ハリー・ポッターと病魔の逆さ磔   作:三代目盲打ちテイク

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第65話 サイカイ

 不死鳥の騎士団の壊滅と同時にホグワーツもまた終わりを告げた。

 それはハリーが、ホグワーツを抜け出しサルビアを探そうとしてホグワーツを抜け出そうとしていた時の出来事だった。

 突如としてあふれ出した闇の軍勢。ヴォルデモートの進軍。

 

 彼は、人々の闇を暴き出した。

 生徒がひた隠しにしていた、人間の本性を引きずり出し、おまえはこういう人間なのだと告げていったのだ。誰もが暴かれたくなどない。

 自覚などしていない病を暴かれ、さあ、それを克服しろと手を伸ばす闇の帝王。

 富も貧も、優劣もなんら彼にとっては関係ない。あらゆる全てを受け入れる冥王ハデスが如く、彼はあらゆるものに手を伸ばし続けていた。

 その思想はとても単純だ。

 

 人間も、世界も病んでいる。

 ゆえに、その病みを自覚して克服してほしい。 

 

 ただそれだけである。

 だからこそ、己は闇の帝王となった。あらゆる全ての闇であり、病みである。

 冥界より帰還した帝王は、もはやあらゆる全てに手を伸ばす者として再誕した。それは、ある因子の関わりも会っただろう。

 

 彼は盧生。

 人類の代表者。

 闇の盧生。

 あらゆる闇の代表である。

 

 闇は乗り越えられるものである。克服するものである。

 歴史がそれを証明している。

 光があるから闇があるなどと、そんなことは言わないでくれ。

 闇をなくす努力をするのだ。その先に素晴らしい未来がまっている。

 

 誰もかれもが阿鼻叫喚の中に陥った。

 

 だが、ハリーは何とか逃げ出す事に成功していた。ハーマイオニーと二人、サルビアやロンを探しに行こうとしていたのが功を奏した。

 あと逃げ出せたのはジニーやルーナ、ネビルたち。フレッドにジョージ。彼女たちはルーナの直感によって逃げ出してきたのだ。

 

 だが、問題はそこではない。主眼を当てるべきは彼らではなく――。

 

「ごはぁ――」

 

 彼女(サルビア・リラータ)だ。

 

 血を吐いていた。ただそれだけで、骨が砕けて皮下でピンボール大会を開催する。内部ではじけ、肉を裂いて、身体から飛び出して転がっていく。

 血みどろになっても叫び声一つ上げることはできないだろう。声帯を含めたあらゆる意識的稼働部位は、既にさび付いた機械のように異音を発している。

 

 腐っているのだ。膿み腐り、もはや役割を果たすことは断じてないだろう。身体は動かない。そもそも動くという脳からの命令自体届かない。

 神経は既に、ずたずたにちぎれ飛んでいた。骨に切断されたのもあれば、自切したものもある。腐っていく肉体に耐えられなかったのだ。

 

 あるいは、肉の中を這いまわる蟲に喰われたのもあるだろう。生きた人間でありながら、彼女は蟲の苗床でもあった。

 蛆、蛭、あらゆる害虫が彼女の膿み腐った体内を住処へと変えていた。死人の如く、枯れていながら未だ生者であり血が通っていることは、少なくとも生命活動が多少なりとも行われていることであり、栄養がまだ循環しているということ。

 

 まさしく腐葉土と言えた。なんと肥えた土壌だろうか。見眼麗しかった少女は、もはや見る影もない穴あきチーズと化している。

 だが、そんなものまだ序の口だった。

 

 骨がはじけた? 関節が膿み腐った? 神経が切れた? 蟲が体内を這いずりまわっている? そんなもの、ただの一端に過ぎない。

 彼女を襲う、ありとあらゆる責め苦の一端の一端だ。

 

 全身を蝕むあらゆる癌腫瘍。正常な細胞など一つもありはしない。あらゆる全てがどす黒い末期がん細胞へと切り替わっている。

 血は赤いという事実が嘘のように、黒いタールのよう。経血などただの泥と見まがうくらいにおぞましい。

 

 病巣は、もはや手遅れの領域で全身に根付いて離れない。脳など、数倍以上に膨れて頭蓋を破砕するほどに膨張している。

 その影響下の眼孔の一つから目玉は既に飛び出して、わずかに残った視神経の名残につりさげられている。歪に歪んだ頭部のせいか、歯のかみ合わせは絶対的にすれ違って合わない。もとより噛みあう歯などどもにもないのだが。

 

 肺、気道、胃、腎臓、膵臓、脾臓、小腸、大腸、膀胱、子宮、卵巣。その他あらゆる臓器は、異常増殖の憂き目にあって膨れて破裂したか、細胞死(アポトーシス)で絞んだか。

 そのどちらかの末路を辿っていて、無事なものなどどこにもない。無事な部位などありはしない。何より無事な部位など、既に蟲が喰って行った。

 

