ハリー・ポッターと病魔の逆さ磔   作:三代目盲打ちテイク

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第55話 手記

 あちらこちらに部屋をくっつけて数階建ての家になったように見えた。くねくねと曲がっていてまるで魔法で支えているようにハリーには見えた。

 

 ロンは、

 

「たいしたことないだろ」

 

 という。

 

「ううん、凄いよ」

 

 何度も来たことがあるけれど、この感想だけは変わらない。

 

「ようやくご到着だ。軟禁されてたって聞いたぜハリー?」

「そうそう。南京錠とかそんなのでな」

「されかけたけど大丈夫だったよ、フレッド、ジョージ」

「そりゃよかった」

「そりゃよかった」

 

 相変わらずの双子。

 

「まあまあまあ! はじめまして、ハリー! 良く来たわね」

 

 それからウィーズリーおばさん。ロンやフレッド・ジョージの母親であり、七人兄弟を子に持つモリー・ウィーズリーの包容力は伊達ではなくいつものように熱い抱擁を受ける。

 

「会いたかったです、ウィーズリーおばさん」

「まあ、嬉しいわ。さあ、座って夕食にしましょう」

 

 夕食を食べて、その後、ロンの部屋で眠りにつく。

 ハリーは一人、考え事をしていた。

 

「…………」

「考え事か。夢の展開についてかね」

「うん、現実と大きく違うなって思って」

「そうか。そういうこともあるとはいえるが、何か思うことがあるんだな」

「うん」

 

 サルビアがいないこと、それからドビーという存在。かつてはそんなことは起きなかった。ホグワーツに危機なんて何も起こらなかった。

 マルフォイだっていつも通りうるさいし、何かを言ってくる。

 

 夢の中で同年代よりも精神が先行し始めているハリーは、考える。そして、一つの考えに達しかけていた。否定しようとしてもどうしようもなく、否定できない類の。

 この夢、現実との差異を考えた時一番に出てくるものがあるのだ。

 

 サルビア・リラータの不在。

 

 ハリーにとって最も大きな変化。それによって全ての事態が狂っている、いや進行しているのではないかと思わずにはいられなかった。

 サルビアやハーマイオニーから問題を解く時のコツとして教えられた順序立てて考えるということを利用して考えるとそうなのだ。

 

 引き起こされる現象や事件の内容が現実と食い違う原因として最も大きな差異となりうるのが彼女だった。それ以外は何一つ変わっていないというのに事件が変化している。

 確かに自分が行動を起こしていることはあれど、大きく食い違うようなことはしてないと思う。夢が可能性のシミュレートだとヘルは言った。これが起こりうる可能性だとしてその原因となりうるのはやはり不在の人物だろう。

 

 それはつまり、荒唐無稽ではあれどサルビア・リラータという存在が現実においてもこの夢において変化を与えるほどの事態に、何かしらに関わっているのではないかということの証明ではないだろうか。

 

「そんなバカな」

 

 そんな荒唐無稽な考えを自分で否定する。

 しかし、気になるのも事実だ。去年は探すことは出来なかったが、この場であれば探すことができる。煙突飛行粉(フル-パウダー)をここでなら使えるのだ。

 

 来年はシリウス・ブラックがハリーを狙ってくるため魔法省が夏休みの間でも自由行動をさせてはくれない。こっそりサルビアを探すなどできないだろう。

 四年目もここに泊まりに来るので探しに行けないことはないだろうが、それまで待てそうにない。気になったからには今すぐ調べに生きたい。

 

 五年目はどうなるかわからない。

 ともかく、いたはずの人間がいない。彼女は今どこで何をしているのだろうか。とても気になるのだ。

 

「ならば確かめに行けば良いだろう」

「そうだね」

 

 そう。だからハリーはそっと寝床を抜け出して暖炉を利用する。煙突飛行粉(フル-パウダー)を利用して、ハリーは一度だけ聞いたことのあるサルビアの住所へと赴いた。

 

「うへ」

 

