰も声を上げなかった、否、上げれなかったというべきか

見栄えのする戦闘なんて、大会の上位戦でもなければ見れないからだ

しかし、今の戦いは明らかに、いやはるかにそれを超えている

流れる剣舞、空を切り裂くエアレイド、そして、音速の速度で繰り出させる二刀流…

流石にあんな速度では、レイは剣を触れない

 

「見事! 見事!」

 

その沈黙を一番最初に打ち破ったのはレイの隣にいるサクヤだった

張りのある声で高らかに、そう宣言する

 

「ナイスファイト! 思ってたとおりだったぜキリト!」

「すごーい! 手に汗握る戦いだったヨ!」

 

サクヤにアリシャ、レイが続いて、すぐに背後の十二人も加わる

盛大な拍手、ついでに口笛とか鳴らすような奴らもいる始末だ

しかしサラマンダーにもそれらが伝染したのか、割れんばかりの歓声を上げ、持ってるランスを旗のように振り回している人もいるくらいだ

 

「…わぁ…!」

 

その光景に、リーファも思わず笑みを浮かべた

今までは敵として見ていなかったサラマンダーだったが、彼らもやはりプレイヤーなのだと

 

「誰か! 蘇生魔法を頼む!」

「わかった」

 

キリトの言葉にサクヤが頷き、漂っているユージーンのリメインライト付近まで飛んでいき、ワードの詠唱を開始した

そんなサクヤの蘇生魔法が終了し、改めて話をしようか―――そうしようとして、皆が地上に降り立った時、また別の人物の声がした

 

「はいはい! はーい! 俺もちょっといいっすか!」

 

先程ユージーンにタケルと呼ばれていたプレイヤーが唐突に挙手を始めたのである

おまけに元気よく、飛び跳ねながらだ

 

「…なんだタケル、お前まさか―――」

「ったりめぇでしょユージーン! 目の前であんなすげぇバトル見せられてボルテージマックスだよ! ―――そこのアンタもそうだろう?」

 

不意に声を投げかけられたのは、サクヤの隣で腕を組んでいたレイはドキリとした

本音を言うなれば、確かに今の戦いを間近で見て、燻っているのは事実であるからだ

 

「そんなわけで、ちょっと付き合ってくれない? 〝蒼炎騎士〟レイ殿?」

「…いいぜ、ノってやる」

 

レイがそう言うとニィッとタケルはその口元に笑みを浮かべた

 

「そんなわけでちょっと行ってくる。キリト、悪いがもう少し時間かかる。大丈夫か?」

「あぁ。思いっきり暴れてきなよ」

 

そう言ってぱん、とキリトはレイの背中を叩く

そんなレイの背中をサクヤが不安げな顔で見守っていた

彼女をみたリーファは隣に立ってサクヤの顔を覗き込む

 

「どうしたの?」

「え、あ、いや。…別にアイツが負ける姿なんか想像できないのだが…あのタケルという男…何かを隠しているような気がしてな」

「隠している? 実力を?」

「いいやそれはわからない。…ただ、リーファ。お前も噂程度は聞いたことないか? 黄金色の鎧を持つプレイヤーを」

 

黄金色の鎧を持つ…?

リーファにとっては初耳だ

 

「なにそれ?」

「目撃情報はかなり少ないのだが、少数のプレイヤーと一緒に行動しているらしい。その時ハンティング目的で別のプレイヤーが襲撃したのだが…」

「あ、それ知ってるヨ。よくある初心者狩りみたいなのだったんだけど、思いの外襲ったプレイヤーが強くって、その中にいたパラメータが高いプレイヤーに幻影魔法かけて強く見せようとしたけど…相手が召喚した黄金の鎧に一刀両断されたってやつでしょ?」

 

そんな話を耳に挟んでいたキリトは顎に手を当てながら思案する

黄金の鎧を持つ男にはひとり知り合いがいる…しかし、鎧が黄金なだけで全然違うかもしれない可能性がある

不用意にその話を広げることは出来なかった

 

「もしかして、あのタケルって人が…?」

「…かもしれん。杞憂ならいいのだが…」

 

そして視線は地上でお互いに得物を構え、睨み合っているレイとタケルへと向けられる

レイは手に持つ二刀をくるくると回し、タケルは柳葉刀に似た円状の鍔をした片刃刀で、「斬る」「突き刺す」というよりは「叩き割る」イメージの得物だ

 

