同調率99%の少女 - 鎮守府Aの物語   作:lumis

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基本訓練(水上移動続き)

 翌日金曜日、那美恵は前日までと同じく凛花と待ち合わせて鎮守府に来た。道中、昨日提督と何を話したのか那美恵は凛花に尋ねたが、凛花は特に顔色を変えずに今は言えないと一言だけ言ってその話題を続けようとはしなかった。その様子を敏感に察したのか、那美恵は茶化すことはせず彼女の望むとおりにその話題を打ち切って別の話題で雑談を賑わせた。

 ただ一つ、凛花は提督から預かっていた言葉を那美恵に伝えた。

 

「そういえば、提督ね、昨日言ってたわよ。」

「えっ、な、何を?」

「きつい言い方してゴメンって。」

「……そんなの気にしなくていいのに~」

 エヘラエヘラと笑う那美恵の様子は、昨日の感情がぶり返して動揺を完全に隠すことができないでいた。凛花はそれを見て追加で言う。

「実はね。提督ったら自分の言い方がどうだとか全然気づかなかったようなの。だから私、本題が終わった後に言ってあげたの。少々言い方きつすぎなかったかってね。……余計なお世話かもと思ったんだけど、でもあなたのあの時の表情を思い出したら言わずにいられなかったのよ。」

「凛花ちゃん……うん。ありがとね。素直にお礼言っておくよ。」

「べ、別にいいのよ! あなたのあの時の気持ち、なんとなくわかるから。……何の気なしに普段気軽に接してた人からさ、怒鳴るではないけれどもきつい言われ方したら誰だってショック受けるわ。き、嫌われたんじゃないかって。そうでしょ?」

「確かにそうかも。でも実際あたし調子に乗ってたし。怒られても当然かなぁって反省したの。」

「あんたでも失敗と反省なんてするのね。」

「おぅ!?それはひどいぞー凛花ちゃん!あたしだって挫折と苦労を味わって今の地位に甘んじることなく日々修行に修行を重ねてd

「わかったわかったわよ。とりあえず今回のは貸しにしとくわよ。」

「うぅー、なんか高く付きそう~!凛花ちゃんには頭上がらなくなるかも~~。」

「ふふ。言ってなさいな。」

 凛花はクスッと笑って那美恵の言葉をサラリと流した。後半の那美恵の言葉は普段の調子を取り戻しつつあったからだ。

 

 

--

 

 鎮守府の本館に来ると鍵は開いてない。提督はまだ来ていない。

「提督は今日もお昼からかなぁ~?」

「そういえば、今週はもう来られないって言ってたわ。なんでも本業の仕事で開発が大詰めで忙しいとかなんとか。カタが付けば週末は顔出すかもしれないって。」

「……はぁ。提督もいそがしーねぇ。本業の方が。」

「だって本業ですもの。」簡単にツッコむ五十鈴。

「いや、そうは言うけどさー。提督も不在、秘書艦の五月雨ちゃんも不在で、艦娘もほとんどいない。うちの鎮守府ダイジョブなのかな~って思うのですよ。」

 那美恵の心配ももっともだと強く感じた凛花は自身の展望を述べた。

「まぁ……それはね。だからこそ早く艦娘増えて欲しいと思うわ。」

「そーだねぇ。ま、当面あたしは川内ちゃんたちの教育に力を注ぐっきゃないけどね。」

 

 那美恵と凛花がそんな展望を語り合いながら鍵を開けてロビーに入ると、その先のグラウンドが見える窓から人影が見えた。那美恵と凛花は顔を見合わせて恐る恐るグラウンド側の出入り口に向かっていき、扉を開けた。

 グラウンドに出ると、幸が高校の体操着を着て運動している姿が目に飛び込んできた。

 

「あれ?さっちゃん?」

「なんで彼女こんなに早く来てるのかしら?入れないでしょうに。」

「うん……。とにかく来たってこと教えたげよ。おーーーーい!さっちゃあぁーーん!」

 

 那美恵の叫びにグラウンドを走っていた幸はヘトヘトになりながらも那美恵たちの方を振り向いて返事をした。到底聞こえる距離でもなくそもそも幸の声量では近づいていても聞こえないことが多いので那美恵たちはとりあえず幸が気づいてくれたという事実だけ理解してよしとした。

 那美恵たちは幸が完全に止まったのを見届けてから近寄って行き声をかけた。

 

