一触即発。
滅びた村の中で、二人の男が睨み合っている。
ハリー・ポッターとロン・ウィーズリー。
親友同士。
互いに矛を向けたコトのない相手に、今、ここに初めて矛を向けていた。
譲れないものがあるから。
二人の少年が戦う。魔法が飛び、拳が飛ぶ。
新しい魔法決闘。
過去最大に回転する呪文。知る限りの呪文が飛び交う。
「君が、これから何をするつもりなのか、わかっているのか!?」
「わかっているよ、だからこそ、ロン! 君にも手伝ってほしいんだ!」
「サルビアを倒すことを?」
ハリーは頷いた。
サルビア・リラータを救うためには、まず、彼女を超えなければならないから。
「彼女は病人だぞ!」
もはや、美しさの欠片もない死にかけの木乃伊。彼女などそう言っても差し支えない。きっと魔法で戦おうものならば、即座に死ぬ、死んでしまう。
そうなってしまえば、殺人だ。未来へ歩いて行くことなどできやしない。そして、光であればあるほど、それはどうしたって出来ない。
だから――。
「それは、僕の役目だ!」
天へと吠える逆襲の狼。サルビアに与えられた役割のまま、彼は尊きモノの喉元に食らいつくことが出来る。
「それじゃダメだ!」
だからこそ、親友を止めなければならない。互いに互いを止めるために二人はここに争っている。
単純だ。誰もが、みんな、相手が大切だから戦う。そんなことはさせられないと――。
ゆえに――。
「本当、男の子ってバカね!」
ハーマイオニー・グレンジャーもまた、舞台に上がるのだ。
戦いは三つ巴へと様相を変える。
「ハーマイオニー!」
「本当、馬鹿ばっかよ。そんなので戦うなんて!」
放たれる閃光。
この一年で、溜め込まれた知識の粋。放たれるロンの
それにとどまらず、翻る杖は、ハリーへと向かい放たれる守護霊。
「エクスペクトパトローナム!」
ハリーもまたそれに対抗して生み出すは牡鹿の守護霊。術の修練において、ハリーはハーマイオニーを凌駕している。
「僕だって――」
放たれる
「
さらに放たれる増幅振動によって、爆弾と化した小石ども。成長期を迎えて向上した身体能力にて優れるロンは、瓦礫を蹴り上げ、爆弾として利用する。
「やるわね――」
だが、ハーマイオニー・グレンジャーも。
「でも――」
ハリー・ポッターも。
ましてやロン・ウィーズリーは。
「「「まだだ――!」」」
退きはしない。彼らもまた、サルビア・リラータと紡いで来た時間がある。
「あなたたち勝手すぎよ。私にもわかるように説明しなさい!」
「ハーマイオニーが理解できないんじゃ、僕らが説明なんて無理だよ!」
「だから、サルビアを救うんだよ!」
「あなたたち、それで、こんな決闘してるってわけ! 馬鹿じゃないの!?」
ああ、馬鹿だとも。理解している。こんなことは無駄だし、意味がない。それはわかっているとも。数年、友人たちよりも精神が先行したハリーには百も承知。
だが、わかっていてもやめられない戦いというものがある。互いに互いを思うがゆえに、避けられない衝突というものがある。
だからこそ、誰一人として退くことはない。
自らが学んだ呪文を駆使して綺羅綺羅と三つ巴を続けるのだ。
「――なあ、お願いだよ。君たち二人を、殺人犯にはしたくない――」
ロン・ウィーズリーが思おうのはそれだけだ。サルビア・リラータを救うには、彼女よりも優れていることを示すことが必要となる。
サルビア・リラータを救える人間であるのだと、示す必要がある。それは、彼女を負かすというもっとも単純なこと。
そして、それが出来るのは魔法の決闘にほかならず、完膚なきまでに彼女を叩きのめすのだ。諦めない彼女を諦めさせるために。
その果てに、彼女が死んでしまうかもしれない。だとしたら、そんなリスクを二人に背負わせることなどできない。
なぜならば。
「ハリーは、例のあの人を倒さないといけない!」
なぜならば、ハリー・ポッターは光だから。闇を倒すのはきっと君なのだとロン・ウィーズリーは確信している。
それは、彼という主役に対する羨望がそうさせている。あるいは、敗残者として逆襲譚に身を寄せたからかわかるのだ。光というものが。
「君ならやれると信じている――」
だから、君に闇は背負わせない。
「僕はどうしたって、主役にはなれそうにないから。ハーマイオニーのように勉強だって出来ないからね」
だから、君の為に闇になろう。サルビア・リラータの為に闇になろう。
「馬鹿いってんじゃないわよ!!」
それに吠えるのはハーマイオニー・グレンジャー。
「聞いていれば主役だとかそうじゃないとか、馬鹿じゃないの! 失敗する可能性ばかり考えて。確かに、私はそういうの嫌いよ。ええ、でもね、一つ忘れてることがあるんじゃないかしら」
そうロンは決定的なことを忘れている。
「あのサルビアが、そう簡単に死ぬはずないでしょう」
そう、忘れていないか? 病に犯された姿を見て忘れていないか?
