ハリー・ポッターと病魔の逆さ磔   作:三代目盲打ちテイク

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第66話 救――

 一触即発。

 滅びた村の中で、二人の男が睨み合っている。

 ハリー・ポッターとロン・ウィーズリー。

 親友同士。

 

 互いに矛を向けたコトのない相手に、今、ここに初めて矛を向けていた。

 譲れないものがあるから。

 

 二人の少年が戦う。魔法が飛び、拳が飛ぶ。

 新しい魔法決闘。

 

 過去最大に回転する呪文。知る限りの呪文が飛び交う。

 

「君が、これから何をするつもりなのか、わかっているのか!?」

「わかっているよ、だからこそ、ロン! 君にも手伝ってほしいんだ!」

「サルビアを倒すことを?」

 

 ハリーは頷いた。

 サルビア・リラータを救うためには、まず、彼女を超えなければならないから。

 

「彼女は病人だぞ!」

 

 もはや、美しさの欠片もない死にかけの木乃伊。彼女などそう言っても差し支えない。きっと魔法で戦おうものならば、即座に死ぬ、死んでしまう。

 そうなってしまえば、殺人だ。未来へ歩いて行くことなどできやしない。そして、光であればあるほど、それはどうしたって出来ない。

 

 だから――。

 

「それは、僕の役目だ!」

 

 天へと吠える逆襲の狼。サルビアに与えられた役割のまま、彼は尊きモノの喉元に食らいつくことが出来る。

 

「それじゃダメだ!」

 

 だからこそ、親友を止めなければならない。互いに互いを止めるために二人はここに争っている。

 単純だ。誰もが、みんな、相手が大切だから戦う。そんなことはさせられないと――。

 

 ゆえに――。

 

「本当、男の子ってバカね!」

 

 ハーマイオニー・グレンジャーもまた、舞台に上がるのだ。

 戦いは三つ巴へと様相を変える。

 

「ハーマイオニー!」

「本当、馬鹿ばっかよ。そんなので戦うなんて!」

 

 放たれる閃光。

 この一年で、溜め込まれた知識の粋。放たれるロンの放射光(ガンマレイ)を一瞬にして、炉心とも呼べる盾の呪文で包み込み解体する。

 それにとどまらず、翻る杖は、ハリーへと向かい放たれる守護霊。

 

「エクスペクトパトローナム!」

 

 ハリーもまたそれに対抗して生み出すは牡鹿の守護霊。術の修練において、ハリーはハーマイオニーを凌駕している。

 

「僕だって――」

 

 放たれる呪文共振動(スペルレゾナンス)。数多ある対抗呪文を選別するのではなく、ただ一種の呪文の固有振動を割り出して、相殺する。

 

増幅振(ハーモニクス)!!」

 

 さらに放たれる増幅振動によって、爆弾と化した小石ども。成長期を迎えて向上した身体能力にて優れるロンは、瓦礫を蹴り上げ、爆弾として利用する。

 

「やるわね――」

 

 だが、ハーマイオニー・グレンジャーも。

 

「でも――」

 

 ハリー・ポッターも。

 

 ましてやロン・ウィーズリーは。

 

「「「まだだ――!」」」

 

 退きはしない。彼らもまた、サルビア・リラータと紡いで来た時間がある。

 

「あなたたち勝手すぎよ。私にもわかるように説明しなさい!」

「ハーマイオニーが理解できないんじゃ、僕らが説明なんて無理だよ!」

「だから、サルビアを救うんだよ!」

「あなたたち、それで、こんな決闘してるってわけ! 馬鹿じゃないの!?」

 

 ああ、馬鹿だとも。理解している。こんなことは無駄だし、意味がない。それはわかっているとも。数年、友人たちよりも精神が先行したハリーには百も承知。

 だが、わかっていてもやめられない戦いというものがある。互いに互いを思うがゆえに、避けられない衝突というものがある。

 

 だからこそ、誰一人として退くことはない。

 自らが学んだ呪文を駆使して綺羅綺羅と三つ巴を続けるのだ。

 

「――なあ、お願いだよ。君たち二人を、殺人犯にはしたくない――」

 

 ロン・ウィーズリーが思おうのはそれだけだ。サルビア・リラータを救うには、彼女よりも優れていることを示すことが必要となる。

 サルビア・リラータを救える人間であるのだと、示す必要がある。それは、彼女を負かすというもっとも単純なこと。

 

 そして、それが出来るのは魔法の決闘にほかならず、完膚なきまでに彼女を叩きのめすのだ。諦めない彼女を諦めさせるために。

 その果てに、彼女が死んでしまうかもしれない。だとしたら、そんなリスクを二人に背負わせることなどできない。

 なぜならば。

 