「なぁ、せっかくだから、なんか賭けないか?」

「は? 何を」

「そーだなぁ…俺が勝ったら…」

 

タケルはキョロキョロとあたりを見回し、こちらを見守っているサクヤへと視線を向ける

視線を向けられたサクヤはキョトンとした表情でこちらを見返していた

 

「シルフ領主のサクヤをもらう」

「…―――はぁ!?」

 

レイがそんな声を出し、急に振られたサクヤも驚きの表情に染める

っていうか周りのほかのプレイヤーも流石に〝なにいってんだこいつ〟みたいな空気になりつつあった

しかし言った本人はどこ吹く風と行った様子で

 

「こっちも噂なんだけどさ、お前さんとシルフ領主のサクヤが〝コレ〟って噂聞いてさ。…ちょっと反応気になっただけなんだけど…ふふふ、その反応から見ると、当たらずとも遠からずって感じ?」

「ば、馬鹿言うな! べ、別にサクヤとは…なんともないっての!」

「お、じゃあもらっても…?」

「とりあえずその口を閉じやがれコノヤロー!」

 

そんな訳わからない会話から、二人の戦いはスタートする

一気に接近してレイは己が持っている魔戒剣を振るい、時折体術も混ぜ込みタケルへと攻撃をかましていく

しかしタケルも負けてはおらず、持っている刀で二振りの剣を受け、体術も同じようにさばいていく

そして刃を交えてわかる、もしかしなくても、この男―――

 

「へへ、さっすが蒼炎騎士! キレのある二刀流じゃねぇの! さっきのキリトってやつとはまた違った剣だな!」

「まだ喋る余裕あんのか、お前!」

<ゼロ、落ち着いて。あなたが焦ってどうするの>

 

つばぜり合いからタケルの腹部を蹴っ飛ばし距離を取ってから、シルヴァにそう言われ落ち着きを取り戻す

そうだ、なんか変なこと言われたから変に取り乱してしまった

…なんとなく、サクヤの方を見てみた

視線の先にいる凛としたシルフ領主は、珍しく頬を朱に染めており、なんか小刻みに震えていたようにも見える

隣にいるアリシャ・ルーやリーファは微笑ましそうな笑みを浮かべて二人を見守っているような感じで、状況が飲み込めていないキリトは頭に疑問符を浮かべていた

 

…そりゃあ、いつかは言いたい、と思っていたのだが

 

何もこんなムードもへったくれもないところでバラされないでもなぁ

 

「―――じゃあ、おっぱじめるかぁ!」

 

タケルはそう言いながら、己の持っている剣を地面に叩きつけた

そのまま自分を中心に回りながら円を描き、両手を開きこちらを見据えてくる

瞬間、地面から紅き鎧がタケルの体に装着されていく

全ての鎧が装着されたその姿は、狼にも似た―――

 

―――炎刃騎士 (ゼン)―――

 

「お前も纏えよ! 自分のやつを!」

「…お前も、鎧持ちだったのか…!?」

「纏えるようになったのはつい最近だし、こいつを披露したのは今日が初めてよ! 初戦の相手に不足なしってな!」

 

披露は初めて、と言っているようにサラマンダーのプレイヤーはざわついており、ユージーンの驚きの表情に染めている

刀を肩に置き、堂々たる格好で漸は構えた

 

「…まさか、レイの他に鎧を持っているものがいたなんて…」

「けど、噂の黄金の鎧じゃなかったネ?」

 

サクヤも驚きつつ、アリシャとそんな会話を交わし、不安げな表情でレイの背中を見守った

相対するレイもついに意を決したように持っている双剣で己の頭上に二つの円を書いた

その円は一つに重なり、そこからタケルのと同様の鎧が現れて、レイの体に装着されていく

頭に狼の鎧が装着され、黄色い瞳が蘭と輝く

 

―――蒼炎騎士 絶狼(ゼロ)

 

銀狼剣となった魔戒剣を改めて構え直し、漸となったタケルを見据える

鎧の下からタケルはにぃ、と笑んだような気がした

間近で初めて絶狼の鎧を目の当たりにしたキリトは驚愕の顔を浮かべる

 

「あれが…絶狼」

 

どことなく…友人の纏う牙狼と似ている気がする

 

「…さぁ、第二ラウンドと行こうぜ!」

「望むところだ」

 

