洞窟を歩きながら、後ろのキリトはリーファに小言を言われながらも頑張ってスペルを覚えるように繰り返している
洞窟に入ってからおおよそ二時間
オークとの戦闘は軽く十回を超えているが特に苦戦なし
事前に仕入れておいたマップのおかげもあり迷うこともなく順調に道を進んでいる
マップによるとここから先には地底湖に架かる橋があって、それを超えると鉱山都市ルグルーだ
ルグルーはノーム領の首都たる大地下要塞ほどではないけれど、良質の鉱石を産し商人や鍛冶のプレイヤーが住んでいるとのことらしいのだが、他プレイヤーと遭遇することはなかった
まぁもともとこの洞窟は狩場としては効率が悪いし、洞窟内ということで日光が届くこともないため、翅が全く回復しないのだ
―――そういえばキリトは人を探していると言っていた
レイが知ってる情報といえばガダルから見せられた写真の中の一枚に囚われた女性の写真があったことを思い出す
…別にリアルで連絡とれない人をゲームで探すというのは珍しくない
しかし世界樹で探す、という彼の目的を考えるに探し人十中八九囚われた女性なのだろう
最も、それを言及したりなどはしないが
襲撃に関してもユイが恐るべき速度と精度て教えてくれるので、全く心配いらない
そこからさらに数分が経過して、不意にるるる、と何か着信音のようなサウンドがリーファの耳に入ってくる
「あ、ごめん。メッセージ入った、ちょっと待って」
「あぁ」「おぉ」
キリトとレイに了承を取りリーファはウィンドウを表示させ、着信したフレンドメッセージを表示させる
とはいってもリーファのフレンドは不本意ながらレコンだけだ
どうせまたとりとめもない話なのだろう、と思っていたのだが
〝やっぱり思った通りだった! 気をつけて、s〟
書かれていたのがこんな妙ちくりんな文章だった
思わずなんじゃこりゃあと口の中で呟く
意味がわからないし、何が思ったとおりなのだろうか、っていうか文末のSってなんなんだろうか
書きかけの文章を間違えて送信してしまったとか、なのか
「どうした」
怪訝な顔をするレイに今のメッセージのことを話そうとした矢先である
ぴょこんとキリトの胸ポケットで待機していたユイが顔を出し
「パパ、プレイヤーが接近する反応です」
「…プレイヤー? 数は?」
「多いです。…十二人」
「十二人…!?」
「…ただの戦闘にしちゃ、多いな」
スイルベーンからルグルー、あるいはアルンを目指しているシルフの交易キャラバンか
確かに月一のペースで領地と中央を往復するパーティが組まれてはいる
しかしあれは実行前に大々的に募集者を募るのが定石だし、朝の掲示板にはそんな書き込みなどなかったと記憶している
何か嫌な感じがしたのか、リーファが声を抑えて呟く
「ヤな予感がするの。少し隠れてやり過ごしましょ」
「え、けど、どこに…」
「そこは任せて」
リーファはキリトとレイの腕を組み、手近な窪みに身を入れる
恥ずかしさを隠しつつも密着したまま、小さい声で詠唱する
すると緑色に輝く渦が足元から巻き起こり三人の体を包み込む
隠蔽魔法だ、これで外部からはとりあえず見えなくなったハズである
「喋る時は最低の音量でね。魔法溶けちゃうから」
「わかった。…しかし、魔法ってすごいなぁ…」
キリトなんかは目を丸くして包み込んだ風の膜を見回す
服のポケットからひょっこり顔を出したユイも険しい顔をしている
「あと二分で視界に入ります」
首を縮め、息を殺す一行
永劫とも言える時間の中、ザッザッと足音がレイの耳に聞こえてきた
恐らくキリトやリーファにも聞こえてるだろう
しかしその響きの中に、重い鎧のような音が混じってきていた
それに首をかしげていて、キリトがヒョイと首を伸ばして接近してくるであろう方向を睨んだのを見て、レイもそれに倣って首を伸ばして確認した時だ
「!!」
こちらに向かってひらひら飛んでくる赤いコウモリのようなもの
トレーシングサーチャーだ
判断するやいなやレイは剣を取り出し恐るべき速さで接近し、そのコウモリを斬り捨てた
当然隠蔽魔法は解除されるがそんなことを気にしている場合ではない
「リーファ! トレーシングサーチャーだ!」
「みたいね。…おまけに今の赤いコウモリは火属性…っていうことは」
「サラマンダー…!」
リーファとレイの会話を聞いてキリトは顔をしかめた
そのやりとりの間にもがしゃんがしゃんとこっちに近づいてくる
ちらりと見やると先の暗闇に赤い光が見えた
「街まで逃げるぞ、リーファ、キリト」
「うん! 行くよキリトくん!」
「あ、あぁ!」
二人に促されキリトと一緒に一目散に駆け出す
かけながらマップを広げて確認してみると、この一本道はもうじき終わりで、その先に大きな地底湖が広がっている
道は湖を貫く橋に繋がっており、それを渡りきれば鉱山都市ルグルーまで一直線だ、中立都市内部なら攻撃できなくなる
相手がどれだけ数で優っていようがひとまずは安全だ
しかしそれとは別に疑問が思い浮かぶ
なんでこんなところにサラマンダーがいるのか
トレーサーにつけられていた、ということは最初から狙われていた、ということか?