彼女はどういう人間なのかを忘れていないか?
ハーマイオニー・グレンジャーは、事情を何ら一つしらない。
ハリーにように邯鄲で彼女の真実を知った訳でも、ロンのように実際を見たわけでもない。だが、それでも彼女は、事の本質を誰よりも理解していた。
「サルビアの為に、何かするのならみんなでしましょう。私たちは、いつも三人で、いえ、四人でやってきたじゃない。例え、サルビアがどんな悪いことをしていたのかわからない。でも、それにはきっと理由があった。あなたたちが、そんなに必死になって救おうとするんですもの。だったら、一人でやるだなんて馬鹿なこと言わないで。みんなでやりましょう」
そう、いつもみんなでやってきた通りに。
「例え何があろうとも、三人ならばやれるはずよ」
そう、三人ならば。
サルビアをいれて、四人になればきっと魔法界だって救える。
よって、これより一つの決戦を始めるとしよう。
それはサルビア・リラータを救うために決戦だ。
彼女の為に、彼女を倒す。
救うために、彼女を零落させるのだ。
さあ、
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ぐ――」
命を繋ぐにはどうすればいい。
生きるにはどうすればいい。
生きることは簡単だろう? 誰だ、そんなことを言ったのは。
そんなことを言っている奴には、この惨状を見るが良い。数多の病に侵され、もはや死んでいなければおかしいほどの苦痛に犯された女。
サルビア・リラータ。
救われるために必要なことは、誰かに縋ること。
誰かに助けてと、一言いえばいい。それだけで、その病から救われる。
なぜならば、それこそがサルビア・リラータが、逆十字の係累が持つ宿痾なればこそ。真に逆十字の病みとは、誰にも縋れぬその精神性だ。
決して、数億程度の病の数々などではありはしない。
才能、天稟、天運。
あらゆる全てが与えられているがゆえに、彼らは誰かに縋るということが出来ない。逆十字という精神性が、誰かに縋るということを赦さない。
それは、初代から続く最悪の呪いだ。ゆえにこそ、闇の盧生は願っている。その病の克服を。
いずれ来たる未来において、逆十字の後継が救われるのではない。自らを自らで救ってくれと。
誰の力も借りずとは言わない。人は、自分一人で救われるものではないのだから。
だだ、誰かが行ったから救われたなどでもなく。
誰かがいたから救われたでもない。
自分で、誰かに助けを求めて救われてくれ。
それは真の逆十字からの脱却。
それは、誰でもないサルビア・リラータに課せられた宿業。
だってそうだろう。
あなたはヒーローがいないから救われないなどと言われては、可哀想ではないか。
誰かに助けを求め、その誰かの助けを受けて、自分で救われることが出来るのだと示してくれ。
ゆえに、与えられた病。闇、病み。
「ごはっ――」
刻一刻と悪化を続ける病態に、されどサルビア・リラータは不屈の精神でもって立ち上がる。誰かに縋ることなど許容不可。
彼女の精神は、過去最高に燃え上がる。魂を燃やして飛翔する。
それは、蝋の翼で空を飛ぶイカロスが如き所業。だがそれでも、彼女は前に進むのだ。諦めなければ夢は必ずかなうと信じている。
願われる超深度の生への渇望。
悪いことなど何一つも考えていない。ただ生きたいだけだ。サルビア・リラータは、ただ、生きたいだけなのだ。
嘘も真もなく、全ての真実はそこに行きつく。
サルビア・リラータという存在の根幹は、何度も語った通り、ただ生きたいだけなのだ。
