ハリー・ポッターと病魔の逆さ磔   作:三代目盲打ちテイク

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第31話 逆転

 サルビアはその全てに服従の呪文をかけ終えた。この瞬間、ホグワーツはサルビアの手に堕ちた。そう全てがサルビアの下に終息したのだ。

 

「さあ、役に立ちなさい塵屑ども」

 

 逆さ十字が燃えるままに、全てが彼女の手の中に堕ちた――わけがない。このまま黙って堕ちるのを見過ごすほど、ダンブルドアは甘くない。対策など既に講じているに決まっているだろう。

 

 その瞬間、物陰に潜んでいた黒い影がサルビアへと飛びかかった。完全に気配を消していたがゆえに、バジリスクですらその存在があまりにも矮小であったがために見逃した小さな影がサルビアの背へと突撃した。

 それは黒い犬だ。グリムを思わせる漆黒の犬。それがサルビアの背へと突撃し組み敷く。

 

 ただの犬ならば組み敷かれるなどありえないだろう。だが、相手は動物もどきだった。この学校に潜んでいると言われた、犯罪者――シリウス・ブラック。

 サルビアの凶行が及ぶ直前、ダンブルドアとルーピンにより匿われていた男が今、ここにその姿をさらしていた。ゆえに奇襲となる。

 

 元来病人であるサルビア。彼女の真実は、もはや立ち上がることすらできない末期の重病人。何も対策していなければ、その強度などたかが知れている。ゆえに、大の男が彼女を組み敷くとどうなるだろうか。

 単純だ、砕ける。バキリと大広間に何かが折れる音が響いた。その程度の痛みなど苦にしないサルビアだが、手を押さえられ背に乗られ背骨が折れて肋骨が砕けてしまえばろくに身動きなど取れるはずがなかった。

 

 それは彼女自身の意志が弱いとかそういうことではない。生物としての性質のせいだ。神経は繋がっていなければ動かない。

 切れてしまえば、傷ついてしまえば、例え気合いと根性があろうとも、執念があろうとも動くことはできないだろう。

 

 ならば魔法を使うか。無言呪文。ダメだ。自分も巻き込む。馬乗りになられている状態。片腕をおされられ、片腕を砕かれ足を押さえられ、呪文を向けるべき相手へと手を向けることすらできない。

 ご丁寧に床に押し付けられて口までふさがれている。体重は容赦なく彼女の身体を壊していく。メキメキと刻一刻と身体が砕け、臓物が潰れていく感触が全身を駆け巡る。

 

 既に血だまりが出来ている。しかし、シリウス・ブラックはどく気などなかった。彼女がどのような人間か、先ほどの惨状を目の当たりにすればわかる。

 ここでけりをつけないのはせめてもの温情ともいえるくらいだ。だからこそ、容赦なく、躊躇いなく彼女を止める為に全力を尽くす。

 

 魔法を使えなくする拘束具を使ってまでサルビアを拘束する。

 

「すまないとは、思うが辞める気はないよお嬢さん。リーマス!」

 

 更に、ルーピンまでもが現れる。終息呪文を唱え、服従の呪文を解いていく。終息呪文によりありとあらゆる呪文が終息し、教師たちが解放されていく。

 逆さ磔に奪われたものは戻らない。だが、それらは決して奪い尽くせるものではない。記憶も感情も、全て湧き上がるものであり、何より手駒として使うために奪った部位を返還している。

 

 だからこそ状態はほぼ万全。バジリスクすらも歴戦の魔法使いたちが退けて、今、状況は逆転する。

 

「ぎ、ざ、まらああ」

 

 辛うじて出た言葉は叫びだった。いったいどこに隠れていたのか。いつの間に。そんな思いが一瞬で駆け巡り、全て怒りで埋め尽くされる。良くも邪魔をしてくれたなと。

 

「ダンブルドアはこの事態を予想していたんだ。だからこそ、校長は自らを囮とすることで私たちの存在を隠し、反撃の機会をうかがわせてくれたのだ」

 

 ダンブルドアとサルビアが戦っているのを隠れてみていた。ダンブルドアが呪文で隠してくれたおかげでサルビアにも気が付かれずにこのチャンスを待っていたのだ。

 勝利した瞬間。わずかに緩んだその瞬間を狙って。もう少し、彼女が大人であったのならばその隙もなかっただろう。だが、彼女は子供だった。

 

 如何に才能があったとして彼女はまだ子供なのだ。だからこそ、ミスもする。それが一瞬だろうとも、その一瞬は致命的だ。

 動物もどきであるシリウスが突っ込み、あとは見てのとおりだった。

 