 幸は止まってはいたが呼吸が落ち着いていないのでしばらくハァハァと息を吐き続けて2~3分後、ようやく反応した。

「さっちゃん!どうしたの?」

「あ、あの……私。」

「うん?」

「私、朝練しようかと思って。」

「「朝練!?」」

 那美恵と凛花はハモった。

 

「はい……。なみえさんの言いつけ通り、体力つけようと思いまして。」

 幸から聞いた発言に那美恵は呆気にとられたがすぐに我に返り、次に湧き上がってきた感情を幸に思い切りぶつけた。

「さっちゃーーーん!!」

 ぶつけたのは感情だけではなく、身体もだった。

 ガシッと幸に抱きつく那美恵。幸は目を見開いた後、顔を真赤にさせて慌てふためき始めた。

「あ、あの!?なみえさん……? 私汗かいてるので……離れたほうが……!」

「さっちゃん!あなたホントーにいい子!寡黙な頑張り屋さん!!さすがあのわこちゃんのお友達だけあるぅ!!わこちゃんもそうだけど、二人ともあたしのマジ好きなタイプの子!!」

 汗まみれなので離れてくれと幸が懇願するにもかかわらず那美恵は彼女に次は頬ずりといわんばかりの密着をし続けた。その様子を見ていた凛花はやや引き気味にポツリと呟いた。

 

「あなた……両方イケる口だったりしないわよね……?」

 凛花の余計な心配は幸に萌えまくっている那美恵には届かなかった。

 

 

--

 

 落ち着いた那美恵は幸を連れて本館へと入った。まだ冷房を効かせる前だったため暑さがこみ上げてくるが、つけるとほどなくしてロビーは涼しくなった。

 

「それにしてもさっちゃんはホントに練習し始めたんだぁ。」

「……内田さんに、なんとか追いついて一緒に訓練を終わらせたいので。」

「ほほぅ。それじゃあ、頑張って毎日続けないとねぇ。てかいつの間にか流留ちゃんとかなり仲良くなってる?」

「……恥ずかしいですけれど。」

「同学年だしねぇ。ま、二人で頑張って乗り切ってね。あたしはガンガン教えてあげるだけだから。」

「お、お手柔らかに……お願いします。」

 

 その後幸が落ち着いたのを確認すると、3人は艦娘の制服に着替え、執務室へと向かった。訓練を始めるには、まだ来ていない川内が足りない。時間にしてまだ9時を回ったばかりであった。

 

「川内ちゃんはいつ来るんだろーなぁ。てか神通ちゃん早いよね?何時頃来たの?」

「私は……8時ちょっと前です。」

「7時台って……学校じゃないんだからもうちょっと遅くてもよかったのに。」

「昨日と同じように内田さんを待っていると……確実に10時すぎて時間がなくなってしまいますし、走ってるの人に見られるの……恥ずかしいです。」

 那珂が苦笑しながらもう少し肩の力を抜いて取り組んでもいいことを伝えると、真面目かつ恥ずかしがり屋な神通はもっともな事実を述べて答えた。

「いいじゃないの。やる気があって早いのはいいことよ。」

 神通の意見に賛成な五十鈴は給湯コーナーの冷蔵庫から冷えたお茶をコップに入れて神通たちに差し出しながら言った。

 

 

--

 このままただ待っていても仕方ないと判断した那珂は神通に連絡を任せ、自身は五十鈴と打ち合わせをすることにした。

 

「内田さん。おはようございます。今日は私は先に鎮守府に来ました。内田さんはいつごろ来ますか?なるべく早く来てください。待ってます。」

 

 神通はメッセンジャーで伝えた。さすがにすぐには返事はこず、川内からの返事は15分ほどしてから来た。

「おはよー。さっちゃん早いね。あたしは今起きたところだよ。そんじゃこれから支度して行くね。10時くらいになるかな。」

 準備込で10時になるならまぁいいほうかと神通は考えることにした。しかし彼女のことだから+15分程度は予想しておかないと余計な気苦労をしてしまうとも頭の片隅で思っていた。

 

「那珂さん、五十鈴さん。内田さんは10時すぎに来るそうです。」

「そ、わかった。それじゃあ神通ちゃんは教科書でも読んでおいて。」

「わかりました。」

 