 すかすかだ。皮膚の下は砕けた骨の破片とわずかな筋線維、蟲の苗床となった肉以外、何もありはしない。もはや人の形をした袋と言われた方が実に正しい。

 穴という穴は蟲が這い出す出入り口。そこを通る正しいものは、永劫、戻らないだろう。この異常な状態こそが正常なのだから。

 

 痛みはもはや在りすぎてないも同然だった。なんと律儀なことに脳は未だ活動を放棄していなかった。大した責任感で、サルビアに苦痛を出力し続けている。

 あらゆる痛みのオンパレード。まさしく痛みの場国博覧会はここだ。全身が氷漬けになっているかのような痛み。炎でじりじりとあぶられているかのような痛み。

 全身を剣で串刺しにされたまま放置されているかのような痛み。刻一刻と切り替わる痛みの螺旋階段は、どこまでもどこまでも伸びていく。

 

 病みは深い。かつて以上に深いといえる。なぜならば、彼女は光に属してしまった。一度知った(けんじょう)は、失ってしまった分だけ、その尊さの分だけ痛みを、苦しみを、病みを深めるのだ。

 その超深度の病み、常人ならば既に死んでいるか、発狂している苦痛の中で、彼女は、いまだ――。

 

「まだだ――」

 

 諦めてなどいなかった。

 

「ごはぁ、この、この程度の、痛み、で、諦めるものか」

 

 諦めるものか。

 一度手に入れたものを、リラータの家系が諦めない。奪われたのならば奪い返すのが、リラータの家系だ。いいや、ただ奪い返すだけではない。あらゆる全てを根こそぎ奪うのだ。

 相手を地獄の底に突き落とし、健常をこの手にするまで、サルビア・リラータは止まらない。かつてのように。いいや、かつて以上に苛烈に。

 

 一度手に入れたものを奪われたからには、その報復はなによりも強くなることは当然だった。意志力は十分。動かない肉体は、魔法で無理矢理に動かす。

 動けないという道理など、意志の力でこじ開ける。

 

 限界突破、限界突破、限界突破。

 

「この、サルビア・リラータに、不可能など、あるはずがない」

 

 血反吐を吐いて、なお止まらない。圧倒的なまでの自己と意志力に彩られた圧倒的自負。強靭すぎる意志力による限界突破は止まらない。

 自らの病み? それを克服しろ? そんなものなどあるはずがない。サルビア・リラータは完全である。ただ数億程度の病に侵されているだけだ。

 

「あ、ァ、ァアァァァ!」

 

 へし折れる足などいらぬ。

 役に立たぬ腕などいらぬ。

 

 誰かに頼らねば治らない? 見くびるなよ闇の帝王。この程度、自分でどうにかできる。天才であるはずのサルビア・リラータに出来ないはずはない。

 だというのに、健常だというだけで、健康だというだけで、自分よりも長く生きる塵屑どもが憎い(うらやましい)

 

 なぜ、自分がこんな目に遭う。ただ、生きたいだけだ。ただ、生きたかっただけだ。誰もが願う事だろう。そんなことすら願うことを世界は許さない。

 逆十字、死すべし。

 滅相されよ、おまえは呪われている。

 

 世界から呪われし、リラータの一族。

 

「知るもの、か」

 

 そんなもの知らない。生きるのだ。他の何を犠牲にしても、必ずや生きて見せる。生きることに嘘も真もありはしないのだから。

 

「待っていろ、闇の帝王、必ず貴様を!」

 

 増大を続ける闇の波濤。

 

「ごはぁ――」

 

 だが――如何なる意思があろうとも、彼女の身体は末期だ。

 辛うじて、命を繋いでいるにすぎない。

 

「大丈夫?!」

「触るな、ごみがぁ――」

 

 彼女をここまでなんとか運んだのは彼だ。

 ロン・ウィーズリー。

 逆襲の担い手。

 才能はない。何者にもなれない敗北者。三人の中で、彼は何も秀でたところのなかった男の子だ。

 

「ごめん……」

 

 だが、それでも、彼は此処にいる。サルビアの真実を知ってなお、彼は此処にいた。そんな理由は決まっている。

 いまだ、小さく淡い感情なれど、愛というものだ。サルビア・リラータに抱いた恋心が、彼をここにとどめている。

 

「ぼく、何か食べられるものでも探してくるよ。待ってて」

 

 逃げるように部屋を飛び出して、彼は村の中を歩く。ここがサルビアの生まれ育った村だと知ったのはつい先ほどになる。

 誰にも知られていない失われた村。ゆえにここを訪れる者はいない。阿鼻叫喚に落ちた魔法界の中で唯一、安全であると言えた。

 

「何もないか」

 

 そんな場所だから、何かあるはずもない。何かあるならばやはりリラータの屋敷だけだろう。しかし、今戻ることもロンには選択できなかった。

 彼女に何を言えばいいのか、それすらもわからない。彼女にとって、ロン・ウィーズリーとは路傍の塵屑でしかないのだから。

 

