ハリー・ポッターと病魔の逆さ磔   作:三代目盲打ちテイク

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第68話 出発

 闇の陣営に堕ちた魔法省の奥底で、今、歓喜の笑みがあがっていた。

 それは闇の帝王が発するもの。

 

「はは――」

 

 ついに、ついにやったのだなと、自らの希望を見つけたような歓喜の笑みだった。

 求めていたもの。

 それこそが、見たかったものだ。

 

 反盧生、闇の帝王、トム・リドルが見た輝きだった。

 

 人は病みを乗り越えることが出来るのだという証明。

 自らの穢れを乗り越え、己がヴォルデモートになったように。

 人は自ら変わることが出来るのだ。

 

 だからこそ闇を自覚せよ。

 病みを受け止め、乗り越えるが良い。

 そこに人の輝きはある。

 

 人はその病みに耐えられず大半が死ぬだろうが、知ったことではない。

 今、世界中に広がる反盧生の支持者たち。

 彼らはトムを支持しようとすら思っていない。

 

 悪感情。

 悪意。

 害意。

 殺意。

 

 あらゆる反感こそが闇の帝王の支持。

 盧生ならざる盧生。

 反転した盧生。

 

 悪の主役。

 それこそがトム・リドルゆえに。

 

 彼のことを悪と思えば思うほどに、彼は強大になっていく。

 魔法族もマグルももはや関係ない。全世界の全てが彼の敵であり、支持者。

 もはや、彼に勝てる者はいない。

 

「そうだ。オレ様は信じているのだ。人は、変われるのだと。オレ様が変わったように。それこそが未来へ繋がる一歩であると信じている」

 

 咆哮。

 賛同の声

 

 闇の中で死喰い人が声を上げる。

 彼らもまた眷属として邯鄲を超えて、今までの思想を超過した。

 極みに達した彼らは、トムの支持者ではない。

 

 彼らだけは、トムの急段に嵌らない。

 

 故に。

 

「…………」

 

 ただ一人。

 その中で一人の女のことを考えている男がいた。

 

 ドラコ・マルフォイ。

 彼は考えていた。

 震えながら強い方であるトムについてトムを支持しながら、サルビアの役に立つにはどうすればいいのかと。

 

 植え付けられた記憶。植え付けられた感情。

 だが、それでも、それはもはや彼のものだ。

 

 ドラコは考える。

 考え続けている。

 闇の中で。

 闇の底で。

 

 彼女が来るのを待っている。

 

 彼女は来るだろう。

 救われた彼女が、次に何をするかなどドラコにもわかる。

 八つ当たりだ。

 

 なにせ、アレほどではないがドラコもプライドが高い。

 気に入らないものに対して当たり散らす。

 理性ではないのだ。どうしようもなく抑えきれないのだ。

 

 ただただ、気に入らないからこそその脚を引く。

 純血であり、名門である。

 だからこそ、己よりも劣る者が優れていることが気に入らない。

 

 それを完膚なきまでに叩き潰された。

 闇の帝王ですらこれで、サルビアですらそうだった。

 ならば己は何かあっただろうか。

 

 純血、家柄、死喰い人である父。

 それらを除いて、己が成したこと、誇れることは?

 

 答えはない。

 何一つ。

 それをサルビア・リラータに見せつけられた。

 

「…………」

「どうした、ドラコ」

「……なんでも」

 

 そうなんでもない。

 なにもない。

 

 だからこそどうする。

 ドラコ・マルフォイは、どうするのだ。

 

 やるべきことなど決まっている。

 サルビア・リラータの役に立つ。

 

 それこそが、『約束』だ。

 

「……これは証明だ」

 

 僕にだって、役に立てるという。

 約束を守ることこそが己の誇りになるのだと信じて。

 

 闇の中、一人の少年が、歩き出そうとしていた――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 最悪だ。

 最悪に過ぎる。

 まさか、何の役にも立たない塵屑(ハリー・ポッター)に救われるなど。

 

 見ろ、奴らの勝ち誇った顔を。癪に障る。むかつく。

 だというのに、最悪なことにほっとしている自分がどこかにいるのが猶更最低の気分だった。

 

 病魔から完全に救われた。

 魂にすら根付いた呪いじみたアレを片っ端から持って行って、サルビアが放った死を反転させた死の呪文でそれらすべてを破却した。

 まったくもって、最悪だ。これであいてが苦しんでくれていれば多少は溜飲が下がったというのに。

 

 彼を助けたことも、彼に助けられたこともなにもかもが、サルビア・リラータにとって最高(サイアク)の展開だった。

 

 ああ、まったく他者を生き返らせる呪文があるのならば教えてくれ、この場ならばそれは死の呪文となる。

 しかし、そんなものなどあるはずがない。あれば、とっくの昔にサルビアが使っている。

 

「最悪よ……」

 

 やつらを負けさせるためには、誰かに縋るしかない。そんなこと出来るはずもなく、なにより――。

 手にいれた健常を手放すことが出来るほど、逆十字という死の十字架は軽いはずもない。

 

「やったね、ハリー」

「ああやったよロン」

「大丈夫かしら、サルビア? どこか悪いところは?」

 

 最悪だ。

 最悪に最高(サイアク)だ。

 己の目的は果たせた。果たせてしまった。

 健常な寿命と肉体を手にいれたのだ。

 

 空気がうまい。

 身体が軽い。

 だが、最高(サイアク)だ。

 

「…………」

 

 ならばこれから、この三人を殺すか?