「ハリーは、例のあの人を倒さないといけない!」

 

 なぜならば、ハリー・ポッターは光だから。闇を倒すのはきっと君なのだとロン・ウィーズリーは確信している。

 それは、彼という主役に対する羨望がそうさせている。あるいは、敗残者として逆襲譚に身を寄せたからかわかるのだ。光というものが。

 神に愛された人(しゅやく)の気配が。

 

「君ならやれると信じている――」

 

 だから、君に闇は背負わせない。

 

「僕はどうしたって、主役にはなれそうにないから。ハーマイオニーのように勉強だって出来ないからね」

 

 だから、君の為に闇になろう。サルビア・リラータの為に闇になろう。

 

「馬鹿いってんじゃないわよ!!」

 

 それに吠えるのはハーマイオニー・グレンジャー。

 

「聞いていれば主役だとかそうじゃないとか、馬鹿じゃないの! 失敗する可能性ばかり考えて。確かに、私はそういうの嫌いよ。ええ、でもね、一つ忘れてることがあるんじゃないかしら」

 

 そうロンは決定的なことを忘れている。

 

「あのサルビアが、そう簡単に死ぬはずないでしょう」

 

 そう、忘れていないか? 病に犯された姿を見て忘れていないか?

 彼女はどういう人間なのかを忘れていないか?

 ハーマイオニー・グレンジャーは、事情を何ら一つしらない。

 ハリーにように邯鄲で彼女の真実を知った訳でも、ロンのように実際を見たわけでもない。だが、それでも彼女は、事の本質を誰よりも理解していた。

 

「サルビアの為に、何かするのならみんなでしましょう。私たちは、いつも三人で、いえ、四人でやってきたじゃない。例え、サルビアがどんな悪いことをしていたのかわからない。でも、それにはきっと理由があった。あなたたちが、そんなに必死になって救おうとするんですもの。だったら、一人でやるだなんて馬鹿なこと言わないで。みんなでやりましょう」

 

 そう、いつもみんなでやってきた通りに。

 

「例え何があろうとも、三人ならばやれるはずよ」

 

 そう、三人ならば。

 サルビアをいれて、四人になればきっと魔法界だって救える。

 

 よって、これより一つの決戦を始めるとしよう。

 それはサルビア・リラータを救うために決戦だ。

 彼女の為に、彼女を倒す。

 救うために、彼女を零落させるのだ。

 

 さあ、逆 襲 劇(ヴェンデッタ)を始めよう――。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

「ぐ――」

 

 命を繋ぐにはどうすればいい。

 生きるにはどうすればいい。

 

 生きることは簡単だろう? 誰だ、そんなことを言ったのは。

 そんなことを言っている奴には、この惨状を見るが良い。数多の病に侵され、もはや死んでいなければおかしいほどの苦痛に犯された女。

 サルビア・リラータ。

 

 救われるために必要なことは、誰かに縋ること。

 誰かに助けてと、一言いえばいい。それだけで、その病から救われる。

 

 なぜならば、それこそがサルビア・リラータが、逆十字の係累が持つ宿痾なればこそ。真に逆十字の病みとは、誰にも縋れぬその精神性だ。

 決して、数億程度の病の数々などではありはしない。

 

 才能、天稟、天運。

 あらゆる全てが与えられているがゆえに、彼らは誰かに縋るということが出来ない。逆十字という精神性が、誰かに縋るということを赦さない。

 それは、初代から続く最悪の呪いだ。ゆえにこそ、闇の盧生は願っている。その病の克服を。

 

 いずれ来たる未来において、逆十字の後継が救われるのではない。自らを自らで救ってくれと。

 誰の力も借りずとは言わない。人は、自分一人で救われるものではないのだから。

 だだ、誰かが行ったから救われたなどでもなく。

 誰か(ヒーロー)がいたから救われたでもない。

 

 自分で、誰かに助けを求めて救われてくれ。

 それは真の逆十字からの脱却。

 それは、誰でもないサルビア・リラータに課せられた宿業。

 

 だってそうだろう。

 誰か(ヒーロー)がいるから救われたなどと言われてしまっては、それ以降の逆十字にどう顔向けするつもりだ?