漸と絶狼がそう叫び、お互いに向かって駆け出した

漸の剣と、絶狼の二刀が交錯し、蹴りや打撃の押収が繰り広げられる

恐らくここにいるプレイヤーの多くは鎧同士の戦闘は誰も見たことないだろう

誰もがその二人の戦いに、先のキリトとユージーンのデュエルとはまた違った意味で皆が釘付けになっているのだ

やがて、一歩距離引いて絶狼が両手の剣を連結させ、それをブーメランのように己の後ろに投げつけた

 

「おいおい、どこ投げてんだよ!」

 

漸は怯むことなくそのまま飛びかかって斬りかかろうとする

対する絶狼は素手のまま同じように跳躍し、こちらに掴みかかってきた

だがそのまま取っ組み合いにはならず、絶狼は不意に漸を思い切り蹴っ飛ばす

その行動の意味が漸はわからなかったが、直後に思い知ることとなる

 

不意にザン! と背中から横に真っ二つにされた感覚に襲われたからだ

 

自身を斬りつけたものの正体は、先程絶狼が連結して投げつけた剣だった

背中から前へ飛んできたその剣を絶狼は受け止め、連結を解除しこちらに向かって斬りかかる

一太刀目は防げたが、二太刀目は防げなかった

そのまま上半身を袈裟に斬られ、ついに己の体力ゲージがなくなった

漸の鎧が解除され、タケルが浅い笑みを浮かべて呟いてくる

 

「―――俺の後ろに…飛ばしてたのね…」

「気を取られすぎたな、今回は俺の勝ちだ」

 

ボウ、とリメインライトへと変化していくタケルを見据えながら、レイも己の鎧を解除した

直後にワッと歓声がレイの耳に入っていく

照れくさそうに頬を掻きながらレイはサクヤの前に歩いていく

早いとこ彼も蘇生させなければならない

 

「…サクヤ。その、蘇生頼んだ」

「…あ、あぁ。まかされた」

 

お互い顔は見合わせない

羞恥で顔が赤くなっているからである

 

「…いつか」

「―――え?」

「いつか、ちゃんと言うから。…待っててくれ」

 

すごく遠回しに己の想いを吐露する

必死にひねり出した結果出たのがこんな言葉だった

レイのその言葉にサクヤは一瞬目を丸くする

その後で小さく微笑みを浮かべて、背を向けるレイを眺めていた

 

「あれれ? サクヤ、少し顔赤いヨ?」

「知らん。さぁ、彼を蘇生するぞ」

 

アリシャが微笑みながらそんな言葉を発するが、サクヤはそれを笑顔でスルーする

そして手馴れた手つきでリメインライトと化しているタケルに向かって蘇生魔法を行った

 

◇◇◇

 

「タケル。…お前、いつの間に鎧を手に入れていた」

「ちょっと前だよ。こつこつ挑んでようやくだぜ? マジでシンドかった…。さて、それじゃあ改めて話しってのを聞こうぜユージーンの旦那」

「それもそうだった。…しかし、貴様のような男がスプリガンにいたとはな。タケルもそうだが、存外世界は広いということか」

「…俺の話、信じてもらえるかな?」

 

ふむ、とユージーンはひとつ息を吐く

すると不意に取り囲んでいるサラマンダー部隊から一人のプレイヤーが歩み出てきた

無骨なそのプレイヤーはユージーンに一例すると言葉を発した

 

「ジンさん、ちょっといいか」

「カゲムネか。どうした」

 

カゲムネ、と聞いてリーファは少し首をひねり思い出した

そういえば地底湖でレイが殲滅した時の生き残りがそんな名前を言っていた気がする

ということはリーファが襲撃を受けた時に襲っていた時のサラマンダー部隊の隊長ということだ

 

「昨日、俺のパーティがやられたのはもう知ってると思う。その相手がまさにこのスプリガンなんだけど…確かにウンディーネを連れてたよ」

 

その言葉にリーファは唖然とする

キリトも僅かに眉を動かしたが、即座にポーカーフェイスに戻る

カゲムネは続けた

 

「それにエスの情報でメイジ隊が追ってたのもこの男だよ、たしか。どうやら撃退されたらしいけど」

 