 その移動はやはり何度やっても慣れないものだ。

 

「なんだ、ここ」

 

 辿り着いたのは廃墟だった。間違えたのだろうか。それはわからない。

 中は酷い有様だ。手入れなどされておらずぼろぼろであり、外の方がまだ過ごしやすいとすら思えるほど。

 

 蜘蛛の巣が張り、埃は山となって積み重なっている。そして、

 

「う、うわあ!?」

 

 その中に、死体があった。

 

 干からびた木乃伊のような死体だった。どす黒く染まった絨毯の上に手を伸ばした死体があった。新しさなどわからないが、小さな死体だ。まるで少女のような。

 それは酷い有様の死体だった。大分昔に死んだはずの誰かであったが、魔法薬の効果なのか変わらずその姿を残している。

 

 どこを見ても無事な個所などない死体だった。まず全ての骨がへし折れていた。どうすればこんなことになるのかわからないほどに骨はぼろぼろで、破片があちこちに突き刺さり白い刃として肉体を内部から突き穿っている。

 顎は変形し歯の全てが砕け散ってそこらへんに転がっている。

 

 腐りきり変色したどす黒い肌には蛆虫がたかっており、皮膚の下を住処にしているようだった。血管だったものは尽くがはじけ飛び、頭蓋などハリーの倍くらいには膨らんでいる。

 腐りきった腐乱臭にハリーは思わず吐いてしまった。こんなものを見て、正気で居られるはずがない。

 

「…………」

 

 ヘルは黙ってそれを見ていた。

 

「なに、が」

 

 何があったんだ。

 

「病だ。ああ、一つ言っておくなら伝染する類ではないから気にすることはない」

「病気……」

 

 何がどういう病気になればこんなことになるのだとハリーには思わずにはいられなかった。

 とりあえず、ハリーはカーテンを使って死体を隠す。いつまでも見ていたものではないし、また吐きそうだったからだ。

 

 その時、死体の近くに落ちているものに気が付く。それは手記だった。

 

「手記だ。何があったのかわかるかもしれない」

 

 ハリーは、そう思いそれを手に取って読み始めた。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

――○月○○日

 

 また実験に失敗した。何が悪い。治癒呪文は効果を成さない。いや、弱すぎるのだ。これだから凡人が作り上げた呪文は使えない。

 理屈は合っているし、手抜かりなどないはずだ。だというのに、効果を及ぼさないのであれば、それは呪文の方が悪いのだ。

 マグルの医学に手を出してみたが使えない。せいぜい、癌の原因がなんであるだとか、遺伝子だとかその手のことがわかっただけだ。

 マグルの医療技術はあてにできないだろう。同時併発する癌や常時発病する数億を超える病に有効な薬などあるはずもない。

 だが、マグルの薬というのはそれなりにでも効果はある。探しに行くか。

 

――○月○○日

 

 使えない新聞がマグルの病院に何者かが魔法を用いて押し入ったと言っている。相変わらずの愚図どもだが、その愚図さ使えなさは好都合だ。

 どのみち私の成すことが唯一無二の絶対であり、価値のあるものなのだから凡人共がいくら騒ごうとも知ったことではない。これこそが天下の法なのだ。

 ゆえにしかるべき手段で黙らせることにした。騒ぎ立てられているが知ったことではない。未成年魔法使いの魔法使用に関する条例など知ったことか。時間の無駄でしかない。

 症状の方は相変わらずだ。皮膚の下を蛆虫が這いまわっている。取り出して潰してやるのも面倒になったからそのままだ。

 問題はない。頭は働く。手足は動かないが、変身術と魔法を使えば十分に動く。問題はない。

 しかし一刻の猶予もない。次の実験を始める。

 

――○月○○日

 