 それをしてどうなる。なんの意味もない。

 それに、殺せやしないだろう。

 塵屑が使った魔法ならざる力。

 あれはきっとまた使える。

 

 それにそんなやる気も全て消え失せた。

 心の内で燃えていた逆さ十字の炎はすっかりと消えていた。

 今はただただ、とにかく不愉快極まりないだけだ。

 

「……出てって。ハリーも、ロンも、ハーマイオニーも、全員、ここから、今すぐ、出て行って」

「サルビア?」

「わかった。落ち着いたらまた来るよ」

 

 なんだそれは、大人のつもりか。

 どこまでも不快にさせる天才だな、ハリー・ポッターは。

 

 そそくさと出て行った三人は、どうせ村の中にいることだろう。

 

「…………」

 

 とりあえず自分の身体を確認する。

 どこにも悪いところはない。

 

「身体が軽い……」

 

 腕が動く、足が動く。

 目が見える。

 耳が聞こえる。

 匂いがわかる。

 

「空気がうまい……」

 

 内臓の全てが無事だ。

 痛みが本当にない。

 

 サルビアは静かに息を吐いた。

 肋骨はへし折れない、内臓全てに律儀に万遍なく突き刺さらない。

 血を吐くこともなく、痛みに耐えるために噛み締め続け変形した顎が砕け散り、その衝撃でまた身体のどこかの骨が折れ骨が内臓や肉に突き刺さるという末期症状にはならない。

 

 無限にループする螺旋のように血を吐いては骨が折れて血を吐くの繰り返しには程遠い、何度も息が吸える。何度も、何度も吸える、吐ける。

 そんな普通の呼吸を数度繰り返せば、顎の骨が折れるところなどもうないほどに折れ、手足の骨も全て折れきったはずの身体には何の異常も起きていない。

 

 すっぱりと腕を切る。そこから流れるのは赤い血だった。これが腐りきり変色したどす黒い肌から流れる血は赤を通り越して黒であり、膿み、糞のような腐臭を撒き散らしていた腐った黒血であったことなど誰が信じられよう。

 

「……いたい……」

 

 正常な感覚だ。何の問題もありはしない。

 

 息を吸うだけで鼻と口腔粘膜は剥がれ出血するか、腐り落ちてどす黒い液体が気道も食道も塞ぎ溢れたそれらが口から、鼻から流れ出すということは起きそうにない。

 心臓は普通に拍動している。血管は順当に血液を運び循環させている。

 

 肺、胃、肝臓、腎臓、膵臓、小腸、大腸、十二指腸、子宮、膀胱その他。体内に存在するありとあらゆる臓器には無事なところしかない。

 免疫系はストライキをやめて正常に働いている。痛みは何一つない。

 

「……あぁ、最悪」

 

 本当に救われてしまった。

 全て確認して、全て正常。

 ここから体調が崩れるといった予兆もなにもない。

 完全に、完璧に救済されてしまった。

 

 格上であったダンブルドアにでもなければ。闇の帝王にでもない。

 それらならばまだ納得もできよう。いいや、納得はしないが、少なくとも理解はできる。己の力を正確に把握しているサルビアには、彼らの力が良くわかる。

 だが、現実としてサルビアを今こうして救って見せたのは、遥かに格下であり、役にも立たない塵屑でしかなかったハリー・ポッターと、ロン・ウィーズリー、ハーマイオニー・グレンジャーだった。

 

 ならばどうする?

 このままどこかへと逃げるか? 

 却下だ。

 これでは完全に敗北して、ハリーたちから逃げているようではないか。そんなことサルビア・リラータに耐えられるはずがない。

 

 ならばどうする?

 

「決まっているだろうが」

 

 このサルビア・リラータが奴ら如きに負けるはずがない。

 正常な寿命と正常な肉体を手にいれたのだ。

 ならば、あの三人如きに負けるはずがない。やつらが勝っていた部分など寿命と、あの夢だけだ。

 

「借りを返す」

 

 借りっぱなしなどありえない。

 

 サルビアは支度を整えると、玄関先でなにやら待ち構えていた不快極まりない馬鹿どもに告げる。

 

「行くぞ。闇の帝王に借りを返しにな。貴様らが出来ないことを私がやってやるんだ。むせび泣け」

 

 決して、決して、三人のためなどではない。

 借りを返しに行くのだ。それだけだ。それ以外になにもない。

 

 




少し短めですが更新。

闇の帝王の試練を乗り越えたことになってしまったために、サルビアから急速に病みと闇が抜けるの巻。
なんだよ、ただの虚弱ツンデレ美少女になってしまったじゃないか。
いかん、空に浮かぶセージの笑みが浮かんでしまう。

次回あたりから闇の陣営との対決に入ろうかな。
ぶっちゃけ魔法界ほぼほぼ全滅してるけど、大丈夫大丈夫、イケルって、きっと

???「まだだ――!! 明日の希望は奪わせん」

???「ゆえに邪悪なるもの、一切よ。ただ安らかに息絶えろ」

とかいうよくわからない金髪の連中と闇の陣営は戦ってるからイケルって!

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