エス、というのはスパイを指す隠語だ

もしくはシグルドの頭文字か

ユージーンは首をかしげてカゲムネを見た

周りの者にとっては何が何やらわからない話だが、その光景をリーファは固唾を飲んで見守る

 

「…そうか。そういうことにしておこう」

 

ユージーンは軽く頷いて小さい笑みを浮かべそう呟いた

次いでキリトに向かって視線を移し

 

「現状、スプリガン、ウンディーネとことを構えるつもりは俺にも領主にもない。ここは退こう、だが貴様とは、いずれもう一度戦うぞ」

「望むところさ」

 

キリトが差し出した拳にユージーンも同じように拳をぶつけた

その後を追うようにタケルがレイに向かって言葉を発する

 

「俺もいつかあんたにリベンジするぜ、待ってろよ!」

「おう。いつでもかかってきな」

 

そう言ってお互いの手をパシンと叩いた

既に身を翻し飛び立っているユージーンを追っかけるようにタケルも翅を広げて飛んでいく

カゲムネも同じように飛ぼうとしたときニッと笑みを作りながら不器用に固めを瞑った

借りは返したぜ、みたいなつもりなのだろうか

リーファも僅かに笑みを浮かべてそれに返答する

翅を鳴らして三人が飛び立つとサラマンダーの軍隊も一糸乱れぬ動作で隊列を組み直し続々と遠ざかっていった

サラマンダーが完全にいなくなってから、そこでようやくリーファは胸の奥に貯めていた息を大きく吐き出す

 

「…サラマンダーにも話のわかるやついるじゃないか」

「―――むちゃくちゃだわあんたって」

<今に限った話じゃないけれどもね>

「掟破りって言ったほうがいいんじゃないか?」

 

言い合う彼らに改めてサクヤが歩み寄る

 

「レイ、とりあえず説明してもらえるか?」

 

◇◇◇

 

静けさを取り戻した会談場の中央で説明を任させれたリーファが一部は憶測なんだけど、と一言断ってから成り行きを説明し始めた

サクヤやアリシャ・ルーを始めとする両所属の幹部らは鎧の音を立てることなく最後までリーファの話を聞き入っていた

やがてリーファが説明を終えて口を閉じると揃って深い溜息を漏らす

 

「なるほど。ここ何ヶ月か、シグルドの態度に苛立ちのようなものが混じっているのは気づいていたが…独裁者と見られるのを恐れ会議制にこだわるあまりに彼を要職に置き続けてしまった…」

「サクヤちゃんは人気者だからね。辛いところだヨねぇ」

 

サクヤ以上に単独長期政権を維持しているのはほかでもないアリシャなのだが

 

「…苛立ち? 何に?」

「多分ではあるが…シグルドは許せなかったのだろうな、サラマンダーに後塵を排しているこの状況が」

「状況が…?」

「うむ。シグルドはパワー思考の男だからな、数値的な能力だけでなく、プレイヤーとしての権力をも求めていた。故に、サラマンダーがグランドクエストを完遂してアルブヘイムの空を支配し己はそれを地面から見上げている未来は許せなかったのだろう」

「け、けどなんでサラマンダーのスパイなんか…」

「もうすぐ実装される〝アップデート5・0〟の話は聞いているか? 〝転生システム〟が実装されるという噂がある」

「モーティマーに乗せられたんだろう。領主の首を差し出せば、お前をサラマンダーにしてやる、と。しかし転生には膨大な金額が必要になるみたいらしいから…冷酷なモーティマーが約束を履行するかは、怪しいな」

 

リーファは複雑な心境で金色に染まりつつある空とかなたに霞んでいる世界樹を見やる

アルフに生まれ変わり飛行制限から解放されるのはリーファの夢でもある

故にシルフ一の実力と言われるシグルドのパーティに属し、狩りをこなし稼いだユルドのほとんどを執政部に上納してきた

もし、キリトと出会わずにパーティを脱退した経緯がなかったら、シグルドの性格からしてきっとリーファもサラマンダー転生計画に誘われただろう

その時、自分はどうしただろうか

 

「欲を試す陰険なゲームだな、ALOってさ」

 

不意に苦笑い混じりでキリトが言った

 

「デザイナーは嫌な性格してるに違いないぜ」

「違いないぜ、まったくな」

 

そんなキリトの一言にレイが応じる

リーファは不意になんとなく自分の心を少し預けたくなってキリトに左腕に己の腕を絡め、僅かばかりに体重をかけた

全く動じていないように見えるキリトに接していると、揺れる気持ちが落ち着いてくように思えてくる

 