 事態は好転を見せない。悪化の一途を辿るばかりだ。先ほど耳が腐り落ちた。もとから聞こえてなどいないから問題などない。鼠が咥えていったのが癪だったので殺しておいた。

 それにしても、役に立たない。マグルの医者という奴は見当違いの治療法ばかりだ。何が放射線だ。あれでは悪化するばかりではないか。

 そんな屑は殺しておいた。しかし、良い体験ではあった。放射線というのは束ねて相手に叩き付ければ致命的な病を発症させることができる。

 わかりやすい示威効果として光る剣にでもしてみればそれなりに使いやすいだろう。

 治療法は思いつかず、こんな呪文ばかりを思いつく。前に進んでいないのが客観的でなくともわかる。

 しかし、なぜこの世の者らは役に立たないのだ。私より長生きできるのだろうが。

 そんな塵屑の分際で私よりも生きられる貴様らが許せない、羨ましい。

 

――○月○○日

 

 今朝、気が付けば背骨が折れて、鼻がもげていた。もげた鼻はどこにもなかった。窓の外を見ればカラスが食べているようだった。食べた端から死んでいたので殺す手間が省けたと言える。

 薬は効かない。マグルの薬だけではダメだ。魔法薬でも駄目だ。ならば二種類を混ぜ合わせてはどうだ。違う理を混ぜ合わせることによって別の効果が発揮されるかもしれない。

 足りない知識をマグルから魔法で搾りだし、自らのものとした。薬学に必要な機材が足りない。仕方がないので病院から魔法を使って奪い取った。

 生きてやるのだ。何をしてでも。

 

――○月○○日

 

 今日も目覚めることが出来たと言うべきだろうか。どうやら眠っている間にカラスが目玉をついばんで行ったらしい。

 どの道、そこにあるだけの意味のない玉だ。なくても問題はない。振動を操作する魔法で脳内に直接外の光景を描き出せば目に見えるよりもはっきりと見える。

 吸血鬼の住処を発見した。吸血鬼となって延命するというのは考えたが弱点が多すぎる。何より日陰でしか生きられぬ屑どもだった。

 痴れている。駆逐された塵どもだ。しかし、その不死の法は有用だ。

 その血の成分、肉体に宿る頑強さを調べるために解剖し尽くした。だが、有用なものは何一つなかった。

 役に立た無ない屑共め。

 

――○月○○日

 

 あろうことか街の往来で血を吐いた。道行く蒙昧共が駆け寄ってきたが魔法で吹き飛ばしてやった。魔法省の闇払いとかいう連中が出てきたがとりあえずガンマレイで軽くあしらっておいた。

 時間は有限だ。無駄になど一切できない。

 不死の人魚伝説があるように、湖に住む水中人やら人魚やらを食い尽くしてみたがやはり効果はないようだった。

 ドラゴンの肉や血を浴びたがやはり効果はない。

 唯一効果があったのはマグルの技術で濃縮したユニコ―ンの血だ。愚図蒙昧な人間よりも遥かに役に立つ。

 飲みすぎて腹が破裂したがまあいいだろう。

 相変わらず生き残る為の方策はない。延命のための方策以外にない。やはり賢者の石を探す以外に方法はないか。

 グリンゴッツに押し入るのは阿呆のやることだ。先代がそれで死んだのだ。私は違う。持ちだされる日を待つのだ。

 そのためには生き延びねばならない。

 

――○月○○日

 

 シーツがどす黒く染まっている。もはや血なのか、糞尿かなど区別がつかないので放っておく。そんなことよりも時間がない。

 グリンゴッツに変化はない。

 同時にニコラス・フラメルも探す。私ならば賢者の石を再現できなくもないが、やはり技術的な問題が存在する。

 ならばフラメル自身を利用するのだ。

 その過程でアルバス・ダンブルドアの邪魔が入った。髭を引き抜いて逃げることしかできなかった。

 目をつけられただろう。

 やはり塵屑の杖では駄目だ。

 とりあえず髭は煮込んで食っておいた。

 

――○月○○日

 