 本を読むこと、座学大好きな神通は那珂から指示された課題が楽しくて仕方がなかった。身体を動かすよりもとにかく知識を仕入れたい。調べ物をしたい。自分の好きなモノを好きなだけできる。学校外でそんな居場所がある。そのことは神通に今までにない喜びを湧き上がらせていた。

 彼女もまた内田流留と同じく、最終的には艦娘の世界と鎮守府に自分の居場所を見出して安定していくことになる。

 

 

--

 

 その後流留が来たのは神通が予想したとおり、10時を15分ほど過ぎたころだった。私服のままで執務室に来たため、那珂から早く制服に着替えてこいと注意された流留は慌てて更衣室に行き、服も気分も川内に切り替えてから執務室に再び足を運んだ。

 

 川内が来たことでようやくその日の訓練開始である。那珂は五十鈴と打ち合わせていた内容を川内たちに伝える。

「今日は水上移動の続きね。昨日は神通ちゃんはちょーっとやらかしちゃったから、今日はイメージを大切にして続けてみよっか?あたしが側でみててあげるから。」

「……はい。」

「それから川内ちゃんは結構できるようになったから、引き続きそのまま水上移動の練習。しばらくは自由に動いていてもいいよ。」

「あたしはそれだけですか?」

「うん。」

 自由にしていてくれと言われて若干喜びつつもその中に不満を感じる川内。それを素直にぶつけた。

「なんか物足りないっていうかなんというか。」

 川内の文句は想定の範囲内なのか那珂はすぐに返した。

「あとでブイとか浮かべていろんな水上移動の訓練やらせてあげるからしばらく待っててよ。」

「はーい。」

 

 4人は執務室を後にし工廠へと向かった。艤装を運び出し、演習用プールに行き早速水上に浮かび始めた。川内も神通も水上に浮かぶだけならば問題なく安定した状態になっていた。

「うん。二人とも、浮かぶのは問題ないね。」

「バランスの取り方とかわかりましたし。」

「……私も、なんとか。」

 

 二人の返事を聞いて那珂はウンウンと頷き、早速指示を出した。

「それじゃ二人とも始めよー。」

 那珂は神通のそばに行き指導し始める。川内は自由にと言われた指示通り、早速だだっ広いプールをひたすら移動し始めた。五十鈴は二人を監視しつつ、当初の役目通り、訓練のチェック表をつけてまとめている。

 

 

--

 

「それじゃあ神通ちゃん。イメージの練習ね。」

「はい。」

「昨日はきっととんでもないスピードの何かを想像したんだろーけど、そうだなぁ~~。」

 那珂はどうやって教えようか、例えを考えた。

「そうだ!蛙!蛙が泳ぐのを想像してみよー!」

「……えっ?」

 きょうび蛙なぞ実際に見ることがない都会に住んでいる神通はいきなり言われた例えに困ってしまった。神通が明らかに困惑の表情を浮かべているのに気づいた那珂は乾いた笑いをして言った。

「あはは……流石に無理……かな?えーとえーと……」

 那珂が別の例えを言おうと必死に考えていると、神通は諦めたかのように那珂に提案した。

「あの……いいです。普通にのんびり歩くの想像しますから。」

 

 後輩がしっかりしていてよかった。そう切に感じる那珂であった。

 

 その後自身が宣言したようにのんびり歩く様をイメージした神通は、足元に意識を集中させ、姿勢をやや前傾にした。コアユニットからごく微弱の電流のようなピリッとした感覚が足元に流れて集まるのを感じる。相当意識を集中させていないとわからない、艤装の各パーツへの連動動作の影響。

 神通の集中力と意識はそれを感じてしまうほど相当なものだった。

 

 神通の雰囲気が変わった。那珂は気づいたので黙ってそうっと3~4歩離れて固唾を呑んで見守ることにした。

 

スゥ

 

 神通はその場から小幅で2~3歩分、非常にゆっくりとしたスピードだが進んだ。それを見た那珂はとっさに声を上げて喜びを表そうとしたが我慢して見守る。

 もう2~3歩、合計6歩ほど進みつつ、静かに那珂に向かって言った。

 

「あの……止まり方が、わかりません……!」

 そう言いながらさらに進んでいく神通。もはや自分の意識とは関係なく勝手に進んでしまい困り果てていた。

「歩くの止めるのと同じように想像すればいいんだよ~。」

 勝手に進む神通に並行して進んでいた那珂は彼女を横目で見届けながらアドバイスをする。

 