 意識すらされていない。それは最初からなのだろう。役に立つ道具だからこそ、捨てられていないだけ。だが、逆に考えれば、役に立つことを証明し続ければ、このまま彼女といることができるのだ。

 だが――

 

「僕には無理だ……」

 

 ロン・ウィーズリ-は凡人である。誰よりも特異なことと言えばチェスくらい。魔法はハーマイオニーには及ばない。箒は、ハリーに及ばない。自分は、劣っている。

 それでも、守りたいと思うものが出来たから。今も、こうしてここにいるし、魔法の研鑽も忘れていない。

 しかし、それでもと、思ってしまうのはやめられない。僕だってやれるのだと、奮起しても成果は出ない。そして、ずるずるとサボってしまうこともある。

 

「……はあ」

 

 だから溜め息を吐いた時――。

 

「ロン――」

 

 親友の声を聴いた。

 

「ハリー……」

「無事だったんだね。サルビアはどこ?」

「屋敷にいるよ、でも、今は――」

 

 行かない方がいい。そう言った、ハリーはきっと何も知らないだろうから。その後ろにいるハーマイオニーやジニーたちもきっと何も知らないだろうから。

 

「知ってるよ」

「え……?」

「サルビアが、どんな風になっているのか、たぶんわかる。出てこないってことはきっとそういうことなんだろ? ロン」

「なんで……」

 

 何故知っているのか。最初から知っていて、自分だけのけ者にされたのだろうか。

 

「ちょっと、夢で見たんだ……不思議な夢だから、信じてくれるかはわからないけれど」

「…………どうして」

「ロン?」

「どうして、君ばかり……」

 

 主役の座なんて、こりごりだと四年生の時に思った。何かに巻き込まれ続ける人生。誰かの意思によって、何かを左右される人生。

 まさしくハリーの人生はそれだ。悲劇の主人公。ヴォルデモートの襲撃から唯一生き残った伝説を持ち、数多の事件を解決して見せた。

 

 まさしく、物語で言えば主人公だ。

 対して、ロン・ウィーズリーはどうだ? たった一度、その座に立っただけで何か変わっただろうか。

 いいや、何も変わっていない。ただ、自覚した。自分はどうやっても、その輝きを手に入れることはないのだろうと。

 そういう器でもない。

 

「ロン、どうしたんだ?」

「ハリー、君は、どうしてここに来たんだい?」

「それは、サルビアならここだと思ったし、安全かと思ったんだ」

 

 誰にも知られていない村。確かにここは安全だろう。

 

「ハリー、君は、サルビアをどう思っているんだい」

「ロン?」

 

 その質問はいったい何なのか。ハリーにも。果てはそれを問うたロンにもわからない。だが――口から出ていた。

 

「僕は……」

 

 ハリーは、思う。サルビア・リラータを。

 どう思っているのかを。

 彼女は、初めての友達だった。そして、夢の中でその真実を知った。その時――。

 

「僕は、彼女を救いたい」

「――――」

 

 ああ、そうか。

 わかった。ならばこそ――。

 

「ハリー――」

 

 ロンは杖を抜いた。

 

「ロン!?」

「お兄ちゃん!?」

「おいおい、どうしたんだよロン」

「そうだぜ、ロン!」

「仕方ないのよ。だって、男の子なんだもの」

 

 唯一、理解を示したのはルーナのみ。彼女だけが、ロンとハリーの間にあるものを理解していた。サルビアの現状をなんとなくだが察知していたのも大きいだろう。

 彼女は、こうなることを勘で知っていた。だから――。

 

「離れていよう? あっちの方に、ナーグルがいるから」

 

 彼女は、皆をここから引き離す。後に残るのはハリーとロン。二人の男の子だけ。

 

「ロン――」

「ハリー、僕には譲れないものが出来たんだ」

 

 だから、ここで親友と戦う。

 そう決めた。

 

「わかったよ、ロン」

 

 ハリーもまたその覚悟に賛同する。

 その裏にある源泉の思いがなにかは互いにわからない。

 けれど、二人ともサルビアをどうにかしたいと思っているのだ。

 

 目の前で死にそうな女の子を前にして、何も思わない男はいないのだから――。

 

 ゆえに、二人の少年は、ここで初めて、争う――。

 




なんとなく錬金術師と人狼の戦いを思う、私であった。
ロンとハリーの戦いがなんとなくそれとかぶった。

まあ、それは良いとして。
遅くなりましたが更新でございます。
ヴォルデモートが誰テメェ状態ですが、まあいいのです。
闇の帝王ですから。

物語も佳境。
果たして逆十字は本気で、誰かに助けを求めることが出来るのか。
逆十字で一番問題なのは、その誰人も頼れない精神性だからネ。
闇の盧生が逃がすはずもない。
それを自覚して克服してほしいと望むゆえに。

久々にかいた病魔描写楽しかった。
今まで、この小説に足りなかったのはこれなのだと思い知らされたよ。
やっぱり逆十字は、病んでないと駄目だな、と。

では、また次回。

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