 あなたはヒーローがいないから救われないなどと言われては、可哀想ではないか。

 シンノヒカリ(ヒーロー)がいなくとも、救われることができると。

 誰かに助けを求め、その誰かの助けを受けて、自分で救われることが出来るのだと示してくれ。

 

 ゆえに、与えられた病。闇、病み。

 

「ごはっ――」

 

 刻一刻と悪化を続ける病態に、されどサルビア・リラータは不屈の精神でもって立ち上がる。誰かに縋ることなど許容不可。

 彼女の精神は、過去最高に燃え上がる。魂を燃やして飛翔する。

 それは、蝋の翼で空を飛ぶイカロスが如き所業。だがそれでも、彼女は前に進むのだ。諦めなければ夢は必ずかなうと信じている。

 

 願われる超深度の生への渇望。

 悪いことなど何一つも考えていない。ただ生きたいだけだ。サルビア・リラータは、ただ、生きたいだけなのだ。

 嘘も真もなく、全ての真実はそこに行きつく。

 

 サルビア・リラータという存在の根幹は、何度も語った通り、ただ生きたいだけなのだ。

 ならば、縋ればいいと? そう簡単に行くはずもない。

 

 なぜならば、この世は総じて塵屑なのだ。サルビア・リラータに敵う者などいはしない。サルビア・リラータを超えられずして、誰が彼女を救えるというのか。

 否、誰も救えない。救うとは、掬うことだ。

 地獄から掬いあげるためには、彼女以上の力がなければできない。カンダタを釈迦が救おうとしたように。超常の力が必要だ。

 

 よって、彼女が縋る相手はいない。だから、自分で救われる。自分を救えるのは自分だけであるがゆえに、彼女は誰にも縋らない。

 

「ふ、ざけ、るな――」

 

 気道を這いまわる害獣を血とともに吐き出しながら、サルビア・リラータは天へと吠える。

 

「あぁ、救われてくれよ。なぁ、サルビア・リラータ。ただ手を伸ばせばいい。それだけで、貴様は救われるのだ」

 

 現れるのはすべての元凶、闇の盧生。

 

「う、る、さぃ――」

 

 歯を砕き折り、顎を粉砕しながら、サルビアは、認めない。体中からどす黒い血を吹き出しながらも、彼女は誰かに縋ることなどしない。

 

「さあ、来たぞ」

 

 だからこそ、来る。

 

「サルビア――」

 

 ハリー、ロン、ハーマイオニー。

 

 友情を結んだ、友が来た。

 

「助けに来たよ――」

「来るなぁアァ――!」

 

 助けなど求めていない。

 救いがほしいなどと言っていない。

 サルビア・リラータは、サルビア・リラータが救う。それ以外の道などありはしないし、それ以外など認めない。

 

「塵屑がァ! 貴様らに、一体何が出来る!」

「何もできないよ。でも、君を救って見せるさ」

「黙れ、黙れよ、塵屑どもが、このサルビア・リラータを救う? この私以下の塵屑の分際で!」

「だから、君に勝つよ」

「――――」

 

 こいつは何を言っているのだ。

 勝つ? このサルビア・リラータに?

 この塵屑(ハリー・ポッター)が?

 

 不可能だろう。誰が、そんなことが出来ると思う。

 才能が違う。

 経験が違う。

 意思が違う。

 覚悟が違う。

 

 健常者の分際で、どうして勝てるという。

 

「それで、三人なら。君を救って見せる」

 

 一人で勝てないのなら三人で。

 一人で救えないのなら三人で。

 いつだって、ハリー・ポッターの物語は、ロンとハーマイオニー、友がいた。

 誰かと一緒に、いつだって戦った。

 だから、サルビアにだって勝てる。

 

「僕は、闇の帝王に勝つ男だからね」

 

 いつか、どこか。

 其れは未来の話かもしれない。

 サルビア・リラータがいなかった未来で、ハリー・ポッターは、闇の帝王に勝っている。ならば、サルビアにだって勝って見せるさ。

 

「行くよ――」

 

 杖を構える。

 決闘はここに――。

 

「必ず、君に助けてって言わせる」

 

 その折れない精神をへし折って、その覚悟に泥を塗ってでも。

 

 サルビア・リラータが救われることは、こんなにも簡単なことなんだと教えてやるのだ。

 




さあ、逆襲劇(ヴェンデッタ)を始めよう。

 尊き覚悟に泥を塗り、その精神をへし折ってでも、必ずやサルビア・リラータに助けてと言わせるのだ。

というわけでー、殴り合い? 残念、そんなことはなかった。
だが、サルビアとの殴り合いはありそうだ。

ちゃんと書けているか不安だが、これがサルビアの救済法。
ちゃんと真正面から逆十字に勝つ。
逆十字に自分たちの方が上と思わせてから。

縋る相手がいない。だって、サルビア・リラータにとって全ては塵だから。
ならばその塵屑に負けて、ハリー・ポッターを認識させるほかない。
そもそも、演技以外で、本気でサルビア・リラータは、誰の名前もまだ呼んでない。

だから、まずは名前を呼ばせるところから。

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