「これで終わりじゃ、サルビア」

「だん、ぶるどア――」

 

 ここに最強の賢者が復活する。絶望は終わりだ、そう言わんばかりに大賢者が彼女の前に立つ。

 

「お前さんが感じ取った痛み。確かに、感じさせてもらったわい。よく頑張った。もう大丈夫じゃ」

 

 何が大丈夫だというのだ。何が、何が大丈夫なのだ。言ってみろ。死にかけの人間を前に、お前はいったい、何を言っているのだ。

 

「いったじゃろう。お主を救うと。今、それを証明しよう」

 

 彼が聞いたこともない呪文を唱える。その瞬間、ありとあらゆる苦痛が消え失せた。

 

「え――」

 

 絶句する。その感覚をどう表現すれば良いのかすら、わからないほどに。サルビアは呆けた。それは癒しだった。それは、願ってもやまないものだった。

 手に入らないはずの癒しが、今目の前にある。もはや、この感情はどうしようもない。そう、どうしようもない、この救いに――。

 

 この癒しに。

 

 彼女(サルビア)は、抗う事なんてできないのだから。それほどまでに彼女の病魔(ヤミ)は深く重い。そもそも、癒しを求める為だけに彼女はこの凶行に及んだのだから。

 

「癒せ、私を!!」

「ああ癒してあげよう。――ベネディケイション」

 

 それゆえに、その魔法が彼女へ作用する。強烈に劇的に。

 

「ふふ、ふふふふふ。くくくくくく、くははははははははは――――」

 

 サルビアは、その魔法を受けて、喉がはちきれんばかりに快笑した。

 

「空気が旨い」

 

 清々しく呼吸ができる。それは二年前の比ではない。あれ以上の希望などないはずだったそれを超えた希望。呼吸が出来ることの素晴らしさ。

 息するだけで喉が潰れることもない。息をすえば当たり前に気道が、肺が仕事をする。剥がれ落ちることなどなく、水が溜まることもない。

 

「身体が軽い」

 

 腹の中から結晶が消えた。折れた背骨も肋骨も全てが元通りになる。大の大人が乗っているというのに、身体が羽のように軽い。

 歯があることの喜び、鼓膜が破れていないことの素晴らしさ。目が見える、鼻が正常に匂いを嗅ぎ分けさせてくれる。

 

「これが、本当に死病(ゼツボウ)が消える感覚か!」

 

 賢者の石よりも劇的な変化。もはや治りすぎて痛みすら感じるほど。まさしく祝福。神々の祝福に他らない。それはまさしく、福音であった。

 サルビアの身体は末期だった。時限爆弾もかくやというが如く死病が襲い来る。臓腑は腐り果て次々発症する不治の病に、激痛、幻覚など当たり前のような状態だった。

 

 それに付随する憤りといった悪感情の全てが、今消えていくのを感じた。かつてない開放感が息吹となって彼女の中を駆け巡って行く。

 己の悲願が成った、それを彼女は感じ取った。

 

「うまくいったようじゃのう」

 

 彼がしたことは単純だった。健常な状態へと彼女を回帰させること。

 しかし、生まれてから健常な状態がない彼女がそれをやっても不可能。この呪文は健常な状態を知っていなければ効果がない。それでいて、当然のように治す範囲を決めるために自分の状態を正確に把握しなければこの呪文は使えない。

 

 サルビアを救うためにダンブルドアが作り出したこの魔法は、真に健常な状態を体験してなければならず、それでいて本人の状態を何よりも知っていなければならない。つまり使用者本人しか使えない。だというのにサルビアは健常な状態を知らない。

 だが、それもクルーシオによる苦痛、それから彼女の呪文を受けたことによってダンブルドアは、サルビアの心の中を覗き、それに乗じて記憶を追体験した。地獄のような試練の果てに条件はクリアされたのだ。

 

 ダンブルドアは覗いた。苦痛と憎悪、絶望に彩られた暗い漆黒の心を。気が狂いそうになる中でただ生きることだけを望み続けた彼女をダンブルドアは完全に同一化し、彼女の人生を追体験することによって理解した。

 健常者では絶対に耐えられないとされた彼女の絶望。それは、教育者としての意地か、あるいは――初めから狂っていたのか。

 

 ともかくダンブルドアは耐えきり、彼女の人生を手に入れた。それにより、条件はクリアされた。自らの健常の状態を参照し、彼女にとっての健常の状態を創造して適用させたのだ。

 時すらも越えられる魔法。この程度の奇跡が起こせないで何が魔法だ。そう言わんばかりの奇跡(まほう)だった。

 