「…それで、どうするんだ、サクヤ」

 

レイが尋ねるとサクヤは一瞬まぶたを閉じた

すぐ開いた双眸は冴え冴えとした光を放つ

 

「ルー、たしか闇魔法のスキル上げてたな」

「? うん」

「シグルドに月光鏡を頼む」

「問題ないけど、夜じゃないから長くは持たないヨ」

「大丈夫だ、すぐに終わる」

 

サクヤに促されアリシャは一歩下がって詠唱を開始した

周囲がにわかに暗くなっていきどこからともなく一筋の月光の光が降り注ぐ

それはアリシャの前で円形の鏡を作り出し、どこかの風景を映し出す

 

「…あ」

 

微かにリーファは吐息を漏らす

それは何度か訪れたこともある、領主館の執政室だった

その向こうで領主の椅子に体を預け、テーブルに両足を投げ出している人物がひとり

 

―――シグルドである

 

サクヤは鏡の前に立つと凛とした声色で呼びかける

 

「シグルド」

 

瞬間びくりとシグルドは体を震わせ飛び起きた

そして鏡の中のサクヤとばちりと目を合わせ、さらに体を強ばらせる

 

<さ、サクヤ!?>

「あぁサクヤだ。残念だがまだ生きている。会談は無事に終わりそうだぞ。調印はこれからだがね。そうだ、予期せぬ来客があったぞ」

<きゃ、客だと…?>

「ユージーン将軍が君によろしくと言っていた」

 

今度こそシグルドはその顔を驚愕一色に染め上げた

顔面蒼白、という表現がぴったりだろう

言葉を探すようにキョロキョロと視線を動かし、やがてその視線はサクヤの後ろにいるキリトとリーファ、レイを捉えた

彼らを視界に捉えたことでついに状況をシグルドは察する

 

<…無能なトカゲどもめ。で、どうするサクヤ? 俺を執政部から追い出すか? しかしだ、軍務を預かる俺がいなければ貴様の政権だって―――>」

「いやなに。シルフでいるのが耐えられないなら望みを叶えてやろうと思ってな」

 

そう言ってサクヤは左手を振ると領主専用のウィンドウが表示される

無数のウィンドウが階層をなし、それらから一枚のタブを引っ張り出すと素早く指を走らせて操作した

するとシグルドの目の前に青いメッセージウィンドウが表示されたのが見えた

 

<―――俺を、この俺を追放するだと!? 正気か貴様!>

「あぁ、レネゲイドとして中立域を彷徨え。そのうちそこにも新しい楽しみが見つかるといいな」

<う、訴えるぞ! 権力の不当行為でゲームマスターに訴えてやる!>

「好きにするといい。さらばだ、シグルド」

 

シグルドはさらに何かわめきたてようとしていたが、それより先にサクヤの手がウィンドウに触れる

すると眩い光とともにシグルドの姿がどこかへと掻き消えた

領を追放されアルンを除いたどこかの中立都市へとランダム転送されたのだろう

やがて無人となった執政室を移していた月光鏡はやがて儚げな音とともに砕け散った

 

「…サクヤ」

 

静寂が訪れてもなお押し黙っているサクヤを気遣い、レイが一言言葉をそっと投げかける

彼女はウィンドウを消去してひとつ吐息を交えた笑みを浮かべて

 

「私の判断が間違っていたかどうかは、次の領主投票で明らかになるだろう。とにもかくにも、礼を言わせてくれ。…特にリーファ、執政部への参加を拒み続けていた君が来てくれたのはとても嬉しい。…そしてアリシャ、シルフの内紛で危険にさらして済まなかった。…レイにも、迷惑をかけた」

「気にすんな、実質働いたのはこいつだからな。礼ならキリトに言ってくれ」

「あ、そうだ。そういえば君は一体…」

 

並んだサクヤとアリシャが改めて疑問符を浮かべ彼に歩み寄る

 

「ねぇねぇ、スプリガンとウンディーネの大使って、ホント?」

「もちろん大嘘だよ。ハッタリ」

『―――なっ』

 

案の定二人は絶句する

 

「…むちゃくちゃだな。あの状況でそんな法螺を吹けるとは」

「手札がしょうもないときは、とりあえず全部賭ける主義なんだ」

 