 ほどなくして神通は倒れこむというおまけ付きでその水上移動を止めた。

 

「まぁ、止まり方もしっかりイメージしないといけないよね。この辺りはスポーツやってる人のほうが感覚的にも掴みやすいと思うな。」

「うぅ……すみません……。」

 神通はびしょびしょになった服をギュッと絞りながら謝った。

 その後神通は午前中一杯かけて超スロースピード・超短距離ながらも移動開始、停止の動作をひたすら練習し続けた。その間何度も身体を水面にぶつけて濡らしていたが、練習を重ねるにつれ転ぶ回数は減っていく。

 

 那珂はそれを見て思った。

 頭でしっかり考えようとする神通はそれ自体は問題ない。むしろ真面目で慎重なその思考は今後武器になりうる。彼女自身のペースでやらせれば上手く出来る。しかし彼女に失敗を誘発するのは、彼女の思考を乱す外的影響だ。つまり那珂自身や川内など周りの艦娘。しかし実際戦闘海域に出ればそうは言っていられない。神通には水上移動の練習の他、外的要因からの影響を物ともしない、強い精神力・意識の保持が必要だ。

 一方川内は、神通とは逆であろう。彼女はまず身体で覚えようとしている。もともとスポーツが大の得意で他の部活の助っ人をしたこともあると彼女は、身体でコツを覚えれば艦娘の基本動作もあっという間だ。そして艦娘に必要なイメージすること、精神や意識を強く保持すること、むしろその辺りも我が強く、ゲーム等で慣れてるため問題ないと踏む。

 

 そこまで分析を進めた那珂は、今後のカリキュラムの進め方を調整する必要があるかもと感じていた。

 

「よーっし神通ちゃん!午前はそこまでにしよ!おーーーい!川内ちゃん!!戻ってきてー!お昼にするよー!」

「はーーーい!」

 個人練習をして荒削りながらもかなり自由にスピードを調整して移動できるようになっていた川内はスキーで雪を撒き散らして止まるかのように水しぶきを巻き上げて那珂たちの近くで止まった。

 

「あの……ね。川内ちゃん。もうちょっと静かに止まろっか。周りの人のこと、よく見てね。」

 水しぶきをガッツリと浴びて神通と同じ程度に濡れた那珂は静かな怒りをたたえながら川内に注意をした。

「あー……ゴメンなさい。気持ちよくってつい止まるのもアレで。水上スキーみたいで。」

 まったく反省の色なしで言い訳をする川内。那珂は深く突っ込んで注意する気は失せていたのでサラリと流すことにした。

 

 その後お昼休憩のためいつもどおり艤装を工廠に一旦仕舞い、お昼を食べに出かけた4人。午後の作業も前日までと同じく夕方日が落ちるまでは座学をし、夕方になってから再び工廠に向かった。

 艤装を運びだして演習用プールに集まった4人は早速続きを始める。今回は予めプールサイドの倉庫からブイを運びだして水上に浮かべるというプラスがある。

 

 

--

 

「それじゃー続きいってみよっか?」

「「はい。」」

「川内ちゃんはお待たせしました。ブイを用意したので、障害物を避けるながら移動する練習ね。あたしも一緒にやるから。」

「はーい。」

「それから神通ちゃんは午前中の続きで、自分のペースでやってみて。もうちょっとスピード出して距離進んでも大丈夫なくらいになろっか。五十鈴ちゃん、彼女の側についててあげて。」

「……わかりました。」

「了解よ。任せて。」

 

 午後は神通を五十鈴に任せ今度は川内の訓練の指導をすることにした那珂。那珂は川内に指示を出し、プールサイド脇の倉庫からブイを運びだした。

「川内ちゃん、ブイをプールに浮かべるの手伝って。」

「はい。」

 

 二人でブイとアンカーを両手に持ち、水上を移動して等間隔に放り投げ始めた。アンカーは1kg程度だったが、同調している二人にとって大した重さではない。何往復かして必要なブイを浮かべ終わった。

 等間隔に並べられたブイのある水面を眺めて那珂は川内に改めて指示を出した。

 