「よくやったぞ、なんて役に立つんだ、お前は!」

 

 最高の貢献度だった。塵屑どもなんぞどうでもいいくらいに。

 しかし、だからこそサルビアはダンブルドアという男が何か企んでいることを感じ取っていた。そうでなければ、この罪に塗れた悪を救済するなどありえない。

 

「で、何をたくらんでいるダンブルドア。貴様、ただで私を救ったなどと世迷い言を述べるわけはあるまい」

 

 サルビアにとって人とは利用するべき道具でしかない。人への施しなど、利用したいから借りを作っているにすぎないのだから。

 ゆえに、真なる善意からの救済など逆十字には理解できない。そして、ダンブルドアもまた、彼女をそれで救済したわけではない。

 

 救済による彼女の魔法の弱体化。病みの押し付けとこちらの輝きの奪取。狙っていたわけではないが、病が消えたいま、その魔法は役に立たない。

 だが、それでも彼女は強い。ダンブルドアが見て来たどの魔女よりも聡明で狡猾で強い。かつての闇の帝王に匹敵するほどに。

 

「ハリーを守って欲しいのじゃ」

 

 ゆえに、ダンブルドアは考える。罪深き彼女。更生させられぬとは言わぬが、彼女の人生を垣間見追体験し、彼女を理解したダンブルドアには、彼女がどうしようもなく鬼畜であることを知っている。

 だからこそ、ダンブルドアはサルビアを駒とする。ヴォルデモートに対抗するための。そのための駒であり、ハリーたちの盾だ。

 

「私に、塵屑を守れと言うか」

「そうじゃ。容易かろう」

 

 それだけで見逃すと言っている。マグルの街を滅ぼし闇払いを殺したことを。その代わりにハリーの守護者とする。

 無論、ダンブルドアは全てを見逃すとは言っていない。保留にするのだ。ヴォルデモートを滅ぼした暁には、裁きを彼女へと下す。

 

 自らの手で。なぜならば、

 

「もし従わぬのなら、こうするほかない」

 

 呪文を解く。そうすることによって、得られた救済は、全て失われる。ダンブルドアがかけた呪文は、病みを払うのではなく、情報の上書きであるからだ。

 だからこそ、彼女の最悪の状態を上書きしてやれば救済は、消え失せ絶望が生じる。この呪文の詳細な使い方を知らないサルビアにとって、それは死に等しい。

 

 サルビアは歯噛みする。だが、

 

「良いわ。したがってあげる、今は」

 

 今はまだダンブルドアに活かされている。だが、健常な状態を知った今ならば、使われた呪文を解析し対抗呪文を生み出せばいい。あるいは自分で使えるようになれば問題はなくなるのだ。

 せいぜいそこに居座って見下しているが良い。いつか必ず墜落させてやる――。

 

 新たな誓いを胸に、ここに終息し、そして、始まる。

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 そこはまるで深海の底に沈んだような空間だった。いや、あるいは真空の宇宙空間か。どちらかと言えば後者の方が正しくもある。

 重く、暗く、冷たく、静か。およそ、温かみと呼ばれるものが何一つない闇のそこ。さながら正常な世界から切り離されたかのような場所。

 

 一見すればそこは冥府や墓所、そういった類の場所にも思える。それは正しいのだろう、今は。なにせ、ここには今、生者がいないのだ。

 だとすれば未だ異形なれど生命という括りに属する深海魚が存在する、あるいはしうる深海とは異なり、ここは真空の宇宙空間。

 

 まあ、より正確に言うならばここにも存在している者はいるにはいる。ただ、それを生者と呼んでよいかは甚だ微妙なだけであって、いないわけではない。

 辛うじて生きているだけの何かがそこにはいた。かつては闇の帝王とすら呼ばれた存在は、今や赤子にも劣る存在へと成り果てていた。

 

 そこに現れるのは小さな怯えた男だ。ピーター・ペディグリュー。サルビアに捕まっていたはずの男は、再び脱走していた。

 その執念は凄まじく、サルビアの強固な呪文すら破ったほどだ。逃げることに関して、彼の右に出る者はいない。臆病ゆえに、彼は逃げることにかけては天才的であった。

 

 だからこそ逃げることが出来た。塵屑とサルビアが侮っていたということもある。まあ、別段逃げたところで何もできないと思っていただけなのだが。

 そして、逃げた先で闇の帝王と出くわした。必死で逃げたはずが、泥沼に嵌っているというドツボ。必死に抗って脱出(しょうり)したというのに、また次の試練がやってきたのだ。

 