 左足がもげた。野犬にでもくれてやった。変身術で補填する。また歯が抜け落ちたが、どのみち食物など食えないのだから問題はない。

 ニコラス・フラメルを探すが見つからない。

 ユニコーンの血が効かなくなってきた。成分を取りだし、マグルの医療技術で更に濃縮して、効果を強めるべく分子構造を変えてやった。

 ようやく効いたがすぐに効かなくなるだろう。

 急がなければならない。

 

――○月○○日

 

 ニコラス・フラメルの髪の毛を入手した。煮込んで食ってみたがやはり意味はない。不死の肉ならばあるいは効果があるかもしれないが、本人が見つからないのでれあれば意味はない。

 症状は悪化の一途だ。脳に腫瘍が見つかった。記憶が途切れていることがある。自分が何をしているのかわからなくなってきた。

 何をするのかも、どうすればいいのかも分からなくなる時がある。文字の書き方すら忘れてきた。

 ふざけるなよ。死んでなるものか。天才たるこの私が、何かわからなくなるなどあって良いはずがない。

 魔法で外部記憶装置を作った。マグルのパソコンとかいう道具からヒントを得た。自分の頭が使えなくなるなら代わりを用意すればいいだけのことだ。

 病状がなおったら戻せばいい。

 

――○月○○日

 

 中国で太歳なるものが発見されたらしい。どうやら食すと不老不死になれるとかいうふれこみの食料だ。中国に姿あらわししその食物を奪った。冷水につけておくと戻るとは。

 一先ずそれを食してみた。効果は実感できない。まあいい、どうせそんなものだと思っていた。

 屑共の発見など期待できないのだ。

 

――○月○○日

 

 日付が飛んでいる。自分が何をしていたのかわからない。自分が誰なのかすら忘れるようになってきた。私はサルビア・リラータだ。

 外部に記憶する装置を作っておいて正解ではあったが、怒りが湧き上がる。

 こんな無様な運命など認めない。必ず生きてやるのだ。

 

――○月○○日

 

 生きたい。

 

――○月○○日

 

 生きたい、生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい。

 

 意識がない間に書いたらしい。書いた覚えがない。インクではなく血で書いたのか。時間がない。

 

――○月○○日

 

 ふざけるな、どうしてお前たち塵屑が私より長生きしているのだ。私は生きたいのだ。死にたくないだけだ。そんなもの誰でも思う事だろうが。

 それの何が悪いのだ。

 

 誰も彼もが私を追ってくる。私はただ生きたいだけだというのに。

 ただ健康なだけの塵屑共が。なぜ、ただ健康になりたいだけの私を害する。邪魔をするな屑どもが。

 

 諦めて堪るか。私は生きる。私が死んでいい理由なんてあるわけないだろう。

 

――○月○○日

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 そこを最後に、あとの頁にはなにも書かれていなかった。ページにはただ血の跡だけが残っている。

 

「…………」

 

 そこにあったのは、ただ純粋に生きたいという願望だった。それ以外に伝わってこない。それ以外などなにもないのだと言わんばかりに書きなぐられた文字には生きたい、死にたくないという思いが込められている。

 最後のページには、ただ生きるという書きなぐりがあった。

 

「まったく、こんなところにもいるとはな」

 

 ヘルのそんな呟きはハリーには聞こえなかった。

 




夢界におけるハリーの邯鄲、つまり原作時空におけるサルビアは前にも言ったと思いますが死んでいます。
その過程は手記を見てのとおり。邯鄲とかそういう情報がないから迷走しまくりのサルビアちゃん享年10歳です。
ちなみに、ハリーがダイアゴン横丁に行くのと同じときに死にました。
本編一話が分水嶺。あそこで生き残れるか、生き残れないかが鍵ですね。

さて、はからずも邯鄲によりサルビアの秘密を知ることになったハリー。彼はどう思うでしょうか。
このヒミツに辿り着けそうな年が二年目か四年目しかなかったので二年目にしました。
四年目はワールドカップもあるので。
それに秘密の部屋ですからね。ある意味でここも秘密の部屋ですから。

次回は現実から開始。久しぶりに絶不調のサルビアちゃんとかからスタートですかね。
ではでは。

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