だがスイルベーンを出てからはユイのサーチ能力のおかげでそんな隙はなかったはずだ
可能性をあげるならスイルベーンにいたときにかけられていた、という線しかない
しかしさっき斬った赤いコウモリは隠蔽を暴く機能を兼ね備えている高位術でサラマンダー以外には扱えない
となると可能性はひとつ
「…スイルベーンにサラマンダーが入り込んでいた…」
小さく呟く
だがしかしどうやってだ
敵対関係にあるサラマンダーのチェックをスイルベーンはかなり厳しくチェックしていたハズだ
いくらなんでもそれをかいくぐるのは…
「お、湖だ」
不意に聞こえたキリトの声
いつしか道は石畳の道に変わっており、その先の向こうに空間が開けて青黒い湖が光っていた
湖の中央を石造りの橋が一直線の先にルグルーの門がそびえている
内部に飛び込めればこちらの勝ち、ではある
後ろを見るとこちらを追ってくる赤い光とはまだだいぶ距離がある
「逃げ切れるっぽいな!」
「最後まで走る速度緩めるな、全力でいけ!」
リーファやキリトに注意を促しながら橋を全力で駆け抜ける
その瞬間、頭上を通り過ぎるように赤い二つの光点が駆け抜けた
攻撃魔法? しかしそれにしては狙いが逸れている…いや、もしかしてあいつらの狙いは
<…してやられたわね>
「あぁ、みたいだな」
レイはそう呟きながら、剣を構え後ろを向いた
リーファは最初彼の意図がわからなかったが、目の前で起きた現象を見て納得する
ズガガ、という音と共に地面から壁がせり上がってきたのだ
いわば、岩の壁である
「なっ!?」
キリトも驚愕に顔を染めるが、すぐさま剣を抜き放ち、その壁に叩きつけた
しかし結果はガイン!とかいう衝撃音に弾かれ、キリトはそのまま尻餅をついてしまった
「ダメだって言おうとしたけど、遅かったな」
ははは、と笑いながらキリトに向かってレイが言う
「あぁ、みたい、だな…」
<せっかちねぇアナタ。これは土魔法の障壁、物理じゃ突破はできないわ>
「攻撃魔法をたくさん打ち込めば、破れるけど…それをする時間はない、よね」
並んで背後を振り返ると赤い鎧を身にまとった連中がこっちに向かって走ってきていた
その姿はもう完全に視認できる
「けど、サラマンダーがこんな高位な魔法使えるってことは、相当腕の立つメイジが混ざってるんだわ…」
橋の幅はせまい、この状態では一方的に殲滅される、という事態は避けられそうだ
だが、数では圧倒的に負けている
これは…仕方ない、か
観念した様子でレイはすっと二振りの剣を取り出して身構える
「…レイ?」
キリトの声にニヤリと笑む
「たまには、俺にカッコつけさせろ。なに、余裕さ」
「い、いいんですかレイさん、いくらなんでも…」
「気にすんなって。ついでに敵のひとりとっ捕まえて、誰の差金か吐かせてやる」
そう言ってゆっくりとサラマンダーの大隊に悠然と歩いていく
敵の配列は前衛に大盾を携えた重武装の戦士に、その後ろにメイジが三人、そして残ったメンツは攻撃魔法全般のメイジ、といったところか
<どうするのゼロ。結構骨が折れるかもしれないわ>
「上等。お前と会ったあの時に比べれば、屁でもないさ」
すっと手に携えている二本の剣をくるくると回して
その様子を見たキリトはあれ、と変な声を上げた
「? どうしたのキリトくん」
「いや、レイって、剣、二本持ってたっけ…って」
ここまででの戦闘は基本的にレイは一刀の片手剣で戦闘していたハズだ
それを聞いたリーファはあぁ、と相槌を打ちながら
「レイさんの本来の戦闘スタイルは二刀流なの。普段は二本出すくらいの戦闘とかはないから、片手剣で戦ってるけど…」
「二刀流!? この世界でも、二刀流できるのか!?」
「できるといえば出来るけど…私は今のところレイさんしか見かけないな、二本使うって結構難易度高いんだよ?」
「そうなのか…」
そう言ってキリトは改めてレイを見る
彼は一気に走り出して斬りかかろうと身構えた