悪びれる様子もなくうそぶくキリト

それに対してサクヤはふふ、と楽しそうに笑むと

 

「ともかくありがとう。私たちが討たれていたら、サラマンダーとの格差は決定的なものとなっていただろう。…なにか礼をしたいが…」

「あ、いや、そんな…」

 

困ったように頬をかくキリト

そこで思い出したようにレイが言葉を発した

 

「なぁサクヤ。今回の同盟ってのは、世界樹攻略のためなんだろ?」

「あぁ、まぁ究極的には、だが。二種族で世界樹に挑み、二つともアルフとなれるならそれで良し、片方だけなら次のグランドクエストも協力してクリアする、というのが条約だ」

「そいつに俺たちも同行させてくれないか。なるべく早く」

 

サクヤとアリシャはその提案に顔を見合わせる

 

「それは願ったり叶ったりだ。時期的なことはまだわからないが…なぜ?」

「キリトが世界樹の上にいるって人に会わなきゃなんないんだよ。まぁその…いろいろあるんだよね?」

 

珍しく言葉を濁すレイを珍しそうに見ながら、それでいて若干申し訳なさそうに

 

「しかし、メンバーの全員の装備を揃えるのはかなりかかると思うんだ。…とても一日や二日では…」

「それもそっか…」

「いや、とりあえず俺たちも樹の根元まで行くのが目的だから…あとは何とかするさ」

 

キリトは小さく笑うとそうだ、と思い出したように革袋をオブジェクト化させて、

 

「これを資金の足しにしてくれ」

 

そう言ってアリシャに手渡した

受け取った彼女は一瞬ふらつきながらも両手で袋を構え直しなんとなしに中を覗き込んで…さらに目を丸くした

 

「さ、サクヤちゃん! これ…」

「うん?」

 

サクヤは首をかしげて袋の中身を取り出した

取り出したのは青白く輝いている大きめなコインだ

 

「うあ…!?」

「―――うを…!?」

 

それを見たリーファは思わず声を漏らす

いや、リーファだけではない、レイや二領主、背後で事の成り行きを見守っている側近たちでさえざわめいている

 

「じゅ、十万ユルドミスリル貸…!? これ、全部、か!?」

「こんだけ稼ぐのはヨツンヘイムとかで邪神でも狩ってないと届かねぇぞ!? 城できるぜこれ!」

「いいよいいよ。俺には必要ないし」

 

キリトは特に執着もなさそうにそう頷いた

再度袋を覗き込んだサクヤとアリシャはお互いに顔を見合わせて

 

「これだけあればだいぶ目標金額に近づけるヨ」

「至急装備を整えて、準備ができたら連絡しよう。いいか、レイ」

「お、おう。ってか、その金額持って飛ぶのは感心しないぜ、早いとこ引っ込め」

「それもそうだ。会談の続きは戻ってからだ。構わないか? ルー」

 

サクヤの言葉にアリシャは「問題ないヨー」と頷いた

そのあとそれぞれの領主は部下たちに合図する

そうするとてきぱきと椅子とテーブルが片付けられていく

 

「何から何まで世話になった、キリトくん。君の希望に極力添えられることを約束するよ。…それとレイ、あんまり無理はするなよ」

「わかってるって」

 

サクヤはそうレイに言って、そう彼が答えると改めて笑みを浮かべその場から飛び立った

アリシャはレイの背中を唐突にバシっと叩いて

 

「惚気けちゃって! それじゃあネキリトくん、リーファちゃん!」

 

アリシャはレイに向かって悪戯っぽく笑みを浮かべたあとサクヤを追って飛び立った

彼女らも手を振りながら別れを告げると赤く染まった西の空へと進路を向ける

彼女らの姿が見えなくなるまで、三人はそのまま無言で見送っていた

 

「…終わったな」

「うん。…なんだか全部七、八時間前のことだとは思えないや」

 

そのままお互いに無言のまま時間が進むこと数十秒

空気を切り替えるようにパチンと両手を叩いたレイが言葉を発した

 

「さ! アルンまで行こうじゃないか! 日が暮れる前には着きたいだろ?」

「―――あぁ、そうだな、行こうぜリーファ、レイ!」

「うん、行こうキリトくん、レイさん!」

 