ならば、縋ればいいと? そう簡単に行くはずもない。
なぜならば、この世は総じて塵屑なのだ。サルビア・リラータに敵う者などいはしない。サルビア・リラータを超えられずして、誰が彼女を救えるというのか。
否、誰も救えない。救うとは、掬うことだ。
地獄から掬いあげるためには、彼女以上の力がなければできない。カンダタを釈迦が救おうとしたように。超常の力が必要だ。
よって、彼女が縋る相手はいない。だから、自分で救われる。自分を救えるのは自分だけであるがゆえに、彼女は誰にも縋らない。
「ふ、ざけ、るな――」
気道を這いまわる害獣を血とともに吐き出しながら、サルビア・リラータは天へと吠える。
「あぁ、救われてくれよ。なぁ、サルビア・リラータ。ただ手を伸ばせばいい。それだけで、貴様は救われるのだ」
現れるのはすべての元凶、闇の盧生。
「う、る、さぃ――」
歯を砕き折り、顎を粉砕しながら、サルビアは、認めない。体中からどす黒い血を吹き出しながらも、彼女は誰かに縋ることなどしない。
「さあ、来たぞ」
だからこそ、来る。
「サルビア――」
ハリー、ロン、ハーマイオニー。
友情を結んだ、友が来た。
「助けに来たよ――」
「来るなぁアァ――!」
助けなど求めていない。
救いがほしいなどと言っていない。
サルビア・リラータは、サルビア・リラータが救う。それ以外の道などありはしないし、それ以外など認めない。
「塵屑がァ! 貴様らに、一体何が出来る!」
「何もできないよ。でも、君を救って見せるさ」
「黙れ、黙れよ、塵屑どもが、このサルビア・リラータを救う? この私以下の塵屑の分際で!」
「だから、君に勝つよ」
「――――」
こいつは何を言っているのだ。
勝つ? このサルビア・リラータに?
この
不可能だろう。誰が、そんなことが出来ると思う。
才能が違う。
経験が違う。
意思が違う。
覚悟が違う。
健常者の分際で、どうして勝てるという。
「それで、三人なら。君を救って見せる」
一人で勝てないのなら三人で。
一人で救えないのなら三人で。
いつだって、ハリー・ポッターの物語は、ロンとハーマイオニー、友がいた。
誰かと一緒に、いつだって戦った。
だから、サルビアにだって勝てる。
「僕は、闇の帝王に勝つ男だからね」
いつか、どこか。
其れは未来の話かもしれない。
サルビア・リラータがいなかった未来で、ハリー・ポッターは、闇の帝王に勝っている。ならば、サルビアにだって勝って見せるさ。
「行くよ――」
杖を構える。
決闘はここに――。
「必ず、君に助けてって言わせる」
その折れない精神をへし折って、その覚悟に泥を塗ってでも。
サルビア・リラータが救われることは、こんなにも簡単なことなんだと教えてやるのだ。
さあ、
尊き覚悟に泥を塗り、その精神をへし折ってでも、必ずやサルビア・リラータに助けてと言わせるのだ。
というわけでー、殴り合い? 残念、そんなことはなかった。
だが、サルビアとの殴り合いはありそうだ。
ちゃんと書けているか不安だが、これがサルビアの救済法。
ちゃんと真正面から逆十字に勝つ。
逆十字に自分たちの方が上と思わせてから。
縋る相手がいない。だって、サルビア・リラータにとって全ては塵だから。
ならばその塵屑に負けて、ハリー・ポッターを認識させるほかない。
そもそも、演技以外で、本気でサルビア・リラータは、誰の名前もまだ呼んでない。
だから、まずは名前を呼ばせるところから。