当然、タンク役となっている戦士たちはこちらに攻撃してくるだろうとふみ、改めてどっかりと腰を据えて盾を構える
レイはそれを見越し、その場でひと思いに跳躍した
三人のタンク役の戦士の頭上をいとも容易く飛び越えたレイはこちらに振り向かれる前に二刀を振り回し、その体力を奪い、撃破する
次は回復役としてそのタンクの戦士の後ろに控えていたメイジを斬り捨て、その後ろに控えているメイジ部隊へと突っ込んでいった
そのあとは一方的と言える戦闘だった
メイジ、というのは必然的に魔法をメインに戦うこととなる
しかし攻撃には当然、詠唱が必要となってくるわけだが、レイがそんな隙を与えることなどなく
気づいたら敵のメイジ部隊は一人を残して全滅してしまった
レイはその男に魔戒剣を突きつける
「ま、マジかよ…!?」
<さて。じゃあ洗いざらい吐いてもらおうかしら?>
「ち、ちくしょう! 殺すなら殺しやがれ!」
定番の捨て台詞
別にひとりくらいなら逃がしたって構わないが、今は少しでも情報がほしい
少し考えてレイはウィンドウを開き揺さぶってみることにする
「おーしじゃあ相談しようぜ」
「は? 相談…?」
「おうとも。ついさっきここで手に入れたこのアイテムやお金なんだが、正直に話してくれたら全部くれてやってもいい」
それを聞いたサラマンダーの男は周りをキョロキョロと見渡した
恐らく仲間の蘇生時間猶予がゼロになり、セーブポイントに戻されるのを確認したのだろう
最後に残っていたリメインライトが消えたとき、男は改めてレイを見て
「…マジ?」
「あぁ。二言はないぜ」
一瞬の沈黙
そのあとで、レイと男は二人してにまーっと笑いあった
<…オトコノコっていつの時代も現金ね>
シルヴァのつぶやきに、背後から見ていたリーファやキリト、ユイも苦笑いを浮かべるしかなかった
◇◇◇
「今日の夕方くらいかなぁ。ジータクスさん…あ、さっきのメイジ隊リーダーなんだけどさ、あの人からメールで呼び出されたんだ。強制招集みたいだから行ってみたらたった三人を十何人で狩るって話じゃん。イジメかって思ったけど、昨日カゲムネさん倒した相手みたいだから、なるほどなって」
「カゲムネってのは?」
「ランス隊の隊長。シルフ狩りの名人なんだけど、昨日コテンパンにされてきたって言ってたからさ。あんたがやったんだろ?」
シルフ狩り、という言葉にリーファとキリトは視線を交わした
恐らく、キリトが先日撃退したサラマンダー部隊のリーダーがカゲムネだったのだろう
「それで、そのジータクスさんはなんであたしらを狙ったの?」
「あの人はもっと上からの命令みたいだったぜ、なんかわかんないけど、〝作戦〟の邪魔になるとかなんとか」
「作戦?」
レイが問いかける
「なんか上の方でなにか動いてるみたいなんだよね。俺らみたいな下っ端には教えてくれないけど、かなりでかいこと狙ってみるみたいだぜ。今日入ったとき、かなりの大人数が北に飛んでいくのをみたよ」
「…北」
リーファは指先を唇に当てて考える
「サラマンダー領の首都ガタンからまっすぐ北に行くと、今俺たちがいるこの環状山脈に突き当たる。そこから西にはルグルー、東には竜の谷、どっちを超えても、その先は世界樹だ。もう一度攻略するのか?」
レイの問い掛けにまさか、と男は首を振った
「流石に前回のでこりてるよ。最低でも全軍に古代武具級の装備が必要みたいだから、今お金貯めてるところなんだ。おかげでノルマがきつくてきつくて。だけど、まだ目標の半分も溜まってないらしいよ」
一通り話を聞くとレイとリーファはふむぅと考え始める
「まぁ知ってることはこんなもんだ。…ところでさっきの話、本当だろうな?」
「当たり前さ。二言はないって言ったろ」
レイはその問いに答えながらトレードウィンドウを展開させ操作する
入手したアイテム群を覗き込んだサラマンダーは嬉々とした表情で指を動かした
「…けど、それ元は仲間のでしょう? 罪悪感とかないの?」