「さて川内ちゃん。これからあのブイを避けながら向こう側まで行って、戻る練習をするよ。」

「はーい。簡単ですよこんなの。」

「まぁまぁ。簡単だからこそきちんとやってマスターしないとね。最初はとにかく避けながらやってみよっか。まずはあたしから行くね。」

 そう言うが早いか那珂は手本とばかりにブイへ向かって移動し始めた。那珂の移動は波しぶきがほとんど立たない。両足を進行方向に一列に並べてなめらかにブイを右へ、左へそしてまた右へと避けていき、あっという間にコースの端へとたどり着く。着いたあとに那珂は片足を水面から離して片足だけになり、クルッと小さく一回転をしてポーズを取った。

 そして再び両足をつけ縦一文字に足を並べて移動し始める。ブイを今度はそれぞれ逆の方向へと避けていき、川内の側へと戻ってきた。最後もやはり小さくターンで締める。

 那珂の移動は最初から最後までほとんど波しぶきが立たず、散らばらずの綺麗な発進・移動・停止だった。

 

「さ、次は川内ちゃんだよ。」

「は、はい!」

 川内は目の前で展開された光景に見とれていた。那珂の移動は普段の彼女のチャラけた態度とはまったく違ってしとやかで美しいと感じて驚いてしまっていた。彼女が時々口に出していたアイドルばりの振る舞いだと川内は感じていた。

 少しほうけていたが那珂の合図にどもりながら返事をする。

 

「よーし。あたしも。」

 川内はゆっくり発進しはじめ、ブイへと向かっていった。そしてほどなくしてスピードに乗り、ブイをレーシングカーのドリフトよろしく大きく波しぶきを立てながら豪快に避けて次のブイへと進む。傍から見ると"避ける"と"波しぶきを立てる"が気持ち良いくらいの豪快さだった。ただし綺麗な避け方ではない。

 次のブイを逆方向に避ける。そしてまた次のブイを避けるを繰り返して川内はブイの回避による蛇行を終えた。川内の通ったあとのブイは那珂の時とは違い、ゆらゆら揺れていた。

 

「うん。お疲れ様。」

「ほら。簡単だったでしょ?これだけ動ければあたしもう大丈夫でしょ?」

「うーーーーーーん。ダメ。」

 かなり溜めたあと、那珂はハッキリと駄目出しをした。

「えーー!?なんでですかぁ!!?」

 那珂の言葉を聞いてのけぞりながら驚く川内。そしてすぐに食って掛かった。それを受けて那珂は回答する。

 

「まず動くこと自体は問題ないよ。ただね、あれだけゆらゆらさせたらダメ。あれじゃあ避けるというよりも、ブイを揺らしてぎりぎりで強引に避けてる感じになってるの。あたしたちは海の上を滑って遊ぶわけじゃないし、今後出撃したら仲間と一緒に行動するから、なるべく波しぶきを立てまくる豪快な動きは避けるべきなの。言ってることの意味わかる?」

 那珂はしごく真面目に、厳しく川内に説明する。

「……はい。なんとなく。」

 川内はさきほどの自信たっぷりな様子から一転して片頬を膨らませてつまらなそうに返事をした。

「あたしみたいにする必要はないから、もう少し波しぶきが立たないように丁寧に避けてみて。」

「って言われても……まだ慣れてないんですよあたし?」

「そこはほら、そうイメージしながらやってみて。艤装はそれに答えてくれるよ。川内ちゃん、もしかしてさっきレーシングカーとかバイクとかそういったものを想像してなかった?」

 那珂が言った瞬間、川内は軽く目を見開いて視線を宙に泳がし始めた。

「……図星なんだね。」

 ハァ、と那珂は一つため息をついてアドバイスをした。

 

「神通ちゃんもそうだったけど、あたしたち艦娘の動きはね、身体ですることだけじゃなくて、想像すること・思うことも大事なんだよ。艤装はそれを検知するようにできてるから。スポーツ万能な人でも想像力に欠けてたらダメ。逆に想像力豊かな人でも身体がついていかなかったらもちろんダメ。変に極端なイメージしちゃうと艤装の中の機械はそれに素直に反応しちゃうから、身体と心の両方で制御できるようにしないと。」

「……那珂さんはそれ全部わかってやってるんですか?」

「最初からじゃなかったけどね。あたしは教わるのが提督だけだったから、言われたことはとにかく意識してやってみて、頭と身体に叩き込んできたつもり。だからこの数ヶ月でここまでやってこられたんだと自信を持って言えるよ。」