互いが互いに名を呼び合い、三人は地面を蹴る

世界樹を目指して加速する彼らの背中を、暮れなずむ濃紺の空に瞬く光が見守っていた

 

◇◇◇

 

シグルドは怒りながら中立都市から一歩外を歩み出る

最悪だ

 

最悪の気分だ

もう少しで思惑通りに事が運ぶと思っていたのに

 

シグルドは徐にウィンドウを開き、ログアウトボタンのひとつ上にあるあるボタンに触れる

 

―――ホラーに魂を捧げますか?―――

 

そんなウィンドウがシグルドの前に表示された

 

この世界には、一つ絶大な力を得られる特殊な状態異常が存在している

それが〝ホラー化〟である

 

最も絶大な力を得られるかわりに失うものが大きすぎるので基本的には誰もこれを選ぼうとはしないし、プレイヤーの善行とかに左右されるのかいつの間にか消失しているのではあるのだが

先も言ったがホラーと化すことでパラメータが何十倍にも跳ね上がり、体力の自動高速回復、飛翔時間の大幅延長、索敵範囲広大化などの絶大な力を得られるのだが、その分デメリットも過酷である

まず、ホラーとなったアカウントはやられてしまうと二度と復元できない

確かに初期の頃はホラーのアカウントは多少横行していたが、少し時間が経つと絶狼のような鎧を持つプレイヤーが現れて倒されていった

ホラーアカウントがいないのは主ににそれが原因だ

ホラーとなっても似たような鎧のプレイヤーにはパラメータの補正が適用されないのだ

 

次に強制的にレッドプレイヤーとなり、ショップや宿屋などの利用が不可能になる

おまけに中立都市にも出入りすることができなくなる

つまりログアウトできる場所はかなり限られるようになるのだ

 

そして極めつけに、倒されたとき数ヶ月はアカウントを作成できなくなるというペナルティも課せられてしまうのだ

 

そんな設定を思い出しシグルドは葛藤していると、ふと前方にひと組の男女のプレイヤーが降り立った

シグルドは歩みを遅くしながらなんとなく聞き耳を立てる

 

「ユウキが待ってる中立都市ってここで合ってるよね?」

「地図見ながらきたから、一応は合ってると思うけど…。翅も限界だし、目的地までもうちょっとだから、あとはのんびり歩いていこうか」

「そだね、…えへへ、ギンガと二人きりってなんか久しぶりかも」

「んー。まぁ確かに最近はユウキたちと一緒が多かったからな」

 

そんなような会話が耳に入ってくる

どうやら仲間と待ち合わせしているみたいだが…その光景が執政室でたまに見たレイとサクヤを彷彿とさせた

レネゲイドの分際で我が物顔で執政室に出入りするあの男…!

そして自分という存在を切り捨てたシルフ領主サクヤ…!

ギリリ、と歯を食いしばる

 

そうだ、鎧のプレイヤーにさえ会わなければ問題ないのだ

レイに報復は無理だが、どうにかしてサクヤは消さねば自分の気分が晴れそうもない

手始めに、あのプレイヤーのカップルには気の毒だが八つ当たりの対象になってもらおう

シグルドはYesのボタンを躊躇なく押す

瞬間、どこからともなく黒いナニカがシグルドの体に入ってくる

同時に感じる、内側から自分が変わっていくのが実感できる

その現象に先のプレイヤー二人もこちらを見ているが構うものか

貴様らはここでこの俺に殺されるのだから

己に没頭するあまり、シグルドは二人の会話が耳に入ってこなかった

 

<―――ホラーの気配だ、ギンガ。まさか人がいるところでその選択をするとはな>

「ホラー? なんだそりゃ」

<簡単に言えばちとペナルティ大きめなパワーアップだ。最も、そのペナルティがでかすぎて誰も選ぶことはなかったのだが…>

「…要は、敵、なのかな?」

<左様。ホラーとなる選択をとったプレイヤーは強制的にレッドとなる。この場で鉢合わせたのは何かの縁、奴が他のプレイヤーに害をなす前に、我らで狩ってしまおう>

 

「―――さぁ、まずは貴様らで肩慣らし―――」

 

その後、シグルドがどうなったか

そんなものは、語るまでもないだろう




このゲームはいろいろな楽しみ方があるな
なんてったって、PK推奨なんだからよ
まぁどんな理由で戦うのかは、当人次第なんだがな

nextゼロ 邪神 yotunheimu

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