「わかってねぇなぁ。連中が自慢げに見せびらかしてたから快感も増すっての? まぁ流石に装備なんかはできねぇから、全部売って家でも買うよ」
ほとぼりを冷ますべく何日かかけてテリトリーに戻ると言って、サラマンダーは元きた道を戻っていった
場にはキリトとレイ、そしてリーファが取り残される
「…まぁ、考えていても仕方ない、行こうぜ二人共」
リーファとキリトを促して、それに笑顔で二人も応じる
◇◇◇
鉱山都市ルグルーの城門を開ける
補給、及び気になることがいろいろ出来たから情報の整理も兼ねて今日はこの街で一泊することにした
道中いろいろあったこともあり、現在時刻は深夜零時近く
リーファは身分も学生だし、どんなに遅くても一時前にはアウトさせなければならない
それにはもうキリトも了承済みだ
城門を潜るとBGMの代わりにNPCの楽団の陽気な演奏といくつものと槌の音が三人を出迎える
「ここがルグルーかー…」
初めて目にする地底都市に思わずリーファは歓声を上げ、近くにあった商店に陳列されている武器を手に取って眺めてみる
そんなリーファの背中を見ながらふと、思い出したようにキリトが呟く
「うん?」
「サラマンダーに襲撃される前にさ、メッセージ届いてただろ? あれはなんだったんだ?」
「あ、忘れてた…」
慌ててウィンドウを開いて履歴を確認する
レコンから送られてきたメッセージは改めて見てもよくわからない
回線がトラぶったのか、一向に続きが届く気配もない
ならば今度はこっちから送ろうとも考えたがリストにあるレコンの名はグレーになっている
すでに寝てしまったのだろうか
「念のため、向こうで連絡取り合ってみたらどうだ?」
レイの言葉にむむむ、と考えこんだ
ぶっちゃけると現実のことを持ち込むのは好きではない
アルブヘイムのコミュニティサイトにも出入りしていないし、レコン―――長田慎一ともリアルではゲームの話はほとんどしない
しかしこの変なメッセージにはなにか引っかかるのもまた事実でもある
「…わかった、少し落ちて確認してくる。キリトくんにレイさん、私の身体よろしくね」
「あぁ」「任せておけよ」
というわけでリーファは適当なベンチに腰をかけてログアウトボタンを押す
何度目かの世界移動、めまいのような感覚を味わいながら彼方のリアルへと戻っていく
◇
「…なぁ」
「うん?」
のんびり待っている間、不意にキリトがレイに向かって口を開く
適当に購入したドリンクを飲みながら、答える
「どうした」
「いや、サラマンダーとの戦いでアンタが見せた二刀流、どこでその技術学んだのかなって思ってさ」
「あぁ、こいつ? …んん、いつだったかな。シルヴァと会った頃、二刀流にシフトしてたかな」
そう言いながら甲についてあるシルヴァへと視線を向ける
<懐かしいわね、あの頃の貴方は片手剣だったかしら>
「あの時はシンドかったなぁ。よく乗り切ったもんだ」
ははは、と笑いながらあの頃を思い出すように天井を見上げる
「歩いてきていいぜ、ここ来るの初めてなんだろ?」
「え? だ、だけど、いいのかな」
「大丈夫だって。リーファは俺が見とくから。あ、けどあんま離れすぎんなよ」
「…わかった。じゃあお言葉に甘えて」
そう言ってキリトは先のリーファと同じように陳列されている武器屋へと足を運んでいった
そんな背を見守りつつ、レイはリーファへと視線を向ける
最も、ルグルーは中立域だからなにかされる心配はないだろうが
◇◇◇
覚醒して眼を擦りつつ、リーファは机に置いてある自身の携帯へと視線を向ける
近くによって電気スタンドの電源を入れつつ、スリープモード解除して画面を覗くと、まず仰天した
「…うぇ!?」
そこには一列びっちり、長田慎一の名前があったのだ
着信十二件、全て彼からのコールである
家族や警察等の緊急の連絡ならアミュスフィアを通じて知らされるのだけど、彼のはそれに含まれないのでひたすらに無視してしまったようだ
かけ直そう、と思ったところで十三回目のコール
通話のボタンをタップし、それを耳に当てる