 それでも何とかどうにかこうにか逃げようとして、逃げ切れず彼は再びしもべとなってしまった。闇のしもべ。更に悪いことに、あるものの憑代とされてしまった。

 

「ご主人様、準備ができました」

 

 そんなかつてペディグリューであった男は恭しくそこにある闇の帝王と呼ばれた存在を抱え上げる。今、その姿はもはや元の彼の面影などありはしなかった。

 口を開けば蝿が飛び回っているかのような蝿声(さばえ)。あるいはありとあらゆる嫌悪感の対象となる蟲の大群のような醜悪な姿と化している。

 

『さぁ……始めろ』

 

 ヴォルデモートの冷たい声と共に、ペティグリューは包みを開いて中身を大釜の中へと入れる。ペティグリューは杖を振るう。

 床に無造作に置かれていた石の棺の蓋が開き、中から一本の骨が出てくる。

 

「父親の骨、知らぬ間に与えられーん。父親は息子を蘇らせん」

 

 ペティグリューは取り出した骨を大釜へと入れる。すると、先ほどまで白かった湯気は毒々しい青へと変化した。大釜の淵から四方八方へと青い火花を散らしている。

 次にペティグリューは懐から短刀を取り出す。

 

「しもべの肉、喜んで差し出されん。しもべはご主人様を蘇らせん」

 

 言い終えるや否や、ペティグリューは伸ばした右手を手首から短刀で切り落とした。切り落とされた右手は大釜へと落ちていった。

 腕は、即座に大量の蟲により再度形作られる。

 

 次に彼が取り出したんは真っ赤な血の入った小瓶だった。ハリー・ポッターの血だった。

 

「敵の血、力ずくで奪われん。汝は敵を蘇らせん」

 

 燃えるような赤い湯気を発していた大釜は、ハリーの血が入ると眩いほどの白い湯気を立ち昇らせる。本来ならばこれで術式は完成だ。

 だが、もう一段階ペディグリューは進める。

 

「腐った友の血、悪逆非道の限りを作った黒い血。友は友を蘇らせる」

 

 そして、黒い血が鍋へと入る。白い湯気が漆黒へと変わった。それは余計なお節介とも言えた。せっかく呼び出されたのだから、少し面白くしたいという悪魔的な思考からペディグリューは最後の一つを付け加えた。

 闇の帝王という凡百から親友(セージ)へと作り変える為に。無論、大元はヴォルデモートなのは変わらないだろうが、面白くはなるだろう。

 

 閃光を放っていた大釜は急に静まり、煮える音も火の音も消え失せる。全ての音が消えたかのように無音の世界。静かに、音を発せずに輝く湯気は立ち昇る。

 やがて、それもなくなり、

 

「――ローブを着せろ」

 

 闇の帝王は静かに復活を遂げた。誰にも悟られず、誰にも気が付かれずひっそりと、深海のような深淵の中でただ一人の従者だけを連れて復活した。

 




すっかり遅くなってしまったすまない。色々と展開考えてうだうだしていたらこんなに期間が開いてしまった。

さて、ダンブルドアさん実利を取るの巻。ヴォルデモート絶対殺すマンさんが本気出してきました。
サルビアを救ってやって、つまりは戦神館でいうところの眷属のような状態へ。それで良い手駒として使う気です。
ヴォルデモートを滅ぼすまでは見逃すけど、滅ぼしたらサルビアを滅ぼすつもりです。それくらいのことをサルビアはやってますのでおとがめなしとかありえない。
というかハリーの盾にならせる気満々でございますね。

まあ、おとなしくサルビアがやられるわけもありませんがね。それによってサルビアを弱体化しつつ、玻璃爛宮はヴォルデモートの所へ。
このままじゃヴォルさんいじめになるので、ヴォルさんを強化するべく従者をパワーアップさせました。
で、ヴォルさんに逆十字要素とじん★ろん要素をぶっこみ、勇者として新生させました。
彼の思想は病みこそが至高にして救済なのだから、お前ら全員病みに堕ちろ。
とかいう意味不明理論で闇に落とし病みへと引き込む感じになっております。

色々展開について言われそうですが、私は私のやりたいようにやっていきます。
さて、しばらくは平和な話が続くかな。そんなわけで四巻へと進みます。
あ、もちろん、サルビアちゃんがこのまま助かるなんて思ってませんよね、誰も。
もちろん、このまま助ける気はないですよ。これも愛ゆえに。誰かから与えられた救済なんて逆十字がそのまま浸っているわけないじゃないですか。

そして、三校対抗試合に現れる日本の盲打ち。
あ、あともう一つ。幸せな夢って浸りたくなりますよね。
ではでは

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