 

 川内は那珂の話を聞いてうつむいて思った。目の前の先輩・生徒会長・友達たる人が出来る人なのは今まで接してきた中でなんとなくわかっていたつもりだった。事実、自分を説得した時、励ましたときの彼女の熱意や振る舞いは見事なものだったと実感した。ただ頭の中ではそれ以外の点は本当なのか疑惑を抱いていた点も少なからず彼女の頭の片隅にあったのだ。

 だがここに来て、艦娘としての光主那美恵の振る舞いを見て、川内は僅かな疑念をも完全に払拭させた。この人は学外でも本気ですごい人だ、そう川内は感じた。口ぶりや立ち居振る舞いは時々イラッとくる調子者だが、そうされても笑って許せるだけの実力が伴っている。

 川内はスポーツや運動神経では勝てると考えていた自分が途端に恥ずかしくなってきた。そして自身の考えが幼いことも理解した。

 

「…ゃん? 川内ちゃん?そんなに考えこまれると逆にこっちが調子狂うんだけどなー。」

「へ!? あ、あぁ。だ、大丈夫です。もう一回やらせてください。」

「ん。おっけー。川内ちゃんは身体の方は大丈夫なんだから、あとはイメージと細かい動きを丁寧にしていけばいいよ。そうすりゃあたしや五十鈴ちゃんなんかあっという間に超えられるよ~」

「ハハ……そんな日が来ればいいですけどね。」

 

 そして川内はブイに近寄って行った。那珂は小さくクルリとターンして川内と一緒にいたポイントから1mほど離れて再び方向転換して川内の方を向き、見守る体勢になった。

 

「よーっし。いっくぞー。」

 

 掛け声とともに川内はブイに向かってスピードを上げて突っ込んでいった。それから3~4回繰り返した川内の動きは、回を経ても那珂の振る舞いに近くなったとは言えない様だったが、彼女なりの配慮があったためか、ブイを避ける際に波しぶきが立つ方向を微妙に変えられるようになっていた。

 

 

--

 

 川内がブイを並べて練習している水域から離れた場所、プールサイドの側では神通が一足先に練習を再開していた。側には五十鈴が監督役として付いて見ている。川内の動きとは比べ物にならないほどのスローペースで発進、前進、停止を繰り返し練習している。

 

「大分安定して発進から停止までできるようになってきたわね。」

「……はい。でも、早く川内さんのように……なりたいです。」

「焦ることないのよ。那珂からも言われたんでしょ?周りに影響されて自分のペース崩したらダメよ。それにあなたまだ体力足りてないんだから無理したらダメ。」

「……はい。それはわかっているのですけど。」

 神通はそう言いながら水面から足を上げて方向転換しはじめ、完全に逆方向を向いてから再びゆっくり発進した。神通はまだ、滑るようなターンによる方向転換ができなかった。

 

 ふと神通は川内が練習している方をチラリと見た。その視線につられて五十鈴も見る。ちょうど、その方向では那珂がブイを避けるデモをしているところだった。

 

「さ、次は川内ちゃんだよ。」

 

 そう叫ぶ那珂を遠目で見つめる神通の瞳は潤み、頬は僅かに朱に染まっていた。川内が那珂にみとれていたように、神通もまた離れたポイントで那珂の移動の様にみとれていたのだ。

「綺麗……!」

「那珂ったら、あれはガチでやってるわねぇ。」

 サラリと語る五十鈴は、これまで共にした任務で那珂の立ち居振る舞いを見ていたため、感動こそ薄いが、その語るところは彼女のことがわかっている口ぶりだった。神通が尋ねようとして五十鈴に視線を移す。それに気づいた五十鈴は神通の方を見て言った。

「あれは本気というか見せるためというか。ともかく、今さっきの那珂は間違いなく本気の実力の一端を見せてたわ。本気でやればあそこまで素早い移動・回避と華麗さを両立させることができますよということ。」

「す、すごいです那珂さん……。」

「まぁね。あんなの見せつけられた日にはさすがの川内でもヘコむでしょうに。けど相当疲れるでしょうから那珂も滅多にしないはずよ。普段は普通に波しぶき立てるし、雑な移動だってするわ。さて、神通。あそこから読み取れることは何かしら?」

 