「もしもし、長田くん? どうしたのよ一体」
<やっと出た! 遅いよ直葉ちゃん!>
「…いろいろゴタゴタしてたのよ。それで要件は?」
<そうだった! 大変なんだよ、シグルドの野郎…僕たちや領主のサクヤさんを売りやがったんだよ!>
「売った…?」
彼から聞こえる不穏な言葉
戸惑いを隠しながらも、直葉は長田からの続きを待つ
少し間をおいて、彼は続きを話し始めた
<ほら、昨日古森エリアでサラマンダーに襲われたとき、シグルドが囮になったじゃない? 数人のサラマンダー引きつけて>
「あぁ、そういえばそんなのあったね。…でも、それがどうしたの?」
<よく考えればおかしいと思わない? いつもならそういう囮役、誰かにやらせるでしょ?>
「あ…言われてみれば」
彼は戦闘指揮官としてはそこそこ優秀ではあるが、その分自己顕示欲が強いところがある
常に自分がトップでないと気がすまない彼が、そんな捨石まがいのことをするだろうか
「…つまり、どういうことなの?」
<あいつ、サラマンダーと内通してたんだよ! たぶん、だいぶ前から!>
その言葉には驚きを隠せない
シグルドとはALO黎明期…いわば初期からいる古参のプレイヤーだ
今までに四回ある領主投票にも全部参加しているし、落選しても自分から補佐を名乗り出るくらいには
その彼が内通している、ということはにわかには信じられない
「…確証は?」
<うん、僕、何か引っかかるって思って、今朝からずっと〝ホロウボディ〟で尾行してたんだ>
彼が言うにはこうだ
<裏道に入ったとき、アイツ等も透明マント被って姿消したから、これはいよいよ何かあるなって思って。地下水道の奥の方に、妙な二人組が待ってたんだけど…そいつらがサラマンダーだったんだ! これは絶対に何かあるって思って聞き耳立ててたら、サラマンダーがリーファちゃんにトレーサー付けたとかなんとか言っててさ…けど、そこでうっかり小石蹴っ飛ばしちゃって…>
「じゃあ、レコンは今…」
<うん、毒矢撃たれて、捕まってるんだ…>
だからひっきりなしに電話をかけてきていたのか、と納得する
<内通だけじゃないよ、実は今日サクヤさんが、ケットシーと同盟を調印するってんで、極秘で中立域に出てるらしいんだよ!>
「―――え!?」
どうりでいないわけだ
レイも知らなかったところを見ると、本当に極秘で出かけたのは間違いだろう
<多分シグルドの野郎は、そのサラマンダーの大部隊にその調印式を襲わせる気なんだよ!>
外は雨が降っている
タイミングがいいのか悪いのか、ゴゴーン!と大きな雷の音が耳に入ってくる
意を決して、直葉は長田に問いかけた
「…会合の場所、わかる?」
◇◇◇
「いかなきゃ!」
覚醒と同時、リーファはそんなことを叫んだ
それにキリトは驚き、危うく屋台かどっかで購入した謎の串焼きを落としそうになり、レイは目を丸くした様子でリーファを見上げる
「…どうした?」
「ごめんなさい二人共。…私、急いで行かないといけない用事ができちゃったの。説明してる時間も、多分なさそう…」
キリトの顔を見ながら、リーファが呟く
「ここにも、戻ってこれないかもしれない…」
キリトとレイはお互いを見合わせて、頷く
「よし、じゃあ走りながら聞くか」
「あぁ。どっちみち、ここから足をつかってでないといけないからな」
レイとキリトはそう言って、リーファのすぐ横を通り過ぎた
二人の背中を見て、リーファは
「…わかった、走りながら話すね」
◇◇◇
今まで来た道を戻りながら、リーファは掻い摘んで話していく
シグルドのこと、調印式のこと、そしてその調印式がサラマンダーに襲わられそうになっているということ
話を聞きながら、サクヤのことを知っているレイはやれやれといった様子で頭をかいて
「…ったく…」
と小さな不満を漏らしていた
そんなつぶやきを耳にしつつ、リーファは続ける
「それで、四十分後の蝶の谷を抜けたあたりで、調印式が始まるらしいの」