 急に質問をされて焦る神通は答えに詰まってしまう。答えを言えない様子の神通を見た五十鈴は別段本気で教育的な質問をしたわけではないのですぐに解答を言った。

「状況に応じて振る舞い方を変えられるようにしようというのが、私が考える正解。そして多分あの娘も暗にそう言いたいのだと思うわ。まぁ、あれだけ出来るのはさすが艦隊のアイドルになりたいっていうだけあるわね。確かダンスやったことあるって前に言ってたし、普段のお調子者に見合うだけの実力があることは確かよ。」

「……はい。私もそう感じました。それにしても……」

「うん?」

「五十鈴さん、那珂さんのことよくわかってらっしゃるんですね。」

「まぁ……ね。これでも那珂とは数ヶ月の付き合いになるし。さぁほら。あの二人は気にせず続けましょう。」

「はい。」

 五十鈴はもう少し思いを語ろうと思ったが、言葉を飲み込むことにした。

 

 那珂の華麗な移動、そしてその後行われた川内の豪快な移動の立ち居振る舞いに触発されたのか、神通はやる気を見せて提案した。

「私、もう少し速くして移動してみます。」

「ちょ、大丈夫? さっきも言ったけれど、周りに変に影響受けて自分のペースを崩すようなことはしないでよ。無理は禁物よ。」

 五十鈴の言うことはまったくもって当然だと神通は感じていた。しかし今神通の心の中にあったのは、無理や無茶ではなく、自分も早くああなりたいという、冒険心にも似た向上心だった。それは目立った事をせず無難に生きてきた神通の変化である。

 しかしそれをすべて悟れるほど神通のことを知らない五十鈴は、ただただ那珂から懸念された通りの心配しかできずにいた。ただそれでもじっと五十鈴を見つめる神通の視線と密やかな気迫でなんとなく察したのか、一言だけ言って神通の思うがままにさせることにした。

 

「……わかったわ。やってご覧なさい。」

「はい!」

 

 その後神通はさきほどまでよりも若干速度を上げて発進・移動・停止の練習を再開し始めた。五十鈴の心配は無用に終わり、その日神通はそれ以上の速度を出すことなく、一度上げたスピードを保って練習をし続けた。

 

 

--

 

 日はまだ落ちてないが、時間はすでに17時をとうに過ぎていた。定時で帰る整備士たちがプールの外から、那珂たちが見える位置まで回ってきて声をかけてきた。訓練が始まって数日経つので工廠の人間たちは那珂たちが何時までやっているのか大体見慣れてきていた。とはいえ、未成年が住宅街から離れた、海岸沿いに作られた人の少ない施設の端で夕方まで作業していることが、大人としては気になって仕方がない。一声かけられて気づいた那珂たちは彼(彼女)らに返事をする。

 

「はーい!私たちももうそろそろ終わりますのでー!皆さんはお帰りになられていいですよぉ~!」

 那珂は整備士たちに手を振って答えた。整備士たちは返事をし返したり、両手で○を作って了解したという意を伝え、そして帰っていった。

 

 五十鈴が時計を見て改めて今の時間を確認する。

「あら、もうこんな時間なのね。」

「うん。そろそろ終わろっか。二人ともいーい?」

 那珂から離れて一人でブイを避ける練習をしていた川内、スピードの増減を細かく調整しつつ直線移動を練習していた神通、二人は那珂の問いかけにそれぞれの場所から返事をした。

 那珂、そして五十鈴がプールサイドへ上がると、川内と神通もその場所まで進んで上陸した。

 

「はー、はー。あ~かなり疲れたけど充実した疲れっていうのかなぁ。かなり楽しいです!」

「いいなぁ……川内さん。私はやっとほんの少し速度上げて進むの慣れてきたところです。」

「お疲れ様。」と五十鈴。

「二人ともお疲れ様!ちょっと差が出てきちゃったけど、二人とも自分のペース保ってね。なんていうのかなぁ~艤装に自分の心の焦りとか不意な考えを察知されないように気をつけましょー!ってことで。」

「傍から聞いてると何言ってんだこいつという注意だけれど、私達艦娘にとってはよく身にしみてわかる注意だわ。」

 五十鈴が那珂の注意にツッコミ混じりの冷静な分析を加えてほんのりと笑いを誘う。4人はその後、雑談をしながらプールを後にし本館へと戻った。そして相変わらず誰も居ない本館の戸締まりをして4人揃って帰宅の途についた。

 


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