「なるほど、サラマンダー的には、まず同盟を邪魔できる。おまけに情報はシルフ側から漏れたやつだから、当然ケットシーは黙ってないし、下手したらシルフとケットシーで戦争が起こるってわけだ。現状最大勢力のサラマンダーに対抗できそうなのは、シルフとケットシーの連合くらいなもんだからな」
走りながら補足するようにレイが言葉を紡いでいく
今度はキリトが問いかけるように口を開いた
「領主を討つってことで、具体的にどんなメリットが入るんだ?」
「討たれた時点でやられた側の領主館に蓄積されてる資金の三割無条件入手、そんで十日感、領地を占領できて税金を自由にかけられる。えげつねぇ金額だぜ?」
「サラマンダーが最大勢力になったのは、昔シルフの最初の領主を罠にはめて倒したからなんだ。普通、領主は中立域に出ないから、後にも先にも、領主が討たれたのはその一回だけなの」
「そうなのか…」
ちらりと横を走っているキリトの顔をのぞき見ながら、リーファは言葉を続ける
「…だからキリトくん。これはシルフ族の問題なの。これ以上君が付き合ってくれる理由はないの。ここを出ればアルンまではもうすぐだし、会談場に行けば多分生きて帰ってこれない。だから、世界樹の上に行きたいっていう君の願いを叶えるなら…サラマンダーに協力するのが―――」
「ストップ。そこまでにしとこうぜ、リーファ」
「え…?」
「今更気になんかしないってことだよ」
言葉を遮ってレイがこちらに向かって笑みを浮かべる
人懐っこい、まるで子供のような笑顔
そういえばこの人と初めて出会った時も、こんな顔をしていたっけと思い出す
レイの言葉に続くように、キリトが言葉を発した
「確かに、所詮ゲームだから、なんでもありだ、殺したいから殺すし、奪いたいから奪う。そんな風に言うやつには嫌ってほど出くわしたよ。でもそうじゃない、仮想世界だからこそ、守らなきゃならないものがある。俺はそれを大切な人に教わった」
そこでキリトは一度言葉を区切る
「VRMMOっていうこのゲームでは、矛盾するけどプレイヤーと分離したロールプレイはありえないと思ってる。この世界で欲に身を任せれば、必ず現実の自分に帰っていく。プレイヤーとキャラは一体なんだ。…俺はリーファやレイのことは好きだ、友達になりたいって思ってる。だから、どんなに理由があっても、自分の利益のためにそういう相手を裏切るなんて真似はしない。絶対だ」
「…キリトくん…」
不意に胸が詰まり、呼吸ができなくなって、思わずその場に立ち止まる
少し遅れて、キリトとレイも立ち止まった
この世界で今までどうしてもほかのプレイヤーに一定以上の距離に近づけなかった理由がなんとなくわかった
それは相手が生身の人間か、ゲームのキャラなのかわからなかったのだ
相手の言葉の裏に、何を思っているのか、とかそんなことばかりを気にしていた
どんな風に接していいかわからないが故に、相手の差し出す手を重荷と突っぱね、己の翅で振り切っていた
だが―――そんなことを気にする必要なんてなかったんだ
「―――ありがとう」
「気にしないでいいって。それと、なんか偉そうなこと言ってごめん。悪い癖なんだ」
「ううん。…嬉しかった」
「じゃあ、話もまとまったところで、行くか? …来るんだろ、キリト」
「もちろん。最後まで付き合うよ」
レイの言葉に返しつつ、キリトは笑顔で答える
彼にとっては何気ない言葉なのだろうけど、それがリーファには嬉しく思う
「よし、じゃあとっとと抜けるぞ!」
ニヒルな笑みを浮かべ、レイは前を走り出す
その後を追うようにキリトとリーファも走り出した
目標は調印式が行われるという―――蝶の谷近辺
勝ってばっかの人生もそりゃあ面白いかもしれねぇけどよ、勝利の美酒の味歯科知らねぇってのもつまんねぇぜ?
人生にはスパイスってのが必要だ
それが負けを知ることとは限らねぇがな
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